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幼女転生  作者: デブリ
四章・日常編
73/203

 間話 『幼狐、親になる』


 ■ Other View ■


 

 ローズとリゼットが猟兵となり、狩りへ行った翌日。

 その日は休日となった。

 三級のギガントロールと四級のアッシュグリフォン、二体の魔物の討伐報酬と素材の売却によって、望外の収入を得たからだ。そして家族全員での話し合いの結果、十日間の連休が決定していた。休日といっても狩りに行くことを休むだけであって、館の家事はこなす必要があるが。


 無論、リゼットは十日間の休日に反対した。

 ようやく猟兵になったにもかかわらず、次の狩りが十日以上も先になるなど、寝耳に水だ。なので、連休五日目に再び狩りに行くことも決まった。


 リゼットは昨夜、湯船で意識が途切れてしまったほど疲れていた。

 だが疲労感は一日ですっかり解消され、彼女は連休一日目をローズとサラと遊んで過した。

 

 そして、事件はその日の深夜に起きた……。



 

 ■   ■   ■




 事の発端はリゼットが初狩猟に出掛けた日に遡る。

 森から出ようと来た道を引き返していたとき、血塗れの片翼を発見した。そこから血臭を辿っていくと、男の翼人猟兵二人の死体に行き着き、リゼットはローズと共に陰惨な現場に背を向けて待機することになった。


 鼻腔の奥底に染みつくような、濃密な血臭に不快感を覚えていたときだ。

 ピンと三角に立ったリゼットの耳に、それが聞こえてきた。

 不思議な鳴き声だった。

 喉が掠れるような、喘鳴混じりの細々とした心許ない声だ。

 未知に好奇心を刺激され、リゼットは音源へ向けてふらふらと歩き出した。


「……お?」


 直感に従って木々の間をすり抜けていくと、リゼットの大きな瞳が灰色の何かを捉えた。未熟な理性と鋭敏な本能に従って、咄嗟に木の幹に身体を隠し、そっと覗き込む。


 視線の先には鳥のような獣のような、半鳥半獣の魔物が大きな身体を横たえていた。逞しい四肢と鋭い爪は赤く血濡れて、胴には三本の槍が突き刺さり、全身に見られる矢の数は十を超え、片翼は半ばから裂かれている。

 尖った大きな嘴からは例の鳴き声が漏れ出ているが、それが掠れているのは喉のあたりに刺さった矢のせいなのだろう。

 助けでも呼んでいるかのように思える、必死で寂しげな鳴き声だった。


 アッシュグリフォンと思しきその魔物のすぐ近くには男も倒れていた。だが首から上がなく、全身からも当然力が抜けきっている。

 リゼットは呆然としながらも、男には目もくれずアッシュグリフォンを木陰からジッと見つめる。すると、半ば閉じかけていた魔物の瞳がグリッと動き、視線がぶつかった。


「――ぅわ!?」


 リゼットは思わず顔を引っ込めて、身を硬くする。

 それでも魔物ちんみへの好奇心は抑えきれず、もう一度顔を出して、倒れたアッシュグリフォンを見遣る。

 そこでリゼットは気が付いた。今し方まで耳に届いていた鳴き声が途切れ、微かな息遣いだけが嘴から溢れている。しかしその異音混じりの呼吸音もどんどん小さくなっていき、暖炉の火が萎み消えるようになくなってしまった。


「…………」


 目を閉じて微動だにしないアッシュグリフォンをしばし見つめた後、リゼットはゆっくりと木陰から歩み出て、近づいていく。途中で木の枝を拾い上げると、それで大きな前足をつついてみた。

 反応がない。


「しんじゃった……?」


 何度か枝で身体を突いて確かめ、リゼットは頭頂から尻尾までじっくりとその巨体を観察する。血塗れの身体は見ていてあまり気持ちの良いものではないし、臭いも酷い。

 だがリゼットの瞳には目の前で死に絶えている魔物がご馳走の塊に見えていた。


「ちんみ……めずらしーおにく」


 その未知なる味に思いを馳せ、すぐにでもクレアたちに教えようと踵を返しかけたとき。

 それの存在に気が付いた。

 白くて楕円形の何かが大きな前足の間に挟み込まれていたのだ。


「あっ、たまごだ!」


 一抱えほどもあるので一瞬何か分からなかったが、すぐに思い至って歓喜の声を上げた。

 リゼットは逞しい前足の間から両手で巨大卵を引き抜く。が、勢い余って尻餅をついてしまう。それでも両腕で抱きかかえるようにして持った卵は決して離さない。


「おっきーたまごっ、おっきーめだまやき!」


 巨大な卵料理がリゼットの脳裏に瞬いた。

 鶏卵の軽く五倍以上はあろうかという巨大卵がもたらす想像に、リゼットは胸を躍らせる。しかし、ふと彼女は幸福な想像を打ち消し、考え直した。

 目玉焼きよりもゆで卵の方が良いのかもしれない、と。


「ゆでたまご…………ゆでたまごっ!?」


 今まさに抱えている巨大卵にかぶりつける。

 その夢のような体験を思い浮かべ、リゼットは畏れにも似た興奮に身を震わせ、呼吸すら忘れた。あまりの高揚感に頭の中が真っ白になり、口端からよだれが垂れた。


 しかし、彼女の無意識下で多大な影響力を誇る食欲は計算高かった。

 もしクレアやローズたちに巨大卵の存在を知られれば、みんなで分けなくてはいけなくなる。小さなリゼット一人では食べきれない大きさだが、弾力ある白身と濃厚な黄身を独り占めできなくなる恐怖に、リゼットの本能は怯えた。


「……………………」


 その結果、リゼットはおもむろにリュックを降ろすと、無言で巨大卵をそこに詰め込んでいった。少々手こずりつつも、辛うじて収まってくれたリュックを前に笑顔を弾けさせる。

 リゼットは重たいそれを苦労して背負いつつ、足腰を踏ん張って立ち上がった。

 

「おっきーゆでたまごっ!」

 

 その声は狂喜にまみれていた。




 ■   ■   ■




 館が夜の静けさに満たされた頃。

 その影は動き出した。

 隣で眠る姉妹を起こさぬよう、絡めていた手足をゆっくりと引っ込め、慎重にベッドから降り立つ。夜目の利く瞳で姉妹二人が確かに熟睡していることを確かめると、小さな影は部屋を後にした。


 廊下を歩き、二階にある普段は使用していない部屋の扉を開ける。入口からは死角になっているベッドの側面に回り込み、影はそこに置かれていたリュックを見下ろして、笑みを溢した。

 中身が詰まっているのか、そのリュックは大きく膨れ上がっている。

 影は如何にも重そうなそれを意気揚々と背負い上げ、小躍りしそうなほど軽快な足取りで部屋を出た。


 足音に注意して階段を下り、影は食堂に入った。更に食堂から厨房へ移動して、まずは壁際のつまみを捻り、天井の魔石灯を光らせる。次に大きな寸胴鍋に目を付けると、一旦リュックを下ろし、寸胴鍋を持ち上げようとする。

 だが、その鍋は影が膝を抱えれば余裕で入れてしまうほどの大きさだ。金属製ということもあり、小さな影には持てるはずのない重量を有している。


「ふぬぅぅぅ――っ!」


 しかし影は持ち上げた。

 未だ自らの意思で扱い切れていない闘気という力を無意識のうちに駆使することで、それを可能とした。影は寸胴鍋を竈の上になんとか置くと、一息吐く間もなくリュックを調理台の上に乗せ、その中身を取り出す。

 リュックから出てきたのは大きな卵だった。影の背丈の四分の一ほどはあり、日常生活ではまず見かけない大きさの食材だ。

 影はそれを前にして満足げに頷くと、寸胴鍋に視線を移した。


「まずはみず」


 そう呟きながらも、苦手な水魔法で鍋の半ばまで水を注いだ。

 

「つぎはひ」

 

 竈には夕食の調理時に使用された薪がまだ残っている。

 影はそこに得意の火魔法を放ち、寸胴鍋を火に掛ける。

 そして再び、巨大卵へと目を向けた。


 そのとき、


「――っ!?」


 影は身体を強張らせた。

 なんの前触れも無く、コツンと何かを叩く音が厨房に小さく響いたのだ。

 驚いた影はキョロキョロと周囲を見回すが、誰かが入ってきた様子はない。

 気のせいかと思い込み、改めて卵に手を伸ばすと、またしても同様の音が聞こえた。だが二度目ということもあって、影の鋭敏な聴覚は音源を特定できた。

 音は卵から上がっている。


「????」


 影はしきりに首を捻るが、卵からはコン、コン、コンと少し籠もった音が確かに聞こえてくる。扉をノックされたときのようだ。

 意味不明かつ予想外の事態を前に戸惑っていると、不意に巨大卵の殻に小さな亀裂が奔った。


「あぁ!?」


 影は悲鳴を上げた。

 やはり訳は分からなかったが、このままだと卵を茹でられなくなる。

 その恐怖に怯えた。


 殻の亀裂は断続的に鳴る小気味よい音に合わせて、次第に大きくなっていく。そして何十度目かの音の後、殻の一部が崩れ落ち、穴から尖った何かが出てきた。

 影は己が夢の実現が不可能な状況を悟って絶望すると同時、目の前に現象に興味を惹かれていた。

 じっと見つめてみると、殻がどんどん崩れて、大きくなった穴から何かが姿を現した。何かは穴から調理台に這い出ると、「ピュェ」と変な声を上げる。

 それの全長は巨大卵と同じくらいの大きさで、全身が少し濡れていた。四肢を有し、一対の翼と尻尾、そして尖った嘴も見られ、身体はほとんど真っ白だ。

 影は言葉無くその生き物を見つめていると、不意に大きな瞳と目が合った。


「……………………」

「……………………」


 しばし見つめ合う影と何か。

 しかし再び「ピュェっ」と鳴き声が上がると、影は我に返った。


「――っ」


 大きく息を呑み、バッと身を翻して厨房を飛び出す。

 そして階段を駆け上がって廊下を全力疾走し、元いた部屋に飛び込んだ。

 

「ローズサラねえローズっ!」




 ■   ■   ■




 真夜中の館内に漂っていた静寂は破られ、住人たちは困惑していた。

 食堂には魔石灯の光が灯り、六人の女が顔を見せている。いずれの双眸にも微睡みは一欠片も窺えず、それどころかうち四人は驚愕に目を見張っていた。


「……どういうこと?」


 テーブルの上で寝転ぶ白い毛並みの生物を見下ろし、セイディが独り言のように疑問を溢した。それは彼女の隣に立つクレア、マリリン、アルセリアの心情を正しく代弁してもいた。

 

「たまごがちんみになったの!」

「……ローズ」


 セイディはテーブル対面に座るリゼットの叫びを聞き流し、彼女の隣に立つ赤毛の童女に目を向けた。

 ローズの顔にも戸惑いは窺えたが、それも残り香程度のようで、ほとんど普段の落ち着きようを見せている。


「どうやら、リーゼは密かにアッシュグリフォンの卵を持ち帰っていたようです。そしてそれを先ほど、一人でこっそりゆで卵にして食べようとしたところ、茹でる直前にちょうど卵が孵化したらしく……」

「……………………」


 大人たちは一様にアッシュグリフォンの赤子を無言で見つめる。

 しばし沈黙が続いた後、セイディがぽつりと呟いた。


「……え、どうすんのこれ」

「そだてる!」


 大人たちは一様にリーゼを無言で見つめた後、互いに顔を見合わせた。

 そしてまずクレアが口を開く。


「どうしますか?」

「ふむ……さて、どうしようかの。いやしかし、まさかアッシュグリフォンとは……」

「なんかこの子育てるって言ってますけど」

「育てること自体は不可能ではないだろうな。実際、アッシュグリフォンを調教して使役している者は珍しくない」


 それぞれが感想やら意見を述べ、もう一度テーブル上にいる白い生物を見る。

 毛並みは見るからに柔らかそうで、背中の未熟な翼がふわふわと動き、リゼットの片腕に頭をこすりつけている。まさに鳥獣というべき白いそいつは結構な体長があり、生まれたての人の赤子よりもやや大きかった。


「リゼット、なぜ育てたいと思うのじゃ?」

「かわいいからっ。あとね、おっきくなったらせなかにのってそらとべるし!」

「……そうか」


 マリリンはゆっくりと頷き、隣のアルセリアに目を向けた。


「アリアはどう思う」

「おれは、育てたいというのなら育てさせてやれば良いと思っている。赤子の状態から人の手できちんと調教していけば、おれたちに危害を加えるようなことにもならないだろうしな」

「クレアはどうじゃ」


 問われた黒髪の美女は顎先に手をあて、リゼットとアッシュグリフォンの赤子を見つめて、答えた。


「私は……そうですね、概ねアルセリアさんに同意ですが、少し不安です。これでも一応魔物ですし、今は大人しくても、もし将来凶暴になったらと思うと……それに、成体になればあの大きさになるのでしょうし、そう考えると食費が……」

「まあ、食費はなんとかなるじゃろう。リーゼも猟兵になったことじゃし、自分の小遣いで払わせても良い」

「セイディはどう思う」

 

 クレアが話を振ると、白翼の美女は平坦な胸の前で腕を組み、リーゼに問いかけた。


「リーゼ、一応訊くけど、そいつが大きくなったら食べようとか、そういうことは思ってないのよね?」

「たべないよっ、だってちんみなおにくってあんまりおいしくなかったし! それにたべちゃうとそらとんでもらえなくなっちゃうっ」

「ならいいんだけど……でも、世話とか大変よ? アンタちゃんと育てられるの?」

「できるもんっ、ちゃんとちょーきょーして、しえきして、そらとばせるもん!」


 どこからその自信が湧いてくるのか、セイディの瞳を真っ直ぐに見て堂々と答えるリゼット。

 白翼の彼女はそこでようやくクレアたちに顔を向けると、悩ましげに眉根を寄せる。


「アタシも賛成ではありますけど……不安といえば不安ですね。でもまあ、何かを育てるのはいい経験だと思います。アタシもこの子たちの面倒見てて、我ながら成長したなって思いますし。ただ……」


 ふとセイディは白い毛並みの赤子に視線を戻し、やけに真面目な声で呟いた。


「アッシュグリフォンの赤子って、凄い高値で売れそうなんですよね」

「やっ、だめうらないよセイディ!」 

「あははっ、冗談よ冗談」


 セイディはリゼットに快活な笑みを返す。

 他方、成り行きを見守っていたローズが、そんなセイディをジト目で見つめていることに本人は気が付かなかった。


 食堂に和やかな空気が流れ始めるが、マリリンが咳払いをして引き締め直した。

 そしてリゼットへ向けて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「リゼット、飼っても良いが、幾つか条件がある」

「なーに?」

「まず当然のことじゃが、きちんとリゼットがその子の世話をするのじゃ。もし途中で飽きたりして世話をしなくなるようなら……セイディの言うように、町で商人に売り払うぞ」

「ちゃんとせわする!」


 しっかりと返事をしたリゼットにマリリンは頷き、更に続ける。


「それと、もしその子が家族の誰かを傷つけるようなことがあっても、同じじゃ。そのときは殺して、珍味なお肉として売り払うことになろう。ただ世話するだけでなく、きちんと躾るのじゃ。無論、それに関しては皆も協力するがの」

「うんっ、ちょーきょーする!」

「そして、その子の世話を言い訳に、勉強や家事を疎かにするでないぞ。その逆もまた然りじゃ」

「わかったーっ!」


 相変わらずの良い返事をして、リゼットは両手でアッシュグリフォンの赤子を抱き上げた。赤子は抵抗することなく、むしろリゼットの胸に身体をすりつける。


「うむ、ではその子に名前を付けてやると良い。リゼットが親なのじゃからな、子の名前は親が付けるものじゃ」

「おや……なまえ……」


 リゼットは呟きながら、腕に抱いた魔物の子をじっと見つめた。


「そういえば、その子ってオスメスどっち?」

「オスでした」


 セイディの問いにローズが答える傍らで、リゼットは「うーん?」と悩ましげに小さく唸っている。そしてややもせぬうちに「あっ」と声を上げると、可愛らしく相好を崩し、命名した。


「アシュリンっ!」


 こうして、アッシュグリフォンの赤子アシュリン(♂)が家族の一員として加わった。尚、寝起きの悪さを発揮してこの場に参加できなかったサラが、翌朝になって仰天したことは殊更に語るまでもない。


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