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俺と彼女の正しい逝き方  作者: クルハ
2/13

なんとなくで契約するのは正しかった ②

 腰を下ろしたベンチは、ずいぶん人をそこに座らせていないようだった。


「簡潔に言うね、啓人さん。あなたの人生を僕に預けてほしいんだ」


「それはできないな」


「えー、なんで?」


「なんでと言われても、常識的に考えて会って数分程度の人物に自分の人生を預けるなんて正気のやつのする事ではないし、俺にはその人生を送ろうと思えないからだ」


 全くの本心だった。恐ろしいほど俺は自分の人生に執着がなかった。


「そんなこと言わないでよ、そしたら僕がここに来た意味がなくなっちゃうじゃないか」


 明るくとも、縋るとも取れるような声で言った。まだ成長しきらない体には大きすぎるパーカーがサインの袖を隠している。


「君は僕に何をしたいんだ」


 ただの興味だった。関係ないことだと分かっていながら聞かずにはいられない、そんな気持ちは誰にだってあるだろう。それは俺にも当てはまる。

 サインは動きを止め、考えているようだった。その気にさせる言葉を考えていたからなのか、ただ単にそれをどう言葉で表現するべきなのか思索していたのかはわからないが、その時間は僕たちの関係では少し長すぎた。


「生きて欲しい」


 ようやく出た答えはひどくシンプルで、俺にはその真意が汲み取れない。


「君は自殺する人たちに声をかけて止めるよう説得している慈善団体か何かなのか?」


「そうといえるかもね。僕たちは組織だし、こうやって声をかけるのもこのまま死んでほしくないからさ。だけども、慈善でやるほど僕たちの仕事も暇なわけじゃないよ」


「死のうとしている人に生きてほしいなんて、わざわざ言うなんて酷だと思わないか?」


 自分が思っていたよりも低い声が出た。倫理的にはそれが正しいだろうし、見返りを求めずやる分にはただの善意で済まされる。けれども、それすらもなく何かしようとしているならはっきり言ってそれは害でしかない。無条件に生きることを望むのが許されるのなんて血のつながりぐらいのものだ。


「そうだね。けれども、僕たちの仕事は存在しなければならないんだ。人生っていう大事な時間をもらう分、啓人君が得られるものは多いと思うよ。死を選ぶ人は失うものがない人がほとんどだからね、そういう意味では僕たちは希望にもなりえる」


「君の言う『仕事』ってなんだよ。死なずに俺に何をしてほしいっていうんだ」


 もうすでに答えを知っているのに勿体を付けて話すサインにうんざりする。


「対象者に『やり残したこと』を叶えてもらうことさ。僕たちの仕事はそれを監視してデーターを取ること。」


 わかりやすいだろとサインは弾んだ声を出す。

「僕たちはその願いに対してできるサポートをするよ。啓人さんは未練を残さず死ねるし、僕たちはサンプルが増える、お互いにとって利益のある話じゃない?」


 にわかには信じがたいが、もし本当にそんなサービスがあればこの詐欺まがいの提案に乗るような人もいるだろう。


「そのサポートっていうのはなんでも叶えてくれるものなのか?」


「現実はそんなに都合よくできていないよ」


 突然突き放したように言われ、思わず怯む。


「いきなり超能力が備わったりしないし、ここではない別の次元や世界に飛ぶなんてことはない。僕たちにできることはできるし、できないことはできない。ただそれだけだよ」


 そう続けた。


「やり残したことなんかないよ、仮にあったとしても俺は今未練を感じていない、だからこのまま死んでも願いを叶えて死んでも同じさ」


 俺は言い切って、余った息を吐き出した。すがることはできない、叶えるのはあくまでも自分自身なんて普通に生きるよりよっぽどタチが悪い。


「全くその通りなんだけど」


 と笑い声をこぼしながらサインはこちらの方へ向き合った。


「啓人さん、あなたは自分を知らずに死んでしまう。得るはずだった感情を、出会いを、失って死ぬことになる。僕にはそれが耐えられない」


「俺にはこの世界に生きる意味はないよ」


「今それが分からないなら、僕が啓人さんの生きる意味を作る」


 ひときわ強く吹いた風に、フードが揺れて目が合った気がする。心の奥底まで覗かれているような視線が刺さり、俺のどこまでを彼に知られてしまっているのかと疑懼(ぎぐ)し額から汗がこぼれる。


「一年」立てた指を見せながらサインは言った。


「一年間、生きてみてよ。その間に『やり残したこと』を叶えられたらそれでおしまい。叶えられなかったらその時は僕が責任を持って痛みを感じさせずに啓人さんをこの世界から送り出すさ」


 交渉としてはずいぶんめちゃくちゃだ。いきなり現れて生きてくれと言い、かと思えば現実は甘くないと諭してくる。どうしたいかなんてさっぱりわからないし、胡散臭いことこの上ない。 


「わかった、サイン。契約成立だ」


 けれども俺は気づくとそう答えていた。俺は今までなんとなく生きてきて、なんとなく死のうと思っていた。だからこの選択も深い意味はない。あと一年生きながらえた所でそんな俺の人生が変わるとも思えない。それなら少しぐらいサインに付き合ってみるのも悪くない。

 重たい暗さがはれ、いつの間にか消えた月の代わりに空が(しら)けて太陽が昇ろうとしている。過ぎていた時間の早さに驚かされながら俺は深く息を吸い込んだ。


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