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幼女転生  作者: デブリ
一章・奴隷編
6/203

第四話 『女が揃えばどんな場所でも王国になる』


 先輩ロリからの技術講習後、俺たちは少々の食事を与えられた。

 食事内容は簡素だ。

 硬いパン、水、野草っぽい何か、木の実っぽい何か。

 それだけだ。


 パンは石のように硬く、幼女の顎では水がなければ食べられなかった。

 草はヨモギっぽい形をしていて、食べてみたら意外と不味くなかった。たぶん空腹という最高の調味料が味を誤魔化してくれたのだろう。

 木の実はクルミみたいで旨かった。これが一番まともに食べられたな。


 食事後は再び軽作業だった。

 作業といっても、ただひたすらに同じパーツを組み立て続けるわけではなく、組み上がったパーツを台車に乗せ、二人がかりで運んだりもした。とにかく労働者が幼女ばかりなので、一種異様な雰囲気が漂っていた。

 たまに監督役の男が怒鳴り声を上げることがあり、それがクソ兄貴を彷彿とさせて胸が苦しくなった。前世からの呪いは早いとこ解呪しないと、本気でこのロリボディが胃潰瘍になる……。


 あれよあれよと流されるように動き回っているうちに、日が暮れた。

 と同時に、労働終了を意味するらしい笛の音が響き渡った。

 俺たち奴隷幼女は勾配のキツい階段を上らされ、二階の大部屋に押し込まれる。時計がないので時間感覚が曖昧だが、日暮れと共に退勤とはなかなかにホワイトな労働環境だ。しかも給与は日払いの現物支給という堅実さ。


「つ、疲れた……」


 幼女にとってはかなりキツい一日だ。なにせほぼ一日中立ちっぱなしなのだ。足腰が痛い。俺は床にへたり込みながら、大きく溜息を吐いた。

 弛緩するように全身から力が抜けていき、一気に眠気が襲いかかってくる。

 我がロリボディはまだ三、四歳だ。昼寝なしの労働はキツいのだろう。


「ねえねえローズ、ごはんたべよっ」


 相変わらずレオナは元気だった。

 周囲のロリっ子たちがぐったりしている中、一人だけ生気に溢れている。元気溌剌なので、栄養ドリンクのCMにも出られそうなくらいだ。


 階段を上がる前に、俺たちは例の硬いパンやら草やら木の実が支給されていた。

 ちなみに器なんて上等なものはない。全て素手で持っている。衛生的に色々と危ない気がするが、気にしても清潔になるわけじゃない。

 そもそも気にするだけの気力が残っていない。


 衛生といえば、この大部屋の環境は劣悪だ。

 まず、暑い。もう日は暮れたはずだが、裸でも寒くなく、むしろ少し汗ばむほどだ。労働中に二度ほど外から凄い雨音が聞こえてきたが、すぐに止んでいた。あれがスコールの類いだとすると、おそらくはここは熱帯地域なのだろう。異世界に前世の気候帯の常識が通じるかは甚だ疑問だが。

 とにもかくにも、そんな気温状況で、六十人ほどの幼女が一つの空間に押し込められているため、蒸し暑い。


 部屋の広さはだいたい学校の教室の倍ほどだろうか。角部屋なので、窓はドアから見て正面と左側にそれぞれ二つずつある。どの窓にも鉄格子という飾りがついていて、実にハイセンスだ。

 当然のようにドアは外側から施錠されているので、自由に部屋から出ることはできない。


 さて、今まさに俺たちは食事をしようとしているわけだが、その一方で黄金水を放出している幼女もいる。部屋の左右の壁際には桶が置かれていて、どうやらそこがトイレ代わりらしかった。

 桶が中途半端に大きいから中腰姿勢を強いられる。フルオープン状態で排泄する必要があるのは言うまでもない。

 幼女たちのアレな姿が見放題なのはいいとしても、俺まで見られるのは正直勘弁して欲しい。これはもう本気で変な性癖に目覚めかねないが……それより、問題は臭いだ。桶には一応フタがあるものの、糞尿の悪臭は気温も相まって強烈極まる。

 

 そんな中で、メシを食う。現代社会でぬくぬくと育ってきた俺が、この前代未聞に不衛生な環境で、メシを食う。

 ……なかなかにハードな要求だが、愚痴っても環境は改善されない。

 否応はないのだ。


「……そうですね、食べますか」

 

 俺が疲れた声で答えると、レオナは別の二人の幼女にも声を掛けていた。

 ノエリアとフィリスだ。二人は俺とレオナと同じ作業グループの子だった。

 ノエリアは犬耳の子で、歳は俺と同じくらい。

 フィリスは死んだ魚のような目をした子で、四、五歳くらいだろうか。

 

 犬耳っ子は尻尾も生えているのだが、背中にも毛が生えている。それほど長くなく、昔近所にいた柴犬程度のこざっぱりとした毛だ。尻尾のある尾てい骨あたりから首の裏にかけて生えており、背中はほとんど獣のような有様だ。

 獣耳の子は他にも何人かいるが、背中の毛がある子とない子がいる。さらに尻尾がなく耳だけの子までいて、どういうことなのかよく分からない。


 そんな疑問はともかくとして、俺たち四人は車座になった。

 ノエリアとフィリスは可愛らしく女の子座りだが、俺は男らしく胡座をかいている。レオナは意外にも正座だった。


「あ、そういえば、おみずいるよね」


 ふと思い出したようにレオナが言った。

 俺も言われて気がついた。

 どうやら疲労感と眠気によって思考が鈍っているらしい。

 

「コップって、これひとつしかないのかな?」


 レオナはみすぼらしい木のコップを手にしながら、小首を傾げる。

 食事を受け取るとき、レオナだけはコップも渡されていた。俺やノエリアはもちろん、他の幼女たちは渡されていない。


「みんなで使えということでしょう」

「そっか、じゃあおみずくんでくるね」

「……いえ。待ってください、レオナ」

「どうしたの、ローズ?」


 立ち上がるレオナを制し、俺は部屋の中央に目を向けた。

 そこには湯船ほどの桶が鎮座している。桶には満杯の水が張られているので、おそらくはあそこで水を汲んで飲めということだろう。実際、水桶の周りには先輩幼女たちが集まっている。

 しかし、問題なのはその人数だ。

 大部屋には俺たち新人を含めて六十人ほどの幼女たちがいるのに、水桶の周りにいるのは、えーと……だいたい二十人くらいか。既に日が沈み、光源は窓から入ってくる月明かりだけなので薄暗く、あまり視界が利かないのだ。この世界の月がかなり明るいことだけが不幸中の幸いだ。

 まあとにかく、残り二十人ほどの先輩幼女たちは、俺たち新米と同じく部屋の隅にいる。


 リタ様曰く、俺の腕に刻印されているのは『4-7』という数字であり、リタ様のは『2-7』らしかった。そして部屋の四隅に置かれた布団代わりと思しきワラの塊。これらから判断するに、昨日までは三つの集団に分かれていたと思われる。

 腕の数字は『第四期の七番』を意味しているはずなので、各期ごとに分かれているのだろう。


 さて、今現在の室内状況はこうなっている。


 部屋の中央付近:二十人ほどの先輩幼女たちがいる。

 ドアから左奥隅:藁だけで誰もいない。

 ドアから右奥隅:二十人ほどの先輩幼女たちがいる。

 ドア近くの左隅:藁だけで誰もいない。

 ドア近くの右隅:俺たち二十人の新米幼女。


 以上の状況から分かることは一つ。

 おそらくは室内の勢力が二分しているということだ。俺たち以外のどちらの幼女集団も、人数的に見れば大差ないように見える。が、水場を確保している方が優勢なのは考えるまでもない。

 このことを念頭に置いて行動しなければ、この部屋で安全な生活が送れなくなる可能性は非常に高い。


「レオナ、水は私が持ってきます」

「ん? いいよべつに、あたしがいくから。ローズたちはまってて」

「いいえ、ここは私に任せてください。お願いします、レオナ」


 頭を下げて頼み込むと、レオナは不思議そうな顔をしながらもコップを渡してくれた。俺としては先輩ロリたちのもとになど行きたくはないが、レオナを矢面に立たせるわけにもいかない。

 おそらくはこれからの接触と対応が俺たち第四期奴隷幼女の今後を左右するのだ。レオナはあまり深く考えないで対応しそうだし、心配だ。それになにより、自分の立場を左右する出来事を他人任せにしたくない。

 俺は、ただ漫然と日々を過ごすだけのクズニートではないことを、俺自身に実証しなければならないのだ。もう親に苦労させたくもないしね。


「では、いってきます」 


 立ち上がり、部屋中央に鎮座する水桶に向かって歩き出す。

 正直、怖い。相手は幼女とはいえ集団なのだ。女の集団というやつは何かと残酷らしいので、できれば穏便に済ませたい。


「……………………」


 そんなことを思いながら、無言でいそいそと先輩幼女の集団に近づく。

 すると、一人の幼女が腰を上げ、俺の前に立ちふさがった。


「水がほしいのか?」


 やや背が高めな幼女(たぶん五、六歳くらい)が話しかけてくる。

 まるで待ってましたと言わんばかりの対応だ。いや、実際待っていたのか?


「はい、そうです」


 慎重に頷きを返すと、幼女は腰に片手を当てた。つぶらな目を細めて、上から下へと俺の身体に視線を這わせる。

 全裸幼女から視姦されるとか、これなんてエロゲ?

 とか思っていると、幼女が横にずれて道を空け、クイッと顎を動かす。俺は無言の指示通り、幼女集団の只中へと足を踏み入れていった。


「あ? 思ったより小さいのがきたな。おまえ、何歳だ?」


 二十人近い幼女たちの奥にいたのは、実に偉そうな幼女だった。

 大きな水桶に背中を預け、ワラの上に胡座をかいて座っている。体格的に七歳前後ほどと思われるが、幼げな顔はどこか大人びている。髪はポニーテールに纏められ、大きな双眸は幼女らしからぬ鋭い眼光を放っている。

 そして、彼女には何よりも特徴的なものがあった。


 服だ。


 目の前で偉そうにふんぞり返る幼女は服を着ている。

 服といってもボロ切れ同然の貫頭衣なので袖はなく、丈も股下数センチほどだが、紛れもなく服だ。


「――ぅわっ」


 思いがけず呆然としていると、急に尻を蹴られた。つんのめりながら振り返ると、やや背の高い例の幼女が眉根を寄せて睨んできていた。


「アウロラの質問をむしするな。こたえろ、おまえ」

「あ、はい、すみません。私はさ――四歳です」


 偉そうなポニーテール幼女――アウロラに向き直り、答える。

 俺としては体格的に三歳だと思っているが、少し見栄を張ってみた。相手は明らかに年上なので、少しでもさばを読んだ方が良い。


「で、名前は?」

「ローズ、です」


 アウロラは乱雑な仕草で水に浸したパンを囓りながら、マッパの俺を凝視してくる。

 それにしてもこのロリっ子、服は着ていても胡座かいてるから、股間のバーチカルラインが丸見えなんですよね。パンツ穿いてないのに、実に男らしい。

 うむ、眼福眼福。


「ローズ? ハハッ、なるほど、良い名前だ」


 と言葉では褒めてくれながらも、なぜか嘲笑めいた微笑みを浮かべているアウロラちゃん。かと思えば、急に真顔になって俺の顔を凝視してきた。


「ん? おまえ、マヌエリタと一緒にいたやつだろ。パロマ、そいつのしるしはどうだ?」

「……マヌエリタのと、似ている」

「はあん、やっぱりか」


 パロマの言葉にアウロラは女王の如く鷹揚に頷いた。


「おい新入り」

「は、はい、なんでしょうか?」

「おまえにここの掟を教えてやる」

 

 偉そうにそう言ってコップを傾けて水を飲み、「プハァッ」とわざとらしく一息吐いてから、アウロラは続けた。


「いいか、ここでは生まれや育ちなんて関係ねえ。おまえはなんか話し方とか丁寧すぎて、どっかの貴族っぽいんだが……あぁいや、べつに答える必要はねえよ。おまえがどこの誰だろうと、関係ねえからな」

「は、はあ……」

「とにかく、アタシが言いたいことは、ここじゃアタシが一番偉いってことだ。当然、おまえはしたっぱ。わかったか?」

「はい」

 

 一応、頷いておく。

 女王めいた幼女は両目を鋭く細め、口元を大きく歪ませている。薄暗さも相まって、その表情は妙に迫力があるように見える。並の幼女なら気圧されるところだろうが、クソ兄貴の怒りの形相をガキの頃から見続けている俺からすれば、可愛いもんだ。


「だったら、そのコップをよこせ。それがフクジューのあかしだ」

「…………はい?」


 言われたことが唐突すぎて、俺は思わず間の抜けた声を漏らした。

 ついでに眠気も吹っ飛んだ。


「だから、そのコップをよこせって言ってるんだよ」

「……………………」


 アウロラは当然のような口調で言い、突き出した手を揺らして催促してくる。

 その傲岸な態度を前に、俺は気を引き締めた。

 この幼女、さすがは唯一服を着ているだけあって、なかなかに分かっている。


 俺たち奴隷幼女にとって水は生命線だ。それは身体的な意味でもそうだし、精神的な意味でもそうだ。パンと草と木の実だけでは当然腹はふくれない。だから巨大な桶に入っている水で空腹感をごまかすしかないと俺は思っていた。


 しかし、コップは俺たち第四期奴隷幼女たちに一つしか支給されていない。もしコップを渡せば、俺たちは好きなときに水を飲めなくなる。まあ、そもそもアウロラたちが水桶の周りにたむろってるせいで、近づくに近づけないんだが……。

 それでもコップを渡してしまえば、今後は水を飲むのに必ずアウロラの許可を取る必要がでてくる。女王様からコップを拝借し、「おら水をくれてやる」と言われるためにご機嫌を伺わなくてはいけなくなる。


「どうした、ローズ? はやくコップをわたせよ」

「あの、どうしてもコップを渡さないといけないのでしょうか?」

「なんだ、おまえ? まさかマヌエリタみたいに反抗する気か?」

「い、いえ、そういう訳では……ただ、ここは同じ立場の者同士、仲良く、平等に、みんなで水を分け合うというわけにはいかないのでしょうか……?」


 ラブアンドピースこそ世界を救うのです。

 という俺の提案を、しかしアウロラは一笑に付した。


「ハッ、おまえ、マヌエリタと同じよーなこと言いやがって。いいか、元々ここにはアタシらしかいなかったんだ。そこにあとから来たのがマヌエリタたちだ。あいつらはセンパイのアタシらにケーイを払わず、平等なんてぬかしやがった。ふざけるなよ、あとから割り込んできたぶんざいで」


 どうやら服を着た幼女は博愛精神を持ち合わせていないらしい。

 これが持つ者の傲慢か。


「そのあとに来たパロマたちは、アタシらにケーイをはらって、コップを差し出したってのに……おまえはどうなんだ、ローズ? おまえもマヌエリタみたいに反抗するのか?」

「…………」


 俺は必死に思索を巡らせながら、周囲を見回してみた。アウロラの取り巻きたちは、まるで見世物小屋の猿でも眺めるような眼差しを向けてくる。

 全裸で全裸幼女たちに囲まれて見つめられるとか……いい加減、変な快感を覚えそうだからやめてほしい。

 まあ冗談はともかく、ロリっ子たちの顔には拙いながらも敵意が表れてもいた。中には無気力な、生気の感じられない幼女もいるが……いずれにせよ、俺にとっては潜在的な脅威以外の何物でもない。


 さて、どうするか。これはよく考える必要がある。

 ここで選択を誤れば、これからの日々が一層の苦渋に満ちたものになる。それになにより、俺の選択がレオナやノエリアたちの今度をも左右するはずなので、いい加減な判断で返答してはいけない。


 現在、この大部屋には二つの勢力がある。

 一つはもちろんアウロラ勢で、もう一方はリタ勢(と思われる)である。

 人数的には拮抗しているはずだが、アウロラの服や飲料水の確保という状況然り、アウロラ勢が優勢というか、この部屋の支配者であることは間違いない。


 つまり、俺が取り得る選択肢は三つだ。


 一 アウロラの側に付く

 二 リタの側に付く

 三 独自路線でいく


 まず三はあり得ない。この閉鎖的かつ一定の秩序が敷かれた環境で、俺たち新米だけではまともにやっていけない。なので、どちらかの勢力につく必要がある。

 中立というどちらの勢力にも良い顔をする選択肢はそもそも存在しない。俺は高校時代にそれをして孤立しまい、ドロップアウトしたのだ。

 同じ過ちは繰り返すまいて。


 つまり、どちらに付くのが良いかと順当に考えれば……もちろんアウロラ側だろう。長いものには巻かれろというし、最も力ある者の下に付いた方が無難だ。

 しかし、ここで一つ疑問が生まれる。

 なぜリタは実技講習の際に、俺たちを勧誘しなかったのだろうか。あの賢い幼女ならば、こうなることは分かっていたはず。明確に対立しているのかどうかは不確かだが、もし俺たち新入り二十人がリタ側に付けば、アウロラは数的不利によって敗北必至だ。

 にもかかわらず、リタは俺に何も言わなかった。


 というか、そもそもの話、現状の勢力分布は明らかにおかしい。

 水を確保しているアウロラがリタ側の誰かに、『好きなだけ水を飲ませてやるからこっちに来い』とでも言えば、アウロラ側に人が集まるはず。

 だが実際は人数的に拮抗した状態で二分している。

 これが意味するところは、一つしかない。

 アウロラよりリタの方がカリスマがあるのだ。こうして相対していると分かるが、アウロラもリタも偉そうな態度には大差ない。しかし、なんというか……リタの方が単純に優しいのだ。包容力があるというか、安心感がある。


 なぜリタが俺にアウロラのことを話さなかったのか、それは分からない。

 分からないが、推測はできる。かなり好意的な推測だが……。

 もしかしたら、リタは俺たち新米を気遣ってくれたのかもしれない。もし彼女から『こっちに付け』と言われて、実際にそうしたら、まず間違いなく争いになる。

 俺たち新米が無難にやっていくには、アウロラ側についた方が良いのは明白だ。

 ……さすがに好意的すぎるか? 幼女とはいえ、人間はもっとダークなものだ。


「……………………」

 

 いやしかし、リタからは悪意を感じなかった。

 むしろ妹の面倒を見るような、『しょうがないな』とでも言いたげな雰囲気が感じられた。あるいはそもそも、俺の推測が根本から間違っていて、こんなことを考えるだけ無駄なのかもしれない。

 などと、俺が沈思黙考に精を出していると、


「おいローズ、なに黙ってるんだよ。さっさとコップをよこせっ」


 幼女王アウロラが重たい腰を上げた。

 それに続くように周囲のロリっ子たちも立ち上がり、俺を完全包囲する。


「ローズ、なあローズ。まさかおまえ、マヌエリタから何か吹き込まれてんのか? だからアタシの言うことは聞けないってか?」

「い、いえ、リタ様からはなにも――」

「リタさま、だと?」

「あ……」


 やばい、しまった、やっちまった。

 この場でリタを様付けで呼ぶなんて、迂闊すぎるにもほどがある。

 内心で狼狽しつつ身を硬くしていると、不意に右手に持ったコップが消えた。

 消えたというか、奪われた。パロマから。

 

「アウロラ」


 パロマは不機嫌そうなロリ顔で幼女王の名を呼び、コップを投げ渡す。

 俺は咄嗟に宙を舞うそれをキャッチしようとした。が、高い放物線を描くコップに手が届かず、小さな指先は虚しく空を切る。


「ったく、ほんとはおまえから手渡して欲しかったんだけどな。その方がアタシもおまえを可愛がってやれたのに……残念だよ、ローズ。おまえ、今日からアタシの奴隷な」


 アウロラから腹を蹴られた。

 おそらく十五キロもないであろうロリボディは簡単に尻餅をつかされる。更にロリロリしいおみ足に平坦な胸を踏まれ、幼女から見下ろされる。

 前世の俺ならご褒美イベントだとハッスルするところだろうが、今の幼女な俺からすれば、恐怖を覚える体験以外の何物でもない。


「ローズ、なあローズ」


 弱者をいたぶる者特有の、嘲笑混じりの声が降り注ぐ。

 俺はもう本気でチビりそうだった。

 幼女怖い。

 なにこれ、ほんと。

 前世の俺はどうかしてたわ。

 なにがご褒美だよ、怖すぎだろもう勘弁してくださいマジで。


「――――」


 俺はクソ兄貴の暴虐っぷりと高校で受けた苛めを思い出し、全身が恐怖で縛られた。

 だがそのとき、何の前触れもなく、実に暢気な声が聞こえてきた。


「ローズ? ねえ、どこ?」


 視界の端に、我が名付け親の姿が映った。

 俺を包囲する幼女たちの隙間から顔を覗かせている。


「あっ、もー、おそいよローズ。なにやって……る、の……?」

 

 レオナは陽気な声を落として、呆然と俺やアウロラ、その取り巻きたちを見回した。


「ん? なんだおまえ? おまえも新入りか? ならちょうどいいから、そこで見ておけ。アタシに逆らったら、どうなるかってのを――」

「なにしてるの」


 幼女王の声を遮り、レオナが呟くように言った。しかし、その声には溌剌とした陽性は皆無で、抑揚のない平坦な声だった。


「なにって、見れば分かるだろ? センパイがコーハイに、ここでの決まりを教えてやってんだよ」

「……ローズをふまないで」

「あ?」


 アウロラは眉をひそめる。

 だがレオナは気にした風もなく、幼女防壁をこじ開けてこちらに近づいてくる。

 幼女王近衛隊の面々はレオナを止めようと腕を掴んだ。が、レオナは羽虫でも払うような動きであっさりと振り払う。


「きゃっ!?」


 レオナの腕を掴んでいた幼女は小さく悲鳴を上げて尻餅をついた。

 それから三人ほどが同じ目に遭うと、もうレオナに掴みかかろうとする幼女はいなくなった。皆、どことなく怯えた目でレオナを見ている。


「な、なんだおまえ……」


 幼女王は少々の戸惑いを見せながらも、その威厳は未だ健在だった。

 俺を踏みつけたまま、レオナを強く睨み付けている。


「あたしのともだちをふまないで」

「うるさい、新入りっ」


 アウロラがレオナの肩を押す。

 レオナは一歩後ずさってたたらを踏むが、倒れはしなかった。

 静かにアウロラの目を見つめて、悲しそうな声で独り言のように呟く。


「……ひとにぼーりょくをふるっちゃだめだって、おとーさんいってた」

「はっ、なんだそりゃ。ここの大人たちは、みんなアタシらに暴力ふるってるだろ」

「……でも、ともだちとはたすけあうものだって、いってた」


 レオナは唇をキュッと引き結ぶと、片手でアウロラの肩を押した。

 すると、俺を踏んづけていた幼女王が呆気なくいなくなった。アウロラは凄い勢いで三回転ほどした後、三メートルほど離れたところで仰向けに横たわる。

 誰も彼も幼女も無言で、幼女王が手放したコップが床をコロコロと転がり、空虚な音を立てている。


「ローズ、だいじょうぶ?」

「あ、はい……」


 レオナの心配そうな声に、俺は呆然と応える。

 倒れたアウロラは「う、うぅ……」と小さく呻き声を漏らしている。腕を突いて立ち上がろうとしているが、身体がふらつくのか、なかなか起き上がれないでいた。

 対して俺の方はレオナに手を引っ張られながら、なんとか立ち上がる。グイッと引っ張るレオナの手からは幼女らしからぬ力強さが感じられた。


「あ、ありがとうございます、レオナ」

「うん。ねえ、はやくもどろ」

「え、ええ……そうですね」


 幼女王近衛隊の隊員たちは俺とレオナに近づいてこようとはしない。どころか、アウロラに駆け寄ろうともせずに、ただ立ち尽くしている。

 俺はそそくさと床に転がるコップを回収し、水桶に入れて水を汲み、足早に退散する。やはり先輩幼女たちは最後まで無言のまま、俺たちを見送った。


「レオナ、凄い力でしたね」

「え? うん、でも……おとーさんはもっとすごかったよ」


 そう答えるレオナの顔は既に明るさを取り戻していたが、どこか切なげな影が差してもいた。


「そ、そうですか。とにかく、助かりました。ありがとうございます、レオナ」


 俺は二度目の礼を述べながらも、異世界の異常性の一端をまたしても思い知った。

 竜人パワー、すげえわ。

 というか、この歳になってもピンチを親に助けてもらうとか、ほんとクズニートの鑑だな……早く一人前になろう。




 ♀   ♀   ♀




 どうやら幼女王とその一味は、レオナに恐れをなしているようだった。

 最初の一、二回は邪魔してきたが、レオナの超幼女級パワーに再三膝を屈すると、不干渉の姿勢を見せるようになった。


「ねえローズ、あたしひとりでいくから、ローズはまってていいんだよ?」


 コップを持って歩いていると、レオナが心配そうな顔を向けてきた。


「いいえ、私も一緒に行きます。行かせてください」

「でも、ひどいことされるかもしれないし……」


 レオナは俺がまた足蹴にされるかもしれないと心配しているのだろう。

 なんて優しい幼女だ。


「大丈夫です。レオナがいてくれれば」


 なんとも情けない台詞だが、事実なのでしょうがない。

 本来、水を汲みに行くのはレオナ一人で十分だが、俺はそれを良しとしなかった。可愛い名付け親に、パシリのような真似をさせるわけにはいかないからね。

 なので、基本的に俺が丁稚でっちのようにコップを持って水を汲み、親分にはただ付いてきてもらうだけにした。

 汲んできた水は同じ新入りたちで仲良く分け合い、俺は幼女たちとの度重なる間接キスを堪能する。


「あ、あの……どうして……ローズちゃん、コップなめてるの……?」


 ノエリアが恐る恐るといった声で言いながら、穢れなき瞳で俺を見つめてきた。

 彼女は犬耳とたれ目が実にキュートで、見るからに気弱そうな幼女だ。保護欲がかき立てられるような、儚げな雰囲気が愛らしい。

 

「……いえ、特に意味はありません。気にしないでください」


 レオナが口を付けたところを、自分でも気づかないうちに舐め回していたらしい。これは相当に疲れているな、俺。実際、腹に食い物が入ったせいか、もう眠気で意識が朦朧としている。


 今日は本当に大変な一日だった。

 異世界で幼女として目覚めて、レオナと出会って、名前を貰って、魔弓杖の威力を見て、リタと話をして、なんか色々と軽作業を教えられて、幼女王に踏まれて……とにかく色々なことがありすぎて、肉体的にも精神的にも凄まじく疲れた。

 俺の主観では、つい昨日まで引きこもりのクズニートだったのだ。

 見知らぬ場所にいるというだけでも相当のストレスなのに、幼女ばかりとはいえ集団の只中に放り込まれて、俺の精神力はもう限界だ。これ以上のストレスはコップを舐める以上の奇行を引き起こしかねない。

 完全に理性を失う前に、早々に寝てしまった方がいいだろう。

 

 周りを見てみると、既にワラの上で横になっている同期の幼女が幾人かいる。

 ワラは結構な量がある。全員が幼女だから矮躯なため、一人もあぶれることなくワラ製ベッドを堪能できそうだ。

 俺は仲間はずれが大嫌いなのだ。高校の時のトラウマが蘇るからな……


「レオナ、そろそろ寝ましょう」


 大きな欠伸を漏らしながら提案した。綺麗好きな俺は寝る前に歯を磨きたかったが、歯ブラシがないので口をゆすぐくらいしかできない。

 

「うん……ふぁ~……そうだね、ねよっか」


 レオナも既におねむらしい。

 ノエリアもたれ目を半眼にして、うつらうつらとしている。もう一人のグループ員であるフィリスは既に寝ていた。起きているときは死んだ魚めいた虚な瞳と無表情をしていたが、寝顔はもの凄く可愛い。

 思わずキスしたくなってくる。

 

「ローズ」


 ふと背後から声が聞こえて、振り返った。

 すると金髪ロリっ子が胡座をかく俺を見下ろしていた。リタはどこか興奮したような溌剌とした面持ちで、俺とレオナに熱視線を送ってくる。


「実はあなたとレオナに少し話が――」

「申し訳ありません、リタ様。見ての通り、私もレオナも……ふぁ……もう眠くて堪らないんです。何かお話があるようですけど、明日にしてはもらえませんか?」


 頑張ってなんとかそう告げると、リタは少しだけ不満そうに眉根を寄せたが、渋々といった様子で頷いた。


「わかったわ。それじゃあ、おやすみローズ。レオナも」

「はい、おやすみなさい……」


 リタは可愛らしいお尻を見せながら自分の縄張りへと帰って行った。

 俺はそれを霞む視界で見送りつつ、何の話なのか内心で首を傾げる。気にはなるが、今は思考できる余力がない。


「ローズ、ノエリア……はやくねよ……」


 レオナはハイハイするように四つん這いでワラ製ベッドまで行くと、四肢から崩れ落ちるようにして仰向けになった。

 ノエリアも同じようにしてレオナの隣に行き、力なく倒れ込む。柔らかそうな毛の生えた尻尾がキュートだ。


「あ、そういえば……」

 

 俺もハイハイしつつ、呟きを溢す。夜になったら色々と考えようと思っていたことを思い出したのだ。

 しかし、生憎とまともに思考できるだけの気力がもう残っていない。

 このロリボディは猛烈なまでに睡眠を欲している。


「まあ……いいか」

 

 考えたいことは山ほどあったが、今の状態で思考しても無意味だろう。

 俺もまたレオナの隣に行き、粗雑なベッドにダイブした。レオナは早くも夢の世界へ旅立たれたようで、あどけない寝顔が狂おしいほどに愛らしい。

 肌が触れあうほど近くに並びつつ、俺は重たい目蓋をゆっくりと下ろした。意識が急速に薄れていき、心地良い脱力感が全身を支配していく。

 だが、意識が途切れる直前、ふと思った。

 

 もしかして、やっぱりこれは夢なのかもしれない。

 そして今寝たら、もう二度とこの夢は見られないかもしれない。

 そう思いつつも、俺は睡魔の誘惑に抗うことはできなかった。


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