表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はざまの森の魔法使い  作者: 神無月 愛
第三章  Willow
25/28

3  淡き風

「ねえ、おはなし、おわった?」


「わ……!」


 ウィロは思わず声を上げて目を丸くした。


 視界に飛び込んできた不思議な宵闇の色に、少年の瞳は釘付けになる。少年より頭ひとつ小さなその子の、首を傾げる動きに合わせて、束ねた長い髪が揺れた。宵闇の色の前髪の下からは、興味津々に煌めく金色の瞳が覗いていた。


「はじめまして! としがちかいおきゃくさま、あんまりこないから、とってもうれしい。ね、チィもおはなししてもいい?」


「う、うん!」


 満面の笑顔につられて、少年の顔もあっという間に綻んだ。


「はじめまして。チィ、っていうの?」


「うん、チコリだよ。チィってよんで!」


「おれはウィロ。チィの目と髪の毛、すっごくきれいだね!」


「えへへ、ありがと!」


 笑い合う子供たちを見守る赤い魔法使い。そこに、チコリが出てきた扉からもう一人、飲み物と杯を手にした金髪の女性が姿を現した。これで四人、どうやら食卓を囲む面々が揃ったらしい。


「ほら、チィ、お喋りは後だよ。食事が終わってからゆっくりするといい」


「うん!」


 チコリはにこにこして頷き、椅子によじ登る。ウィロも勧められるままにその隣の席に着いた。彼の前に杯を置いてくれた金髪の女性に、ウィロは小さくぺこりと頭を下げる。


「……ありがとう」


「どういたしまして。えっと、ウィロくんですよね。私はダリア。どうぞ、たくさん食べてくださいね」


 にこりと笑うダリアの髪は、灯りを映して金色に輝いている。ウィロはきょろきょろと落ち着きなく三人を見回して、目を輝かせて言った。


「おれ、魔法使いが三人もいるなんて、思わなかった」


 ウィロの正面に座ったダリアが笑って首を横に振る。


「ふふっ、違いますよ。私はまだまだ弟子になったばかりの見習い、チィちゃんも魔法使いじゃありません。魔法使いはモナさんだけです」


「モナ、さん……」


「そういえば名乗っていなかったね。私の名だ、モナルダという。好きに呼んでもらって構わないよ」


 赤い魔法使いは軽く肩をすくめる。


「魔法使いだとかまだ魔法使いじゃないだとか言ったって、実はちゃんとした決まりがあるものじゃないんだけどね。私だって何でも全部ができるわけじゃないし、この二人にできる「魔法」もある。この二人だって魔法使いだ、とも言えるのさ」


「……魔法って、そんなに誰にでもできるものなの?」


「そりゃ誰でも全員にできるわけじゃないさ。けど、簡単なことなら覚えればできる人間は結構いるはずだよ」


 その言葉に何やら考え込む様子の少年を、魔法使いはじっと見ていた。


 ウィロはおそらく、他の普通の人々と同じように、魔法使いのことをあまり知らない。そんな彼に、モナルダは魔法使いのことをあえて教え、反応を見ようとしていた。


 その一番の目的は、彼が何故「魔法使いになりたい」などと言い出したのか、見極めること。


 魔法使いは、村や町で暮らす普通の人々とはあまり縁のない存在。魔法使いが村や町を訪れるのはごく稀だし、村の長や町の薬屋のもとへ行くくらいで、他の者とはまず話もしない。魔法使いは「普通の人々」とは違うのだ。ただでさえ、魔法使いが住むのは深く暗く道もない森の奥。子供たちは危ないから森には入ってはいけないと言いつけられて育つ。大人でも、街道を通って村や町を行き来することくらいはあるが、住んでいる場所を一生離れない者だってさほど珍しくはない。森には近付かないのが普通だ。


 多少「知らない世界」「ここではない余所の世界」に淡い憧れを抱くことはあったとしても、本当にそこへと足を踏み入れるのは簡単なことではなかったはずだ。何か大きな理由があるのだろう。それを知りたかった。


 とはいえ、知らないからこそ一部分を見て憧れている、というのも子供にはよくあること。深く知って憧れから醒めた頃には、もう元の暮らしには戻ろうにも戻れない、そんなことにはなってほしくなかった。それも、魔法のことを教える理由の一つ。


「魔法はね、あんたの言った通り、精霊の力を借りるのさ。その為には、まず精霊と仲良くならなくちゃいけない」


「仲良く?」


「そう。人間相手でも精霊相手でも同じだよ。あんただって、知りもしない奴に頼みごとをされてほいほい聞けるかい? 頼みごとっていうのは、信用と対価があって初めて成立するのさ。片方では駄目だ。たとえ友達相手だって、一方的にもらうだけといえわけにはいかないんだよ。こなすのが大変な頼みであればあるほど、大きな対価が必要になるものさ」


 ウィロは首を傾げている。まだ子供だ、対価というのが実感としては理解できないのだろう。


「分からなくてもいい。とにかく、魔法ってのはどんな力を持った魔法使いにもただじゃ使えないってことだよ。無尽蔵に湧いて出てくるものじゃあない。何かを貰うには、何かを渡す。この世界はそういう交換で成り立っているんだ」


 魔法使いの言葉に考え込むウィロ。だけでなく、ダリアも様子を伺っていることにモナルダは気付いた。何か気になることでもあったのだろう。あとで話す、というつもりで軽く目配せすると、ダリアは頷いて黙ったまま食事に視線を戻した。こういうときのダリアは、モナルダが驚くほど察しがいい。


 会話をしながらの食事だったが、皿はあっという間に空になった。


「ね、ウィロ、きょうはおとまりだよね?」


「え? えっと……」


 チコリに問われて、ウィロは困ったように魔法使いの顔を伺う。魔法使いは肩をすくめた。


「この暗い森に放り出すわけにはいかないと言っただろう、泊まっておいき。ただし、長く置いてはおけないからね。今はあんたにやれる空き部屋がないんだ」


「うん、だから、きょうはチィのおへやにおとまりしてよ」


「えっ、いいの?」


 チコリの申し出に驚くウィロ。チコリはにこっと星の色の瞳を細めて頷いた。


「チィのベッドひろいから、ふたりでもだいじょうぶだよ! ね、モナ、いいでしょう?」


「わかった。あんまりお喋りして夜更かしするんじゃないよ」


「やったあ!」


 チコリは躍り上がって叫ぶと、さっそくウィロの手を引いて階段を駆け上がった。


「おへや、こっちだよ! きてきて!」


「こら、チィ、はしゃぎすぎだよ。じきに風呂が沸くからすぐに降りておいで」


「はあい!」


 二階の廊下を駆けていく足音は扉の音と共に止まったが、子供たちの笑い合う声は扉の向こうから聞こえ続けている。チコリは普段からよく笑う子だけれど、それでもこんなに賑やかなのは久し振りだ。いや、今までで初めてかもしれない。珍しい「年が近いお客様」がよほど嬉しいのだろう。家の中に響き続ける鈴の音のような笑い声を聞きながら、階段の下で見送った姿勢のまま佇むモナルダの口元も綻んでいた。


 やがて、魔法使いは静かに踵を返した。足を向けた先は廊下の奥、地下へ降りる階段がある。


「あれ、モナさん? 工房に行くんですか?」


 台所で片付けものをしていたダリアは声を掛け、驚いた。モナルダが、先程とはうって変わって眉をしかめていたからだ。


「ああ、ちょっとね。……ダリア、悪いけど、それが終わったらあんたも工房まで来てくれるかい」


「は、はい。分かりました」


 いつになく明るい家の中、ただひとつ燻る何かがあるようだった。


 そういえば、今夜は精霊たちの姿を見かけていない。


 ダリアはできるだけ手早く片付けを終わらせた。自分の用事が一通り済んだことを確認して、ふうと深呼吸をひとつ。心を決めて、地下へと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ