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幼女転生  作者: デブリ
四章・日常編
74/203

 間話 『お姉様との優雅な休日』


 ■ Other View ■



 連休三日目。

 その日のクレアとセイディは朝食後の家事もそこそこに、二人でディーカの町に出ていた。天気は概ね良好であり、疎らに浮かぶ白い雲は空の青と合わさって、爽やかな秋空を作り出している。


「今日はどうしましょう、お姉様」

「何をどうするかは歩きながら考えましょうか」


 生気の溢れる快活な笑みを向けてきたセイディに、クレアは穏やかに微笑みながら答えた。


「そうですね、時間はたっぷりあることですし」


 二人は腕を組んで密着しながら、適当に町をぶらつき始める。


「ふへへへ」

「なに笑ってるのセイディ?」


 衆目のある人通りの只中で、だらしのない笑みを浮かべるセイディに、クレアも口元に笑みを湛えながら訊ねる。

 

「いやー、なんかこんなにのんびりとデートするのも久しぶりだなーと思いまして」

「ふふ、そうね。今日は家事もしなくていいし、ゆっくりと羽を伸ばせそうだわ。私に翼はないけどね」

「お姉様の翼はアタシですから、必要ありませんよ」


 公然と女同士で仲良く歩く二人は、余人が見れば姉妹のように思うかもしれないが、見た目は全く似ていない。顔立ち、身長、体型、髪色、種族さえも違う。

 白翼の美女が口にした『お姉様』という単語から、若い二人の関係を推察できる者はそう多くないだろう。


 その日のセイディは珍しくスカートを穿いていた。綺麗に引き締まった足は腿の半ばまで露出しており、空を飛ぼうものなら離陸直後にでも下着が見えてしまいそうな格好だ。

 しかし、当の本人は今日、飛行するつもりなどさらさらなかった。クレアとのデートでは一緒に地上を歩いて、同じ目線から同じものを見て、経験して、時間を共有することに意味があるのだ。


 二人は町の東側――アクラ湖方面に当てもなく足を向け、雑談しながら歩いて行く。露店商が並べる装飾品を眺めたり、服飾店に入って冷やかしたり、道端で楽器両手に語り弾く詩人の歌を聴いたりと、のんびりした時間を過していく。

 無論と言って良いのか、何度か男に声を掛けられたりして、デートに水を差されれもした。あまり無碍に突き放すと逆上する輩もいるため、断るのにもいちいち気を遣うのだった。


 町は壁のある外縁部から湖方面へ僅かに傾斜している。場所によっては平らに整地されていたりして、そうした場合は高低差を埋めるために階段がある。

 二人は小休憩ということで、露店商の売るワインと焼き菓子を購入し、階段の隅に腰を下ろした。他にも階段に腰掛ける者は多く、靴磨きをして日銭を稼ぐ少年少女や似顔絵書きの青年なんかがいたりもする。

 セイディのお洒落なブーツを目に留めたのか、一人の少年が靴磨きを売り込みに来たが、彼女は断って葡萄酒を飲み、愚痴った。


「なんで男って胸ばっか見るんでしょうね」


 先ほどからのナンパ野郎共にしろ、今の少年にしろ、必ずと言っていいほど視線が胸部にいっていた。それがセイディ自身の身体にだったなら未だしも、男共の目は一様にクレアの胸にいっていたのだ。

 とはいえ、今し方の少年はセイディの短いスカートの裾にも視線がいっていたのだが、本人は気付いていなかった。


「そんなにおっぱいが好きなんですか、大きければ正義なんですか。いえ確かにお姉様の胸は素晴らしいですけど」

「仕方ないわよ、男はそういう生き物だからね」


 クレアは慣れたものなのか、冷めた意見を口にする。しかしセイディへの気遣いは忘れていないのか、焼き菓子を彼女の口元に差し出した。

 セイディはごく自然な動作でそれを一口頂くと、クレアの艶めいた紅唇にも自身のものを近づけ、食べてもらう。


「お姉様の胸はアタシのものなのに、じろじろ見やがってスケベ野郎共……」

「私はセイディの胸、好きよ。凄く敏感だから」


 クレアは赤紫色の葡萄酒を飲むと、双眸を妖しく細めて小さく舌なめずりする。

 セイディは背筋がぞくぞくとした。

 そうして否応なく身体が反応しかけていると、不意に二人の背後から声が掛かった。


「こんにちはぁ、お二人さん。今日も見事な白黒っぷりだねぇ」

「あら、トレイシー。珍しいわね、こんなところで」


 クレアは振り返って一人の女性を見上げ、親しげに声を返した。

 トレイシーと呼ばれた彼女は軽快な動きでセイディの隣にすとんと腰を落とす。


「ワタシもセイディの胸は好きだよぉ。動いたり寝転んだりしても、邪魔にならなさそうで羨ましいしねぇ」

「アンタ喧嘩売ってんの……っていうか、なに自然と会話に入って来てんのよ。今絶賛デート中なの察しなさいよ」

「町中で偶然出くわした友人に向かって、酷い言いぐさだなぁ。それに敬愛するお姉様の昔馴染みなんだから、それなりの態度ってものがあるんじゃないかなぁ」


 言葉に反して本人は気にした様子もなく、間延びした声で言ってのんびりと笑う。そのくせ機敏な動きでセイディの手から食べかけの焼き菓子を攫い、一口かぶりつく。

 だがセイディも慣れたものなのか、特に文句も言わず、返された菓子をパクつく。

 

「アンタ、こんなところで油売ってる余裕あるわけ? 例の子のことはちゃんと見てるんでしょうね?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。今はランドンさんが見てるからねぇ。それにあの子、無駄に気を張ってるようだけど、すっごく鈍いみたいだなんだよねぇ。露骨につけてても全然気付かないし、敢えて無視してるって風でもないしぃ」


 脱力するような声で答えると、トレイシーは暢気な笑みを浮かべた。

 歳はクレアより少し上のはずだが、セイディの目には全く年上に見えない。

 適度に整った顔にはいつ見ても緩んだ笑みが張り付き、聞いていると眠たくなるような声をしている。しかし表情や性格に反して、身体は引き締まっていた。やや大きめの上衣やズボンの上からでは分かりにくいが、セイディとそう変わらない背丈の肉体に余計な脂肪はない。無論、胸部はセイディよりも膨らみがあるものの、せいぜい人並みだ。紺色の長い髪は後頭部できっちり団子状に纏め上げられ、だらしないのか、しっかりしているのか、なんとも曖昧だ。


「何か動きは見られる?」


 セイディの葡萄酒を飲むトレイシーに、クレアが訊ねた。


「今のところは、特に何もないかなぁ。魔女で猟兵だからか、他の猟兵たちには良く声を掛けられて、勧誘されてはいるようだけどぉ」

「黄昏の連中は?」

「んー、何も起こってないから、まだ何ともねぇ。なんかそれっぽい尾行者は何人かいたけど、接触はしてないみたいだしぃ」


 セイディに杯を返し、「くぁぁ」と欠伸を漏らすトレイシー。


「私たちには? 貴女のことだから、さっきから見ていたのでしょう?」

「ん……特に何もないねぇ。誰にもつけられてないし、見張られてる様子もなく、実に平和だねぇ」

「でも例の子にはもう黄昏の連中が目を付けてるんでしょ? 二年前のあのときにアタシらの面は割れてるはずなのに、こっちには何もないっておかしくない?」

 

 セイディが怪訝そうに顔をしかめると、トレイシーはゆったりとした服の下で肩を竦めて見せた。


「さてねぇ、ワタシに言われても分かんないしぃ。単に気付いてないだけなのか、何か意図があって敢えて見過ごしてるだけなのか、なんともねぇ」

「一昨日のときも、つけられてはいなかったのよね?」

「そうだねぇ。みんなが町から出て行くまで見てたけど、怪しい人はいなかったねぇ。セイディが上から見てても特に異常はなかったのなら、それは確かだろうしぃ」


 トレイシーはそう言い終えたところで、思い出したようにポンッと手を合わせた。


「あ、そーいえば、まだ幼女たちは紹介してくれないのぉ? 三人とも頬ずりしたいくらい可愛いし、特にあの赤毛の子はいいねぇ。利発そうなのにクレアのおっぱい揉んだりして甘えるところとか、あの落差が堪らないよぉ。ウェインに聞いても一番話題にしてる子だしぃ」

「アンタたちのことは、あの子たちが十歳になってからって言ってるでしょ。子供のうちから大人の面倒な世界には触れさせたくないし。ていうか、そう言い出したのは他ならぬアンタでしょうが」

「そうだけどさぁ、やっぱり端から見てるだけじゃあ、ねぇ? この前もヘルミーネの家でみんな一緒にご飯食べたんでしょう? ウェインからも話聞いてると、なんかいいなぁって思ってぇ。あ、でもサラたんとはあと一年なんだよねぇ。あの褐色の肌と綺麗な金髪の組み合わせ、いいよねぇ、癒されるよねぇ」

「たんって何よ。なんかアンタにだけは会わせたくないわ」


 だらしなく口元をにやけさせるトレイシーから、僅かに身を引くセイディ。

 トレイシーは「えぇー、ひどいなぁ」と間延びした声を返すと、おもむろに軽く一息吐きながら腰を上げた。


「さて……ワタシはそろそろ行こうかなぁ。お二人の邪魔しちゃ悪いしねぇ」

「はいはい、じゃあね、アンタも一応気を付けんのよ」

「そうね、トレイシーなら大丈夫だとは思うけど。何かあったら知らせてちょうだい」


 セイディとクレアが座ったまま言うと、トレイシーは「うん」と軽く頷き、階段を上り始める。


「じゃあねぇ」


 緩く手を振って、気の抜けるような声を残し、トレイシーは去って行った。

 その背中を見送った後、セイディは思わず苦笑を漏らしてしまう。


「あの独特の緩さ、相変らずですよね……ホントに昔はちゃんとしてたんですか? あの様子見てると、ちょっと信じられないですけど」

「ふふ、そうね。でも彼女のアレは変わろうと努力した結果だから。まあ、私もあそこまで変わるとは思っていなかったけれど」


 そうして二人は再び雑談しながら、手にした葡萄酒とつまみを腹に収めていく。

 クレアとセイディがほぼ同時に杯を空にすると、二人はそれを階段の隅に放り捨てた。大抵の露店では安物の土器製で飲食物が提供されるが、土器製故に耐久性は低く、洗浄が手間であるため、使い捨てが一般的だ。今まさにあっさりと割れた杯は風雨で自然と土に帰るため、町が汚れる心配もない。

 

 二人はそれから当てもなく湖の方へ足を伸ばし、その畔までやってきた。

 アクラ湖はディーカの町全体より大きな広がりを見せ、静かに揺らめく湖面に陽光が反射して煌めいている。昔は湖に水棲の魔物が多数生息していたらしいが、沿岸部から移住した魚人たちによって徐々に駆除されていき、今では魚人たちが水面下を支配している。アクラ湖は魚介類が豊富で、ディーカの重要な食料源になっていた。


 町に接する湖畔の一部は魚人たちが摂ってきた獲物の揚場となっているが、そこ以外はだいたい落ち着いたものだ。クレアとセイディは湖畔通りをしばし歩いた後、一定間隔ごとに設置された長椅子に腰掛けた。間が悪いことに、これまで見掛けた長椅子は全て埋まっていたのだ。


「なんだかんだで、そろそろお昼ですね」

「そうね、昼食はどうしましょうか……」

「どうしましょうね……」


 湖の青く煌めく水面を二人でぼんやりと眺めていく。

 しばらく無言で、でも手を繋いだ状態で座りながら過した後、ふとクレアが淑やかな笑みを溢し、小さく肩を揺らした。


「どうしました?」

「ふふ、いえ……さっきトレイシーと、あのユリアナって子のことを話したでしょう? そのせいか、少し昔のセイディのことを思い出しちゃって」

「……アタシとしては、あまり思い出して欲しくはありませんけど」


 クレアがなぜ昔の自分を思い出して笑ったのか、その理由を正確に自覚しているセイディは渋い顔で目を閉じた。


「いい思い出じゃない。昔のセイディは可愛い美少年だったわ」

「美少女じゃなくてですか?」

「美少女が男装していたから、美少年。実際、あの頃は女性からモテていたでしょう?」

「まあ、それはそうですけど……」


 セイディはなんだか無性にむずがゆくて身じろぎした。

 人には黒歴史というものがあるのだと、彼女は身をもって知っている。だから以前、風呂場でローズたちにクレアとの出会いを話したときも、自分が男装していたことは話さなかった。その場にいたウルリーカは知っていたが、ろくに話を聞いていなかったのか、指摘してくることもなかった。


「でも、似合っていたし、いい判断だったと思うわよ? やっぱり魔女の猟兵では目立ってしまうから。男装していれば、人前でも堂々と魔法を使えるしね」

「でも結局、その男装が元で死にかけたんですけどね」


 言葉に反して、セイディは明るい笑みを見せる。

 命の危機には瀕したが、その結果としてクレアたちと共に生活することができている今がある。そう思えば、死にかけた件は良い思い出だ。

 だが、男装それ自体に関しては、やはり思い出したくはないが……。


「あの頃の実力的に、せめて五級の会員証が拾えてれば良かったんですよ。エノーメ大陸では三級の魔物もなんとか狩れてましたし」

「でも、クロクスからディーカに来るまでは、きちんとやれていたのでしょう?」

「やれちゃってたんですよね……それが当時のアタシを調子づかせました。アレ、実はアタシってかなり強いんじゃね? とか自惚れて、三級の討伐依頼なんかに手を出して、それであっさり大ピンチですよ。魔大陸の三級って余所では一級並なのに……我ながら馬鹿だったなぁと」

「若気の至りというやつね」

 

 くすくすと静かにクレアは笑っている。

 全くもってその通りなので、セイディは軽く紅潮して黙った。


「あのユリアナって子のこと、セイディはどう思う?」

「そうですね……当時の自分を見ているような感じがしました」

「私も昔のセイディを見ているようだったわ。それにあの子、言葉が男口調で、自分のこと『俺』って言ってたわね。ますますそっくり」

「う、うぅ……それはともかく」


 こほんっ、と咳払いをして、セイディは少し真面目な顔で続けた。


「ネイテ語を話してましたから、ネイテ大陸出身なのはほぼ間違いないとしても……なんでまた一人でこんなところまで来たんでしょうね。中級魔法を使えてるくらいだったから、あの年頃ならきっと学校かどこかで勉強してたんでしょうし」


 別段、学校へ行かずとも魔法は学べるが、それには余程の才能か優秀な指導者にでも恵まれない限り、困難なことだ。実際、セイディも昔は故郷のトリム島の学校で魔法を学んでいたが、島を飛び出して一人旅をしていた頃は新魔法をほとんど習得できなかった。リュースの館に迎え入れられ、マリリンという冠絶した魔女の知識と指導が受けられたからこそ、新しい魔法を数多く習得し、熟達できたのだ。


 クレアはセイディの疑問を受けて、そっと首を傾げた。

 艶めいた長い黒髪がその動きにつられて、はらりと肩先を流れる。


「どうしてでしょうね……セイディと同じ理由だったり?」

「《黄昏の調べ》のことを知って、国にいるのが怖くて逃げ出したってことですか? それだったら、ああも堂々と魔女だって分かる格好はしないと思いますけど」

「分からないわよ? ああして周りを威嚇しているのかも。強気な男口調だったし、雰囲気も張り詰めていたわ。実際にしつこい男を魔法で伸してもいたし」


 そう言われると、セイディは妙に納得できてしまった。

 しかし、それでも疑問は残る。


「でも、どうして魔大陸に来たんでしょう? 結構自由な風潮だし、土地も豊かで暮らしには困らないでしょうけど、代わりに魔物は多いし、強くて危険です。いくら魔女とはいえ、十代の女の子は普通来ませんよ」

「そこもセイディと似たような理由なんじゃないかしら」

「魔大陸なら、黄昏の連中もそんなにいないんじゃないかと思って、ですか? まあ、実際他の大陸よりはいないらしいですし、合理的ではありますけど……それだったら、やっぱり男装しなくちゃ意味が半減しますよ」

「そこはほら、セイディは胸が小さかったから良かったけど、あの子は外套でどうか分からなかったし」

「あっ、お姉様酷いですよぉー」


 セイディが身を寄せて肩で肩を小突くと、クレアは「ふふ、ごめんなさい」と言って楽しげに微笑みを浮かべる。


「まあ、あの子のことは考えても仕方がないわね」

「ですね。子供たちのことを考えれば、こちらから接触する危険は犯せませんし。今はトレイシーたちの監視に期待しましょう」


 この町にいるであろう《黄昏の調べ》の動きを見る好機でもあるのだ。

 ユリアナという少女には悪いが、今回のことを活用しない手はない。無論、彼女が窮地に陥った場合はトレイシーたちが介入するだろうし、セイディたちも動くつもりだ。


 それから、二人の間で交われていた言葉がなんとはなしに途切れた。

 沈黙が漂い始めるが、それは決して不快な静けさではない。

 町の喧噪をどこか遠くに聞きながら、しばらく二人でアクラ湖の景観を眺める。

 どれほどの時間、そうしていたのか。

 不意に二人は背後で立ち止まった人気を感じ、それと同時に声を掛けられた。


「姉ちゃんたち、二人で何してんだ? そんなとこでボーッと座ってるより、おれたちと一緒にメシでもどうだ? おごるぜ?」


 クレアもセイディも後ろを振り返ると、そこには猟兵と思しき三人の男がいた。

 三人とも三十代半ばほどで、身体も大きく、雰囲気からも逞しさを感じる。帯剣している男が「おぉ、すげえ美人!」と歓声を上げ、その隣の男も下心丸出しの笑みを覗かせ、クレアの胸元を凝視している。


 この町に長くいる猟兵なら、クレアとセイディに誘いを掛けるようなことはまずしない。彼女らが絶対に男の誘いに乗らないという話は周知の事実だからだ。

 だが、目の前の三人の猟兵には二人とも見覚えが全く無かった。この町に来てまだ日が浅いのか、それとも知らずに声を掛けたのか、あるいはそれ以外の剣呑な理由か……いずれにしろ、美女二人が思ったことは三つだけだ。


 むさい、面倒、邪魔するな。


「申し訳ありません、結構です」

「まあまあ、そう言わずにさ」


 クレアが丁寧に断るも、やはりというべきか、容易くは引き下がらない。

 普段のクレアなら、ここから更に言葉を重ね、一切の隙を見せずに頑として誘いを蹴り続ける。だが、二人で思い出話をした後で、良い感じにしんみりとしていたところに、いきなり無粋な横やりを入れられたのだ。

 彼女は少し怒っていた。


「んむ――っ!?」


 それを声音から察していたセイディだったが、クレアからいきなり唇を重ねられたことにはさすがに戸惑った。しかも見せつけるように舌先をちらつかせての口付けだったので、思考が一瞬停止する。


「――――」


 当然、男たち三人は唖然とした。

 クレアは陽光に煌めく銀糸を細く引きながらセイディの紅唇を離れ、立ち上がった。


「私たちこういう関係ですので。それでは失礼します。セイディ、そろそろお昼食べに行きましょう」

「ぁ……は、はい……」


 セイディはクレアに手を引かれ、その場を後にする。

 男たちが追ってくる気配は皆無だった。


「お、お姉様……?」

「ごめんね、いきなり。なんだかもう面倒で、邪魔されて少し腹立たしかったから」

「い、いえ、大丈夫です」


 不意打ちのような口付けで変な気分になりかけるが、セイディはなんとか耐える。

 手を繋いで人通りを歩きながら、クレアは珍しくお茶目な笑みを見せ、言った。


「それにしても、なかなか効果的だったわね。今度からああして追い払いましょうか?」

「いやいやっ、それはさすがに、ちょっと……」

「ふふ、冗談よ」


 その言葉に少し安心しつつも、セイディはどこか残念に思ってしまう。


 二人はそれから適当な店で昼食を取り、その後は市壁側へあてもなく足を向け、平和な休日を過していった。


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