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幼女転生  作者: デブリ
一章・奴隷編
8/203

第六話 『教えてっ、リタ先生!』


 リタが奴隷部屋の統治権を獲得して三日目。

 俺がこの世界に幼女として転生して五日目。

 今日も今日とて、俺は奴隷として労働に従事していた。


 工場内は相変わらず暑い。昼時にもなると、三十五度近いであろう高温になる。

 ここ五日のうち、一日に一回は突発的かつ短期的な豪雨が発生したので、やはり熱帯に近い気候帯らしい。湿気が多いため、俺たち幼女はサウナのような環境に身を置いていることになる。

 全身から汗を流し、適宜水を飲ませられつつ、手を動かしていく。昨日でリタの指導も終わったので、今は一つの作業台を新入り四人で囲い、せっせと部品を組み立て続けている。


 自分でも驚くべきことだが、俺は早くもこの環境に慣れてしまっていた。

 前世ではバイト経験すらない引きこもりクズニートだった僕ちゃん。それが今や幼女となって働いているのだから、人生なにが起こるのか分からない。

 労働に従事しているというのに、一度死んだおかげなのか、心は軽やかだ。やはり幼女の純真無垢なロリボディが俺の心を浄化しているのだろう。

 健全な精神は健全な肉体に宿るという話は、やはり本当らしい。


「オラそこのお前っ、手ぇ休めてんじゃねえぞ!」


 などと、たまにマウロたち監督役の男が怒鳴り声を上げることがあるものの、耐えられるレベルだ。なにせ俺は物心ついた頃から実の兄の暴虐っぷりを目の当たりにしてきたのだ。たしかに怖いといえば怖いが、毎日のようにクソ兄貴の怒声を聞いて育った俺からすれば、日常的ともいえる環境だ。 

 

 さて、奴隷部屋に平穏な新体制が敷かれたことで、俺は少し考える余裕ができていた。ついでに、夕食時などに雑談する余裕も。昼間はほとんど会話できないからね。作業中に雑談でもしようものなら蹴られる。

 ちなみに昼食はないので、レオナたちとまともに話ができるのは奴隷部屋の中にいる間だけだ。


「皆さんはグレイバ王国の出身なんですか?」


 木の実と野草をムシャムシャと同時に咀嚼して嚥下すると、俺はレオナたちに問いかけた。

 これは情報収集の一環だ。現状において、この世界のことを知るには幼女たちから話を聞くしかないからな。おっかなくてマウロたちには聞けんよ……。


「うん、そうだよ。たぶん」

「たぶん、とは?」

「おーこくとかはよくわからないけど、ダーレンむらにすんでたの!」


 レオナは初日から変わらず明るい。

 第四期奴隷幼女たちは、そのほとんどが暗澹とした雰囲気を身に纏っている。過度なストレスにさらされて、抑鬱的な状態になっているのだろう。俺にも経験があるからよく分かるよ、その気持ちは。

 新入りの中でまともといえるだけの前向き思考を展開できているのは、俺とレオナくらいだ。


「そのダーレン村というのは、どんなところだったんですか?」

「うんとね……ひろくて、かわがあって、はたけがたくさんあって、あたたかくて、きれいなのっ」

「……なるほど」


 まあ、よく分からないが、いい村だったらしいことは伝わってくる。


「ノエリアはどうですか? どんな町や村に住んでいたんですか?」

「わ、わたしは……わたし、は…………」

「ん、ノエリア?」


 犬耳幼女のか細い声が途切れ、何事かと思って覗き込む。

 するとノエリアはプリティーな顔を歪めて泣き始めた。


「う、うぅ……おかぁさぁん……うぐぅ……おどぉざぁん……」

 

 う、ううむ……どうやら過去を思い出させるような話はタブーらしいな。

 レオナが喜々として答えていたものだから、気が回っていなかった。


「すみません、ノエリア。元気出してください」

「う、うぅええぇぇ……」


 ノエリアは声を荒げたりはしない。おそらくは奴隷となってから何度も泣き、そのたびに痛い思いをしたことで恐怖心をすり込まれたのだろう。

 うるさくすると暴力をふるわれるのだと、もはや身体が覚えているのだ。


 俺は鼻水を垂らすノエリアを優しく抱きしめてやった。

 全裸で全裸幼女を抱きしめるとか、それなんてエロゲ? とか前世の俺なら思っただろうが、幼くして故郷を蹂躙され、奴隷となった幼女たちへの同情心が強すぎて興奮などできない。それ以前に、三、四歳の子供は俺の守備範囲外だ。

 リタくらいならぎりぎり大丈夫だが。


「あら、どうしたの?」


 などと思っていると、我らが平和政権の長、リタ様その人がやってきた。

 リタは俺に抱きつくノエリアと同じ目線にまで屈み込むと、優しい微笑みを浮かべながら頭を撫で始める。


「大丈夫よ、大丈夫」

「うぅぇ、あうぅう……」


 呻くように涙声を漏らす犬耳幼女をリタは姉のように、あるいは母のように慰める。エセ幼女である俺には母性めいた包容力が足りないのだろうか。

 それにしても、やはりリタは他の幼女と一線を画している。

 俺よりメンタル強いな、確実に。


 しばらくすると、ノエリアは泣き止んだ。泣き疲れたのか、ついでにそのまま寝息を立て始める。

 俺は彼女をワラ製ベッドまで運ぼうとしたが、幼女パワーでは当然のように無理だった。このあたりの常識というか身体感覚はなかなか直らない。


「ローズ、あたしがはこぶよ」

「……お願いします」


 未だに親に何一ついいところを見せられない不出来な息子――もとい娘な俺。

 俺はレオナの七倍以上は生きているというのに……情けない。


「それで、リタ様。なにかご用ですか?」


 沈みそうになる気持ちを誤魔化すため、リタに意識を向ける。


「用というほどでもないのだけど……アウロラの方から、何かされたりしてない? 大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですよ。特に何もありません。彼女も反省したのでしょう。アレ以来、大人しいままじゃないですか」


 元幼女王アウロラは慎ましやかに平和政権の片隅で過ごしていた。

 というより、ボッチ化していた。

 元幼女王近衛隊の面々は敗北した王を見限り、権力者に下ったのだ。


 現在、室内の集団は大きく三つに分けられる。

 一つはリタを筆頭とする第二期奴隷幼女たち。

 一つは俺たち第四期奴隷幼女たち。

 一つは第一期と三期奴隷幼女たちの混成集団。


 以上三つのうち、アウロラはどこにも属してはいなかった。優しいリタ様が誘っても突っぱね、元部下たちからはハブられ、俺たち新入りのことは見下している。

 その結果として、元幼女王はボッチとなっていた。

 ……ボッチ。

 その境遇に堕ちた心境は察して余りある。高校一年のとき、俺は教室のどこにも居場所がなくて、ボッチ化した経験があるからな。

 ま、俺もアウロラも自業自得だから仕方ないことなんだけども。


「そうね。そうだといいのだけど……」


 リタは心配そうに呟きつつ、部屋の隅で膝を抱えて顔を伏せるアウロラに目を向けた。

 俺は初日とその翌日しかアウロラという幼女を知らないが、リタは百日ほどの付き合いがあるらしいので、何か思うところがあるのだろう。たしかに、奴隷になっても強気な性格の幼女がそう簡単に心を入れ替えるとは思えないが……。

 まあ、アレコレと考えたところでどうしようもない。


「あ、そういえば、ローズ」


 ふとリタ様が思い出したかのように言って、実に複雑な表情を見せた。


「あなた、どうして最近、その……わたしがおしっこしてるとき、じっと見つめてくるの?」

「…………え、あああの、べべ、べつに見つめてなんてないですよ?」

「でも、こっち見てるじゃない」


 ……………………いや、だって、ねえ?

 服を着た金髪の美幼女が中腰姿勢で桶に黄金水を放出してるんだぞ?

 俺はもう幼女が全裸で排泄するシーンなど見飽きてしまったが、服を着た美幼女のシーンなら話は別だ。

 そもそも裸とは、服があってこその状態だ。表がなければ裏という概念は存在し得ないものだ。

 パンチラとは極稀にスカートがめくれて、僅かに逆三角形の一部が覗き見えるからエロいのだ。しかし、常時パンツばかりを見せられていては(しかもそこに恥じらいがなければ)逆に冷めるというものだ。

 たまには服を着た幼女のアレな姿を見て、正常なエロティシズムを養わなければ、俺は男としての大事な感覚を喪失してしまうだろう。俺は女の身であることを活用して、今後は美少女のアレコレな姿を見てウハウハしていきたいのだ。

 まあ、大前提として奴隷身分から脱する必要があるんだけどね。


「ローズ、なに黙ってるの? どうしてかちゃんと説明して」

「…………べ、べつに見てませんよ、見てません」


 俺は露骨なまでに目を逸らした。

 幼女に男のロマンを語っても、理解されないだろうしな。

 ここはさっさと話題を変えてしまおう。


「そういえば、リタ様。私には記憶がありませんから、色々と教えて欲しいことがあるんですが」

「あ、誤魔化したわね? まあいいけど……それで、何が聞きたいの? わたしの知ってることだったら教えてあげるわ」


 リタはムッと眉をひそめるも、すぐに微苦笑を溢して、優しく問いを促す。

 さすがリタ様、俺の浅はかな思惑を悟っても叱責しないなんて……。

 この子ほんとにできた子だよ。


「えーと、ですね……」


 さて、何から聞こうか。

 疑問点は色々あるけど、やはりまずはこの世界のことか? 奴隷から自由になるためには知識が必要だし、とりあえずコモンセンスって奴は身に着けておきたい。


「以前に、帝国とか王国とかエノーメ大陸という言葉を聞きましたが、世界にはどんな大陸や国があるんですか?」

「そうね……大陸については習ったのだけど、世界の国々についてはわたしも詳しくはないわ」

「では、リタ様が知っていることを教えてもらえますか」


 そうしてお願いしていると、ノエリアを寝かせてきたレオナが隣にやってくる。

 俺と肩が触れ合うか否か、微妙な位置で正座した。俺はちょっぴり勇気を出して、レオナに身を寄せて肩やら腿やらをくっつける。すると、レオナは向日葵のような笑みを浮かべてグイグイと密着してきた。

 可愛すぎて抱きしめたくなってくるな。


「コホンッ、まずは大陸からね」


 如何にもな咳払いをして口火を切り、聡明かつ高貴なるリタ様は愚昧かつ下賎なる私めに説明して下さった。

 リタ大先生曰く、この世界は主に六つの大陸と八つの島で構成されているらしい。




・エノーメ大陸

 現在、俺がいる大陸。

 オールディア帝国とやらは大陸のおよそ半分を支配する一大国家で、残り半分は幾つもの小国家が治めているらしい。この工場は帝国領内のセミリア山地と呼ばれる地域にあるのだとか。

 大陸各地には、大昔に栄えたラルテス王国という魔法王朝の遺跡が数多く残っているらしい。


・フォリエ大陸

 エノーメ大陸の北に位置する。

 東部はプローン皇国が、西部はスタグノー連合という軍事同盟国が支配しているとかなんとか。連合は三国で構成されているらしいのだが、リタ様は国家名まで覚えていなかった。

 エノーメ大陸同様に、大昔に栄えたラルテス王国という魔法王朝の遺跡が数多く残っているらしい。


・ネイテ大陸

 エノーメ大陸の南部に位置する。

 リーンカルン王国という魔法大国といくつかの小国が治めているらしい。

 魔法具の生産量が世界一で、この大陸から数多くの魔法具が輸出されているんだとか。


・北ポンデーロ大陸

 エノーメ大陸と同程度の広大さを誇る。

 大昔に栄えたディリナーレ帝国という魔法帝朝の遺跡が数多く残っているらしい。猟兵協会とやらの本部はここにあるとかなんとか。

 ちなみに猟兵というのは主に魔物討伐を行う連中のことだという。


・南ポンデーロ大陸

 世界最大の湖がある大陸。

 主に獣人たちが住まい、中部から南部は獣人の各部族間で常に小競り合いめいた抗争をしているのだとか。

 反して北部は比較的平和で、いくつかの小国が支配しているらしい。


・ザオク大陸

 通称、魔大陸。

 大陸全土に他大陸とは比較にならない数の強力な魔物が生息し、魔物の巣が無数にあるのだとか。かなり昔からザオク大陸の魔物を掃討して開拓しようとしているらしいが、未だに叶っていないらしい。




 以上が世界にある大陸とその概要だ。

 リタはさすがというべきか、七歳児とは思えない知識量だった。しかし、元貴族ならば高度な教育を受けていただろうし、これくらいは普通なのかもしれない。

 というか、やっぱり魔物っているのね。魔法があるからもしかしたらと思ってたけど、さすが異世界。

 今度は島についてリタが講義を始める前に、とりあえず疑問に思ったことを訊いてみる。


「あの、リタ様。人間の他にはどんな種族がいるんですか?」

「……そんなことまで覚えていないの?」


 俺の問いに、リタは意外そうに眉根を寄せて小首を傾げる。


「い、いえ、獣人と竜人がいることは分かってるんですが……」


 うーむ、やはり基本的なことすぎたか。

 リタは俺を自分と同じ――グレイバ王国の元貴族令嬢だと勘違いしている節がある。いくら俺が三、四歳ほどでも、それくらいは知っていて当然と思っていたのかもしれない。

 記憶喪失だと言っていても、言葉なんかは普通に話せているしな。簡単な常識程度なら覚えていると思っていたのだろう。


「ん、そうね……まだ三歳か四歳くらいなら知らなくても不思議ではないかしら……? 獣人や翼人はともかく、魔人なんかはまず見かけないって言うし。レオナは八種族のこと、知っているかしら?」

「うーん、たぶんしってるっ」


 たぶんとは、またなんとも子供らしく曖昧な答えだ。

 だが可愛いから曖昧でも何でも良い。

 プリティーとはジャスティスなのだよ。


「それじゃあ、レオナ。確認の意味も込めて、あなたがローズに教えてあげて」

「うんっ」


 レオナは栗毛を揺らして威勢良く頷き、俺に説明してくれた。

 リタ大先生も仰っていた通り、ママン曰く、この世界には八つの種族がいるらしい。が、偉大なる我が賢母はまだ四歳なせいか、説明の口上はなかなかに要領を得ないものだった……あぁいや、それは単に俺が馬鹿なだけだろう。

 レオナが説明下手だなどと、とんだ責任転嫁だ。彼女は何も悪くない。


 と思っていたら、案の定リタ大先生が補足してくださった。

 初めにわざわざレオナから説明させて、彼女の知識を確認するあたり、やはりリタ様は切れる。

 実は俺と同じで、中身はオッサンかオバサンなんてことはないだろうな?

 ……ないか。


 二人から教わったことを俺なりに纏めると、以下のようになる。




・人間

 特徴らしい特徴はなく、前世における人間と大差ない。

 俺はもとよりリタやアウロラ、この奴隷部屋にいる七割ほどの幼女は人間だ。


・獣人

 文字通り獣のような人で、ノエリアがいい例だ。

 大体は特徴的な耳と尻尾が生えているらしいが、獣人と一口に言っても色々で、それらの形も様々らしい。

 先ほどの大陸の説明では、南ポンデーロ大陸で各部族間の小競り合いがどうのこうのと言っていた。この奴隷部屋にも犬や猫や兎のような耳と尻尾を持つ子がいるし、他にも熊やらライオンめいた獣人もいるのだろう。


・翼人

 翼を持つ人らしい。身近な例としてはボッチのイーノスか。

 鳥のように空を飛ぶことができるそうな。

 俺もせっかく転生するなら翼人が良かったな……。

 元クズニートに翼をください。


・魚人

 上半身は人間、下半身が魚というまさに人魚な者たちらしい。

 大半の魚人は沿岸部や港町に住まい、内陸部の川や湖などにも散見される。

 下半身が魚なので地上に上がれず、反面、水中戦では無類の強さを発揮するのだとか。当然、水中でも呼吸が可能で家も水中にあり、主に漁をして生活しているそうだ。

 美人魚を早く見てみたいな。


・巨人

 文字通り巨大な体躯を持ち、最も力強い種族。

 見た目的には単に人間を巨大化しただけらしい。割とどこにでもいて、リタが以前に見かけた巨人は父親の何倍も上背があったという。特に港町に多く、魔大陸にも結構いるそうだ。

 ちなみに進撃することも人を食べることもないらしい。

 うん、良かった良かった。


・竜人

 巨人ほどではないが力が強く、一方で巨人とは比較にならないほど頑強な肉体を持つ。身体的特徴は頭部に生えた二本の角と硬い尻尾で、他は人間と変わりないのだとか。

 だがレオナ曰く、ときには全身を硬化させることができるらしい。相変わらず微妙に要領を得ない説明でよく分からなかったが、つまりは竜化的な必殺技があるのだと思っておく。

 更に、ソーシキカンとか何とかいう第六感を持っているようで、付近の仲間の存在を感知できるとかなんとか……。

 長命種族らしく、だいたい二百歳ほどまで生きるという。

 基本的に排他的というか非社交的な種族で、大半の竜人はとある島々で生活しているそうな。しかし巨人同様に魔大陸ではたまに見かけるらしい。

 

・魔人

 魔というだけあって魔法が得意で、見た目はほとんど人間と大差ないらしい。

 ただ例外なく耳が長く、そして竜人以上の長命種族だという。

 おそらく魔人というのはエルフ的な種族なのだろう。人間や獣人たちの住まう地域ではまず見かけず、とある島に結界を張って引きこもっているとか。

 そのせいか、リタもレオナも詳しくはなかった。


・鬼人

 とにかく不明点が多い。リタも詳細は知らず、そもそも世間的にも眉唾な噂が飛び交うレベルにあやふやらしい。

 曰く、鬼人は北ポンデーロ大陸北部の方で地底都市を築き、古くからひっそりと暮らしているとか。魔人同様に人里では見かけず、そもそも鬼人の姿形からして、噂が飛び交い不明。

 鬼というくらいだから、普通に赤鬼とか青鬼みたいな連中なんだろうか。

 某ホラーゲーの青鬼みたいだったら嫌だな……。




 といった感じか。

 もっと詳しく知りたかったが、何分リタもレオナもまだ子供だ。

 いくらリタ大先生が博識でも限度というものがある。

 

 二人の師が俺への講義を終わらせて一息吐く。

 そこでふと、リタはレオナに意外そうな眼差しを向けた。


「レオナは竜人のことだけ、やけに詳しかったわね。ソーシキカン? っていう、わたしでも知らなかったことを知ってたし」

「うん、だっておとーさんがリュージンだから」

「え……?」


 何気ないレオナの言葉に、リタは目を見張って驚きを露わにする。

 そのまま俺の方に視線を向けてきたので、よく分からなかったが「そうです」と頷いておいた。


「いえ……まさか、そんな」

「あの、リタ様。竜人と人間の混血児は珍しいんですか?」

「もちろん珍しいとは思うけど……それより意外ね。いえ、あの力なら意外でもなく、むしろ納得なのだけど……でも半竜人なら、こんな場所に連れられては来ないでしょうし」

「と、言いますと?」

「わたしたちは女で子供だから、魔弓杖の組み立てをしていることは前にも言ったわね。でも、レオナは竜人の血が流れているからか、大人並みに強い力がある。それはある意味、危険で厄介だわ。そもそも、竜人からしてとても珍しいはずだから、こんな場所で働かせるよりも普通に奴隷として売るのではないかしら……?」

「……なるほど」


 たしかに、言われてみればそうだ。

 俺たち幼女には魔力がないという。だからこそ、魔力さえあればガキでも使える危険物の組み立てを行っている。

 レオナも幼女なので魔力こそないだろうが、竜人パワーがある。加えて、竜人との混血児は珍しいらしいので、わざわざこの工場に連れてくるメリットは少ない。むしろ超幼女級の力で暴れられるというリスクがある。

 この世界は幼女が普通に奴隷となるような世知辛い世の中なので、希少らしい竜人ハーフ幼女は売れば大金になるはずだ。あるいは政争の道具として、変態貴族などに対する賄賂としても活用できるだろう。

 

「レオナの角は髪に埋もれているので、誰も気が付かなかったのでは? それに、混血だからでしょうか? 尻尾も生えていませんし……」

「そうね、きっとそうだと思うわ」


 俺とリタが真剣な顔で話し合っている横で、レオナは相変わらずニコニコと笑みを浮かべている。

 本当に、レオナはいつ見ても笑ってるな。今、レオナ自身について結構大事な話をしてると思うんだが……まあ、何が楽しいのかは知らんけど、やっぱりレオナの笑顔は可愛いよ。


「ローズ、レオナが半竜人だって知ってる子はあと誰がいる?」


 俺が愛しのママンを見てホッコリしていると、リタが少し声のトーンを落として訊ねてきた。

 

「えーと……誰でしょう? レオナ、自分が半竜人だって、私とリタ様以外には誰に言いました?」

「ローズとリタにしかいってないよ。おかーさんが、しんよーできないひとにはいっちゃだめっていってたもん」


 ……え? 俺、レオナと少し話しただけで教えてもらったんだけど、まさかこれが幻の超級スキル・カリスマ……と思いかけたものの、そういえばあのときは俺がレオナの角を触った流れで竜人ハーフだと教えてもらったんだった。

 不可抗力か。

 レオナも、どうせ気づかれるならと思って教えてくれたのかもしれない。

 そう考えると、なんか悲しいな……。

 

 対して、リタはどうか。

 まあ、客観的に見れば俺よりリタの方が信用できそうではある。しっかりしているしな。実際にカリスマもある。奴隷部屋に太平をもたらしたし、アウロラと違って優しい。

 ……あれ、そう考えると、俺ってリタよりレオナに好かれていないのか?

 いや、事情がどうあれ大事なのは現状だ。今、レオナは俺に密着してきている。リタではなく、この俺にだ。


「いい? 二人とも。レオナが竜人との混血だってこと、これからは誰にも言っちゃダメよ」


 リタはさながら妹たちに言い聞かせるように、真面目な声で続ける。


「もしレオナが半竜人ということに大人たちが気付けば、きっとレオナはどこかへ売られるはずよ。ここにいるよりはマシかもしれないけど、そこが良いところだとは限らない。幸い、ここはちゃんと働いていれば食事も出るし、夜もきちんと寝られるわ」


 ふむ、一理あるな。

 竜人ハーフは珍しいらしいし、そういうレアな奴隷は大抵の場合、ゲスな貴族に買われるものだ。そして俺の可愛い名付け親に調教を施し、幼いうちに心を折って性奴隷にでもするのだろう。

 クソっ、なんて羨ま――いや、けしからんっ、許せんな!

 あるいはここより恵まれた環境のところに連れていかれるのかもしれないが、どのみち運次第だ。とりあえずは現状維持がいいだろう。


「それは分かりましたけど……でも、もうレオナの力はみんな知ってますよね? 他にも気づいてる子がいるんじゃないですか?」

「それは大丈夫でしょう。さっきも説明したけど、竜人は滅多に見かけるものでもないから。わたしだって一度も見たことないわ。レオナは見る限り人間と変わらないし、変わっているのは力だけ。それなら、他の子もまだ気づいていないはずよ」


 そういえば、さっきリタはレオナが竜人ハーフだと言ったとき、やけに驚いてたな。リタであの反応なら、他のロリっ子たちは可能性すら思い浮かばないのかもしれない。

 

「レオナも、いいわね?」

「うん、わかった!」


 リタの言葉にレオナは素直に頷いた。

 危機感を抱いているのか甚だ疑問な陽気溢れる返答だったが、レオナとはこういう子だと俺もいい加減理解した。

 

「ふぅ……さて、今日はだいぶ話したし、あとは島について話したら寝ましょうか」


 既に奴隷部屋では半数以上の子が夢の世界へ旅立っている。

 正直、俺も結構眠たいし、レオナも隣で「ふぁ……」と欠伸を漏らしている。

 心なしか、リタも少し目蓋が重そうだ。


 というわけで、リタ大先生は八つの島について講義してくださった。




・クライン島

 フォリエ大陸とエノーメ大陸の間にある島。

 世界一美しい湖があるらしく、両大陸との交易が盛んで、経済がとても発展しているとか。


・アーテル島

 最も広大な島で、エイモル教と呼ばれる宗教の発祥地であり総本山。

 イクライプス教国という国が治めているとか。

 ちなみにエイモル教とは世界で最も信者の多い宗教のようで、聖神アーレ様とやらを崇めているらしい。


・サンナ列島

 通称、東部三列島。

 フォリエ大陸の東に三つの島があり、それぞれ北凛島ほくりんとう南凛島なんりんとう神那島かんなとうというらしい。武術がかなり発達している地域だそうな。

 リタ様も詳細は知らなかったので不明点は多いが、東部の列島というくらいだから、いわゆるジパング的なところだと思っておこう。


・カプナス島

 通称、三日月島。

 魔人たちの引きこもる島で、詳細は不明。

 リタ大先生が知らないのではなく、三日月島の周辺海域には大昔から結界魔法が施されているらしく、近海にすら近寄れないとか。

 そのため、世間一般にも三日月島や魔人に関する知識は少ないという。


・カーウィ諸島

 大小様々な島々が点在する一帯を纏めて、カーウィ諸島と呼んでいるらしい。

 大半の竜人が住んでいるのはここで、多くの竜も生息しているそうだ。

 地理的にはザオク大陸こと魔大陸の西にあるそうな。


・カシエ島

 通称、巨人島。

 巨人にとってのホームタウン的な場所で、それ故に町も相応に巨大らしい。

 ザオク大陸の南東に位置する。


・アヴィアン島

 通称、浮遊双島。

 なんと二つの島が宙に浮いているという。

 それぞれ高度が違い、高い方がレギウス島、低い方がトリム島で、二つ併せてアヴィアン島と呼ぶらしい。

 言わずもがな、主に翼人たちが住まう島。


・コライア島

 半分水没している島。

 網の目のようにあちこちに海水が流入しているため、主に魚人たちが住んでいるそうだ。

 北ポンデーロ大陸の東部にある。




 世界には他にも数多くの島々があるそうだが、代表的なのが以上の八島らしい。

 浮遊双島など実に興味深かったが、俺は驚きつつも別のことに感動していた。

 このロリボディ、記憶力が半端なく良いんですよ。三十路の退化ぎみな脳と違って、まだ発達段階にあるせいか、一度聞いただけなのにしっかりと記憶している。

 というわけで、眠気を堪えながらも、リタ大先生の講義を少し纏めてみる。


「つまり、こういうことでしょうか、リタ様」


 人間は世界中どこにでもいる。

 獣人もまた世界各地にいるが、特に南ポンデーロ大陸に多く、部族間抗争をしている。

 翼人も獣人同様に世界各地にいるが、浮遊双島が翼人たちの故郷のような場所。

 魚人は世界中の海や港、河川や湖にいて、特にコライア島に多く住んでいる。

 巨人は獣人翼人に比べて数こそ少ないが、割とどこにでもいて、でも多くの巨人がカシエ島に住んでいる。

 竜人と魔人も数が少なく、基本的にカーウィ諸島と三日月島にそれぞれ引きこもっているが、竜人はたまに人里で見かける。

 鬼人はよく分からない種族で、詳細は不明。北ポンデーロ大陸北端にあるという地底都市に住んでいると思われる。


「……という感じで大丈夫ですか?」

「え、えぇ……やっぱり、ローズって頭良いわね」

「まあ、これくらい当然ですよ……」


 思いがけず欠伸を漏らしながら頷いた。

 これでも俺は、見た目は幼女、頭脳は三十路、その名もロリ薔薇のローズなのだ。理解力があるのは三十年という下地があればこそ。

 まあ、あまり有意義な三十年ではなかったけどね。


「ねえ、ローズ……もう、ねよ」


 そろそろレオナは限界らしい。

 リタ大先生の講義が良い子守歌にでもなったのだろうか。

 

「そうですね。リタ様、今日はありがとうございました。また機会があれば、是非色々なことを教えてください」

「ええ、いいわよ」


 リタは快く頷いてくれた。

 さすがは平和政権の長。心が広い。


「では、おやすみなさい。また明日……」


 といって、俺はレオナと連れ立ってワラ製ベッドへ向かい、ダイブした。

 微睡みは三秒と待たず、俺の意識を心地よい夢へと誘った。




 ♀   ♀   ♀




 とまあ、そんな感じで俺は奴隷生活をそれなりに上手く過ごせている。

 しかし、この最底辺な状況に馴染まないうちに、早く脱奴隷計画を立案し、実行する必要がある。まだ三歳ほどとはいえ、時間は無駄にしたくないのだ。

 俺はこの世界では真面目に生きたいので、まずは勤勉に学習し、強く自由に生きていける術を身に着けたい。将来的にはこの世界を旅して、ドキドキワクワクな心持ちで見識を広めていきたいのだ。


 そう考えると、女の身であることが悔やまれる。

 これはこれで新鮮なのは間違いないが、女は魔法が使えないというのは最悪すぎる。魔法という異世界の醍醐味を堪能できないなど、全裸の美女を前にしてお預けを喰らうようなものである。

 それに魔法とは武力なので、有効的な自衛手段なしに非力な女の身で世界を旅できるとは思えない。とりあえず愚痴っても仕方がないから、前向きにいこうとは思うが。


 そのために、まずはなんとしてでも奴隷身分からの脱却を図らなければならない。とはいえ、幼女が一人で生きていけるほど世の中は甘くないだろう。

 とにかくこの世界や現状の情報を集め、よく考えねばなるまい。


 人間、ハングリー精神を忘れたら終わりだ。

 俺は牙の抜けたオオカミになるつもりはない。

 何か切っ掛けがあれば迷わずそれを掴み取れるように、虎視眈々と機を窺い、好機を逃さずに行動できるだけの気構えを常に抱いておこう。


 よし……いいか、俺。

 せっかくの第二の人生だ。

 たとえ魔法が使えなくたって、今度こそ悔いのない人生を生きていくため、諦めず頑張るんだぞ。


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