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雪に咲く花  作者: 榛名一颯
9/9

ただいま



 事故から一週間がたって、雫は無事に退院できることになった。金曜ということで、俺が学校帰りに雫を迎えに行く約束になっている。あの雨の影響で風邪を引いたた俺は、一週間ぶりに雫に会うことになる。あんな事があった後だし、いくらあいつでも元気がないかもしれない。そんな心配をしていたのだが――


「お兄ちゃん遅い!」


 病室に着くと、雫は入口の前で仁王立ちして待ち構えていた。時計を見るが五分も遅れていない。


雫は、額に大きな絆創膏を貼っている以外はいつもと全く変わりない。すっかり元の調子を取り戻しているようだ。


「今のお家遠いんだから!って、お兄ちゃん髪の毛黒くなってる!」


 黒く染まった髪を指差し、雫は興味津々という様子だ。


「あー、昨日染めたんだよ」


「なんでなんで?お父さんとお母さんに怒られたの?」


「いや、あの二人はむしろ気に入ってたよ」


「じゃぁなんで?」


「まぁ…教師、目指すからな」


「本当に!」


 『教師』という単語に機嫌をよくしたのか、雫は表情をコロッと変えて笑顔を見せた。


「でも、金髪の先生もちょっと見てみたかったなぁ。GTOみたいでかっこいいかも」


「ばーか」


 教師になるのは小さい頃からの夢だった。でも、両親の離婚で一度は諦めた。色鮮やかに見えていた教師という仕事が、なんだか灰色に見えたのだ。けれど、あの日の父さんと母さんを見てから、やっぱり教師になりたいと強く思ったんだ。


 クスクスと笑う雫につられて口元が緩みかけた。でも「で、なんで遅れたの?」と雫は容赦無く問いただす。


「ごめん、ちょっと練習がなぁ」


「練習って何の?」


「いや。なんでもない」


「お兄ちゃん何か隠してる!何なになにー?」


「いいから帰るぞ。駅までタクシーだから、乗り場混まないうちにな」


 雫は納得してない様子でじろりと睨んでいるが、まだしばらく黙っていることにする。


 退院の手続きをして外に出ると、雫は「さむーい」と言って体を縮ませた。やっぱり生身の体ではこの寒さはきついらしい。それに、昨日再び降った雪で今日の気温は氷点下なのだ。


「お前も使うか?」


 隣を歩く雫にカイロを振ってみせると、雫は少し考えてから反対側に回りこんだ。


「…は?」


 雫は、カイロを持つ手とは反対の手をきゅっと握った。


「しぃこっちがいー!」


 手を握った雫は上機嫌な表情を浮かべる。お互いを見る目線は変わったけど、こうゆうところは昔と変わらない感じがした。

 ほんのり温かいその手に、こいつが今生きていることを実感する。あの日、こいつが戻って来てくれた事に感謝して、俺はそっとその手を握り返した。



挿絵(By みてみん)


 タクシーを待っている間に、雫は眠ってしまった。のんきに見えるが、実は気を使っていたのかもしれない。

 まぁ、実はその方が都合が良かったりする。なぜなら、行き先は駅ではないからだ。着いたらどんな反応をするのか、少しだけ楽しみになった。


 メールの受信音が鳴り、画面を見ると『配達完了!』というメッセージが表示されていた。


 香澄に頼んでいた仕事も無事に終わったようだ。



 二十分ほどして、タクシーは住宅街の真ん中で停車した。


 目を覚ました雫は「え?」と声を漏らす。その理由は、窓から見えた雪だるまだ。そこには、歪な形の雪だるまが二つ。そして、三段重ねの大きな雪だるまと、綺麗な丸い形の雪だるまが並んでいた。


「お兄ちゃん、これ…」


「あとでちゃんと顔付けろよ」


 タクシーを降りると、そこには『美波』と書かれた表札がある。そう、ここは俺達の家、美波家だ。


雫にチャイムを鳴らすように促すと、戸惑いながらも手を伸ばした。少したってドアが開き、中からエプロンを着けた小柄な女性が出てきた。


「早かったわね!」


 雫は驚いて目を丸くする。出てきたのは母さんだ。


「お母さん?!なんでここにいるの?学校は?」


「雫が帰って来るからってお休みしたのよ。朝から準備大変だったんだから」


「母さん、準備できたよ!」


 そう言って父さんも出てくる。体格の良い見た目にはミスマッチな花柄のエプロンを着けていた。もちろんそれは母さんの物だが。


 雫は戸惑いながら俺たちを交互に見る。珍しく挙動不審になる雫をもう少し見たい気もするが、そろそろここに連れて来た理由を言ってもいいかもしれない。


 俺は雫の横に立って言った。


「おまえの退院祝い。家族みんなでな!」


「家族…みんなで」


 驚く雫に俺は笑顔で頷いた。


 この事は、雫の退院が決まってから父さんと母さんと三人で計画したのだ。あいつを迎えるならここが良いし、週末なら家族全員で過ごせるだろうと。


 言い出したのは俺だが、二人は俺以上に張り切っていて、今日までほぼ毎日計画を練っていた。


「三人でカレー作ったんだぞ!肉たっくさん入れてなっ!」


「お部屋の飾り付けもしたのよ。さっき香澄ちゃんがお花届けてくれて、お部屋の中もお花いっぱいなんだから!」


 母さんは腕に抱えた大きな花束を見せる。香澄の持って来た花束は、オレンジのバラとカスミソウでできたものだった。


「オレンジのバラなんて、さすが香澄ちゃんね!」


「さすがって。花屋ならこれくらいできるだろ」


 母さんはクスクスと笑った。


「雪斗もまだまだね。オレンジのバラの花言葉は“絆”なのよ」


「絆?」


 なるほど。たしかに“さすが香澄ちゃん”だ。不本意ながらも、あいつに頼んで良かったと思う。

見た目も含め、この花は雫の喜びそうなセレクトだった。


 でも、当の本人は喜ぶわけではなく、眉を寄せて少し困ったような表情を見せている。


「どうした?」


「体調でも悪いのか?」


みんなで心配していると、雫は言いづらそうに口を開いた。


「あ、あの…お父さん…他の女の人と再婚するんじゃ」


――あ。


 不安そうな雫と、父と母の視線。三つの視線を浴び、俺は両手を額の前でぱんっと合わせて頭を下げた。


「ごめんっ!言い忘れてた!」


「え…?」


 きょとんとした顔で雫は俺を見上げる。


「あー、実は…あれ、俺の勘違いだったんだよ」


「え……えっ!?どうゆうこと?じゃぁ、会わせたい人って?」


「あぁ、それは」


 説明しろと父さんの方を見ると、苦笑いをしながら頭を掻く。困った顔の父さんを見かねて、母さんが先に口を開いた。


「あのね、離婚してから雫の元気がないのがずっと気になっていたの。それで、雪斗のことも気になって、年が明けてからお父さんに連絡したの。そしたら、雪斗も部屋に篭りっぱなしだって聞いて」


「だから、おまえたちを会わせたら、少しは気分も変わるかもと思ってな」


「それじゃぁ、会わせたかったのって…」


「俺と、おまえ」


 前後に指を動かして答えると、雫は満面の笑みを浮かべて「よかったー!」とぴょんぴょん飛び跳ねた。


「元はと言えば、父さんの言い方が紛らわしかったせいだけどな」


「いや、まさかあんな勘違いされるとはな…すまん」


 肩を落として謝る父さんを見て、母さんはふふっと笑った。そして、雫の方へと歩いて行く。


「雪斗から聞いたのよ。雫が、一人で頑張っていたこと。家族を元に戻そうって」


「雪斗も、賞とかたくさん取ってたの、俺達を喜ばせようとしてたんだってな。見舞いに行った時に雫が教えてくれた」


「…別に、俺は大した事してねぇよ」


「いや、ありがとう雪斗、雫」


 俺のしたことは、結果として何も変えられなかった。でも、『ありがとう』という言葉が胸の奥の靄を消していく。そんな気がした。


「あなた達が頑張ってくれてたのに、気付いてあげられなくて本当にごめんなさい」


「父さんも母さんもお互い向き合おうとしなかった。でも、お前たちの気持ちには応えたかった。それに何より、離れてみてわかったんだ。家族がどんなに大切か。離れてから気付くなんて、バカみたいだけどな。だから雫が目を覚ました後、母さんと話し合ったんだ。そしたら、お互い同じこと考えていてな」


「それって…」


 見つめる雫に、父さんは優しく微笑んで答える。


「また、四人でやり直そう」


 優しく微笑む両親の視線と雫の視線が交わる。


「学校もあるし、今すぐ元通りにはならないけど、少しずつ戻していきましょう」


「もう家族が離れたりしない。これがあるからな!」


 そう言って父さんが取り出したのは、あの時雫が持っていたスケッチブックだ。そこには、ピンクのバーベナが描かれている。


 俺は、雫の頭をぽんとたたいて玄関の前に立った。


「ここが、おまえの帰る場所だろ!」


 雫は涙をぽろぽろ流しながら頷いた。そして、俺は二人に目線を向けて合図する。


「せーの」


「「おかえり、雫!」」


「お、おかえり雫ー!!」


 三人で言ったその言葉に雫は目を丸くした。


「…もしかして、練習ってこれのこと?」


 少し照れながら頷くと、雫は表情を崩しておもいっきり笑いだした。


「ほら、やっぱり笑われた」


 ジロッと父さんを見ながら俺は言った。これは出がけに父さんが言い出したことなのだ。でも父さんだけ何故か合わず、何回も練習したのだ。結局その成果が本番で発揮されることはなかった。


「良い考えだと思ったんだけどなぁ」


「自分で言い出したくせに、父さんだけ全然合わないし」


「あなた音楽とか苦手だったのよね」


「でもリズム感なさすぎだろ!」


「ごめんごめん!でも今のは大丈夫だったろ?」


「大丈夫じゃねぇよ!思いっきりずれてたろ」


「いいじゃない、雫が笑ってくれたんだから」


 正面を見ると、涙を流してお腹を抱えながら笑う雫の姿が映った。


「まぁ、いいか」


「ちょっと笑い過ぎだけどなぁ」


「ふふふ。そぅね」


 いつの間にか美波家に四人の笑い声が戻っていた。まだ冷たい空気が漂う季節だけれど、それはほんの少しだけ周りの空気を温かくした気がする。


「雫。早く入れよ!」


 ドアを開け、改めて三人で雫を迎え入れると、雫は涙を拭って頷いた。そして、いつもの笑顔で言う。「ただいま!」と。



 ――こうして、またここに家族が戻った。


 家族の定義は、とても曖昧で不確かなものだ。でも、今ここには家族がいる。家族の笑顔がある。





「なぁ雫」


「ん?」


「いや、何でもない」



 照れくさくて、まだ直接は言えないけど



「なに?気になるじゃん!」


「また今度な!」


「えー」



――俺も、美波家が大好きだ。




―終―



挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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