第六十四話 『船上の懊悩者』★
こんにちは。
私の名前はローズ、八歳になったばかりの女の子よ。
今、私はお船に乗っているの。
これが立派なお船でね、港にはもっと大きなお船もあったのだけれど、私はこのくらいの大きさが好きよ。
青い空、白い雲、どこまでも続く広い広い海原。
その中を私たちは突き進んでいくの。
ワクワクするわね。
でも、海は危険なんですって。
今も大人の男の人たちが、一生懸命に魔物たちと戦っているの。
「ゴラァッ、テメェら気合い入れねえかァ! レオンちゃんに万が一があったらどうすんじゃボケェ!」
甲板で野太い声を張り上げている大きな人、アレはヒルベルタさんね。
あの人の大声を聞いて、翼人の護衛さんが「へい姐御!」と返事をしながら、海面から顔を出した魔物に槍を突き刺しているわ。
ヒルベルタさんは姐御と呼ばれているけれど、女の人でも男の人でもないの。
それじゃあ何って訊いてみたら、ヒルベルタさんは「アタシはオンナよ」ってウインクしながら答えてたわ。
よく分からないわね。
「ヒルベルタさん」
「あっらぁ、レオンちゃん、ダメじゃない出てきちゃ、危ないわよ。それと、アタシのことはベルって呼んでって言ったじゃなぁい」
「はい、ベルさん」
「あっふぅん……あぁ、良いわぁ、可愛いわぁ。その服も良く似合ってるわよぉ」
ベルさんはさっきの怖そうな様子から一転して、とても気味悪く私に話しかけてくれるわ。
ベルさんの言うとおり、私は今とっても可愛らしい格好をしているの。
いわゆるゴシック・アンド・ロリータって服装ね。
やたらとフリルが多くて、ふわりとしたスカートが特徴的な服でね、頭にはやっぱりフリル飾りのカチューシャを着けさせられているわ。
「――あっ」
不意に船が大きく揺れて、私は転びそうになってしまったわ。
でも隣に立つ守護剣士さんが咄嗟に支えてくれたの。
それを見てベルさんはなぜか悔しそうな、でも安心したような顔をしているわ。
「ありがとうございます、ユーハさん」
「……うむ」
「オイゴラァッ、なにやっとんじゃテメェら! 今の魔物の体当たりだろがっ、船壊す気かレオンちゃんに怪我させる気かゴラァ!」
ベルさんは船縁に駆け寄って、海面下へと威勢良い声を張り上げているわ。
魔法士のオジサンは海面へと魔法を放って、獣人さんたちは船を操舵して、翼人さんはお空を駆けているわ。きっと海面下の魚人さんたちも頑張っているはずよ。
みんな忙しそうだけれど、私には何もできることがないの。
だって、私はか弱い女の子だから。
「レオン……念のため船室にいた方が良い。甲板上に魔物が飛び出してこないとも限らぬ」
「そうね、そうしてちょうだい。アタシも心配でおちおち指示していられないわぁ」
二人からそう言われたので、私は大人しくお部屋の中へ戻ることにしたの。
船室に余裕はないのだけれど、ベルさんが気遣ってくれて、私のお部屋はオルガさんとの相部屋よ。もちろんベッドもちゃんとあって、ソファまであるわ。
だってここ、元々はベルさんの船長室だから。
他の皆さんは一つの部屋で雑魚寝しているようだから、少し申し訳ないわね。
「おう、様子はどうだったローズ」
「はい、大丈夫そうでした」
ソファで本を読むオルガさんに答えると、彼女は「そうか」と危機感の全くない様子で頷いたわ。
「ま、オレたちの出る幕がないのは良い事だ。できるだけ、魔女であることは隠しておきたいからな」
「そうですね」
まだベルさんたちには私たちが魔女だってことは伝えていないわ。
あの人、結局オルガさんの正体にも気が付いていないようだし。
それにこの船には魔法士の方が二人いて、一人は治癒魔法も解毒魔法も上級まで使えるもの。
とても優秀な魔法士さんらしくてね、ベルさんが私に自慢していたわ。
ふふっ、おかしいわね、私は治癒も解毒も特級まで詠唱なしで使えるのに。
「しかし、オルガ殿もローズも、いざというときはよろしく頼む。彼らの実力は十分故、まず大丈夫ではあろうが……戦況が危ういときは是非もなく加勢してもらいたい。死人が出てからでは遅いのでな」
「もちろんです、ユーハさん」
ユーハさんは相変わらず優しいわ。
それに彼、早くも他の皆さんと打ち解けているようなの。
「ま、カーウィ諸島近くまではまだまだ時間が掛かるんだ。お前らもあんまり気張らず、のんびりしとけよ。特にローズは今くらいしか休憩できねえだろ」
「うむ……ローズは少し横になっていると良い」
「お二人とも、ありがとうございます。全然疲れてはいませんけど、横になっておきますね」
私はお言葉に甘えて、ベッドに横たわったわ。
もちろん、お洋服が乱れないように気を付けてね。
二人が気遣ってくれるのには理由があるの。
私、日が出ているうちは外に出て、こっそり風魔法を使っているから。それでお船を速く動かして、一日でも早くカーウィ諸島に着くよう頑張っているのよ。
ベルさんなんて、ここ最近は良い風が吹き続けているから『カーウィ諸島へ行くのは天の思し召しなのかしら』、なんて言っているわ。
誰も私が無詠唱で風魔法を使い続けているだなんて、疑ってもいないみたい。
だから余計に、私が魔女であることは知られたくないの。
夢は壊したくないものね。
私はオルガさんとユーハさんの言うとおり、少し目を閉じて身体を休め始めたわ。
♀ ♀ ♀
「……………………」
「あらぁ、レオンちゃんどうしたの、そんなところで一人で膝を抱えてぇ」
昼過ぎ頃。
船尾甲板で中級風魔法〈颶風流〉を使いながら体育座りをして懊悩していると、ベルが近づいてきた。すっぴんだと割と男らしい顔をしているはずなのに、今日もきちんと化粧がされている。
「あっ、ダメじゃなぁい、ちゃんとスカートの裾は膝の裏で挟んでおかなきゃ。中が見えちゃってるわよ」
「大丈夫です、ズボンも穿いてますし……」
「そういうことじゃないのよぉ、ほら、ちゃんとしなくっちゃ。こういうことは癖になっちゃうから、普段からしっかりしなくっちゃね」
「…………」
幸い、スカートは膝丈だ。
俺は黙ってゴスロリスカートを膝裏に挟み込み、膝頭に顔を埋めた。
もうどうすれば良いのか分からない……誰か助けてよ……。
「ホントにどうしたのぉ、大丈夫? あっ、もしかして船酔い!? コルンッ、コルン早く来なさい治癒魔法よっ!」
「いえ、船酔いじゃないです。それにどこも痛くないですし、ただちょっと悩んでただけです」
ベルが魔法士のオッサンを呼ぼうとしたので、すぐに止めさせた。
前世では車だろうと電車だろうと飛行機だろうと酔っていたが、どうやら今の俺は船酔いしない体質のようだし、仮に酔っても自力でどうにかできる。
「あらぁ、悩みって何? 良ければアタシに相談してくれない?」
「…………では、ベルさんに少し訊きたいんですけど」
ベルは俺の隣に腰を下ろした。
そしてデカい身体で俺と同じように膝を抱える。
……お前のそういうところ、嫌いじゃないぜ。
「ベルさんは、どうして女になろうって思ったんですか?」
「女になろう、か……それは違うわよ、レオンちゃん」
ベルのたらこ唇がどこか物憂げな弧を描いた。
「アタシはね、小さい頃からオンナだったのよ」
「……え?」
「アタシの心は物心ついたときから、オンナだったのよ。ずっと、どうして自分が男の身体で生まれてきたのか、疑問だったわ。だから成人したときにね、身体もオンナになろうって決めたの」
青い空を見上げながら、ベルは遠い眼差しになった。
去勢した当時でも思い出しているのだろうか。
俺も顔を上げて、青空に目を向けた。
良い空だ。
疎らに浮かぶ白雲も綺麗だし、清々しい気分に……なってはこないけど。
「実は私、心は男なんです……って言ったら、どう助言してくれますか?」
「うーん、そうねぇ……」
ベルは特に驚いたり戸惑ったりした様子も見せず、ゆったりとした声で思案げに呟いた。
たぶん、このカマ野郎は薄々感付いていたのだ。
なにせ俺とこいつはある意味で同類だ。
それに見た目に反して、このオッサンは結構細かいところまで気配りできるし、手先も器用っぽいしね。
「アタシとしては、なんとか心も女になっちゃいなさいって、言ってやりたいのだけれど……アタシは男になれなかったからね、そんなことを言える資格はないわ。ただ、厳しいことを言うようだけれど、それはレオンちゃんが自分で悩んで、答えを出さないといけないことだと思うの。だから、レオンちゃんには自分が納得できる形で折り合いを付けて欲しいわ」
「……はい」
俺は小さく頷くことしかできなかった。
既にクロクスを出航して数日が経ったが、ここ最近の俺はずっとゴスロリ服を着ている。
もちろん、本当は着たくなんてなかった。これまではスカートだって穿かないようにしていたのだ。でも、ベルの出した条件だし、こうして船を出してもらっているのだから、約束――もとい契約は果たせねばなるまい。
ベルも頑として譲ってくれなかったし。
そうして俺はゴスロリ服を着させられ、困惑した。
着るもので人は変わってしまうものだ。特にこの服はスカートの下にペチコートまで着用するのがデフォという本格仕様の女服だ。
なにより、ビジュアルイメージの衝撃ってやつはデカい。
俺は如何にも女っぽい服を着て、鏡に映る可愛らしい幼女然とした自分を見て、どうすれば良いのか分からなくなった。
だから少しの間、思考まで完全に女っぽくしてみた。
しかし、どうにも馴染まん。それはまだ男の自覚が強いからで、続けていればいずれ完全に俺の精神は女と化すのだろうが……
なんだか怖い。自分で自分がキモい。
今更になって意識を女に切り替えるとか、できるはずがない。
と思う一方で、もう女になればいいじゃん……と思っている自分も確かにいる。
「その服、やっぱり嫌だったかしら?」
「…………分かりません」
俺は力なく首を横に振りながら、再び膝頭に顔を埋めた。
来たる真竜狩りやアルセリアの生死を思えば、今はこんなことで悩んでいる場合ではない。
だが、否応なく揺らぐのだ。まさかこんなところでアイデンティティクライシスに陥るなんて完全に想定外だ。
「あのね、レオンちゃん。もし男として振る舞い、生きていこうと思ったら、相応の覚悟が必要よ。それだけは覚えておいて」
やけに真剣な口調で言われ、俺はちらりと隣を見た。
性別不明のオンナはそんな俺の目を真摯な眼差しで見つめてくる。
「アタシはね、オンナになったから、家を追い出されたの。これでも実家は貴族だったからね、世間体もあって勘当されたのよ。まあ、それから商売で成功したから、何とかやっていけているのだけれどね」
「…………」
「もちろん、男が女らしくするのと、女が男らしくするのとでは世間の受け取り方も違うわ。ミランダちゃんを見ていれば分かると思うけれど、あの子は男勝りな言動でも周囲には受け入れられているしね。まあ、服装が女物で、身体付きも特に女性的だからってところもあるけれど」
ベルはそう言って微笑んだ。
色々話してもらってなんだけど、やっぱアンタの笑顔はちょっとキモいよ。
化粧していなければ、そこそこ男前で格好良いと思うんだが……。
しかし……オルガか。
彼女は良い一例だといえる。
言動こそ男っぽいが、一応服は女物を着ている。
俺もああいう風になれば良いのかもしれない。
参考にはなる。
「レオンちゃん、今日でアタシのお願いはもう聞いてくれなくても良いわよ。今日から先は元の男の子姿か、今の姿か、好きな方でいてちょうだい」
「……はい……あの、ありがとうございました」
「いえ、いいのよぉ」
ベルはがっしりとした大きな手で俺の頭を撫でてきた。
こいつはロリコンだが、良い奴だ。
短剣も自分で折って既に持ってないから、襲われる心配もない。
ただ幼女が好きなだけのオジサン……あるいはオネエサンだ。
俺はほとんど無意識的に風魔法を使いながら、考えていく。
これから先、俺はどう生きるべきなのか。
俺はどうしたいのか、俺の心は何を望んでいるのか。
そんなことを頭の中でグルグルとこね回しながら、カーウィ諸島への航路を進んでいく。
♀ ♀ ♀
クロクスを発って、七日が過ぎた。
出航したのはベルと出会った翌々日だった。
ベルがクロクスに到着したのはあの日の前日だ。久々の陸地ということで、あいつと護衛たちにも休息が必要だったし、連中にとっては急な話だったので丸一日は準備などに費やした。
ちなみに、ベルはエノーメ大陸南部の小国イクエベーグ王国の出身らしく、魔大陸には視察と遊楽が目的で来たそうだ。商人らしいので魔大陸市場へ参入するための市場視察、それに魔物狩りなどを楽しむためらしい。
前世でも狩猟を趣味にしている人はいたし、この世界でもベルのような奴は特に珍しいわけではない。
航海中、俺は風魔法を使う以外、特にやるべきことがない。
本当ならユーハのように船のことを色々と手伝っても良いのだが、風魔法が疎かになるのであまり動けない。それに俺は非力だから、逆に足手まといになる。
だったらと、この前マストの縄梯子を上っていたら、ベルにハラハラした顔でもの凄く心配されたため、なんだか申し訳なくて遊ぶにも遊べない。
夜、俺とオルガは一緒に結構早くベッドに入る。
他の船員たちは夜でも魔物対策のため、そして航路を外れないよう、代わる代わる起き出して見張りをする。これにはユーハも参加しているようだった。
「私たちだけって、なんだか少し居心地悪いですね」
丸い船窓から淡い月光だけが差し込む部屋の中、俺はベッドの上で呟いた。
「気にすんな、あいつらだけで十分に船は回せてるんだ。オレたちはドシッと構えてりゃ良いんだよ」
隣で横たわるオルガは臆面も無く言い切った。
彼女は翼があるため、一人なら未だしも二人で眠る際には横臥する必要がある。
なので今は俺の方を向いており、俺は豊満な膨らみを目前にしながら毎晩を過している。
「オルガさんは、さすがにそういうのは慣れてますね」
「まあな、魔大陸への航海では全部部下がやってくれたし。オレも何かしようにも立場故の格好ってのもあって、動くに動けなかったからな」
船上でのオルガはほぼ一日中、本を読んでいる。
ベルの船長室には大きな本棚があったので、そこにある本を読み漁っているようだ。たまに休憩がてら空を飛んだり、昼寝をしたりと、結構自由気ままに過している。
「でも今は動けますよね?」
「わざわざ面倒なことを進んでやることもねえだろ。手伝えと言われりゃ手伝うが、あいつら何も言ってこねえしな。だったら本でも読んで、今のうちに英気を養っておくさ」
オルガはこれでも人の上に立っている人だから、さすがに堂々としている。
俺は小心者だから、みんなが動いている中でのんびりするのは気が引けるが。
「そういえば、オルガさんって意外と読書家なんですね」
「意外ってなんだ、おい」
アイアンクローされた。
もちろん手加減されているので、全然痛くはないが。
「昔、バアさんから本読めって言われたからな。読んでるうちに趣味になったんだよ」
「……そういえば、オルガさんってお婆様とどういう関係なんですか? アルセリアさんとクレアとも昔は一緒にいたんですよね?」
今更だが、なぜオルガが婆さんたちと知り合いなのか、聞いていなかった。
婆さんも聖天騎士だったから、そっち方面の繋がりなのだろうか……とは漠然と思っていたが、出発の朝に忘恩の徒がどうたらとか言っていた。
「なんだ、昔話でもして欲しいのか?」
「オルガさんが嫌じゃなかったら、お願いします。聖伐を放り出してまでアルセリアさんを助けようとするって、普通じゃないですし」
「……そうだな」
オルガは左腕を立てて頭を支えた姿勢で、俺の髪をくしゃくしゃと撫でてきた。
月明かりに照らされた顔は凛々しく綺麗だが、普段と違ってなぜか儚い印象を受ける。
「オレは……まあなんだ、一言でいえば、バアさんとアリアに昔助けられてな。それからも数年、アホみてえに世話んなったし、だから今回のコレはそんときの恩をちっとでも返せればと思ってのことだ」
「助けられたって、何にですか?」
薄闇の中、聞こえてくるのは波の音だけで、夜の海特有の静寂が漂っている。
しばらくオルガは黙り込んだ後、俺の目を見つめながら口を開いた。
「あのクソな連中……《黄昏の調べ》だ。バアさんからはローズも一度遭遇したと聞いてるが」
「そう、ですか」
まあ、そんなところだろうとは思ったよ。
つまりオルガはメルの場合と似たようなものなんだろう……と納得しかけたとき、彼女は続けて言った。
「だが、たぶんローズが想像してるのとは少し違うだろうな」
「え……?」
「オレは昔、《黄昏の調べ》の一員だったからな」
思わず間近にある顔をまじまじと見上げてしまう。
オルガは自嘲的な苦味のある笑みで口元を歪めていた。
「オレは物心つく前から連中に育てられて、色々と教え込まれてきた。で、八歳の頃だ。オレは任務でバアさんを暗殺しようとした」
「――――」
「ところがまあ、相手は引退したとはいえ、元聖天騎士様だ。あっさり返り討ちにあってな、捕まった」
俺は軽く混乱していた。
だが、オルガは船窓から覗く星々を眺めるように虚空を見遣りながら、淡々と話していく。
「バアさんはオレを尋問したが、オレは何も吐かなかった。そういう風に教育されてたからな、死んでも口は割れねえと、当時は馬鹿の一つ覚えに思ってたもんだ。結局、バアさんはオレのことをアリア以外の誰にも言わず、オレを解放した。だからオレはまたバアさんを殺そうとした。それがオレの任務だったからな」
以前、猟兵協会に行った際、アルセリアが言っていた。
《黄昏の調べ》に協力的な魔女もいるにはいて、しかしそれは洗脳された場合がほとんどだ、と。
「今でもはっきり覚えてる……バアさんはそんとき、酷く悲しそうな面してやがった。バアさんはオレを説得しようとしたが、当時のオレは特に何も感じなかった。あのときのオレにとっては、バアさんを殺すことが全てだったからな」
「それで……どうしたんですか……?」
「再教育された」
オルガは懐かしそうに、そして可笑しそうに笑った。
「当時のオレはある意味人生悟ってたからな、何をされても平静でいられた……はずだったが、まあ色々ビビったわ。黄昏の連中に施された教育をバアさんとアリアの二人で上書きされて、オレは少しずつ自分の意志ってやつを持つようになった」
「……いったい、何をされたんですか?」
笑いながら言ったオルガが気になって訊ねてみた。
が、彼女は俺の頭をぽんぽんと叩くように撫でて苦笑した。
「お前はまだ八歳だ、さすがにガキには聞かせられねえな。だがまあ……アレだ、飴と鞭ってやつか? あの頃はアリアを恨んだもんだ」
なんだそれ、余計気になるぞおい。
「ま、んでオレは無理矢理バアさんたちと一緒に行動させられるようになって、色々学んだ。人ってのは何なのか、生きるってのは何なのか、殺人ってのは何なのか。十一の頃からは、まだ当時二歳だったチェルシーの世話をさせられてな……純真無垢なガキの面倒見てると、人を育てるってのがどういうことか、嫌でも実感しちまったわ。自分が黄昏の連中にどういう教育をされてたのか、そのとき初めて、本当の意味で理解した」
そう言って、オルガは普段なら決して見せないだろう儚げで寂しげな表情を覗かせた。
「まあ、とにかく……オレはバアさんとアリアには感謝してるわけだ。だから聖伐よりアリアをとった」
「よく分からないですけど……分かります」
「ハハ、どっちだっつの」
オルガの過去はかなり端折られぼかされていたので詳しくは分からんが、オルガが絶大な恩を感じていることは分かった。
しかしまだ気になることはあったので、良い機会だから訊ねてみる。
「あの、どうしてオルガさんはお婆様たちと一緒に魔大陸に行かなかったんですか? 当時は一緒に行動していたんですよね?」
「あぁ、だがオレは聖天騎士になってやるって決めてたからな。思うところはあったが、婆さんたちとは別れた」
「どうして、聖天騎士になろうと?」
正直、突っ込みすぎているかな……とは思う。
人の過去ってのはあまり詮索するもんじゃないし。
だがオルガは気にした様子もなく、俺の頭に手を乗せたまま口を動かす。
「ローズはバアさんが騎士団を辞めた理由って聞いたか?」
「え……あ、はい」
「そうか、なら分かると思うが、バアさんは黄昏の連中のせいで騎士団を辞めた。オレはそれを聞いたとき、なんか悔しくてよ。ま、理由なんてそんなもんだ、あとはバアさんに見せつけてやりたかったんだよ。アンタが助けたガキは立派な大人になったってな。聖天騎士なら誰もが認めるくらい文句なく立派だろ?」
俺の髪を指先でくすぐるように弄びながら、オルガは目を閉じてフッと笑った。
その微笑みを見て、なぜだか俺は無性にオルガに抱きつきたくなった。
「あ? おいなんだ、突然」
「……ダメですか?」
「いや、べつにダメじゃねえけど……」
と言って、オルガは俺の頭を抱き寄せて柔らかな二つの塊に押しつけてきた。
そして小さく吐息を溢す。
「前にお前らと一緒に寝たときも思ったが、やっぱガキは温けえな。チェルシーの奴も、昔はよくオレに抱きついてきやがって……ッ、あークソ、なんか思い出してきた……」
「ぅぐ……ちょっと苦しいです、オルガさん」
「色々話してやった礼ってことで、我慢しとけ」
オルガは俺を両手で抱きしめてきた。
アルセリアのように筋肉質とはいっても、やはり女らしい柔らかさは十二分にあり、良い匂いもする。この船にはベルお気に入りの浴槽が積まれているし、魔法士もいるから、船上だろうと俺たちは清潔だ。
俺はされるがままになり、人の体温を直に感じていく。
不思議なことに、人ってのは抱きしめられると妙に安心してしまうもので、あっという間に意識が薄れてくる。
それに抗うことなく、俺もオルガの身体を抱き返してやった。
オルガの話を聞いて、なんだか俺は心が温かくなった。
いや、彼女の話それ自体は結構衝撃的というか意外だったけど、でも俺はそこに人との繋がりってやつを確かに感じた。
俺とオルガは元々なんの縁もなかった。しかし婆さんやアルセリア、クレアとの縁を介して出会い、今はこうして一緒に寝ている。そしてアルセリアのために一緒にカーウィ諸島へ行こうとしている。
改めて考えてみると、不思議なものだ。
前世の俺は引きニートだったから、人との繋がりなんて絶無だった。
当時はそれで満足していたし、誰とも関わり合いになんてなりたくなかったが……今はもう、たぶん引きニートなんてできない。
オルガが婆さんやアルセリアから人や生について学んだように、俺もみんなから学んだ。人との繋がりを断って一人孤独に生きていくなんて、寂しい人生だ。
俺はこの繋がりを大切にしていこう。
そんなことを思いながら、その日も俺はオルガと一緒のベッドで眠りに就いた。
♀ ♀ ♀
出航して、十五日目。
俺たちを乗せた船――若葉号は非常に順調な航海をしている。
日中はほぼ常に順風を受けて海原を駆けていき、着々とカーウィ諸島へと近づいている。獣人航海士のオッサンによると、この調子でいけばあと十日もせずに近海へと至れるらしい。
「レ、レオンちゃん、気を付けてね……?」
「分かってますよ、もう何度も上ってますし。でも落ちたら受け止めてください」
「任せてちょうだいっ!」
心配しながら張り切るベル。
俺はそんなオッサンから視線を切り、縄梯子を上り始めた。
ちなみに今は動きやすさを重視して男物の服を着ている。
「ちょうど今はあまり風が吹いていないわっ。あぁ、やっぱり聖神様はレオンちゃんを応援してるのね!」
いや違うよ、今はただ風魔法を使ってないだけだよ。
とはいえ、それでもある程度の海風は吹いているため、身体を揺さぶられる。
俺は幼女の常として体重が軽く、握力も全然ないから、呆気なく吹き飛ばされて落下しそうで怖い。
それでも頑張ってマストの天辺まで上りきり、なんとか物見台に入った。
闇属性魔法を使えば楽々上れることを思えば、魔法の便利さを改めて実感する。
にしても手が痛いな、治癒魔法掛けとくか。
「ローズ、大丈夫であろうか……?」
「大丈夫です」
物見台には既にユーハがいて、わざわざ心配してくれる。
お前さんといいベル姐さんといい、オッサン共は優しいね。
俺は膝を突いて手摺に手を掛け、西の空を見遣った。
綺麗な夕焼け模様となっており、水平線へと陽が没しかけている。海面が煌めき、茜色に染まった雲が絶妙な陰影を天に描いて、何とも壮美な光景が全周を彩っている。
「良い眺めですね」
「うむ……」
本当はオルガや翼人の護衛に上まで運んでもらう手もあった。
実際、ベルはそうしようとしてくれたが、俺は自分で上がりたかった。少しくらい苦労した方が、より綺麗に見えるものだ……とベルに言うと、あいつはなぜか感動していた。
ロリコンの考えることは良く分からん。
物見台でオッサンと二人、波の音をBGMに夕陽を眺める。
エロゲのバッドエンドとかにありそうなシチュだ。
隣に美少女がいれば今頃は手でも繋いで愛を囁いてやるところなのに。
「ユーハさん、カーウィ諸島でのことですけど……」
俺が口を開くと、ユーハはこちらに視線を移した。
「近海まで行ったら、まずは私とオルガさんの二人で島に行こうと思うんです」
「某は、船で待っておれと……?」
「とりあえずは。真竜を狩ろうとする前に、一度竜人たちの都を訪れておきたいんです。人数が多いと警戒させちゃいますし、竜たちにも察知されやすくなりますから」
ユーハと一緒に竜人の都を訪れれば、まず間違いなく不審者扱いされる。
そもそも都がどこにあるのか分からないので探す必要があるし、移動は翼のないユーハがいては迅速に行えない。いや、〈霊引〉を常時使い続ければ連れては行けるが、オッサンは飛行が苦手のようだし、竜種のこともある。
何はともあれ、まずは待機してもらうのが賢明だ。
ユーハはしばし目を伏せた後、こくりと頷いた。
「相分かった……しかし、もし真竜を狩ることになった場合は、必ず某も同行させて欲しい。命を懸けてローズを守る故」
俺はオッサンのその言葉に頷きかねた。
問題はそこなのだ。
真竜狩りに同行者は一人だけだと、アインさんは言った。
オルガも参加してくれるはずだから、そうなると二人になってしまう。
どうすれば良いんだ。
「……ユーハさん、私がしたお告げの話は覚えていますか?」
「うむ、覚えておる。ローズはそれを気にしているのか……?」
「はい」
俺は正直に頷いた。
隣を見ると、なかなか精悍な顔は斜陽で赤く照らされ、左眼は眩しそうに西の空を見つめている。
しばらく俺たちの間に沈黙が流れたが、陽が水平線に半分以上は隠れた頃、ユーハは口を開いた。
「なぜ、ローズはそこまでそのお告げのことを気にするのだ……? こう申してはなんであるが……ローズはそうしたことを信じるような者ではないと思っておったのだが」
「それは……」
言葉に詰まった。
たしか、初めてアインさんに会ったとき、俺は誓った。
神やアインさんのことを決して第三者に他言しないと。
既に夢のお告げとして話している時点でもグレーなのだから、詳細は話せない。
今更だが、ユーハには同行してもらう必要はなかったな。
翼人であり聖天騎士であるオルガの方が有用性は遙かに高い。
おそらくそれはユーハ自身も自覚しているはずだ。
「……………………」
ユーハは目蓋を上げ、押し黙った俺をちらりと横目に見てくる。
そして、思わず視線を逸らしてしまった俺の頭を、ゆっくりと撫でてきた。
この三年半以上の間で、初めて俺の頭を撫でてきた。
「良くは分からぬが、話せぬのならば良い」
「すみません……」
「……ところで一つ訊ねるが、同行するのは一人までなのであろう?」
その問いに俺が首肯を返すと、ユーハは「ふむ……」と小さく唸った。
「であるならば、某は真竜を狩ることになろうと……同行はせぬ。故に、二人の後ろを勝手について参ろう」
「え……?」
「それならば問題はあるまい。それとも、ローズはこれも認めてはくれぬか」
ユーハは俺の頭から手を下ろし、静かな瞳をじっと見つめてくる。
出会った頃は生気の薄かった左眼だが、いま俺の目に映る黒い隻眼には確かな生気と意気が感じられる。
「勝手について来るって、どうやってですか……?」
「どうにかしてである。空飛ぶ二人を走って追いかけるか、あるいはネリオ殿かタイスト殿に協力してもらうか……いずれにせよ、ローズの後を追いかけよう」
本気の目をしていた。
もはやユーハは俺が断ろうと、何が何でも追いかけて来るだろう。
そう思わせられるくらい、オッサンは真剣だった。
「どうして、そんなに……」
「某はローズの守護剣士であるのでな」
俺が同行を頼んだときにも言われた台詞だった。
守護剣士云々など、もう三年半以上も前のことなのに……。
「それに、既にここまで共に参っておるのだ。何もせぬまま船上で待機し、ローズたちの帰りを待つなど……耐えられぬ」
たしかに、そうかもしれない。
俺はユーハに同行を頼んだのだ。それを今更、やっぱり良いから船で待っててくれなんて、ユーハからすれば随分と身勝手な話だ。
しかし、勝手について来るというのは……大丈夫なんだろうか。
単なる揚げ足とりだし、神の怒りに触れれば元も子もない事態になりかねない。
一方でユーハが戦力として加わってくれるのは大いに助かることではある。
だがそうなると神が……ちくしょう、もう神とか使徒とか訳分からんぞ、いったい何が目的なんだ……アインさんは俺をどうしたんだ……。
「…………分かりました。でも、竜人の都を訪れる際はまだ船にいてください。真竜を狩ることになったら、一度戻ってきますから」
「うむ、すまぬな……よろしく頼む」
ユーハはそれだけ言って、後はもう口を閉ざした。
この判断……誤りではないと信じたい。
ユーハには折れる気などなかっただろうから、都訪問のときからついて来られると色々面倒だ。だったら、真竜狩りを始める前からの方がまだ良い。
しかし、俺はユーハに後をついて来させる気はない。
追ってくるだろうが、振り切る。真竜のことはこの目で見る前から既に怖いものの、神罰の方が怖い。揚げ足とりによる苦しい言い逃れなど認められない可能性が高いだろう。
ユーハには悪いが……いやもう本当に悪いと思うけど、これもアルセリアの二の舞を防止するためだ。許してくれ、ユーハ……。
そんなことを思いながら、俺たちは夕陽が沈むところを眺めていった。
落日の速度は意外と速く、目に見えてどんどん海に呑まれていき、世界から光が失われていく。
その光景はなんだか妙に不安を駆り立てて、今後のことがやけに心配になった。
♀ ♀ ♀
クロクスを後にして、二十三日目。
水平線の向こうから小さな黒いポッチのようなものが突き出ていた。
「はい、レオンちゃん」
「ありがとうございます」
物見台の上で、俺はベルから単眼境を受け取り、覗き見てみた。
昼前という時間帯と快晴なこともあり、拡大された視界でも割と鮮明に確認できる。
「アレはたぶん竜神山ですね。白竜島にあるらしい天竜連峰で一番高い山です」
まだ山頂付近しか見えていないので相当離れているとは思うが、たぶんそうだ。
「それじゃあ、そろそろ船は止めないとね」
「ええ」
俺が頷くと、ベルはドスの利いた声で甲板上にいる船員たちへ停船命令を下していく。
これ以上進んでしまうと、水竜の領海に突入してしまう。
領海というか、水竜の生息域から相識感が届く範囲だ。
もしこの領海を侵してしまうと、水竜に俺たちの存在を気取られる可能性が非常に高くなり、かなり危険だ。アルセリアから受けた授業によれば、カーウィ諸島東部の領海見極めは天竜山の有無が目印らしい。
もう山頂っぽいのが見えているので、これ以上進むと魔海域以上に命の保証がなくなる。
カーウィ諸島は八大島と呼ばれる代表的な八つの島、そして大小様々な無数の小島から形成されている。八大島には地竜島、水竜島、火竜島、風竜島、白竜島、金竜島、黒竜島、紫竜島があり、俺たちが目指しているのは白竜島だ。
竜人族はこの八大島に住んでおり、各島ごとに平均して五、六ほどの郷が存在する。白竜島は中央島とも呼ばれており、八大島の中で最も人口が多く、最も栄えている島であり、竜人族の都はこの白竜島に置かれている。
クロクスから最寄りの島は火竜島で、ただ真竜を狩るだけならば、そこでも良かった。
が、まずは竜人族と接触し、抗魔病の存在やその治療法を調べておく必要がある。オルガは端からそのつもりだし、神が絶対に信頼できるとは限らないからな。だから最も多くの人と知識が集まっているだろう白竜島の都を訪れる。
「レオンちゃん、これからすぐに発つの?」
ベルが如何にも不安そうな顔で訊いてきた。
「そうですね、なるべく早い方がいいですから」
「今更だけれど……止めても無駄よね?」
「はい」
俺は早速、準備に取り掛かることにした。
といっても、既に荷物は纏めてあるし、心の準備もできている。
あとはオルガとドッキングして、飛び立つだけだ。
縄梯子を下りると、ちょうど船室からオルガが荷物と一緒に出てきたところだった。女猟兵っぽい格好の腰元には剣を帯び、勝気な双眸が印象的な凛々しい顔からは確かな活力を感じる。
彼女は大きな干し肉を口に咥えていたが、あっという間に咀嚼して胃に収めた。
「おうレオン、覚悟は良いだろうな?」
「もちろんです」
「うっし、んじゃ来い、固定すんぞ」
オルガは意気揚々と言って手招きする。
俺は身体の前面に大きなリュックを抱え、翼人タクシーのようにオルガと密着し、ベルトで固定する。当然、今は男物の服を着ているため、股下にベルトを通しても全く問題はない。
ドッキング形態は端から見ると結構ダサいというか間抜けな格好だが、仕方ない。こっちも真剣なのだ。
「レオン……無理はするでないぞ」
ユーハがやや鬱色の濃い顔で俺とオルガを見つめてきた。
「ミランダ殿、レオンをよろしく頼む」
「おう、任せとけ」
俺たちの周りには護衛連中も集まっており、みんな何かしらの言葉を掛けてくれる。どいつもこいつもオッサンだが、ベル同様に良い奴ばかりだ。
「二人とも、アタシたちが待ち続けられるのは三節くらいが限界よ。それは忘れないでね」
「あぁ、分かってる」
ベルたち若葉号にはこの辺りの海で停泊してもらえる。しかし食料事情から三節が限界らしいので、それまでに目的を遂げる必要がある。
こんな大海原の只中だと、俺たちが帰ってきたときに船を見つけられないかもしれないが、そこは心配ない。毎日昼頃に水棲魔物の死骸を焼いて狼煙を上げてくれるらしいので、空高くから捜索すれば見つけられるだろう。
最悪、こちらが火魔法なんかを連発して合図を送れば、誰かが気付いてユーハが誘導してくれるはずだ。
「ベルさんたちも魔物には気を付けてくださいね。あと風や潮に流されて水竜の領海に近づかないように」
「もちろん気を付けるわっ。あぁ、レオンちゃんの方が大変だっていうのに、アタシたちの心配をしてくれるなんて……んもうっ、なんて優しいのかしら!」
いや、お前らがいないとクロクスに帰れないからさ。
こっちも心配なんだよ。
一応、ベルたちが俺とオルガを見捨ててクロクスへ帰る……という可能性はある。しかしユーハがいるから、その心配は不要だろう。
改めて思えば、ユーハの役目は超重要だ。
オッサンの存在価値は厳然と存在する。
まあ、ベルが今更俺たちを裏切るとは考えにくいけどね。
「そろそろ行くぞレオン」
「はいっ、皆さん、いってきます!」
オルガが翼を羽ばたかせ始め、俺は手を上げて挨拶をする。
ディーカからクロクス、クロクスからここまで、俺はほとんど何もしてこなかったが、これからは大変になるだろう。
正直なところ、不安しか感じていない。
それでも俺は笑顔で元気よく挨拶した。
こういうときこそ笑うのだ。
「いってらっしゃぁい! 気を付けるのよっ、何があっても自分の身は大切にね、ご飯はちゃんと食べるのよ!」
「うむ……待っておるぞ、二人とも。無事を祈っておる」
ベルもユーハも他の面々もみんな心配そうな顔をしているが、俺に応えてか、明るい声を返してくれる。
当初はベルも一緒について来たがっていたが、全力でお断りした。
ロリコンカマ野郎など不審者以外の何物でもないし、少人数でないと竜に襲撃される可能性が高くなる。
オルガに密着した俺はふわりと甲板から浮き上がり、上昇しながら船を離れていく。みんなは手を振って見送ってくれていて、ベルなどは大声で何度もレオンという偽名を呼んでくれる。
もし無事に目的を達して戻ってこられたら、あいつには俺が魔女であることや本名を教えてやっても良いだろうな。
「気引き締めろよ、ローズ。竜の縄張りに突っ込むんだからな、いつ襲われても対応できるようにしとけ」
「はい、分かってます。白竜島まで結構あると思いますけど、頑張ってくださいオルガさん」
「おう、聖天騎士様に運んでもらえるなんて光栄に思え」
本当に光栄だよ。
このクッション……悪いがカミーユのとは比較にならないくらい素晴らしいよ。
ファーストクラスで空の旅だ。
今後はオルガ航空でないと満足できなくなるかもしれない。
オルガは俺という大荷物を抱えて、力強く西の空へと飛翔していく。
俺は最高の乗り心地を味わいながら、青々とした海原と大空が作り出す色差の水平線――そこから覗き出ている竜神山(と思われるポッチ)を睨んだ。
目指すは白竜島、まずは竜人族との接触だ。
気を抜かずにいこう。
俺は何としてでもアルセリアを助けないといけないのだから。
こうして、俺とオルガは竜種と竜人族が住まうという島へ突き進んでいった。