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雪に咲く花  作者: 榛名一颯
3/9

忘れたい記憶

 


買い物を終えてスーパーを出ると、外は雨だった。しかも、傘を差してもかなり濡れそうな雨量だ。店に客が少なかったのはこの雨のせいもあるのかもしれない。


「うわ、天気予報見てくればよかったな」


「これじゃ濡れちゃうね。お兄ちゃんどうしよっか」


 早く帰りたい気持ちもあるが、この寒さで濡れるのは避けたい。俺だけならまだしも、雫もいる。


「うーん。止むかもしれないし、ちょっと待ってみるか」


 俺たちは店の中に戻って少し雨宿りをすることにした。


 ベンチに座って荷物を置くと、一気に手が軽くなる。ただでさえ食材の種類が多いのに、それぞれの量が多い。明らかに二人分ではないのだ。


「今更だけど、これちょっと買い過ぎじゃねぇか?」


「いーの!四人で食べるんだもん」


「四人て?」


「しぃとお兄ちゃんと、お父さんとお母さん!」


 満面の笑みを浮かべる雫の気楽さに、思わず溜息が漏れた。何となくそんな気がしていたけど、直接聞くと頭を抱えたくなる。


「あのな、言っとくけど無理だぞ。あいつ、帰るの夜中だからな」


「大丈夫!帰ってくるまで待つから」


「やめとけ。帰れなくなるだろ」


「やだ。絶対一緒に食べるの」


「だから無理だって」


「だってお父さんにカレー食べてほしいもん!絶対待つ待つ待つーー!」


 雫は手足をじたばたさせて駄々をこねる。いつもならここで折れてしまうが、今回ばかりは折れてやるわけにはいかない。


「とりあえず、今日は諦めろ。な?」


頬を膨らませて拗ねる雫を何とかなだめようと細心の注意をはらう。


「ほら、父さんとはまた今度会えば良いだろ。予定合せて、どっかうまい店でも連れてってもらってさ。カレーは明日食べるように言っとくし」


「それじゃダメなの」


「なんだよ。そんなに言うならもっと前に会いに来ればよかっただろ」


「そうだけど……とにかく、カレーは絶対今日じゃなきゃだめなの!」


「なんでだよ?そんなもんいつ食ったって一緒だろ」


 すると、雫はベンチから立ち上がり、俺の前に立った。


「一緒じゃないの!本当に、今日じゃなきゃだめなの。だから、お願い」


 母さんそっくりな瞳。真っ直ぐ俺を捉えるその視線に、思わず目を逸らしてしまった。


「とにかく、カレー食ったら今日は帰れ。あと、今日ここに来たことは絶対言うなよ。ややこしいことになるからな」


「お母さんはたぶん知ってる。直接は言ってないけど、絶対来てってお手紙してきたから……」


「おまえ黙って出て来たって」


「ごめんなさい!でも今日は……」


「勝手なことすんな」


 雪斗の声は冷ややかになる。


「な、なんで?家族でご飯食べるだけだよ」


――家族


「……そんもん、もう無いだろ」


「え?」


「離婚したんだから、もうそんなもんもう無いんだよ」


「あるよ!みんな今でも家族だもん。それに、お父さんだってお母さんだって、きっと本当は戻りたいって思ってるよ!」


 少し震えた雫の言葉は、昨日の記憶を呼び起こした。


『雪斗。実は今度――』


 父の言葉を思い出した瞬間、頭の中でプツリと何かが切れた。


「お父さんもお母さんもお兄ちゃんも雫の家族だもん!美波家は今も仲良しのっ…」


「いい加減にしろよ!!」


「っ………」


 怒鳴った声に雫の肩がびくりと跳ねた。


 体の奥から留めていたはずの思いが湧き上がってくる。苛立ちも苦しみも悔しさも悲しみも全部。全部。もう自分の体なのに止め方がわからない。止められない。堰を切ったように溢れ出ていく。


「あの二人は、俺たちのことなんか何も考えてないんだよ。二人で勝手に喧嘩して、勝手に離婚したんだ!家族?笑わせんな。少なくとも、あのクソ親父は戻る気なんかないぜ」


「……そ、そんなの嘘だよ」


「嘘じゃねーよ。あいつが昨日何て言ったか教えてやろうか?俺に、会わせたい人がいるって言ったんだ。この意味わかるよな?再婚すんだよ。つまり、もう母さんと戻る気はないし、俺らのこともどうでもいいってことだ。それに、母さんだってその気がないからわざわざあんな遠くに引っ越したんだろ。俺やおまえがどんなに頑張ったって、あいつらに俺たちは見えてないんだよ!」


まるで血液が沸騰しているように体が熱い。全身に血液が循環し、脳を活発に動かす。おかげで、開けたくない記憶の引き出しがどんどん開いていく。そして、その中にはあの日の記憶もある。


「……あの時だってそうだったじゃねぇか。二人で全部決めて、俺たちは最後までなにも知らなかった」


歯を食いしばっても、脳裏にはあの日の映像が繰り返し映し出される。声や感覚まではっきりと。人間は本当に不完全な生き物だ。忘れたい事ほど、いつまでも鮮明に覚えているのだから――



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