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幼女転生  作者: デブリ
三章・邂逅編
47/203

第三十五話 『魔女の館』


 《黎明の調べ》。

 名前からして、魔女狩り集団《黄昏の調べ》と対をなす組織だろう。

 首を傾げた俺とオッサンに対し、クレアは簡単に説明してくれた。


 《黎明の調べ》の歴史は古く、少なくとも光天歴ができる以前から存在するという。昔から魔女は一部の勢力から少なからず迫害されていたため、主に自衛と相互扶助を目的として作られたそうだ。

 つまり、魔女たちの、魔女たちによる、魔女たちのための魔女専用コミュニティ。それが《黎明の調べ》だという。


「表だって何か活動しているわけではないから、あまり知られてはいないわね。魔女の中でも知っている人と知らない人もいるくらいだから」


 それはそうだろう。俺だって初めて聞いた。

 少なくとも、ラヴィとエリアーヌから《黎明の調べ》という単語を聞いた覚えはない。単に彼女らがその存在を知らなかっただけなのか、殊更に教える必要がない、あるいは俺にはまだ早いと思ってそのうち教えるつもりだったのか。今の俺に真実を知る術はないが、俺がとるクレアたちへの対応は前者か後者かで変わってくる。


 もしラヴィたちも知らないような組織なら、安易に信用するのは危険だ……とは思うが、同じ魔女であるクレアたちが俺に嘘を吐く理由なんてないはずだ。チキンな俺は基本的に人(主に大人)を疑うが、だからといって人の善性を全否定するほど人間終わってもいない。

 まあ、それもレオナやラヴィたちと出会ったおかげなのだが……。

 

 俺とユーハはセイディとリゼットにとって、命の恩人と言っても過言ではない存在だ。それは客観的に見て、紛う事なき事実だろう。そんな俺たちを騙して何かしようと企むほど、この世界は冷たくないはずだ。

 と考えれば、クレアたちは信用できる。信用したい。


「えーっと、その、クレアさんたちが《黎明の調べ》という組織の人だということは分かりました。だから同じ魔女である私を助けてくれる……ということですか?」


 クレアは当然のように首肯して、少し申し訳なさそうな眼差しを向けてきた。


「それもあるのだけど、ローズちゃんはあの男に顔と名前を知られてしまったでしょう? あいつは《黄昏の調べ》の一員だから、もしかしたら今後、狙われることになるかもしれない。だから私たちと一緒にいた方が、何かと助け合えるだろうと思って」


 その説明は俺にしているというより、オッサンにしている風でもあった。

 さっきの話然り、端から見ればオッサンは俺の保護者だからな。


 しかし、うん。

 そういえば、俺ってもうあの金髪野郎に顔と名前を覚えられたんだよね。赤毛で青目で名前がローズっていう如何にもな魔女として、バッチリ記憶されちゃったはずだよね。

 オォ……ジーザス……。


「分かりました、とりあえずクレアさんたちについていきます。ユーハさんはそれでいいですか?」

「うむ……某には何も問題はない。しかし、クレア殿、そなたは良いのか……? その《黎明の調べ》なる組織は巫女だけなのであろう」

「大丈夫です。正式な構成員は魔女しかいませんけど、協力者の中には男性の方もいますから。それに、ユーハさんはリゼットとセイディを助けてくれましたし」


 クレアがどことなく事務的な口調で応じると、椅子から腰を上げた。


「一緒に来てもらえるのなら、ひとまずここを出ましょう。あまりゆっくりしている余裕はなさそうなので」


 ならなんでわざわざ宿に入ったんだ……と思いかけたが、すぐに納得した。

 たぶんクレアは俺とユーハが一緒に行動しなさそうだと判断した場合、ここで別れるつもりだったのだ。この部屋にはベッドが二つあるし、せめてもの礼として宿を提供するつもりだったのだろう。

 まあ、実際はどうか知らないけどさ。




 ♀   ♀   ♀




 日が沈む前に俺たちは宿を出た。


「あの、クレアさんたちはこの町に住んでないんですよね? 今から出発して間に合うんですか?」

 

 通りを歩きながら、リゼットをおんぶするクレアに訊ねる。

 すると、その隣を歩く天使な美女が答えてくれた。


「それは大丈夫だから。町の外に出るわけじゃないし」

「え? それって、どういう――」

「セイディ、町中であまりその話はしないで。誰に聞かれるか分かったものではないわ」


 クレアが横目に注意すると、セイディは「あ、ごめんなさい、お姉様」と言って低頭した。二人の表情や声音には、やはりまだ暗澹とした色が濃い。

 

「ユーハさん、ローズちゃん、ごめんなさい。あまり詳しくは話せないけど、ついてきてもらえば分かるから」

「は、はい、分かりました……」


 なんだか気になる言い回しだったが、詮索するのも憚られたので、クレアの言葉に頷いておいた。

 俺たちは雑多な建築様式の建物が乱立する中、町の東と思しき方へ歩いて行く。方角は大雑把に太陽を見て判断しているが、たぶん結構な誤差はあると思う。

 やはり黒髪美女が先導しつつ、俺とユーハは彼女の後ろをついていく。

 その間、俺はセイディから今回の一件における彼女らの事情を訊いてみた。なぜエネアスに狙われることになったのか、なぜリゼットが港にいたのか等の疑問だ。


「うーん……まだ詳しくは説明できないけど、アタシたちが《黎明の調べ》の一員だからかな」


 それから大まかな事のあらすじを話してくれた。訊いたのは俺だが、セイディが声を向けていたのはやはり主にユーハの方だった。

 そこはまあ、仕方がない。大人たちからすれば、俺は幼女そのものだからな。


 美天使曰く、彼女らはこの町クロクスに買い物に来ていたそうだ。

 クロクスは港町なので、ここでしか手に入らない他大陸産の物品が多数ある。懇意にしていた商会の商人に以前から頼んでいたものを、四人で受け取りに来たのだそうだ。

 無事に品物を受け取って、後は少し町を散策して行こうか……といったところで、見知らぬ野郎共から襲撃を受けたらしい。


「手練れが多くて、リゼットを守らなきゃいけなかったし……それでアタシたちはバラバラにされちゃって、逃げながらみんなを探してたのよ」

「ふむ……しかし、些か不可解な話であるな。そなたらが巫女だとは一目見ただけでは気が付けぬはず……加えて、それだけの手勢がいたということは計画的な襲撃であったのだろう」


 ユーハは割と冷静に意見を述べる。

 鬱ってはいるようだが、昨日と比べてかなり頭は回っているとみえる。


「ええ、たぶんあのクソ商会のクソ野郎がアタシたちを売りやがったのよ。本部の紹介もあったし、もう十年くらいあの商会とは良好な関係が続いてたのに、あの野郎……っ」


 セイディは次第に語気を荒げ、憎々しげに目尻を釣り上げた。


「クソあのハゲジジイちゃっかり金払わせた後に襲撃させやがって今度会ったら残った毛引き抜いてから全裸で十字張り付けにしてアソコ潰してから殺してやるチェルシーの仇あぁチェルシー可哀想にきっとアタシたちが復讐して――」


 しかもなんかヤバイ感じに一人ブツブツと怨嗟の呟きを漏らし始めたんですけど……。

 俺とユーハを敵だと勘違いして聞く耳を持たなかった件といい、興奮すると視野狭窄を起こして自分の世界に行っちゃう類いの人なのかもしれん。


「えーっと、それで、セイディさんたちはバラバラになって、私たちと会う場面に繋がるわけですか」

「――え? あぁ、そうね。あのときはホントごめんね、リゼットを守って連れてきてくれたのに」

「い、いえ、それはいいんですけど……」


 そう答えながらも、俺はふと疑問に思ったことがあった。

 リゼットを初めて見たとき、彼女に危機感が皆無だったのだ。ブンブン尻尾を振りながら、何か期待の眼差しで、居並ぶ大小様々な船を見回していた。

 まあ、まだ五歳にも満たないだろう幼女だから、目の前のことに囚われやすいのだろう。焦っててもドライフルーツを見せたら、そっちに注意が向いてたし。


 なんて一人で納得していると、いつの間にか沈黙が漂っていた。

 クレアとセイディはチェルシーという家族を失ったばかりだ。俺とユーハに対しては普通に接しようとしてくれているが、会話が途切れればこの通りだ。眠る幼狐を背負って歩くクレアの表情は分からないが、間違いなく美貌に影を落としているはず。隣のセイディも柳眉を曇らせ、悲痛な面持ちで黙々と歩いている。


「……………………」


 目的地までどのくらい掛かるか分からないし、ここは何か雑談でもして気を紛らわせてあげた方がいいのだろうか? でも俺がリタ様を失ったときは、レオナの笑顔に苛立ちを覚えた。きっと今はそっとしておいた方がいいのだろう。

 彼女らには現実を受け止めるための、心の整理を付ける時間が必要だ。


 どれほど無言で歩き続けたのか。

 猥雑な雰囲気が漂っていた通りから、いつの間にかやや落ち着いた趣きの道を歩いていた。辺りを見回す限り、商店や酒場などとは違い、居住家屋が多く見られる。その多くは二階建てか三階建てのアパートっぽい集合住宅のようで、一軒家はほとんど見られない。

 クレアは黙々と先導しつつも、十字路の前でふと立ち止まった。そして振り返ってユーハを見ると、やや申し訳なさそうに口を開く。


「ユーハさん、申し訳ないのですが、少し様子を見てきてもらえませんか? 商会の連中にこの町の拠点までは知られないようにしてきましたけど、もうどうなっているか分かりません。私たちの人相は確実に伝わっているはずですから、貴方にお願いする他なくて……」

「うむ……承知した」

「ありがとうございます」


 黒髪美女は頷いたオッサンに礼を言って、目的の建物の特徴を伝えた。

 オッサンはクレアから鍵を受け取ると、マントの裾をはためかせて偵察に行こうとする。


「あ、待ってください、私も行ってもいいですか?」

「……万が一のことがあっては危険故、ローズはここで待っておれ」


 ユーハの口調や声音は相変わらずだが、左目は問答無用だと告げていた。

 たぶんエネアスとの戦闘を経て、俺の足手まといっぷりを理解したのだろう。


「……分かりました」


 俺が大人しく頷くと、ユーハは単身十字路を左折していった。

 しばらくの間、町の喧騒とリゼットの寝息をBGMにオッサンの帰還を待つ。やはりクレアもセイディも無言だったので、俺も黙っておいた。


「待たせてすまぬ……」


 五分ほど経った頃、ユーハが戻ってきた。


「……中に男が五人おった故、全員気絶させておいた。それで良かっただろうか……?」

「ええ、助かりました。ありがとうございます」

「お姉様、地下のアレ壊されてないですかね?」

「とにかく、まずは行ってみましょう」


 今度はオッサンを先頭に歩いて行くと、辿り着いたのは一軒のアパートだった。三階建てで、壁面は色褪せたような赤茶色をしており、やや古びた印象を受ける。この辺りには似たり寄ったり建物が多く、普通の集合住宅だった。


 一階の一室に足を踏み入れると、中には三人の野郎が倒れ伏していた。人間獣人翼人と揃っているが、港で見掛けたあの三人とはまた違った野郎共だ。家具などはほとんど全て倒れていたり、半壊している。


「こっちよ」


 クレアはそれらを無視して奥の方に歩を進め、寝室らしき部屋に入った。二つのベッドがひっくり返り、ここには野郎が二人倒れている。

 野郎五人を一人で無力化するとか、やっぱオッサンって強いのね。

 などと改めて感心していると、セイディが倒れ伏している野郎二人を蹴り転がしていた。ストレスが溜まっているのかもしれない。そっとしておこう。


 セイディは野郎二人を隅の方に転がすと、壁面に片手を突いた。壁は長方形の石材が積み上げられたもので、如何にも頑丈そうだ。

 ふと天使の触れている石材が一瞬だけ発光したかと思いきや、微かに例の不快感に襲われ、床が跳ね上がった。


「ぅわっ!?」


 忍法畳返しの如く、ちょうど一畳分ほどの石床が跳ね橋のように起き上がった。

 ぱっくりと開いた四角い穴には階段が続いている。

 どうやらここは忍者屋敷だったらしい。

 いや、というかこれどういう仕組みだ?

 セイディが触れているのは何の変哲もない壁だ。

 魔法具とかいうやつの一種なのか?


「ついてきて」


 俺たちはセイディに率いられ、階段を下りて地下に入る。真っ暗だが、セイディが光魔法で明かりを点けている。

 二十段ほど下ると、開けた広間に出た。だいたい学校の教室ほどだろうか、そんな空間の中心に何やら円形の板が横たわっている。

 それを一言で表現するなら、巨大なマンホールの蓋だった。半径は二リーギスくらいあり、厚さは三十レンテほどか。マンホールの蓋よろしく何らかの金属製で、表面と側面にはびっしりと模様が刻まれている。相当に複雑怪奇な文様で、見ているだけで酔いそうだ。更に中心部には高さ二リーギスほどの細い角柱が立っていて、どういった代物なのかよく分からない。


「あの上に乗って」


 セイディに言われ、巨大円盤の上に足を乗せる。

 リゼットを背負ったクレア、俺、ユーハが全員円盤の上に乗ると、セイディは中心部の角柱を掴んだ。

 

「もっと中心に寄って。絶対にこの上から飛び降りちゃダメだからね」

「あ、はい」


 俺が頷いたのを確認し、セイディは角柱をぐっと半回転させる。

 すると、足下の溝――というか文様が淡く発光し始めた。エネアスの使っていた魔剣と同じ色合いをしている。徐々に光が強くなっていき、部屋中が眩い黄金光で満たされるのに比例して、全身が奇妙な浮遊感に襲われる。

 この状況から何が起こるのか、推測はできているが、まさかという思いの方が強い。


「セ、セイディさん、なんですかこれ……? 何が起きるんですか……?」

「心配しなくても大丈夫よ。ただの転移だから」


 転移にただもクソもあるのか。

 そう思った瞬間、さながらジェットコースターやフリーフォールで感じる落下感に襲われた。つい数時間前の大ジャンプ時に味わったばかりの、あの内臓が浮くような、ひやっとする感覚だが、それほど強くはない。

 それでも視界が光に満ち、急な感覚に驚いてしまって、俺は思わず目を瞑ってその場にしゃがみ込んだ。しかし、軽い落下感は一瞬で去り、目蓋越しに感じていた強烈な光もすぐに収まる。

 

「ローズちゃん、大丈夫?」


 気遣わしげな声に顔を上げると、微苦笑した天使が手を差し伸べてきていた。

 俺はその手をとって立ち上がると、周囲を見回してみる。セイディの光魔法によって照らされた空間はつい先ほどまで変わっていない……ように思う。


「転移……したんですか?」

「ええ、したわ。それより、早くここから降りちゃって。いつ連中が追ってくるか分からないし」


 先ほど見たものと全く変わらない……と思しき巨大円盤上から飛び降りる。

 特に身体に異常はなく、あの奇妙な落下感の余韻もない。だが、ユーハは顔色が悪そうだった。いやまあ、普段から良くないんだけど、更に悪化している。


「ユーハさん大丈夫ですか?」

「う、うむ……何やらおかしな感覚だった故、少し気分が悪くてな」

「たまに酔う人もいるんです。気分が悪くなるだけで、それ以外に害はないから安心してください」


 階段前でクレアがオッサンに告げると、彼女は振り返って無人の巨大円盤を見た。すぐ側の美女から例の不快波動を強く感じた直後、クレアが岩弾を現象させ、射出した。

 岩弾は円盤に当たるも、カンッという甲高い音を立てるだけで傷一つ付かない。続いて更に強烈な不快感を感じたと思ったら、急に円盤が浮かび上がった。だが円盤は真下に現れた石槍を折り、轟音と共に着地する。石槍の残骸のせいで少し傾いているが、円盤はビクともしていないようだった。


「やっぱり頑丈ね」

「あの、それ壊しちゃう……んですよね?」

「そうよ、もう転移盤のことはばれちゃっただろうから。この町にまで追ってこられたら面倒だわ」

 

 俺とクレアが話していると、リゼットが小さく身じろぎしながら目蓋を開けた。


「ん……」

 

 寝ぼけまなこで軽く辺りを見回すも、リゼットは再び重たそうに目蓋を下ろした。よっぽど疲れていたのだろう。野郎共に追われていたというし、幼女には心身共に結構負担だったはずだ。

 リゼットが再び眠りに落ちたのを確認すると、セイディが小難しい顔で口を開いた。


「お姉様、壊せそうにないですか?」

「そうね……ダメ元でやってみたけれど、三千年以上も前の代物だもの。私たちが壊そうとして簡単に壊せるようでは、今の時代まで残ってはいないわ。やっぱり《聖魔遺物》には《聖魔遺物》が一番な――」


 言いかけていた口上を止め、クレアは顔色の悪いオッサンに目を向けた。


「そういえばユーハさん、あの男の魔剣を持っていましたよね?」

「……む? うむ。それが如何した……?」

「魔剣であれを斬ってみてくれませんか」


 請われたユーハは懐から柄を取り出した。そして慣れない手つきで柄頭を弄くっていると、光り輝く刀身が現れる。

 オッサンはライトなセイバーを軽く素振りして首を傾げながらも、転移盤に振り下ろした。すると金ピカな燐光が四散し、円盤がちょっと欠けた。


「いけそうね。ユーハさん、その調子でどんどん斬っていってください」

「うむ……承知した」


 ユーハは円盤の上に乗って柱を斬り倒したり、突き刺したり、斬り刻んだりしていく。その度に淡い光が舞い散り、すぐに空気中に溶け込んでいく。

 それを見物しながら、俺はクレアに疑問をぶつけてみた。


「クレアさん、あの魔剣って《聖魔遺物》だったんですか?」

「そうよ、刀身が金色なのは《聖魔遺物》の証だから。柄の意匠なんかでもある程度は判別できることだけれど」

「それじゃあ、白っぽい魔剣はただの魔法具ってことですか?」

「そうね、あの色以外の魔剣は魔法具よ」


 クレアの様子は転移前に比べて幾分かマシになっている。まあ、今は追手をまける安心感が表出しているだけなのかもしれないが。

 なにはともあれ、更に質問しても良さそうな感じだったので、訊いてみた。


「魔法具と《聖魔遺物》の魔剣って、何が違うんでしょう?」

「《聖魔遺物》の方は魔力を消耗しないの。魔法具の魔剣はたくさん魔力を使わないと刀身を維持できないのだけれど……ローズちゃんには少し難しいかしら?」

「いえ、そんなことないです」


 俺は首を横に振りながらも、頭の中は疑問で溢れていた。

 魔法具を使うには魔力を消耗する。だから魔法具の魔剣も魔力を使って刀身を維持するという理屈は理解できるし、当然のことだとも思う。

 だが、あの金ピカに光る魔剣は魔力を消耗しないという。


「でもあの、それじゃあ、あの魔剣は魔力の代わりに何を使って刀身を維持してるんでしょう?」

「分からないわ」

「……分からない?」

「一説では、魔素と呼ばれる空気中に漂う魔力を取り込んでいるとされているわ。でも、魔素については色々な説があるし、存在そのものからして不確かなものなの」


 魔素というのは、たぶんマナ的なエネルギーのことだろう。アニメや漫画は元より、RPGなんかでも自然界に溢れる魔力はよく登場する。

 仮に魔素が存在するなら、それをエネルギー源にすれば女でも魔法が使えそうなものだが……魔法の仕組みについてはよく分からないので、なんとも言えないか。


「あるいは、魔力を消耗しない類いの《聖魔遺物》は神器とも呼ばれているわ」

「神器……?」

「あの魔剣の色と黄月の色は同じでしょう? だから《聖魔遺物》は神様に祝福された――神様の加護のある、有り難い道具ということになっているの」


 あ、言われてみれば黄月と同じ色か。

 黄月とは聖神アーレの天眼であり、この世界には魔法があって、大昔には聖邪神戦争すらあった。魔剣も転移盤も黄月と同じ黄金光を発しているし、神器説の方が納得できるな。


「……いずれにせよ、私たちには原理の分からない道具よ」


 クレアはどうでも良さそうに言ってから、ユーハに声を掛けて破壊活動を止めさせた。

 転移盤はズタボロになっており、もはや見る影もない。綺麗な真円の輪郭は歪な多角形になり、表面の文様は半分以上が抉られ、高さ二リーギスほどあった角柱は半分以下になっている。

 念のため、セイディが角柱を回して起動を試みてみたが、見事に何も起こらなかった。


「ありがとうございます、ユーハさん。それでは、行きましょうか」


 クレアは転移盤の残骸に背を向けて、階段を上がり始める。

 俺たちは彼女に続き、地下から地上に出た。

 というか、地下にあるなら埋めればいいんじゃね? と思ってクレアに訊いてみたら、転移は転移盤の上にあるものを交換するように行われるらしい。

 だから安心安全確実に追手を断つため、惜しくも破壊したってわけだ。




 ♀   ♀   ♀




 階段を上った先は寝室だった。転移前に見た寝室と違って、部屋は荒らされておらず、綺麗なままだ。

 セイディはまたもや壁に手を当てて、直立する畳状の地面を収納した。


「あの、ここはどこですか?」

「ディーカという町にある、私たちの拠点の一つよ。これからまた町中を移動して、もう一度転移すれば私たちの家に着くわ」


 クレア曰く、ディーカはクロクスの南東方面にある町らしい。そもそもクロクスは魔大陸北西部に位置する、大陸でも有数の大きな港町だそうだ。ディーカはクロクスから馬の足でも二節から三節ほどは掛かる内陸地にあるらしく、アクラ湖という湖沿いに作られた町なんだとか。


 今更の話……なんか俺、フォリエ大陸から遠ざかってないか?

 もうクロクスへは一気に転移できないから、帰りは馬か徒歩でクロクスまで行かなければならない。まあ、クレアたちが礼として渡航費を援助してくれるなら、資金収集期間がなくなって帳消しにはなるか。

 でもここって魔大陸だし、町から町への移動って結構危険なんじゃないのか?


 簡単な説明を受けてアレコレ考えながら、屋外に出た。

 頭上の空はうっすらと赤らんできており、クロクスの空と違って雲が少ない。町の景観はそこそこ統一感があって、建築様式にバラつきがなく、道も真っ直ぐ伸びている。

 肌を撫でる風に潮の香りはなく、クロクスよりも喧噪は少なくて、幾分か落ち着いている。港町は大陸の玄関口とも言えるし、内陸地にある町よりは活気があって当然ともいえるが。


 とはいえ、ディーカの町が寂れているわけではない。むしろ日暮れ時なせいか、通りにある酒場のような場所からは賑々しい声が聞こえてくる。見掛ける通行人も武具を持った野郎共が多く、女猟兵の姿も普通に散見される。

 

 どうやら本当に転移してきたらしいことを実感して、俺は遅まきながら驚愕していた。

 いやこれ、凄いよ。交通革命だよ。

 でもラヴィたちとの道中では話題にすらならなかったことを考えると、かなり希少なものなんだろう。つまり、それを利用しているクレアたち《黎明の調べ》は相応に凄い組織なのだ。そんな組織の支援が受けられるのなら、願ったり叶ったりだ。


 しばらく人通りの多い道を歩いて行くと、次第に通行人が減ってきた。進行方向には見上げるほど高い建物ばかりが並び立っている。最低でも四、五階建てのビルくらいあり、高いだけでなく横にも広い。さながら体育館のような巨大建築ばかりが見られるようになってくる。


「クレアさん、あの大きな建物はなんですか?」

「巨人族の家よ」


 あ、巨人さんのお家だったのか。言わればみれば納得だ。そういえばクロクスで大ジャンプしたときにもデカイ建物ばかりの区画があった気がする。


 クレアに先導され、俺たちはビッグなハウスの並ぶ通りを歩いて行く。建物だけでなく、道幅も急に広くなって、通行人に巨人が多く見られるようになる。

 やはり巨人はかなりデカく、踏まれただけで死ねる体格をしている。しかも男ばかりで、女巨人がいない。まったく、巨乳美女巨人はどこにいるんだ。

 

「ここよ」


 クレアは一軒の巨大家屋の前で立ち止まった。当然ながら、巨人よりも更に大きな建物で圧倒される。扉はもはや門であり、木窓も通常とは比較にならないほどで、人力では開きそうにない。


「ユーハさん、これを勢い良く引っ張ってもらえるかしら」


 美女の視線が示す先には一本の鎖がぶら下がっていた。

 ユーハは言われるがまま両手で掴み、引っ張る。すると、ドアの向こう側からくぐもった音色の鐘声が聞こえてきた。


「…………」


 ややもしないうちにビッグな扉上部にある小窓が開き、二つの目ん玉が俺たちを見下ろしてきた。不気味すぎて思わず一歩後ずさってしまう。

 俺がただの幼女なら絶叫してるぞ。

 

 小窓が閉じると、ガタッと何かをどかすような鈍い音が聞こえてきた。

 セイディはビッグな扉に近づき、小さな取っ手を掴み、押した。ぱっと見では気が付かなかったが、大きな扉には人間サイズの小さな扉が内蔵されていたのだ。

 俺たちは開扉された入口から続々と中へ入っていく。

 

「クレア、その二人は誰だ」


 扉の内側には巨人がいた。女巨人だ。人間サイズの小さな扉に大きな閂を填めながら声を響かせた。


「クロクスの方で、色々あって……こっちの女の子は魔女よ。後で説明するから、とりあえず転移させてくれない?」


 女巨人の背丈は外で見た男巨人と大して変わらないが、全体的にやや細身だ。髪は短く、美人というほどではないが、不細工でもない。袖無しシャツと短パンという格好に飾り気は皆無だ。胸部はかなり盛り上がっていて、近くから見上げると顔が見えなくなるほどだ。これで三十代後半ほどのBBAでなければ、俺はどんな手段を用いてでも登山し、自ら進んで山間へと滑落していたところだ。


「チェルシーの姿が見えないが、どうしたんだ」

「……それも後で話すわ」

「…………そうか、分かった」


 女巨人ことヘルミーネさんは頷くと、背を向けて奥の方へと歩いて行く。

 俺たちは彼女の後に続いて、巨人邸の中を進む。やはりというべきか、家具はいちいちビッグサイズだ。ただ、椅子やテーブルは木製ではなく、石製だ。巨石を削りだして作ったと思しき四角い椅子とテーブルがどんと鎮座している。おそらくは寝床と思しきスペースには獣の皮を繋げて作られた寝具が見られる。


 俺たちは巨大テーブルの近くまで行き、例によってセイディが何もない地面の一点に手を突く。すると、本日何度目かの微かな不快感に襲われる。

 しかしすぐに収まり、やはりというべきか地面が跳ね上がって階段が出現する。


 俺たちはぞろぞろと地下へ降りると、巨大円盤に足を掛けた。




 ♀   ♀   ♀


 


 暗い地下から一瞬にして転移した先は、一転して明るかった。

 転移前と部屋の広さは変わらないが、壁にランプのようなものが見られる。たぶんリネンか何かで筒状のカバーがされ、内側からの光を透かして淡い明かりを発している。

 

「ここが、クレアさんたちの家ですか?」

「そうよ。ここは転移部屋ね。とりあえずついてきて」


 部屋から出ると、そこは廊下らしき場所だった。床も壁も全面石造りで、窓はない。だが、壁には一定間隔で先ほどと同じランプがついていて、柔らかな光に満ちていた。

 俺たちは廊下を進み、その先にある階段を上がった。すると、ホールのような場所に出る。広々としたそこは二階まで吹き抜けになっており、実に開放的だ。


「クレアッ、やっと帰ってきたわね!」


 ふとホールに幼げな声が響いた。

 視線を上げると、壁際に沿って築かれた二階廊下に一人の幼女がいた。小悪魔的に可愛い幼女は手すりの向こう側を走り、無駄に幅広な階段まで回り込む。

 しかし下りてくることはなく、幼女は両手を腰に当てて見下ろしてきた。


「遅いじゃないっ、今日の晩ご飯はクレアが――っ!?」

 

 幼女はふと息を呑み、俺とユーハに視線を向けて硬直した。

 俺も幼女を見上げ、硬直してしまう。


 まず目に付くのは日焼けしたような肌の色だ。全身が健康的な小麦色をしている。セミロングな頭髪は金色だが、あのイケメン野郎と違って色合いは希薄だった。光の加減によっては銀髪に見えてしまいそうなので、いわゆるプラチナブロンドだ。若葉色の瞳に宿る光からは勝ち気そうな内面が窺え、リゼットに負けず劣らずな美幼女っぷりで可愛らしい。身長体格から、たぶん七歳前後ほどだろう。

 だが、金髪褐色の美幼女というだけでも凄まじい破壊力なのに、悪魔的な翼まで見られる。コウモリめいた両翼に羽毛は皆無で、濃紫色の翼膜が頭髪の明るさと対照的で見栄えしている。


「クレア、それ誰……?」

「セイディ、サラとリーゼをお願い。私は二人を連れてマリリン様のところに行ってくるわ。アルセリアさんがいれば、あの人にも話しておいて」


 セイディはリゼットを受け取ると、身体を強張らせる小悪魔幼女に答えた。


「サラ、そんな警戒しなくてもいいから」

「でも、だって、なんでここに男がいるのよ!? それにその子だれっ、チェルシーはっ?」

「そんなに騒がないの、リーゼが起きちゃうでしょ? とりあえずアタシと一緒にリーゼをベッドに寝かせに行こ、ね?」


 尚も警戒心を剥き出しにして、睨み付けるように、でも少し気後れした感じに見つめてくる小悪魔幼女ことサラ。だが、セイディが階段を上がって側まで行くと、チラチラとこちらを見ながらも去って行った。


「こっちよ、来て」


 俺とオッサンも黒髪美女の誘導に従い、その場を後にする。

 ホールから伸びる廊下を歩いて行き、幾つかあるドアの前を通り過ぎる。そうして廊下最奥にあるドアの前まで来ると、クレアはノックしながら口を開いた。


「マリリン様、クレアです」


 と言って、更に続けようとしたクレアだったが、その前に扉が開いた。


「おぉ、クレア、ちょうど良いところに帰って来たの。ちょっと紅茶のお代わりを――む?」

 

 姿を見せたのは婆さんだった。後頭部で纏め上げた白髪、大小問わず多くの皺が刻まれた顔はどう見ても定年過ぎの老婆だ。ラヴィより上背はないが、ピンと伸びた背筋と生気に溢れる双眸からは耄碌している様子など微塵も窺えない。そのせいでどうにも年頃が判然とせず、最低でも齢六十を超えていることは確かだろう。


 婆さん――もといマリリンはまずユーハを見上げ、そして俺を見下ろしてから、クレアに目を向けた。

 

「……何があった?」

「クロクスで、黄昏の連中に襲われ……チェルシーが、やられました」


 クレアの簡潔な答えに、婆さんは両目を見開いて立ち尽くした。

 しかしややもしないうちに、ゆっくりと息を吐きながら小さく頷く。


「とりあえず……中に入りなさい。ほれ、お前さんらもじゃ」

「ぁ、は、はい」


 急に婆さんから声を掛けられてキョドりながらも、俺はユーハと一緒にクレアの後に続いた。


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