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幼女転生  作者: デブリ
四章・日常編
62/203

第四十五話 『使徒、現る』


 突然、顔に刺すような冷たさを感じた。


「――ぅわぷっ!?」


 深く沈み込んでいた意識が否応なく引き上げられる。

 思わず変な声を上げてしまい、鼻と口に冷たい液体(たぶん水)が入ってきて、今度は咳き込んでしまう。

 俺はやや苦しみに身を硬くしながらも、上体を起こして目を開けた。


「ごほっ、ごはっ……はぁ、はぁ……ん?」


 薄明るい光に目を細めつつも、俺はすぐ隣に誰かが立っていることに気が付いた。顔ごとそちらに目を向けてみる。

 すると、妖しくも美しい輝きを秘めた瞳と視線がぶつかった。

 

「神はお怒りです」

「…………え?」


 突然、見下ろされながら澄んだ声で言われた。声音は高くもなく低くもなく、中性的な響きだ。耳に馴染むような綺麗な声には確かな知性が宿っている。


「神はお怒りです」


 大事なことなのか、もう一度言われた。

 金色な双眸に映るのは俺の間抜け面で、それは確かに他ならぬ俺自身に向けて発せられた言葉だった。


「…………」


 何が何だか分からない。

 とりあえず俺は濡れた顔を袖口で拭いつつ、辺りを見回してみた。

 森だ。

 純白の雪化粧が施された針葉樹林が周囲に乱立し、俺はそのうちの一本の根元にいる。白い地面は足跡一つなく真っ新で、黒い夜空には無数の星々が眩く煌めき、見慣れた紅月と黄月がどっしりとましましている。


 ここ、どこだ?

 俺はかまくらで三人一緒に寝たはずだ。

 なんでこんな森の中にいるんだ?

 いや、それより、俺を見下ろすこいつは誰だ?


 身を強張らせながらゆっくりと立ち上がり、超然と佇む人影を観察した。

 そいつの身長は俺より二、三十レンテほど上背があるくらいで、たぶんまだ子供だ。しかし、断言はできない。なぜならそいつは純白のフード付きローブとフェイスベールで、目元以外の全身をすっぽりと覆っているのだ。前世の例えで言えば、イスラム教徒の女性のようだ。全身真っ白だから周りの銀世界に溶け込んでしまいそうで、ある種の迷彩服のようにも見える。


 白装束は白い手袋をした右手に初級光魔法の小さな光球を現象させたまま微動だにしない。

 金色の瞳がじっと見つめてきていて、俺は我知らず一歩後ずさってしまった。

 だが、それでいい。なんかこいつは如何にも怪しいし、警戒するに越したことはない。


「あ、貴方は、誰ですか……?」

「我は偉大なる神に仕えし、第一の使徒。貴様に神のお言葉を授けに来ました」

「――――」


 ア、アカン……こいつはアカン……

 なんかよく分からんが、とにかくヤバいことだけは分かる。


「そう警戒せずとも、貴様に危害は加えるつもりはありません」


 淡々とした声に感情の色はなく、年齢どころか男女の別すら窺い知れない。

 いや、身長を見る限りは十歳かそこらくらいだとは思うが。


「とりあえず座りなさい」


 と言われても椅子なんかないし、そもそもこの状況で暢気に腰を下ろすわけにはいかない。


「もう一度言いましょう。貴様に危害を加えるつもりはありません。しかし、貴様に告げる我の言葉は、すなわち神のお言葉。背くようであれば、罰が下るでしょう」

「…………」 


 とりあえず、俺は土魔法で簡素な丸椅子を作って、腰掛けた。何が何だか分からなくて不安しかないが、今は大人しくしておいた方がいいだろう。


 神の僕(自称)は微かに頷くが、自分は立ったままだ。

 俺は少し迷った末、もう一度土魔法を使おうと魔力を練った。その瞬間、白装束がビクッと身体を微動させたが、俺は気にせずそいつの足下にも椅子を作ってやった。

 白装束は自分で敵意はないと言っていたが、信用はできない。ここは可能な限りご機嫌を伺い、油断させた方がいいだろう。


「どうぞ……?」

「あっ、どうもありがとうございます」


 俺が着席を勧めると、意外そうに目を見開いていた白装束は反射的と思しき挙動でペコリと頭を下げ、これまでと打って変わって少女らしき声を発した。

 が、白装束は椅子に座る寸前で不意に動きを止め、中腰姿勢でしばし硬直する。

 妙な沈黙が漂った。


「――気遣いは無用です」


 わざとらしく咳払いし、白装束は姿勢を正して屹立すると、再び中性的かつ淡々とした声でそう言った。だが俺にはそれだけで、目の前の自称神の使徒とやらが少女であることを確信した。


「それで、神がお怒りとはどういうことでしょう?」


 これを機に、俺は主導権を握るべく先制する。

 状況は不確かだが、そう易々と流されはしないぞ。


「我が神は貴様の所業に怒りを覚えているのです」

「……えーっと、その神様って、聖神アーレのことですか?」

「違います」

「それじゃあ邪し――いえ、オデューンのことですか?」

「違います」


 白装束は二度ともきっぱりと否定した。


 神。

 神といえば、俺が思い浮かべるのは前世で死んだ後に話した不可視の神だ。

 そして、神は怒っているという。

 まさか、次元間放流とか言い渡されたところのクズニートがこの世界に転生したことに気付いて、怒っているのか? いやでもアレは夢だったはずだ……たぶん。

 いかん、なんか急に不安になってきた。


「その神様って、どんな名前ですか? あと、貴女の名前も教えてもらえませんか? なんて呼べばいいのか分からないと、色々不便ですし」

「神にも我にも名はありません。我のことは好きに呼んでください」

「…………はい、わかりました」


 胡散臭い。

 実に胡散臭い。


「貴方の神様って、偉そうな爺さんみたいな神様ですか?」

「我が神は無類の美しさと強さと優しさを兼ね備えたお方です」

「美しさって……それじゃあ、神は神でも女神なんですか?」

「そうです」


 ふむ、どうやら俺の知っている神とは別っぽい。

 いや、というか、神って……ねえ?

 いきなり何言ってんだこいつ、信じられないっての。

 というのが正直な感想だ。

 

「あの、貴方の話を詳しく伺う前に、もう一つだけ訊いておきたいことがあるんですけど」

「なんでしょう」

「貴方は自分を、えーっと、神の使徒……? だと言いますけど、それを証明できますか?」


 白装束は金色の瞳でしばし俺を見つめてから、おもむろに目蓋を下ろした。フェイスベールのせいでどんな表情をしているのか、全然分からない。

 ふと、俺は逃亡すべきかどうか逡巡した。

 だが答えを出す前に、再び妖美な瞳が俺を捉える。


「貴様は元々、この世界の者ではありません」

「――――」

「では本題に移りましょう」

 

 唖然とする俺を無視して、白装束――神の使徒は起伏のない声を小さく響かせた。

 俺の頭は真っ白になっていた。あまりに予想外すぎる。

 俺が転生者であることは誰にも言っていない。

 だから、それを知り得るのは俺一人だけであるはずなのに……。

 

「神は貴様の愚行にお怒りです。心当たりはありますね?」

「……い、いえ」


 俺は力なく首を横に振った。

 ダメだ、まだ頭が混乱している。

 主導権?

 んなもん取れるかボケ。


「貴様には果たすべき誓約があるはずです。それを蔑ろにしていることを、神は大変お怒りです」


 誓約?

 …………あ、約束のことか。


「もしかして、レオナのことですか……?」


 神の使徒は粛然と頷いた。


「貴様はこんな僻地で何をしているのですか? 果たすべき誓約を果たさず、何をのうのうとしているのですか?」

「そ、それは……」


 言葉に詰まった。

 まさかレオナのことを言及してくるとは思わなかった。

 ……いや、相手は神だ。こちらの常識や予想など意味を為さないだろう。


 目の前の白装束の言葉――もとい神の指摘通り、俺には果たすべき約束がある。

 レオナを探して助け出すという至上目的がある。

 しかし、ここ一年半の俺はその目的のために動いてはいない。


「それは、何ですか?」

「仕方が、なかったんです。リゼットを助けるためには、レオナのことは見送るしか、なかったんです……」


 そうして俺は、目の前の見知らぬ少女――もとい神の使徒に、訥々と言い訳し始めた。唐突に、思い出したかように湧き上がってきた罪悪感が俺を苛み、口が勝手に動いて止まらなかった。

 純白な使徒さんは最後まで口を挟むことなく、黙って俺の言い訳を聞いていた。

  

「そうですか。ですが貴様の事情がどうであろうと、神がお怒りであることに変わりはありません」

「……あの、神様がお怒りだと、どうなるっていうんですか……?」

「罰が下ります」


 淡々と答える使徒さんを前に、俺は深く吐息を溢しながら項垂れた。

 理由がどうあれ、俺はレオナのことを蔑ろにしている。

 彼女を助けると口にしておきながら、そのために行動していない。いや、もちろん魔法を学んだり、本を読んで知識を身に付けることで、自己強化を怠ってはいない。この世知辛い世の中でレオナを捜索していくために、自分の身を自分で守れるだけの力を身に着けようとしている。

 しかし、俺があの館で心安らぐ平穏な日々を享受していることは確かだ。


 前世の俺は約束、引いては人という存在を軽視したからこそ、破滅した。

 だが、前世のあのときはともかく、今回の俺は後悔していない。レオナを救うためにまともな行動は起こしていないが、代わりにリゼットを救えた。もう俺と出会った頃のように悲しみに涙することもなく、幼狐は日々を楽しそうに過している。

 確かに俺はレオナに対しては不義理を働いたが、それに見合うだけのことは成せたはずだ。


 神罰が下るというのなら、俺は甘んじてそれを受けてやろう。

 それが選択の代償ってやつなのかもしれん。


「顔を上げなさい。これより神よりお預かりしてきたお言葉を告げます」


 感情の窺えない声が頭上から降ってきて、俺はのっそりと顔を上げ、姿勢を正した。半ば覚悟はできているとはいえ、ちょっと……いやかなり怖い。


「まずは強くなれ。神はそう仰いました」

「…………はい?」

「貴様は誓約を果たす前に、まずは強くならねばなりません。それが神のお怒りを鎮める、ただ一つの方法です」


 俺は思わず眉をひそめた。

 神だとか使徒だとか罰だとか、そう言ってきたものだから身構えていたのだが……強くなれってどういうことだ。


「それが、罰なんですか……?」

「我が神は寛大な御心をお持ちです。貴様が誓約を果たせるようにと、道を指し示して下さっています」


 まあ、強くなれというのなら、なるけどさ。

 どのみちレオナ捜索を行うためには心身共に強くないと始まらないし。

 いや、だから『まずは強くなれ』なのか……?


「貴様がすべきことは三つです。一つ、貴様の知人である剣士に剣を習いなさい。二つ、魔法の修練に励みなさい。三つ、決して諦めずにいなさい。以上です」

「……あの、質問してもよろしいですか?」


 使徒さんはコクリと頷いた。

 見ようによっては実に偉そうな態度だが、実際偉いのかもしれん。

 第一の使徒らしいし。

 ん? ってことは第二第三の使徒もいんのか?


「強くなるのはいいんですけど、今すぐレオナを探しに行かなくてもいいんですか……?」

「心配はいりません。先ほど、我が神は寛大だと言ったはずです。貴様の大事な人には神のご加護があります」

「それはつまり、レオナは無事だということですか?」


 またしても首肯する使徒さん。

 俺は半信半疑ながらも、笑みを抑えられなかった。


 前世の俺は神なんて存在は欠片も信じていなかったが、この世界では別だ。

 魔法という超物理法則の存在はもちろん、月が二つあったり《大神槍スラ・ド・トーレ》という神の御技があったり、あまつさえ獣人などの亜人種を創造したという聖神アーレという神様がいるという。ついでに魔物を蔓延はびこらせたオデューンという邪神も。

 俺にご立腹な神様は二大神のどちらでもないらしいが、俺が転生者であることを知っているのだから、神であることには違いない。そんな超存在の加護がレオナにあるのなら、少なからず安心できる。


「幾つか注意事項があるので、良く聞いてください」


 安心する俺に、使徒さんはどこか釘を刺すようなタイミングで、無感情な声を出す。というか、使徒さん使徒さんって呼び方が微妙だな。名前はないらしいけど、好きに呼んでいいって言ってたし、なんか名前を付けてやろう。


「はい、ちゃんと聞きます……アインさん」

「……アイン?」

「貴方の名前です。嫌でしたか?」

「いいえ、構いません。好きに呼んでください」


 使徒さん――改めアインは、やはり色のない声でそう言った。

 ちなみにアインとはドイツ語で数字の一のことだ。

 第一の使徒らしいから、アイン。もし第二の使徒さんと会うことがあったら、ツヴァイと名付けてやろう。なんか殺し屋っぽい名前だけど、まあいいだろう。


「まず、剣のことです。貴様には実剣ではなく、魔法具の魔剣を使用してもらいます」

「……なぜ魔剣なのか、理由を訊いても?」 

「それが神のご意志だからです」


 実に簡明なお答えだった。


「貴様の住まう館の倉庫には魔剣があるはずです。それを使用してください。くれぐれも、貴様等が《聖魔遺物》と呼ぶ魔剣は使用しないでください」

「……でも、《聖魔遺物》の魔剣は魔力を消費せずに使えるんですよね? わざわざ魔法具の魔剣を使うより、そっちの方がいいんじゃないですか?」


 ユーハが金髪クソ野郎エネアスから奪い取った戦利品は現在、クレアが貰い受けて魔物狩りに使っている。

 俺の魔力は底なしなのか未だに魔力切れを経験したことはないが、どうせなら魔力を節約できる方を使いたい。クレアならお願いすれば譲ってくれそうだし。

 という俺の思いに対し、アインさんは相も変わらず、にべもなく答えた。


「全く良くありません。《聖魔遺物》と呼ばれるものの幾つかは、邪神の生み出した忌まわしき呪具です。我が神は邪神の恩恵を受けし道具の使用を好まれません。なので貴様には魔法具の魔剣を使用してもらいます。ただし、これは普段から魔剣を使えという意味ではなく、魔剣の扱いに習熟しろという意味です。余人に魔女だと知られたくない場合は、実剣を使用してもらって構いません。よろしいですね?」

「え……はぁ、まあいいですけど」


 よく分からんが、使うなというのなら、その言葉に従っておこう。

 邪神とか呪具とか、なんか不吉なフレーズも聞こえたし。

 クレア大丈夫かな……というか、あれ?

 《聖魔遺物》の魔剣が邪神の生み出した呪具って、おかしくないか?

 《聖魔遺物》の魔剣は黄月=聖神アーレの天眼と同じ輝きをしている。加えて魔力を消費しないこともあって、聖神様に祝福された武器であるとされているのに、目の前の自称使徒は呪具だという。

 

 アインさんの仕える神は聖神アーレでも邪神オデューンでもない第三の神だ。

 つまりその第三神は聖神アーレを邪神扱いする神ってことになる。

 ……大丈夫か、おい。


「次に魔法のことです」


 不安を覚える俺を余所に、アインさんは話を続けていく。


「貴様が習うべき魔法は特級以下に限定します。覇級以上の魔法を習う必要はありません。代わりにあらゆる種類の魔法を満遍なく習得し、習熟してください」

「それは……どうしてですか? 覇級以上の魔法も習得しておいた方がいいと思いますけど」 


 といっても、俺はまだ覇級以上の魔法を一つも習得できていない。適性属性である無属性の魔法でもだ。

 この一年半の間に練習はしてきたが、全然使えない。指導教官たる婆さん曰く、覇級魔法から難易度が一気に上がるらしいので、俺もそれほど落ち込んではいない。だが、気にはしている。どうせなら覇級の魔法を一つくらい習得しておきたいのだ。


「貴様には才能がないので、覇級以上の魔法は習得できる見込みがほぼありません。なので時間を無駄にしないためにも、覇級以上の魔法は習得しようとしないでください」

「――え?」


 才能が、ない……だと……?

 時間の、無駄……?

 なんだ……それは?


「ど、どういうことですか……?」

「言葉通りの意味です」 

「……………………」

 

 ばんなそかな……俺には覇級以上の魔法が使えない?

 おいおいおいおい、巫山戯るなよっ!

 俺は婆さんから天才と称された魔幼女だぞ!?

 そんなことあるはず……いや、あるか。


 俺は元クズニートのクソ野郎なのだ。


 才能なんてあるはずがない。

 神の使徒たるアインさんが言うのだから、間違いない。

 これが現実なのだ。

 それに、特級魔法が使えれば一流の魔法士として認められてるらしいし、そう思えば十分だろう。欲張っちゃいけない。

 むしろよく特級まで使える才能があったものだと喜ぶべきだ。

 

「ただ、落ち込む必要はありません。貴様には短所を補って余りある非凡な才があります」

「――え!?」


 絶望に沈みかけていたところに、希望の光が差した。

 俺は思わず俯けていた顔を上げ、金色の瞳を縋るように凝視する。

 

「神の命により、それが何か、今は言えません。ですが貴様が努力を怠らず、神のお言葉に良く従っていれば、いずれ教えるときも来ましょう」

「は、はい!」


 良かった、本当に良かったよっ!

 覇級以上の魔法は使えないらしいが、俺には非凡な才がある。

 そう思うと、なんか救われた気分になれた。

 神の使徒たるアインさんが言うのだから、まず間違いない。


「決して諦めず、怠けず、勤勉に強さを求めてください。神はいつでも貴様を見ています。もし自堕落な生活を送るようであれば、罰が下ります」

「りょ、了解です、励みます」


 いつでも神に見られているとか……。

 それじゃあ何も悪いことはできないじゃないですかヤダー。

 まあ、神の怒りに触れるような悪さなんて、するつもりもないけどさ。

 あんなことやこんなことやそんなことはするけどね。


「そして、これは大事なことです。良く聞いてください。貴様は光天歴八九六年の翠風期になったら、プローン皇国の皇都フレイズを目指して旅立ってください」

「え? レオナを探すんじゃないんですか?」

「皇都フレイズへの道中で捜索することが可能でしょう。加えて、出立に同行者は認めません。一人で旅立つのです。いいですね?」

「……分かり、ました」

「時期が来たら、再び会いに来ます。詳細はそのときに説明しましょう」

「はい」


 本当は色々と言いたいこともあったが、俺は頷いておいた。


「では最後に、誓いを立ててください。我や我が神のことはもちろん、今ここで交わされた話は如何なることがあろうと、決して第三者に明かしたりはしないと」

「えーっと……私は誰にも言ったりしません。誓います」

「貴様の大切な人に賭けて誓えますね?」

「誓います」


 俺はそれっぽく右手を軽く上げて、二重瞼の奥で輝く金瞳を見つめ返した。

 そもそも、他言する気など毛頭ない。誰かに話したところで信じてはもらえないだろうし、俺が転生者であることだって誰にも明かすつもりはないのだ。

 

「いいでしょう。では、以上で話は終わりです」


 と、アインさんが無感情な声で言ったそのとき、不意に雪が降ってきた。

 いや、降ってきたというより、落ちてきた。すぐ側で佇立する針葉樹が小さく揺れて、枝葉に積もっていた雪が頭に降りかかる。


「な、なんだ……?」


 周囲に乱立する他の木は揺れていない。

 妙な不気味さに、俺は椅子から立ち上がって身構えた。

 反して、アインさんの方は何やら困惑しているようだった。目を見開いて頭上を見上げている。俺も釣られて視線を上に向けるが、特におかしなものは何もない。枝葉が生い茂っているだけだ。


「――あっ」


 ふと何か思い出したかのように、アインさんは少女然とした声を小さく漏らした。すると、またしても唐突に木の揺れが収まった。

 白装束さんは俺に顔を向け直すと、やはりというべきか咳払いを挟んで、再び無味乾燥で中性的な声を出す。


「最後……の最後に、一つ問います」

「え、あぁ、どうぞ……?」

「貴様は今、我の魔力の高まりを感じ取ることができていますか?」

「まあ、できてますけど」


 少し驚きながらも、俺は首肯を返した。

 アインさんは俺が目覚めたときからずっと、光魔法を使い続けている。そして当然と言っていいのか、俺の魔覚は彼女の魔法行使に反応しっぱなしだった。今もアインさんからは微かに波動めいた何かを感じられる。


「そうですか、ならばいいです」

「あの、この感覚のこと、アインさんは何か知ってるんですか?」

「それは魔動感まどうかんと呼ばれる、魔力の活性を感じ取ることのできる感覚です。持っている者はほとんどいません」

「魔動感……」


 やはりちゃんとした名前があったか。それに、変な病気でもなさそうだ。

 これまで幾つか魔法関連の本は読んできたが、魔動感なんて単語は見当たらなかった。つまりアインさんの言うとおり、魔動感を持っている者は相当に少ないことになる。

 ……まさか、これが俺の非凡な才ってオチはないだろうな?


「アインさん、もしかして私の非――」

「時間です」


 アインさんは俺の言葉を遮り、唐突に左手をこちらに伸ばしてきた。反射的に肩身が強張り、避けようとするが、彼女の手はあっさりと俺の頭を捕まえる。

 急激な魔力の高まりを感じると同時、視界がぐらつき、ぼやけ始めた。


「な……にを……っ」

「安心してください、少し眠ってもらうだけです」


 抵抗する間もなく、身体から力が抜けて膝からくずおれてしまう。

 アインさんは朦朧とする俺を抱き留めると、静かに囁きを溢した。


「くれぐれも我と話したことを忘れず……どうか、頑張ってください」

 

 少女らしい声音でありながら、確かな知性と齢を感じさせる不思議な声だった。

 俺は彼女のその言葉を最後に、眠るように意識を失った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここでの「貴様」が丁寧な言葉遣い(昔?本来?の使われ方)に読めて新鮮だった。
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