第二十五話 『いつか専属の美女騎士』
北ポンデーロ語の習得にはガストンの協力が必要不可欠だ。
故に、その日の俺は獣人オヤジの膝の上に座ってやり、教科書の解読を進めていた。
「うし、シャロン、このへん読んでみろ。分からなくても、前後の文脈から予想できたりするし、すぐおれに訊くな。お前は頭いいしな。まずは自分で考えてから、どうしても分からなかったら訊け」
「はい」
勉強場所は宿一階の受付カウンターの中だ。ガストンは表向き宿の主人なので、カウンターにいることが多い。
あの日、俺がレオナを救出できていたら、今頃はオッサンと勉強することなく美幼女と一緒に遊んでいたことだろう。そう思うとなんともやるせなくなってくるが、ある意味これは自業自得だ。俺が弱かったから、いま側にいるのが愛らしい美幼女ではなく、むさい獣人オヤジなのだ。
そういえば最近、美幼女にも美少女にも美女にも接してないな。フラヴィたちが帰ってくるのは一期に二、三回だし。
はぁ、テンション下がるわ……って、いかんいかん。
今は欲望とはおさらばして、勉強に集中しなくては。
「えーと、ですね……」
『そこで、俺様はそいつに言ってやった。野郎五人で女一人を襲うとか、それでもテメェら玉付いてんのか、ってな。すると一人がキレて下級の火魔法をぶっ放してきたんだが……俺様にかかれば屁でもねえ。余裕で躱して、油断しまくりな悪人面に鉄拳をお見舞いしてやったぜ』
「いい調子だ。そのまま続けて読んでみろ」
「はい。んー、えっと……」
『だが、今度は四人が一斉に襲いかかってきた。野郎共は玉なしの卑怯モンだが、腐っても《黄昏の調べ》の魔法士と剣士だ。さすがの俺様も愛刀を抜いたね。べつに無手でも良かったが、万が一にも怪我はしたくなかった。俺様は痛いの大嫌いだからな。でまあ、割と本気出して十秒もかからず片付けた。あ、いつも通り殺してはいねえよ? 俺様は慈悲深いからな。お仕置きとして全員から片腕だけはもらっておいたが』
「いいぞ、もうだいぶ分かってきたな。このままこの頁は全部いっちまえ」
『その後、俺様は気を失っている魔女を抱えてその場を離れた。もちろん、一国の姫様を運ぶように丁重にだ。モノホンの姫を肩車した経験すらある俺様は淑女の扱いを心得ている。ちなみに、偶然……そう、ほんとに偶然覗き見えたパンツは黒かった。黒い魔女は結構負傷してたんだが、生憎と俺様は治癒魔法どころか魔法自体が使えねえ。仕方なく安全なとこまで運んでから、魔女を寝かせてやった。しばらくしたら起きたんで、冷静な俺様は理路整然とした事情説明をしてやった。俺様の華麗なる救出劇を一切の嘘偽りも誇張もなく話してやった。しかし、結構俺様好みな人間の魔女さんは俺様を全く信用してくれず、逃げちまった。……まあ、べつにいいさ。俺様は感謝されるために助けたわけじゃねえしな。ただ一人の紳士として、淑女を窮地から救い出しただけだ。男として当然の行いをしたまでだ。それを信じてくれなかった魔女は悪くない。むしろ悪いのは、当たり前のように人を疑う悲しい世の中だ。俺様は決して、あわよくば一晩を共にしたかったとか、そんなこと全然思ってなかった。声にも表情にもそんな気持ち全然出てなかった。最近人肌が恋しいなぁ畜生……とかそんな寂寥感は全然醸し出してなかった。俺様は一匹のはぐれ狼だ。さすらいの風だ。無頼の独人だ。この世は残酷な無情砂漠。俺様のように清い心を持ちながら、同じ歩調で歩き続けられる奴なんざいないのさ……』
「完璧だ。ほんと覚えるの早いな」
一通り読み終えると、ガストンはごつい手で俺の頭をポンポンと撫で叩いてくる。
「でも、読めるだけです。話したり書いたりはまだあまりできていません」
「この短期間にこれだけ読めるようになれば十分だ。このまま続けていけば、翠風期には会話できるくらいにはなるだろ」
確かに今のままいけば、北ポンデーロ語はある程度身につきそうだ。
しかし、俺にはエノーメ語とフォリエ語とクラード語の復習がある。エノーメ語は普段から使用しているし、この幼女体にプレインストールされていたのでまだいい。
フォリエ語の方は『姫魔女の遺跡探索』を何度も読みつつテレーズとも話して復習し、クラード語も魔法大全を読み耽って忘れないようにする必要がある。
復習ってやつは面白味に欠ける地味で面倒な作業なので気は進まないが……面倒なことはやらないといけない大事なことだと、どっかのエロゲの主人公も言っていた。さぼるわけにはいかない。
「にしても、この本なかなか面白いな。初めは胡散臭いペテン野郎のホラ吹き話かと思ったが、ここまでくると一周回って笑えるわ。いい暇つぶしになる」
北ポンデーロ語の教科書は『俺様世界周遊記』だ。魔法大全の150分の1の値段で買った格安本だが、ガストンの言うとおり割と面白い。
主人公かつ語り手である『俺様』に名前はない。フォリエ語の教科書『姫魔女の遺跡探索』と違い、文体はかなり砕けていて、ラノベ感覚で読める。
ただ、登場人物同士の会話文は一切なく、ほとんど独白で話は進んでいく。地名はともかく、国家名や都市名がほとんど出てこないため、舞台となる時代が曖昧で、俺の期待していたコモンセンスやら何やらが得られそうにないのは残念だが。
ガストンによれば最近から二、三百年ほど前ではないか、ということらしい。更に『俺様』という人物には謎が多く、種族さえ判然としないのだが、軽妙な語り口で読み手を引き込んでくる。
たぶん合わない人にはとことん合わない本だろうが、俺もガストンもそこそこ嵌まっている。最近では二人で受付カウンターに陣取り、『俺様』の旅の記録を読み進めるのを楽しんでいる。
「それにしても、やっぱり『俺様』は強いですね。魔法士でもない人がこんなに強いってこと、本当にあり得るんですか?」
「おう、そりゃあもうあり得まくりだな。一流の戦士共は呼吸するみてえに闘気使って戦うからな。だがま、この巫山戯た内容だ。どうせあることないこと書かれてあるんだろうし、誇張してもあるだろうから、この『俺様』が本当に強いのかどうかは分からんが」
この世界には当然のように、剣や槍を持つ戦士もいる。
というか、割合では魔法士よりも圧倒的に数が多い。
そもそも、魔法士自体が少数なのだ。
女に魔力はなく男にはあるが、だからといって野郎なら誰も彼もが魔法を使えるわけじゃない。どれだけ魔力があっても魔法適性が低いと魔法は使えないし、庶民には魔法を学ぶ機会もない。
加えて、余程の才能がない限り、魔法の習得には初級であっても数節あるいは数期、下手すれば年単位の時間が掛かる。だからこそ、並の魔法士よりも総じて魔法力が図抜けている魔女は貴重なのだ。
手っ取り早く強くなりたいのなら、武器を振って身体を鍛えた方が早く、安上がりだ。都市部には魔法系の学校があるらしいが、数は少ないし、学費が高くて庶民にはまず通えない。だが、剣術や槍術の道場は学校より遙かに安価らしい。
普通に考えれば、超物理の力を操る魔法士の方が、戦士より強いと思うだろう。
しかし実際はそうでもないんだとか。
例えば、銃で武装した者とナイフで武装した者が対峙すると、どうなるか。
十リーギス以上離れていれば銃の方が圧倒的に有利だが、接近されればその限りではない。あるいはナイフを投擲されて、銃手がそれを避けられない場合も同じだ。普通の魔法士には詠唱も集中力も必要なので、むしろ戦士の方が強いくらいか。
加えて、戦士は闘気という超パワーを使って戦うという。闘気とは身体能力を引き上げたりと主に肉体方面に作用する力で、これは魔力と違って女も男と変わらず生まれ持っているものらしい。たぶん前世で言うところの内功とか外功とか、そんな感じの力なのだろう。
武術の流派の多くは種族ごとに異なるそうだ。
獣人は発達した各感覚や俊敏性を有し、翼人には翼があり、魚人は水中で活動できる。種族ごとで身体性能に差があるため、だいたいは種族ごとに独自の流派が存在する。
人間の場合は主に東部三列島――通称サンナ発祥の武術を使う者が多いらしい。北凛島発祥の北凛流、南凛島発祥の南凛流、神那島発祥の神那流。
そのまんまである。
基本的にはどの流派も幅広い分野の武術を扱ってはいるが、北凛流は剣術に、南凛流は槍術に、神那流は徒手格闘術に秀でているそうな。ちなみに神那流の使い手は、闘気によって人は元より魔物すら素手で屠ることが可能らしい。
実はこの世界って世紀末だったのか? リアル北斗○拳とか怖すぎるだろ……。
ガストンによると、俺様世界周遊記の主人公『俺様』は刀を使うので北凛流の使い手ではないか、とのことだった。人間であるとは明記されていないが、描写からだいたい当たりはつけられる。
「さて、んじゃ続き読むとするか」
ガストンが薄いワインを一口飲んでから、本を持ち直した。
俺も水を一口飲んで喉を潤す。ちなみにこの水は無詠唱化した初級水魔法によって作り出し、同じく詠唱なしに下級解毒魔法を使って念のため解毒した。
解毒魔法の詠唱省略はまだ下級までしかできていないのだ。とはいえ、詠唱ありバージョンは既に上級まで習得済みだし、これでもし砂漠で遭難しても最悪干からびることはない。
ともかく、俺は勉強兼息抜きの読書を再開する。
が、ちょうどそこで宿の扉が開いた。ドア上部に取り付けられたベルが「カランカラン」と小気味よい音を立てる。
「お、客か……読書は中断だな」
我らが涼風亭に現れたのは一人の少女だった。
結構な美少女だ。だいたい十代半ばほどだとは思うが、やや上背がある。深緑のセミロングヘアと同色の翼が見られるので、翼人だ。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん」
ガストンが営業スマイルと人の良さそうな声で接客を始める。
少女は毛むくじゃらのオヤジと、その膝の上に座る幼女な俺を見て、軽く目礼した。
「一人なのですが、部屋は空いていますか」
深閑とした森を思わせる、静かで落ち着きのある声音をしている。全体的な雰囲気だけならエリアーヌに似てなくもない少女だった。身体は引き締まっていて結構スタイリッシュだが、胸部はなかなか膨らんでいる。十分に整った顔立ちとブラウンの瞳からは穏やかながらも凛々しい内面性が伝わってくるな。
少女は引き締まった腰に一本の剣を帯びていた。柄や鞘を見る限り、よく手入れされているのが分かるが、やけに使い古されている感じもする。それは優しげな顔立ちとあまり釣り合っていない。
「あぁ、空いてるぜ」
「では、三泊お願いできますか」
「一泊400リシアだから、三泊なら1200リシアだな。それと、食事はどうする? 朝晩両方つけるなら三泊で1500リシアだ。朝だけなら1300、晩だけなら1400リシアになるな」
「朝と晩、どちらもお願いします」
少女はそう言ってオールディア上銀貨を一枚、銀貨を五枚差し出した。
「はいよ、確かに。名前はなんてんだ?」
「イヴです」
ガストンは宿泊者名簿をカウンター上に引っ張り出し、羽ペンを手にとる。
「あ、ガストンさん、私が書いてみてもいいですか?」
「ん? おお、いいぞ」
俺は羽ペンを受け取り、エノーメ語で翼人美少女の名前を記入した。字を書くのは初めてではないが、せっかく覚えたので積極的に使っていきたい。美少女の名前を記入するのは気分がいいしな。
にしても、こんな美少女一人での宿泊とは珍しい。
「あの、ところで……えっと……」
「おれはガストンだ。ついでにこっちはシャロン。ちょっと訳あってダチの娘を預かってんだ」
イヴはガストンから部屋の鍵を受け取ると、改めて口を開く。
「ガストンさん、少しお訊ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「最近、この町に隻腕の男性が訪れたという話はありませんか。歳は十六で、群青色の髪、左腕が二の腕から先がなく、中肉中背の男性です」
「ふむ……いや、知らないな。腕のない奴なら猟兵崩れなんかにゴロゴロいると思うが……なんだ、人を探してんのか?」
思案げに問うガストンに対し、イヴは静かに、でもはっきりと首肯した。
「シャロンはそういう奴、町で見かけたか?」
「いいえ、見てないです」
「……そうですか」
美少女は少し残念そうに、でも予想通りといった反応を見せる。そしてすぐに穏和そうな表情に戻ると、「それと……」と話を続けた。
「この町の慰霊祭はどうなっているのでしょうか」
「慰霊祭?」
聞き慣れない単語に俺は思わずおうむ返しに呟く。
ガストンは「あー」と何かを思い出すように唸った。
「南の広場でこの町の司祭様が執り行うらしいな。時間はたしか、夜の……九時の鐘が鳴る頃だったと思うぞ」
「そうですか。ありがとうございます」
「わざわざ訊くってことは、広場まで行って参加するのか?」
「はい」
カウンター越しに短く答える美少女に、オヤジは苦笑いを浮かべた。
「それは、なんつーか、珍しいな。おれはどうにもなぁ……顔も知らない人のために祈るってのが、なんか実感わかなくてよ」
「リリオは帝都から離れている町ですし、それが普通でしょう」
イヴも微苦笑して答えるが、俺の視線に気が付くと、柔らかな微笑みを向けてくれた。
「シャロンさんは慰霊祭が何か、知りませんか?」
「はい」
「慰霊祭は亡くなった方のために祈りを捧げる祭儀のことです。昨年、オールディア帝国の第二皇女であられた、ミスティリーファ・ミル・オールディア様が亡くなられました。明後日がミスティリーファ皇女殿下の命日であり一周忌なので、帝国各地の町々で慰霊の儀が行われることになっています」
「そうだったんですか」
全然知らんかった。
魔法練習のために森を往復する際は町中を歩いているが、そんな話は小耳に挟んだこともない。ガストンもルイクもテレーズも話題にすらしなかった。
たぶん平民からすれば、割とどうでも良い事なのだろう。リリオの人々は皇帝やら皇族など見たことないだろうし、ガストンの言うとおり、顔も知らない人の死など実感がわかないものだ。それに、俺もリリオで二期は過ごしているが、帝国という国家の存在を身近に感じたことはあまりない。
「その……ミスティリーファ様は、おいくつだったんですか?」
「まだ十五歳でした。成人して間もなく、凶刃にかかり……」
「殺されたんですか」
第二とはいえ皇女様が殺されたとか……物騒な世の中だな、おい。帝国はグレイバ王国と戦争していたというし、何か政治的な陰謀でもあったのかもしれん。
「それでは、私はこれで。質問に答えていただき、ありがとうございました」
「礼を言われるほどのことでもねえよ」
「イヴさん、慰霊祭のこと教えてくれて、ありがとうございました」
イヴは優しげな笑みを残し、身を翻して階段に足を向けた。
まだ十代半ば程度だってのに、随分と落ち着いた物腰の綺麗な人だ。
「――ひゃ!?」
と感心していたのに、件の美少女は階段まであと数歩のところでつまずき、素っ頓狂な声を上げた。しかし両翼を広げて大きく羽ばたくことでバランスを保ったのか、片膝を突く程度で済んだっぽい。
運動神経すごいな……と思っていると、何やらガシャーンという破砕音が響いた。
「…………」
俺もガストンもイヴも無言で音源に目を向けた。
そこには階段脇の台から落ちた花瓶が無残な姿で水たまりに沈んでいる。翼が当たったのか風圧の余波か、いずれにせよイヴの行動が原因で落ちたのだろう。
「あ、あああ、あの、申し訳ありませんっ! すぐに片付けさせていただきますっ、弁償もいたしますので!」
「いや、それより嬢ちゃんに怪我はねえか?」
「は、はい、それは大丈夫ですが……」
ガストンは俺を床に下ろして立ち上がり、現場に歩み寄る。俺も一緒についていくと、イヴの足下近くに小さな何かが落ちているのを発見し、拾い上げた。
「これ、なんでしょう?」
「あー、こりゃあ鎧戸の金具だな。今日ルイクのやつに付け替えさせたんだが……」
つまりルイクの野郎が古い部品を落としたせいで、それにイヴがつまづいて転びかけ、花瓶が割れたと。ちょうど錆びた部品の色が床の木材と同色だから、俺もガストンも気付かなかった。
「こっちの落ち度だ、悪いな。嬢ちゃんは気にせず部屋に行ってくれていいぞ」
「いえ、そういう訳にも参りません。せめて後片付けでも――」
「いいから、客は客らしくしてな」
ガストンは笑いながら美少女の肩を叩き、背中を押して階段へ向かわせる。
イヴは気掛かりそうに後ろを振り返っていたが、宿主の強引さに負けたようで、深緑色の翼が上階に消えていった。
「おいこらルイクッ、テメェちょっと来いや!」
オヤジが犯人の名を叫んで呼び出し、脳天をぶっ叩いて後片付けをさせる。
俺は毛むくじゃらのむさいオヤジと受付カウンターの席に戻り、若造が掃除するのを見ながら一息吐いた。
「ローズ、いい機会だから話しておくが……」
ふとガストンがいつもより低い声で言った。一階には客がいないとはいえ、オヤジは俺の本名を口にした。
「さっき皇女が殺されたって話、聞いただろ? あれはどうやら暗殺だったらしいんだな。暗殺、頭のいいお前なら分かるよな?」
「それはもちろん、分かりますけど……」
暗殺て。
まさかこの雰囲気からして、ガストンたちが殺ったとか言い出さないよな、おい。
「皇女は魔女だった。俗に言う姫魔女ってやつだな。そして皇女を殺したのは《黄昏の調べ》という組織だ、ってのが情報通の間じゃ常識だ。表向きは帝都に潜入していたグレイバ王国の手の者ってことになってるがな」
「《黄昏の調べ》って、さっき本に出てきた……?」
「そうだ。《黄昏の調べ》って組織は、魔女を狩る」
「――――」
そうして、俺は人気のない一階でガストンの話を聞いていった。
纏めるとこうなる。
《黄昏の調べ》という魔女狩り集団は世界的に活動しているそうだ。
つまり、超国家的な秘密結社のようなもの、と考えていいだろう。
彼らは魔力のない女性を蔑視しており、邪神信仰や男性至上主義的な理念を掲げている。たぶん、連中は魔女を殺すことで女性の社会的地位を貶めようとしている……のだと思う。
確かに考えてみれば、魔法という力を男だけが持つことになれば、女性の社会的地位はかなり危うくなるだろう。魔女という並の魔法士を凌ぐ存在がいるからこそ、辛うじて女性の人権めいた権利が守られているのかもしれない。
案の定、《黄昏の調べ》は社会的地位の高い魔女や才能ある魔女を優先して狙い、他にも魔女に協力的な者たちをも害しているのだとか。魔女にとっては天敵、あるいは宿敵のような存在となっているらしい。
加えて、連中は結構昔から存在しているそうだ。『俺様世界周遊記』にも登場していたし、少なくとも二、三世紀以上は前から魔女を狩っていたことになる。
「ど、どうして今まで話してくれなかったんですか……?」
「無駄に怖がらせて、不安にさせたくなかったからな。だがローズ、お前は人一倍賢い。それに最近はかなり魔法の方も上達しているようだし、さっき本にも出てきたからな。一応、話くらいはしておこうと思った」
「それは……どうも。話してくれて助かりました、本当に」
俺はそう答えながらも、色々と納得していた。
これまでの道中で、俺が魔女であることをフラヴィたちは隠そうとしていたが、それは魔女狩りを警戒してのことでもあったのだろう。こんな如何にも非力そうな魔幼女が殊更狙われることはないだろうが、もし滞在中の町に魔女狩り集団の構成員がいて、俺の話がそいつの耳に入れば、雑草を毟り取る気軽さで狩られていた危険はあった。
「ま、そんなに心配することはねえ。どこの国も、魔女は国が保護して連中の手から守ってる。それに皇国に仕える魔女は、希望すれば専属の護衛騎士が与えられるしな」
ガストンはデカい手で俺の頭を撫でながら、頼もしい口調で最高の情報を告げた。
そこで後片付けを終えたルイクが受付カウンター前にやって来て、頭を下げる。
「終わりました、すみませんでしたガストンさん」
「謝るなら客に謝ってこい、四号室だ」
「はい」
野郎はそそくさと階段を上がっていく。
その姿を見送ることなどせず、俺は非常に気掛かりなことをオヤジに訊ねてみた。
「あの……その専属の騎士って、男性だけなんですか?」
「ん? いや、女騎士もいるぞ。男か女かは魔女が選べる。というか、希望する騎士の中から魔女が好きなやつを選べるらしいからな。まあ、護衛を希望する魔女の半分くらいは男を選ぶみてえだが」
男なら魔力はあるから魔法が使える奴もいるだろうし、骨格や筋肉量といった生来の身体能力的にも野郎の方が基本的に優れている。せっかくの護衛なんだから、なるべく強い奴を側に置くのが理に適っているはずだ。それに魔女は女だし、イケメン騎士を侍らせたいとも思うだろう。
ま、俺の場合は考えるまでもないがな。
これで皇国に希望の光が見えたよ! 専属美女騎士ハラショー!
……とはいえ、魔女狩りが存在するとか最悪すぎる。
せっかくハードモードに難易度が下がったかと思ったら、やっぱりナイトメアモードだったじゃねえか。
俺はそれほど魔女としての才能はないらしいが、詠唱省略はできる。世間一般からすれば、十分に才能ある魔女に見えることだろう。詠唱短縮とか省略なんて、単に早めに練習してコツさえ掴めば誰でもできそうなことだってのに……。
これじゃあ人目のあるところでは気軽に詠唱省略は使えんな。
ちくしょう、なんてこった……せっかくの便利スキルが……。
「まあ、そういうことだから、人前で魔法は使うな。もし使えば《黄昏の調べ》に目を付けられるかもしれん。どこに連中の目があるか分からんからな」
「は、はい、気をつけます」
俺は頷きながら、しっかりと気を引き締めて自分を戒めた。
『俺様世界周遊記』の主人公のような剣士が華麗に助けてくれることなど、現実ではそうそうないのだ。
だからこそ、専属美女騎士はなんとしても必要だ。