間話 『尊尚親愛は日常系のなかで 前』
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彼の一日は走り込みから始まる。
「いってらっしゃぁい、近道しちゃダメだからねぇ」
「しねーよ」
同居人に素っ気なく返事をして、ウェインは玄関扉を開けた。清澄な空気がひんやりと素肌を撫でて、少々の寒気を覚えながらも構わず走り出す。
朝日が昇って間もない空はうっすら夜の名残が残り、紫がかった色合いを見せている。まだ町には人気も活気も少ないが、既に一日の準備を始めている人々は多く、パン屋のある方角からは煙が立ち上っているのが見える。
「あら、ウェインちゃんおはよう。今日も早いのね」
「ども、おはようございます」
近所のおばさんから挨拶されたので、すれ違い様に軽く頭を下げておく。当初は無視していたが、来る日も来る日も笑顔で挨拶してくるので、さすがに心苦しくなって挨拶を返すようになった。
走り込みと同様、ここ一年における日課の一つに組み込まれている。
早朝の町は独特の雰囲気が漂っていて、ウェインは割と好きだった。水底のように閑静な町中がざわめき始め、流動的になっていく様は一日の始まりを感じさせる。近所の人々からの挨拶に応じつつ住宅街を抜けて、足を緩めず一定の速さで湖畔通りを駆けていく。
朝日を受けて煌めく湖面は眩く、そして美しい。一人で黙々と、何も考えず頭を空っぽにして、ただ身体を動かしていく。
湖畔通りを端まで駆け抜けると、少し引き返して大通りに入り、お決まりの道程を消化する。おおよそ小一時間ほど走り続ければ、蒼水期第八節の寒気をものともしない程度に身体が温まる。
首から提げた手拭で汗を拭いつつ足の動きを緩め、パン屋の前で立ち止まった。
「おう坊主、今日も元気なこったな!」
「オッサンの方が元気だろ」
「がっはっはっ、まあな!」
どうでもいい遣り取りをしながらも、焼きたてのパンと硬貨を交換する。持参した革袋にウェインがパンを入れると、いつも通りパン屋の男が掌を向けてくる。
挨拶代わりに思い切り拳を叩き込み、「おうっ、まだまだだな!」と精力溢れる声を背中に受けながら走り出す。
それから間もなく自宅に到着する。
ウェインの住まう家は周囲に建ち並ぶこぢんまりとした一軒家のうちの一つだ。二人暮らしには少々広い家屋の扉を開けて、まずは厨房に直行する。
「おかえりぃ」
朝食の準備をしている女性が振り返って声を掛けてくる。が、パン屋の男の挨拶と比べれば脱力するほど間延びした声だ。後頭部できっちりと髪を纏め上げているくせに、服はいつも通り少々だぼっとしている。
ウェインは「おう」と返事をしながら、買ってきたパンをテーブルの皿に並べていく。するとトレイシーが湯気の立ち上る皿を両手に持って近づき、のんびりとした顔で見下ろしてくる。
「おう、じゃないでしょぉ?」
「はいはい、ただいま」
「返事は一回だぞぉ」
皿をテーブルに置くと、ウェインの頭を片手で鷲掴むトレイシー。
「ちょ、ぃぃいてててっ、やめ……っ、放せババア!」
「え? なんだってぇ? ワタシ、ババアだから耳が遠くて聞こえないなぁ」
「いっ、て……やめ、てててぇぇっ、くださいトレイシーッ!」
頭蓋が潰されるのではないかという痛みが消え去った。
ウェインは頭をさすりながら、緩い笑みを浮かべる女を睨み上げる。
「テメェ、毎度人の頭掴みやがってっ、握り潰す気か!」
「そんなわけないでしょぉ、ちゃんと加減してるしぃ」
「加減間違ったらどうすんだよっ」
「間違えないよぉ、どれくらいの力で潰れるかはちゃんと分かってるしぃ」
「…………」
実際に頭を潰した経験がないと、どの程度の力で潰れるかなど分からないだろう。
ウェインはそれ以上なにも言わず、黙って厨房を去って汗を掻いた身体を拭いていった。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
今日の朝食は昨晩の煮込み料理の残りだった。
少々渋い顔になりながらも、ウェインは適度に硬いパンをひたしながら食べ進め、口直しに牛乳を飲む。
「クレアたちの料理食ってると、トレイシーがどれだけ料理下手か分かるよな、ほんと」
「酷いなぁ、ここはお世辞でも美味しいって言うところだぞぉ? ほら、一晩寝かせたことで昨晩より味わい深くなってるしぃ」
「ま、娼館で食ってた残飯よりはマシだな」
というのは照れ隠しに過ぎない。少しくらい味が変でも、満足に食べられる状況は十分に幸福だと分かっている。
ただ、トレイシーの料理の腕前がクレアたちに劣るのは確かだが。
「……ワタシ今日はお昼から用事あるからぁ。ウェインは館にでも行っててねぇ」
「用事ってなんだよ」
「んー、秘密かなぁ」
「《黎明の調べ》に関することか?」
トレイシーは答えず、姿勢良く座ったまま、のほほんとした態でパンを咀嚼している。
ウェインは無言を肯定と受け取った。
「いい加減、そろそろ詳しく教えろよ。もう二年近くも一緒に暮らしてるのに、俺が信用できねーのか?」
「だからぁ、そういう問題じゃなくて、ウェインにはまだ早いんだよぉ。大人になったら嫌でも面倒事が増えるんだから、子供は子供らしく、今のうちに日常を満喫しておいて欲しいんだよぉ」
「子供扱いすんな、俺はもう大抵のことは一人でできる。それにそもそもテメェが俺を引き取ったのも、仕事手伝わせるためじゃねーのかよ」
かつてウェインは魔大陸東部の町でウルリーカに拾われた。
あの町どころか、魔大陸東部にいては殺人と逃亡の罪により追われて危険だからと、この町ディーカのある魔大陸北西部に連れてこられた。
だが最近、理由がそれだけでないことにウェインは感付いていた。
「トレイシー、俺に汚れ仕事させたいだろ?」
「…………」
「まだあの頃は五歳だったとはいえ、俺は人を殺した。なのにウルリーカもクレアたちも、見ず知らずのガキを助けて、テメェは俺の面倒を見やがる」
食事の手を止めたトレイシーを、ウェインはテーブル越しに真っ直ぐ見つめる。
六節ほど前、町で馬車が襲撃される事件が起こった。
黒い仮面を被った女が馬車に乗っていた男三人と御者の男一人を殺害し、獣人の少女を連れ去ったというのだ。人通りが少なかったことから目撃証言はあまりないが、あとに残った凄惨な現場が事実を物語り、一時期話題になっていた。
事件があった日の前後、トレイシーは『秘密の用事』とやらで家を空けることが多かった。更に事件の後、ローズたちの暮らす館に獣人の魔女メレディスが新しく住まうようになった。
ウェインは《黎明の調べ》のことはそう多く知らない。
秘密の魔女集団であり、《黄昏の調べ》という悪者から身を守っている組織……という程度の曖昧なものだ。
しかしトレイシーは魔女でもないのに《黎明の調べ》と関わりを持っている。ローズから聞いた話では、メレディスは《黄昏の調べ》に襲われたが助け出されたようで、最近の彼女らは用心のために町に出てこない。
「馬車の事件、あれトレイシーがやったんだろ? テメェの強さなら楽勝だろうぜ。ああいうことをさせるために、俺に色々教えてしごき上げてるんじゃねーのかよ?」
「…………」
トレイシーは相変らず緩い表情のまま、無言でウェインと向き合う。
しかしややあって、小さく溜息を吐いた。
「なんで朝からこんな話になっちゃうのかなぁ」
「おいトレイシー、誤魔化すなよ」
「そこまで言われちゃ、誤魔化さないよぉ。まあ、確かにあれはワタシがやったし、将来的にはウェインにも頑張ってもらうつもりだけどさぁ」
「だけど、なんだよ?」
ウェインはテーブルに少し身を乗り出して続きを急かす。
例の事件からこっち、ウェインもウェインなりに色々と考えて、今の推測を口にした。その正しさが認められ、ようやく教えてくれる気になったトレイシーにウェインは期待する。が、トレイシーはそんな少年を落ち着けるように、のんびりと杯に口を付けてから、普段と変わらぬゆったりとした口調で告げた。
「べつに人を殺してもらうために、ウェインを引き取ったわけでも、武術を教えてるわけでもないよぉ。ワタシの仕事はクレアたちを守ることで、その一環としてメルも助けたのぉ」
「つまりテメェらは俺にローズたちを守らせたいわけだな」
「まあ、そんなところかなぁ」
トレイシーは緩く頷くと、食事を再開し始める。
しかしウェインはまだ手を止めたまま、更に問いを重ねた。
「あいつら強いんだし、俺が守る必要なんてねーだろ?」
「あるよぉ、凄くあるねぇ。それにお仕事は守るだけじゃないしねぇ」
「っていうと?」
「ま、その辺の詳しいことは十歳になったら教えてあげるよぉ。さっきも言ったけどねぇ、子供は子供らしく、面倒なことは気にせず、日々を健やかに過して欲しいんだよぉ」
しみじみとした様子でそう言うと、トレイシーは昨晩自分で作った料理を悩ましげな顔で咀嚼する。やはりというべきか、彼女はまだ詳細を教える気はないようだった。
「んだよ、子供扱いすんなよな」
「そう言われても、ウェインはまだ七歳の子供だしぃ。ワタシに勝てるくらい強くなったら、もっと早く教えてあげてもいいけどぉ?」
「……絶対無理じゃねーかよ」
ウェインは愚痴るように呟き、仕方なく食事の手を再び動かすことにした。
今まさに対面に座る女性は言動こそ暢気な様子を見せているが、見た目に反して性格は厳格だ。毎朝走り込むことを強要するし、家事の手伝いや勉強をサボると気絶するまで鍛錬させられるし、だらしない生活や金の無駄遣いは決して許さず、ババア呼ばわりすると罰が下る。
一度言わないと決めたことは梃子でも言わないだろうから、今回は少しでも話を聞けただけ僥倖だろう。だからウェインは一応の満足感を覚えて、納得しておくことにした。
「ところで、ウェインはローズちゃんのこと好きなのかなぁ?」
「んぐ……っ、ぷはっ、なんだいきなり!?」
思わず吹き出しそうになりながらも何とか堪える。
トレイシーを見ると、気の抜けるような笑みを浮かべていた。
「んー、だってさっき、ローズたちを守らせたいわけだなーって言ってたでしょぉ? サラたちでもリーゼたちでもクレアたちでもなく、ローズたちって言ってたから……ねぇ?」
「ねぇ? じゃねーよっ、意味分からんわ!」
「それに前々から、みんなと遊んだときの話をするときなんかは、ローズちゃんの話ばっかりだしぃ」
「いつもあいつが変なこと言ったりしてきたりするからだっ、なに勘違いしてんだよ!」
しかめ面で睨み付けるも、トレイシーは意にも介さず、にやにやと緩い笑みで見つめてくる。
なぜだかウェインは無性に気恥ずかしくて、腹立たしくて、皿ごと傾けて料理を口にかき込むことで視線を遮った。
「そんなに照れなくてもいいのにぃ。ローズちゃん可愛いし、凄く頭も良くて魔法も上手で、いつも優しいって聞いてるよぉ。好きになったって何にもおかしなことじゃないと思うけどなぁ」
「べつに好きじゃねーよっ、むしろ嫌いだってのあんなやつ! もういいから黙ってろよババア!」
「うーん……ローズちゃんのことを話すとウェインは機嫌が悪くなるねぇ。まあ、誰しも人から訊かれたくない話はあるものだし、仕方ないかぁ」
「――っぐ!?」
トレイシーはわざとらしくウンウンと頷いている。
今の遣り取りが先ほどの追及に対する遠回しな仕返しと牽制であることをウェインは正しく悟った。と同時に、脛を蹴られた痛みで喉が引き攣り、思わず背中を丸めてしまう。
「こらこらウェイン、ちゃんと背筋を伸ばして、姿勢良く食べなさいねぇ」
テメェのせいだろっ……と言いかけるが、なんとか思いとどまる。
ここで口答えすれば更なる罰が下るかもしれないと、ウェインの自制心が警告していた。しかし、その自制心が彼女の教育の賜物である皮肉に、少年は気付けていなかった。
■ ■ ■
朝食後は食器を洗ったり、洗濯をしたりする。
家事の手伝いは日課なので、いつも通りにさっさと片付けていく。
「よーし、じゃあ行くよぉ」
洗濯物を干し終わると、そのまま出発する。
トレイシーと二人で軽く走って壁の外まで出て行く。まだ足は止めずに町周辺に広がる牧草地帯や畑地を離れて、人気のない原っぱに辿り着く。
「さて、今日も一生懸命、鍛錬に励もうねぇ」
「よろしくお願いします」
教わる前に、弟子は師匠にきちんと挨拶をするものだとウェインは教え込まれている。
型どおりの挨拶が終わると、鍛錬の開始だ。
ウェインがトレイシーから教え込まれているのは神那流だ。
短剣や手甲鉤、あるいは暗器などを使用する分派もあるようだが、本流は基本的に己の肉体だけが武器だ。防具は腕や脚を守るために籠手や脛当などの軽装で済ませることが多いらしい。
だがウェインは普段着のままで、トレイシーは着替えて身体の線が浮き出るような引き締まった服装で鍛錬に臨む。
「今日は拳を一発入れられたら、終わりにしてあげようかなぁ」
「なにが今日はだ、いつも言ってるじゃねーかよ」
午前中に始めると、普段は昼前まで続けさせられるが、条件を満たせば早く解放される。しかしウェインは未だに一度も条件を満たせたことがない。
「いい加減、技とか教えてくれよな」
「教えてるでしょぉ?」
「アレは教えてるとは言わねーだろ。見せてるだけじゃねーか」
「技っていうのは教わるものじゃなくて、盗むものだからねぇ」
という遣り取りはいつものことだが、ウェインはまだ一つも盗めていない。
最近ようやくトレイシーの動きに目が慣れてきて、身体も動くようになってきた頃だ。
「なら今日こそ盗んで、あっと言わせてやるよ」
ウェインは気持ちを入れ替えて、普段の恨み辛みを込めて殴りかかる。当然、牽制も織り交ぜて攪乱させるが、あっさり見抜かれて足を払われ、尻餅をつかされる。すぐに立ち上がらないとひたすら蹴られるだけなので、跳び起きつつ拳を突き出す。今度は手首の辺りを軽く突かれて軌道を逸らされ、そこで胸元に掌底を食らってしまう。衝撃で倒れそうになったが、呼吸困難な状態で必死に後ずさって体勢を整え、踏みとどまる。
「何度も言ってるでしょぉ、間合いの詰め方が甘すぎぃ」
トレイシーはゆったりとした初動で足を踏み出した。
かと思えば、数リーギスの距離を瞬きの間に詰めてウェインの胸ぐらを掴み、軽々と投げ飛ばす。
「ワタシの動きをよく見て、実際に真似してみて、どうしてそうなるのか考えるんだぞぉ」
「分かってるよ!」
普段のトレイシーは一回り大きな服を着て挙動を誤魔化しているが、鍛錬時は弟子のために着替えてくれている。ウェインは容赦のない女の全身を逐一観察し、先ほどの踏み込みを真似しようとしてみた。
しかし、上手くいかない。その罰とでも言うように、トレイシーの鋭い蹴りが尻に直撃してすっころぶ。
「な、舐めやがって、このババア……」
「だってぇ、子供扱いするなって今朝も言ってたでしょぉ」
起き上がろうとしたところで、顔面に爪先が迫ってきたので咄嗟に躱す。
トレイシーは『痛みがないと学習しない』という血も涙もない方針を掲げている。どうせこの後、館を訪れる予定なので治癒魔法で治してもらえるとはいえ、痛いものは痛い。以前に腕の骨を折られて以降、ウェインは死ぬ気で立ち回っている。
「んー? 今日は目眩まししてこないのかなぁ?」
「うっせー!」
先日、地面の土を目眩ましに投げつけたが、脚撃の余波により跳ね返され、逆に目潰しを食らったことがある。
それを思い出し、ウェインは悔しさを糧に身体を動かしていく。
「あ、ちょっと休憩、魔物来ちゃったぁ」
「そ、そうか……なら、仕方……ねーな」
一時間ほどして、全身汗だくになって息を荒くしているとき、中断となる。
接近してくるのはディーカ周辺では良く見かける狼めいた魔物――パックファングで、十匹ほどの集団で走り寄ってくる。
これ幸いとばかりにウェインはその場にへたり込んだ。
「ウェインはそこ動いちゃダメだからねぇ」
「……分かってるよ」
ウェインは頷くと、最近習得したばかりの初級水魔法を使って手を洗い、掌に水を溜めて喉を潤す。もちろん、その間にトレイシーが魔物を片付ける様を観察するのは忘れない。
トレイシーは魔物の集団に突っ込んでいくと、飛び掛かるパックファングに爪先をねじ込む。衝撃で吹き飛ぶ個体を別の個体に衝突させて足止めにしつつ、演武のように次々と倒していく。
十秒も掛からず綺麗に全滅し、トレイシーが戻ってくる。
「あれどうやって殺してんだよ……血も出てねーのに死ぬとか、ほんと訳分かんねーな」
「内側だけ破壊すれば、流血させずに殺せるんだよぉ。コツはほんの一瞬だけ当てて、すぐに拳を引くことかなぁ。でも難しいからこれは何年か後に教えるよぉ」
「そうかよ」
「こういう殺し方ができるところが、剣や槍と比べて便利なのよねぇ」
魔物に血を流させると、血臭に釣られて他の魔物が近寄ってきてしまう。だからトレイシーは毎回毎回、流血させずに片付けている。そのうち死体が腐り、その腐臭で他の魔物が食い荒らしに来るだろうが、数時間程度では問題にならない。
「あ、ウェイン、ワタシにも水ちょうだい」
「しょうがねーな」
ウェインがトレイシー相手に得意気になれる数少ない機会が水分補給のときだ。
初級の水魔法が使えるようになるまで一年近くも掛かってしまい、途中で何度も諦め掛けたが、今では習得して良かったと心から思っている。火魔法の方はあと少しでものにできそうなので、習得できればトレイシーに対して更に優位に立てるだろう。
「うーん、やっぱり魔法使える子がいると、色々はかどるねぇ。よく頑張って覚えたねぇ、偉い偉いぃ」
「やめろ頭撫でるんじゃねーよっ」
普段は厳しいトレイシーから褒められると本当は少し嬉しかったが、子供扱いされるのは未熟な男心が許さない。
すぐに素っ気なく手を振り払うと、トレイシーは気を取り直すように「さて」と言いながら構えをとる。
「それじゃあ、続きを始めるよぉ」
「……おう」
やはり振り払わず、しばらく撫でさせておけば良かったかもしれない。
短い休憩を終えたウェインは少しだけ後悔した。
■ ■ ■
昼食時になると、鍛錬を終えて町に帰る。
もちろん帰路も走って行かねばならないが、鍛錬後のウェインには辛すぎる習慣だ。
「お、おい……ちょっと、休憩……」
「しないよぉ、足腰はきちんと鍛えておかないとねぇ。ほら、止まらず走った走ったぁ」
ウェインは立ち止まって膝に手を突き喘ぐが、トレイシーから尻を蹴飛ばされる。肩で息をしながら仕方なく両足を酷使し、死に物狂いで市壁の内側に入った。
そこからは徒歩での移動が許され、ウェインは少しずつ息を整えていく。
「今日のお昼はどれがいい?」
「んー……あれ」
ウェインはちょうど通りかかった町の広場にある露店を指差した。
午前に鍛錬をした場合、昼食はウェインの好きなものを食べさせてもらえる。トレイシーなりの労りなのだろうが、それなら厳しくするなとウェインは主張したい。
露店で買ったものは香辛料たっぷりの串焼き、たくさんの小さな干果が入った丸いパン、そして青汁と果汁を混ぜ合わせた飲みものだ。
広場の片隅に植えられた木の根元に腰を下ろし、ウェインは肉厚な熱い串焼きにかぶりつく。トレイシーは立ったまま幹に背中を預けて、杯片手に一息吐いている。
「うぇっ、なんだこれ、野菜の味しかしねえ。ほんとに果汁入ってんのかよ、不味すぎだろ……」
「んー、一割くらいは入ってると思うよぉ。でもたしかに子供には飲みにくいかなぁ、子供にはぁ」
「なんだよ、いちいち子供扱いしが――って、と!?」
いきなり横合いから何かが飛んできて、ウェインは咄嗟に腕を上げて顔を庇った。肘の辺りに硬い感触が当たり、衝撃で手にしていた杯から青汁が少し零れる。
「おー、ごめんごめーん」
ウェインと同い年ほどの少年が走り寄って来る。
どうやら当たったのは球のようで、人頭大のそれが地面に転がっている。何かの動物か魔物の革でできたそれを少年が足裏で踏みつけたところで、更に声を掛けてくる。
「あ、おまえもやらないか? 球蹴りやってんだ、ちょっと人数が足りな――」
「うっせーな、さっさと消えろ」
「は……? な、なんだよ、せっかく誘ってやったのによ」
不満げに愚痴をこぼしながら少年は去って行く。
ウェインはそんな子供になど一瞥もくれず、手に零れた青汁をズボンで拭った。
「あらら、遊んでくれば良かったのにぃ」
「遊ぶかよ、アホくせー。あんな連中と暢気に走り回るとか、頼まれても御免だ」
殊更に虚勢を張るでもなく、当然のことのように気負いなく言い捨て、パンに食らいつく。
トレイシーはその姿を見て仄かな苦味を滲ませた笑みを覗かせた。
「ああやって遊べるのは、子供のうちだけだよぉ?」
「あっそ、べつにああやって遊びたいとは思わねーし」
「でもローズちゃんたちとは遊んでるよねぇ?」
「それは……仲良くするって約束したからだ、仕方なくだ」
ウェインは子供が嫌いだ。
ローズたちと出会って一年以上が経つ今でも、その考えはあまり変わっていない。近所の子供たちが遊んでいる姿を見掛けても、そこに参加したいとは全く思わず、やはり苛立ちめいた嫌悪感を少し覚えるだけだ。トレイシーには決して言わないが、彼らと遊ぶくらいならまだ鍛錬をしていたい。
「男の子の友達は欲しくないのぉ?」
「いらねーよ」
「じゃあ女の子の友達が欲しいのかぁ。もぅ、この歳から女好きだなんて、ワタシは将来が心配だよぉ」
「女好きじゃねーよっ、これ以上女の友達もいらねーよっ」
威勢良く言い返し、ウェイン杯を大きく傾ける。
だが野菜の苦味は容赦がなく、すぐに肉を食べて後味の悪さを誤魔化した。
「今朝も言ったけど、この後ウェインは館にでも行っててねぇ」
「あぁ、言われんでも行くつもりだったからな」
「もぅ、この歳から女好きだなん――」
「だからちげーよっ、火魔法の練習すんだよ!」
「そっかそっかぁ、ローズちゃんたちに手取り足取り教えてもらうのかぁ」
ウェインは否定したい気持ちをぐっと堪え、無視して食事に集中する。
するとトレイシーは仕方なさげに肩を竦めた。彼女はパンを口に放り込んで野菜汁で押し流すように嚥下すると、背を預けていた幹から身体を離す。
「さて……と、それじゃあワタシは行くからぁ。夕方まで家には誰もいないから、それまでウェインは館で遊んでてねぇ。あ、今日は晩ご飯食べてきちゃダメだぞぉ」
「はいは…………はい」
「うん、よろしいぃ」
およそ半年ほど前――七歳になる前までは、館を訪れれば必ず夕食を勧められていた。一緒に風呂に入るよう言われたり、泊まっていっても良いとも言われていた。が、最近は宿泊していくよう誘われることはなく、風呂も一緒に入ろうとは言われなくなった。
ウェインとしては断り続けていたので全く問題ないどころか助かる変化だったが、気になってトレイシーに訊ねてみると、どうにも彼女がクレアたちにそうするよう頼んだようだった。
男女七歳にして席を同じゅうせず。
などとトレイシーは言っていたが、ウェインにはよく意味が分からなかった。
いずれにせよ、館に泊まろうものなら彼女からの厳罰が待っているが、たまに食事をご馳走してもらう程度ならば許されている。
トレイシーは頷くウェインの頭をくしゃくしゃと撫でると、軽快な足取りで広場をあとにし、通りの人波に紛れていった。
それからウェインは広場を漫然と眺めながら、ゆっくりのんびりと残りを食していく。昼食を終えると立ち上がって、土器製の杯を地面に叩きつけて割る。
「行くか」
そうしてウェインは広場で球蹴りに興じる子供たちには見向きもせず、ヘルミーネの家を目指して歩き始めた。
■ ■ ■
巨大な家に入れてもらうと、ウェインは出迎えてくれたユーハに問いかけた。
「鍛錬してたのか?」
「うむ……身体も技も日々磨かねば、錆び付いてしまうのでな」
もう蒼水期で気温は低めなのだが、ユーハは上半身が裸で汗だくだ。
そのくせ相変らず顔色はあまり良くない。
「いい加減、その髪型と眼帯、どうにかした方がいいぞ。ヘルミーネもそう思うだろ?」
巨人の女性は椅子に座り、その体躯に見合わぬ小さな本に目を落としている。大きな硝子の塊を通して見ることで、文字を大きくして読むのだという。
彼女は鷹揚な仕草で小さくかぶりを振ってみせた。
「いいや、それはそれで良いと思う。その方が親しみやすさがあるからな」
「……親しみやす過ぎて、逆に親しみにくいだろ」
「これは……ローズが勧めてくれたものなのだ……某を見て笑顔になってくれるのであれば……うむ、何ら問題ない」
「いやだから、それ単にからかわれてるだけだっての」
ウェインの指摘にユーハは微かに口元を緩めて頷いた後、部屋の片隅の定位置にまで戻った。そして愛刀を正眼に構え、素振りを始める。たまに踏み込んだり後ずさったり、横薙ぎに切り払ったりしており、端から見ているだけでも緊張感が伝わってくる。
以前、何をしているのか訊いてみたところ、敵手を想定して一人戦っているという。右目が眼帯に隠れた表情は恐ろしいほどに真剣で、一振り一振りに凄まじい気迫が伴い、あまり動いていないにもかかわらず際限なく汗を掻いている。
屋内より屋外の方が涼しいので、鍛錬に向いているはずだが、ユーハは言っていた。
『秘匿してこその技である。己が剣の真髄を余人の目に晒すとき……それは信頼できる者の前か、あるいは必殺と決めた敵の前だけある』
鍛錬と読書の邪魔をしては悪いので、ウェインは早々に館へ出向くことにした。
床に手を当てて魔力を込め、地下への扉を開ける。魔力を扱えなかった頃はヘルミーネの家に保管されている蓄魔石を利用して開閉していた。
転移盤を起動して、独特の感覚をやり過ごし、館の地下室に到着する。廊下に出て階段を上がり、広々とした一階広間に出ると、ウェインは軽く見回しながら声を上げた。
「お邪魔しまーすっ!」
こうして声を上げて来訪を報せるのが決まりだった。
以前、勝手に入っていった際、廊下で全裸のリゼットと出くわしたことがある。どうやら鍛錬で汗を掻き、水浴びをした直後だったようで、ローズとサラもその場にいた。二人はきちんと服を着ていたが、その一件のせいでサラはもとよりローズも強く来訪の報せをするよう要求してきたのだ。
「ウェインか、よく来たな」
食堂の扉からアルセリアが姿を見せる。
前掛けをした彼女は正面玄関を指差した。
「ローズたちはちょうど魔法の練習をしている。ウェインも行ってくるといい」
「分かった、ありがと」
「ああ、頑張れよ」
そう応じて、アルセリアは扉の向こうへと戻っていった。
男のウェインから見ても彼女は颯爽としていて、無駄口も叩かず、料理も上手で、格好良い。
「うちのババアもあんな風だったら良かったのに……」
と愚痴りながらも、ウェインは玄関から外に出る。こちらの空は少々雲が多く、日差しも隠れていて、良い天気とは言い難い。
大抵の場合、魔法の練習は館の東側で行っているので、そちらに行こうと足を伸ばすが……
「……ん?」
玄関口のある館の南側には物干し竿があり、洗濯物が干してあるのだが、その付近に一枚の白い布が落ちていた。
女物の下着だ。
他にも干されている下着類が散見されるものの、ウェインはかつていた娼館で下着類など見慣れていた。その記憶はまだ色濃く残っているし、ここ二年近くはトレイシーと同居しているので、羞恥心の類いを抱いたりはしない。
「ったく、しょうがねーな……」
溜息を吐きながら三角形の布を拾い上げ、元に戻そうとする。
「ウェイン、何してるんですか?」
ふと声を掛けられて振り向くと、見慣れた赤毛の童女がいた。
「リーゼがウェインの声がしたと言うので、念のため呼びに行ってあげようと思ったんですけど……」
頭上の空模様とは対照的な蒼い瞳がウェインの手元に向けられ、意外そうな顔で二、三度ほど瞬きする。
そんなローズを気にせず、ウェインは言った。
「おいローズ、お前これ――」
「あぁいえ、皆まで言わずとも分かっていますから。ですがウェイン……いくら子供だからって、して良いことと悪いことがあるんですよ?」
「は?」
またぞろ意味不明なことを言いながら、ローズは歩み寄ってきた。その顔は呆れたような、仕方がないなとでも言いたげに苦笑している。
ウェインの右肩を労るようにポンポンと叩いてから、そのまま手を置き、憐れみめいた眼差しを向けてくる。
「いえね、気持ちは良く分かりますよ? でもさすがの私も、それは人として最低だと思うんです」
「……なに言ってんだ、お前?」
「そんな白々しくとぼける必要はありません、べつに怒ってるわけじゃないんです。ただですね、もう少し自制心を持って行動してくれませんと、今後この館に立ち入らせるわけにいかなくなっちゃうんですよ。ウェインは男ですけど、子供だから特別に出入りを許されてるってことを、今一度考えてください」
優しく、子供に言い聞かせる大人のようにローズは言う。
それが気に食わず、かつ意味も分からず苛々して、ウェインは手を振り払おうとした。が、そこでローズとは別の声が聞こえてきた。
「そんなとこで何してんの、二人とも」
相変らず綺麗な白翼を背負うセイディが玄関の方から近づいてくる。
手には盆を持っていて、杯やら瀟洒な茶器が載せられていた。
「ん……?」
と声を漏らしてウェインを見つめ、ローズの顔を見る。
かと思えば、セイディは何かを悟ったようにそっと溜息を吐き、力なくかぶりを振った。そしてローズのように苦笑いを浮かべると、盆を片手で持ち直し、ウェインの左肩を優しく叩く。
「ったく、アンタって子は……しょうがないわね。まあウェインもそろそろそういう年頃だし、アタシも一応理解してるつもりだけどさ」
「いや、おい、セイディまでなに訳分かんねーこと言ってんだよ」
「そんな白々しくとぼけなくてもいいって、うん、分かってるから。メルは可愛いし優しいからね、アンタみたいな子が惹かれるのも分かるわよ? でもだからって、パンツ盗むのは良くないわよ」
「は、盗む……?」
この状況でその言葉が出てきた意味を咄嗟に理解できず、ウェインはしばし硬直する。その間にもセイディとローズの二人は揃って仕方なさげに苦笑した顔で見つめてくる。
「今ならまだ間に合うから、それ返しなさい? みんなには言わないでおいてあげるから、ね?」
「そうですよ、今ならまだ未遂で済ませられます。メルだってウェインがパンツ盗んだって知ったら、さすがに軽蔑しますよ」
「いえローズ……それはどうかしら? あの子の場合、可哀想に思ってそのままあげちゃうってこともあり得るわよ」
「た、たしかに……メルは優しいですからね。あるいはその場で穿いてるパンツを脱いで渡しちゃうってこともあ――」
「り得ねーよっ、アホかテメェら!」
遅まきながらもようやく二人の態度に合点がいって、ウェインは両肩にのせられた二人の手を振り払った。
「ふざけんなっ、なに勘違いしてんだ! なんで俺がパンツ盗まなきゃらなんねーんだよ!?」
「なんでって、それは……ほら、色々はかどりますよね?」
「ほんと意味分かんねーよっ、お前頭大丈夫か!?」
「え、ちょっと待ってローズ、アンタそれ意味分かって言ってんの?」
怒るウェインを傍目に、真顔で訊ねるセイディに対して「あ……」と顔を引き攣らせるローズ。彼女は妙に乾いた声で「いえほらこれ生地がきめ細かいですから雑巾とかに使えば凄く汚れ取れそうで掃除がはかどりそうですよね?」と一息に言いつつ、わざとらしく小首を傾げている。
「ちょっとなに騒いでるのよ、ウェイン来たんでしょ? 三人ともそんなとこで何してるのよ」
「なんかさっきはねー、メルがやさしくてウェインがパンツぬすんでまにあうからみすいでけーべつ? とかいってるのきこえてきた!」
館の東側で魔法の練習をしていたであろうサラとリゼットが騒ぎを聞きつけてやって来た。リゼットの後ろでは大型犬ほどの体躯をした灰色の魔物が「ピュェェ!」と鳴きながら翼を羽ばたかせ、サラの後ろでは垂れ耳の獣人少女が不思議そうな顔を見せている。
「あっ、ウェインなんでパンツ持ってるのよ!? って、あっ、盗んだの!? 何してんのよ変態!」
「ちげーよ馬鹿っ、テメェまで何言ってんだ!」
「ウェインがパンツぬすんだー! パンツどろぼーだーっ!」
「テメェはちょっと黙ってろリーゼ!」
「ピュェェェェェッ!」
場が混沌としてくる中、ウェインはこのままでは不味いという直感に従い、声高らかに弁明した。
「俺はただこれが落ちてたから拾って元に戻そうとしてやっただけだっ!」
「アンタ、この後に及んでそんな見え透いた嘘を……」
「嘘じゃねーよっ、なんだその可哀想な奴を見る目は!? セイディお前俺をなんだと思ってやがる!?」
「ウェイン、言い訳なんて男らしくないですよ。もうこうなったらメルの前で正直に言って、謝った方がいいです」
「言い訳じゃねーよっ、事実だ!」
必死に叫ぶウェインの側に、メレディスが歩み寄った。
彼女はまだエノーメ語を扱いきれていないが、最近は一生懸命勉強しているらしいので、どういう状況かくらいは理解できているのだろう。
「ウェイン、嘘、吐いてない」
優しげな、ともすれば気弱そうな顔立ちのメレディスはぎこちないエノーメ語でそう言って、そっとウェインの頭を撫でる。その表情には疑念や侮蔑の色は一切なく、普段通りの柔らかな笑みを浮かべているだけだ。
「メ、メル……」
頭を撫でる手を振り払えず、そうしようとも思えず、ウェインは呆然と彼女を見上げた。まだ出会って一期も経っていないが、ウェインは今このときようやくメレディスという少女の穏やかさと優しさを実感し、胸の奥が温かくなった。
ウェインはもう何の不安もなく、唯一の味方に手にしていた白い布を渡す。
「……え、あれ? これ、私の……?」
「さっきからそう言ってたの、分からなかった? やっぱりエノーメ語はまだ慣れないか」
セイディの言葉を聞いているのかいないのか、メレディスは受け取った下着とウェインの顔を交互に眺める。すると次第に優しげな表情が強張り、苦笑いの中に疑いの色が滲み出てくる。
ウェインは失望した。
「もういい……もう勝手に疑ってろよ、くそ……」
「あーもー、そんな拗ねないの、途中からはアタシらの誤解だってちゃんと気付いてたから」
「つまり途中までは疑ってたんだろ……」
ふて腐れるウェインの肩を、セイディは快活に笑いながらバシバシと叩く。
ローズも先ほどまでの哀れむような様子から一転して、冗談交じりな微笑を浮かべている。
サラは未だに疑いの眼差しを向けてくるが、リゼットの方は周りの様子も気にせず、セイディの盆から頂戴した杯を傾けて「ぷはぁっ!」と一息吐いている。
メレディスは何やら悩ましげな顔で手元の下着とウェインとの間で視線を行き来させている。
「あの、ウェイン、これ……?」
悲哀と憐憫の情が混じり合った痛ましい顔で、メレディスはウェインにそっと下着を差し出す。その姿に冗談や悪戯を窺わせる雰囲気は皆無だ。
「これじゃねーよっ、なんでやろうとしてんだよ!? いるかよこんなもん、ふっざけんな!」
ウェインはメレディスの手から下着を叩き落とした。
メレディス本人に悪気はなく、むしろ心から同情していることが察せられたが、その見当外れな優しさが何よりも腹立たしかった。
「お前さんら、何をしておるのじゃ? 魔法の練習の続きは良いのかの?」
マリリンが角の向こうから姿を見せ、呆れ顔で嘆息している。
それが切っ掛けになったのか、リゼットはアシュリンと一緒に駆け戻り、他の面々も気を取り直すように解散していく。
下着を干し直しながらメレディスが「ごめんね」と心底申し訳なさそうに謝ってくれるが、まだサラの方は疑念の色が晴れていない。
そしてなぜかローズだけは愕然とした顔で見つめてきていたので、ウェインは溜息混じりに睨み付けた。
「なんだよローズその顔は。なんか言いたいことあるなら言えよ」
「…………お前正気か?」
「だから意味分かんねーっての、さっきから何なんだテメェらは……」
魔法の練習では肉体的な疲労はさほどなく、精神的な疲労が溜まる。
ウェインは魔法の練習を始める前から、どっと気疲れしてしまった。
この日以降、洗濯物を含むローズたちの衣類にウェインが近づかなくなったことは語るべくもない。