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幼女転生  作者: デブリ
二章・道中編
28/203

 間話 『アタシは明日へ向かいます』


 ■ Other View ■



 フラヴィとローズの騎乗姿を横目に、エリアーヌは小さく吐息を溢した。

 帝国の街道は良く整備されていて、これまでの旅路に悪路はほとんどない。穏やかとも言える時間の中、少々強い日差しの下、四頭の馬は北上していく。


「フラヴィ先生。今から少しだけクラード語で会話してみませんか? ちゃんと覚えているか確認したいので」

「いいわよ。分からなかったから、そのときは訊きなさい。でも、ちゃんと自分で考えてからね」

「はい。それではお願いします」


 エリアーヌの隣を歩く馬上ではローズとフラヴィが仲良く言葉を交わしている。

 フラヴィの髪が短くなって、三日。

 彼女は己の頭髪のことなど気にした風もなく、ローズに知識を与えている。

 当初、エリアーヌはフラヴィが心配だった。彼女の代名詞とでも言うべき髪型が、事故とはいえ失われたのだ。だがフラヴィは以前よりどことなく晴れやかに振る舞っている。

 エリアーヌは彼女が無理をしていないか、いつか揺り戻しが来るのではないか、密かに危惧していた。


 実際、エリアーヌが心配するほど、フラヴィは自身の髪を大事にしていた。

 軍人という職業柄、彼女の長い髪は不適当だ。プローン皇国だけに限らず、国家は魔女に対して様々な便宜を図っており、それは軍部でも例外ではない。だからといって、長髪は戦いの邪魔にしかならず、軍という組織の規律にも関わってくる。

 フラヴィは幾度となく注意を受けたが、しかし彼女は頑として散髪しなかった。切らなければ今後昇進はないと告げられても、自らの意志を曲げようとはしなかった。


 エリアーヌはフラヴィと知り合ってまだ数年だが、その付き合いはなかなかに深い。仕事だけでなく、私生活の中でもよく会っているので、十二分に友人といえるだけの関係にある。

 以前、エリアーヌはフラヴィになぜ髪を切らないのか訊いてみた。

 すると、彼女はこう答えた。


『べつに出世なんて興味ないからね。さすがに除隊にするって言われれば切るけど、軍部の方から魔女を手放すなんてあり得ないし。好きにできるなら好きにするまでよ』


 この発言に対し、真面目なエリアーヌは軍規についてはどう考えているのかを訊ねてみたところ、


『髪一つで乱れる軍規なんて軍規と呼ばないわ』


 と一蹴した。


 フラヴィの髪は軍人とは思えないほどに綺麗だ。傷みもなく艶めき、風に揺られればサラサラと波打つ。長い付き合いのロック曰く、既に十年ほど同じ髪型でいるという。並々ならぬこだわりようだ。

 そんなフラヴィの髪だが、ここ半年ほどは役立っていた。軍人に長髪――しかも綺麗に手入れのされた髪の女はいないという固定観念が、良い隠れ蓑となっていたのだ。加えて、フラヴィの背格好が十代半ばにしか見えないのも実に都合が良かった。だからこそ、帝国領内での工作任務にフラヴィが選ばれたとも言える。


 しかし、今やフラヴィは短髪となった。あれだけ綺麗な長髪は失われた。

 故に、フラヴィはその切っ掛けを作った張本人であるローズには複雑な感情を抱いているはずなのだが……そんな様子は微塵もない。むしろ今日は昨日以上にローズを可愛がっている。

 それがエリアーヌには理解できず、不安で心配だった。




 ■   ■   ■




 その日の夜、エリアーヌは思い切ってフラヴィに訊ねてみることにした。

 夕食後に勉強していたローズが途中で寝てしまったので、ロックが彼女を寝床に運ぶ。他方、焚火の前で大きく伸びをするフラヴィに、エリアーヌは声を掛けた。


「あの、フラヴィさん」

「ん、なにエリー?」

「単刀直入に訊きますけど、その……髪のことはどう思っているのですか? もし何か思うところがあるのなら、私で良ければお聞きしますけど」


 フラヴィは常と変わらぬ気怠そうな顔に少々の驚きを覗かせた後、軽く苦笑した。


「大丈夫よ。アタシはべつにエリーが心配してるようなことは思ってないわ」

「ですが、あれだけ大事にされていたのに……」

「だから、もういいのよ。色々吹っ切れて、今は心が軽いくらいよ。ローズには感謝してるわ」


 ローズの寝顔を見遣りながらフラヴィは答えた。

 彼女が嘘を言っているようには感じず、エリアーヌは不可解さが増す。


「そんな訝しげな目で見ないでちょうだい。ほんとに大丈夫だから。アタシがエリーに嘘吐いたことあった?」

「えーと、何度か」

「……それは冗談交じりの雑談ででしょ。真面目な話のときに嘘は言ってないわ」

「確かに、そうですね」


 エリアーヌは不誠実な人を好まない。特に不誠実な男を好まない。

 軍部でもフラヴィは髪以外のことはきっちりこなしていたし、人の気持ちを踏みにじるような真似は決してしない人だ。


「おぉ? 女二人で何の話してんだ? オレも混ぜてくれよぉ、寂しいだろぉー」


 ロックがわざとらしく情けない語調で言いながら近づいてきた。


「は? なんでアンタを混ぜなきゃいけないのよ」

「おま……相変わらず冷たいなぁ、おい。ここは快く迎え入れて、仲良くキャイキャイ談笑するところだろ?」

「なにがキャイキャイよ。いい歳した男がキモいこと言ってんじゃないわよ」

「それを言うなら、そっちだっていい歳した女が心の狭いこと言うなよな。ここは話に混ざりたがってる美男子を受け入れる大人の度量ってやつが必要なのよ? そんなんだから、いつまで経っても見た目も子供っぽ…………い、ん……だぜ……?」


 ロックは途中から来るべき衝撃に備えて身構えていたのだが、いつもの反応がないことに戸惑いを見せていた。

 それはエリアーヌも同様だ。フラヴィのロックに対する辛辣な言動はいつものことだが、手も足も加減した初級魔法も出てこないのはいつも通りではない。

 

「あっそ。中身が変わって見た目も変われば、苦労しないわよ」

「……お、おう、そうな」

「で、話に混ざりたいなら、なんか有意義な話題を提供しなさいよね」


 ロックとエリアーヌは思わず顔を見合わせた。

 昨日までならほぼ確実に『うっさいわね、馬鹿ロック』という言葉と共に何かしらの暴行があった。

 しかし、今日はそれがない。フラヴィはただ覇気の薄い顔で素っ気なく言い返しただけだ。

 

「二人ともなにボケっとしてんのよ」


 眉根を寄せて見上げるフラヴィを前に、エリアーヌもロックも慌てて取り繕った。

 エリアーヌは、やはりフラヴィの様子はどこかおかしいと思う一方で、彼女が嘘を吐いていないということも分かっており、その矛盾に内心で首を捻るのだった。




 十九歳の美女が密かに困惑する傍ら、若者三人の様子を端から眺めていた中年親父の方は、驚愕に目を見開いていた。その遅すぎる理解は、この四人編制が実はそれなりに内部崩壊の危険性を孕んでいたことを彼に悟らせ、苦悩させた。

 が、全てを吹っ切った様子のフラヴィを見て、過ぎたことだとすぐに思い直す。

 そうして、四十五歳の中年親父は娘のような年頃の仲間に対し、哀愁漂う微苦笑を一人静かに浮かべていたのだった……。




 ■   ■   ■




 クイーソを発って――フラヴィが短髪になって、十日。

 四人は着々とリリオの町を目指して街道を歩いていた。


 移動中は相応に暇なもので、仲間内で雑談するくらいしかやることがない。エリアーヌたち大人四人はこの半年間、ほとんどそんな感じに過ごしてきたので、もはや移動中の余暇など日常的だった。

 しかし、ローズが一行に加わってからはやや非日常的になっている。年端もいかない女の子との道中は味気ない移動時間に少々の刺激を与えていた。


 特にフラヴィは最もローズに入れ込んでいる。単純に彼女がローズを気に入っているという理由も大きいが、二人は馬に同乗しているのだ。

 馬の負担を考慮すれば、四人の中で最も小柄なフラヴィと一緒にさせるのが合理的ということで、あの日以来、ほぼ一日中、二人は密着している。それが十日以上も続いているのだから、フラヴィがローズに入れ込み、ローズがフラヴィに懐くのは当然といえる。


「風威こそ我が渇望――〈風波ルプ・リー〉」


 ローズが可愛らしい声で詠唱すると、街道脇の草木が強風に揺れた。

 移動中はだいたいフラヴィが講義するかローズが魔法の練習をしている。ただ、魔法の方は人目がないときに加えて、火魔法以外という制限付きだが。


「うん、いい感じね。それじゃあ今度はあの草にだけ風を当ててみて」

「はい、分かりました」


 意気揚々と頷き、ローズは再び詠唱して風を起こした。今度は威力を絞ったのか、道端で一際背の高い雑草だけが強風に煽られる。


「いいわ。もうかなり慣れてきた感じね。ていうか、初級魔法程度なら制御も含めてほぼ完璧だわ」

「ありがとうございます。フラヴィ先生の教え方が上手だからです」

「んー、ローズは可愛いわねぇ」


 フラヴィは自身の前に座るローズを後ろから抱きしめ、甘ったるい声で褒めている。柄にもなくフラヴィがそんな一面を見せるほど、ローズの成長は著しかった。

 ローズは以前教えた初級魔法五つを、早くもほとんど自分のものとしていた。

 だが魔法とは本来、それほど容易なものではないのだ。並の魔法士なら得意属性の初級魔法でも習得に節単位の時間がかかり、一期以上かかる場合も何ら珍しくない。慣熟するには優に一年を超える修練が必要だ。並の魔女ならばその半分もかからないだろうが、ローズは十日もしないうちに五大属性全てに慣熟していた。


 本当は適性属性の判別も、あそこまで明確な形で分かるわけではないのだ。得意属性の初級魔法ならば朧気に現象するか、その予兆が見られる程度だ。それも魔女に限った話であり、凡百の魔法士は得意属性の把握にも相応の時間を有する。二回目の行使で魔女の盾を貫く威力の魔法など、普通は放てない。


 加えて、ローズはクラード語の理解度が図抜けていた。数日前はクラード語での日常会話がほとんど成り立っていない程度だったのが(それでも十分凄かったが)、いつの間にか会話と呼べるだけの段階まで習得していたのだ。ほぼ一日中、付きっきりで教えてもらっているとはいえ、それはあまりに異常である。

 一を教えただけで、一人で勝手に十まで理解していくのだ。しかも一度教えたことはまず忘れていないので、教えた端からどんどん理解し、記憶していく。 


 自分が教えたことを次々と身に着けていき、そんな子が先生と呼んで慕ってくれるとあれば、フラヴィでなくとも可愛がるだろう。エリアーヌは同乗している二人を端から見ているからこそ、客観的にそう考えることができていた。もしフラヴィと立場が逆だったなら、エリアーヌもローズに入れ込んでいた可能性が高い。


 ローズはまず間違いなく、僅かな疑いようもなく、天才だ。

 だが、だからこそエリアーヌは心配だった。このまま何の苦労もなく成長してゆけば、いずれ第二の自分が生まれるかもしれないという不安があった。

 才能に溺れ、周囲を見下し、いつかその驕慢の代償を己が身で支払う。それはある意味正しい因果応報なのだろうが、そんな事になる前にきちんと教え導くのが大人の役目というやつだ。

 だから、フラヴィとも相談して、ローズには並いる魔女の実力を教えないことにした。普通はどうなのか訊ねられても、上手くはぐらかして、普通より少し優秀なくらいと言い聞かせるようにしている。 


 ローズは子供らしからぬ振る舞いを見せて謙虚さを保っているが、それがいつまで続くかは分からない。どれだけの天稟を有していようと、所詮まだ子供なのだ。

 魔法の力は子供には手に余る。今はまだ良くても、このまま何年かすれば力に呑まれてしまい、傲慢な魔女になってしまう可能性は否めない。

 そんなことにならないよう、留意しておく必要がある。

 フラヴィが甘やかすならば、自分は厳しくしよう。

 エリアーヌはそう心に決めていた。


 しかし、どうせそれもあと十日ほどで解ける戒めだろうな、とも思いながら……




 ■   ■   ■




 クイーソから十九日の道程を経て、日暮れ前にリリオの町に到着した。

 リリオはこぢんまりとした市壁の外側に大きく町並みが広がっており、人口も相応に多い。開放的な雰囲気が漂い、日暮れ間近でも町は活気に溢れている。単純に町の広さだけで言うなら、クイーソの倍はあるだろう。


 町に入って早々、目的の宿を訪れる。猟兵たちの多く集まる一帯に建つ、何の変哲もない宿屋だ。

 しかし、実際は非凡だ。プローン皇国の息が掛かっているため安全に利用できるし、帝国内で活動する仲間たちの拠点の一つにもなっている。

 クイーソでも同様の宿――通称《庭園》を利用したのは言うまでもない。


 早々に受付で部屋を取り、馬を預ける。

 二階に上がって隣り合った二部屋の前まで来ると、オーバンが口を開いた。


「とりあえず、軽く荷物を整理をしてから夕食にするぞ」


 一階はやはり酒場として開かれてはおらず、落ち着いた食堂となっている。エリアーヌたちは他の宿泊客に混じって、人心地つけるだけの品々を味わっていく。

 ローズは道中での保存食だろうと何だろうと、実に良く食べる。好き嫌いをせず、残すこともなく、とにかく食べる。

 食べるだけでなく、良く動く。街道を進んでいると、たまに馬から下りて走り出すのだ。あるときは息を切らしながら詠唱して魔法を行使し、あるときは魔石に魔力を込めながら駆ける。

 更に動くだけでなく、良く寝る。特に走った後、フラヴィの身体に背中を預けて昼寝をする。あどけない顔で、肩を揺すった程度では起きないほど深く眠る。


 それだけ見ると活発な女児――もとい魔女児だが、普段の言動は妙に落ち着いている。挨拶もお礼も謝罪もきちんとするし、子供とは思えない理解力で物事を噛み砕き、我がものとする。泣いたり怒ったりすることもなく、我が侭を言って困らせたりもしてこない。

 道中では何度か魔物と遭遇したが、特に取り乱したりすることもなく、エリアーヌたちが処理する様子をじっと見つめていた。その眼差しには好奇心が現れていて子供らしくはあったが、同時に目の前の事物を見透かそうとする観察者のようでもあった。


 誰がどう見ても、普通ではない。


 だが、今まさにエリアーヌの隣で夕食を頬張っている姿は年相応だ。一応、きちんと咀嚼してから嚥下しているようだが、実に旺盛な食欲を発揮して食事を進めている。

 

「ふぅ……ごちそうさまでした」


 満足したのか、小さな手を合わせて食後の挨拶を口にするローズ。

 全員が食べ終わると、男女に分かれて部屋へと戻る。まだ日が沈んで間もない時間だが、ローズは夕食後しばらくすると決まって船をこぎ始める。

 それまではフラヴィとエリアーヌでクラード語を教えたり、魔法の練習を行う。今日は宿なので魔法の練習はしないが。


 三人で椅子に座って勉強していると、ローズがゆっくりとテーブルに突っ伏す。意識が落ちる寸前まで知識を得ようとする貪欲さにはフラヴィもエリアーヌも感心を通り越し、苦笑を交わし合う他ない。


「さて、と。それじゃあ行きましょうか」

「はい」 


 二人は一息吐いてから表情を引き締めて、隣室に向かう。軽く扉を叩くとロックが出てきて入室を促されるが、見慣れた二人以外に男がもう一人いた。

 オーバンよりいくつか年上と思しき壮年の男は一階の受付にいた宿の主人だ。獣人でも毛深い方らしく、顔の半分以上は毛に埋もれているものの、人の良さそうな雰囲気が感じられる。


「久しぶりだな。下で見たときも思ったが、しばらく見ないうちに二人ともなかなかいい女になってるぞ」

「それはどうも」

「ありがとう、ございます……?」


 フラヴィは素っ気なく、エリアーヌは少し気後れしながら言葉を返した。

 男はガストンといい、エリアーヌたちが彼と会うのは一期ぶりだ。

 

 エリアーヌたちの活動範囲は帝国東部だ。グレイバ王国領を取り込んだ現在のオールディア帝国はその版図が拡大したため、正しくは中央部から東部にかけて、と言った方が適当だろうが、とにかく四人は以前、一度リリオの町で彼と会い、帝国内の情報や作戦行動についての相談をしたことがあった。

 帝国内には四つの主要司令部と五十近くの支部があり、主要支部の一つがまさにこの宿で、その責任者が他ならぬガストンなのだ。


「だいたいの話はオーバンと若造から聞いた。とりあえず、お疲れさん。これでセミリア山地の秘密工場も潰れた。お前さんらの活躍は仲間内でも際立ってるぞ」


 ガストンは毛深い顔に小さく笑みを浮かべた。

 

「しかも、魔女を拾ったって? いま二人から詳しい話を聞いてたところだ。嬢ちゃんたちからも話を聞かせてくれや」


 そうして、エリアーヌたちはローズについて分かる限りのことと所感を、ガストンに伝えていく。尚、二人部屋なので二つの椅子に座るのはガストンとオーバンの二人だ。エリアーヌ他二名は小さなテーブル周辺に立つ。さすがにベッドに座るような緊張感の欠如した行動はとれない。

 ガストンは話を聞き終えると、「ふむ……」と腕を組んで唸った。


「魔女だったのに奴隷にされて、それ以前の記憶がない。言動はガキっぽくないし、信じられないくらい頭が良い、と。しかも魔法力まで図抜けている。そんな魔女のガキが赤毛に青目で名前がローズ、ね……オーバンはどう思ってる? 正直なところを言ってみろ」

「……如何にも怪しい女児だな」

「だよなぁ」


 悩ましげな溜息と共に、ガストンは頷いた。

 彼がそうした反応をするのも、エリアーヌは理解できないではなかった。エリアーヌでなくとも、仮に第三者の十人がローズの話を聞けば、十人とも口を揃えて怪しいと言うだろう。


「帝国の罠なんじゃねえかってくらい怪しいな。おれもくだんのローズは一階で見たが、見た目は普通の人間の子供だった」

「まあ、でも実際、子供らしいとこは結構あるっすよ。よく食って動いて寝るし、町とか歩いていると興味津々な目でいろんなもん見て質問してくるし」

「……なあ、お前たち。禁忌魔法の中には変成魔法ってのがあってだな、姿形をある程度変えられるらしいぞ。実はそのガキ……大人ってことはないよな?」


 ガストンの声は真剣そのものだった。

 

「つまり、こういうことですか?」


 ふとフラヴィが口を開いた。


「実はローズは帝国側の魔女で、変成魔法で奴隷の女の子たちに混じって日々の労働を監視していた。そこにアタシたちが襲撃をかけて、これ幸いとばかりに間者として潜り込んだ。子供らしからぬ真摯な言葉でアタシたちに訴えかけて、皇国の人間であることを喋らせ、ここまで上手いこと同行した……と? 可能性としては零じゃないですけど、あまりに荒唐無稽ですね」

「しかし、もう怪しすぎてそうとしか思えんぞ。奴隷になる女児は普通、魔力の有無を魔法具で確かめるだろ? なのに奴隷だった。その理由を本人に尋ねてみようにも、なぜか、実に都合のいいことに、記憶がない。お前たちが襲撃したときには、これまたなぜか小型の魔弓杖を持っていて、エリアーヌの前でそれを使って見せた。そして頭脳は非凡極まり、初級魔法を習ったその日に、仮にも水属性適性者の魔女が張った盾をぶち破るほどの魔法力を持っている。おまけにあの容姿とローズという名前……これで疑いを持つなと言う方が無理な話だ」


 実に説得力のある言葉で、エリアーヌには反論し辛かったが、フラヴィは違った。


「ですから、さっきも言いましたよね? 魔力の有無は魔法具が壊れていたのか誤動作なのか、検査に引っかからなかったと。極稀にあることですし、実際アタシがいい例です。記憶がないのは何らかの身体的あるいは精神的外傷が原因でしょう。あそこにいたことから、ローズはグレイバ王国の出身とみてまず間違いないですし、嫌な光景や暴行も受けたはずです。魔弓杖を持っていたのは拾ったからで、エリーの前で使ったのは同じ奴隷の子を助けるためだった。頭がいいのは単に天才だからで、魔法力に関しても同じ。名前がローズなのは同じ奴隷のレオナという子に付けてもらったから。むしろローズは怪しすぎて逆に白ですよ」


 フラヴィが声色に少々の苛立ちを込めて長広舌をふるう。

 だがガストンはあくまでも懐疑的な態度を崩さず、眉間に縦皺を刻んだままだ。


「ま、それが本当だって可能性も皆無じゃないわな。しかし、帝国側の魔女だという可能性も同じだ。……オーバン、なぜここまで同行させた。お前にしては軽率だぞ」

「俺も怪しいとは思った。だが、ローズから害意は感じられない。あの子はまず間違いなく、世を知らぬ子供だ。二十日以上も見ていれば、それくらい分かる」

「…………そうか」


 ガストンは瞑目して口を閉ざした。毛深い顔からは大雑把な表情しか読み取れないため、何を考えているのか分かりづらい。

 しばらく室内に沈黙が漂った後、ガストンは大きく息を吐き出して、肩から力を抜いた。


「考えても仕方ないか。どちらにせよ、皇国へ連れて行くことに変わりはない。フラヴィの言うとおりだったとしたら、これは飛び切りの拾いものだしな。おれの懸念通りだったとしても、身柄を抑えていれば安心だ」

「もしローズが帝国側の人間だったら、アタシはもう誰も信じられなくなりますよ。というか、ガストンさんは実際、ローズが本当に間者だと疑ってるんですか?」

「なんだその目は、疑ってるに決まってるだろうが。アソコの毛先程度にはな」

「……その毛ぇ毟り取るわよ、このクソジジイ」


 隣に立つエリアーヌにしか聞こえないほどの小声でフラヴィが悪態を吐いた。

 だがガストンは彼女の雰囲気から言いたいことを察したのか、あるいは獣人特有の鋭敏な聴力によってばっちり聞こえていたのか、苦笑しつつ言い訳をする。


「だってなぁ……お前ら揃いも揃って大して疑ってないようだったし、危機感も持ってなかったからな。だいたい、誰が聞いてもまず疑うような話だろうが。おれはただ常識的な見地から意見を述べて、一度お前らに冷静になってもらってから、拾った魔女についてよく考えて欲しかっただけだ」

「気遣ってもらってすんませんね、ガストンさん。でも、見くびってもらっちゃ困りますよ。これでもオレらは工作員として派遣されるほどのもんですよ? それくらいの怜悧さは持ち合わせてますし、何度も冷静になって再考しましたよ」


 ロックはらしくなく静かな口調で告げ、気障ったらしく微笑してみせる。


「そうか。若造以外はそうなんだろう」

「…………え? すんません、今なんて?」

「アンタは柄にもないこと口走ってんじゃないわよ」

「それで、ガストンさん。ローズを皇国に連れて行くという話ですが」


 緊張感が抜けきってしまう前に、エリアーヌは本題の先を促した。


「あぁ、そうだな。あのローズって魔女は一旦おれが預かる。誰か適当な者に皇国へ連れて行かせよう」

「…………」


 やはりそうなりますか……と、エリアーヌは胸の内で呟いた。

 まだエリアーヌたちは帝国入りして半年も経っていない。

 当初の予定では最低でも一年は帝国内で活動する予定だったのだ。加えて、エリアーヌたち四人の関わった作戦は軒並み成功している。現地の仲間からすれば、この好調な時期に手放したくない人材なのは間違いない。


「それはどうかと思います」


 フラヴィもそれは承知しているはずなのだが、彼女は異を唱えた。


「一応、なぜだと訊いておこうか」

「ローズは本物の天才です。このままいけば、かの聖天十三騎士にだってなれるほどの。ですから安全には最大限の注意を払って、丁重に扱うべきです」

「それで?」

「皇国へはアタシたちが同行するのが一番理に適ってるかと。ローズは頭がいいですけど、その分あの歳で人を疑うことを知ってます。でもアタシたちならもう信頼されてるし、何かあっても守りきれるだけの力も機転もある。それはこれまでの活動で証明されているはずです」


 フラヴィはいつになく積極的だった。

 ガストンは大男といって良い体格をしているので、座るとちょうどフラヴィと目線が合う。二人は互いの顔から目を逸らそうとしない。


「それは一理あるが、お前たちには大事な任務がある。我らがプローン皇国にとって有益となる魔女も大切だが、今は将来の人材よりも目先のことだ。連合との緊張状態が続いている昨今、脅威となるであろう魔弓杖の供給は少しでも減らしておかねばなるまい」

「ローズの――魔女の護送も、相応に大事な任務だと思いますけど」

「……おれはお前のことをもっと淡泊なやつだと思ってたんだが、違ったのか? 以前に会ったときと、どことなく雰囲気も変わっている。お前が大事にしていたらしい髪を台無しにした魔女が、そんなに大切か?」

「雰囲気が変わったのは髪が短くなったせいですよ。あとガストンさんの言うとおり、アタシは淡泊なやつですから、髪のことはもう気にしてません。それに、これでも一応女ですから、人並みに母性くらいあります。同じ魔女として、魔女のことを気に掛けるのはそんなにおかしなことですか?」

「……ふむ」


 ガストンはフラヴィを推し量るように見つめている。一見すると気さくそうな毛深い獣人の中年親父だが、鋭く双眸を細める今の彼はそれと真逆の印象を受ける。

 エリアーヌは我知らず身を硬くして、フラヴィに目を向ける。背は低いが年上な彼女は、特にこれといった表情を見せることなく平然としている。


「フラヴィ、お前、魔女がどうこう言っておきながら、本当は自分が国に帰りたいだけなんじゃないのか?」

「ま、それは否定しませんよ。ついでに言えば、もう軍を辞めようとも思ってますけど」

「――え」


 エリアーヌは突然の告白に驚きを隠せなかった。

 別段、皇国へ帰りたいという思いは意外ではなかった。それはフラヴィだけでなく、エリアーヌもロックもオーバンも、それどころか帝国に派遣された工作員のほとんどが少なからず思っていることだ。

 しかし、彼女が退役を望んでいるとまでは思っていなかった。


「なかなかに自分勝手な意見だな」

「ごもっともです。ですが、帝国内での活動はやる気のない者にこなせるような任務ではないですよね?」

「……いったい、どういう心境の変化だ? このまま帝国での任務を無事に終えて帰れば、間違いなく昇級だぞ。特別手当も給与も相応の額が支給される」

「人を殺したり物を壊したりするより、誰かを育てたりする方がやり甲斐ありそうだと気が付いたもので。そもそも軍で昇進したかったら、さっさと髪切ってましたよ。それに、どれだけの大金でも解決できなかったことが、思いがけずこの地でできました。もしアタシをローズと一緒に皇国へ行かせてもらえるなら、自分勝手な意見と引き替えということで、この半年分の特別手当はいりません」


 相変わらず感情の読みにくい気怠そうな顔で、フラヴィは淡々と述べた。

 ガストンはもちろん、長年の友人であるロックでさえも、意外そうに彼女を見つめている。ただ、オーバンだけはあまり驚いていないようだった。


「そこまで言うか……」

 

 ガストンは毛深い耳の後ろあたりをガリガリと掻きながら、溜息混じりに呟いた。


「女ってのはほんとよく分からん生きもんだな、まったく……」

「同感です」

「どの口がほざいてんだ、どの口が。はぁ、くそ……この班を率いてるもんとしては、どう思うよ?」


 背もたれに寄りかかりながら、オーバンに視線を向けるガストン。

 黒翼の中年親父はちらりとフラヴィ、ロック、エリアーヌを見回してから答えた。


「俺たち四人は非常に均衡のとれた班だ。もしフラヴィが抜けて代替要員が入ってきても、俺たち三人の行動に相応の支障は出る。だがそれ以上に、やる気のない者と組んだ方が悪影響は大きい。本人がそれほど強く望んでいるのであれば、ローズと一緒に行かせても良いと思うが」

「意外だな、お前なら頑として反対すると思ってたんだが」

「言った通り、無理に班を組ませても逆効果だからな」


 エリアーヌは男二人のやり取りを聞きながら、思わぬ展開に困惑していた。

 ローズとリリオで分かれるだろう事は、なんとなく予想していたので問題はない。少なくない寂しさは感じるが、任務をなげうつほどではない。しかし、フラヴィが自分たちを差し置いてでも、皇国へ帰りたがっていることには驚いていた。彼女はそれほど薄情な人ではないはずだった。

 そんな仲間の気持ちを正確に察したようなときに、フラヴィが口を開く。


「ただ、アタシとしても、仲間を置いて帰るのは忍びないとは思っています。なので、予定の任期まではこれまで通り作戦行動に従事した後、ローズを入れた五人で帰国するという形でも構いません。その場合、ローズはしばらく帝国内で過ごすことになりますから、彼女の意志も確認する必要はありますが」

「……フラヴィ、お前端からそれで話を通そうと思ってただろ」

「さて、なんのことでしょうか」

「ったく、無理難題からの妥協案って、お前は軍辞めて商人にでもなる気か」

「いえ、国に帰ったら教師にでもなろうかと」

「――――」


 四人は突然のことに言葉なくフラヴィを見つめた。

 当の本人はいつもの表情で、先の提案の答えを待っている。


「おいラヴィ、マジでお前どーしたよ……?」

「アンタには絶対に理解できない心境の変化ってやつよ」

「あの、フラヴィさん、どうしてそこまでローズにこだわるのですか? 先に彼女を別の者の手で皇国へ行かせた方が良いと思いますけど」

「ローズはアタシの生徒第一号だからね。それに、あの子の才能は凄いから、成長を側で見ていたいわ。ていうか、皇国に帰ったら養子にしようと思ってるし。まだ本人には訊いてないけどね」


 もはや驚きすぎて何も言えなかった。

 だが、ガストンはエリアーヌやロック、オーバンほどフラヴィとの付き合いが深くない。なので、まず彼女に言葉を返したのは彼だった。


「もしお前が魔女じゃなかったらブン殴ってるところだが……まあ、いい。予定通り働いてくれるなら、おれから言うことはない」

「もしローズが帝国に滞在することになったら、その費用は出してくれますよね?」

「偉大なるローズ様への投資だと思えば、安いもんだ」


 ガストンは肩を竦めて苦笑を浮かべた。


「ただし、そのローズ様の卵はなんとしてでも説得しろ。お前らが口を揃えて言うほど賢い魔女なんだ。無理に引き留めれば、ガキだし何をするか分からんからな」

「あれ、変成魔法でオレらの懐に入ってきた間者って話はどーしたんすか?」

「お前の明日の朝飯にはおれのチン毛入れといてやる」

「ちょちょちょっ、それマジでやめてくださいよ!?」


 そんなこんなで、一応だが話は纏まった。

 エリアーヌとしては良い結果に終わってくれて安心していた。フラヴィとは中途半端な別れ方をせずに済んだし、ローズとも同様だ。拾った魔女にフラヴィほど思い入れはないにしろ、エリアーヌもそれなりにローズを可愛がってはいた。


 そもそもの話、単純にエリアーヌの方がローズには感じ入るところが大きかった。才気溢れる様子で魔法を行使している姿を見ていると、かつての自分を思い出して、彼女の未来に己の過去を重ねてしまうのだ。

 ローズが調子に乗らないように――第二の自分が生まれないように、きちんと教育しなければいけない。そうした義務感が否応なく湧き上がってきていた。

 しかし、道中ではフラヴィが熱心にローズを教育している姿を目にしていたため、その思いは薄れていった。そもそもエリアーヌはまだ自分のことで精一杯で、子供を教え育めるほどの余裕はないと自覚しているし、過去を吹っ切れてもいない。だからこそ、ガストンが一旦預かると言ったとき、フラヴィのように口を挟まなかったのだ。


 とりあえずエリアーヌは、あの聡明な童女にどう説明するべきかを、仲間たちと共に考えることにしたのであった。


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