表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼女転生  作者: デブリ
二章・道中編
33/203

第二十三話 『魔法幼女育成計画』


 リリオに滞在して一期と三節が経った。


 フラヴィたちは相変わらず任務に奔走している。涼風亭に戻ってきても、一節ほどすると、またどこかへ行ってしまう。他の工作員連中も涼風亭にやって来るが、俺に彼らとの交流はあまりない。ほとんど屋根裏部屋に引きこもってるからな。

 何度か会って話くらいはしたし、特にジュリーという二十代半ばの姉ちゃん(そこそこ美人)には鬱陶しいほど絡まれたが……それはまあ割愛する。


 この一期以上で、俺はけっこう自分の成長を実感できている。

 クラード語はだいぶ上達して、魔法大全の解読に問題はない。

 エノーメ語はもう完璧だ。歴史書も二周して、文字と歴史を頭に叩き込んだ。

 フォリエ語は現在勉強中だが、順調に理解が進んでいる。

 北ポンデーロ語の方は……進捗が遅い。教師であるガストンの都合上、あまり勉強時間がとれないのだ。まあ、少しずつとはいえ教えてもらっているので、リリオを発つ春までにはなんとかなりそうではある。


 問題は魔法だ。

 初級、下級の魔法はスムーズに習得できていたが、中級は少々手こずった。五大属性と治癒解毒の六種で計三節も掛かった。無論、魔法大全に載っている五十以上の中級魔法全てで、その期間というわけではない。各属性魔法それぞれ一個ずつ、計七つ習得するのに、三節だ。初級と下級がものの数回で巧く行使できていたことを思えば、一気に難易度が上がっている。

 というより、たぶん俺が魔法の何たるかを理解していないから、難しく感じているのだろう。教科書である魔法大全には各魔法の詠唱だけでなく、魔法についての様々な知識が詰まっていた。中でも一番気になったのは、詠唱は短縮と省略ができるという項目だ。

 

 曰く、魔法適性の高い魔法士は詠唱を幾らかカットして、あるいは何も唱えずに魔法を行使できるそうだ。といっても、人並み外れた才能がなければ無理らしい。魔人は魔法力が図抜けて高いらしいので、短縮も省略も普通にやってのける、と書いてあった。

 ルイクに訊いてみたところ、皇国所属の魔法士(魔女を含む)で詠唱短縮ができる者は千人に一人いるかいないか程度だそうだ。それも適性属性限定かつ、ほとんどの者が上級以下の魔法しか短縮できないらしい。詠唱省略にいたっては数えるほどしかいないという。

 エリアーヌは風魔法なら詠唱短縮できていたが、フラヴィもロックもオーバンも詠唱の省略どころか短縮もできていなかったし、それほど難易度の高い技法なのだろう。


 実際、俺もここ三節くらいは上級魔法そっちのけで、詠唱の短縮と省略ができないか試行錯誤しているが、全然できない。魔法大全に具体的なやり方が書かれていないから、暗中模索状態でどうにもならん。そもそも魔法自体が運動と同様に感覚的なものなので、言葉では説明しにくいという問題もある。詠唱省略ができる先生が欲しいところだが、短縮のできるエリアーヌは仕事でいないし、無い物ねだりだ。


 しかし、詠唱の短縮また省略は、本当に才能だけで成否が決まることなのか?

 努力ではどうしようもない問題なのか?


 天才って言葉は実に便利で都合の良い言い訳だ。

 天才と呼ばれる者たちのほとんどは、ただ人より少しだけ優れた才能を持って生まれ、自分の進むべき道をいち早く定めて一意専心したからこそ、天才と呼ばれるに足る人間になるのだ。俺は天才とはそういうものだと思っている。

 1%の才能と99%の努力ってやつだ。そりゃあ中には、99%の才能と1%の努力って例外もいるのかもしれないが……。


 生憎と俺は『魔女としては平均よりやや優秀』程度らしい。

 エリアーヌもフラヴィもロックもオーバンもルイクもガストンも、みんな口を揃えて言っている。特にルイクなんかは最近、ことあるごとに顔を引きつらせながら『平均よりやや優秀』と言ってくる。

 ……奴はたぶん、俺に気を遣っているのだろう。俺が褒められて伸びるタイプと見抜いて、でも調子づかせないように、ほどほどに褒めてやる気を煽っているのだ。あいつは本当にいい奴だな……。


 まあ、それでもたぶん俺にも一応才能はあるはずだ。でなければ、初級魔法を習ったその日にフラヴィの盾は破れまい。足りない才能は99%の努力でなんとかすればいい。


 というわけで、俺は考えた。

 ここ三節ほどは何度も詠唱短縮と省略を試行錯誤しながら、元クズニートの足りない頭で熟考した。

 その結果、一つの仮説が爆誕した。


 以前、俺は魔法を車に例えたことがあった。

 詠唱=点火プラグ、魔法適性(あるいは身体)=エンジン、魔力=燃料、そして魔法のコントロール=運転だ。

 だが魔法について勉強した今になって思えば、これは少し違う。


 もし詠唱が単なる点火プラグだったら、どんな詠唱でも同じ魔法が発動することになる。だから魔法適性も、エンジンというよりはエンジンのパーツだ。そして詠唱ってのは、エンジン=魔法を組み立てるための法則というか、設計図なのだ。その設計図を自分(の肉体)という組立機に読み込ませて、エンジンを組み立てさせる。最後に魔法名を口にすることで、エンジンが始動する……といった感じだろう。


 各人の魔法適性=エンジンパーツは生まれ持った時点で決まっている。だから魔法の適性属性って概念が存在するのだ。

 魔法士たちは自分の持つパーツを、詠唱=設計図によって、目的の魔法=エンジンに見合った形に組み立てていき、それを魔力=燃料によって駆動させ、出力する。

 得意属性が火ならば、火属性エンジンの元になるパーツを多く持って生まれたり、ハイスペックな属性パーツを持って生まれてきていることになる。おそらく無属性パーツは万能パーツで、どの属性パーツの代用にもなる一方、火や水の専用パーツほどスペックが高くないのだ。


 魔法というエネルギーを出力した後、エンジンは解体されてパーツに戻る。そしてまた詠唱することでエンジンを組み立て、出力する。だから同じ魔法を練習すればするほど、発動がスムーズになったりするのだ。何度も同じものを組み立てさせていれば、遅かれ早かれいずれ身体が慣れる。


 そう考えれば、色々と納得がいくだろう。

 故に、詠唱の短縮と省略もこの例えでいくと、こういうことになる。

 詠唱省略ってのは完全に自力でエンジンを組み立てる技法のことだ。自分という組立機に設計図を読み込ませず、一から十までマニュアル操作で完成させる。短縮の方は一部か半分かを自力で組み立て、残りは設計図に頼るという感じか。

 

 つまり、覚えるのだ。

 詠唱中は良く集中して、体内の魔力の流れを把握する。それを自力で再現できれば詠唱なしでも魔法が使えるはずだ。

 

 うん……よし、これで勝つる。

 一度自分なりに纏めたおかげか、なんとかなりそうな気がしてきた。まずは適性のある無属性の初級魔法〈魔弾ト・アルア〉から練習してみよう。〈魔弾ト・アルア〉はフラヴィから手加減バージョンを教えてもらった都合上、一番練習した魔法だ。

 ただ、正直なところ、無属性が最も難しい魔法に感じるが……使い勝手はいいし、威力調整が比較的簡単で、非常に有用といえる。

 基本中の基本魔法だから、練習には一番適しているはずだ。

 



 ♀   ♀   ♀




 翌日、森の練習場。

 〈魔弾ト・アルア〉しか練習しない俺を見て、ルイクは首を傾げていた。


「どうして今更、初級魔法ばかり練習してるんだい? 昨日までは中級魔法ばかりだったのに」

「詠唱の短縮と省略のためです」


 俺が真顔で答えると、ルイクは「またか」といった苦笑を返してきた。


「前にも言ったけど、詠唱短縮は凄く難しいんだよ?」

「それはこの三節で嫌と言うほど実感しました。でも、絶対にできないと決まったわけではありません。昨日、色々と思うところがあったので、再挑戦します」

「うーん……そっか。でも、できなくても落ち込まなくていいからね? 僕も一時期は頑張ってたけど、できなかったし。ほとんどみんなそうだから」


 たぶんだが、魔法士ってやつは一度くらい詠唱短縮と省略の習得に励むのだろう。短縮だけでもできればかなり便利そうだし、特に若者は無限の可能性とか己の才気に期待するものだ。駄目元でも試してみたりするのだろう。

 今の俺のように。


 初級魔法ばかり使う俺を、ルイクは温かい目で見守ってくる。どうやら野郎は不可能だと思っているらしいが、俺はそうは思わない。思いたくない。

 素人がエンジンを組み立てると考えれば、時間こそ掛かるだろうが、できないことはないはずなのだ。


 まあ、結局その日は省略どころか短縮もできなかったんだけどね。




 ♀   ♀   ♀




 〈魔弾ト・アルア〉の詠唱短縮と省略を目指し、愚直に練習すること三日。

 全く成果の出ない修行に早くも心が折れかけていたとき、急にあっさり短縮に成功した。


「痛哭の結露――〈魔弾ト・アルア〉」


 魔力弾の形成は少しぎこちなくなったが、練習すれば大丈夫だろう。

 そう楽観的に思えるほど、これまでに反してすぐにコツは掴めた。


「す、凄いよローズちゃん! ほんとに凄いよっ、君はやっぱり天才なんだね!」


 小並感。

 ルイクは興奮した面持ちで俺のことをベタ褒めする。

 というか、やっぱり天才って、なんだお前。中のやや上レベルの魔女だって散々言ってたくせに、今更手のひらリバースしやがって。

 ま、褒められて悪い気はしないが。


 その日、ルイクから話を聞いたガストンは俺を盛大に賞賛した。晩飯はいつもより豪勢になり、何か欲しいものはないかと訊ねられる始末である。


「さすがローズだ! まだこんなちっさいのに、これは将来はもう皇国一の大魔女になるなっ!」


 ガストンは毛むくじゃらな顔を酒で赤くし、俺の顔に頬ずりしてくる。荒々しい毛が擦れて少し痛いし、息が酒臭かった。

 ルイクに続いてガストンまで手のひらリバースして、もう僕大人を信じられません……とか思ってたら、テレーズが冷めた声で言った。


「はっ、いちいち大げさだね。初級魔法の短縮くらいで騒ぎ立てるんじゃないよ」

「おいおいテレーズ、お前は魔法士じゃないから分からんかもしれんが、こいつはもの凄いことなんだぞ! ローズは十年に一人の魔女だ。名前負けだってしてねえ、天才的な魔女だぜ!」


 十年に一人ってフレーズは前世でもよく聞いたけど、そういう奴って大抵は十年に何人もいるんだよな。それに、まだ肝心の省略ができていない。

 短縮でここまで大げさに反応されるなんて、予想外すぎた。

 まあ、テレーズは平常運転みたいだけど。


「ローズ、詠唱短縮ができたからって、調子に乗るんじゃないよ。皇国だけに限らず、世界にはあんた以上の魔女がいっぱいいるんだからね」

「は、はい」


 というか、相変わらずテレーズは厳しいね。

 もう慣れたけどさ。




 ♀   ♀   ♀




 詠唱短縮に成功して、二日後。

 今度は詠唱省略に成功した。


 コツを掴んで早々、中二の心を忘れない俺は右手を銃の形にして構える。何も口にしなくとも人差し指の先に仄白い光が球状に形成され、俺はそれを射出した。

 これぞまさにレ○ガン。

 いや、撃ち出すのは霊気じゃなくて魔力だけどね。

 心で念じて心で引き金を引くのは変わらんけど。


「あの、ルイクさん?」

「――――」


 どうやらルイクは驚きすぎて言葉もないようだった。

 ばんなそかなって顔で硬直している。

 試しに翼の羽を一本引っこ抜いてみたら、「ぐぁ!?」と苦鳴を上げてようやく石化が解除された。


「……本当にローズ様の生まれ変わりなのかもしれない」


 なぜか恐る恐る呟くルイク。

 にしても……そんなに難しくなかったな、短縮も省略も。

 三節くらい要領が分からずに苦悩はしたが、自分なりにイメージとか理論を纏めてからはあっさりできた。たぶん、俺の車の例えは間違っていないのだろう。


 とりあえず詠唱を省略して、〈魔弾ト・アルア〉ばかり練習した。

 それで分かったんだが、どうにも魔法名は口にした方が魔法の現象が簡単な気がする。『〈魔弾ト・アルア〉』と口にした場合と、『レ○ガン』と口にした場合では前者の方が微妙にスムーズにできた。点火プラグまで自力で組み立てるか、それだけはオートで処理するかって感じだろうか。

 魔物相手ならオート処理でもいいが、対人戦ではどんな魔法を使うのか相手に知られれば、詠唱を省略するメリットが半減する。

 まあ、この辺はおいおい考えていけばいいか。


 その日の夜、やはりガストンは俺を盛大に……賞賛しなかった。

 ルイク同様に畏怖の眼差しで見つめてくる。

 

「自分で言っておいてなんだが、ほんとにローズ様の卵だったとはな……」


 一方、テレーズは平常運転だった。


「……詠唱が省略できたくらいでなんだい、まったく。本国にもできる奴はいるんだから、そんなに凄いことでもないさね。ローズ、たしかにあんたは凄いけど、もっと凄い魔女もいるんだよ。自分を天才だと思わないこったね」


 わ、わかったから、そんな怖い眼で私を見ないでテレーズ先生……。

 まあでも、そりゃあ……ね?

 俺が天才なわけないだろうって。

 だったらクズニートなんてしてませんでしたよって。

 才能あるなら前世の最後に時空魔法発動させてましたよって。


 あぁ……そうだ、そうだとも。

 そんなに現実は甘くない。

 テレーズの言うとおり、俺より才能のある魔女なんて山ほどいるだろうさ。

 事実、初級魔法も下級魔法も一発では使えなかったし、中級魔法の習得には三節以上も掛かった。

 前にルイクだって言っていた。

 才能のある魔女なら、一回で造作もなく手足のように魔法を駆使してみせると。


 俺は単に、詠唱短縮と省略の才能があっただけだろう。

 うん、自分を過信してはいけない。

 謙虚にいこう、謙虚に。




 ♀   ♀   ♀




 翌日からは上級魔法の習得は後回しにして、詠唱省略の習熟に専念する。

 ここで俺は現実を思い知った。いや、思い知ったというか、再認したと言った方が正しいな。俺は初めから――それこそ前世から、リアルの厳しさは吐き気がするほど知ってるし。


 詠唱省略は〈魔弾ト・アルア〉でコツを掴んだが、他の魔法では少し勝手が違った。

 当然といえば当然の話だ。

 それぞれの魔法=エンジンは構造が違う。構造が違えば、使うパーツも組み立て方も異なる。つまり、各魔法ごとに詠唱省略のための練習が必要になるのだ。


 まずは〈魔弾ト・アルア〉の次によく使っていた水の初級魔法から慣らしていく。〈水弾ト・クア〉は形を整えずにわざと崩すことで、ただの水として生成できるのだ。これまでも便利だから〈水弾ト・クア〉はよく使っていた。主にトイレで排泄物を流すときなんかに。リリオも下水道は一応整ってるからね。


 結局、〈水弾ト・クア〉の無詠唱化は二日掛かった。

 二日と言っても、森での練習時間分だけだが。


 その次の日は風魔法の無詠唱化に励んだ。

 〈風波ルプ・リー〉もよく使っていた魔法だ。主にトイレで黄金水を放出した後、ピンポイントの強風でクレバスを乾燥させるために。おかげでだいぶ威力と範囲調節の練習になった。ついでに股がスースーする感覚にも慣れてしまったので、今ならスカートも穿けると思う。

 いや、穿かないけどな。


 風の初級魔法も、やはり二日掛かった。

 この分だと下級魔法は一節くらい掛かりそうだ。

 と思って、翌日は土の初級魔法を無詠唱化しようと試してみたら、一日も掛からずにできた。やっぱり俺って枯薔薇のローズかもしれない……。

 いや、でも魔石は白っぽかったから、適性は無属性で間違いないはずだ。

 

 微妙に不安感に駆られながらも、翌日。

 早々に火魔法の練習に移った。


石巌せきがん不砕ふさいにして不動、我が宿望は原始のまもり。

 立ちはだかれ隆起せよ、堅牢なる障壁をいま此処ここに――〈岩壁ルォ・ロー〉」


 もちろんセルフで岩の壁を作っておき、森へと延焼しないように対策しておく。

 そうして忌々しい記憶の残る〈火矢ロ・アフィ〉の詠唱省略ができるように練習していくが……こちらも一日でできた。

 それ自体は素直に喜ばしいことだ。

 しかし、これはなんかおかしくないか……?

 なんで水と風の無詠唱化は時間が掛かって、土と火はその半分以下の時間でできたんだ? この差はなんだ?

 俺は無属性の適性属性だから、無属性以外は平等であるべきだ。

 でも実際は倍の時間差が生じている。


 …………分からん。


 とりあえず、治癒と解毒の初級魔法を無詠唱化したら、下級魔法の方に移るか。初級の各属性魔法はまだあるが、今は先に進んだ方がいいだろう。

 初級、下級、中級、上級の各属性魔法をそれぞれ一つずつ無詠唱化しておいて、それから再び残りの初級、下級、中級、上級の魔法を順番に習得し、無詠唱化する作業に入ればいい。

 詠唱省略は各魔法ごとに魔力の流れを記憶しなければいけないので、いきなり一気に無詠唱化しても覚えきれないからな。いくらこの身体の記憶力が良くても、限度ってものはある。まだリリオでのスタディデイズは一期以上残っているので、焦らず計画的にやっていこう。


 今更の話、魔法大全に記載されている魔法は五大属性魔法と治癒解毒魔法だけだ。大全とか題しておきながら、基本魔法と特殊魔法の一部の初級から上級までしか網羅していない。いや、本当に網羅しているのかという点からして怪しい。

 タイトル詐欺すぐる。

 他の特殊魔法、古代魔法、禁忌魔法に関しては『こんな魔法がありますよ』という程度の紹介しかされていなかった。俺的には闇魔法とか幻惑魔法とか、その辺に興味があるんだが……まあ、そのうちルイクやガストンに教えてもらうか。


 無詠唱化の時間差に関しては、下級魔法でも属性ごとに差が出たら、もう一度よく考えてみよう。ただ単に集中力の問題とか、そのときそのときの状況次第なのかもしれんし。

 だからというわけでもないが、下級魔法は全て全力で集中してやっていこう。



 

 ♀   ♀   ♀




 魔法ごとに無詠唱化するのは結構面倒だ。

 詠唱省略というスキルなら、詠唱して一度でも行使できた魔法なら、全部自動で詠唱省略で使えるようになればいいのに。詠唱して魔法を習得し、それを更に無詠唱化するのは二度手間だ。まあ、新しい魔法を覚えるよりは楽だけどさ。


 五大属性+治癒解毒の下級魔法それぞれ一つずつで、計七つの魔法の無詠唱化は八日で終わった。自分で言うのもなんだが、かなり早いと思う。等級が上がるほど、詠唱=設計図は複雑化して、そのぶん無詠唱化が困難になっているはずだ。

 にもかかわらず、火&土属性の下級魔法は二日で覚えられた。

 治癒と解毒と無属性で二日。

 そして風と水でそれぞれ二日ずつ。


 やはり習得時間にばらつきがあった。

 初級のときと同様、火と土の属性は早く、風と水の属性は遅い。

 治癒と解毒と無属性は火&土属性より更に早かった。


 このことをどう思うか、試しにルイクに訊いてみた。


「い、いや、僕に訊かれても分からないよ。僕は詠唱短縮だってできないのに」


 ガストンに訊いてみると、


「うーむ…………分からん。相性の問題か? 火の反属性は水、土の反属性は風だ。早く詠唱省略できたのは火と土、遅かったのが水と風。なんか関係あるんじゃねえか?」

 

 ルイクよりはまともな意見だったが、それは既に考察していたことだった。

 尚、テレーズは魔女ではないので、魔法のことに関しては質問できない。彼女に魔法のことを訊ねると機嫌悪くなるからな。普通の女性にとって、魔法の使える魔女は羨ましいだろうし、色々複雑な感情を抱いていそうだ。

 そう考えれば、テレーズの手厳しい態度にも納得がいく。

 ……いや、本当にそうなのだろうか?

 エリアーヌやフラヴィが帰ってきて、三人が話していた場面は見たことあるが、べつに普通だった。ちょっと不機嫌そうな態度は相変わらずだったが、声に険はなかったし、むしろ微笑みっぽい表情を覗かせたりしていた。

 やっぱ俺、嫌われてんのかな……?


 いや、それはともかく、詠唱省略の時間差は看過できない謎だ。

 夕食前、俺は屋根裏部屋で一人思索に耽る。今はもう年が明けて橙土期の第二節だが、夕方でも気温はたぶん二十度近くある(と思う)。

 熱帯地域なせいか、年中暑い。まあ、最近は暑すぎず寒すぎずな適温で過ごしやすいのだが、それでも湿度が相応に高いので、不快感はある。

 俺はいつものようにパンツ一丁になると、扇風機代わりに風魔法で微風を起こし、それを自分に当てて涼む。暑くて不快なときは、こうして涼をとっていた。

 俺もだいぶ異世界に慣れてきたな。


「…………ん?」


 ふと気が付いた。

 そういえば、日常生活で使う魔法は水か風の属性が多い。どちらもトイレで頻繁に使っていたし、こうして涼むのにも使っていた。

 対して、火と土の属性は練習以外では全然使ってない。というか、練習も水と風ほどしていなかった。森への延焼というリスクを考えれば火魔法はそんなに使えなかったし、土魔法はあまり好みじゃなかった。

 水魔法と風魔法は使い勝手が良く、練習しやすいこともあって、この二属性は火&土より使用回数が多かった。フラヴィとエリアーヌの適性属性が水と風だから、この二つが上手くなれば二人から褒められるだろうなぁ……とか、そんなことは決して全く考えてなかったよ、うんマジで。


 しかし、この使用回数の問題……関係あるのだろうか?

 

「よし、明日から実験してみるか」


 


 ♀   ♀   ♀




 実験を開始して十日。

 俺はようやく無詠唱化に掛かる時間差の謎を解き明かした。

 結論から述べると、属性は関係なかった。

 関係あるのは各魔法の行使回数、あるいは熟練度だ。


 初めに、まだ無詠唱化していない五大属性の初級魔法をそれぞれ無詠唱化してみたところ……今度はなぜか、五大属性とも三十分ほどで無詠唱化できたのだ。

 そこで俺はピンときた。

 俺が初めに無詠唱化した初級風魔法の〈風波ルプ・リー〉は日常生活でもかなり頻繁に使用していた。同じく水魔法の〈水弾ト・クア〉もだ。

 しかし、この二つ以外の風&水魔法は練習時にしか使っていなかった。つまり、明らかに行使回数とそれに伴う熟練度に大きな差があったのだ。


 試しに、まだ習得していなかった下級風魔法〈嵐種トス・シー〉を覚えてみた。そして下級風魔法で最初に習得した〈風刃ラス・ドゥイ〉ほど慣熟させず、すぐに無詠唱化を試みてみた。

 結果、明らかに〈嵐種トス・シー〉の方がスムーズに無詠唱化できた。

 他の三属性の場合も、適性属性である無属性の場合も、同じだった。行使回数の少ない――熟練していない魔法ほど、無詠唱化が容易だった。


 おそらく、同じ魔法を何度も使っているうちに、設計図を使用したオート式に身体が馴染んでしまうのだ。だからマニュアル式を試みようとしても、なまじオートになれている分、なかなか上手くいかない。

 そう考えると、結構誰でも詠唱短縮と省略を会得できそうなものだが……ここに常識という落とし穴があるのだろう。


 詠唱短縮も詠唱省略も非常に高度な技法とされている。

 普通に考えれば、そうしたものは十分魔法に慣れてから試みるものだ。初級魔法を覚えたから、じゃあ早速詠唱の短縮と省略をしてみようと思う者はまずいまい。

 初級の次は下級、下級の次は中級、中級の次は上級とステップアップしていくか、まずは覚えた魔法の慣熟に精を出す。それからようやく、高度な技法とされている詠唱短縮・省略を試みるはずだ。

 あるいは自信過剰な者や常識に囚われない者なら、初級魔法を習得してすぐに詠唱短縮か省略をものにしようとするだろう。だが、詠唱短縮と省略のコツを掴むには魔力の流れを把握する必要がある。そのためには詠唱オートでの魔法行使が必要になり、そのぶんだけ身体が詠唱オート式に馴染んでいく。

 つまり、すみやかに魔力の流れを把握しない限り、どんどん難易度がアップしていくのだ。実に意地の悪いシステムである。リタイアする度にハードになっていくとか、どんなマゾゲーだ。


 そもそも、詠唱短縮・省略を試みようとする際は、自分が一番得意な魔法で練習しようとするはずだ。事実、俺がそうだった。〈魔弾ト・アルア〉が一番馴染んでいたから、〈魔弾ト・アルア〉で練習を始めた。慣熟している魔法ほどマニュアル化が難しくなるのだから、これはミステイクだ。


 詠唱短縮と省略を身に着けようと必死になって魔法を使えば使うほど、難易度が上がっていく。そして最終的にその魔法は完全に詠唱オート式で身体が慣れてしまい、無詠唱化ができなくなる。自分が一番得意な魔法でできないとなると、他の魔法でも無理だと思い込むだろう。そうして練習を打ち切り、普通に魔法を使っていくことで、身体が完全に詠唱オート式に慣れてしまう。

 要は蟻地獄みたいなものだ。

 焦れば焦るほど、頑張れば頑張るほど深みに嵌まっていき、抜け出しづらくなる。

 そして、呑み込まれる。


 ただそうなると、新しく習ったばかりの魔法ならば、それを無詠唱化できることになる。

 しかし、それはなかなかに難しいことだ。初級魔法なら未だしも、下級魔法からいきなり短縮と省略を試みていたら、たぶん俺はできていなかった。等級が上がるにつれて、詠唱=設計図が複雑化してくるのだ。例えるなら、単純な割り算を理解せず、いきなり分数の割り算に挑むようなものだ。

 余程の才能がない限り不可能だろう。


 同様に、そもそも魔法それ自体を習得するために何度も練習するだけでも、詠唱省略の難易度は上がっていくはずだ。一回一回を真剣に練習しないと、魔法を習得できても無詠唱化はできなくなる。おそらく大部分の魔法士はここで詠唱省略の可能性が潰えるのだろう。


 そう考えれば、詠唱短縮・省略の技法に才能が必要というのは強ち間違っていない。コツを掴むにはセンスがいる。幸い、俺は車という例えでイメージを補完したおかげか、上手くいった。

 まあ、その前の三節間は全然分からなくて迷走していたがな……。



 

 ♀   ♀   ♀




 ある日、初級火魔法の〈火矢ロ・アフィ〉を詠唱省略しながら練習していると、大発見をしてしまった。

 〈火矢ロ・アフィ〉の形を変えられたのだ。


 詠唱省略した初級魔法なら、それほど集中力は必要ない。

 だからその日の俺は、的にしている〈岩壁ルォ・スー〉へ漫然と〈火矢ロ・アフィ〉を放ちながら、ぼんやりと思索に耽っていた。


 どうして俺は女に転生したのか。

 それはそれでウハウハだが、息子のいない俺はもう一生童貞のままである。

 嗚呼、一度で良いから息子を実戦で使ってやりたかった……。


 などと、野郎時分の未練に浸りながら〈火矢ロ・アフィ〉を作り出すと、火の矢が短剣になっていた。常に揺らめいているので形は曖昧だが、確かにそれは野郎なら誰もが誕生した瞬間から装備している短剣だった。

 唖然としているうちに短剣は射出され、岩の壁に当たって痛々しくも無残に四散した。


 思わずルイクの方を見ると、野郎は余所見していたのか、気が付いていないようだった。俺は深呼吸をすると、もう一度、詠唱無しに〈火矢ロ・アフィ〉を形成した。

 まだ矢っぽい形状だ。

 ここで俺は強くイメージしてみた。進んで思い出したくはなかったが、かつて俺の股間に装備されていた新古品の短剣を思い浮かべてみた。

 すると、変化した。短剣になった。


「赤熱せし鏃が煌めきよ――〈火矢ロ・アフィ〉」


 詠唱してから再びイメージしてみたが、形は変わらなかった。

 おそらく、オート処理だから手を加えられないのだ。詠唱省略は完全マニュアル製造だからこそ、アレンジも可能なのだろう。


 その後、〈水弾ト・クア〉や〈砂弾ト・サード〉でも実験してみると、形は変わった。しかし大きくは変化させられず、弾系の魔法は球状かそれに収まる形という制限はあった。

 それでも、形状変化が可能という事実は喜ばしいことだ。

 詠唱省略の特権ということだろう。


 その日以降、俺は様々な形状に変化させることで、魔法の練習に楽しみを見出した。

 ちなみに、今後はもう男の短剣状に成形するつもりはない。絶対にだ。

 見られたら大変なことになるしね……。




 ♀   ♀   ♀




 季節は冬。

 あまり寒くない――むしろ適温といえる橙土期第三節のある日。

 フラヴィたちが四節半ぶりにリリオへ戻ってきた。その際、俺が詠唱省略を身に着けたことを知った四人は、ルイクやガストン同様に驚愕していた。

 だが、野郎二人と違って四人は俺を褒めてくれた。


「ローズは胸を張っていいわよっ、誰にでもできることじゃないわ! 皇国に行ったら誰憚ることなくローズって名乗っていいわっ!」


 特にフラヴィは珍しく興奮した様子で俺を抱きしめながら賞賛した。


「そうですね。ですが、修練を怠ってはいけませんよ。詠唱省略ができても……いえ、だからこそ、一層努力する必要があります。多くの魔法を学んで身に着け、これからも頑張ってください」


 一方、エリアーヌは不自然なまでに落ち着いた表情と声音で俺にそう告げた。

 彼女に言われるまでもなく、俺は努力を怠るつもりはない。いつの日か必ずレオナを見つけ、助け出すそのときのために、十二分に力は身に着けておきたい。


 というわけで、折角なのでフラヴィ先生から直々に闇魔法と幻惑魔法の詠唱を(もちろんクラード語で)いくつか教えてもらった。

 ちなみに闇魔法は古代魔法に、幻惑魔法は特殊魔法に分類される。ついでに詠唱省略ができたお祝いってことで、水の特級魔法も一つ教えてもらった。

 まあ、そちらは一節以上練習しても、なかなかできないんだけどな。


 そんな感じに、自己強化は順調に進んでいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=886121889&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ