第二十四話 『歴史のお勉強』★
リリオに滞在して、早くも二期が過ぎた。
たしか、リリオへの道中で、とりあえず俺は三歳半ということになっていた。
アレから半年以上は経ったため、今の俺は四歳ということになる。
リリオで過ごしている間、魔法大全を読み耽り、歴史書を紐解いた俺は幾度となく自分の名前を目にしてきた。
ローズという名は曰く付きだ。
ここで一度、この世界の歴史を整理して、ローズという名が持つ意味を再認してみる。
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まず、この世界の歴史は主に八つの時代に大別できるらしい。
創生期、発展期、最盛期、混沌期、戦乱期、復興期、暗黒期、安定期。
現在は安定期だ。
それぞれの時代は以下のようになっている。
・創生期 約5000年以上前
愛と調和の神こと聖神アーレが、この世界に人間を創造したとされる。
元々は僅かな妖精族と多くの野獣(魔物ではない)などが跋扈する世界だったらしい。ある種の混沌とした世界だったため、聖神アーレは人間を生み出して調整を図った……とされている。
人間たちは妖精族から魔法を教わり、協力して野獣たちの脅威に打ち勝った。
そして人間たちは教わった魔法を独自に発展させていく。
・発展期 約5000~3000年前
魔法という超物理の力によって高度な文明が誕生する。世界各地で国々が勃興し、競い合うようにして急速な文明成長が起こった。
一方、妖精族は人間たちの並々ならぬ繁殖力・繁栄力によって、徐々に生活圏を追われていったそうな。
世界は次第に力の強い二大国――ラルテス王国とディリナーレ帝国によって二分される。
・最盛期 約3000~2800年前
古代魔法文明期とも呼ばれる文明の絶頂期。
二大国は世界の覇権を巡って競い合い、様々な技術を生み出していった。
しばらくは平和な時代が続き、両国の国交もそこそこ安定していて交流も盛んだったそうな。
しかし、次第に両国の関係は悪化していき、最盛期の末期には、後に聖邪神大戦と呼ばれるハルマゲドン的な全面戦争に突入する。
この世界規模の大戦争で、ディリナーレ帝国はオデューンという邪神の力を借り受けた。聖神アーレの治めるこの世界に魔物を解き放ち、それを戦力としてラルテス王国にぶつけたのだ。
これに対し、聖神アーレはラルテス王国に力を貸す形で、獣人、翼人、魚人、巨人、竜人、魔人、鬼人を生み出し、多種多様かつ大量の魔物たちに対して、人間と共に戦わせた。
さながら聖邪神の代理戦争の如く、ラルテス王国とディリナーレ帝国は戦うも、決着は付かず膠着状態に陥る。
ここで、邪神オデューンは自ら力を振るった。ディリナーレ帝国に味方することで自らの信徒が増え、世界に直接影響力を及ぼせるようになったのだ。
邪神オデューンは妖精族と人類の半分=女性から魔力を奪い取ることで戦力を半減させ、魔物に人類を滅ぼさせて、世界を征服しようとした。邪神が帝国に力を貸したのは全てこのためだったのだ。
これによって、かつて人間たちに魔法を教えた妖精族は力を失い、そのほとんどは滅んでしまった。そして人類は魔女たちを失ったことで窮地に陥る。
だがそこで、聖神アーレが《大神槍》を放った。
諸刃の剣ではあったが、世界各地に計十三回にも及ぶ神威を顕現させたのだ。戦場や拠点そのものを圧倒的な力で消滅させることで、人類をも巻き添えにして大半の魔物共を滅ぼし、無理矢理に戦争を終結させた。
尚、この大戦では多くの偉人が活躍したとされているが、中でも以下の四人が有名らしい。
○ラディスダート・キングスコート
《雷光王》の異名を持つ。
歴史上において最強最高の魔法士とされ、類い希な天才的頭脳と魔法力を有していたらしい。魔法工学士としての才もあり、数々の便利な魔法具を生み出していたとか。
○アデルバート・エスト・ブラックウェル
《異彩の賢人》の異名を持つ。
魔法士としての実力では《雷光王》に劣るものの、頭脳面では彼と比肩するほどの偉才にして、しかし異質な賢人だったらしい。天才特有の変人的な言動を多く残している人物で、最後は自殺したとか。
○エルシス・ウィル・ノヴェール
《黎明の魔女》の異名を持つ。
現在に伝えられている魔法のほとんどは彼女が改良・体系化したそうで、歴史上最も有名な女性らしい。ある意味《雷光王》以上の天才だったそうだが、《異彩の賢人》と同じく変人だったらしく、早々に隠居した末、《大神槍》に巻き込まれて亡くなったとか。
○ローズ・ストレイス
《閃空姫》の異名を持つ。
《雷光王》並の魔法力を持ちながら武術にも秀でていた魔女で、大戦では魔物共相手に相当活躍したらしい。隠居したエルシスと共に行動していたが、魔物との戦いで敢え無く亡くなったそうだ。
・混沌期 約2800~2400年前
《大神槍》によって戦争は終結したが、代わりに世界は天災に見舞われた。
地上の十三ヶ所に大穴が空いたせいで自然環境が大きく乱れてしまったのか、嵐や地震、津波に噴火などの大規模な自然災害が多発したようだ。その当然の帰結として、ただでさえ戦争で人口が激減していた人類は更にその数を大きく減らした。
これらが原因となり、古代魔法文明期を支えた高度な技術や知識のほとんどが失われてしまう。
《大神槍》を放って以降、聖神アーレはこれ以上邪神オデューンが世界に介入しないよう、天眼によって世界を監視し始めた。これに伴って、邪神の力を僅かながらも削ぎ、魔力を奪われた女性たちの一部に加護を授けて、邪神オデューンの影響力に対抗できるだけの力を与えた。
一方、依然として世界各地には魔物共の生き残りが存在し、特にザオク大陸には数多くの魔物が残ってしまった。天災も相まって、ザオク大陸の人々は魔物共に蹂躙され、魔物だけの大陸=魔大陸と化してしまう。
・戦乱期 約2400~1800年前
天災が落ち着き、徐々に人口が増加してきたことで余裕が生まれたせいか、各種族間で争いが起こり始めた。ただし魔人族だけは最盛期終盤、早々にカプナス島(三日月島)に強力な結界魔法を張って引きこもっていた。
七種族はそれぞれ王のもとに団結し、世界中で熾烈な戦いを繰り広げた。
尚、各種族の王とは《獣人王》や《翼人王》、《魚人王》といった感じだ。七王のもと、約六百年に及ぶ対立が続いた結果、各種族はそれぞれ住処を獲得した。
最も多くの勝利を得た人間たちは世界の半分以上を自らの領地とした。
獣人たちは南ポンデーロ大陸を丸ごと手に入れた。
翼人たちは他種族から干渉されない浮遊双島を勝ち取った。
魚人たちは北ポンデーロ大陸東のコライア島を楽土と定めた。
巨人たちは魔大陸にほど近いカシエ島を住処とした。
竜人たちは竜種の住まうカーウィ諸島を安住の地とした。
鬼人たちは北ポンデーロ大陸北部にあるとされる地底都市を縄張りとした……とされている。
・復興期 約1800~1200年前
二百年ほどの間、各種族は互いに干渉し合うことなく、平和に過ごしていた。
しかし、そんな世に一人の鬼人が現れた。彼は僅か十年ほどで世界を平和的に統一し、歴史上で唯一の世界統一を成し遂げる。
《覇王》ベオグラード・ハイネスは世界各地――主に北ポンデーロ大陸に、夜でも活気溢れる眠らない大都市を無数に作った。およそ三百年以上に渡って《覇王》の世界帝国は安定して存続し、多くの人と物が世界中を行き交った。住み別れていた各種族――主に獣人と翼人と魚人と巨人の多くが世界各地に散り、共存し始める。
ちなみに、当時この世界帝国に名前はなかったそうだ。他に国がないのだから、識別するための名前など必要なく、故にただ単に世界帝国と呼ばれていたそうだ。しかし、後世の人々によってハイネス帝国という名前が与えられた。
・暗黒期 約1200~890年前
繁栄していたハイネス帝国だったが、なぜか突如として歴史が途切れてしまう。最初にして最後の世界帝国は瓦解し、世界各地で多くの国が勃興し始めるが、その詳細は不明。当時の記録がほとんど残っていないことから、暗黒の時代、あるいは空白の時代とも呼ばれている。
・安定期 約890年前から現在
暗黒期末期から台頭してきたとされるエイモル教が光天歴を定める。アーテル島にイクライプス教国という宗教国家を興し、世の信者たちの支持を集める。
世界各地で小競り合いは起こりつつも、最盛期や戦乱期のような大規模かつ致命的な争いには発展せず、比較的穏やかに時が流れる。それもこれも、聖神アーレを戴くエイモル教が大きな戦争を抑えていたからだ。
尚、現在存在する世界の国々は光天歴が制定された後にできた国ばかりだそうだ。猟兵協会や遺跡管理機構などの各種組織も整えられていき、まさに安定した時代となっている。
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かなり大雑把に纏めると、こんな感じだ。
正直なところ、この世界の歴史はかなり神話的だと思う。特に最盛期は聖神だの邪神だの、どうにも神の代理戦争的側面が強く、前世の歴史と違いすぎて戸惑いを覚えた。
だがまあ、魔法という超常現象が当たり前のように存在する世界だ。神様がいても全くおかしくはないし、その神様同士が争ったりしても不思議ではない。それに何より、歴史書に書かれてあることの全てが本当のことだとは限らないしね。
ちなみに、聖神アーレの天眼というのは黄月のことだ。
この世界には赤い紅月と金の黄月、二つの月がある。だが、紅月が満ち欠けする一方で、黄月は常に丸く光り輝いている。そして黄月は紅月に寄り添うように一緒に昇って、一緒に沈んでいく。
エイモル教では、紅月は邪神オデューンの天眼とされているらしい。
十中八九、紅月は前世のような月で、黄月は恒星だろうが、昔はなかったという。本当は神の眼などではなく、宇宙的な事情で爆誕しただけだろ……と思えるが、魔法や魔物、《大神槍》のことを考えると、本当に神様って奴はいるのだと思う。
以前、フラヴィとオーバンと共に本屋へ行った際、世界地図を見た。そのとき、大陸や島々に十以上の穴が空いていると感じたが、アレこそまさに《大神槍》の爪痕だったのだろう。
この世界の広さはクイーソからリリオまでの道のりで大体把握したが、たぶん前世の地球と同程度か少し大きいくらいだと思う。地図が正しければね。
《大神槍》の爪痕は大小様々だったのでなんともいえないが、前世の北海道くらいの範囲を消し去るだけの威力はあったはずだ。そして天災によって、その周辺の土地が海の底に沈んでしまった……と思われる。
いやまあ、この世界の広さとかよく分からんから、正確なところは不明だが。それでも単純な破壊力だけなら核爆弾など比較にもならないのだろう。
さて、問題はローズだ。
俺ではなく、歴史上の偉人とされているローズ・ストレイスだ。彼女は紅い髪と蒼い瞳を持つ、美しくも格好良い女性だったとか。歴史上の魔女ではエルシス・ウィル・ノヴェールの次くらいに有名らしい。
その理由は単純明快で、ローズ・ストレイスが人類至上初めての魔女だったからだ。邪神オデューンの呪いによって世界中の女性は魔力を奪われ、魔法が使えなくなっていく中、彼女だけは以前と変わらず魔法を使い続けることができたらしい。
つまり聖神アーレが最初に加護を授けたのがローズ・ストレイスということになり、エイモル教では聖女扱いされているほどだ。エルシス・ウィル・ノヴェールは魔法の祖として歴史的に有名だが、魔女としてならばローズ・ストレイスの方がエイモル教の影響もあって有名っぽい。なので世間一般では魔女=ローズという等式が成り立つほどだ。
《雷光王》、《異彩の賢人》、《黎明の魔女》、《閃空姫》はそこらの子供でも知っているレベルの有名人らしい。ルイクに聞いてみたところ、四人が登場する童話や英雄譚めいた物語は数多く存在するのだとか。どいつの異名もなかなかの中二ネームだから、子供受けが良いのだろう。
レオナも俺の容姿から《閃空姫》を連想して、ローズと名付けたくらいだしな。
まあ、実際はどうか知らないが。
そんなわけで、紅髪碧眼で名前がローズとくれば、誰でも俺を魔女だと疑うだろう。
では、なぜ俺は魔女だと疑われることを避けねばならないのか。魔女は力なので国家が欲しているという理由もあるが、もう一つ差し迫った理由がある。
それを俺が知ったのは橙土期も半ばのある日のことだ……。