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幼女転生  作者: デブリ
四章・日常編
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第五十二話 『猟兵へと至る道』


 紅火期第九節、某日。

 その日は試験だった。

 勉強部屋で俺とリーゼは無言でペン先を走らせていく。


「はい、そこまでね」


 砂時計を片手に、クレアが終了を告げた。

 俺とリーゼの問題用紙を回収し、早速採点に移っていく。


「ぃやったああぁぁあぁぁっ、これでまものかりにいけるんだああぁあぁああ!」

「気が早いですよ、リーゼ」


 まだ採点中だというのに、リーゼはもう合格した気でいた。椅子を蹴って立ち上がり、元気良く尻尾を振りながら雄叫びを上げている。

 これで不合格だったら泣くだろうな。


「はい、それでは結果を伝えます」

「やったああぁぁああぁぁぁぁあぁああっ!」

「リーゼ、まだ結果は言っていないでしょ。ローズを見習って、大人しく座って」

「わかったー!」


 着席しても尻尾はぶんぶんと動いたままだし、瞳は爛々と輝いて、口元は喜色で溢れている。

 クレアはどこか芝居がかった仕草で「こほん」と咳払いすると、俺に目を向けてきた。黒髪美人教師(二十四歳S属性)から見つめられると、ドキドキしちゃう。

 

「まずはローズ。さすがね、百点満点だったわ」

「おおおぉぉぉおおおぉぉ!」


 リーゼが唸りながらキラキラした目で俺を見てくる。

 無事合格できて嬉しいには嬉しいが、元から結果は見えていたので、それほどでもない。今回の試験はリーゼのために行われているのであって、俺が参加しているのは体裁上の理由からだ。

 俺のクラード語が完璧であることはリーゼを含めてみんな知っているが、リーゼだけ筆記試験に合格しないといけないという形式は少し不公平だろう。そういったことを事前にクレアからこっそり告げられていたので、大人しく試験を受けた。


「次はリーゼね」

「はいっ!」


 相変わらず返事だけは誰よりもいい。しかしリーゼのハイテンションとは対照的に、尚もクレアは教師っぽく真剣な顔をしたままだ。


「リーゼは七十九点でした」

「やっ……たあぁぁぁぁ?」


 リーゼは再び椅子から立ち上がって歓喜の叫びを上げかけるも、ゆっくりと首を捻った。


「ん、え、あれ? ねえローズ、ななじゅうきゅーってはちじゅーよりちいさかったっけ……?」

「……小さい、ですね」


 合格点は八十点以上なので、リーゼはぎりぎり不合格ということになる。

 俺の言葉を聞くと、幼狐は愛らしい大きな両目を見開き、ぽかんと口を開けたまま硬直した。

 しばし沈黙が漂った後、ふと幼狐の顔が小さく歪んだ。両の瞳から滲み出るように涙が溢れ、身体を微かに震わせ始める。

 これはヤバい……という俺の予想を裏切り、リーゼは両の拳を硬く握り、唇を噛み締めていた。シャツでごしごし顔を拭くと、椅子に座り直して左手でペンを握りしめる。

 

「もーいっかい!」


 涙声での要求を、黒髪美人教師は硬い面持ちで、でもどこか嬉しそうに目を細めて受け止めていた。クレアとしても一点くらいオマケして合格にしてやりたいのだろうが、ここで甘やかすとリーゼのためにならない。

 それに、珍しくリーゼが我が侭を言わなかった。

 俺はてっきり『いってんくらいいいじゃん!』と駄々をこねると思っていたのに、幼狐は泣き言を漏らさない。たぶん、相当頑張って勉強していたから悔しさもひとしおで、何としてでも自力で合格したいのだろう。

 

「いいわ。ローズは部屋の外で待っててくれる?」

「わかりました……リーゼ、頑張ってください」


 リーゼは返事の代わりに無言で頷いた。

 涙目ではあるが、琥珀色の瞳からは意気が失われていない。

 それどころか、小一時間前より増している。


 なんだか俺はしみじみとした心持ちになり、一人静かに退室していった。




 ♀   ♀   ♀




 再試験により、リーゼは無事に合格した。

 俺たちはみんなで幼狐を褒めまくって、いつもより少しだけ甘やかした。

 といっても、リーゼは末っ子のようなものなので、いつもそれなりに甘やかされてはいるが。


 尚、上級魔法の詠唱省略はもうとっくに達成していたので、これで当初の条件は満たしたことになる。

 俺とリーゼは本来の予定より半年ほど早く、猟兵になることが決まった。午前中に試験があったので、午後からは猟兵に関する簡単な予習講座が行われたが、本格的な知識は実地で順次教えていくとのことだった。


「リーゼ、早く寝ないと明日に障りますよ」

「でもねれないよ!」 


 夜、いつものようにベッドで川の字になるが、右隣にいるリーゼの声は元気一杯だ。俺を抱き枕にして手足を絡めているので、明日への興奮が直に伝わってくる。

 遠足で眠れない子供そのものである。


「サラは機嫌直してください」

「……べつにローズには怒ってないわ」


 左隣のサラは珍しくふて腐れてた顔で独り言のように答える。だけでなく、彼女は俺の左腕を抱き枕にしているので、締め付けるように強く握ってくる。


「いぃぃいたいですよサラ!?」

「どうしてわたしだけお留守番なのよ……わたしも行きたいのに、わたしだってもう九歳なのに……」


 リーゼの頑張りを讃えて、俺たちは早速明日、猟兵協会へ赴くこととなった。

 が、そのメンバーは俺、リーゼ、クレア、セイディ、アルセリア、ついでにオッサンの六人だ。

 

「まあまあ、三人一緒に行く機会もそのうち来ますよ」

「そのうちって、いつよ……?」 

「きっと私とリーゼがある程度慣れたらでしょう。それまで待っててください」


 小悪魔ちゃんは何も言わず、俺の二の腕に額を付け、小さく鼻を鳴らした。

 サラが激しく抗議したこともあって、クレアたちから今後のことは少し聞いた。念のため、しばらくの間は幼女三人で一斉に狩りへ行くことはないらしい。危ないからな。

 

「ねえねえローズっ、あしたたのしみだね!」

「そうですね、でもそろそろ寝ましょう」

「うんっ!」


 実に威勢のいい返事だ。

 これはまだしばらく寝付かないな……と思った三分後、幼狐はあっさりと寝息を立て始めた。今日はいつもより気分が昂揚することが多かったし、疲れてはいたのだろう。

 やはりリーゼはまだまだ子供だ。六歳だしね。

 その点、サラは最近少し大人びてきた。見た目は未だ幼女らしさが色濃いが、性格的には幼女から少女へ移行しつつある。といっても、まだこうして拗ねたりするが。


「ローズ」


 俺はサラの呼び掛けに閉じていた目蓋を開き、横目に様子を窺った。


「なんですか、サラ」

「リーゼのこと、頼んだわよ。この子なにしでかすか分かんないから。それと……絶対、ちゃんとみんなで帰ってきてね」

「……はい」


 俺は小さく、でもはっきりと返事をした。

 すると、サラは俺の左腕を掴んだまま軽く上体を起こし、俺の顔を直上から見つめてきた……のもつかの間、素っ気なくも羞恥心の見え隠れした所作で唇を合わせてくる。秒にも満たない接触の後、サラは目を瞑って元の体勢に戻り、動かない。

 先ほどより左腕がやけに温かく感じた。


 五日ぶり九回目のキスだった。

 サラはあの日以来、たまに不意打ちするようにキスしてくる。子供のお遊びだと思えば可愛いものだが、いちいち俺の心臓は鼓動を速めやがる。

 いやだからロリコンじゃないって。


「…………ふぅ」

 

 俺は思わず大きく息を吐き出すと、勝手に回り始める思考を強引に抑え込んで、再び目を閉じた。




 ♀   ♀   ♀




 翌朝、いつも通り早朝ランニングをしてから朝食を摂る。

 だがその後の家事手伝いはすることなく、出発となった。


「皆、気をつけるのじゃぞ。最近は《黄昏の調べ》も鳴りを潜めておるとはいえ、油断は禁物じゃ。ローズもリゼットも、クレアたちを困らせることのないようにの」

「分かりました」

「わかったー!」


 婆さんの忠告には俺とリーゼだけでなく、クレアたちもそれぞれ首肯を返す。

 サラはそんな俺たち五人を眺め回すと、未だに少々の不満さを滲ませた声で言った。

 

「……いってらっしゃい」

「いってきます」


 真っ先に俺が返事をすると、リーゼやクレアたちも続々と口を揃えて出発の挨拶をする。そうして、俺たちは五人揃って地下から転移した。ヘルミーネ宅の地下に出ると、地上に上がってオッサンと合流する。

 

「おはようございます、ユーハさん。今日はよろしくお願いします」

「うむ……おはよう。こちらこそよろしく頼む……」

「うむんっ、たのまれたぞ!」


 俺とユーハが挨拶する横で、リーゼが偉そうに腰に手を当てる。

 そんな幼狐を見て、オッサンは薄く笑みを浮かべていた。相変わらず意識しなければ、ユーハの笑顔は割と普通だ。


「ではお姉様、アタシは念のため周辺を見回りながら行きますから」

「ええ、お願いねセイディ」


 ユーハを入れた六人で外に出ると、美天使は晴れ渡った青空に白翼を羽ばたかせる。雲一つない快晴の本日は絶好の猟兵デビュー日和だ。

 セイディに引き続き、俺たちも早速猟兵協会へ向かうことにした。


「リーゼ、手を握って。はぐれないようにね」

「うんっ」


 クレアは心配なのか、見るからにハイテンションなリーゼと手を繋ぐ。

 が、俺の方には誘いがこない。こういうとき、日頃からもっと幼女っぽく振る舞っておけば良かったと後悔するな……。

 

「ローズも手を繋ぐか?」


 物欲しさは面に出てなかったと思うが、アルセリアから誘われたので、俺は素直に頷いておいた。べつに手を繋ぎたかったわけではないが、本当にはぐれたら面倒だしな。まあ、セイディが上空から見守っててくれてるから、それはないと思うが。


 俺たち女四人がツーペアになって通りを歩く一方、オッサンはその後ろから一人でついてくる。今日の鬱度は20%といったところだろうか。

 最近のユーハはそこそこ安定している。


「そういえば、アルセリアさんはここより内陸の方の町って、行ったことありますか?」

「あるにはあるが、ここ数年はディーカばかりだな。特に行く用事もなかったし、ここより先にある町々は各国の影響が強い。だから魔女がいるとしても、国所属の派遣されてきた魔女くらいだからな」

「じゃあ、そういう魔女が《黎明の調べ》を頼ってくることってないんですか?」

「今のところはないな。いや……実際は頼りたいと思っている魔女もいるのかもしれないが、生憎とおれたちはこの人数だ。気付かない場合もあるし、頼られても期待に答えられないかもしれない。情けない話だな」


 アルセリアは自嘲気味に口元を歪め、肩を竦めた。こざっぱりした頭髪と流麗に伸びた双角、引き締まった長身は颯爽とした雰囲気を感じさせる。そのせいもあるのだろうが、彼女は道行く人にガン見されることが間々ある。

 やはりディーカで竜人は珍しいらしい。


「まあ、確かにこの人数で大規模な活動はできませんし、仕方ないですよ。日々の生活も結構大変ですしね。あ、でも、どこの国や組織にも所属していない魔女がいた場合って、どうするんですか?」

「基本方針でいえば、こちらから接触していくことはないな。まあ、セイディのときはその限りでもなかったが……そもそも、そういった無所属の魔女は滅多にいない」


 以前、風呂場で聞いたセイディの話によれば、あの美天使はどこの国や組織にも所属していないフリーダムな魔女だったらしい。それが紆余曲折あって《黎明の調べ》に身を置くことになったという。

 そうしてクレアとアレな関係になったのだろう。

 うらやまけしからん。


「ローズはいつも通りだな」


 ふと隣を歩くアルセリアが微かに笑みを浮かべた。

 雑多な人通りの中にあっても尚、アルセリアの声は良く耳に届く。


「いつも通り、というのは?」

「今日から猟兵になるというのに、リゼットのようにはしゃぐ様子もないからな。あまり興味はないか?」


 俺たちの前を歩くリーゼはクレアと猟兵に関してアレコレ話し合っており、なかなか盛り上がっている。


「私も興味はありますよ。新しいことにはワクワクしますし」

「それならもっと表に出していいんだぞ? ローズはいつも落ち着いているが、おれたちに迷惑を掛けまいとするようなところがある。もう少しおれたちを信頼してくれると嬉しいな」


 おおう……さすがアルセリア。

 でも俺があまり興奮していないように見えるのは、たぶん緊張しているからだ。新しいことにはワクワクするが、何かヤバいことが起きないか心配して、それがブレーキになっている。

 だがアルセリアの言葉も一理ある。俺が不測の事態に備えてしまっているのはアルセリアやクレア、セイディ(とついでにオッサン)を信じていないことの裏返しともいえるのだ。

 館にいるときはそうでもないが、見知らぬ他人の多い町ではつい気を張ってしまう。警戒心を持つのは悪い事ではない。

 しかし、状況を楽しむ余裕くらいは持った方がいいだろう。


「分かりました。もっと肩の力を抜いていきます」

「あぁ、そうしろ」


 軽く頭を撫でられた。

 どうにもアルセリアに言われると素直になってしまう。なにせ相手は九十過ぎの年長者だからね、そんな相手に気を張るのも馬鹿らしいよ。


 晴れ渡った空のもと、俺たちは雑談しながら猟兵協会へと歩いて行く。

 基本的に町の道は石畳で舗装されているので歩きやすい。魔大陸は各種資源が豊富なので、町の建物も石造りばかりで見窄らしさは全くない。

 

「ついたー!」


 しばらく歩くと、猟兵協会に到着した。

 辺り一帯どころか町の中でも特に大きな建物だ。我らがリュースの館を白い石造りに変え、もう一回りほど大きくし、三階建てにした感じだ。

 一見すると地方の町役場っぽい。


「セイディ、何もなかった?」

「ええ、平和なものです。特に心配する必要もないかと」


 クレアは天から舞い降りてきたセイディと軽く言葉を交わす。


「ローズっ、はやくいこー!」


 俺たちは逸るリーゼの勇ましい歩みに引っ張られるようにして、開放状態の正面入口から中に入っていった。


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