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幼女転生  作者: デブリ
四章・日常編
70/203

第五十三話 『猟兵、がんばります!』


 猟兵協会の中は人の気配で満ち満ちていた。

 アルセリアの言うとおり、少し人が多いように思う。

 

「うぉおおぉぉぉっ、はやくセイディはやく、とーろくだよ!」

「その前に、リーゼはちょっと落ち着きなさい。はい、深呼吸してー」


 セイディの指示に従い、小さな身体で大きく深呼吸するリーゼ。

 遊園地に来た幼女を思わせるな。

 俺も軽く深呼吸しつつ、屋内を満遍なく見回してみる。


 協会内はまさに町役場や市役所といった様相を呈している。

 まず左右の壁際には幾つもの掲示板が並び、七割か八割ほどが依頼書で埋まっている。背もたれのない長椅子が整然と並び、そこには種族も性別も年齢も問わず様々な人が座って雑談の声を振りまいている。

 奥の方にはいくつかカウンターがあり、職員が猟兵や依頼人と思しき老若男女に応対していた。


 ぱっと見た限り、ホールにいる人数は百人前後といったところだろう。

 一階ホールは二階まで吹き抜けになっていて、二階は談話スペースとなっている。要は猟兵同士の交流所というわけだ。そのせいか、一階にまでわいわいがやがやとした雑多な雰囲気が色濃く漂っている。


「ローズなにしてるのっ、はやく!」

「ぅわっ」


 リーゼは俺の手を引いてずんずん奥の方へと進んでいく。走っていないだけまだいいが、今にも駆け出しそうだ。

 クレア先導で隅の方の空いているカウンターに行く。ちなみにセイディとアルセリアの二人は掲示板の前に立ち、何やら話し合っている。たぶん今日の仕事を選定しているのだろう。


「おねがいしまーすっ!」


 カウンターの向こうにいる人間の中年親父へ元気良く話しかけるリーゼ。

 マイシスターズは野郎に少なからず嫌悪感を抱いているが、リーゼもサラも偏見が強い。だが気分が昂揚している今の幼狐はオッチャン相手でも普段通りだ。


 カウンターは一リーギスくらいの高さがある。オッチャンは怪訝そうな顔でカウンターから覗くリーゼの顔を見た後、俺をチラ見して、最終的にクレアに目を向けた。


「今日はどんな用件で?」

「この子たちの猟兵登録をお願いします」

「この子たちって……ん、そうか。んじゃま、この紙に必要事項を書いてくれ。登録料は二人で2000ジェラだ」


 オッチャンはそれほど驚くこともなく、紙を三枚取り出してカウンター上に並べた。それに一拍遅れて、クレアは登録料金を差し出す。


 ジェラは魔大陸での通貨単位だ。

 オールディア帝国通貨であるリシアの約三分の一くらいの価値を有してるっぽい。ザオク大陸に国家はないので、猟兵協会がジェラの価値を保証しているそうな。


 さて、俺もリーゼも身長体格こそロリロリしいが、どちらも一丁前に武具を携帯し、リュックを背負っている。

 俺は左腰に足下まで届きそうな両刃の剣(子供用)を帯び、リーゼは背中に一リーギス半ほどの槍を括り付けているのだ。お揃いの靴に、お揃いの中二心溢れる指ぬきグローブ、胴部には簡素な革鎧を装備している。下半身は動きやすさ重視で股下数レンテのホットパンツだ。ちなみに今日の俺のヘアスタイルはポニテである。


 という出で立ちなわけで、オッチャンも幼女な俺たちが猟兵登録することに、そこまで意外そうにしていなかった……というわけではなく、魔大陸ならガキでも猟兵になることはよくあるらしい。

 実際、今ホールにいる人たちの中にも何人か武器を持ったガキがいるし、カウンター脇には低身長な人向けの踏み台もある。俺はそれを引っ張ってくると、リーゼと一緒に乗ってカウンター上に並ぶ三枚の紙を見てみた。


 事前にクレアたち先輩猟兵から聞いていたとおり、二枚の紙には空欄が幾つかある。そこに名前、出身地、使用可能言語、職種、使用武具、適性属性を記入するようだった。

 残り一枚の紙には猟兵協会の規約やら注意事項やらが長々と書かれていた。三枚とも全てエノーメ語で書かれているし、オッチャンの言葉もエノーメ語だ。


 魔大陸では様々な言葉が話されてはいるが、ここディーカの位置する魔大陸北西部ではエノーメ語を使用する者が一番多い。これは魔大陸北西部がエノーメ大陸諸国の影響を強く受けている=エノーメ大陸諸国の勢力が強いからだ。 

 同様の理由から魔大陸南西部はネイテ語、中央北部はフォリエ語、東部は北ポンデーロ語がメジャーな言語となっている。

 だが、そういった偏りはあるにせよ、仮にもここは猟兵協会だ。受付の職員は様々な言語を話せなければなるまい。

 というわけで、ちょっと試してみる。


「オジサン、この職業って何ですか?」

「ん? あぁ、そりゃ剣士とか、槍使いとか、弓使いとか、魔法士とか、そんな感じの区分だな。小隊組んだりするとき、誰がどんな戦い方する奴か分かれば便利だろ。というか、赤毛の嬢ちゃんはエノーメ語が読めるくせに、話すのは北ポンデーロ語なのか?」

「いえ、エノーメ語もできますけど」

「おぉっ、ほんとだ、こいつたまげたな」


 今度は少し驚いたように目を見開き、まじまじと俺の顔を見てくる。

 中年親父から見つめられても全く嬉しくない。

 というか、一応通じたな、俺の北ポンデーロ語。たまに婆さんやクレアたちに付き合ってもらって、鈍らないように復習してはいるが、ちゃんと使えるようで安心した。


「あ、獣人の嬢ちゃんはそっちの姉ちゃんに書いてもらいな。それと、こっちの規約も読んでもらうんだぞ。あっちの掲示板にも貼られてるが、一応な」

「あたしだってじくらいよめるし、かけるもん!」

「お、おう、そうなのか? そりゃまた賢いこって」


 この世界にも学校はあるらしいが、数は少ないし、決して安くない金が掛かるので庶民には通えない。エイモル教会も特に日曜学校的な教育サービスは行っていないらしい。つまり識字率が低いので、この年頃で読み書きできることは割と珍しいといえる。

 今更の話、俺もリーゼもサラもかなりの英才教育を受けているエリート魔幼女なのだ。人里離れた森での館暮らしだし、前世では当たり前のことだったから、そんな実感は全くないが。


 リーゼは羽ペンを手に取ると、齧り付くように用紙の空欄を埋めていく。


「クレアっ、あたしのしゅっしんちってどこだっけ?」

「昨日教えたでしょ、この町よ。ディーカって書いて」

「わかったー! えーっと、しょくぎょーは……やーりーつーかーいー、で、しよーぶぐは……やーりー」


 声に出しながらリーゼは着々と記入していく。


「てきせーぞくせーは……」

「そこは何も書かなくてもいいのよ」

「なんで――って、あ、そっか。あたしまじょじゃないんだよね!」

「ははっ、愉快な嬢ちゃんだな」


 はっと小さく息を呑んで納得するリーゼを、オッチャンは笑って見ている。

 俺たちは猟兵協会に魔法が使えることは――つまり魔女だとは申請しない。魔女だと分かると色々厄介だからだ。《黄昏の調べ》のこともそうだが、俺たちはどこの国にも属していない。魔大陸だけに限らず、フリーの魔女はすぐに噂が広まって様々な国からお誘いが掛かるそうなのだ。

 要はスカウトである。


 ここディーカの町周辺は既にある程度の開拓が済んで、そこそこ安定している。

 魔物討伐による開拓貢献度は、開拓地と未開拓地の境界線にあたる最前線地での仕事にしか課されないため、この町にいる猟兵のほとんどはどの国の息も掛かっていない普通の猟兵らしい。

 とはいえ、それでも情報や物資を確保するために各国の人員はいるだろうから、結局はスカウトされる。それに普通の猟兵たちからも、パーティに入ってくれと引っ張りだこになるそうだ。

 そういうわけで、町では魔女であることを秘して振る舞わねばならない。


 羽ペンが一本しかないため、俺はリーゼが書き終わるまで待っているしかない。が、ちょうどいい機会なので規約に目を通してみる。脳筋や馬鹿でも理解できるようにか、意外と平易な文章で簡単に書いてあった。


「できたーっ!」


 ざっと目を通し終えたとき、リーゼが書き終わったので、ペンを借りる。代わりに規約の紙をリーゼに渡すと、小難しい顔で文面と睨めっこしたまま固まってしまった。

 

 俺は用紙に必要事項を記入して、オッチャンに手渡した。

 オッチャンは「ご苦労さん」と言って受け取り、用紙に目を通す。


「ローズ……?」

「私の名前が何か?」

「……いや、まあ、アレだな。《閃空姫》も剣使ってたらしいし、頑張れよ?」


 なんだか哀れみめいた眼差しを向けられてしまった。毎回こんな反応をされて、これで自分が魔女じゃなかったら結構落ち込むと思う。

 魔法使えて良かったよ、ほんと。


 それにしても、やはり紅髪碧眼でローズという名前だと、魔女を連想させるらしい。歴史書曰く、大昔の《閃空姫》ローズさんも魔剣を使っていたそうだ。俺も魔剣は練習中だし、これはいよいよ二つ名を白薔薇から閃空姫に改名した方がいいかもしれん。ま、そもそも白薔薇なんて一度も名乗ったことはないんだけどさ……。


「んじゃ、ちょっと待ってろ」


 オッチャンは俺とリーゼの用紙に不備がないことを確認すると、立ち上がった。

 そしてカウンター向こうの奥に置いてあった黒い何かを抱えて持ってくると、俺たちの前に下ろす。それは黒一色でA4用紙ほどの大きさがあり、オッチャンはパカッと蓋を開いた。外観は……ノートパソコンっぽい。いや、キーボードも画面もないけどさ。


「ここに手を乗せてくれ。あ、手袋はとってな」

「はーいっ!」

「ちょっと光るけど手は離すなよ」


 何ら躊躇うことなく、ツルツルとした黒い面に小さな手を乗せるリーゼ。

 それからオッチャンが何やら黒箱側面のボタンを押すと、リーゼが手を乗せた面が一瞬白く発光した。


「ぅわっ」


 と声を上げて目を瞑りながらも、リーゼは手は離さなかった。

 オッチャンは軽く笑いつつ「もういいぞ」と言って、どこからともなく銀色のカードを取り出した。免許証ほどの金属板っぽいカードだ。

 ゴツい手に持ったそれを黒箱側面のスリットに挿入し、十秒くらい経ったら出てきた。更にそのカードに何やら白い筆でサラサラと書き込み、今度は違うスリットに挿入。今度はすぐに出てきた。


「できたぞ。一応、間違いがないか確認してくれ」

「おおぉぉぉぉ!」


 リーゼは銀色のカードを受け取り、目を輝かせた。

 俺も隣から覗き込んでみる。

 カードには以下のように記されていた。



 ――――――――

 名前:リゼット

 種族:獣人

 性別:女

 年齢:六

 階級:十

 職業:槍使い

 適性属性:

 出身地:ザオク大陸ディーカ

 使用可能言語:エノーメ語


 発行:ザオク大陸ディーカ支部

 最終更新日:八九四/紅・九

 ――――――――



 名前から最終更新日という左側の項目名は全てクラード語で、リゼットや獣人といった右側の個人情報は全てエノーメ語だ。性別と年齢と階級の字はかなり機械的で丁寧なのに、それ以外は如何にもな手書きっぽさがある。後者はオッチャンが書いた字で、前者は奴隷刻印を施すのと同じような魔法でも使っているのだろう。前にラヴィが発行機は《聖魔遺物》って言ってたから、実際はどうだか分からんが。


「さて、赤毛の嬢ちゃんのをやる前に、とりあえず先に説明しておくと――」

「ぃやったあああぁぁぁぁっ!」


 リーゼはオッチャンの話も何のその、踏み台から飛び降りると叫びながらセイディたちのもとへ走っていく。

 

「リーゼッ、まだ話は終わってないわよ!」

「はーい!」


 クレアが呼ぶと素直に戻ってきた。

 オッチャンは娘を見るような面持ちで笑い、中断された話を続ける。


「見ての通り、そこに書かれているのはエノーメ語だ。記されている言語を変えたい場合は受付に申し出てくれれば、変えられる。ちょっとばかし金は掛かるけどな。ただ、年齢と階級の更新に関しては無料だから、言ってくれれば変えてやれる。それと、階級上昇のための点数はその会員証に記録されるから、なくさないようにな。たとえ一級の奴でも、なくすとまた十級からになっちまうから、気をつけろ。点数が溜まって、階級を上げたい場合は受付で言ってくれればいい。だが、そのときはまたコレを使って本人認証をするから、仮に他人の会員証を拾って悪用しても階級は上げられん。だから拾った場合は素直に届け出てくれ。さて、何か質問はあるか?」


 リーゼは早くセイディたちに報告したいのか、そわそわしている。

 こなれた様子で説明したオッチャンに、俺はダメ元で疑問をぶつけてみた。


「その黒い箱って、どういう仕組みなんですか?」

「分からん。《聖魔遺物》だからな。ただ、動かすには魔力というか魔石が必要だ」


 《聖魔遺物》とは言っても、これは魔剣と違って魔力が必要になるのか。

 

「他には何かあるか?」

「もし他人の会員証を届け出た場合、何か謝礼は出るんですか?」

「ああ、出るぞ。落し主が現れた際、そいつに会員証を返却するときに一定の料金を支払ってもらうことになっている。で、その金を拾った奴に渡すことになる」


 さっき本人認証がどうこうとか言ってたし、カードとその持ち主はこのブラックボックスで判別できるのだろう。便利アイテムすぐる。


「もうないか?」

「とりあえず大丈夫です」


 俺が頷くと、リーゼはもう終わったと思ったのか、セイディたちのもとへと走り去ってしまう。オッチャンは「元気だなぁ」と笑いつつも、俺に黒箱へ手を乗せるよう促してくる。が、俺は少し躊躇ってしまう。


 この《聖魔遺物》が判別するのは性別と年齢だ。

 たぶん階級はカード自体の記録で判別するのだろうが、そちらはどうでもいい。いや、仕組みとかは気になるけど、いま懸念すべきことは、もし仮に俺の性別と年齢が前世基準で出てしまった場合だ。

 大丈夫だとは思うが……やはり心配してしまう。


「ん、どうした?」

「……いえ、なんでもありません」


 俺はブラックボックスに手を乗せた。

 オッチャンは俺の憂慮も知らずにボタンを押し、黒い面が一瞬光る。そして側面のスリットにカードを挿入し……待つこと十秒くらい。カードが吐き出される。

 そのまま何事もないようにオッチャンは白い筆でカードに何かを書き込み、また黒箱のスリットに挿入する。そして出てきたカードを手渡してきた。


「んじゃ、これで間違いないか確認してくれ」


 俺は無言で受け取り、カードを見てみた。



 ――――――――

 名前:ローズ

 種族:人間

 性別:女

 年齢:六

 階級:十

 職業:剣士

 適性属性:

 出身地:ザオク大陸ディーカ

 使用可能言語:エノーメ語


 発行:ザオク大陸ディーカ支部

 最終更新日:八九四/紅・九

 ――――――――



 安堵の吐息が溢れ出た。

 うん、良かったよ、ほんとに。

  

「間違いありません」

「よし、これで終わりだが……協会の利用方法なんかは、そっちの姉ちゃんが知ってるだろうし、しなくてもいいよな?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございました」


 そうして、割とあっさりと猟兵としての登録は終わってしまった。

 俺とクレアはカウンターを離れ、掲示板の前で話をしているセイディ、アルセリア、リーゼの三人のもとへ移動する。

 

「ローズも終わった? ちょっと見せてみてごらん?」


 セイディはやや腰を落とすと、俺に快活な笑み向けてくる。

 なんだか如何にも幼女の相手をするお姉さんという様子だ。リーゼがカードを見せびらかしたようだから、たぶん俺にも気を遣っているのだろう。

 ……こんなことを考えてしまうから俺はエセ幼女なんだよな。


「お、ちゃんとできてるじゃない。晴れてこれでみんな猟兵になったわね」

「まだ駆け出しの十級ですけどね」

「みんな最初はそんなもんよ」


 セイディは俺の頭をポンポンと叩くように撫でた。

 その隣ではクレアとアルセリアが今日はどうしようかと話し合っている。


「アリアクレアっ、どんなまものかるの!?」

「リゼットもローズもまだ十級だから、まずは簡単なものからだな。昨日言ったとおり、やはりハンマートレントあたりが無難だろう。いつも通り依頼も出ている」

「狩り場は森の中で人気はないはずだから、魔法も使えるしね」


 アルセリアの言葉に、クレアが小さな声で付け足す。


 掲示板は基本的に階級事に分けられているが、常時募集している素材収集系の依頼は階級に関係なく一ヶ所に纏められている。今まさに俺たちがいるのはその掲示板前で、アルセリアが一枚の紙を指差した。紙にはエノーメ語でハンマートレントの枝葉を募集している旨が記載されている。一定の重さ毎に報酬と昇級点数がもらえるようだ。

 ちなみにトレント系の魔物の身体は可燃性資材として安定した需要があり、燃やすと普通の木材より火が長持ちするらしい。


「あの、でも木って重いですから、そんなに運べませんよね。あまり稼げないんじゃ?」

「今日は金よりも二人の経験の方が大切だからな」

「それなら、ヘルミーネさんも一緒の方がいいんじゃないですか? あの人ならたくさん持てそうですし」

「ヘルミーネは巨人だから、良くも悪くも目立つ。魔法を使わず狩る予定なら問題ないが、今日は可能な限り人目は避けたい」


 確かに巨人の図体はでかいから、森の中を歩いていても上半身や頭部が飛び出て場所が丸わかりになりそうだ。それにヘルミーネの巨体につられて翼人の猟兵なんかが近寄ってきて、俺やリーゼのようなロリロリしい幼女がバンバン魔法を使っているところを目撃されては、すぐに噂になりそうだ。

 なんか魔女って肩身が狭いな。国所属の魔女だったら、細かいことなど気にする必要も無く、魔法を使っていけるのだろうが。


 とりあえず今日の目標は決まったようで、何かついでにこなせる依頼はないか、クレアたちは掲示板に目を走らせている。美女たちの猟兵階級は、クレアが四級、セイディが六級、アルセリアが二級となっている。

 依頼は現在の自分と同じ階級と一つ上の階級のものしか受けられないため、三人は敢えて昇級せず、今のままにしているらしい。サラはこの前、八級になったそうだが、そうでなくとも実質俺たちは全ランクの依頼をこなせることになる。

 尚、ハンマートレントの素材収集依頼は十~七級限定だ。

 

 俺はクレアたちと一緒にどんな依頼があるのか見ていく。

 猟兵という言葉からは戦いが専門だと思われがちだが、魔物狩り以外にも仕事は多い。素材収集は元より、落し物探しだったり、商隊の護衛だったり、農地の見張り、調教途中の魔物の世話なんてものまであり、もはや何でも屋だ。


 色々な依頼を見て好奇心を満たしていくが、ふとユーハがいないことに気が付いた。辺りを見回して探してみると、ちょうどパッツンヘアーのオッサンが三人の中年親父と一緒に階段を下りてきている姿を発見する。

 四人のオッサンたちは何やら話をしているようで、獣人のオッサンが気さくそうに笑いながらユーハの肩を叩いている。それから一言二言のやり取りをした後、見知らぬ三人のオッサンはユーハに軽く手を上げ、猟兵協会を出て行った。

 ……なんだろう、ちょっと感動したね。ユーハが普通に誰かと話しているというだけで、予期せず心が温かくなったよ。


 じっと見ていたせいか、ユーハと目が合った。

 オッサンはこちらに近づいてくると、俺とリーゼの顔を交互に見る。


「……登録は無事に終わったようであるな」

「おわったよーっ、ほらこれ!」


 喜々としたリーゼに猟兵の証を見せられて、ユーハは頬を緩めた。幼狐へと向けるオッサンの眼差しには、娘を見守る父親のような温かさを感じる。

 ユーハは「うむ」とリーゼに頷き、今度は俺に左目を向けてくる。だがその眼差しはリーゼを見るときのそれと少なからず雰囲気が違う。

 今回だけに限ったことではないが、ユーハが俺を見るときの視線にはある種の独特さが宿っているように思う。もちろん悪意の類いではないが、俺とオッサンの関係はそれこそ独特なので、仕方ないのかもしれないが。


 俺もリーゼに倣って猟兵カードを見せてやると、やはりオッサンは軽く頷いた。

 リアクションとしてはそれだけだ。ユーハはクレアたち三人の方に足を向け、最近はやや改善された鬱声で話しかける。


「アルセリア殿、少し話があるのだが……」

「ん、どうした?」

「今し方聞いたところによれば、南方からアッシュグリフォンの一団が、この辺りに逃げ延びてきたそうである……具体的にどこにいるのかまでは分からぬが、用心した方が良いだろう」


 オッサンの声にクレアとセイディが反応し、掲示板から視線を切った。


「そういえばさっき、緊急依頼ってことでアッシュグリフォン討伐の告知が張り出されてたっけ」

「先日、南方のシリエの町の猟兵協会で、アッシュグリフォンの巣の駆除を試みたらしく……巣自体は潰せたそうだが……生き残りが逃げ延びてきたようである」

「妙な時機に来てしまったものね……アルセリアさん、どうしますか?」

「少し気にはなるが、特に心配する必要は無いだろう。アッシュグリフォンは山地などの高地を好むという話だ。そうした場所へ近づかなければ大丈夫だろう」

「さっきの討伐告知によれば、ディーカ南東の方で何体か目撃されたって書いてありましたね。今日は西の方の森に行きますか」

「そうしよう」


 俺とリーゼを余所に、大人たちは危機回避のために相談している。

 俺も話に混ざりたかったが、生憎とリーゼが一人で他の掲示板の方へフラフラ歩いていってしまう。クレアはそれに気付いたようだが、目の届く範囲にいるからか、特に注意はしないらしい。

 しかしリーゼはサラの言うとおり何をしでかすか分からないので、俺だけでも側についておく。

 

「ねえローズ、にかいいってみよー!」


 リーゼは俺の手を掴み、意気揚々と先導する。軽く振り返るとクレアと目が合ったので、空いた片手で上を指差し、首を傾げてみせる。

 クレアは頷きを返してくれた。


 俺たちは壁際に沿って作られた階段に足を掛ける。段数は多いが、そのぶん傾斜が緩やかなので幼女でも大して労せず上ることができる。

 半ばまで来たところで、ふと上から下りてくる一団と目が合った。四人のガキだ。年頃はサラと同じくらいだろうか。二人が剣、一人が槍、そして残りが弓を、成熟しきっていない身体にそれぞれ帯びている。


「――あ?」


 横一列に並んで談笑しながら下ってきた四人のうち一人が、俺たちを見て訝しげな声を上げた。そして四人同時に足を止めたので、俺とリーゼもまた止めざるを得なかった。

 何とも言えない空気が流れる。だがそれも数瞬のことで、一番背の高い翼人のガキが俺たちを上から見下ろしてきながら、言った。


「おいおい、ここから先は猟兵たちの場所だぜ? 子供の来るところじゃねーよ」

「ん? そっちだってこどもじゃん」


 何言ってんだこいつ?

 とでも言いたげな顔でリーゼが小首を傾げた。


「子供じゃねーよ、立派な猟兵だ。こっから先はお前らには関係ねー場所なんだから、さっさと戻れって。おれたちが通れないだろーが」

「あたしたちだってりょーへーだもん!」


 如何にもな上から目線な物言いに、リーゼは勢い良く言い返した。

 といっても、屋内はそこかしこから上がる雑談の声に満ちているので、特に響いたわけではないが。


「ほらこれっ」


 リーゼは懐から銀色の猟兵カードを取り出し、助さん角さんもビックリな堂々たる振る舞いでガキ共へと突きだした。その隣に立つ俺は黄門様さながらのドヤ顔を披露して腕組みしてやった。

 さあ、通してもらおうかクソガキ共よ。


「あん? んだよ十級じゃんこいつ」


 だが人間のガキは驚いた様子もなく、鼻で笑いやがった。

 そして再び翼人のガキが口を開く。


「会員証と武器持ってれば猟兵ってわけじゃねーんだぜ? どうせ魔物の一匹も狩ったことねーんだろお前ら」

「それがどーした!」


 一歩も引かないどころか、逆に胸を張ってリーゼは反論する。

 相変らず謎の自信に満ちあふれている幼狐である。


「いいかチビ共、会員証を作るだけなら、金さえあれば誰でもできるんだよ。猟兵ってのは魔物を狩って初めて名乗れるんだ。わかったら出直してきな」

 

 シッシッと野良犬でも追い払うように手を振りながら、得意げに宣う人間のガキ。


「ならそっちはりょーへーだってゆーしょーこはあるのかっ」

「あるぜ、ほら」


 頼んでもないのに、四人が四人ともレアカードを自慢する小学生のような生意気面で猟兵の証を見せつけてきた。俺はそれらにざっと目を通す。

 えーと、なになに……アルドム、クリマコ、ラッセ、ゲラーシムか。

 翼人のラッセだけ十歳で、それ以外は九歳だった。

 だが階級は全員が九級だ。


「どうだ、わかったら早く下りろよ。おれたちが通れないだろうが」

「ぐぬぬぬ……」


 リーゼが可愛らしく唸りながらガキ共を睨み付ける。

 しかし、ガキ共は相手が年下の幼女だからか、余裕綽々の態で見下ろしてくるだけだ。四対二だし、常識的に考えればどちらが優勢かは明らかだろう。


「リーゼ、ここは退きましょう」


 俺は戦略的撤退を提言した。

 ガキ共にはむかつくが、ここで対抗しても泥沼になるだけだ。それに二階への階段は二つあるのだから、一旦下りて反対側から上ればいい。


「なんでローズ!? あたしたちなにもわるくないじゃんっ、とおせんぼするこいつらがわるいんじゃん!」

「まあまあ、ここは先輩方に譲ってあげ――」

「ぶはっ、おいおいローズってマジかよ」


 不意に、獣人のガキことゲラーシムが思わずといったように吹き出した。

 

「赤い髪に青い目の女で、名前がローズって如何にもすぎだろ」

「おいおい笑ってやるなって、おれたちみんな魔法でぶっ殺されるぞ」


 わざとらしく怯えてみせる翼人ラッセの言いように、他の三人は一様に笑った。

 

「そんときはオレの土魔法で防いでやるよ」

「ばっか、お前初級のしか使えねーだろ。相手は閃空姫だぞ無理だって、マジやべえよおい!」

「ぶはははっ、やめろってラッセ笑わせんなよ」


 クソガキ共は笑っている。

 心優しきレオナが俺に授けてくれた名前を嘲笑っている。

 俺の名前を馬鹿にするということは、レオナをも馬鹿にすることを意味しているのに、こいつらは暢気に声を上げて笑っていやがる。

 

「ローズをわらうなっ、ローズはすごいんだぞ! おまえらなんかいっしゅんでたおせるくらいつよいんだからなっ!」

「一瞬だってよ、一瞬!?」

「さすがローズ様だぜ、是非やって見せて欲しいな」

「馬鹿やめとけって、オレたちが一瞬で返り討ちにしちゃうから可哀想だろっ」


 目の端に涙を浮かべて、ゲラゲラと品のない笑みを溢すガキ共。


「こ、の――っ!」


 隣に立つリーゼは微かに震えながら眉をつり上げている。そしてやにわに小さな身体から馴染み深い魔力波動を放ち始める。が、俺はリーゼの肩に手を置くと同時に、現出寸前だった火矢を零距離からの断唱波で打ち消した。


「ローズ……?」

「リーゼ、ダメですよ」


 驚きに見開かれたリーゼの目を見つめながら、俺はゆっくりと首を横に振った。

 それからクソガキ四人に向き直ると、俺は笑顔と共に告げる。


「すみません、二階は私たち駆け出しにはまだ早いんですね」

「おぉ、そーだぞ。なんだ、さすがローズ様だなっ、物分かりいーじゃん。特別にお前だけならオレたちの隊に入れてやってもいーぞ?」

「いえいえ、そんな、私とみなさんでは釣り合わないですから」


 リーゼは困惑の表情を浮かべて俺の顔を凝視してくるが、俺はそんな幼狐の肩を抱き、二人で壁際に寄った。


「ははっ、確かにそうだ」

「でも荷物持ちくらいならいいんじゃね?」


 俺は翼人のクソガキことラッセに狙いを定めた。

 だが奴はロックオンされたことなど露知らぬ様子で、相変わらず物理的にも精神的にも上から見下ろしてきた。


「そうだな、荷物持ちにしてやるよ。一つしか階級違わねーからちゃんと隊組めるし、そうすれば昇級点も入って階級もすぐ上がるぞ。そっちがお願いしますって頭下げるな――っぅあぁ!?」

「ラッセ!?」


 翼人のクソガキの顔が引きつったかと思いきや、急に体勢を崩して階段を転落していった。見事な前転を二回ほど行い、全身をあちこちぶつけながら音高らかに転げ落ちていく。

 三人は慌てた様子で俺たちの横を駆け下りていき、痛みに呻く仲間に声を掛けている。


「……お前ら如きクソガキじゃ、俺と釣り合わねえんだよ」


 もう俺たちのことなど眼中にない四人のクソガキを上から見下ろし、俺は呟いた。すると、肩を抱いて守っていたリーゼが「ロ、ローズ……?」と若干震えた声と揺れる瞳を向けてくる。

 俺はクソガキ共にくれてやっていた侮蔑の視線を切り、いつもの慈愛の眼差しでリーゼに優しく注意した。


「リーゼ、クレアたちの言いつけを忘れたんですか? こんな人目のあるところで火魔法なんて使おうとしちゃ、ダメですよ。どうせ使うなら、今みたいに目には見えない幻惑魔法や風魔法にしておかないと」

「お、おぉっ、さすがローズ!」 


 リーゼは爛々と瞳を輝かせ、納得と感心の歓声を上げた。


「さあ、行きましょう」

「うんっ」


 俺たちは邪魔者のいなくなった階段を上がり、二階フロアに足を踏み入れた。

 二階にも結構な数の人がいる。だが一階と違い、依頼人などの武器を携帯しない一般人は皆無で、誰も彼もが猟兵だけだ。

 丸テーブルと椅子のセットが幾つかあり、奥の方には掲示板が見られる。クレアたちによる事前説明によれば、あの掲示板は部隊パーティの募集用だ。新しい人員を求める隊、あるいは隊を組みたい、参加したい猟兵のための掲示板というわけだ。


「やっぱりおとこはさいてーだね」


 興味津々な様子で二階を見回しながらも、リーゼは憎々しそうに呟いた。


「男というより、彼らが最低なんです。男の中にもいい人はいますよ。さっきの受付のオジサンも気のいい人でしたし」

「でも、やなやつのほーがいっぱいいる」


 ある意味リーゼは運が悪い。

 俺はロックとかオーバン、ガストンにルイクなど、結構いい野郎共と出会えている。リーゼは前に攫われかけたことがあるし、エネアスというクソ野郎にセイディが傷つけられたこともある。まあ、ウェインはいい奴だが。


 俺たちは掲示板を軽く流し見た後、上ったときとは逆側の階段で下りることにした。


「私たちにはあまり関係ないところでしたね」

「あたしたちにはクレアたちがいるもんねっ」


 隊自体にも一応階級があり、加入にも制限がある。

 隊を組めるのは階級が同じか一つ上下の奴とだけで、隊階級はメンバーの猟兵階級の平均となる。べつに十級の奴でも勝手に二級や一級の奴と組んで非公認パーティとして活動してもいいが、それだと十級の依頼を達成した際には二級や一級の奴は昇級に必要なポイントが貰えない。その逆もまた然りだ。

 協会の方にきちんとパーティ申請して、報告する際にも同行していれば、たとえ依頼の達成に全く貢献していなくとも昇級のためのポイントは加算される。


 俺とリーゼは十級なので俺たちだけで隊を組んでもいいが、パーティ申請には金が掛かるし、今日はサラがいない。一応、現在八級のサラをリーダーとして幼女パーティを組む予定自体はあるそうだ。いつか幼女三人で協会まで来てパーティ申請するつもりらしいが、今日は初心者の俺とリーゼがいる。

 さすがに幼女三人の面倒は見切れないし、不測の事態に対応しきれないかもしれないのでサラはお留守番だ。隊を組むのは俺たち幼女がもう少し成長し、色々なことに慣れてからだろう。おそらくまだ一、二年は先の話だろうから、そのときまで俺がみんなと生活しているかどうか、微妙なところだ。


 そもそも我らが《黎明の調べ》には既に全階級の依頼が受けられる状態にある。だから無理に昇級する必要はなく、昇級はポイントが一定数溜まれば任意でできるそうなので、むしろ敢えて昇級せずにいるのが現状だ。


「あ、クレアたちがよんでる。ローズはやくいこっ」


 階段を下りていると、一階の掲示板前でクレアとセイディがこちらを見上げて手招きしていた。リーゼは急いで階段を駆け下り始め、俺もその後に続く。


「――わぷ!?」


 一階に下り立って美女たちのもとへ駆け寄っていると、前を行くリーゼがちょうど通りかかった人に横からぶつかり、俺は思わず足を止めた。相手の人は女性で、顔立ちや背丈からするにまだ十代半ばほどと思しき少女だ。

 彼女は横合いからのタックルにふらついて一歩だけたたらを踏み、すぐに持ち直すとリーゼに鋭い視線を向けた。それはさながら、日頃から入念に手入れをして光沢に磨きを掛けたナイフを思わせる、如何にも鋭利かつ険しい眼差しだった。

 しかし、相手が矮躯の幼女と見るや否や、少女の瞳から剣呑さがふっと掻き消えた。


「あ、ごめんなさい、おねーちゃん」

「…………」


 ぺこりと頭を下げたリーゼの謝罪に対し、少女は微かに顎を引くように頷きを返した。それだけでリーゼも少女も再び動き出してしまうが、俺はその場に立ち止まったまま少女を見ていた。


 全体的に緊張感の漂う少女だった。

 繊細な内面を思わせる輪郭の面差しはどこか張り詰めており、整った眉も、やや垂れ気味な双眸も、小さな口元も、キュッと引き締まっている。

 顔立ちはそこそこ整っているので、美少女と評して差し支えないだろう。頭髪はざっくりと肩口で切り揃えられ、獣耳は完全に垂れている。細い首から足下までを紺色のフード付きローブですっぽりと覆っているが……注目すべきはそれらではない。

 なんと美少女の手には魔杖が握られていたのだ。

 魔杖の全長は持ち主の身長よりも幾分か小さいほどで、先端部は布で覆われているものの、それはつまり魔石を衆目に晒したくないという意図の表れでもある。ローブに杖という格好は如何にもな魔女で、ラヴィたちとエノーメ大陸を旅していた頃でも、野郎は未だしもそんな女性は一度として見掛けたことはない。

 

「こらリーゼ、ちゃんと前を見て、それに走っちゃダメでしょ」

「うん、きをつけるっ」

「でも、さっきはすぐにきちんと謝れたわね。それは偉かったわ」


 クレアたちがこちらに歩いてきたので、リーゼは少し走った後、合流を果たす。

 とりあえず美少女のことは気になったが、俺もみんなのところへ行こうと歩き出した。その矢先、ふと銀色のカードが目に入った。落ちていたソレを拾い上げ、書かれた文字に目を通して見る。



 ――――――――

 名前:ユリアナ

 種族:■■

 性別:■

 年齢:■■

 階級:■

 職業:■■■

 適性属性:■

 出身地:■■■■■■■■■■■■■■■■

 使用可能言語:■■■■


 発行:■■■■■■■■■■

 最終更新日:■■■/■・■

 ――――――――



 個人情報部分が俺の知らない言語なので読めない。

 たぶんネイテ語だと思うが……自信はない。

 ただ適性属性の欄が空欄ではないし、ユリアナという名前からして性別は女に間違いないため、まず間違いなく今し方の美少女のものだ。

 まさかの美少女との出会いのチャンス。

 と期待に胸を膨らませながら、既に背中を見せて歩いている彼女の方へ目を向ける。するとそのとき、美少女に二十歳ほどの野郎が近づき、話しかけていた。


「なあ、もしかしてアンタ魔女か?」

「…………」


 人間の若造から話しかけられても、名前不明の垂れ耳獣人美少女は立ち止まることなく、一直線に掲示板へと歩いて行く。

 

「魔女だよな? 見掛けない顔だけど、この町初めてか? 初めてだろ? なんだったらオレと組まないか? なあ?」

「…………」


 美少女は華麗なまでに若造を無視し、掲示板近くに立っていた三十歳前後と思しき女性の前で立ち止まった。魔杖を持っていない左手の指先には鈍い輝きを反射する一枚の銅貨が見られる。

 代読屋だ。

 猟兵協会には当然のように文字の読み書きができない者も来るので、掲示板近くには代わりに依頼書の内容を読み上げたり、希望の依頼を探してくれる者がいる。当然、利用は有料だが。


「ネイテ語、ハ、デキルカ」


 ぎこちないエノーメ語でそう言った彼女の声には、これでもかというほどの張りがあった。完全に垂れきった獣耳に反して、緩んだところなど一切ない、まさに一分の隙すら皆無な声だった。

 代読屋の女性が頷き、口を開きかけたとき、二人の間に割り込んだ若造がここぞとばかりに声を上げた。


「■■■■■■、■■■■■■■■■■■? ■■■■、■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■、■?」


 たぶんネイテ語なのだろうが、野郎がなんて言ったのかまでは分からない。

 しかし、無表情だった美少女の顔が微かに顰められた。俺からは横顔しか見えないが、どことなく硬い顔をしている。それでも不機嫌さは第三者の俺にも十二分に伝わってきた。


「■■■■」

「■■■■■■。■■、■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■? ■■■■■■■? ■■■■■■■■■■――」

「■■■■■■■■■■■」


 言い寄る若造に、美少女は素っ気なくも刺々しい声で短く返す。

 そこにどんなやり取りがあったのかは不明だが、それで美少女は若造から代読屋の女性に視線を転じ、金を手渡そうとした。が、彼女の細い手首を野郎が横から掴んで止めた。

 そのとき、美少女のローブのお尻辺りがバサッとはためいた。驚いて尻尾でも動いたのだろうか。


「■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■」

「■■■■■■」

「■■、■■■■■■■■、■■■■■■? ■■■■■■■■■■■、■■■■■? ■■■■■■■■■、■■■■■■」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 抜き身の刃を思わせる冷徹な声が美少女の口から放たれた。

 何を言われたのか、野郎の方はこれまで好青年風だった相好を歪めて、どこか威圧的に美少女を見下ろしメンチを切る。


「■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■?」

「■■■■■■■■■、■■■■。■■■■■■■■■■■■■」

「■■■、■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■――」

「■■■■■■■■■■■。■■■■、■■」


 やや語気を荒げる若造に対し、美少女の声音に揺らぎはなく、機械的なまでに淡々としている。野郎を見上げる瞳には意気が充溢し、その身を包むローブが板金装甲に見えてしまいそうなほど、美少女の纏う雰囲気は強固なままだ。


 しばし二人は無言で睨み合う。

 見る限り、美少女の射殺すような視線に対し、若造の方は揺らいでいる。

 だが、野郎も簡単に退くとは思えない。相手が魔女然としているとはいえ、年下の女相手にむざむざ引き下がるのを良しとするほど、気の弱い野郎には見えない。それにここは衆人環視の只中であり、既に二人はかなり注目されているため、野郎の面子的にも退くに退けないだろう。


「■■■■■■」

「■■■、■■■■■■■■■■■■■■?」


 美少女の短い言葉に、野郎は如何にも嘲笑うかのような口調で言い返した。

 すると、美少女は双眸を細め、素早く小さく口を動かした。


「老若問わず男女の別なく、屈強たる戦士すらも竦み上がりて萎縮せん。

 我が幻象に蒼惶せよ、其の身は虚の彼方へ果てなく墜ち行く――〈幻墜ルー・ムァフ〉」


 微かに耳に届いたのはクラード語による高速詠唱だった。美少女から魔力波動を感じ、それが高まったところで淀みなく魔法が行使されたのが分かった。

 

「ぅわあああああぁぁあぁ!?」


 若造は微かに眉根を寄せた直後、急に叫び声を上げてその場に蹲った。唐突に襲ってきた落下感に囚われ、立っていられなくなったのだろう。

 先ほど俺もクソガキ相手に使ってやった魔法だが、俺はバランスを崩す程度にかなり手加減して行使した。しかし、美少女の魔法行使には加減した様子など一切感じられなかった。


 俺も練習したときに体験したことがあるが、アレはクロクスでの大ジャンプ時を思わせる強烈かつ鮮烈な墜落を錯覚させる。頭では魔法だと分かっていても、身体は反応してしまい、俺も膝を突いて身を竦めた。しかも少しチビった。


 野郎は空いた片手で、すがりつくように美少女の腕を更に掴もうとする。だが彼女は既に掴まれている片手諸共、魔杖で乱暴に叩き落として一歩距離をとった。そして一度だけ深呼吸するように肩を上下させると、一人蹲って小さく震える野郎を一瞥し、しかし何事もなかったかのように代読屋の女性に金を手渡す。

 

 その様子を、俺も含めて屋内にいる誰もが静かに窺っていたが、ややもせず再びざわめきが戻ってきた。

 

「ローズ」


 尚も美少女を見つめていた俺に、リーゼたちみんなが近づいてきた。

 

「あのおねーちゃん、まじょだったね!」

「ええ、そうですね。魔杖まで持ってますし、見るからに魔女です。雰囲気的に、ちょっと怖そうですけど」

「ローズ、あの子が魔女だってこと、間違いない? 魔動感でちゃんと感じた?」

 

 ふとクレアから問われた。

 隣に立つセイディやアルセリア共々、少し真剣な表情を見せている。


「間違いないと思いますけど……どうかしたんですか?」

「いえ、やっぱり珍しいからね」

「それにあの子ひとりだし、見る限り魔女だけど本物の猟兵っぽいしね。エノーメ語が分からない辺り、どこかの国に属してる魔女とは思えないし」


 確かにセイディの言うとおり、どこぞの国から派遣されて来たのなら仲間と一緒にいるはずだろうし、言葉だってきちんと話せるはずだ。ここ魔大陸北西部はエノーメ語がメジャーなのだから、ある程度エノーメ語に精通していなければ不便すぎる。


「あの人は無所属の魔女なんでしょうか?」

「かもしれないわね。あの年頃では相当に珍しいとは思うけれど。セイディ以来かしら、十代で無所属の魔女を見掛けるのなんて」


 クレアは頷きながら、代読屋と話す獣人美少女をさりげない仕草で見遣っている。その隣でセイディはやや苦々しそうな笑みを覗かせつつ、アルセリアに訊ねる。


「あの子、どうします? なーんかちょっと危うそうだし、接触してみます?」

「……いや、今はやめておこう。ただ、一応トレイシーたちにあの子のことを伝えて、少し様子を見ていてもらおう。彼女が《黄昏の調べ》の手先という可能性はあるし、そうでなくとあの子に対する連中の動きも気になる」

「でもあの人、魔女ですよ? 《黄昏の調べ》の手先なんてこと、あるんでしょうか? それにあの人も《黎明の調べ》の一員の可能性もありますよね?」

「仲間の魔女がこの町に来るのなら、事前に何か連絡があるはずだ。一応確認は取ってみるつもりだが、おそらく違うだろう。それに、連中に協力的な魔女も、いるにはいる。もっとも、洗脳された場合がほとんどだが」


 思いがけず恐ろしいことを聞いてしまった気がする。

 リーゼは「せんのー? ってなに?」と眉をひそめているが、俺は背筋が薄ら寒くなった。


 なんだよ洗脳って、怖すぎだろ。

 《黄昏の調べ》は魔女を疎んでいるらしいが、利用できるなら利用する柔軟性もあるのだろうか。やはり《黄昏の調べ》はろくな連中じゃない。


「まあ、あの様子だとこの町で依頼をこなすようだから、しばらくディーカに滞在するはずだ。今はひとまず、おれたちは今日の目的のために動こう」

「あっ、待ってください。さっき会員証を拾ったので、あの人に届けてきます」

「それ、少し見せてくれる?」


 ひとっ走り行こうとしたところでそう言われ、俺はクレアに拾ったカードを掲げてみせた。


「名前は……ユリアナ、ね。発行はネイテ大陸のパルモ支部って書いてあるわ」

「あー、やっぱりネイテ大陸出身ですか。でもだったら、なんでこっちの方に来たんでしょう? エノーメ語はほとんど話せないっぽいし、ネイテ語なら大陸南西の方に行けばいいのに」

「何か理由があるのかもしれないわね。ありがとうローズ、もう届けてきてあげて。念のため言っておくけれど、私たちも魔女だってことは――」

「内緒ですね、分かってます」


 俺はしっかりと頷き、美少女のもとへと向かうことにした。

 その直前、セイディが「カウンターに渡せばお礼もらえるわよー?」と誘惑してきて、クレアに「こらセイディ」と軽く叩かれていた。

 確かに美天使の言う通り、一旦カウンターに届ければ美少女から礼金をもらえることができる。だが、そんな天使あくまの誘いに俺は乗らない。むさ苦しいオッサンなら未だしも、相手は十代の美少女だからな。


「あの、すみません」


 代読屋の女性と依頼選びをしていた横から、エノーメ語で声を掛けつつ、ローブを軽く引っ張った。すると美少女ことユリアナは先ほど野郎に向けていたものと同等の険しい双眸を向けてくる。が、相手が幼女と気が付いたからか、張り詰めていた眼差しが幾分も緩和した。


「これ、さっき落としました」


 何を言っているのか分からないとは思ったが、念のため言葉にしながら猟兵カードを差し出した。魔法言語たるクラード語なら通じるかもしれなかったが、俺が魔女だと悟られてしまう。

 ユリアナは大きく目を見張った後、慌てた様子で自身の身体をまさぐるようにローブの下で素早く片手を動かした。野郎との毅然な対立を思えば、少し意外な反応だ。


 ユリアナはローブから片手を出すと、親指と人差し指でゆっくりとカードを受け取った。そして中指と薬指で挟んでいた銀貨をこちらに向けてくる。

 お礼だろう。しかし、マイシスターのせいでカードを落としたのに、それで俺が礼金を受け取るのはなんか詐欺臭い。


「いえ、いりません」


 首を横に振ってやると、ユリアナは困惑したように俺の顔と受け取った猟兵カードを交互に見た。元々、目の前の美少女は垂れ耳に垂れ目という外見の割りに、張り詰めた雰囲気を纏ったギャップの激しい美少女だ。だが今の彼女は外見通りの雰囲気が少しだけ感じられ、可愛らしかった。

 俺はそれが見られただけで満足だったので、軽く頭を下げて踵を返した。


「ア、アリガ、ト」


 不意にぎこちないエノーメ語で礼を言われたので、俺は振り返って笑顔を返しておいた。やはり美少女とのコミュニケーションはいいね。

 心がホッコリしたよ。

 と思ったのもつかの間、先ほどユリアナの魔法を喰らって無様に跪いていた野郎の声が耳朶を打つ。


「ク、ソ……せっかくオレが……許さないぞ、絶対に……」


 男はふらふらと立ち上がり、憎悪に濁った瞳で美少女を一睨みし、そそくさとその場を離れていく。ユリアナとの間にどんな会話があったのかは知らないが、これじゃあ余韻が台無しだ。


 それから俺はクレアたちと合流して猟兵協会を出た。

 まあ、なにはともあれ、いよいよ魔大陸でのモンスターハンティングの始まりだぜ!


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[気になる点] 第五十三話 『猟兵、がんばります!』 例え依頼の達成に全く貢献していなくとも昇級のためのポイントは加算される。 「たとえ〜しても」の「たとえ」は仮定の意味を表し、漢字表記する場合は「…
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