第三十四話 『会遇の町は涙に濡れて……』★
イケメン野郎ことエネアスの名乗りを聞いて、ユーハはすらりと得物を抜いた。薄青い刀身は曇天下にあって冴え冴えとした偉容を湛え、見惚れるほど流麗に佇んでいる。
「……念のため、問うておく。ここで退く気はないのだな」
「アハッ、ボクの話聞いてたの? 皆殺しにするって言ったでしょ」
そう言って、エネアスは眉一つ動かすことなく、手にしたライトなセイバーを振りかぶった。奴の足下には依然としてセイディが蹲り、そんな天使にリゼットが縋り付いている。
「まずは邪魔なオチビさ――っ!?」
やはりユーハの速さは異常だった。野郎とは二十リーギスくらい離れていたのに、一秒とかからず、一歩二歩でその距離を零にした。まるでジェット機のような速度で俺の横からいなくなったと思いきや、エネアス相手に刀を振り切っていたのだ。
だが、イケメンの方も尋常ではなかった。
エネアスは弾かれたように二人の前から飛び退き、ユーハの一太刀を間一髪のところで回避していた。しかも奴は高さ三リーギスほどの壁面にある両開き状態の鎧戸――その片側の小さく細い上縁に着地してのけたのだ。
一瞬で距離を詰めたユーハを感心した眼差しで見下ろし、イケメンは涼しげな口ぶりで悠々と頷く。
「やっぱり相当な剣士だったかぁ」
「其処な女子二人を切り捨てたくば……まずは某からやってみせるが良い」
ユーハは尚も鬱色の濃い顔をしているが、見上げる左目は戦意に満ちている。
「どうしてボクの邪魔をするのかな? さっきだって、ボクが割り込むまではそれと対立してる風だったし」
「誰かを助けるのに理由はいらぬ……っ!」
低く強い語調で言い放ちながら、ユーハは地を蹴りエネアスへと迫る。前世の立ち高飛びの最高記録を優に上回る接敵に、しかしエネアスは壁面を滑るように真横へ跳んで距離を取る。どちらの動きも人間離れしており、俺は軽い酔いに襲われながらも二人を見つめていた。
すると、イケメンと目が合った。奴はさも不愉快そうに眉根を寄せ、こちらに迫りながら左手を向けてくる。不快感がいや増した。
「――っ、いかん、ローズ!」
「〈魔盾〉!」
オッサンが叫んだと同時、エネアスの手先が魔剣の刃と同色の輝きで溢れた。
しかし、既に臨戦態勢をとっていた俺には油断も焦燥もなく、冷静かつ即座に半透明な盾を展開した。
い、いや、焦ってなんてないよ、ほんとにマジで。すすっ、すすす少し緊張してるだだだだだけさ。
「――ッ!?」
驚愕したのは俺だけでなく、金髪野郎もだった。魔力の盾が防いだ魔法が未知のものだったのはいいとしても、その一撃は速すぎたのだ。眩い光が奴の手から放たれたかと思えば、無属性中級魔法の盾のすぐ向こうで、稲妻が小さく弾けていた。
「まさか、こっちも魔女だったなん――っ」
エネアスが目を見開いていると、ユーハに追いつかれて袈裟懸けの一閃を見舞われる。咄嗟に右手の光刃で防いだようだが、勢いまでは殺しきれず、野郎は地に堕ちた。と思いきや、華麗な着地と同時に棒立ち状態の俺へと駆けてくる。しかもまたもや左手をこちらに突き出してきて、なかなか治まらない酔いが再度増す。
「させぬ!」
「――ッ」
だがユーハの方が速い。金髪イケメンは半身だけ振り返り、舌打ちを溢しつつ背後からの一撃を受け流した。ユーハの剣撃は一振りだけでは終わらず、返す刀で更に攻め、目にも留まらぬ踏み込みで体側位置を盗み取り、更なる剣閃を繰り出していく。
俺は今のうちに動くことにした。
オッサンは俺&幼狐&天使の三人を護りながら戦っている。しかも道の両側に分かれているので、オッサンからすれば一ヵ所に固まっていて欲しいと思っていることだろう。俺が野郎に攻撃を仕掛けることもできるが、オッサンへの誤爆を考えると上策とは言えない。
だから今のうちに向こう側へ行き、彼女たちと合流した方がいい。
しかし、問題がある。傷ついた天使のもとへと駆けつけるにはエネアスが邪魔だ。道幅はたっぷり五リーギスくらいあるので余裕で通り抜けられるが、剣戟が展開中なので危険すぎる。
どうしよう……向こうへ行くにはリスクがデカすぎる。
下手したら冗談抜きで死ぬ。
俺の本能は前でなく後ろへ進めと強く命じている。このまま俺が背中を向けて逃げ去れば、ユーハは路地の片側にだけ気を払って戦える。オッサンのためを思えば、それは正しい選択だ。
だが、それでは美女が失血死してしまうかもしれない。一旦後ろへ逃げ、迂回して向こう側へ行こうにも、この町の構造は複雑だ。迷って一人になり、更なる難事に巻き込まれる可能性だってある。
天使と幼狐はなぜか逃げ出そうとしない。リゼットは泣きながらセイディにしがみつき、美女は苦悶の面持ちでそんな幼女を引き剥がそうとしている。
一秒にも満たない刹那、俺はその姿を見ながら、かつてないほど逡巡した。
「ぅ……く……あぁもうっ、〈石槍〉!」
俺は本能に従い、足下に魔法を放った。
無論、詠唱省略による形状変化で先端は潰してある。バキボキという不快な効果音を聞き流し、我が身はロケットの如く天へと射出される。空を切り裂きながら周囲の建物を飛び越え、俺は宙を一直線に駆ける。途中、付近を飛んでいた翼人の青年が唖然とした顔で俺を見送ってきた。
そうして、気が付いたときにはクロクスの町を一望できる高度に達していた。
「――――――――」
クロクスの町は思った以上に広大だった。
長蛇を思わせる市壁は巨大な半円を描き、傲然とした威風を湛えて屹立している。そんな壁が三重になっており、壁と壁の間にも町は広がっていた。
最も外壁の向こう側には緑の大地が延々と広がっているが、天気が悪いせいか遠方までは見通せない。町の半分は平地のようで、最も内側の市壁と港のちょうど真ん中辺りから大学の講義室のような階段状になっている。数多の船舶が停泊する港湾部が黒板に相当し、座席部にあたる緩やかな坂にも無数の家々が乱立しており、中でも沿岸にほど近い場所に見える巨大な建物群が目を引き、そこだけビル街のような様相を呈している。
「――ぁ」
町の景観に見惚れているうちに上昇が止まった。一瞬だけ無重力感を味わった後、すぐさま重力が身体を引っ張る恐怖に襲われる。
「ぅわあアァあァアァァあああアァアああァァァっ!!」
悲鳴を上げずにはいられなかった。急速に迫る地上に肝が冷える。
だが俺は恐怖心に屈しかけながらも、しっかりと下を見据えた。意外と目標地点からずれてしまっていたので、風魔法で着地点を修正しつつ、落下エネルギーの相殺を図る。
だが、着地点修正は上手くいっても、落下速度がなかなか落ちない。
重力加速度は相当な難敵だ。調子に乗って勢い良く射出しすぎたな。ちょっとユーハとエネアスを飛び越えるつもりだったのに、こんな使い方初めてだから力みすぎちゃったよ。
俺は風の上級魔法での速度低下を図った。
「――っ!?」
だが発動しない!
魔力切れかと思ったが、違う。
ただ俺が集中し切れてないだけだ。怖すぎて焦りすぎてこのままだと頭から地上一直線にペシャンコだから巧く魔力を練れないだけだっ!
「し、疾風は脆くも霧消しっ、変遷する颶風に呑まれる!
散華する涜神者っ、つ、つつ、痛哭の粘性がっ、審判者を攫うっ!
風化した穢れを塵埃諸共吹き飛ばせっ――〈爆風〉!」
高速で落下しながらも詠唱し、地上十リーギスほどの高度でギリギリ魔法を発動させる。なんとか現象してくれた爆風は空中で炸裂し、クッション代わりとなって落下エネルギーを相殺して余りある威力を発揮した。
俺はほんの一瞬だけ再び無重力感を味わった後、重力に引かれる。今度は初級や下級の風魔法の連発で重力加速を防止しつつ、ゆっくりと着地した。
といっても、尻餅をついてしまったが。
「――――」
空から降ってきた俺を天使と幼狐が唖然とした顔で見つめてくる。
さっきの爆風の影響か、二人とも髪がボサボサだった。
「あ、赤い彗星って、呼んでもいいのよ……?」
なんかちょっと気恥ずかしかったので、俺はそう言いながら立ち上がろうとした。が、なぜか両足がちゃんと動いてくれない。違和感を覚えて目を向けてみると、ロリロリしいはずの我が両足は変な風に折れ曲がり、赤黒く腫れ上がりかけていた。
「ぎゃああアァアああああアアァァァアあアァ!?」
たぶん石槍射出時の負荷が大きすぎてポッキリ逝ってしまったのだろう。もう色々興奮しすぎて痛覚が麻痺しているのか、幸い痛みは感じない。だが前世でも骨折経験のなかった俺にはショッキングすぎる光景だ。
一も二もなく治癒しようとするが、やはり焦りすぎて巧く魔法が発動しない。またしても仕方なく、悲鳴さながらに詠唱して上級治癒魔法を行使する。
「くくく挫けし者は希わんっ、そ、そっそ其の哀訴は怯懦に塗れる。
至純の優恤、懇篤の慰留、我は汝を恵愛せん!
ゆ、故に立ち上がれ勇健の士、救治の光は此処にありっ――〈大治癒〉!」
両足に両手を当てると、腫れが引いて歪曲した脚部が正常な形に戻っていく。
ふぅ、ビビらせやがって……下手したらショックのあまり失神してたぞ。
という内心はおくびにも出さず、俺は何事も無かったかのように立ち上がると、二人のもとに駆け寄った。
「あ、あなた、ほんとに魔女だったのね……」
「ローズっ、どーしよーセイディが!」
セイディは尚も驚愕が抜けきっておらず、リゼットは血に濡れたセイディと俺を見比べる。俺は幼女の頭を軽く撫でてやりながら、もう一方の手をセイディの左翼に当てた。
天使の片翼は半ばから縦に裂けており、かなりの重症だった。ヌメッとした生温かい鮮血の感触に怯みかけるが、大ジャンプと両足骨折を経験したおかげか、なんとか持ちこたえる。まだ奇妙なショック状態から抜け切れていないので、再び詠唱して上級治癒魔法を発動させた。
しかし、上級治癒では半分ほど裂けた翼を接合することはできず、傷口を塞げただけだった。
「……あ、ありがとう」
呆気にとられた様子で感謝してくる美天使。
「いえ、でも私では完治できません。あと、もしかして足も怪我してますか?」
「え、えぇ、落ちたときに捻ったみたいで……でも、アタシ治癒魔法は下級までしか使えないから……」
なるほど、だからこの場から逃げようとしなかったのか。
美女の美脚を拝見させてもらうと、足首がかなり腫れていた。たぶんただの捻挫ではあるまい。治癒魔法の回復度は怪我の程度にもよるが、捻挫や打撲くらいなら下級でもなんとかなるはずだ。しかし、下級治癒魔法でも立ち上がれないほどの怪我となれば、骨折と見るべきだ。
美女が落ちたのはせいぜい二リーギスくらいからだったが、リゼットを庇ったせいで巧く受け身がとれなかったのだろう。身を挺して美幼女を守った末、天使は負傷したのだ。さすがは穢れなき純白の翼を持つ美女である。
俺は再び、念のため詠唱して治癒魔法を行使し、名誉の負傷を癒して差し上げた。こちらは俺の両足同様にきちんと完治させられた……と思う。
「……あなた、凄いわね」
「ありがとーローズ!」
「それより早く逃げましょうっ」
セイディは恐る恐る立ち上がって再度礼を述べ、リゼットは満面の笑みを向けてくる。だが今はそんな悠長にしている場合ではない。
ユーハとエネアスは未だに激しい攻防を繰り広げていた。
金髪野郎は上下左右からオッサン防衛線の突破を幾度となく試みているようだが、オッサンは巧みにそれを防いでいる。時折エネアスが魔法を使おうと俺たちの方に左手を向けてきても、即座に刀の一閃が妨害する。
薄氷を思わせるメタルブルーの刀が黄金の光刃と切り結ぶ度、火花のように蒼と金の燐光が舞い散り、消えてゆく。止めどなく凶刃を振るい合う二人の周囲には幻想的な光が漂っていた。
端から見るに、どうやら状況は拮抗しているようだ。
しかし、ユーハは俺たちを守りながら戦っているのだ。その枷が外れれば一気に均衡が崩れるだろうことは想像に易い。
「これは少し意外だなぁ、オジサンがここまでやるなんてね。それにその剣、これだけ魔剣と打ち合って刃こぼれ一つしないなんて……刀身の色味といい、まさか《七剣刃》の一振り、破魔刀《蒼哀》だったりするのかな?」
エネアスは煌々と輝く刃でユーハのメタルブルーな刀を弾きながら感嘆の声を漏らした。
「さてな……世辞はいらぬ。大人しく斬られるか、某らの前から疾く消えよ」
「疾く消えよ、か。さっきも使っちゃったし、魔力は温存しておきたかったんだけどなぁ……うん、仕方ないね、それじゃあ消えるとしようか」
エネアスは余裕ある口調で言い、どこか自惚れさえ見てとれるほど自信に溢れた笑みを覗かせた。
ユーハの攻勢に対し、奴は軽快な体捌きで繊美な金髪を妖麗に振り乱しながら、詩を朗読するかのように詠い始める。
「我が疾駆は天奔る稲妻の如し、故に光にして刹那の瞬き、捕捉適わぬ雷光の法理」
「――っ!?」
やはりというべきか、俺は例の酔いを感じる。
だが、これまでの比ではなかった。不快感に苛まれながらも、自分でもよく分からない危機感が湧き上がってくる。
「ユーハさんっ、そいつに魔法を使わせないでください!」
「……無論であるっ」
俺の必死の叫びにユーハは力強く応え、野郎に迫って刀を振るう。
エネアスは魔剣を両手で持って防御に専念し、ユーハから逃れるように後退しつつ、声高らかに詠った。
「いざ示さん我が威光、死出の手向けと心得よ、此れこそ至光にして極光の速――〈雷光之理〉」
俺も何か援護の魔法を放った方がいいかな、と思ったそのとき。
金髪野郎から一層強い波動めいた何かを感じ、奴がほんの一刹那だけ眩い光を発した。その瞬間、なぜかユーハの背後に野郎がいて、光刃を振り下ろしていた。ユーハは右肩から左腰まで袈裟斬りにされ、赤々とした滴が宙を舞う。
「――っ!?」
だが驚愕に息を呑んだのはエネアスの方だった。
ユーハは斬られたとは思えない動きで振り向きざまの一閃を振るう。一瞬のフラッシュと同時にエネアスはまたしてもユーハの背後に出現し、今度は鋭い刺突を繰り出す。対して、オッサンは振り返ることなく紙一重でそれを躱し、あまつさえ後ろ手で魔剣の鍔を鷲掴んだ。
「な……っ!?」
悠然としていたエネアスの表情が強張る。
ユーハは左手で魔剣を抑えたまま、再度振り向きざまに、お返しとばかりに一太刀を放つ。しかし、またしても微かな閃光が瞬き、オッサンの刀は虚空を切り裂く。
エネアスは俺たち三人とユーハからだいぶ離れた路上で、憎々しげに相貌を歪めていた。
「……それは何の魔法具だい?」
口調こそ荒ぶってはいないが、声音は殺意で溢れかえっている。
ユーハは俺たちの側まで一足飛びに後退してくると、右手に刀、左手に魔剣を握りつつ、鬱色の少ない凪のような声で応えた。
「銘は知らぬ……某の家に代々伝わっておった鎧下だ」
「なるほど、《聖魔遺物》の防具かな……珍しいね。なら耐魔性は相当高いはずだし、魔剣じゃ相性悪いわけだ」
独り言のように呟き、エネアスは大きく息を吐いた。
「オジサン、今まで手加減してたのかな?」
「否……お主の剣筋は既に見切れた。そして某の剣は後の先こそ本領である」
俺はオッサンの背中を注視してみるも、アレだけクリーンヒットしたにしては出血量が少なかった。和袴めいた衣装は斜めに大きく裂かれ、何やら鈍色の鎧っぽい服――たぶん鎖帷子か何かが覗き見えている。しかしそちらは僅かな綻びもなく健在だった。
背を向けて立つその姿からは力強さと頼もしさを感じる。
まさに漢の背中である。
「ねえオジサン、ボクの魔剣返してくれない?」
エネアスは掌を上に向けて右手を突き出し、笑みの消えた顔で無感情に淡々と言った。
「……返すと思うてか」
「だよね。ふぅ、困ったなぁ、それがないと――っ!?」
急に例の不快感に見舞われたと思いきや、エネアスが半身だけ振り返りながら低く身を屈めた。奴の胸があった辺りを砂色の刃が奔り抜け、俺たちの方へ迫り来る。
「不壊不燃の重盾こそ戦火の守護――〈水盾〉!」
咄嗟に詠唱したのは俺の背後にいる天使だった。
俺たちの前に水の壁が現れるが、ユーハが飛来する土属性中級魔法の刃をメタルブルーの刀で切り裂いた瞬間、橙色の燐光と化して消失した。
「こんなときに目標の一人が来るなんて……運が良いのか悪いのか」
苛立った声で呟くエネアスの向こう側には美女がいた。
美女というか、大和撫子である。艶めいた濡羽色の長髪は腰元まで真っ直ぐに流れ、白磁の肌と対照的で鮮麗だ。天使と違ってグラマーすぎる身体でゆっくりと、あるいは慎重に歩を進める姿は見惚れるほどふつくしい。きりっとした切れ長の双眸からは怜悧さが窺え、同時に妖艶さを湛える顔立ちからは二十代前半ほどの美貌を思わせる。
黒髪ロングな美女はエネアスを射貫くように睨み付け、右手を奴に向けたまま、おもむろに口を開いた。
「二人とも無事?」
「お、お姉様……っ!」
「クレア!」
セイディは安堵の念を、リゼットは溌剌とした響きを声に乗せ、美女ことクレアに応えた。
「チェルシーは一緒ではないの?」
「分かりません、はぐれてしまって」
黒髪美女の問いに天使が答えると、俺たちの間に立つエネアスが小さく笑い声を漏らした。
クレアは僅かに柳眉を寄せると、怒気を孕んだ美声を野郎に放つ。
「チェルシーをどうした」
「フフッ、チェルシーって、あの三つ編みの獣人魔女のこと? だったらゴメンね、もう殺しちゃった。今頃は灰になって、この町のどこかを漂ってるんじゃないかな」
さも愉快痛快と言わんばかりに口端を歪めるエネアス。
俺の背後にいる天使が「うそ……」と力なく呟く一方、クレアはやにわに眦をつり上げて走り出した。
「貴様――ッ!」
再び不快な波動を感じた直後、エネアスの足下が突如として隆起した。円錐状の石柱が天を突くように生まれるも、野郎は風の速さでその場から離脱し、致命の〈石槍〉を難なく回避する。そのまま跳び上がって壁面を蹴ると、地を駆り迫っていた美女を飛び越えようとする。
クレアは宙を舞う野郎に土属性下級魔法の〈岩弾〉を連射するが、エネアスは左手を美女へ向けて飛来する岩弾全てを迎撃してのけた。野郎の掌が続けざまに眩く光ると、高速で射出された岩弾が稲光のような閃光と共に次々と中空で砕け散ったのだ。
結果、黒髪美女と金髪野郎の立ち位置が入れ替わる。
エネアスは軽くかぶりを振りながら、大げさなまでに溜息を吐いてみせた。
「さすがに分が悪いなぁ。魔女だけならともかく、オジサンは厄介だし、魔剣もない。とても不本意だけど……今回は退いてあげるよ」
「このまま逃がすと思って?」
艶めいた後髪を見せるクレアがどんな表情をしているのか、俺には分からない。
だが、静かな声の中には確かな殺意が表れていた。
「別に、追ってきたければ来ればいいさ。追いつけるものならね。……我が疾駆は天奔る稲妻の如し、故に光にして刹那の瞬き、捕捉適わぬ雷光の法理」
「チェルシーの仇!」
「清冷な氷水は礫とならん――〈氷弾〉!」
「せきねつせしやじりがきらめきよ――〈火矢〉!」
黒髪美女と美天使と美幼狐が一斉に魔法を放った。
砂の刃が滑空し、氷の弾丸が射出され、小さな火矢が野郎目掛けて殺到する。というか、リゼットもしっかり攻撃してるよ。
オッサンは右手に刀、左手に魔剣を持って、逃亡宣言をした相手の襲撃に備えているのか、構えを取っている。俺はどうしようか逡巡したが、一緒に攻撃することにした。カウンターはオッサンに任せておけばいいだろう。
一拍遅れて、俺は詠唱無しに金髪野郎へ〈風刃〉を放った。
エネアスは迫り来る地水火風の四攻撃を前にしても、欠片の焦燥感すら見せずに朗々と詠う。
「いざ示さん我が威光、死出の手向けと心得よ、此れこそ至光にして極光の速――〈雷光之理〉」
そして、消えた。
一瞬の閃光と不快波動を振りまいて、奴は薄暗い路地から跡形もなく消失した。砂刃はそのまま虚空を切って突き当たりの石壁を裂き、氷弾は激突して砕け散り、火矢は俺の風刃が追いついてかき消された。
「ふむ……気配が完全に消えた。もはや付近にはおらぬようだ」
と言いながらも、ユーハは構えを解こうとしない。
だが俺はその言葉で、張り詰めていた緊張の糸がぷっつりと切れてしまい、思わず脱力して盛大に安堵の吐息を溢した。
「お姉様、大丈夫ですか!?」
「クレアっ!」
セイディとリゼットは敵がいなくなったことを確かめると、すぐさま黒髪美女のもとへと駆け寄った。クレアは軽く二人を抱き留めつつ、尚も引き締まった面持ちのまま口を開く。
「私は大丈夫だから。それよりセイディ、その翼は大丈夫なの? それに……そちらの二人は何者かしら?」
「はい、血は止まってますから大丈夫です。この二人は――」
「ローズとユーハだよっ! あたしとセイディをたすけてくれたの! すごくつよくてかっこよかったっ!」
二人の言葉を聞いて、大和撫子的にふつくしい女性は俺とユーハをまじまじと見つめてくる。だが俺は既にまともに言葉を返す気力がなかったので、軽く頭を下げておいた。
ユーハはようやく構えを解くと、右手の刀を鞘に収める。
「むぅ……面目ない。女子の可憐な翼に傷を付けさせてしまった……」
「ユーハさんとローズちゃん、でいいのかしら? 二人を助けてくれたのよね?」
クレアから問われたので、俺は一度深呼吸をし、気合いを入れ直した。
オッサンは天使の血濡れた左翼が大きく裂けている様を見て消沈しているので、ここは俺が対応した方が良い。
「はい。いきなりさっきの男に襲われたので、成り行きではありますけど」
「……とりあえず、この場から離れましょうか。二人とも、私たちと一緒に来てもらえるかしら?」
「分かりました」
俺が即答すると、クレアは長髪眼帯のオッサンに目を向ける。だがユーハは先ほどまでの漢っぷりはどこへやら、鬱色の濃い顔で魔剣の柄をしきりに見回している。
「う、ううむ……この神器の刃、如何にして収めれば……む、おぉ、消えた」
「ユーハさん、行きましょう」
「む、うむ……相分かった」
ユーハは魔剣の柄を懐にしまいつつ、ゆっくりと首肯する。
と、そこで俺はまだオッサンの背中の傷を治療していないことを思い出した。移動する前にせめて傷口くらいは塞いでやった方がいいだろう。
「すみません、ちょっと待っててください」
クレアに断りを入れてから、俺はオッサンにしゃがんでもらった。背中に回り込み、血色に染まった服と硬い鎖帷子の上から上級治癒魔法を掛ける。
が、手応えがない。
「……すまぬ。この鎧下は術の効果を低減させる故、下から直接掛けてくれぬか」
「は、はい」
色々疑問はあったが、とりあえず好奇心は脇に追いやった。
俺はユーハの後ろ首の辺りから手を突っ込むと、ヌメッとした逞しい背中に触れ、再度魔法を行使した。今度は上手くいったのか、指先の感触から傷口が塞がったのが分かる。どうやらそれほど深い傷ではなかったようだ。
「うむ、かたじけない。やはりローズは凄いな……その年頃で治癒術まで使いこなせるとは」
「いえいえ」
そんなやりとりをしていると、クレアが大きく目を見開いて俺に熱視線を注いできていた。俺は黒髪ロングなお姉さんにきゃぴっとウインクしてやると、水魔法で血に塗れた手を洗う。
どうにも修羅場をくぐり抜けてテンションがおかしくなってるな。ユーハの血塗れの背中とか普段なら気後れするのに、当たり前のように触れてたし。
今さっき気付いたことだが、例の大ジャンプのせいか、自戒が解けている。俺は予備の黒い髪紐を取り出すと、再度戒めを施しつつ口を開いた。
「セイディさんの翼の血も落としておいた方がいいでしょう。服についた血は仕方ありませんが、このまま移動すれば目立ちすぎます」
「え、あぁ、そうかも」
天使は俺に言われて気が付いたのか、首を捻り自らの左翼を見て頷いた。
ツインテ化して幾分か冷静になった俺は水魔法を使い、リゼットと一緒に天使の翼を優しく洗って血糊を落としてやった。
にしても、幼狐は血が怖くないのかね?
あるいは天使のために頑張ってるだけなのか。
ある程度綺麗にはなったものの、大きく裂けた白翼の痛々しさは変わらない。
「では、行きましょう」
「そうね」
クレアはやはり俺へと熱い眼差しを送っていたが、すぐに先頭に立って歩き出す。
そうして、俺たち五人は薄暗い路地裏を後にした。
♀ ♀ ♀
人通りの多い道に出て、坂道を上っていく。
その間、リゼット以外は無言だ。
「ねえ、チェルシーは? チェルシーさがさなくていーの?」
リゼットは町の喧騒の中、疲労感の色濃い顔を見せるセイディやクレアに訊ねている。クレアは無言のまま、優しげな手つきでリゼットの頭を撫でた。
「クレア……? セイディ……?」
二人の様子から何かを感じ取ったのか、リゼットは口を噤んだ。活発な彼女なら一人で探しに行こうとしてもおかしくはなさそうだったが、大人しくセイディに手を引かれて歩いて行く。
道端にはチラホラ露店商の姿も見られ、食い物から衣服や装飾品、武具なんかを扱う店も見られた。とりあえず俺は他の四人に待ったを掛け、ユーハに言って外套を買いに行かせることにする。背中を袈裟斬りにされましたと言わんばかりのオッサンの服装は目立ってしょうがない。
「待って。吹っ掛けられるから、露店で外貨は使わない方がいいわ。私が買ってくるから、待っててもらえるかしら」
念のために俺が1000リシアをオッサンに手渡そうとしたら、クレアが返事も聞かずに行ってしまった。
黒髪美女はすぐに戻ってきて、簡素な黒い布束をユーハに差し出す。
「……かたじけない。して、代金は如何ほどだったのであろうか」
「いえ、大丈夫です」
首を振って答えるクレアの口ぶりは重たげで、表情は暗い。
ユーハが外套を受け取ると、美女はすぐに背中を向けて歩みを再開した。オッサンはそんな美女に何も言わず、ただ目礼だけして外套を羽織る。外套は膝下まで裾が伸びた大きなマントで、身体の前面以外はすっぽりと隠れた。
それからしばらく歩き続け、坂を上り切って間もなく。
クレアに先導されて俺たちは一軒の宿へとやってきた。黒髪美女は受付で翼人の爺さん相手に手早く話を付けると、二階へ上がり、廊下の先にある一室へ俺たちを誘導する。
五人が入室すると、クレアは扉に鍵を掛け、セイディは開いたままの鎧戸を閉め、蝋燭に火を灯した。部屋にはベッドが二つと小さなテーブル、そして二脚の椅子がある。
クレアは椅子に、セイディはベッドに脱力したように腰を落としてから、大きく、どこか悲痛なまでの嘆息を溢した。リゼットは二人の顔を見比べて、俺の方にも目を向けた後、セイディの隣に腰掛けた。
オッサンはドアの横で腕を組み、静かに佇んでいる。
俺は椅子に座ることにした。
「……………………」
少しの間、重苦しい沈黙が漂う。
だが、おもむろにクレアがオッサンに目を向け、口を開いた。
「ユーハさん……で、よかったですよね? 二人を助けてくれたこと、本当に感謝しています。ありがとうございます」
「……うむ」
「それで、お手数だとは思いますけど、事情を聞かせてもらえませんか」
ユーハの声に負けず劣らず、美女の声も暗澹とした響きが目立つ。毅然と振る舞おうとしているのが窺い知れるが、声音にも表情にも張りがなかった。
「うむ……では、そうさな……あれはこの港町に着いて間もなくのことであった……」
オッサンは俺を一瞥してきた後、低い鬱声で話し始めた。
港で俺がリゼットを気に掛けたところから始まり、クレアが現れるまでの出来事を簡単に説明する。ちゃんと説明できるか不安だったが、ユーハは鬱っていても三十過ぎの大人だ。俺のフォローは必要なかった。
クレアは一通りの話を聞くと、セイディに目を向けた。無言で頷きを返してきたのを確認し、クレアは一度目を伏せて小さく深呼吸をする。たぶん、今のアイコンタクトは事実確認をしていたのだろう。俺たちのことは一応信用されているとは思うが、オッサンの見た目は如何にも怪しいからな。
「ローズちゃん、リゼットを助けてくれて、ありがとう。もしあなたがあの子を気に掛けてくれなかったら、リゼットもセイディも無事では済まなかったわ」
「いえ、私は何もしてません。ユーハさんが頑張ってくれたおかげです」
テーブルを挟んだ対面から黒髪美女に感謝されるが、俺は謙遜した。
いや、これは謙遜でも何でもないか。荒事は全てユーハがなんとかしていたし。
「でも、ローズちゃんはセイディの傷を治してくれたのでしょう? 誰にでもできることじゃないわ。まだ小さいのに、凄いわね」
「……あー、その、ところでクレアさん。貴女たちはどうして、あのエネアスとかいう人に襲われたんですか? リゼットは港でも男たちに連れ去られそうになってましたし」
「それは……」
クレアは逡巡するように目を伏せた。
「もしかして、魔女だからですか? あの男は自分のことを《黄昏の調べ》の一員だと言っていました」
「え、ええ、大体そんな感じかしら……ローズちゃんは賢いのね」
少し驚いた顔をされた。
俺の年頃はリゼットと大差ないようだし、彼女と比べれば、俺の幼女らしからぬ言動はより浮き彫りになるだろう。
「ねえ、チェルシーは……?」
不意に、俺とは別のロリロリしい声がか細く響いた。
幼狐は天使に肩を抱かれ、彼女の手を握っている。表情にはやや不安げな色が見え隠れしながらも、クレアやセイディと違って、元来の溌剌とした様子が色濃い。
「チェルシーさがしにいかないの? きっと、チェルシーもあたしたちのこと、さがしてるよ」
「リゼット、チェルシーは……もう遠くに行っちゃったのよ」
あどけない声の訴えに、クレアは躊躇いがちに答えた。
その様子を静かに見守る俺には、美女の紅唇が微かに震えていることに気が付いた。彼女は下唇をきつく噛み締め、目蓋を閉じる。
「とーくって、どこ? いつになったらかえってくるの?」
「……もう、帰ってこないの」
「うそっ、チェルシーはかえってくるよ! このまえサラねえとさんにんで、いっしょにおかしつくろーねって、やくそくしたもん! チェルシーはうそつかないもんっ!」
「そうね……チェルシーは嘘つきじゃないわ、とてもいい子よ。でも、チェルシーは帰りたくても帰れないの」
聞くに堪えない応酬だった。
「どーして? さっきのおとこのせい? あいつがチェルシーをとじこめてるの?」
「……そうよ。あの男がチェルシーを苛めて、遠い遠いところへ連れて行ったの。そのせいで、チェルシーはもう二度と帰ってこられなくなったの」
エネアスはチェルシーという三つ編みの獣人魔女を殺したと、喜々として俺たちに告げていた。きっと奴の言葉に嘘はないだろう。セイディを斬るとき、あいつは欠片も躊躇いを見せなかった。マウロのように平気で人を殺す類いのクソ野郎であることは疑いようがない。
しかし、リゼットは幼女だ。
殺人や死の意味をまだ理解できていないだろう、無垢な子供だ。
「それじゃあ……もう、チェルシーにあえないの?」
クレアは答えなかった。
いや、答えられなかったのか。
リゼットはすぐ隣に座るセイディを見上げるが、天使も固く閉ざした口を開こうとはしなかった。
「そんなのやだよ、やだっ、チェルシーにあいたい! かえってこれないなら、みんなでチェルシーのところにいこーよっ! ねえクレア、セイディっ!」
ベッドから飛び降りて美女二人に呼び掛けるが、二人とも目を伏せて歯を食いしばっていた。
「なんで……やだよ、チェルシーがいなきゃやだよぉっ。やだぁ、チェルシーとやくそくしたもん。いっしょにおかしつくろーねって、チェルシーいってたもん」
次第に溌剌とした瞳が潤み、嗚咽が漏れ始める。フサフサとした尻尾を力なく垂らしながら、リゼットはセイディに掴みかかった。
「ねえセイディ、チェルシーは? チェルシー……やだよぉ、チェルシー……うぅ、っ、チェルシーにあいたいよぉ」
セイディがリゼットを抱きしめた。
すると、リゼットは「チェルシーチェルシー」と声を上げて泣き始める。哀切な幼い叫びは俺の胸をも締め付けて、居たたまれない気持ちにさせてきた。
「リーゼ……」
幼女の涕泣につられたのか、セイディもリゼットを抱きしめながら肩を震わせ始めた。クレアは二人のような様子こそ見せていないが、テーブルに肘を突いて手を組み、そこに額を預けている。長い黒髪がしな垂れて、表情は判然としないが、悲嘆に暮れていることは確かだろう。
「……………………」
俺は何も言えなかった。
リタ様を失ったときの悲しみは忘れていない。三人を慰めようにも、チェルシーという人のことを全く知らない俺には掛けるべき言葉なんてなかった。
ユーハも俺同様に黙したまま、ただ一本の枯れ木のように粛々と佇立している。
どれほどの時間、泣き続けたのか。
リゼットの声は次第に鳴りを潜めていき、セイディに抱きついたまま寝息を立て始めた。彼女は幼女をベッドに横たえ、クレアはそれを眺めつつ大きく胸を上下させた。
そうしてユーハと俺に目を向けてくると、ややくぐもった美声で告げる。
「ごめんなさい、話の途中で」
「……気にすることなどない。あの者に、家族を殺されたのであろう……? それを悲しむのは当然のことである」
あるいはクレアより暗澹とした顔のユーハが鬱々と慰めを口にする。
彼女はオッサンの言葉に目礼を返し、対面に座する俺を見つめてきた。
「少し聞かせて欲しいことがあるのだけれど……いいかしら?」
「は、はい」
黒髪美女の声には幼女を気遣う優しさが感じ取れた。
悲しいはずなのに、なんとか気持ちを切り替えようとしている。
「さっきの話ではよく分からなかったのだけれど、ローズちゃんは今日この大陸に来たのよね?」
「そうです」
「ユーハさんは……ローズちゃんにとって、どういう人なのかしら? 家族?」
「いえ、ユーハさんとは船でたまたま会って、知り合っただけです。見た目はちょっとアレですけど、悪い人じゃありません。いい人です」
ユーハに気を遣いつつ答えると、クレアは更に問いを重ねてきた。
「この町には何しに来たのかしら? 一緒に船に乗った大人の人は、今どこにいるのか分かる?」
「あー、その、私は……気が付いたら船にいたんです」
「……どういうことかしら?」
クレアは元より、横で話を聞いているセイディも眉をひそめる。
相手が魔女ということもあり、俺はユーハにしたように事情を話した。
「……………………」
俺の話を聞いた美女二人はすぐに言葉を返すことなく、顔を見合わせていた。
まあ、俄には信じられない話だろう。もし彼女らと立場が逆だったら、俺も信じられない。
とりあえず俺は、結局アレから色々あって棚上げにされていた疑問を投げかけてみた。
「えーっと、ところで、今日は何年何期の何節何日なんでしょうか?」
「今日は……八九二年、紅火期の第三節六日よ」
セイディが半信半疑な顔で答えてくれた。
この世界の時差がどうなっているのかは分からない。だが、あの白髪女に襲撃された日から、まだ二日しか経っていなかった。
「ローズちゃんは、これからユーハさんと一緒にプローン皇国へ向かうのよね?」
俺とユーハ、どちらにも目を向けつつクレアが訊ねてきた。
ユーハは無言で首肯し、俺も「そうです」と答える。
「それなら、ひとまず私たちと一緒に来てくれないかしら? 皇国へ行くにしても、信頼できる船を見つけるのも難しいし、お金だって必要でしょう? 今の私たちにはろくなお礼もできないし、何より同じ魔女として放ってはおけないわ」
鬱武者とはまだ出会って二日だが、既に信用できることは分かっている。魔女の敵である《黄昏の調べ》を自称する輩と剣を交えたのだから、ユーハは魔女=俺の敵でないことが確かな事実となった。
クレアやセイディ、リゼットはあの金髪野郎に狙われていたし、俺と同じ魔女だ。敵意は感じないし、二人の美女からは少なからず友好の眼差しを向けられている。
しかし、俺は彼女らのことを何も知らない。
「あの、その前に聞かせてください。クレアさんもセイディさんも、それにリゼットも魔女ですけど……貴女たちはいったい、何者なんですか?」
俺の疑心に端を発するこの問いに、黒髪美女と美天使は一瞬だけ視線を交わし合った。そして今度は鬱武者をじっと見つめたかと思うと、クレアは小さく頷き、言った。
「そうね……一言でいえば、私たちは魔女の味方。ローズちゃんは、《黎明の調べ》って知ってるかしら?」
こうして、俺は彼女らと出会った。
クレア
企画:Shintek 様
〈雷光之理〉の詠唱を考えたは良いけど、たぶん今後も省略版しか出てこないと思うので、全文を載せておきます。
我が威光の煌めきこそ至高にして極限の一、其の眼に篤と焼き付けよ。
民は星光、魔生は月光、賢者は聖光、兵は凶光、いずれも真にして偽なる解。
凡夫の力走愚劣極まり、駿馬の駛走比較にならず、風狼の疾走さえも牛歩の遅速、我が後塵すら拝させぬ。
自惚れるな愚昧の徒、戦き傅け才無き輩、己が剣速の賤劣さを思い知れ。
我が疾駆は天奔る稲妻の如し、故に光にして刹那の瞬き、捕捉適わぬ雷光の法理。
いざ示さん我が威光、死出の手向けと心得よ、此れこそ至光にして極光の速――〈雷光之理〉