第二十二話 『真の秘境を探索せよ!』
三節が経った。
日々は順調に何事もなく過ぎ去っていき、俺は着々と知識を蓄えていく。
エノーメ語の読み書きはもうほとんど完璧といっていい。日本語と英語という二言語を論理的に理解しているおかげか、異世界の言葉とはいえ理解は容易かった。
やはり言語という奴には一定の法則性があって、経験則からくる類推力によって理解度が大幅に上がる。これまでは自分でもよく分からないうちにエノーメ語を話していたが、これできちんと自分のものにできた。
エノーメ語の文章をそれなりに読めるようになってきたことで、歴史書の解読も順調に進んでいる。最後まで読んだら、一度自分なりに纏めてみた方がいいだろうな。
クラード語の方も順調だ。エノーメ語ほどではないが、だいぶ理解が進んでいる。魔法大全も少しずつ解読していき、初級魔法の項目には粗方目を通し終えている。あと三節もルイクから習えば、ほぼ完璧になるはずだ。その後は自力で最後まで読み進めつつ、魔法の習得に励めばいい。
だが、自己強化に集中することによって弊害が生じていた。
俺は元クズニートの引きこもりだったので、屋根裏部屋で勉強していると、彼の偉人と違って次第に外が嫌いになってくるのだ。引きこもりという状況に慣れてしまうと、そこから脱却するのは骨が折れる。それを俺は前世のクズニート時代に嫌と言うほど実感していた。まあ、当時は骨を折ろうともしなかったが……。
だから、最近は運動もかねて、リリオ郊外の森へは途中まで徒歩で行くことにしている。彼の偉人も研究ばかりに没頭せず、気分転換に散歩していたという。人の多い町中は敢えて歩いて移動し、家々の少ない町外れからはルイクに抱えられて飛んでいく。そのぶんだけ魔法の練習時間が減ってしまうが、今後のことを考えれば致し方ない。
そう考えて、その日もいつものようにルイクと共に歩いていると、不意に背後から肩を押された。なかなかに衝撃が強く、俺は思わず前のめりになって倒れてしまう。
「っ、いってーなー」
と言ったのは俺じゃない。俺にぶつかってきたクソガキだ。
この辺りは涼風亭のある区画と違い、落ち着きのある居住区だ。リリオに定住する町民たちが暮らしていて、通りではガキ共が遊んでいることが間々ある。俺にぶつかってきたのは、そんなガキの一人だ。
「うわっ、血ぃでてんじゃねーか、くっそー。おまえ、きをつけろよな」
「……それが後ろからぶつかってきた人の言うことですか」
生意気そうなクソガキ(推定五、六歳ほど)は膝をすりむいていた。奴も俺にぶつかったせいで転んでいたのだ。小さな膝小僧からうっすらと血が滲んでいたが、俺の膝の方が重傷だった。ガキの三倍は出血している。
「うっせー、ブース! おまえがそんなとこ歩いてたのがわるいんだろ」
「ほ、ほう……?」
こ、このガキ、言うに事欠いて俺をブスだと?
俺の主観に限らず、この世界基準においても、我がロリボディは結構な美形だ。
白薔薇の二つ名は伊達じゃないぞ。
「おまえ、さいきんよくこのへん歩いてるよな。よそもんだろ? ここはおれたちのなわばりなんだ、かってにうろちょろするほうがわるんだぞ」
「……そうですか。気をつけましょう」
「そうしろっ。でも、せっかくだから名前をきいてやる!」
「…………シャロン、です」
俺は偽名を名乗った。
本当は嘘偽りなく、レオナの名付けてくれた名を名乗りたいところだ。しかし、長期滞在するリリオで目立っては色々と面倒なので偽名を使えと、フラヴィだけでなくガストンからも強く説得されている。
「そーか、シャロンだな。とくべつに、おれにおねがいすれば、なかまにしてやってもいいぞ!」
「結構です」
俺は即答して、クソガキに背を向けて歩き出した。
正直、少しだけイラッとしたが……相手は子供だ。大人げない真似は避ける。
「おいおまえっ、ほんとにいいのか!? あとでなかまにしてほしいって言っても、おそいかんな!」
クソ生意気そうな悪ガキから勧誘されても、我が心は揺らがない。
この俺様を仲間に引き入れたくばレオナ並の美幼女を連れてくるんだな。
まあ冗談はともかく、俺に遊んでいる暇はないのだ。レオナ奪還という至上目的のため、力と知識を身につけることに全力を注ぎたい。こうしている今もレオナが苦しんでいるかと思うと、おちおち遊んでなどいられない。
加えて、もう一つ大事なことがある。
俺の右上腕部にある奴隷刻印の存在だ。ガキ共と遊ぶと身体的接触は幾度となく発生するだろうし、万が一こいつが露見すると、俺が帝国の工場にいた幼女だとバレてしまい、厄介なことになりかねない。
フラヴィやガストンによると、奴隷刻印は特殊魔法に分類される〈刻霊印〉という魔法によって施されたもので、専用の除去魔法を使わなければ消せないらしい。除去魔法はラヴィたちはもちろん、ガストンたちも使えないので、相変わらず二の腕に包帯を巻いて隠している。
皇国に帰ったら消してもらえるそうだが……俺は消したいと思っていない。今や俺とレオナの繋がりはこの奴隷刻印だけだし、こいつが俺の身体に刻まれている限り、奴隷だった頃のことは決して忘れない。だから、レオナと再会して助け出せてからでなければ、消そうとは思えない。
奴隷刻印は俺の決意の象徴なのだ。
「おーい、ディノ、なにやってんだよ、はやくこっちこいよー」
「ん、あぁ、わかってんよー」
ディノという名前らしいクソガキが仲間に呼ばれて返事をする。ちらりと振り返ってみると、もう俺に興味を無くしたのか、悪童ディノは擦り傷も何のそのな様子で元気に走り去っていく。
「ふぅ……」
「ローズちゃん、大丈夫?」
思わず溜息を吐いたとき、隣を歩くルイクが遅まきながらに俺の心配をする。薄情なことに、ルイクは俺が転んでから今の今まで、終始黙っていた。まるで俺がクソガキにどう対応するのか観察でもするように、一歩下がって成り行きを見守っていたのだ。
「このくらいの怪我なら、治癒魔法で治せます。ちょうどいい機会なので、後で自分でやってみます」
「そっか。うん、偉いね。……でも、良かったのかい? さっきはあの男の子の方が悪かったんだから、ローズちゃんは怒っても良かったんだよ?」
「相手は子供ですからね。それに、私は怒ることが嫌いなんです」
「ローズちゃんは優しいね」
ルイクは俺の頭を撫でた。野郎に気安く触られるのは気に食わんが、ルイクからは魔法を教えてもらっているので特別に許してやる。
そんなことを話しながら町外れまで移動し、ルイクに抱えてもらって空を飛ぶ。
ちなみにお姫様抱っこである。毎日飛行しているので結構慣れたせいか、もう酔うことはなくなった。でもまだ恐怖心は残っているので、俺はなるべく下を見ないようにしつつ、怪我した膝頭に手を当てた。
「聖光を前に戦傷は癒える――〈微治療〉」
擦り傷は鮮血ごと綺麗に消え去り、元のピチピチなロリスキンに戻った。
初級の治癒魔法の詠唱を理解できたのは二週間ほど前のことだ。あれから毎日、宿の倉庫裏に生えている雑草と自分の身体に治癒魔法を掛けて練習していた。尚、雑草は足で踏みつぶしてから治癒すると、もとの元気な立ち姿に戻った。
自分の身体には、怪我も何もない状態で治癒すると、なんか気分的に体調が良くなったかも……といった程度の効能が顕れる。勉強疲れしたときなんかは少し疲労感が和らぐので、なかなか重宝する魔法だ。実際に怪我らしい怪我を治したのは今が初めてだが、上手くいって良かった。
治癒魔法は特殊魔法の一つなせいか、火や水の属性魔法よりも少し難しかった。
〈火矢〉や〈水弾〉は一回二回ですぐにコツを掴めたが、治癒魔法は何十回も使ってようやく、という程だ。
もしかして白薔薇のローズは白衣の天使としての才能はないのか……と思って、この前ルイクに訊いてみたら、一般的にも治癒解毒と光闇の属性魔法は五大属性魔法より難しいらしいことが分かった。
悪童と少々のトラブルはあったが、俺はその日もいつも通り、魔法の練習に精を出していった。
♀ ♀ ♀
リリオ生活も六節が経った。
そんな時期に一度フラヴィたちが帰ってきた。
「おかえりなさい、フラヴィ先生」
「ただいま、ローズ。んー……なんかいいわね」
俺たちはひしっと抱き合って、再会の喜びを噛み締める。
なんてったって、フラヴィは危険な任務に携わっているのだ。こうして無事に戻ってきたことは素直に喜ばしい。
「久しぶりですね、ローズ。元気にしてましたか?」
「はい、エリアーヌ先生もおかえりなさい」
俺はエリアーヌにも抱きついた。やはり霊峰の感触は良いものだ。
え? フラヴィの御山?
ふ、服越しでは、ちょっと……ね……?
「よーしっ、ローズちゃん。オレの胸にも飛び込ん――」
「ここ最近、身体洗ってないから気持ち悪いのよね。早く水浴びしたいわ、ローズも一緒にしましょうか」
「はいっ!」
ぃぃいやっほぉぉおおぉぉいッ!
フラヴィと全裸デートだぜぇぇぇええぇえ!
「エリーも一緒にどう? どうせなら女三人で」
「はい、そうですね」
くぁwせdrftgyふじこlp!
美女二人の全裸が御山四つでグランドクレバス大勝利ぃぃぃぃ!
この六節頑張って良かったぁぁぁぁああああ!
これまでの禁欲生活で我知らず溜まっていたリビドーを思う存分解き放ってやる! 物理的には無理だけどとにかく解き放ちまくってやるっ!
オラ、ワクワクしてきたぞ。
「じゃ、行きましょうか」
そうして俺たち三人は連れ立って楽園の準備をするため歩き出す。
しかし、わたくしはきちんと気遣いのできる幼女なんですのよ。
「ロックさんもオーバンさんも、おかえりなさい」
「……うむ。元気そうで何よりだ」
「お、おうっ、ただいま! さあローズちゃんっ、オレの胸にも飛――」
「ではまた後で!」
よーしこれで挨拶も済ませたし、さっさと妖精郷へ行こうか。
二人の美しい妖精が僕を待ってるんだ!
♀ ♀ ♀
俺たちは宿の一室にデカい桶を置き、その中で水を浴びて身体を洗う。
石鹸は割と高価らしいので、普段は水だけで身体を拭き、たまに使う……というのがエリアーヌとフラヴィのスタイルだった。皇国での彼女らの日常ではどうだか知らないが。
俺は美女二人に身体を洗ってもらう。エリアーヌには頭髪、フラヴィには身体だ。やはり二人に対してなら、羞恥心なんてなきに等しいので、リラックスして洗ってもらう。
無論、フラヴィもエリアーヌも全裸だ。既に二人の裸体は何度か目にしているが、何度も見ても飽きないな。特にエリアーヌの身体は非常に均整がとれていて、モデルも裸足で逃げ出すレベルだ。
「ローズ、勉強の調子はどう?」
「だいぶいい感じです。クラード語はもうほとんど完璧ですね。今は魔法大全を読み進めながら、分からないところを埋めていってます。エノーメ語の読み書きは問題ないですね。歴史書も一通り目を通し終えたので、一週間ほど前からフォリエ語を習い始めてます」
「……凄いわね、ほんと」
「このまま慢心せずに勉強していけば、フォリエ語もじき身につくでしょう」
まあ、実際は頭がいいんじゃなくて、単に精神年齢が高いだけなんだけどな。大人の理解力と子供の記憶力、その二つが上手く働いているおかげだ。エリアーヌの言うとおり、このまま慢心せず謙虚な姿勢で勉学に励もう。
それにしても、人から洗ってもらうのは気持ちがいいな。
まだ幼女体なせいか、全身が敏感なのでくすぐったい。
「魔法の方はどう? もう下級魔法の詠唱は覚えた?」
「はい。最近は下級と初級の魔法を練習してます。下級は初級より少し難しいですね」
「……もう、下級魔法は使えるようになったの?」
「使えはしますけど、初級魔法ほど巧くは扱えないですね。まだまだ練習が必要です」
「その意気です。ローズは普通の魔女より少しだけ才能があるようですけど、天才というほどではありません。人一倍努力して、立派な魔女を目指してください」
「はい」
ルイクも度々言っていたが、どうにも俺の魔法力は魔女の平均よりやや上といった程度らしい。といっても、まだ魔力切れを起こしたことはないし、下級魔法の習熟も順調だ。たぶん才能のある魔女はもっと早く巧くなっていくのだろう。
ちくしょう……俺も負けてられんな。
そんな感じに雑談しつつ、俺は全身の泡を洗い流された。
「で、では、その、私もフラヴィ先生の、か、身体を、洗いますっ」
「ん……そうね、じゃあお願いするわ」
よっしゃぁぁあぁぁああぁぁぁぁ!
やっぱ言ってみるもんだな。
これからは何か機会があれば、とりあえず言ってみよう。
チャンスは自分の手で引き寄せないとな。
「も、もちろんエリアーヌ先生も、です」
「ありがとう、ローズ」
こうして、俺は美女二人の身体を泡まみれにする権利を得た。
つ ま り !
極々自然に秘境を訪れて淡いピンクの宝石を愛でつつグランドクレバスを探検できるのだっ! ふひひ……待ってたぜェ、この瞬間をよォ!
あ、やべ、なんか泣きそう……。
さて、まずはフラヴィからだ。
エリアーヌが後ろから髪を洗い、俺が前から身体を洗う。
「なんか人に洗われるのは変な気分ね。……あ、そういえば、今度帝都の方で公衆浴場ができるそうよ。皇国にも作って欲しいわね」
な……んだ、と……!?
公衆浴場=女風呂=全裸美女でひしめく湯船!
なぜ帝都なんだッ、リリオにはできないのか!?
今更の話、この世界では湯船に浸かるという習慣があまりないそうな。湯を張った風呂は貴族の入るもので、庶民は湯に浸からずに身を清めるのが一般的らしい。何百年か昔は公衆浴場もあったそうだが、不特定多数の者が訪れるため、感染症が原因で軒並み廃止になったとか。一般家庭でも、魔法が使えない限りは大量の湯の確保が難しい。
というわけで、普通は濡らした布で身体を拭くか、身体を洗い流す程度しかしない。
フラヴィ曰く、今度新設される帝都の公衆浴場には専属の魔法士が常駐するらしい。湯を入れたり、温め直したり、解毒魔法を掛けたりするのだそうだ。
北ポンデーロ大陸の諸国では既に行われていることで、そちらは大きな町ならだいたい浴場があるらしい。しかし、フォリエ大陸にあるプローン皇国にはない。
……俺は目指すべき国を間違えたのかもしれない。
せめて来るべきときのために北ポンデーロ語の習得に励もう。
それに、今はこの状況を十全に満喫すればいいのだ。
フラヴィの身体はしなやかでスベスベで実に気持ちいい。
なだらか御山も実に触り心地がいい。
「でも、国に帰ったらローズと暮らすことになるし、浴槽でも買いましょうか。魔女が二人いれば、お風呂の準備も簡単そうだし。アタシが水を入れて、ローズが温めれば手早くできそうだわ」
「それは名案ですっ、素晴らしい! さすがフラヴィ先生っ!」
と絶賛しながらも、俺はフラヴィの足を洗う。
ただし、焦ってはいけない。物事には順序というものがある。
ふぅ……落ち着け俺。
まだ慌てるようなときじゃない。
上半身とは違い、下から上へとゆっくり入念に洗っていく。
膝を経由して太もも、それからようやく足の付け根に到達する。
そこに神域があった。
今まさに俺の目の前に、鼻先数レンテの距離に真の秘境があった。
これは断じて二次元ではない。モザイクもない。リアルな質感漂う三次元だ。
もはや匂いまで感じ取れる。
「ローズ? なんか鼻息荒いけど、大丈夫? ていうか、そんなに顔近づけられると、さすがにちょっと恥ずかしいんだけど……」
「――――」
か、艦長っ、大変です!
グランドクレバスが未知の引力を発しています!
こ、このままでは吸い込まれてしまいます!
狼狽えるな若造が!
我ら人の子、誰もが彼の聖なるクレバスから生まれ出でたのだ!
これはそうっ、我ら人類に刻みつけられた帰巣本能に他ならん!
引力に逆らうなっ、逆に突撃しろ!
了解っ、本機は全速力で前し――っ!?
大変です艦長っ、エンジンがオーバーヒートを起こしています!
うぐっ、き、機体が揺れて……
こ、このままでは主機が強制停止してしまいます!
「ローズ? 震えてますけど、どうかしたんですか?」
な、なんだと!?
馬鹿なことを言うな!
我らが悲願たる桃源郷はもう目の前にあるのだぞっ!?
それにまだ一ヶ所目だっ、この後には二ヶ所目の聖地を訪れねばならんのだ!
なぜ今になって!?
艦長っ、本機はグランドクレバスへの突入経験がありません!
おそらく、稀に発生すると言われる、例の……
DT現象か!?
クソッ、これだからは三十年物の新古品は困るんだ!
えぇいっ、しっかりしろこのポンコツが!
貴様こんなところでシステムダウンしても良いのか!?
ようやく念願の地に接触でき――
「ロ、ローズ!?」
「ローズッ、大丈夫ですか!?」
……。
…………。
……………………。
「…………っ!?」
「あ、起きた?」
目覚めると、俺は屋根裏部屋の布団の上にいた。
ずっと側で見守っていてくれたらしいフラヴィ曰く、俺は彼女の身体を洗っている最中、突然鼻血を出して倒れたそうだ。どうやらあまりに興奮しすぎたせいで、我が幼女体は負荷に耐えきれなかったらしい。
……前世でも、これほど悔やむべきことはなかった。
あともう少し耐え切れていれば、この手で撫で回し、感触を確かめられたのに。
とはいえ、俺は確かにこの目で間近から秘境を見た。
フラヴィのそこは不毛の地だったので、実に見晴らしの良い絶景だった。
もうこれで耐性が付いたので、次は大丈夫だ。
次こそは秘境の真実に到達してみせる。
まあ、そんなに気張らなくても、あと十年もすればマイボディで否応なく辿り着けるんだけどね。