一日の始まり
はじめまして、榛名一颯です。
はじめて書いた小説なので、読みにくいところも多々あるかと思いますが、それでも読んでくれる優しい方がいたら、ぜひお願いします。
挿絵も少し入れているのでそちらも見てもらえると嬉しいです。
素人なので、あたたかく見守ってください。
家族ってやつは 、一度無くなったらもう元には戻らない。
溶けてしまった雪と同じだ。
どんなに頑張っても、時間がたっても、もう二度と戻らない。
そう思っていた、あの日までは――
***
「Prrrr…」
耳障りな着信音が部屋に響く。
「…んん、誰だよ朝っぱらから」
と、睡眠を妨げられた苛立ちから不機嫌な声が漏れた。薄く目を開けて机の上にあるスマホを睨みつけるが、そんなことをしても状況は変わらない。電話に出る気は毛頭ないが、睡眠を邪魔するこのやっかいな音だけは止めたい。そう、美波雪斗は思った。
だが、1月の冷気と寝不足が相まって体を起こす気力が湧かない。そのうち諦めるだろうと、頭から布団を被ってやり過ごそうとする。しかし、その音はいっこうに鳴りやむ気配がなかった。
「…ったく」
渋々体を起こしてスマホを手に取ると、着信の相手は幼なじみの宮本香澄であった。
親同士が知り合いということもあり、小さい頃は毎日遊びに行っていた。小、中、高と学校も同じで、幼なじみというより腐れ縁と言う方がしっくりくる。
こいつからの電話はよくあるが、その大半が面倒事だ。切ろうかとも思ったが出なければ後で何を言われるかわからない。リスクの計算をした結果、俺はしかたなく通話ボタンを押した。
「もしもし」
『あ、やっと出た。まったくいつまで寝てるのよ。冬休みだからってだらだらして、お正月も終わったんだからそろそろちゃんとしないと、学校始まったら辛いでしょ!まったく、あんた最近だらしなさすぎなのよ。勉強できるからって遅刻して良いわけじゃないんだからね』
出た瞬間からものすごい勢いでしゃべり出す。でも、小言は耳にタコができそうなほど聞いているので、もう慣れてしまった。
「小言言うために電話してきたのかよ。朝っぱらからおまえも暇だな」
寝起きの理不尽に、不機嫌さを全面に押し出して反撃をするが…
『バーカ、もうお昼よ』
時計を見ると、もう正午を過ぎていた。
「うわ、本当だ」
ささやかな反撃は、返り討ちに合い一瞬にして終わった。
そういえば、昨日…いや、今日は朝方まで起きていて、何時に寝たかも覚えていない。
『さっ、そーゆうことだから、さっさと起きて』
「あー。わかったわかった。起こしてくれてありがとうな。それじゃ」
『ちょっと!勝手に終わらせないでよ!』
「何だよ。用があるならさっさと言え」
『あのね、店に来てほしいんだ』
「店?あー、いつもの手伝いか」
店というのは、香澄の実家である花屋のことだ。高校に入ってから時々店の手伝いを頼まれるようになていて、この休み中も五日ほど手伝いに行っている。仕事は、花の搬入や水やり、掃除がほとんどだが、最近は花の名前も少し覚えて、接客もするようになった。最初は暇つぶしのつもりだったが、今は割と楽しんでいたりする。
だけど、残念ながら今日はそんな気分ではないのだ。
「悪いけど今日は…」
『違う違う。むしろその逆。今日はお客さんとして来てほしいの』
「客?」
予想外の回答だった。家に飾れということではないと思うが、誰かに渡すような心当たりもない。ただわかるのは、香澄の楽しそうな話し方からすると、悪い企みではないということだけだ。
『もう準備はできてるから、いつでもいいわ。でも夕方までには来なさいよ。それから』
「ちょっと待てよ!話の流れが全然わからないんだけど」
『あ、ごめんごめん!何か嬉しくなっちゃって。この前お店に電話がかかってきたんだ』
「電話?誰からだよ」
『それが実は…え?キャッ……!』
突然聞こえた衝撃音。その大きさに思わずスマホを耳から遠ざけた。おそらく何かが落ちたかぶつかったのだろうが、それは明らかに異常な音であった。
「どうした香澄?!」
香澄の返事は返ってこない。代わりに、電話の向こうから聞こえるざわめきが徐々に大きくなっていく。
「おい、大丈夫か?!」
『……あ、うん。大丈夫』
ようやく聞こえた香澄の返答に安心するものの、周りの音から何かあったことは明確だった。
「今の音何だったんだ?」
『よくわからないけど、表で事故があったみたい。雪積もってたし、あそこ車の通り多いから酷いことになってるかも。ちょっと私見てくる』
「おい、ちょっと」
『後でちゃんと来なさいよ!』
そうして、慌ただしく電話は切れた。
「あいつ、結局何も説明しないで切りやがった…。にしても、事故って大丈夫なのか」
昨日は何年かぶりの大雪になるとニュースで言っていた。かなり積もっているはずだし、花屋の前は交通量の多い交差点だ。スリップでもしたら大変な事故になる。
「しょーがない。事故のことも気になるし、後で行ってみるか」
スマホを置いて一息つくと、白い息が部屋の中に溶けていった。もう昼だというのに、まるで部屋全体が冷蔵庫になったみたいに空気が冷たくなっている。温度計を見ると、目盛りは2℃を示していた。まあ、昨日大雪が降ったのだから無理はない。
カーテンを開けて外を見ると、空にはまだ灰色の雲が広がっていた。周りの屋根はどこも厚手の雪に覆われていて、2、30センチは積もっているように見える。道の方は既に雪かきが終わったようで、隅に寄せられた雪と誰かが作った雪だるまが並んでいるだけだった。
俺は、何となくその雪だるまを眺めていた。すると、その一つが微かに動いた。
「え?…寝ぼけてんのかな俺」
目を擦って、もう一度それを凝視する。するとそれは、小さな少女の姿だった。
しゃがんでいるので背丈はわからないが、おそらく小学校高学年くらいだろう。
その少女は、白いコートを羽織り、頭からすっぽりフードを被っている。そして、背中に背負っているリュックは、コートと同じように白く、少女の体にはいささか大きすぎるサイズであった。どうやら、雪だるまに見えたのはそのコートとリュックらしい。
納得したところでカーテンを閉めようと手を掛ける。すると、その少女が立ち上がり、するりとフードが取れた。
「え…」
俺は一瞬自分の目を疑った。長い黒髪を二つに束ねたその姿には、見覚えがあったのだ。
――でも、あいつがこんな所にいるわけがない。
そう思おうとしたが、確かめずにはいられなかった。
窓を開けて、半信半疑で少女を呼ぶ。
「雫」
そう呼ぶと、少女は俺を見てぱっと目を輝かせた。
――ああ、やっぱり。
「お兄ちゃん!!」
そう呼ばれるのは一年ぶりだ。
雫は五つ離れた俺の妹で、一年前に親が離婚してからは母さんと暮らしている。この一年、こいつとは一度も会っていない。
「今開けっからそこで待ってろ」
「はーい!」
ぶっきらぼうに放った言葉にも、雫は嬉しそうに応えた。
上着を羽織って玄関のドアを開けると、雫は満面の笑みを浮かべていた。
「美波雫、ただ今到着しましたー!」
そう言って勢いよく敬礼をする。
「到着しましたーじゃねーよ。なに勝手に来て…」
「あー!お兄ちゃん髪の毛金色になってる!スーパーサイヤジンみたーい!」
俺の言葉をスルーし、雫は頭上を指差した。金髪になった頭に雫は興味津々のようだ。こんな風にはしゃぐ姿は昔から少しも変わらない。
「…お前は全然変わらねぇな」
「そお?でも、しぃ身長7センチも伸びたんだよ!」
胸を張る雫の背丈は、一年前と比べると確かに大きくなっている。ちょっとしたことで、離れていた時間の長さを実感してしまう。
「本当だ、結構伸びたな」
頭に手を伸ばすと、雫はびっくりしたように後ろに飛びのけた。
「な、なんだよ」
「あ、えーと…そう!お兄ちゃんは縮んだ?」
「縮んでねーよ!」
雫はくすくすと笑った。
「そういえば、お兄ちゃん今起きたの?寝癖すごいよ」
再び俺の前に立って、雫は不思議そうに聞いた。
「……」
一瞬、昨日の事を思い出して胸がグッと苦しくなった。
「昨日は、遅くまで勉強してたんだよ」
「へぇー。宿題そんなにいっぱいあるの?お兄ちゃんなら、もうとっくに終わってるかと思ったのに」
「まぁな。高校の勉強は難しんだよ」
「そうなの?!」と雫は驚いたように目を丸くした。
別にそういう訳じゃない。課題はとっくに終わったし、参考書もやった。ただ、余計なことを考えたくないから何となく机に向かっていただけだ。
「でも、難しくても頑張らなきゃいけないんだよね!だってお兄ちゃんは大人になったらがっ…」
「それより!こっち来ること、ちゃんと言ってきたのか」
と、言葉を遮る。こいつは本当どうでもいいことをよく覚えている。しかし雫は、遮られたことは気にもせず、自信満々にVサインを掲げた。
「大丈夫!黙って出て来たっ!」
「お前なぁ…」
呆れて溜息が漏れた。まぁ、行くと言ったところで止められるだけだろうが、この自信はどこから来るのだろうか。
「まぁ拗れそうだし、言わない方が良いか。それで、こんな所まで何しに来たんだ?」
そう、親が離婚してから一年。春休みも夏休みも正月も、こいつが会いに来ることなんて一度もなかった。それに、今住んでいる家からここまでは、電車とバスで二時間半もかかる。そんな時間をかけてわざわざ会いに来る理由が、俺には思いつかなかった。
しかしそんな俺をよそに、雫は待ってましたと言わんばかりの笑顔で答えた。
「あのねあのねっ、お兄ちゃんにカレー作ってほしいのっ!」
「カレー?」
拍子抜けするような回答だった。
本当にそんなことのためにわざわざ会いに来たのだろうか。でも、嘘ならもう少しましなことを言いそうだ。でもそれなら、なんで自分なのか、それがわからない。カレーなら母さんに作ってもらえばいい。当然母さんの方が料理はうまい。そもそもカレーなんて誰が作っても大して変わらないと思うのだが…。
そんな考えを巡らせていると、雫は真っ直ぐ俺を見て言った。
「どうしても、お兄ちゃんじゃなきゃダメなの。お兄ちゃんのカレーじゃなきゃいけないの。だから、お願いします!」
その言葉には、さっきまでののんきさは全くなかった。
雫のこんな真面目な表情は初めて見た。
そして雫はもう一度お願いしますと言って、ぺこりと頭を下げた。
何が何だかさっぱりわからないが、雫がこんなに真剣に頼んできたのは初めてのことだ。こんな頼み方をされたら、もう答えは一つしかない。
「わかった。作ってやるよ」
そう言うと雫は、ばっと頭を上げてまた瞳をきらきらと輝かせた。そして、笑顔で飛び跳ねて喜ぶ。
「カレーくらいで大袈裟だな」
呆れつつも、これだけ喜ばれたら悪い気はしなかった。なんだか、こいつを見ていたらもやもやしていた気持ちが、少しだけ晴れた気がする。
「じゃ、とりあえず買い物行くぞ」
「はーい!」
こうして俺たちの、忘れられない一日が始まった。