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幼女転生  作者: デブリ
二章・道中編
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第二十一話 『ハロースタディデイズ』


 本を買ってもらった翌々日、フラヴィたちはリリオを発った。行き先などの詳細は教えてもらえなかったが、機密とかもあるだろうし、そこは仕方がない。

 俺はといえば、そのまま宿で厄介になることになった。

 ちなみに宿の名前は涼風亭すずかぜていだ。

 まだまだ非力な幼女である俺は、ただ四人の無事を祈りつつ、自分のすべきことをこなしていくしかない。


「うし、とりあえずローズはこの部屋で大人しくしてろ。基本的に、分からんことがあったらルイクかテレーズに訊け」


 毛深い獣人ジジイのガストンに連れてこられたのは倉庫の屋根裏部屋だ。

 涼風亭の敷地には三つの建物がある。客の泊まる本館、馬や荷車を置くうまや、そして様々な食材やら物資やらを保管しておく倉庫だ。

 倉庫の二階は宿の従業員(表向き奴隷、裏向き工作員)たちの部屋になっている。本来、俺も二階の一部屋(ただし相部屋)を割り当てられる予定だったが、勉強に集中したかったので屋根裏部屋を所望した。


 さて、俺の世話役に任ぜられたのは翼人の若造と人間のオバサンだ。

 ルイクという翼人野郎は真面目そうな若造で、歳は二十代半ばくらい。イケメンというわけではないが、素朴で善良そうな顔立ちのニイチャンだ。


「よろしくね、ローズちゃん」


 なかなかに優しそうな奴である。

 が、人を見た目で判断してはいけない。実は腹黒いゲス野郎という可能性もある。レオナを攫いやがったノビオがそうだったしな。


「あんまり手間かけさせんじゃないよ」


 面倒くさそうにそう言ったのは気難しそうなオバハンだ。少し皺の目立つ四十路くらいのBBAで、目が細いので神経質というか気難しそうな印象を受ける。そのくせ背筋は凛と伸びて体格も良く、ハスキーなボイスは微妙にワイルドなので、そのアンバランスさがなんか不気味だ。第一印象としてはルイクの方が断然いいな。


「クラード語と魔法はルイクに教えてもらえ。エノーメ語とフォリエ語はテレーズからな。北ポンデーロ語は特別におれが教えてやる。といっても、おれたちも仕事があるし、いつでも何時間でもってわけにはいかねえ」

「はい、分かっています。教えてもらえるだけで十分です」

「おう、やる気満々の割りに物分かりがいいこった。んじゃまあ、まずは三人でここを掃除してくれや。なんかあったら呼べ」


 そう言ってガストンは屋根裏部屋を去っていった。

 残されたのは若造とオバハンと幼女の三人。

 

「では掃除しましょうか、テレーズさん」

「なんであたしがこんなことしなくちゃいけないんだい、まったく……」

「まあまあ、そう言わず」


 どうやらテレーズは俺の世話役兼教育役が不満らしい。

 ルイクは愚痴るオバハンを宥めつつ、若造の指揮下で掃除を始める。


 屋根裏部屋は意外と広いが、様々な物資が無秩序に置かれているせいで、体感的にはかなり狭く感じる。俺たちは雑巾で部屋中の埃を拭き取りながら、物を整理してスペースを確保していく。

 三人汗だくになって、なんとか掃除を終えると、最終的に四畳半ほどのスペースが確保できた。屋根裏部屋にも一つだけ天窓めいた傾斜した木窓があるので、その周囲に空きスペースを作った。

 それからルイクの手によって、下の倉庫に埋もれていた端材はざいで簡素な机と椅子を作る。ちなみにベッドはない。


「ふぅ、こんなものかな。かなり綺麗になったし、一応は部屋らしくなったけど……なんかわびしいね」

「こんな小さいのに自分の部屋があるだけマシさね。この歳から特別扱い受けさせると、ろくな魔女にならないってのに。あんたも、ちゃんと感謝なさいよ」

「は、はい、もちろん感謝しています。ありがとうございます、ルイクさん、テレーズさん。色々とご迷惑をおかけすることになりますが、これからよろしくお願いします」


 掃除前に軽く挨拶したが、もう一度しておく。

 挨拶はコミュニケーションにおける基本だからな。

 

「うん、よろしくねローズちゃん」

「ふん、せいぜい面倒起こしたり手間かけさせるんじゃないよ」


 二者二様の反応を受けつつ、俺はこれからのスタディデイズを前に覚悟を決めた。




 ♀   ♀   ♀




 前世ではかつて、フェルマーの最終定理という難問が存在した。

 三六〇年にもわたり、世の天才数学者たちを挫折させてきたこの命題は、しかし一人の男によって証明される。アンドリュー・ワイルズというその男は七年に及ぶ飽くなき挑戦の果て、見事偉業を成し遂げたのだ。

 ここで注目すべきは、彼が研究のためにとった行動である。なんと氏は七年もの間、屋根裏部屋に引きこもって孤独な戦いに身を投じていたのだ。


 何事かを成そうと思えば、人は相応の努力を要求される。求めるものが身の丈に合わず、途方もないものであればあるほど、大変な苦労をすることになる。途中で投げ出すこともできるが、そんな軟弱者に望んだ結果は手に入れられない。

 どれほど苦しくて気が狂いそうでも、諦めない執念が大切なのだ。


 さて、俺が来年の翠風期までに――約二十四節分の期間に成したいことは以下の通りとなる。


・クラード語を習得すること。

・魔法大全を読破すること。

・基本魔法の初級から上級(最低でも中級)をとりあえず一つずつ使えるようになること。

・魔法大全に記載されている全ての初級&下級魔法に慣熟すること。

・エノーメ語の読み書きができるようになること。

・歴史書『世界の歴史』を読破すること。

・フォリエ語の読み書き(可能ならば会話も)ができるようになること。

・物語『姫魔女の遺跡探索』を読破すること。

・北ポンデーロ語の読み書きができるようになること。

・旅行記『俺様世界周遊記』を読破すること。


 だいたい、以上の十個となる。

 自分でも分不相応に欲張った目標であることは自覚している。

 しかし、理想は高ければ高いほどいい。初っぱなから見切りを付けて自分の限界を設定してしまう愚は避ける。この幼女体の持つ無限の可能性を、俺は信じている。だって記憶力凄いんだもん、このロリボディ。


 というわけで、レッツスタディだ。




 ♀   ♀   ♀




 まずはクラード語から。


「よろしくお願いします、ルイク先生」

「はは、なんか先生なんて言われると照れるね。あまり硬くなりすぎずに頑張ろうか」


 翼人の若造ルイクとの勉強時間は午前中になる。だいたい九時頃から十二時頃か。涼風亭に駐留する工作員たちにも表向きの顔はあり、宿の仕事もこなさなければならない。そのため、そう多く時間はとれないそうだ。

 いくら俺が魔女とはいっても、幼女一人にそうかまけてはいられないのだろう。


「進捗状況はフラヴィから聞いてるよ。ローズちゃんは賢いんだね」


 若造にフラヴィを呼び捨てにされると、なんかむかつくな。

 これが家族愛か。

 俺はフラヴィを愛している。

 

「それじゃあ、勉強を始めようか」


 ルイクの授業は正直、フラヴィより分かりづらい。いや、十分に上手い方だとは思うが、フラヴィには劣る。エリアーヌにもな。

 しかし、教えを請う身で贅沢は言っちゃいかん。人は何かを学ぼうとするとき、謙虚な姿勢で挑まねばならないのだ。


「クラード語も大事だけど、魔法の練習も大事だ。さあ、行こうか」

「行こうかって、どこへです?」

「うーん、そうだね……町外れの森でいいかな」


 クラード語の勉強後、俺たちは屋根裏部屋から場所を移す。

 目的地はリリオの郊外にある森だ。一応、表向きはただの幼女(正確にはガストンの親友の娘)ということになっているので、魔法を見られるのはまずい。

 

「じゃあ、しっかり掴まっててね」


 というわけで、飛んだ。てくてく歩いて移動するのは時間の無駄なので、窓からそのまま飛び立って行く。無論、俺は翼人のルイクに抱えられて、だ。

 道中、俺は何度かオーバンに空を飛んで欲しいと頼もうか逡巡していたが、結局は頼まなかった。理由は幾つかあるが、厳格そうな中年親父に抱えられて飛ぶのはどうかと思ったのだ。やはり処女飛行は美少女(あるいは美女)の翼人と一緒が良かった。

 そんな思いは、しかし効率の前に儚く散った。時間は有限なのだから、移動はさっさと済ませた方が良いと判断した。


「――――」


 その結果がこれだよ。

 もうね、怖くてチビりそう。いや、冗談抜きで。

 だってさ、重力に逆らって空飛んでんだぜ?

 俺たち以外にも当たり前のように町の上空を飛行する奴もいて、なんだこれって感じだ。いや、道中の町でも空飛ぶ翼人を下から見上げたことは何度もあったけど、同じ目線となると話は別ですよ。

 前世からの呪い(高所恐怖症)によって気分は最悪だ。風を切って飛ぶのは気持ちいいし、万能感とでもいうべき俯瞰感覚も爽快だ。

 しかし、怖い。飛行機と違ってもろに風を受けるし、下を見れば否応なく肝が冷える。人間ってのは地に足着けてないと落ち着かないのよさ。


 そんなこんなで、十分ほどの飛行を経て木々の茂る一帯に着地する。

 辺りは深閑としていて、人気はない。


「さて、魔法の練習を始めようか……って、ローズちゃん大丈夫?」

「……い、いえ……微妙に大丈夫じゃないかもしれません……」


 結構キツイ。

 俺が本当に幼女だったなら、怖い物知らずに空の旅を楽しめたかもしれない。だが俺は、身体は幼女でも中身は違うのだ。前世でもバスなんかに乗ると車酔いしていたし、飛行機でも然りだ。道中の乗馬は常に美女とくっついていたので、無限のヒールパワーによってむしろ気分爽快だったが。

 い、いかん……なんか吐きそうかも……

 とか思ってると、急にルイクが俺の頭に手を置いてきた。


「少しじっとしててね。■■を前に■■は癒える――〈微治癒ルー・イラ〉」


 温かくも優しい何かが身体に沁み渡るように広がった。

 

「ん、お……? あれ?」


 なんか少し気分が良くなった。

 ルイクを見上げると、素朴な顔立ちの若造は軽く微笑み、もう一度詠唱する。更なる癒やしは一段と我が身を苛んでいた不快感を和らげた。完全ではないが、さっきよりはずっとマシだ。


「今のは治癒魔法ですよね?」

「うん、そうだよ。気分はどう? 練習できそう?」

「はい、おかげさまで。ありがとうございます」


 治癒魔法に関しては、詠唱だけならフラヴィから教えてもらっている。本当は意味まで教えて欲しかったのだが、勉強のためにとお預けを喰らっていた。

 今のは初級の治癒魔法だ。相変わらずまだ意味は十全に理解できないが、発音で分かる。

 非力な我が身を守るためにも、治癒魔法は一刻も早く覚えておきたいところだが、ルイクには訊ねない。自力で意味を理解しようとした方が、勉強もはかどるからな。危機感に煽られれば嫌でもクラード語の習得に励める。

 やはりまずは攻撃系の魔法より、治癒魔法を優先して覚えるべきか?


「さて、じゃあ早速始め……っと、その前に、一応注意しておくよ。この辺りはまだ森の外縁部だから大丈夫だとは思うけど、魔物が全くいない訳じゃないからね。僕の目の届かないくらい、僕から離れないように。いいかい?」

「はい」

「うん、いい子だ。ローズの適性は無属性ってことだから、主に無属性魔法を重点的に練習しつつ、他属性も満遍なくやっていく……って、フラヴィから聞いてたけど、それでいいのかな?」

「問題ありません」


 フラヴィのローズ育成計画に全く問題はない。

 まあ、問題があっても自分で判断して修正するから大丈夫だ。


 そんな感じに、俺は魔法の練習を始める。といっても、まだフラヴィとエリアーヌから教えてもらった五つの魔法しか練習できないんだが……

 早くクラード語を習得して魔法大全を読み耽りたい。




 ♀   ♀   ♀




 森から帰ると、昼食を取りながらの休憩タイムとなる。

 少々のインターバルは昼寝に費やすことにした。

 屋根裏部屋に来たテレーズによって叩き起こされ、彼女の授業が始まる。

 こちらは午後の一時過ぎくらいから、夕方までとなる。


「いいかい? あたしは何度も同じ事は教えたくないからね、一度できっかり覚えるんだよ。三度教えても覚えられなかったら、それはあんたにやる気がないってことさね。フラヴィからあんたは嘘みたいに賢いって聞いてるし、あたしが同じ事を教えるのは三度までだ。いいね?」

「は、はい」

「分からないことがあったら、ちゃんと訊きな。ただ、同じ事は何度も訊くんじゃないよ。こっちも三度までは答えてやるけど、それ以降は答えないからね。せいぜい集中して頑張りな」

「が、頑張ります。では、よろしくお願いします……テレーズ、先生」

「ふん」


 テレーズが鼻を鳴らして、レッツスタディとなる。

 だが、熟女の俺に対する態度が気になって、あまり集中はできない。俺は人から悪意や害意を向けられると、否応なく怯え竦んでしまうのだ。

 豆腐メンタル舐めんなよ。

 まあ、それも奴隷生活を経験し乗り越えたことで、絹ごし豆腐から木綿豆腐程度には強化されたが……やはり気にはなる。


 誰からも好かれる優秀な良い子になる……という強迫観念を抱きながら、前世の俺は子供時代を過ごしていた。これも前世からの呪いといっていい。人からどう思われようと気にならないほどの面の厚さがあれば、俺は十年以上も引きこもっていなかった。


 エノーメ語の読み書きは教材である歴史書を使う。なので同時に歴史も学べるため、学習意欲に拍車が掛かる。

 フォリエ語の方はまだ勉強しない。まずはエノーメ語の読み書きを身に着けてからだ。今はクラード語も勉強してるし、いきなり三言語はキツイだろうからな。

 エノーメ語をマスターしたらフォリエ語に移行し、クラード語をある程度身に着けたら北ポンデーロ語、という感じになるだろう。


「なかなか物覚えいいじゃないか。ま、子供の記憶力なら当然かね」


 テレーズは色々と手厳しいが、一応それなりに褒めてはくれた。

 俺は褒められて伸びるタイプだから、どんどん褒めて欲しい。

 まあ、んなこと言ったら逆にどんどん叱られそうだから言わないが。


 そんな感じで言語学習は進んでいく。




 ♀   ♀   ♀




 テレーズの授業後は少々のインターバルを挟み、夕食となる。

 ちなみに夕食は宿の厨房でとる。料理人は二人いるが、うち一人はなんとルイクなので、野郎ともう一人のオバサンコックと一緒にキッチンの片隅で食べる。

 

 その後、俺は部屋に戻って、その日学んだことの復習をした。このぶんだと、自習時間は朝起きてから朝食までの時間と、朝食からルイク先生の授業まで、そして夕食前と夕食後になる。ただし、夕食後は割とすぐに眠くなるため、あまり時間はとれない。

 目蓋が重くなるのはだいたい八時くらいか?

 で、朝起きるのは六時くらい。睡眠時間は驚愕の十時間+昼寝一、二時間ほどだが、たぶん三、四歳くらいの幼女には適当な時間だろう。


「んしょ……っと」


 四畳半ほどの空きスペースの片隅に苦労して布団を敷き、寝転がる。夜でも蒸し暑さは健在だが、せっかくの個室なので全裸になった。奴隷幼女だった頃を思い出すが、かなり涼しいので快適度アップだ。

 

 俺が屋根裏部屋での生活を希望した際、ガストンもフラヴィも、誰かと一緒に寝なくて平気かと訊ねてきた。無論、俺も美女か美少女となら一緒の布団で寝たい。

 しかし、この宿にはどちらもいないのだ……

 ガストンやルイク、テレーズ以外にも人はいるが、美女や美少女どころか十代、二十代の女がいない。涼風亭にいる女性陣は三十代か四十代以上のオバサンなのだ。それでも美人ならまだ考えるところだが、エリアーヌやフラヴィ並の美女はいない。

 

 というわけで、いい機会なので一人で寝ることにした。

 これからの日々はストイックに勉学に励むのだ。欲望とは一時的におさらばした方がいい。幸い、野郎の時分と違って身体的にムラムラするようなことは(まだ)ないしな。

 

 学習効率上昇と成長のため、無理して夜更かしはしない。

 俺は規則正しい日々を送るのだ。

 寝る子は育つしね。

 でも、就寝前にレオナを思い出し、決意を刻む習慣は付けておく。


「風の薫りは華やかに その髪を撫でる

 あなたと共に この大地を踏みしめた

 かけがえのない日々が 絆を彩る


 嗚呼 愛しい声が 怒号に紛れても

 言葉より確かに あなたを感じる

 忘れないで 心はいつも側にいるよ

 たとえ遠く離れても 一人じゃないから


 時の流れが蝕もうと 不朽の絆は美しく

 あなたがいるから 死を恐れない

 最後のときまで笑っていよう

 生まれ変わっても きっとまた会えるから」


 こうして、学徒となった俺はレオナと自己強化のことだけを考えて眠りに就いた……。


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