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幼女転生  作者: デブリ
三章・邂逅編
52/203

 間話 『姉、なかよくしようよっ!』


 ■ Other View ■



 そろそろ何とかすべきだろう。

 夕食時、クレアは子供たちを見ながら改めてそう思った。


 ローズと生活を共にするようになって、三節以上が経った。

 だというのに、未だにサラはローズを家族として受け入れる様子がない。

 クレアとしても二人が仲良くなれるように手は打ってきたつもりだ。

 しかし、まさかサラがここまで頑なにローズを拒むとは思っていなかった。


 食事時の席はローズとサラが隣り合うようにしている。

 それでもサラはローズに話しかけようとはしない。ローズの方はたまに「これおいしいですね」などと話を振るが、サラは無視するばかりだ。が、今日はどういうわけか、ローズの方もサラに話しかけようとしない。ただ、チラチラと横目にサラの様子を窺っている。


 食事を進めていると、今し方セイディの置いたフォークが裏返り、横向きになっていることにクレアは気が付いた。


「んぅーっ、おにくもっとほしぃー! アリアおにくーっ、おにくちょーだい!」

「…………」


 リゼットの快活な声が食堂に響く傍ら、クレアとセイディは数瞬だけ無言で視線を交わらせる。

 クレアは逡巡した。いくらチェルシーの件が落ち着いてきたといっても、今はまだローズとサラの問題がある。気分的にも後ろめたさがあった。

 思案した末、クレアはさりげなくナイフを横にして置き、峰側をセイディに向けた。


「――っ!?」


 セイディは綺麗な顔に隠しきれない落胆を露わにした。


「ん? ねえねえ、セイディ、どーかしたの?」

「い、いえ……なんでもないのよ。それよりリーゼ、今日の晩ご飯はおいしい?」

「おいしいよっ、でももっとおにくたべたい!」

「はいはい、じゃあアタシの少しあげるわね」


 すぐ感情が面に出てしまう真っ直ぐなところはセイディの長所だが、同時に短所でもある。子供たちはともかく、アルセリアは微かに呆れたような笑みを見せた。また合図を変える必要がありそうだった。


 それより問題なのは、やはりローズとサラのことだ。

 この二人がギクシャクしたままだと、クレアとセイディも少なからず影響を受ける。以前まではチェルシーがサラとリゼットと共に寝ていたが、最近はセイディがサラと、クレアがリゼットとローズと共に寝ている。

 セイディはやや思い込みの激しいところがあるので、これ以上拒み続けると、いつか暴走しかねない。とりあえず早々に、サラが年下の二人と一緒に寝てくれるよう、仲を取り持たなければいけない。


 夕食後。

 クレアはサラと食器を洗いながら、何気なく訊いてみた。


「サラ、最近はリーゼとあまり遊んでいないようだけど、どうかしたの?」

「……べつに、どうもしてないわ」


 やや間を空けながらも、サラは素っ気ない口調で答えた。


「そう? あ、そういえば最近は勉強すごく頑張っているわね。前はそんなに積極的じゃなかったのに、急にどうしたの?」

「……べつに、どうもしてないから」


 やはり同じようにむっとした様子で答えるサラ。

 サラは誰に似たのか、言葉に反して表情や態度に感情が表れやすい。


「この前、魔物狩りに行ったとき、足手まといになったから。もっと頭良くなって、上級以上の魔法も使えるようになって、強くなりたいの」 

「この大陸の魔物は強いし、サラはまだ七歳なんだから、あまり気にしなくてもいいのだけど……でも、サラが頑張ってる理由はそれだけ?」

「そ、それだけよ! クレア手が止まってるっ、早くお風呂入りたいんだからちゃんとやってっ!」

「うん、ごめんね」


 ガシャガシャと音を立て、やや不機嫌そうに洗っていくサラ。

 その様子を横目に見ながら、クレアは少し考え込む。


 サラがローズと仲良くしようとしない理由はある程度予想できる。

 しかし、理由が分かっても如何にしてそれを取り除けば良いのか、その方法が分からない。クレアはこの館で三番目に年上だが、それでもまだ二十二歳だ。子育ての経験などないし、強いていえば今現在がその真っ直中だ。

 

 サラという子は強情だ。

 リゼットも似たようなところはあるが、あちらは何でも素直に内心を吐露する。反して、サラは恥ずかしがり屋で少し自尊心の高いところがあるので、あまり本心を言葉にしようとしない。リゼットという年下の子がいるためか、自分がお姉さんだという意識をしっかりと持っているのだ。

 以前はチェルシーの前でならサラも甘えていたが、リゼットの前では妙にお姉さんぶる。チェルシーという姉に憧れていたからだろう。


「サラ、今日はローズたちと一緒にお風呂入らない?」


 食器洗いを終え、入浴のために部屋まで着替えを取りに行く途中、クレアはいつものように訊いてみたが……


「入らない」

「リーゼが寂しがってるわよ? たまには一緒に入ってあげたら?」

「それは……でも、リーゼはあの子と一緒にいるじゃないっ。リーゼとはまた今度一緒に入るからいいのよ!」


 サラはそう言って走り出してしまう。

 クレアは小さな背中を見つめながら、小さく溜息を吐いた。




 ■   ■   ■




 それから数日経ったある日。

 それは朝食後に起こった。


「サラねえっ」

「サラ姉っ」


 食器を片付け終わり、部屋に戻ろうとしていたサラの右腕にリゼットが抱きついた。だけでなく、左腕にはローズも一緒になって抱きついている。


「――なっ、ぇ、え?」

「サラねえ、いっしょにあそぼー!」

「サラ姉、一緒に遊びましょう!」


 リゼットとローズはさながら双子の如く左右からサラの腕を引っ張る。

 サラはリゼットと、特にローズの顔を見つめて唖然としている。だがサラだけでなく、クレアも驚いていた。セイディもアルセリアも、マリリンもだろう。


 ローズは今し方の朝食の時間まで、いつも通りだった。

 いつも通り落ち着いた様子で、でもチラチラと隣席のサラを見ていた。強いて非日常的なことを挙げれば、対面のリゼットと顔を見合わせて頷き合っていたことくらいだ。何か新しい遊びでもしているのだろうと、そう思っていたのだが……


「さいきんサラねえ、ぜんぜんあそんでくれないんだもん! サラねえとあーそーびーたーいーのーっ」

「サラ姉、全然私と話してくれないんですもん! サラ姉とあーそーびーたーいーんーでーすー」

「――――」


 ローズは非常に落ち着いた女の子だ。

 リゼットと同い年とは思えないほど、どこか泰然としてすらいる。頭脳も非凡そのものであり、とても子供とは思えない。マリリンは出会った当初からそう思い、禁忌魔法の一種――変成魔法による容姿変貌を疑っていたらしいが、彼の禁忌魔法は常に行使し続けなければならない関係上、魔力波動は隠し切れないそうだ。故にその線はあり得ず、結果的に見た目通りの年齢であるという結論に至っている。


 ローズは天才だ。

 同い年の(はずの)リゼットの勉強まで見られる。既に読み書き計算だけでなく、クラード語までほぼ完全に習得しているのだ。そのせいか、リゼットのように天真爛漫なまでの振る舞いは見せず、落ち着いている。


 しかし、今まさに目の前にいるのは普通の子供だ。

 ローズはリゼットと同じように、サラに遊んでくれとねだっている。


「――っ、は、離して! 離しなさいバカっ!」

「あっ」 


 サラは我に返ったように息を呑むと、二人を振り払った。


「わ、わたしは忙しいの! 遊んでる暇なんてないんだからっ!」

「でもサラ姉、そんな勉強ばっかりじゃなくて――」

「うるさいっ、あんたにサラ姉なんて呼ばれたくないのよ!」


 尚も諦めないローズに、サラは思わずといったように叫んだ。

 ローズは大きく目を見開き、息を止め、その場で固まってしまった。

 が、サラはそのままの勢いで口を動かしていく。


「わたしはあんたのお姉ちゃんなんかじゃないんだからっ! だいたいなんでずっとチェルシーの席に座ってるのよ! チェルシーだけ助けてくれなかったくせに!」


 クレアは止めなければと思った。今のは言ってはいけないことだった。

 しかし、口を開こうとしたとき、不意に腕を掴まれた。マリリンは普段通りの穏やかな面持ちで、ゆっくりと首を横に振っている。見れば、セイディもアルセリアに止められていた。


「あんたなんか大っ嫌いよ! わたしだって好きで勉強してるわけじゃないんだからね! あんたのせいなんだからっ、わたしだって、わたしだって……もうあんたなんかどっかいっちゃえばいいんだっ!」


 顔を赤くして、目尻に涙を溜めて、食堂に大声を響かせた。

 その残響が消える頃、サラの荒くなっていた息が少し整う。すると彼女は小さく「ぁ……」と声を漏らして呆然とローズを見てから、背を向け食堂から走り出て行ってしまった。


「……ぅ……ふぅぇぇええぇえぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 泣き出したのはリゼットだ。

 ローズの方は未だに茫然自失の態で固まっている。

 普段はある種の透徹さすら窺わせる瞳が虚になっていた。


「ダイ……キライ……オレ……ノセイ……ドッカ……イッチャエ……バインダー……」


 何かブツブツと呟いている。泣きじゃくるリゼットとの対比も相まって、相当に危うい状態なのが分かった。

 クレアが動くより先に、セイディが駆け出して、リゼットをあやし始めた。ここはまずローズの方を優先すべきだろうに……。セイディの性格上、声を上げて涙と鼻水を垂れ流すリゼットの方に目がいってしまったのだろう。


 クレアはローズを慰めてやりたかったが、同時にサラも気掛かりだった。最後のあの様子を見るに、きっと後悔しているはずだ。誰かが側にいてやった方がいい。


「サラの方はおれが行こう」

「アルセリアさん……」

「クレアはローズを頼む」


 彼女は返事も聞かず、普段通りのゆったりとした頼もしい歩みで食堂を出て行く。

 クレアもすぐに動いた。ローズの側に駆け寄ってしゃがみ込み、ローズと目線を合わせてみる。


「ローズ」

「……クレア」


 ややもせず虚だった瞳に光が戻るも、今度は表情を歪め始める。

 だがローズは下唇を噛んで、潤んだ瞳を伏せ、我慢していた。


 これまで、クレアはローズのことを子供扱いしきれていなかった。

 我が侭は言わない、泣かない、食事だって好き嫌いしないし、失敗も間違いもまずしない。勉強もできるし、魔法の才能だってあり、実際既に大したものだ。やはり天才児は色々特別なのだと、セイディとも話していた。

 しかし、ローズはまだこんなにも小さな子供なのだ。

 仲良くしようとして、失敗して、怒鳴られて、泣くのを我慢している。

 もしかしたら、これまでも我慢していたのかもしれない。リゼットと同い年だろう子が、いきなり他人ばかりの家で一緒に生活し始めたのだ。色々と思うところがあったに違いない。

 だが、なまじ頭がいい分、何でもない風を装っていたとしても不思議ではない。聞けば彼女は一年ほど前まで、オールディア帝国の奴隷だったという。もしかしたら、ローズは甘え方を知らないだけなのかもしれない。


 クレアは遅まきながら、そう思い至った。

 ゆっくりとローズに手を伸ばし、優しく抱き留めてやる。

 

「……っ、ぅ」


 ローズは泣き声こそ漏らさないが、クレアの背中に手を回して、胸に顔を埋めてきた。何度も鼻をすすっては荒い息を吐き、涙を拭うように何度も顔をこすりつけてくる。クレアも幾度となくローズの背中を優しくさすってあげた。


 リゼットの泣き声が収まる頃、ローズも名残惜しそうに身体を離した。

 予想通りといっていいのか、もうローズは普段通りだった。いや、普段よりも活き活きとしている。


「ありがとうございます、クレア」

「お礼なんていいのよ。ローズはもっと甘えてもいいんだから」

「えっ、もっと……?」


 ローズの瞳が輝いた。

 やはり誰かに甘えさせてやるべきだったのだと、クレアは確信した。もう一度抱きしめると、ローズは安心したように身体の力を抜き、胸に深く顔をうずめる。


「それに、そんなに丁寧な話し方でなくてもいいのよ? 私たちは家族なんだから、リゼットみたいにしてくれた方が私たちも嬉しいわ」

「それは、その……」

「あ、べつに強制しようというわけではないの。ローズの話しやすいようにしてくれるのが一番だから」

「はい。本当に、ありがとうございます」


 ローズの声に気負いは感じられない。これが自然体なのか、あるいは無理しているうちに慣れてしまったのか。どちらにせよ、ローズがこのままだろうと、リゼットのようになろうと、優しく受け止めてあげればいいだけだ。


「それで、ローズ……その、サラのことだけど」

「私は大丈夫です。サラのことは嫌いになったりしません。また頑張ります」

「……ありがとう。サラはああ言っていたけれど、決してローズのことが嫌いというわけではないの。ただ、今はまだ少し心がぐちゃぐちゃしていて、上手くローズと話せないだけなの。それは分かってあげて」

「大丈夫です」


 ローズは全て承知しているとでも言う風に、微苦笑を見せて頷く。

 その子供らしからぬ理解力と物腰を見て、クレアは不安を覚えた。サラがローズを受け入れない理由は、まさにローズのこの在り方自体にあるはずなのだ。

 だからといって、ローズが悪いわけでは決してないが……ローズ本人が理由を本当に分かっていれば、頭の良い彼女なら先ほどのようなことはせず、もっとゆっくりと時間を掛けて仲良くしようとしたはずだ。

 

「クレア……その、また同じようなことがあったら、えっと……」


 ローズがもじもじと言い辛そうに、上目遣いに見つめてきた。


「ええ、べつに特別何かなくても、いつでも抱きしめてあげるから」

「は、はいっ!」


 嬉しそうに笑顔で頷くと、ローズはリゼットの方に近寄って、謝っていた。ローズが悪いわけでもないのに、やはり優しい子なのだろう。


 クレアはその様子を眺めながら、これからどうしようかと考えていった。




 ■   ■   ■




 それからローズの奮闘が始まった。

 彼女は毎日毎日、めげることなく笑顔でサラに話しかけ続けている。


「サラ、一緒に勉強しませんか?」

「うるさいバカッ。あっちいきなさいよ!」


 サラはそう言いつつも、ローズの前から走り去ってしまう。


「あ、サラお姉様、ご機嫌は如何ですか? よろしければ、これから一緒にお茶でも――」

「しないわよっ、わたしは勉強するんだから! 分かったら邪魔しないでよね!」


 サラはローズの顔も見ず、口早に言って走り去ってしまう。


「ねえねえ、お姉ちゃん、一緒にお風呂入ろ?」

「な、なんでわたしがあんたと一緒に入らなきゃいけないのよっ。何でも一人でできるんだからお風呂くらい一人で入りなさいよね!」


 サラは顔を赤くして怒鳴り、逃げるように走り去ってしまう。


「おう、サラじゃねえか、景気はどうだ? ……なんだよ変な顔しやがって、俺に見とれてたのか?」

「そんなわけないでしょ! なに年上に偉そうな口利いてんのよっ、気持ち悪いわよ!」


 サラは本気で嫌そうな顔で言って、早々に走り去ってしまう。


「サラさん、お願いします、私と一緒に遊んでください。リゼットも三人で遊びたがっています、どうか慈悲をください」

「ぅわっ、なに土下座なんてしてんのよ!? そんなことされたら余計に遊びたくなくなるわよっ!」

「じゃあ、普通にお願いします。私と一緒に遊んで――」

「わたしは勉強で忙しいの!」


 サラはぺこりと頭を下げるローズから目を逸らし、走り去ってしまう。


 ローズはよく頑張っている。

 だが、彼女とてまだ子供だ。サラに背中を向けられる度、ローズは笑顔から一転して今にも泣きそうな暗澹とした面持ちになる。それでもクレアが抱きしめ、慰めてやると、また笑顔を見せて何度もサラに向かっていく。


 クレアはそんなローズの様子を見ていられなかった。セイディもだ。

 しかし、あの食堂での出来事以降、マリリンはローズとサラのことに余計な手出しをしてはいけないと言ってくる。それはそれで一理あるとは思うものの、本当にそれで良いのかと不安になる。子供同士のこととはいえ、このままではサラもローズも可哀想だ。

 それにセイディのみならず、クレアもそろそろ限界に近い。もう六節ほど定期的な習慣を為せていないのだ。為そうと思えば不可能ではないが、家族がこんな状況にある中では感情がどうしても邪魔をする。


 そんなこんなで、ローズが家族になって一期が過ぎた。

 ローズは毎日諦めず、サラに吶喊していく。

 サラも相変わらずローズを拒み続けている。いや、サラの方はもう後に引けなくなっているのだろう。サラは強情だ。もうローズのことは受け入れているのだろうが、今更素直になりきれないのかもしれない。


 そんなある日のことだ。

 たまたま二人が一階広間の階段前で出くわしたところを、クレアは食堂の扉からそっと窺っていた。もはや日常風景となったローズの吶喊行為だが、ここに来て遂に変化が現れた。


「サラ、私とリゼット、新しい魔法を覚えたんです。よかったら見てくれませんか?」

「み、見ないわよっ。それにわたしだって新しい魔法の一つや二つ覚えてるんだからね!」

「じゃあ、サラのを見せてください」

「嫌よ、どうしてあんたに見せなきゃいけないのよっ」

「……………………」


 サラの素っ気ない言葉に、ローズはいつも見せていた笑顔を引っ込め、足下に視線を落とした。


「な、なによ、文句があるなら言いなさいよ」

「…………サラは私のこと、嫌いですか?」

「き……嫌い、よ。だからなんだって言うのよっ」

「そうですか……嫌いですか……そうですよね、所詮私なんてこんなもんですよね……私に人間的な魅力なんてないですよね、当然でしたね」

「ちょっと、なにブツブツ言ってるのよ! 聞こえる声で喋りなさいよバカッ」

「……えぇ、そうです、私なんてバカなんですよ。なんで努力すればどうにかなるとか思ってたんですかね。笑う門に幼女ふくは来ませんよ……それはカリスマある人じゃないと無理なんですよって……私なんてリタ様の足下にも及ばないクズですからね、はい……」


 暗い声で一人呟いていたローズはおもむろに顔を上げ、サラを見つめた。蒼穹のような双眸は、しかし曇天のように輝きがなく、表情も疲れ切って絶望色に染まっていた。子供のする顔ではなかった。まるであの眼帯の剣士ユーハのように陰鬱とした雰囲気すら感じられる。人生に疲れた者特有の気怠さが表れていた。

 その所感はサラも概ね同感なのか、思わずといったように「うっ」と一歩後ずさる。

 ローズはそれを見て泣きそうな顔になりながらも、深く頭を下げた。


「……ごめんなさい、調子に乗ってました。ちょろインなんて思って、本当にすみません。攻略とか、お前何様だよって話ですよね……」

「ちょ、ちょっと――」

「もう鬱陶しく付きまとったりしないので、許してください。これからは話しかけたりしないので、これ以上嫌わないでください……すみません……ごめんなさい」


 ローズはそう言うと、面を伏せたままサラに背を向けた。

 

「ぇ、あっ、ちょっと!」


 危うい足取りで階段を上がっていくローズの背に、サラが声を掛けた。

 赤毛の幼子は足を止め、のっそりと振り返る。

 

「あ……ぅ、べ、べつになんでもないわよ! はやくどっか行けって言おうとしただけなんだからっ!」


 サラが腰に手を当てて顔を背けながら言うと、ローズは怠そうに階段を上がっていく。その途中、虚な声で「ドッカ、イッチャエ、バインダー……」と呟いていた。

 サラはローズが階段を上がって廊下の向こうに消えていくまで、同じ姿勢で目を瞑っていた。しばらくしてローズがいなくなったのを感じ取ったのか、ゆっくりと目を開けて確認する。


「…………もう……いや」


 サラは背中の紫翼を力なく垂らしてその場にしゃがみ込み、膝頭に顔を埋めて、か細い声を漏らす。広々とした広間に一人うずくまるサラを見て、もうクレアは我慢の限界を超えた。サラのもとへ駆け寄り、一緒にローズに謝ってあげて、二人の仲を取り持ちたかった。

 だが、クレアがそうしようとしたとき、ふと後ろから肩を掴まれた。


「……アルセリアさん。もう良いでしょう、これ以上の不干渉は更に状況を悪化させるだけです」

「そうだろうな」


 クレアの予想に反して、アルセリアは頷きを返してきた。

 普段通り泰然とした面持ちをしてはいるが、どこか悲しげだ。


「今回ばかりはマリーの判断が間違っていたのだろう……クレアはいつも通りローズを慰めてやってくれ。おれは少しサラと話してみよう」

「……はい、お願いします」


 本当はまずサラの方に行って、それから一緒にローズのもとへと行きたかったが、ひとまずアルセリアの言うとおりにした。

 そうして、クレアはローズのもとへと駆けていったのだった。


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