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幼女転生  作者: デブリ
一章・奴隷編
7/203

第五話 『失墜の幼女王』

 冒頭のOther Viewは飛ばしても問題ないと思いますが、マヌエリタについて細かな事情を知りたい方は一読ください。


 ■ Other View ■



 マヌエリタには割と高貴な血が流れている。

 今は亡きグレイバ王国の貴族、ラヴァンディエ子爵家の血だ。

 しかし、光天歴こうてんれき八九〇年、蒼水期そうすいきの第三節三日。

 オールディア帝国の侵略が始まり、グレイバ王国は蹂躙された。帝国は各地を占領した端から、王国のあらゆる文化や制度を徹底的に破壊するための一環として、情け容赦なく貴族たちを処刑していった。そして、十五歳未満の――成人していない子女たちは奴隷として扱われることとなった。


 マヌエリタもまた奴隷に堕ち、光天歴八九一年の蒼水期第四節八日目、セミリア工場に連れてこられた。

 裕福な暮らしから一転、貧しすぎる食事に服すら与えられない劣悪な環境。更には故郷を破壊した帝国の新兵器――魔弓杖まきゅうじょうの組み立て作業を強要され、並の童女ならば抑鬱状態になってしかるべき状況に陥った。

 しかし、マヌエリタの心は折れなかった。

 敵がいたからだ。魔弓杖を持った到底敵いそうもない大人ではなく、自分と同じ立場の奴隷アウロラだ。

 彼女との対立が幼い心に活を入れた。


 アウロラは奴隷生活初日から、傲慢な態度でマヌエリタに恭順を強いた。

 無論、高貴な血を引く彼女は当然のようにそれを拒絶した。マヌエリタと同期の童女たちもまた、元貴族令嬢の堂々たる振る舞いに感化され、アウロラを拒んだ。

 結果、同じ奴隷同士でも二つの勢力に分かれてしまった。

 アウロラたち十人ほどの集団と、マヌエリタたち二十人ほどの集団だ。


 マヌエリタは争いを好まない。

 故に、アウロラたちとは仲良くやりたかったが、第一期奴隷童女たちは好戦的だった。当初はこの人数差によってマヌエリタ側が優勢で、しばらくは平和な日々が続いた。

 しかし、三節ほど経った頃、状況が変わった。今度はパロマたち第三期奴隷童女たち十人が連れてこられ、彼女らはアウロラが先手を打って、あることないことを吹き込んで味方に引き入れてしまった。そうして両勢力の人数が拮抗したことで、アウロラは水桶周辺を占拠するという暴挙に出た。


 心の広いマヌエリタも、これには激怒しかけた。

 とはいえ、なまじ頭が良く心優しいマヌエリタは正面衝突を嫌った。奴隷同士で相争うことの無意味さを直感的に理解していたからだ。だからといって、アウロラに頭を下げるのはマヌエリタの小さな誇りが許さない。


 その結果、度重なる示威行動によって、アウロラ勢へと圧力を加えることとなった。アウロラも脅威を感じ取ったのか、水桶周辺を占拠するのは食事が終わるまでとなった。

 それくらいならば……とマヌエリタは許容し、現状の維持に努めることにした。奴隷を監督するマウロの気まぐれにより、ボロ切れのような服を一着だけ与えられたときも、マヌエリタはアウロラに譲った。その際にはある程度の主張をして、仕方なくといった風体を見せて、牽制することは忘れなかったが。


 無論、まだ七歳のマヌエリタには一連の行動の動機となる思考を明確に言語化し、理路整然と考えることはできない。しかしそれでも、元子爵家の次女はアウロラとの対立を上手く演じて見せた。それが才能によるものか教育によるものかはともかくとして、マヌエリタは人一倍賢明だった。


 それからしばらくは比較的穏やかな奴隷生活が続いた。

 このときには既に奴隷としての日々にも空腹感にも慣れてしまっていて、ある種の平穏さすら感じていた。だがある日、マウロが口にした何気ない一言により、新入り――第四期の奴隷たちがやって来ることが分かった。


 マヌエリタは幼いながらに熟考した末、新入りたちを自分の側に引き入れないことにした。味方にしようとすれば、必ずアウロラと人員の奪い合いになる。もうそんな不毛なことは避けたかったし、新入りたちを馬鹿げた暗闘に巻き込みたくもなかった。

 そこで、いい加減マヌエリタは折れることにした。

 どうせ新入りが来れば、今の平穏は崩れ去るのだ。アウロラたちと争うのも億劫になっていたマヌエリタは、癪ではあったがアウロラに下る決意をした。

 自分を慕ってくれる味方の童女たちの心情はともかくとして、やはり奴隷同士で対立するのは馬鹿げている。形はどうあれ、一つに纏まった方が良い。

 本来ならばマヌエリタ自身が頂点に君臨し、仲間たちを平和的に治めたかったが、アウロラたちの強情さは嫌というほど痛感していた。

 

 そうして、第四期奴隷童女たちはやって来た。

 もはやアウロラとの対立に気を張る必要はないとはいえ、新入りに舐められるのは許容できない。マウロから指導係を任せられ、マヌエリタは萎えかけていた心に活を入れた。

 しかし、指導することになった赤毛の子は、並み居る奴隷童女とは一線を画していた。丁寧な言葉遣いや落ち着いた物腰はとても三、四歳の子供には見えず、少々たじろいでしまった。

 まさか彼女――ローズは、自分と同様に貴族出身なのかと思い、マヌエリタは心配になった。変に自尊心を発揮してアウロラと対立することになれば、状況が混沌としてしまう。


 だが、それは杞憂に終わってくれた。

 どういうわけか、ローズには記憶がないらしい。言葉遣いに加えて長い髪から察するに、おそらくは自分と同じ王国の元貴族か豪商の娘なのだろうが、記憶がないのなら大丈夫だろう。そう無意識のうちに考えつつも、マヌエリタは不謹慎にも喜んでいた。

 工場には貴族の子女が他に誰もいなかったため、同じ立場の仲間ができたようで嬉しかったのだ。ローズがマヌエリタ様などと呼ぶものだから、ついリタ様と呼ばせてしまった。様付けで呼ばれたことなど数百日ぶりで、マヌエリタは久々に当時の生活を思い出した。


 日が暮れて夕食時になると、マヌエリタはアウロラと第四期奴隷童女たちの動向を注視した。ローズが杯を持って、アウロラ――もとい水桶に近づいて行ったのは意外だった。第四期奴隷童女たちの中にはローズより年上と思しき子が何人もいたからだ。

 しかし、マヌエリタは静観の姿勢を貫いた。下手に口出しすれば状況が悪化する可能性が高く、アウロラの好きにさせておけば、ローズなら自ずと恭順の姿勢を見せるだろうと思ったのだ。初対面の奴隷を様付けする子に自尊心はない。

 マヌエリタはそう確信していた。


 アウロラとローズのやり取りを眺めていると、ローズが当時のマヌエリタと同様の発言をしたことには驚いた。だが、アウロラの傲岸不遜な態度の前に、新入りは次第に大人しくなっていった。

 杯を奪われ、ローズがアウロラに踏みつけにされているのを垣間見たときは、気の毒だとは思った。様付け発言が発端なのでマヌエリタのせいでもあり、申し訳なく思ったが、それでもマヌエリタは動かなかった。

 長い目で見れば、素直にアウロラに下った方が良い。自分のように奴隷同士の派閥間抗争などに苦心せず、ローズたちは楽に奴隷生活に溶け込めるとマヌエリタは信じていた。レオナがアウロラたちを打倒するまでは。


 栗毛の童女が軽々とアウロラたちをあしらったのを見て、マヌエリタは唖然とした。驚きつつも、やってしまったなと悲観する一方で、もしかしたらと希望――あるいは欲を抱いた。

 もしかしたら。

 レオナが協力してくれれば、アウロラたちを下すことができるのはないか。そうすればアウロラなどに恭順することなく、自らが頂点に立ち、仲間たちを平和的に治めることができるのではないか。

 言語化されない無意識的な思考はマヌエリタに衝撃を与えた。

 

 マヌエリタが呆然としている間、ローズたち第四期奴隷童女たちは食事を進めていく。レオナとローズが連れ立って水を汲みに行っても、二度ほどの妨害行動をレオナにあしらわれて以降、大人しくなった。

 相変わらず水桶の周りに群れてはいるが、何か不気味な視線を向けるだけで、新入り二人のことは無視していた。

 

 それを見て、マヌエリタは確信した。

 これはいける、と。




 ♀   ♀   ♀




 奴隷幼女たちの朝は早いらしい。

 おそらくは陽が昇って間もない時間に、俺たちは叩き起こされた。

 おはようじょと挨拶する間もなく、朝食として例の三品目と水を腹に詰め込まされる。草の苦味がこれは断じて夢などではないと俺に教えてくれて、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになった。

 そうして、早々にレッツワークとなる。

 もちろん全裸でね。


 昨日、俺たちはリタたちから指導されたが、それは今日も同様だった。幼女相手に一日二日だけ教える程度では不安なのだろう。

 俺はリタと並んで簡単すぎる単純作業をこなしがら、昨夜できなかった思索に耽り、不明な点をリタに訊いて現状把握に努めようかと思った。まだ工場の雰囲気というか、銃を持つマウロらがおっかなくて仕方ないが、幸いにも監督役の野郎共はきちんと作業していれば怒鳴ってこない。

 だが、俺が考えを巡らせる間もなく、早々にリタから長々とした話を聞かされた。


「――というわけで、ローズ。わたしたちでアウロラの横暴を止めるわよ」


 今日のリタ様は昨日以上に、瞳に力が籠もっていた。

 俺は手を動かしつつ、混乱する思考を落ち着けて、なんとか話を整理してみる。


 今し方の長話は、俺が昨晩抱いた疑問のほとんどを解消してくれた。

 リタが元貴族だということ、アウロラとの対立の経緯、なぜリタが俺たちを勧誘しなかったのか。微妙に胡散臭いが嘘ではなさそうな話で、少し驚いた。 

 まあ、ともかく。

 リタはレオナのパワフルな腕力を目の当たりにして、アウロラを打倒しようと目論んでいるらしい。要は、アウロラたちタカ派に対し、リタたちハト派はここで政権奪取のために決起しようとしているのだ。正直、この世界で目覚めて二日目の俺にそんなことを言われても困るんだが……

 今は奴隷幼女内の派閥争いより、状況把握と今後の活動方針を決めておきたいところなのだ。 

 とりあえず、俺は思い浮かんだ疑問を口にしてみた。


「なぜ、私にその話を? 必要なのはレオナの力ですよね? 彼女だけいれば良いのでは?」

「ローズは頭が良さそうだし、レオナと仲良さそうだから。それにきっと、あなたも王国の貴族だったに違いないわ。わたしたちは協力し合うべきなのよっ」


 リタはさも当然のことのように答えた。

 しかし、俺が貴族か。

 まあ、前世ではニート貴族として食っちゃ寝の毎日を送ってはいたけどさ。


 それはともかく……どうしようか。

 リタの思惑は度外視しても、俺とてアウロラに煮え湯を飲まされた口だ。あの幼女王から支配権を奪取し、平和主義者のリタが奴隷部屋に太平をもたらしてくれるというのなら、協力するのもやぶさかではない。

 しかし、俺の当面の目的はあくまでも奴隷身分からの解放あるいは脱出だ。そのためにまずは現状を把握して、何をすべきで何をすべきでないのか、それを見極めることが最重要だ。選択を誤れば、破滅しかねない。高校の時がそうだったから、二度と同じ過ちは繰り返すまいて。


 だが、高校のトラウマを思い出すのなら、ここでリタの提案を拒否するのは不味い気がする。おそらくは奴隷幼女内で最も博識なのはリタだ。彼女は元貴族子女だったというし、他の幼女たちよりは知識量が多いはず。所詮は子供の知識だが、この世界と現状を少しでも知るために、リタとは懇意にしておきたい。

 それに何より、奴隷幼女内に存在する二派閥のうち、既にアウロラ派とは半ば敵対してしまっているのだ。ここでリタをも拒めば、俺は宙ぶらりん状態となり、巨大な二大勢力に圧迫されて精神を病むのは必至だろう。

 コミュ障やらの呪いは治ったわけじゃないからな。こうしている今も、割と精神に負荷がかかっているのを自覚できるほどだし。

 

 とはいえ、俺やレオナは必ずしもアウロラを打倒する必要はないのだ。幼女王とその近衛隊はレオナを警戒しているし、レオナを怒らせた原因である俺にもちょっかいは掛けてこないはず。つまり、俺やレオナは今のままでも特に問題はない。

 ノエリアやフィリスたちも、レオナと共にいる限りは安泰だろう。他の同期幼女たちはどうか知らないが……レオナと同じ第四期奴隷幼女なら、アウロラも迂闊な真似はしないだろう。しないと思いたい。

 無論、今後もアウロラが大人しくしているとは限らないが、今すぐ彼女をどうにかする必要性を俺は感じていない。

 

「…………」


 だが、しかしだ。

 幼女とはいえ、人間を甘く見てはいけない。

 俺は他人を軽視し、約束を反故にして八方美人を演じたからこそ、高校では破滅した。相手が幼女でも侮ってはいけない。ここでリタの提案を蹴れば、俺はこの世界でも八方美人街道を爆走しそうな気がする。

 なんだかんだと言い訳を並べて人と争うことを避け続け、中途半端な立ち位置に留まった結果、取り返しの付かない事態を招きそうな気がする。


 敵対することを恐れてはならない。人には戦うべき時があるのだ。不穏分子は早々に排除しておくに限る。

 と、俺がそう思っても、肝心のレオナはどうなのだろうか。

 彼女はあまり争いを好みそうにない。今まさにレオナは先輩幼女に見守られながら、魔弓杖の部品を組み立てている。その表情は無駄に明るい。他の幼女たちが少なからず表情に影を落としている中で、何が楽しいのか小さく笑みまで覗かせている。完全に浮いているので、監督役の野郎共から何か言われそうなものだが、レオナは他と違ってやる気十分に働いているからか、大丈夫なようだった。


「ローズ、協力してくれるわね?」

「……分かりました」


 結局、俺は頷いておいた。

 色々と思うところはあるが、仕方がない。


「それじゃあローズはレオナを説得しておいて。今日の夜、早速動くわよ」

「え、今晩ですか……?」

「こういうことは早い方がいいからね。アウロラたちに気づかれる前に動いた方がいいわ」


 それは……まあ一理あるか。

 兵は拙速を尊ぶという言葉もあるしな。アウロラたちが何か事を起こす前に、こちらから動いた方が主導権を握れる。それに奴隷幼女同士の争いなど早々に終結させた方が良いだろう。 

 俺としても、早く腰を落ち着けたい。

 異世界に転生したという事態に対して、まだ混乱が抜けきっていないのだ。


「ところで、リタ様」

 

 まだ話が続きそうだったので、俺はひとまず口を挟ませてもらった。


「ん? どうかしたの?」

「ちょっと……その、お花を摘みに行きたいのですが……」


 まだ混乱が抜けきっていないとは言っても、生理現象は俺の意志に関係なく働く。子供だからか女だからかは不明だが、男の頃よりも尿意を我慢できないのだ。

 早く処置しなければ、この場で漏水して野郎共にしばかれる。


「なら、行ってきなさい。昨日も教えたけど、ちゃんとマウロさんかイーノスさんか……とにかく誰かに一声掛けなさいよ」

「は、はい」


 俺は頷いてから、内股気味に歩き出し、作業台から離れていく。途中、作業台の間を縫うようにして歩き回る監督役の男の一人――翼男改めイーノスがいたので、トイレに行く旨を告げる。

 するとイーノスは無言で頷き、そのまま監督作業を続行していく。


「……………………」


 このイーノスという翼男は実に寡黙な男で、必要時以外は口を開かない。傷男マウロなどは同僚と適当な話をしながら監督役をこなしているが、イーノスは一人黙々と行っている。

 まさか……職場に友達がいないのだろうか?

 まあ、彼は目付きが怖いしね。俺も関わりたいとは思わんよ。でもボッチの気持ちは分かるから、ちょっと親近感が沸くな。イーノスが何歳かは知らんけど、見た目的に三十代半ばくらいで割かし年も近そうだし。


 などと思いつつ、俺はトイレに入った。

 工場一階のトイレは扉付きの個室になっている。部品に汚臭を移さないためなのだろう。便器も桶ではなく、穴が掘ってあるのでそこに排泄する。終わったら蓋をするのは奴隷部屋の便所桶と同じだが、一応個室なので臭いが籠もって鼻が曲がりそうだ。


 ボットン便所なのはさておき、このロリボディによる排泄行為が問題だ。当然、俺は昨日もこの身体から大小共に汚物を排出してスッキリしたわけだが……昨日は色々ありすぎて混乱していたため、あまり気にする余裕がなかった。

 しかし、今は違う。こうして改めて穴の上に跨がると分かるが、野郎の時分と勝手が違いすぎて頭がおかしくなりそうだ。いや、もうおかしいのかもしれないが。


「落ち着け……落ち着くんだローズ……」


 俺は奇妙な興奮状態を鎮めきれないまま、黄金水を放出した。

 排尿時の脱力感めいた感覚はお馴染みのものだが、やはり姿勢からして色々と新鮮すぎる。まだ幼女でなければ、自分の排泄姿に性的興奮を覚えるかもしれないが、幸か不幸か俺はロリコンではない。更に昨日一日で幼女の全裸や排泄シーンを嫌というほど見たせいで、ただ奇妙な羞恥心しか覚えない。


 そんなことを考えながら、俺は放出を終えた。

 もっと他に考えるべきことが山ほどあったが、思考が止まらなかったのだ。

 ちくしょう……。


 ちなみに、股間部を拭くものは葉っぱだ。おそらくは森に鬱蒼と生い茂る樹葉を持ってきたのだろう。木箱の中に青々とした、しかししなびた葉々が入っている。

 葉は奴隷部屋にもあったが、食用ではないらしいので、食べると腹を壊すらしい。だから絶対に食べるなと、昨日マウロが言っていた。


「……………………」


 俺は股の湿り気を葉で拭い取り、使い終わったそれを穴の中に捨てて蓋を閉めた。

 しかし改めて思うが、俺って本当に幼女なんだな。

 未だに信じられんわ。今にも視界が暗転して『実は夢でした、てへぺろ』ってオチがついても全く驚かない自信がある。まあ、今朝起きた時点で、もうこれが紛れもない現実だと十二分に理解しているのだが。


「もう、俺はクズニートじゃないんだ。俺はローズ、新しい人生だ、卑屈になることはない」

 

 自己暗示でもするかのように、強く静かに自分に言い聞かせ、俺はトイレをあとにした。




 ♀   ♀   ♀




 レオナはやはり心優しかった。


「あたし、ぼーりょくはきらい。おかーさんも、だれかをきずつけちゃだめっていってた。きのうはローズがいじめられてたから、しょーがなくやっただけなの」


 一日の労働が終わり、奴隷部屋へ戻る途中。

 リタからの話を俺なりに要約してレオナに伝えると、彼女は首を横に振った。


「いえ、暴力をふるう必要はありません。ただ、リタさ……ん、の隣にいてくれれば、それでいいんです」


 なぜか俺は、レオナの前ではリタを様付けで呼びたくなかった。レオナの前ではへりくだった俺ではなく、格好良い俺を見せたいのかもしれない。

 もう親には心配かけられんからね。

 うん、今まさに頼ろうとしている奴の言葉じゃねえな。


「でも、リタはアウロラにぼーりょくふるうんでしょ? あたし、アウロラはきらいだけど、ぼーりょくのほうがきらい」

「リタはそういうことしませんよ。ただ、アウロラの横暴を――自分勝手をやめてもらおうと、お願いするだけです」


 武力をちらつかせてな。

 本当にリタは頭が良い。将来はきっと大物になるぞ。


「そうすれば、もうわざわざレオナに付いてきてもらわなくても良くなります。誰でも好きなときに水を飲むことができるようになるんです」

「うーん……」

「ほ、ほら、ノエリアも好きなときに好きなだけ水を飲めた方がいいですよね?」


 俺は隣を歩く犬耳の幼女に話を振った。

 獣っ子は既に睡魔から襲撃を受けているのか、足取りが危なげだ。


「…………」


 ノエリアは反応してくれない。どうやらよほど眠たいらしい。

 まあ、俺と同い年くらいだし、無理もないか。俺も既に結構眠たいしな。やはり幼女には昼寝が必要だよ。

 逡巡した末、持っていたパンを脇に挟んで、ノエリアの犬耳に手を伸ばした。触ってみると、少し毛並みは荒いが感触は素晴らしい。硬いような柔らかいような、短くもふさふさした毛が気持ちいい。


「――ふぁ!? あ、ああの、ローズちゃん……?」

「あ、気がつきましたか」

「なな、なんで、わたしのみみ、さわってるの……?」


 ノエリアは僅かな怯えと困惑を見せて、上目遣いに不安げな瞳を向けてくる。

 俺はノエリアより少しだけ背が高いのだ。といっても、数センチほどだが。


「ノエリアが私の声を無視したので」

「あっ、ご、ごめんね……な、なにか、おはなしがあるの?」

「はい、ノエリアも好きなときに好きなだけ水を飲めた方がいいですよね? 昨日みたいに、私とレオナがとってきて、それを分け合うようなこともなく」

「うん、そうだね……あ、あの、どうしてまだ、みみをさわってるの……?」

「気持ちいいので」


 俺は小学生の頃、近所の大人しい柴犬をよく触らせてもらっていた。

 ノエリアの耳は犬耳の感触に似ている。

 そう思うと、本当にノエリアが小犬のように思えてきた。


「ノエリアは可愛いですね」

「え、あ、その、ありがとう……?」


 幼女が相手だからか、俺は割と遠慮なくコミュニケーションがとれている。

 大人相手だと無意味な疑心暗鬼に駆られて、ただ会話するだけでも苦心したものだが……ピュアなハートを持つロリータ相手なら、そんなことにはならないらしい。あるいは俺が変われてきているのかもしれない。

 まだたったの二日目だが、やはり肉体や環境が真新しいと心機一転できるな。


 なんて思いながら、俺はノエリアの頭を撫でまくる。

 ノエリアは次第に慣れてきたのか、心地よさそうに肩の力を抜いている。


「というわけで、レオナ。ノエリアのためにも協力してください。ただリタの横に立っているだけで良いので」

「……また、けんかになったりしない?」

「しません。むしろレオナがいないと喧嘩になりそうです」

「うー……そっか、わかった」


 レオナは小さく眉根を寄せて唸りながらも、頷いてくれた。

 どうやら本当に争いごとは嫌いらしい。昨日、アウロラたちへとふるわれた腕力はよほど不本意なものだったのだろう。それでも俺を助けることを優先してくれたのだから、ただ闇雲に非暴力を掲げてはいないのだろうが。

 そう考えると……強いな、レオナは。幼女だから何も考えてはいないのだろうし、純粋で真っ直ぐだからこそのメンタルなのだろうが、それでも凄いよ。


「それじゃあ、夕食を食べる前に動くので、よろしくお願いします」


 という感じで、準備は整った。




 ♀   ♀   ♀




 アウロラとリタが真正面から睨み合っていた。

 幼女王はその配下と水源を背後に従え、仁王立ちしている。リタは味方の第二期奴隷幼女たちとレオナ、ついでに俺を従えて、腰に片手を当てている。

 両勢力の人数はほぼ同数だが、リタ勢の方が俺とレオナの二人分だけ多い。


「アウロラ、もういい加減、くだらない真似はよしなさい。新しい子たちも入ってきたし、みんなで仲良くすべきよ」

「うるさいっ、なにが仲良くだ! 元貴族のおじょーさまが、なに言ってやがる。いいか、人には上と下があるんだよ。それはお前が一番わかってんだろ」


 アウロラは傲然と言い張る。

 まだ子供な分、自分の考えを信じて疑っていないのだろう。そういう純粋さは強力な武器だ。俺とレオナがまだリタ勢の後ろにいるせいか、幼女王はレオナという脅威に気づいていないのだろう。

 無知とはときに大きな力となる。


「ええ、そうね。わたしもお父様から教えられたわ。わたしは貴族で、人の上に立つ側だと」


 対するリタの方も、負けず劣らず堂々としていた。


「でも、今のわたしは奴隷で、あなたもそう。立場は同じだわ」

「奴隷同士だから、仲良くしましょうってか? ハッ、馬鹿か。奴隷にも上と下があるんだよ、人に上と下があるのと同じよーにな」


 こいつら本当に幼女かよ……。

 アウロラもリタも七歳ほどだが、二人とも考えがなかなかに大人だ。シビアな環境で育てば、精神が早熟するのだろうか?

 おそらく今この世界ではオールディア帝国とグレイバ王国とかいう国が戦争をしていて(あるいはもう終わっているのかもしれないが)、リタは元よりアウロラも王国に住んでいた子供だったはずだ。

 前世の地球でも戦争国の子供ってのは擦れてる印象があったからな。まあ、平和な島国の都会でぬくぬくと育った俺には推測することしかできないが。


「……相変わらずね、あなたは」

「それはこっちの台詞だ」


 嘆息するリタと鼻で嗤うアウロラ。

 しかしリタは大きく深呼吸をした後、毅然とした声で言い放った。


「あなたがそういう態度なら、もうわたしも遠慮しないわよ。このままだと、力尽くでわかってもらうしかなくなるわ」

「力尽く、ね。いいぜ、やってやるよ。おまえてーど、あたしらからすれば雑魚なんだよ」

「さて、それはどうかしら」


 戦闘態勢をとる幼女王とその近衛幼女たち。だが、金髪幼女の背中は変わらず真っ直ぐ伸びていて、声音に怯懦は滲んでいない。

 全裸のリタは服を着たアウロラに対して何ら臆した様子を見せず、片手を上げた。

 すると、リタの背後で控えていた第二期奴隷幼女たちの人垣が割れ、レオナがリタの側に歩いて行く。


「…………」

 

 その間、俺は後ろからリタ考案の演出を見守るだけだ。

 リタには協力しろと言われたが、結局のところ俺にやることはない。おそらく俺はこの場に立っているだけで役に立っているのだろう。昨晩、第四期奴隷幼女に水を提供していた俺とレオナが、リタ側に付いたという事実。

 これがノエリアたち同期の幼女にとっては重要で、自然と彼女らはリタ側に付くことになる。


 とにもかくにも、末恐ろしい幼女だよ、リタ様は。

 味方する勢力を間違えなくて良かった。

 脱奴隷できたら、レオナはもちろん、リタ様とも一緒に行動していきたいな。


「お、おまえは……っ」


 アウロラは身を硬くして、思わずと言った様子で一歩後ずさった。

 昨日、あれだけ勢いよく吹っ飛ばされたのだから、幼女としては自然な反応だ。

 近衛幼女たちも一様も顔を強張らせている。


「アウロラ、もう一度言うわ。いい加減、くだらない真似はよしなさい。みんなで仲良くするの。いいわね?」


 武力を誇示して要求を突きつける。

 交渉の基本だが、これを幼女が思いついて実行するとか……

 やはり人間ってやつは幼女でもダークなのだ。

 ちょっとオジサン、悲しい現実ってやつを垣間見ちゃったよ。まあ、リタの場合、最初はレオナ抜きで要求しただけマシだが。

 ……いや、それはそれで逆に策士か。


「ぐっ、おまえ……マヌエリタぁ!」


 幼女王は吼えながらリタに飛びかかった。力強く両手を伸ばして、リタに掴みかかろうとする。

 が、その猛威は半ばで妨げられた。


「やめて、けんかしないで」

「う、うるさいっ、放せ馬鹿!」


 レオナがアウロラの両手を掴んで止めると、アウロラはレオナに蹴りを放つ。

 しかしレオナは直前で幼女王を突き飛ばしていた。昨日のようにそれほど勢いはなく、アウロラはバランスを崩して後ずさるように離れていくだけだ。

 幼女王はパロマたち親衛隊に受け止められ、事なきを得た。

 一方、再三にわたってリタは要求を突きつける。


「みんなで仲良くするの。いいわね?」

「ッ、くそ……おいおまえら、あの新入りをなんとかしろ!」


 幼女王は下知するが、パロマたちは動かない。彼女らは昨夜、レオナの力を目の当たりにしているのだ。アウロラほど威勢が良いわけでもないし、そもそもリーダーであるアウロラが無様な姿を晒したことで士気も下がっているはずだ。

 もはや趨勢は決していた。


「アウロラ、もう観念しなさい」


 その一言が決定打となった。


 こうして、独裁者たる幼女王アウロラはリタ様に打倒され、服を奪われた。

 ついでにポニテにしていた髪紐も。

 俺たち奴隷幼女たちにとって、貫頭衣とはいえ一着しかない服はボスの証である。リタが服を身に纏ったことでアウロラ政権は倒れ、金髪ロリっ子の平和な治世が訪れることになる。


 ちなみに、俺がアウロラの全裸姿に見とれていたのは誰にも気づかれていないはずだ。俺にとってアウロラは唯一最初から全裸でない幼女であり、そして昨日は偉そうな態度で足蹴にされたのだ。

 それがですよ?

 悔しそうな顔で渋々服を脱ぎ、あられもない姿を強要される様を見せられて、興奮しない方がおかしいだろ。


 うむ。

 どうやら身体はロリでも、心はきちんと男のようだ。

 なんかちょっと安心した。


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