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幼女転生  作者: デブリ
四章・日常編
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第四十九話 『長所は短所』


 アインさんから下された命令に従い、改めてレオナを強く意識し始めて、早くも一期と三節ほどが経った。現在は紅火期の第二節。

 そろそろ館での生活も二年になり、来節からは三年目に突入する。


 最近の俺の日常はすっかりルーチンワークと化していた。

 まず、起床後は館の周りをリーゼとサラと一緒にランニングする。いい具合に疲れたところで朝食を摂り、その後は家事の手伝い。それが終わると少々の自由時間後、昼まで剣術の訓練だ。ただ、サラが猟兵協会に行く日はユーハも付きそうので、オッサンがいない日はリーゼと一緒に訓練する。

 昼食後は魔法関係の勉強や練習に精を出す。その後は昼寝をして鋭気を養い、起きた後はレオナの絵を描く。夕食の手伝いは当番制なので、当番でない日はそのまま絵描きを続行するか、リーゼかサラと遊ぶ。

 夕食後は美幼女二人と仲良く一緒に入浴し、アルセリアから竜人語を習う。それから軽く一日の復習をして、寝る前に幼狐と小悪魔の三人で雑談したり本を読んだりして……就寝。


 もちろんと言っていいのか、リーゼやサラ、ついでにウェインと遊ぶ日もあるが、数日に一度程度だ。ここ最近、リーゼはクラード語の習熟に励んでいるので、俺としても都合良く自己強化に集中できている。


 我ながら信じられないくらい充実した毎日だと思う。

 リリオに滞在していた間も充実してはいたが、あの頃は人の温もりが不足していた。対して、ここリュースの館では家族の一員として生活しているおかげか、生きているという実感と、心からの充足が十二分に味わえている。


 前世と違い、館のみんなはクソ兄貴のように怒りを振りまいたりしない。

 毎日みんな笑顔で、楽しく穏やかに過ごせている。たまに誰かが怒ったり拗ねたりしても、すぐに仲直りして、再び優しい時間が流れ出す。

 身構えたり、怯えたりする必要がないのだ。ふと現状を思い返してみると、思わず涙が出てきそうなほど穏やかで楽しい日々だ。異世界という謂わばアウェーな地で、まさか前世以上の安息が得られるなど思いもしなかった。


 とにかく、俺は館での生活に不満など皆無な日々を過している。

 ただ、問題があるとすれば、アインさん――もとい神に課された指示の方だ。

 

「ローズ、集中しろ」

「はいっ」


 俺は答えながら木剣を振りかぶり、相対するオッサン目掛けて全力で打ち込んだ。が、当然あっさりと防がれた挙句、逆に俺の方に一本入れられた。

 肩に痛みが走り、木剣を落としそうになるが、気合いで持ちこたえる。


「うむ……良いぞ。もっと意識を研ぎ澄ませるのだ。某を仇敵だと思い、殺す気で参れ」


 ユーハは汗一つ掻いていない涼しい顔で、更なる攻撃を促してくる。本日の鬱度は大空に浮かぶ雲量と同じく、30%ほどだ。

 俺は全身汗まみれで、少しだけ息を乱しながらも、心を無にしてオッサンへ剣を繰り出す。


「ここは脇を締めるのだ」

「――いっ」


 だが、何度やっても防がれて、身体の様々な箇所に指導的一撃をもらってしまう。ここ一期以上で、既に数え切れないほどオッサンの攻撃を喰らっているが、痛みにはなかなか慣れない。だからこそ意味があるのだろうが。


「ローズ、キレがなくなってきたぞ」

「――ぐっ」


 少しでも集中が緩むと、俺が打ち込む前にも一撃入れてくる。

 俺ばかりが攻めるのではなく、オッサンも不定期に攻撃してくるのだ。まあ、それらは割とガードできている思うが。


 時間感覚が喪失するほどオッサンとの攻防を繰り返していく。

 しかし、ついに俺の手が限界を迎えた。オッサンの右太股を狙った剣が弾かれて、無防備になった前腕部に木剣が直撃する。骨折する一歩手前ほどの痛みと衝撃に、思わず剣を落としてしまった。


「戦いで得物を手放せば、命はない」

 

 ユーハは俺の首元に木剣の切っ先を突きつけ、息一つ乱れていない静かな鬱声で告げてきた。鬱顔とパッツンヘアーとイエローアイパッチは今日も健在だが、表情はやや引き締まり、左目からは刃の如き鋭さが窺える。


「腕だけは負傷せぬよう注意するのだ。たとえ足や腹を斬られようとも、腕が健在ならば絶命する前に一度は剣が振れる。ローズならばある程度の怪我は術で治せるだろうが、大きな隙はできてしまうだろう」

「……はい」

「うむ……ひとまず休憩にしようか」


 オッサンが剣を下ろすのと同時、俺はその場にへたり込んで項垂れた。

 疲労感もあるが、全身の各所から生じる痛みのせいで、気力が切れたのだ。


「ローズ、調子はどう……って、あぁ!?」


 ふと頭上から声が聞こえ、のっそりと顔を上げた。

 すると、驚きに目を見張ったサラが濃紫色のデビルウィングを広げ、空から下りてくる。中庭に着地するや否や、彼女は眉をつり上げてユーハを睨み付けた。


「ユーハッ、いつも言ってるじゃない! もっと手加減してあげてって! ほら、ローズこんなにアザだらけっ!」

「う、うむ、しかし、生半可な修練では修練にな――」 

「うるさいっ、ユーハのバカ!」

「ば、馬鹿……」


 先ほどまで見せていた師匠っぽさはどこへやら、オッサンの顔に暗雲が立ちこめ、鬱度が80%にまで急上昇する。

 まあ、可愛らしい幼女から馬鹿って怒鳴られれば、そりゃユーハでなくとも少なからず落ち込むわ。


「サラ、いいんです、ユーハさんを責めないでください。痛くなければ緊張感が出ませんし。それに、アザなら治癒魔法ですぐ治ります」

「それでもよ! もうっ、とにかく早く治しちゃうわよ」


 サラは俺の肩に手を当てると、無詠唱で下級治癒魔法を使い、癒してくれる。


 魔動感が感じ取る他人の魔力波動には一定のパターンがある。なので、俺にはサラが使用した治癒魔法が下級のものだと、詠唱省略していても分かってしまう。ただ、魔力波動は人によって千差万別なのだが。

 例えば、リーゼが〈火矢ロ・アフィ〉を使うときに感じ取れる魔力波動は常に同じパターンだが、サラが〈火矢ロ・アフィ〉を使うときに感じ取れる魔力波動はリーゼのそれと異なる。

 俺は二人と一緒に魔法の練習を続けてきたせいか、二人が習得している魔法の魔力波動パターンはほとんど覚えてしまっているのだ。


 正直、魔動感という第六感は反則級の感覚だ。なにせその気になれば、たとえ相手が詠唱省略のできる初見の魔法士でも、一度目に魔力波動を覚えておけば、再び同じ魔法を使おうとしても、それがどんな魔法なのかが分かるのだ。

 詠唱省略のメリットは発動速度だけでなく、詠唱を省くことで奇襲性を帯び、行使する魔法を不透明化して相手の対応を遅らせることができる点にある。

 だが、魔動感があれば魔力の高まりから魔法行使の前兆を察知するだけでなく、魔力波動のパターンからどんな魔法が行使されるかを知ることができる。とはいえ、魔法行使の察知といってもせいぜい数秒前だし、戦闘中に敵の魔力波動のパターンを覚えるなど言うほど易くはないはずだが。


「そんなに落ち込まなくてもいいのよ、ユーハ。サラはローズのことが心配で言ってるだけなんだし」

「う、うむ……」

 

 俺が小悪魔的な美幼女に治療してもらっている横では、サラに続いて空から降臨した天使様がオッサンの肩をバシバシ叩いて励ましている。

 

「二人も休憩ですか?」

「そうよ、今日は暑いしね。空は日影がないから日差しがきついのよ」


 俺の全身を見回して、サラは満足げに頷きながら答える。

 

 サラは腰に足下まで届きそうな曲刀を帯びている。ユーハの刀より反りが大きく、刀身の幅も広い。翼人であるサラは地上戦の練習と共に、空中戦の練習も行っているのだ。前に一度見せてもらったが、館周辺の木々の枝に的を括り付け、それらをすれ違い様に次々と切り裂いていく様は幼女とは思えぬほど格好良かった。

 曲刀は切断力に優れた剣なので、滑空しての一撃離脱ヒットアンドアウェイ戦法では最適の武器といえる。


 サラは腰の剣帯から曲刀を外すと、ベンチに置いて腰掛ける。その隣にセイディも並び、涼を得るためか、軽く詠唱して側に氷壁を作った。


「二人はあんまり汗掻いてないですね」

「ま、飛んでると風で乾いちゃうからね。日射病にはなりそうだけど」


 セイディはそう言いながらサンダルを脱ぐと、今度は足下に氷塊を作った。そして綺麗な素足をその上に乗せて、「あ~気持ちぃ~」と気の抜ける声を漏らして脱力する。


「ローズは汗で服までびしょびしょね。ちゃんと拭きなさいよ?」


 サラはベンチに置きっぱなしだったコップに水魔法で水を入れつつ、注意してくる。

 確かに俺の服はもう完全に肌に張り付いちゃっている。下は短パン、上は腹回りが丸見えなタンクトップなので不快さはあまり感じていないし、髪もポニテにしているため首回りも涼しい。とはいえ、やはり気分転換はしたかった。


「ちょっとローズッ、なに脱いでるのよ!?」


 短パンを脱ぎ始めると、なぜかサラが焦ったように声を上げた。

 

「身体拭くついでに水浴びしようと思いまして」

「だからってなんで脱ぐのよっ、ユーハがいるのよ!?」

「まあ、べつにユーハさんならいいんじゃないですか?」

「良くないわよっ、ユーハは男でローズは女の子なのよっ」


 そりゃあ、確かにそうだけどさ。

 サラは再来節で九歳だし、その年頃になれば俺もさすがにどうかと思うよ。でも俺はまだ六歳で、ユーハは三十過ぎのオッサンだ。それにパンツまで脱ぐつもりはない。

 

 俺はサラの言葉を笑って受け流し、パンツ一丁になった。

 そして水魔法を使い、頭から水を被る。

 あー……生き返る。


「サラもどうですか? 服着たままでも気持ちいいと思いますよ」

「ふんっ、わたしはいいわよ」


 どうやら俺が姉の言うことを聞かなかったから、少し拗ねているようだ。

 顔を背けて素っ気なくするサラも最高に可愛いな。

 

 俺は少々迷った末、サラに水を掛けた。結構な水量を生み出したので、その一回だけでサラが濡れ鼠になる。


「ね、気持ちいいでしょう?」

「――ローズッ!」


 サラは一瞬呆然とした後、ベンチから立ち上がって仕返ししてきた。

 俺も対抗して水を掛け合う。そうして思惑通り幼女とイチャイチャしていると、もう一人の幼女も乱入してくる。


「あたしもやーるー!」


 リーゼも大量の汗を掻き、服や髪が身体に張り付いていた。そのくせ疲労感など全く感じさせないキュートな笑顔で俺とサラの間に乱入してくる。

 槍術稽古の方も休憩に入ったのか、オッサンと同じく涼しい顔したアルセリアがセイディの隣に腰を下ろしていた。


 本当は俺もベンチで身体を休めた方がいいのだろうが、幼女たちと戯れた方が気力は万倍回復する。たぶんリーゼとサラもそうだろう。

 俺たち三人はしばらく水遊びを堪能した後、風魔法で全身を乾かした。その間、セイディとアルセリアとユーハはベンチに三人並んで、それぞれの弟子の様子を話し合っていた。


「では、そろそろ再開しようか」


 アルセリアの一言で、俺たちは再び二人一組になって、それぞれの稽古を再開する。

 幼女とのスキンシップによって、俺の気力はマックスだ。今ならユーハに一撃でも二撃でも入れられそうな気がする。ま、気がするだけだけど。


「ローズ」

「はい、師匠」


 オッサンから名を呼ばれたので、俺は休めの姿勢をとって続く言葉に耳を傾ける。


「先ほどの打ち込みでも感じたが……やはりまだ闘気は使えていないようだな」

「……はい」


 聞きたくはなかった事実を知らされ、回復したばかりの気力が早くも激減した。


 ユーハから剣を習い始めて、早くも一期以上だ。

 この剣術修行の初期の頃から、俺は闘気という超パワーを身に着けるようマンツーマンの指導を受けてきた。闘気を纏えるようになれば、幼女の細腕でも重たい実剣を振り回せるようになるなど、様々な身体能力の向上が望める。

 だが俺はこの一期以上の間、闘気を使おうと特訓してきても、未だに全く成果が上がっていない。全く、である。


「通常、一期以上も剣を握っていれば、何度か無意識的にでも使っているものなのだが……」


 オッサンは悩ましげに呟く。

 以前にユーハから聞いた話によれば、闘気とは謂わば火事場の馬鹿力的なものっぽい。大半の人はピンチになれば無自覚にでも使えてしまうらしいのだ。それを訓練によって、自分の意志で自由自在に使えるようにできれば、剣術は次の段階へと進める。北凛流も南凛流も神那流も、その他のあらゆる武術では闘気の使用を前提としている。闘気による身体的なブーストがなければ、北凛流剣術では中級までしか修められないらしい。


「ローズは……動きは悪くないのだ。むしろその年で良く動けている方なのだが……なんというのだろうか、気迫が足りぬ」

「これでもかなり気合い入れてやってるつもりですけど」

「うむ、やる気は十分に感じる……だが、某に何が何でも一撃見舞ってやろうという思いが薄いように思う……心当たりはないだろうか」

「そ、それは……」


 確かにユーハの言うとおり、俺は未だに心の何処かで他人を傷つけることに躊躇いを覚えている。

 魔法ならば、まだいいのだ。自分が直接手を下すことなく、離れた場所から魔法という超常現象によって攻撃するため、自分が相手を傷つけているという実感を和らげることができる。

 だが、剣は違う。接近して、相手の顔と目を見て、この手に生々しい手応えを感じながら、斬り付ける。そう思うと、チキンな俺は躊躇いを覚えてしまう。


 思わず俯いてしまった俺に、ユーハは鬱声に気遣うような柔らかさを乗せた。


「ローズは自分から攻撃するより、攻撃を受ける方が幾分も上手い……攻撃を受けた直後に繰り出す剣は特に鋭かった」

「それが、どうかしたんですか……?」

「正直に申せば、ローズは剣士に……いや、戦士に向いておらぬ。敵意害意を向けられなければ、相手に本気の剣を繰り出すことができぬのだからな……」


 ユーハはやけに実感のこもった様子で、計り知れない鬱度を滲ませて言った。

 ここはRMCの専属医として気遣ってやりたいが……俺は図星を突かれて驚いていた。剣のことだからか、さすがにユーハは鋭い。

 俺は自分から積極的に攻めて剣を振るうより、相手が攻撃してきた直後の方が動きやすいのだ。

 

「……ローズが闘気を使えぬのも、それが原因であろうな。素質は悪くないのだが……戦士としては致命的なまでの性格的欠陥があるように思う」

「戦士として、致命的……」


 おそらくだが、俺が怒りという感情に忌避感を抱いていることと無関係ではあるまい。いや、むしろそれが原因な気がする。前世の記憶という名の呪いを克服しない限り、たぶん俺は闘気が使えないのだろう。

 もし俺がただの純真無垢な幼女だったら、さすがに一期以上も剣を振っていれば一度くらいは使えていたはずなのだ。実際、リゼットとサラは何度か闘気を使えているという。まだまだ自分の意志で使いこなせてはいないらしいが。


「剣を諦める気は…………ないのであろうな」

「はい」

「うむ、そうであるか……」


 ユーハはそう呟いて左目を閉じると、太い眉を眉間に寄せて何やら悩み出した。

 夏の強い日差しの下でも、オッサンの鬱顔に漂う雰囲気は尚暗いので、思案げな面持ちになると少し引くくらい鬱々として見える。まあ、髪型と眼帯のおかげで幾分も緩和はされているが。


 沈思するオッサンを尻目に、俺はリーゼの方を見てみた。

 中庭の東半分はリーゼの訓練場所となっており、幼狐は小さな身体で身の丈以上の木槍を振り回している。正直、素人の目から見てもなかなか様になっている。


「ローズよ」

「あ、はい」


 考えが纏まったのか、ユーハの呼び掛けに俺は視線を戻した。


「北凛流の主流からは外れてしまうが……今後は某の技を教えていこうと思う」

「……どういうことですか?」

「そなたにはまだ基礎の基礎しか教えてはいない故、実感し辛いだろうが……北凛流は攻めの剣術なのだ。自ら進んで切り込んでいくことを主眼とした技が多く、基礎の段階でもそのための体捌きを教える」

「…………」

「某は昔、主君の……要人の護衛をしていた。そのために幼少より剣を振っていた故、某の剣は後の先を主眼としておる……分かるだろうか、後の先」


 俺は前世でも武術に詳しくなかったので、よくは分からないのだが……。


「えーっと、相手が動き出してから、こちらも動くということですか?」

「相当に大雑把ではあるが、そのようなものだ。しかし当然……これは難しく、そして危険である」


 それはそうだろう。

 相手の動きを見切る必要があるんだから、ただ攻めていくより難しいはずだ。格ゲーでもカウンター技の発動は得てして難しかったし、ミスればもろにダメージを喰らう。


「後の先の剣を教えるとなると……今の基礎段階の教えから少し変えていく必要がある。そうなれば、これまでの修行よりも幾分も厳しくなる。無論、今日以上の怪我もするであろう」

「きょ、今日以上……」

「……加えて、これまでのローズを見るに、後の先を主眼とした剣術に切り替えてしまえば、闘気が使えるようになる可能性も低くなるであろう。その上で、ローズが望むのなら、そちらに変えても良いが……如何する?」


 ユーハは剣術を教えるときにだけ見せる険しい顔で俺を見てくる。

 俺の魔眼によれば、オッサンはあまり乗り気ではないように感じる。


 だが、後の先というのは俺にとって魅力的だった。

 俺は先制して攻めるのが下手だ。自分から進んで他人を傷つけようとする行為にどうしても馴染めないし、思い切りの良さもない。

 だが、後攻ならば別だ。アクティブに攻められない俺には、パッシブな攻撃というやつが性に合っていると思う。

 

「お願いします。後の先の剣術を教えてください」

「……本当に良いのだな? 闘気が扱えるようになる望みがほぼなくなる故、せいぜい中級程度の腕前になるのが限界だと思うが……」

「はい、大丈夫です」


 たぶん、闘気に関してはもう諦めるしかない。

 闘気による身体的ブーストはもちろん捨てがたいが、俺が使うのは魔剣だ。魔剣は柄部分の重さしかないので幼女でも楽々振れるし、体捌きなどのスピード面は風魔法で補えばいいだろう。

 そう考えれば、闘気は必ずしも習得する必要がないように思える。アインさんも闘気に関しては何も言っていなかったし、これでいいはずだ。


「うむ……そうであるか」


 俺の首肯を受けて、ユーハはゆっくりと息を吐き、頷き返した。


「今以上に厳しくせねばならぬ故、少々心苦しくはあるのだが……ローズよ、修練の厳しさから、某を嫌いになるやもしれぬが、それはローズのためを思ってのこと。どうか理解して欲しい……」

「は、はい」


 なんだかもの凄く神妙に言われたので、俺は少し身を硬くしつつ了解した。

 しかし……そんなに厳しくなるのか? なんか早くもちょっと後悔してきたぞ。

 しかも俺に嫌われないか少し心配するほどだし。


「では、早速今から始めるとしようか」

「はい、よろしくお願いします」


 そうして、俺は改めてオッサンから剣術の指南を受けていった。




 ♀   ♀   ♀




 紅火期第三節のある日。

 厳しい剣術修行を終え、昼食を摂って一息吐いた後、次は魔法の練習となる。

 だが、その日は珍しく婆さん直々の特別講座と相成った。


「では、今日は少し実戦的なことを教えようかの」


 俺、リーゼ、サラと向かい合うように立って、婆さんは普段と変わらぬ口調で教鞭を執る。

 場所はいつも通り、館東側の草地だ。尚、今日はウェインの奴は欠席である。あいつの本分は神那流の修行らしいからね、今も件のトレイシーに教わっているのだろう。


「じっせんてきって、どーゆーいみ?」

「戦いで役に立つことって意味よ」


 リーゼの疑問にサラが答えると、婆さんは「うむ」と頷いた。


「じゃが実戦的といっても、そんなに身構えることはないからの。魔法士同士での戦いで役に立つ……知っておくといざというとき困らない、という程度のことじゃ」


 いや、それって結構重要なことだろ。

 もしまたエネアスのような輩に襲われたらと思うと、対人戦の備えは欠かせない。午前の剣術修行で結構疲れているが、これは真剣に聞いておいた方がいいだろう。


「三人とも、思った以上に成長が早いのでな。本来は十歳になってから教えようと思っておったんじゃが、少し早めることにした」

「それで、どんなこと教えてくれるの?」

「うむ……百聞は一見にしかずじゃ。実際に体験してみた方が良いじゃろう。ひとまず、ローズとリゼットはこっちに来なさい」


 婆さんは軽く手招きすると、背中を向けて歩き出す。俺とリーゼはその後ろについて行くが、婆さんはすぐに立ち止まり、振り返った。俺たち三人とサラが五リーギスほどの間隙を空けて向かい合う形になる。

 

「サラはそこで魔法を使ってみてくれぬか。ただ、今回は詠唱は省略せずに、普通に唱えておくれ。魔杖も使わぬ方が良いな」

「それはいいけど、どんな魔法使えばいいの?」

「そうじゃな……得意な闇属性の魔法で、中級以上が良いの」

「分かったわ」

 

 サラは素直に頷き、右手を軽く前に突き出して、確かな知性の感じられる声で詠い始める。


「其は静夜にかかる黒雲の如く不定にして不蝕、然れど風雨雷火をもってしても侵すこと能わず」


 詠唱し始めると同時、緩やかな挙動で婆さんも皺だらけな右手をサラへと向けた。俺の魔動感はサラから感じ慣れた魔力波動を察知するが、すぐ横にいる婆さんからはサラのそれとは比較にならないほどの異常な魔力の高まりを感じた。


「如何なる凶手とて我が身に届かぬと知れ、万象排――っ!?」


 クラード語で流暢に詠唱していたサラだったが、不意に息を呑んで目を見開いた。それは俺も同じだ。婆さんの魔力が一気に膨れ上がったと思いきや、徐々に高まりつつあったサラの魔力波動が唐突に掻き消えた。以前に手本を見せてもらった、特級魔法を行使した時ほどの魔力の高まりを婆さんからは感じた。

 何しやがった婆さん。


「……え? あれ、なんで?」

断唱波だんしょうはという。相手の魔法行使を妨害する技じゃ」


 戸惑うサラに、婆さんは口元に微かな笑みを浮かべながら告げた。

 リーゼは状況がよく分かっていないのか、サラと婆さんを交互に見て首を傾げている。だが、俺は驚愕のあまり口を半開にして固まってしまった。


「次はリゼットが体験してみようかの」

「なんかよくわかんないけど、たいけんしてみるっ」

「うむ、ではリゼットも得意な火属性で、中級以上の魔法を詠唱して使ってみようか」

「わかったー!」


 不可解そうに眉をひそめるサラと入れ替わり、リーゼは婆さんと向かい合って、やる気十分に両手を前に突き出す。が、ふと思い出したように「あっ」と声を上げた。


「あぶないから、あたしもサラねえみたいにたてにしておくね!」

「べつに盾でなくても良いのじゃぞ? おばあちゃんがリーゼの魔法行使を妨害するからの」

「でもあぶないしっ!」

「ふふ、そうじゃの、万が一ということもあるしの」

 

 割と真剣な様子で言ったリーゼに、婆さんは朗らかに笑いながらしみじみと頷いた。しかし、婆さんならば万が一なんて起きないように思う。


 というか、なんだよ断唱波って。

 そんな超絶便利そうな技、本にも載ってなかったし、初耳だぞおい。いや、無属性上級魔法には〈魔解衝ク・ルディス〉という解除魔法はあるが、アレは魔法が発現した後でなければ効果を発揮しない。しかも〈風速之理メト・リィエ〉のような人体に直接作用する系の魔法にしか効かないという限定的な解除魔法だ。

 だが、婆さんは盾系の魔法を、行使しようとする段階で妨害したという。

 意味が分からん。


「エンマクナすはシャヨーのクレナイ、イテキのサツイはモえハてる!」


 リーゼが意気揚々と詠唱を始めた。小さな身体から魔力波動が放たれ始めるが、やはり同時に婆さんからもリーゼとは比較にならない規模の魔力が膨れ上がる。


「セイなるレッカにキダテをくべよ、サカるカセーはコーにし…………て? ボーとなら、ん? 〈炎盾ド・レイフ〉!」


 ロリボイスによる詠唱の途中で、婆さんの魔力が弾けるように解放された。その直後にリーゼの魔力波動は霧散し、当の本人は一瞬固まって、口上が疑問系になりながらも最後まで詠いきる。が、当然のように何も現象せず、シンとした沈黙だけが婆さんとリーゼの間に漂った。


「ん? あれ……なんで!?」

「これが断唱波じゃ。さて、今度はローズじゃな」


 驚きに目を白黒させる幼狐と入れ替わり、俺は婆さんと五リーギスほどの距離をおいて対峙する。 


「私も適性のある無属性で、中級以上の魔法でいいんですよね?」

「そうじゃな……いや、うむ。ローズはどの属性も得意じゃろうから、中級以上ならどの魔法でも良いぞ。一番得意な魔法を使ってみると良い」


 たぶん婆さんは適性属性=得意な属性の魔法を使おうとさせて、それの現象を妨害することで、断唱波とやらの威力を十分に実感させるつもりなのだろう。

 と思ったのだが、俺は適正のある無属性じゃなくてもいいと言う。それだけ婆さんは俺の実力を認めているということだろうか……?

 でもさ婆さん、俺だけ特別扱いは良くないですぜ。


 というわけで、俺も適性属性の無属性で中級の盾魔法を使ってみることにした。

 だが詠唱して使うのは久々だし、サラとリーゼの魔法を未然に防いだ断唱波という謎の絶技を体験するのだと思うと、ちょっと緊張する。

 俺は軽く深呼吸をしてから、右手を婆さんの方へ向け、口を開いた。


「来襲せしは禍心の撃、弱者は戦き逃げ惑い、醜態晒して絶命する」


 先の二回と同様、詠唱を始めて間もなく、婆さんの魔力波動が急激に高まった。

 並々ならぬ魔力の圧に、俺は少々の不快さを覚えながらも詠唱を続ける。


「然れど強者は雄心示さん、我が威よ結――っ!?」


 詠唱しつつも、婆さんから感じられた魔力の高まりが弾けたと認識した瞬間、俺はかつてない激烈な衝撃に見舞われた。

 いや、それはもう衝撃というより衝突だ。もはや言葉にしようがないほどの圧倒的なインパクトで、敢えてこれを例えるのなら、真正面からもろに車に撥ねられた感じが最も近いだろう。前世で交通事故など体験したことはないが、自分の身体が軽く十リーギスは吹っ飛ぶ様を錯覚させられるほど、それは未知で強烈な感覚だった。


「――――」


 無論、実際に俺の身体は吹っ飛んでいない。ただ意思に反して喉が引きつり、詠唱の口上が止まっただけでなく、全身が強張って身動きが取れなくなる。

 と感じたのもつかの間、今度は意味不明な酩酊感に襲われて、膝からくずおれるように倒れた。


「ローズ!?」


 視界が霞み、サラの悲鳴がどこか遠く聞こえ、酷く頭がクラクラした。自分の身体が痙攣しているのが分かり、急激に迫り上がってきた吐き気に抗えず、嘔吐する。それでも手足はおろか首すら動かせず、麻痺したように力が入らない。


「ど、どうなってるのおばあちゃん!? ちょっとこれ、えっと……なんか大変よ!」

「おばーちゃんローズぴくぴくしてる! げろはいてるし、はやくちゆまほーとげどくまほーかけてっ!」


 幼女二人の切羽詰まった声が耳に届くも、水中にいるかのように遠く聞こえ、しゃがんで覗き込んでくるサラの姿も魚眼レンズ越しのように歪んで靄掛かり、次第に意識まで混濁してくる。

 眠気に似た脱力感に囚われて、それを振り払うことも適わず、俺は泥沼に沈み込むように気を失った……。


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