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はざまの森の魔法使い  作者: 神無月 愛
第三章  Willow
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2  緋色の空

 目を覚まして最初に見えたのは、太い梁に支えられた高い天井だった。


「……あれ、おれ……ここは……」


「目が覚めたかい?」


 声のする方を見ると、赤い瞳がじっとこちらを見ていた。


「うわあっ」


 思わず悲鳴を上げて飛び退いた。目の前に急に現れた赤い色彩は、炎のように底知れず、何とも言えず恐ろしかった。


「おや、驚かせてしまったね。ここは「はざまの森」の奥、「赤の魔法使い」の住処だよ。ようこそ、ちいさなお客さん」


 煌めく赤い瞳を細めて笑うその人が「魔法使い」だろうというのはすぐに分かった。瞳と同じ鮮やかな赤色の髪は、白い肌と相まって現実に生きている人間とは思えない、作り物のような雰囲気さえ纏っている。男女どころか人間かどうかも疑わしいと思いながら様子を伺う「ちいさなお客さん」に、魔法使いは穏やかに笑う。


「……それにしても、よくこんなところまで来たもんだね。あんたみたいな子供が、ひとりで。怖くなかったかい」


「お、おれは子供じゃないっ! 怖くなんかないぞ!」


 声を震わせた精一杯の虚勢も、魔法使いにはお見通しのようだった。


「そうかい、それは失礼した。では、ひとりで森を越えてきた勇気ある少年、あんたの名前を聞いてもいいかい?」


 穏やかに語りかける声と柔らかい語調に、少年は次第に落ち着いてきたのを感じた。


 がっしりと太い梁に支えられた、天井の高い部屋だった。壁も床も石造りだが、少年が寝かされていた所には、分厚い敷物の上にさらに毛布まで敷かれていて、ふかふかと柔らかい。すぐ近くには大きな暖炉があり、ぱちぱちと火がはぜている。あたたかく明るく、いい匂いのする室内にいると、ここがあの「はざまの森」の奥だということも、この家が魔法使いの住処であるということも、忘れてしまいそうだった。


 恐ろしい森の中にいるのは恐ろしい魔法使いだと、御伽噺では言っていた。魔法などと縁のない普通の人々にとって、そんな御伽噺の中の姿が全てだ。恐ろしいものと思うのが当たり前だった。少年自身も、そう思っていた時もあった。


 けれど、この魔法使いは自分を助けてくれた。目が覚めるまで自分の傍らに膝をつき、寄り添ってくれていたのだ。そう思って改めて見ると、恐ろしいと思った赤い色彩は、とても綺麗に思えた。


「……おれの名前は、ウィロだ」


「ウィロ。いい名前だね」


 そう言って微笑む、綺麗で優しい魔法使いは、きっと「いい魔法使い」に違いないと思えた。


「それで、ウィロ。あんたはどうしてこの「はざまの森」に来たんだい?」


 だから、少年は迷うのをやめた。きちんと座り直して背筋を伸ばすと、魔法使いの赤い瞳をまっすぐに見て、思い切ってその「願い」を口にした。


「おれ……おれ、魔法使いになりたいんだ」


 ウィロの言葉に、魔法使いはそのままぴたりと動きを止めた。


 ずいぶん長いこと、そのまま止まっていたような気がする。魔法使いの顔に浮かんでいるのは、驚きとも少し違っていた。幼い子供の願いと笑いもしなかった。ただ、聞いた瞬間の表情のまま、固まっていた。ウィロも魔法使いの表情をじっと伺ったまま、何も言えずにいた。ふたりとも黙ったまま、数秒か、数分か、ただ時間が過ぎた。


 魔法使いが、ゆっくりと口を開いた。


「どうして、そんなことを思ったんだい?」


「……人間じゃ、魔法使いにはなれない?」


 魔法使いの問いに答えず質問で返す少年に、魔法使いは僅かに肩をすくめて首を横に振った。


「人間だからなれない、とは言わない。私だって人間だからね。それに、あんたにはその目がある、素質はなくはないと……」


「ほ、本当!?」


 勢い込んで尋ねたウィロの瞳が急に輝きだしたのを見て、魔法使いは少年のその「願い」のわけを察した。


「あんた、魔法使いになりたいと思ったのは、その目だからかい」


 少年の瞳は、爽やかに晴れた空の色をしていた。


 空を映す瞳を持つ者は、魔法使いの赤い瞳ほど珍しいものではないが、多くはない。人の多い街中ではたまに見かけることもあるが、小さな村なら一家族いるかどうかという程度だ。


 鮮やかな青色は、水の精霊に愛されている色。水と親しみ、水の恵みを受ける者の証だった。


 青、赤、そして黄、白、黒。これらは「人ならざる者」たちの特別な色。世界を形作る精霊たちの、純粋な力を持つ者たちの象徴の色だ。精霊の力がそれぞれに複雑に混ざりあって、この世界のありとあらゆるもの、自然、そして「いのち」は形作られている。その自然に育まれる「いのち」を持つ者である人間たちの大半は、森の木々や、それが芽吹く土壌と同じような茶色の目と髪を持つのが普通だった。そんな中で、精霊たちを象徴する色、精霊に愛されている色は特別なものなのだ。


 尤も、人ならざる精霊の「愛」は、人間にとっては祝福にも呪いにもなる危ういもの。しかし、たとえ呪いであっても、精霊の力を借りる魔法使いにとって、精霊との繋がりを持つことはそれだけで強い力となる。


 そういう意味では、確かにウィロには魔法使いとなる素質はあると言えた。


「だけどね、ウィロ、素質があるというのと、魔法使いとして生きていくというのは全然違うことだよ。そもそも、魔法使いがどんなものなのか、分かっているのかい。会ったのだってこれが初めてだろう」


「……確かに、本物の魔法使いに会ったのは初めてだよ。でも知ってる。村のばあさまが話してくれたから。魔法使いは怖いだけじゃなくて、不思議な力を持ってる強い人なんだって。精霊の力を借りて薬や道具を作ったり、まじないで病を治したり、村のみんなを助けてくれるんだって。精霊の力を借りないといけないから、普通の人にはできないんだって……でも、おれの青い目ならできるんでしょう」


 真剣に語る少年。しかし魔法使いは腑に落ちないといった表情で首を傾げていた。


「あんた、誰か助けたい相手でもいるのかい」


「そういうわけじゃないけど……」


「じゃあ、どうして魔法使いになりたいんだい。「なれる」と「なりたい」は近いけれど違うものだよ。魔法使いになったとして、それであんたは何をしたいんだい?」


「……」


 魔法使いの問いに、ウィロは言葉を詰まらせ黙り込んでしまった。言えないのか、言いたくないのか。魔法使いはやれやれと軽く肩をすくめ、少年の頭をぽんと撫でた。


「森はもう暗い。今から帰れと放り出すわけにはいかないよ。ひとまず今日はしっかり食べて、よく休みなさい。村からここまで歩いてきたんだ、お腹も空いただろう? 食事にしよう」


 こくりと頷くウィロ。魔法使いは座り込んでいた彼を立たせると、部屋の中央にある食卓へと案内した。木製のテーブルの上に並んでいるのは湯気の立つスープに芳ばしい焼き色のついたパン、初めて見る野菜の料理もある。少年のお腹がぐぅと鳴った。


 そこで、気付いた。食卓の上のスープもパンも四人分。この森に、自分と魔法使い以外に人がいるなんて考えてもいなかった少年は驚いて魔法使いの顔を見上げた。ちょうどその時、部屋の奥にある扉が開いた。


「ねえ、おはなし、おわった?」

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