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幼女転生  作者: デブリ
二章・道中編
26/203

第十八話 『そして、玉虫色の魔法』


 日が沈む頃、俺たちは野営の準備をする。

 クイーソから半日の距離にも町や村はあるらしい。だが、オーバン一行は移動速度を重視しているので、寄り道はせずにリリオの町へ直行するそうな。


「魔物とかって出てこないんですか?」


 俺たちは街道を右手に逸れて、林の中を少し進んだところを野営ポイントにしている。木々や草花の群生密度はセミリアの森ほどではないが、なんか薄気味悪くて幽霊とか出そうである。

 そういえば、この世界には幽霊っているんだろうか。魔法があるから普通にいそうなんだが……いや、深くは考えまい。


「心配すんな、出てきても瞬殺だぜ。街道近くに強い魔物はそうそう出てこないし、出てきてもすぐに討伐依頼が出されて猟兵が片付けるからな」


 ロックがぽんぽんと俺の頭を撫でながら気楽そうに笑っている。

 まあ、大人が四人もいるんだし、大丈夫だとは思うが……なぜかロックに言われてもあまり安心できない。


「それじゃ、アンタはちゃんと夕食作ってなさいよ」

「わーってるよ。つか、やるんならオレからも見えるところでやってくれよな。オレも興味あるし」


 ロックは辺りの枝葉なんかを集めて魔法で火を付け、鍋でスープを作っている。水はフラヴィが魔法で出したが、やはりロックの詠唱共々クラード語なので、意味はよく分からなかった。

 ちなみにオーバンのオッサンは周囲の見回りに行った。魔物は往々にして巣を作るらしいので、その有無を確かめに行くとか言っていた。


「ローズ、準備はいいわね?」

「はいっ……あ、いえ、その前にちょっとお花摘みに行ってもいいですか……?」


 フラヴィの言葉に威勢良く頷いたが、力んだせいか尿意を覚えた。まだ十分我慢はできるが、これからのことを思うと集中を阻害する要因は排除しておくに越したことはない。


「では、あちらに行きましょう。私が周囲を見ていますから、魔物のことは心配しないでいいですよ」


 俺はエリアーヌに手を引かれ、ロックが飯を作っている野営地から少し離れる。ひときわ大きな木の根元まで連れて来られると、エリアーヌは「この辺でね」と言って周辺に目を向ける。


 当然といえば当然なのだが、道中での排泄行為は大自然の中で行う。野郎共は大して場所など気にせず立ちションできるが、女性陣はそうもいかない。人目に付かない場所を探し、膝を曲げて屈み込む必要がある。

 もし俺が奴隷生活を経験していなければ、多大な躊躇いを覚えただろう。しかし、俺は奴隷幼女たちのひしめく一室にて、一糸纏わぬ姿で大小問わず排泄した過去を持つ。それに比べれば大自然の只中での放尿など今更のことだ。

 まあ、それでも今は服を着てるし、パンツを下ろすというプロセスもあって、まだまだ羞恥心はあるんだけどね。

 美女が側にいることについてはあまり気にしてない。だってもうエリアーヌとフラヴィには立ちション見られたし。


 俺は木の根元に栄養を提供すると、そこらの草をむしり取って股を拭き、再びパンツを装着した。これはこれで衛生的に問題があるんだよな……とか思いながらエリアーヌと共に来た道を引き返す。


「じゃあ始めましょうか」


 夕飯を作るロックから十リーギスほど離れたところで、美少女が宣言した。表情といい声音といい、いつも通り気怠げでやる気が見られないが、それがフラヴィなので気にしない。むしろ猫耳+ツインテ+美少女という最強タッグは常に俺の意識を引きつける。特にツインテールはもはや芸術的とさえ評せる完成度を誇っている。


「はい、よろしくお願いします」


 俺はツインテの素晴らしさを想いつつ、二人の教師にしっかりと頭を下げた。

 街道には一定距離ごとに小屋が建てられているが、そこを利用せず、俺たちがこんな林の中で野営するのには訳がある。

 まず何よりも、安全対策のためだ。小屋を利用すれば雨風が凌げて、魔物に対するある程度の防備にもなる。しかし代わりに、同じく小屋を利用する連中と寝所を共にすることにもなる。


 大半の帝国人は余程のことがない限り、町から町、村から村へと移動はしないので街道も利用しないそうだ。だから街道を歩いているのはもっぱら猟兵や商人や旅人ということになり、自然と野郎が多くなる。特に猟兵はなかなかに粗野な連中が多いらしい。

 年頃の美女&美少女がむさい男連中の中で眠っていれば、襲ってくださいと言っているようなものだろう。加えて帝国の治安はあまり良ろしくはないらしいので、小屋を利用する者は賊徒に襲われる危険もある。

 故に、こうして街道から少し逸れ、人目に付かない場所で野宿するのだ。オーバンとロックだけなら小屋を利用しても良いが、立場上、他人と余計な接触は控えた方が賢明だ。


 そして理由はもう一つ。

 今日はあまり人目につかない方がいいことをする。

 だから尚更、小屋は利用できない。


「そんなに力まなくてもいいですからね。もちろん、いい加減な気持ちでいるのもいけませんが」

「ま、気楽にいきましょう。あと昼間にも言ったけど、今回教えるのは初級の魔法だけ。クラード語は今後も勉強していってもらうから、そのつもりでね」

「はい、分かってます」


 教師二人は顔を見合わせて頷き合うと、エリアーヌがどことなく厳かな口調で宣言した。


「では、始めましょうか」




 ♀   ♀   ♀




 まず、魔法は大きく四つに大別される。

 

・基本魔法

・特殊魔法

・古代魔法

・禁忌魔法


 魔法士を志す者はまず基本魔法の習得から入るのが常らしい。

 基本魔法は土・水・火・風・無の属性魔法なので、五大属性魔法とも呼ばれるそうな。


 各人には生まれついて魔法適性というものが存在する。

 これは魔力とはまた別の要素らしい。

 魔法を使用するには魔力を必要とするが、魔法適性が高くなければ魔法を巧く行使することができない。一般に、魔力と魔法適性を合わせて魔法力といい、魔法力の高い魔法士ほど優秀であるそうな。


 エリアーヌとフラヴィから聞いた限りでは、つまりこういうことだと思われる。

 魔力がガソリンで、魔法適性がエンジンだ。エンジンの性能によって燃費や出力が上下する、と考えれば分かりやすいだろう。

 あるいはRPG風に例えるなら、MPとINT(知力)の関係だ。MPだけ莫大にあっても、知力=魔法攻撃力が低ければ、ショボい魔法しか習得できないし行使できないってことだな。


 魔法適性には属性も含まれ、一般に適性属性と呼ばれるという。大抵の魔法士は五大属性のいずれかに秀でており、得意属性は他属性より習得も行使もし易い。

 特殊魔法には治癒解毒、古代魔法には光属性や闇属性もあるらしいが、五大属性以外の適性を持つ人は滅多にいないとか。五大属性に治癒解毒、そして光と闇を合わせて八大属性というそうだ。


「まずは五大属性全ての初級魔法を使ってみましょう。ただし、詠唱したからといって成功するとは限りません。コツを掴むまで何度も練習する必要があります」

「はい」


 俺は昼頃に説明されたことを思い出しながら、真面目に返事をした。


 魔法は詠唱の意味を理解して唱えたからといって、使えるわけではないらしい。

 要は自転車みたいなものだと思えばいい……と俺は勝手に解釈した。運動神経抜群ならすぐに乗りこなせるが、運痴ならものにするまで時間がかかる。魔法の行使は酷く感覚的なものらしいので、この例えは強ち間違ってはいないはずだ。


「では……初めは何の属性から試してみたいですか?」


 エリアーヌの問いに俺は逡巡した。


「まずは直感に従って試してみるのが一般的なので、あまり深く考えずに言ってみてください」


 なるほど、直感は大事だからね。それにどうせ五大属性全部を試してみるらしいので、順番はあまり関係ないか……と思われがちだろうが、何事も初めは肝心だ。

 魔法適性とは無意識的なものなので(たぶん)、ここは指示通り直感で選んだ方がいい。だからこそエリアーヌも俺に選ばせようとしているのだ。

 そして俺の直感は……


「火からお願いします」

「分かりました。それでは詠唱をクラード語で、意味をエノーメ語で教えるので、しっかり覚えてください」

「了解です」


 俺はエリアーヌに詠唱とそのエノーメ語訳を教わる。


「フラヴィさん、盾をお願いしていいですか?」

「■■なる■■は■にして■、■■■■の■■こそ■■の■■――〈■■〉」


 猫耳ツインテ美少女は返事の代わりに一枚の盾を作り出した。一辺が二リーギスほどもある水の壁が、フラヴィの前面に滲み出るように屹立する。木々の合間から差し込む夕陽の斜光が水面に反射して煌めいていた。

 物理法則を無視した現象には相変わらず驚かされるな、まったく。まあ、これから俺もそんな超常現象を引き起こそうと言うんだが。


「では、あの水の壁に魔法を放とうとしてください。初めは腕を向けてやってみるといいでしょう。人にもよりますが、狙いが定まりやすくなります。一度手本を見せるので、参考にしてください」


 エリアーヌはそう言って、水壁に右手を向けて詠唱し、俺に手本を示してくれた。

 その後、俺はフラヴィから五リーギスほど離れたところに立ち、左半身を引いて右手を突きだした。そして一旦、深呼吸をする。詠唱に入る前に、とりあえずイメージしてみる。

 イメージは大事だ。

 勉強でも運動でも自家発電でも、想像力は無限の力を与えてくれる。


 火だ。火矢だ。

 つい数日前にロックが使っていたのを見たから、どんな魔法かは良く覚えている。そして今し方のエリアーヌの実演でイメージは完全に把握できた。


 火とは紅であり、俺はローズだ。

 俺の髪は紅いし、薔薇も紅い。

 だから俺の適性属性は火に違いない。

 まさに薔薇色の魔法。

 前世で魔法使いになった俺なら、造作もなく一発で上手く使えるはずだ。

 たぶん……きっと……メイビー……


 少々の不安に駆られながらも、俺は大きく息を吸い、ロリボイスで一息に詠い上げる。


赤熱せきねつせしやじりきらめきよ――〈火矢ロ・アフィ〉!」


 瞬間、体内で何かが蠢動する。

 いや、詠唱の途中から、なんか身体の内側が妙にざわついていた。

 おおお? なんぞこれ? と思っている間に、しかし全身の血が沸き立つような高揚感はすぐに収まった。その一瞬の熱は排気されるように手のひらに集まり、解放感に似た感覚をもらたらす。

 

「あ」


 虚空に小さな火が現れた。

 棒状のそれは歪み、火勢は安定せず、揺らめいている。昨日見たロックの火矢とは比べるべくもなく、ショボい。そのショボさ通り、火は空気中に溶け入るように瞬く間に消えてしまった。


「凄いですよ、ローズ。普通、初めてでは魔法をなかなか現象させられないものです」


 エリアーヌが喜色を見せつつ褒めてくれる。

 フラヴィも水の壁を消し、口元に小さく笑みを浮かべて頷いた。


「ほぉー、初めてにしては結構いいんじゃねえか?」


 鍋をかき混ぜているロックからも好評をもらう。


「なかなか好調ね。魔女として並以上の才覚がありそうで良かったわ」

「ローズの適性は火なのでしょうか? これなら少し練習すれば、すぐに使えるようになりそうですけど」

「いえ、まだ判断するには早いでしょうね。ローズは頭もいいし、常軌を逸した才がありそうだわ。他の属性なら、あるいは一発で使えるかもしれないし」

「そうですね。なにせローズですし」

「ええ。きっとローズなら名前負けしない立派な魔女になるわ」


 美女と美少女は何やら嬉しそうな様子でアレコレと話し合っている。

 しかし、俺は無性に悔しかった。

 たしかに魔法は発動したのかもしれない。それでも、成功したわけではないのだ。ただ矢っぽい棒状の火が現出しただけで、端から見れば手品みたいなものだっただろう。


 俺が試みてみた魔法は初級魔法だ。

 魔法には威力や規模、難度に応じてランクが設定されているらしい。

 初級はその名の通り最も低ランクの魔法で、ランクは十段階に分けられる。

 初級、下級、中級、上級、特級、覇級、戦級、天級、星級、神級というらしい。

 一般に、特級魔法まで使えれば十二分に優秀な魔法士と見なされるそうだ。

 十段階中、五段階目で一流の評価を下されるほど、魔法の難度は易くない。なので、初級とはいえ初めての魔法行使で失敗したとしても、それはある意味当然のことともいえる。


 俺は元クズニートという凡夫以下の人間なので、自分に才能がないことは分かっていた。まあ、実は魔女という特別な存在だと言われ、ここ数日はちょっと自分に期待して自惚れていた感は否めないが。

 やはり、現実はそう甘くない。こつこつ努力していこう。


「次は風の魔法を教えてください」


 エリアーヌにお願いして、詠唱とその意味を教えてもらう。やはり実演してもらって、今度の魔法は風を引き起こすだけらしいことを把握した。

 俺がこの世界に新生して初めて見た魔法だな。

 フラヴィも盾は張らずに待機だ。


 夕焼け空の元で、俺は再び集中する。

 先ほどの火矢で魔法発動のプロセスはだいたい分かった。

 まず、詠唱すると身体の内側で何かが――おそらく魔力に火が付く。そして魔力は必要な分だけ数瞬で燃焼し、そのエネルギーを行使する魔法に注ぎ込む。話だけ聞いたときは自転車みたいなものだと思ったが、やっぱりこれは自動車だな。

 エンジンに点火して燃料を注ぎ込み、その分だけエンジンを回す。

 その後、運転だ。

 さしずめ、詠唱=点火プラグ、魔法適性(あるいは身体)=エンジン、魔力=燃料と捉えていいだろう。魔法のコントロールは運転といったところか。


 さっきは火矢の出現に驚いたが、たぶんあの不安定な状態のときにきっちりとコントロールする必要があった。

 つまり、詠唱後も全く気を抜けない。むしろ詠唱した後からが本番だ。


 よし、整理できた。

 いくぞっ。


風威ふういこそ我が渇望――〈風波ルプ・リー〉!」


 血湧き肉躍る……とはちょっと違うかもしれないが、自分の中で何かが燃え上がるのを感じる。これはさっき経験したから、流れに身を任せる。

 だがその直後、風が吹いた。せいぜいが木々の枝葉を揺らす程度のそよ風だが、たしかに自分が起こしたものだと分かる。

 とはいえ、その風はやはり安定しない。俺から右方へ吹いたと思ったら、今度は前、次は左斜め後ろと無秩序に俺の周囲へ吹き付ける。コントロールする暇などなかった。いや、まだ間に合うのか?

 

 酷く感覚的な、自分でもよく分かっていない何かのコントロールを試みる。

 正面から吹く風は微妙に右方向へズレた……気もする。しかし、なにぶん風は五秒と経たずに止んでしまったので、判然としなかった。


「さっきの火魔法よりは少しだけ上手くいっていますね」

「そうね。でも火魔法と大差ないってことは火と風は適性じゃないのかしら? ま、何にしても魔女としてはかなりいい調子よ」


 フラヴィ曰く、魔女は凡百の野郎共より魔法力が高いらしい。なので、魔法適性も往々にして並の魔法士を軽く凌駕するため、魔法が巧い。というより、魔法を巧く扱えるから魔法適性が高いと見なされているというべきか。


 俺は魔女として、かなりいい調子だという。

 でもたぶん、才能のある魔女なら初めてでも巧くやってみせるはずだ。反して凡百の魔法士――野郎共は、初めてなら魔法を現象させることもできないのだろう。

 魔女として並の才能があるのなら、それでいい。

 元クズニートにしては万々歳だ。謙虚にいこう、謙虚に。

 驕ってはいけない。分を弁えるのだ。


「次は水の魔法でお願いします」


 今度はフラヴィから水の初級魔法を教えてもらう。

 次の魔法は水の弾丸っぽいものらしいことが実演により分かった。

 今度こそ巧く扱えるかもしれない。

 リベンジだ。


清麗せいれいなる一射いっしゃ瀑布ばくふの圧――〈水弾ト・クア〉!」


 詠唱し、魔力がくべられ、歪な形状の水が顕現する。輪郭がたゆたって、さながら無重力中に漂う水塊を思わせる。それを全集中力を傾けて、成形しようと試みた。すると、俺のイメージに反して勝手に形が整いだした。俺は対物ライフル弾的なものを思い描いていたのに、形作られるのは野球ボールめいた水球だ。

 予想と違っていたことに戸惑い、コントロールを手放してしまった。水の弾は一気に形が崩れ、重力に従ってバシャっと地面を濡らした。


「今のは凄く良かったわよ、ローズ。あと少しだったわね。今のところ水が一番得意そうね」


 フラヴィが近づいてきて、頭を撫で撫でしてくれた。なかなかに気持ち良かったが、俺は少し思索に耽る。


 フラヴィが実演したとき、〈水弾ト・クア〉は普通の野球ボールっぽい形状をしていた。つい今し方、目の前でフラヴィの実演を見てはいたのだが……如何せん、力みすぎたせいか、俺は俺の中にある"弾"という強固なイメージにつられ、そちらを思い浮かべて成形してしまった。

 だって、名前が水の弾なんだもん。男の子なら、弾と言われればガチムチソルジャーが装備するイカしたライフルの弾丸を思い浮かべちゃうだろ。


 しかし、俺のイメージに反して〈水弾ト・クア〉は勝手に丸く整形され始めた。これが意味するところは……なんだろ? 無限のイメージ力は関係ないってことはなのか? 成形しようと試みただけで、フラヴィのような水の弾になったのだ。形状は一定なんだろうか。


「それじゃ、最後は土魔法ね」

 

 こちらから頼む前に、フラヴィが詠唱とその意味を教えてくれた。もちろん実演も込みで。

 今度の魔法は砂弾だった。前回までよりも集中して注視し、魔法発動までのプロセスをよく観察しておいた。


鎧装がいそう砕くは砂塵さじんの結――〈砂弾ト・サード〉」


 ある種の高揚感――魔力の活性とその燃焼めいた感覚にはもう驚かない。

 俺は右手の先に現れた砂に意識を集中する。砂もやはり水のようにあやふやな形で虚空に留まっており、それを成形しようと試みた。今度は何もイメージしない。ただ一つの形にするという茫漠とした意志だけを込める。

 すると、思った通り砂塵は一点に凝集して丸い弾になった。そのまま集中を切らさず、今度はそれを射出させようと意志を込める。下手にコントロールしようとはしない。ただ前方へ解き放つように、砂の塊を撃ち出すことだけを念じる。


 砂弾が宙を奔った。弾速は十分目で追える。リラックスして行うキャッチボールと同程度だろう。なかなかに緩やかだが、遅くはない。

 狙い過たず、砂弾は十リーギスほど先の木にぶつかって散華した。木は少し揺られたのか、枝葉がざわめく。


「やったわねローズ。凄いじゃない、一発で成功させるなんて」

「そうですね。魔女としての素質は十分にありそうです」

「いくら魔女だからって、その年頃でってのはすげえな、おい」


 フラヴィもエリアーヌも笑みを覗かせ、褒めてくれる。ついでにロックも。


 人間ってのはいくつになっても褒められると嬉しいものだ。

 特に俺は前世がアレだったから、一応とはいえ巧くいった興奮も相まって、久々の成功体験に胸が躍った。

 が、すぐに自制する。一度成功したからといって、そこで満足感を覚えてはいけない。無限の向上心とたゆまぬ努力こそが人を成長させるのだ。

 勝って兜の緒を締めよ、という言葉もある。

 今の砂弾は正直、微妙だった。手本を見せてくれたフラヴィの方が何十倍も洗練されていた。


「ありがとうございます、エリアーヌ先生、フラヴィ先生。二人の教え方が良かったおかげです。これからもよろしくお願いします」


 謙虚さを心掛けて頭を下げる。

 すると、フラヴィが屈み込んで、いきなり抱きしめてきた。


「んー、ローズはいい子すぎるわね。あぁもう、なんだろ……この嬉しさ……学院の教師ってこんな感じなのかしら」

「もっと喜んでもいいんですよ? ローズはなかなか才能があります」


 エリアーヌは褒めて伸ばすタイプなんだろうか。

 まあ、俺は豆腐メンタルだから叱られると心が折れるかもしれないが。


「土魔法が巧くいったので、ローズの適性属性は土でしょうね」

「え……?」

「ってことは、オーバンと一緒なのね。アタシとしては水であって欲しかったけど、まあいいでしょう」

「――――」


 な……んだ、と……? 俺の適性属性が、土……?

 薔薇色の魔法はどこいった。

 いや、べつに薔薇色でなくとも良かったけども、よりにもよって一番地味で渋そうなオッサン臭い枯葉色だと? これからは枯薔薇のローズと名乗らなければならないのか? たしかに中身はちょっと黄ばんでる年頃だけど、マイボディは青々としてるんだぞ?

 オーバンを含めた土の適性属性を持つ魔法士たちには悪いが、適性が土なんて俺は御免被るね。俺の適性属性が土属性なわけがない。驕り高ぶらないと自制したばかりだが、これだけは譲れない。


「あ、あのっ、まだ無属性の魔法がありますよね? そっちも試してみたいんですけど。それを巧く使えれば、適性属性が無ってことになりますよね?」


 無属性も微妙だが、枯葉色より無色透明の方が何倍も良い。

 と、そう思ったのだが……


「あぁ、無属性ね。火、風、水より土が巧く使えたから、ローズちゃんが無属性ってことはないと思うわよ?」

「え、ど、どうしてですか……?」

「適性属性を調べるにはだいたい方法があってね。まず無以外の四属性を適当に試してみて、最後に無属性を試すの。ほとんどの場合、無属性の人は四属性が巧く行使できなくて、無属性だけ巧くやってみせるからね。それに、無属性の人ってあまりいないから」

「一応説明しておきますと、無の適性属性の人は苦手属性がない人のことを指します。ただ、苦手な属性がない代わりに得意な属性もありません。強いて言えば、他の適性属性の者より少しだけ無属性魔法を巧く行使できるというだけです。ですから初めて魔法を行使しようと試みる際、他の四属性より無属性だけは幾分か巧く扱えるのです。治癒解毒や光闇ほどではないですが、フラヴィさんの言うとおり少数派でもありますから、無属性の魔法を最後に試すのはそのためですね」


 つまり、俺は土属性を巧く行使できたから、無属性の可能性はほぼゼロだと。 

 続けてエリアーヌは苦手属性についても説明してくれた。

 火の適性属性にある者は水属性魔法の行使が苦手であり、水の適性属性にある者は火属性魔法の行使が苦手らしい。同様に、風の適性属性にある者は土属性魔法の行使が苦手で、土の適性属性にある者は風属性魔法の行使が苦手だそうな。


 べつにそれはいい。

 それはいいんだが……ちょっと待って欲しい。

 俺が砂弾を巧く放てたのは、火と風と水の魔法行使体験があったからこそだ。その三回で経験を積み、魔法発動のプロセスを大まかに掴んだからこそ、四回目の土魔法が巧くいった。そう考えれば、俺は無属性の適性属性である可能性が高い。

 無属性だけでなく、火、水、風、土、全ての可能性が捨てきれないだろう。

 あ、いや、全属性が満遍なく巧く扱えるってことは、結局、苦手属性のない無属性なのか? いずれにしろ、土の適性属性でなければ何でもいい。


「エリアーヌ先生、フラヴィ先生……お願いします」


 希望を得た俺は上目遣い+ロリボイスを駆使して美女と美少女にお願いし、無属性初級魔法の詠唱を教えてもらい、手本を見せてもらった。

 無属性の魔法はただの仄白い光弾で、どことなく魔弓杖の一撃に似ていた。というか、たぶんそのものだった。魔弓杖の方は赤かったが、こちらは淡い白だ。おかげでトラウマ的な思い出が想起されることはなかった。

 まあ、とりあえず試してみよう。


「我が威迫は痛哭つうこくの結露――〈魔弾ト・アルア〉!」


 例の如く突きだした右手の先に、仄明るい白光が霧のように現れた。土魔法の時と同じく成形しようと念じるが、なんだか上手くいかない。だが最大限に集中していると、微かに光るピンポン玉のようなものに変化する。

 そして、射出した。

 もうほとんど日の暮れた薄暗い森の中を仄かな発光体が駆け抜ける。弾速は先ほどの砂弾と大差なく、今度は十五リーギスほど先の木に当たる。やはり木は微かに揺れて、弾は白い燐光を振りまいて四散した。


「……適性は無属性、なのでしょうか?」

「そうかもしれないわね。さっきと同じか、それ以上にスムーズな行使だったわ。それにあの木の幹、少し抉れてるわ。土魔法ではそこまでの威力はなかったのに」


 俺のロリアイズでは夕闇のせいでよく見えないが、フラヴィには分かるらしい。

 さすが猫耳ツインテ美少女。猫らしく夜目が利くのだろうか。


 なんか二人とも少し驚いているようだが、俺は安心していた。

 枯薔薇のローズではさすがに格好が付かない。とはいえ、無属性魔法が一番難しかった気がするが、たぶんショック状態による緊張のせいだろう。そういうことにしておく。

 〈魔弾ト・アルア〉は半透明な白色だったので、これからは白薔薇のローズと名乗れる。ただの薔薇より格好いいな、おい。


「でも、うーん……無の適性属性で、土魔法を一発で成功させたって、それってかなりの魔法適性があるってことじゃない? 本当は土の適性属性で、単に無属性魔法も少し得意なだけって考えた方が自然かもしれないわね……無属性の適性者って少ないし」


 なに言ってるのフラヴィッ!? 私は白薔薇のローズよっ!

 貴女の素晴らしい猫耳とツインテールに誓って本当よ!


「また他の属性の魔法も使ってみますっ。もうコツは掴んだので今度は巧くやってみせます!」


 俺は自身の名誉に懸けて、再び風魔法を使ってみる。

 今度は自分の正面から前方へ風を吹かせてみた。ついでに実験として、風を左へスライドさせようと試みる。結構な集中力が必要だったが、なんとか巧くいった。

 しかし、俺が転生して間もなく見た風魔法は前後左右から吹き付けてきた。つまり風の発生点はある程度自由に設定できることになる。これはまた今度、検証してみるか。


「風も、巧くできるようになっていますね……」


 エリアーヌが感心したように呟くのを横目に、今度は水魔法を使ってみる。さっきは射出前で集中が途切れたが、今度はちゃんと射出できた。またもライフル弾をイメージして成形の意志を込めてみたが、やはり水塊はボール状に変化する。

 水の弾丸は木の幹に激突し、それからすぐに形が崩れてただの水になった。


「水もできるようになってるわね」


 フラヴィは相変わらず気怠そうな表情をしているが、たしかに驚愕しているようだった。


「フラヴィ先生、水の壁をお願いします」

「あ、そうね。分かったわ」


 フラヴィは少し離れると、水の壁を作った。前回同様に巨大な壁で、壁面は安定しているのか、ほとんど波打っていない。壁の向こう側にいるフラヴィの姿がよく確認できる。


「では、いきます」


 俺は一応声を掛けてから、詠唱した。


「赤熱せし鏃が煌めきよ――〈火矢ロ・アフィ〉」


 俺は詠唱しながらも、実験を怠らない。

 再度の風魔法の際には魔法を発動してからコントロールできるかどうか、確かめた。さっきの水魔法では成形時のイメージが関係するのか、確かめた。

 今度は威力を確かめてみる。

 数日前、ロックはグレイモールの死体を焼く際、こう言っていた。


『魔物を燃やしきるにはそれだけ一発一発に魔力を込めなきゃならねえし』


 この発言を信じるのであれば、魔力を込めれば威力が上がる。

 俺は詠唱しながらも、魔力を込めようと試みた。やり方など分からないし、目には見えない感覚的な行いなので、勘だけが頼りだ。奇妙な高揚感が沸き上がってくる中、蛇口をイメージして、それを大きく捻ってみる。


 果たして。


 俺の右手の先に現れた火は、明らかに前回より熱量を孕んでいた。少し慣れてきたので、火矢への成形はかなりスムーズにできた。たぶん三秒も掛かってない。

 ロックの火矢に負けず劣らず、俺のファイアもなかなかのものに見える。なんか早くも色々と分かってきたし、もしかしたら俺って才能あるのだろうか。いや、もちろん、三十路という精神年齢のおかげも多々あるのだろうが。


 思わず笑みを溢しながら、火矢を射出する。

 少し自惚れかけたが、俺は厳しく自分を律し、最後まで気は抜かない。もし火矢があらぬ方向へ飛んでいけば、木に燃え移って火事になる。だからこそフラヴィが水の壁を出しているのだ。

 安全を期し、水壁の中心部付近を狙った。その甲斐あって、火矢はほとんど真っ直ぐに、目にも止まらぬ速さで飛翔していく。

 速度も威力同様に、込めた魔力の多寡で変化するのだろうか? さっきは初めてだったから結構適当に魔力を込めたせいで、よく分からん。その辺のことは今後の課題だな。


 などと思っていると、火矢が水壁にぶち当たった。


「――――え」


 フラヴィが呆然とした声を上げた。

 俺もなにが起こったのか、よく分からなかった。いや、一目瞭然なので分かってはいるが、俺の脳が理解を拒絶した。

 エリアーヌもあまりのことに絶句している。

 ロックは鍋をかき混ぜていた手を止めて、あんぐりと口を開けている。


 俺の火矢は水壁に命中し、一瞬の激しい蒸気と蒸発音を上げて、そのまま貫いた。それはいい、喜ぶべき事だ。俺の火矢が水壁を突破するほどの威力を持っていた。実に素晴らしいことである。

 しかし、火矢はフラヴィの顔の真横を通過していった。あと数レンテもズレていれば、彼女の可愛らしい美貌どころか、その命までもが失われていたかもしれない。まさかフラヴィも水壁が突破されるとは思っていなかったのだろう。加えて、致命となっていたかもしれない一撃が顔面に命中しそうだったのだ。

 驚くのも無理はない。

 だが俺の脳は、俺の火矢が水壁を突破したことではなく、別のことが原因で現実を受け入れられなかった。

 誰か……誰でもいい。これは夢だと言ってくれ。

 俺の火矢は水壁に阻まれ、俺の見ている光景は幻覚なのだと言ってくれ。


「ぇ、あ……え?」


 フラヴィが戸惑いの声を上げながら、後ろを振り返る。

 火矢は一本の木に命中し、焼け跡だけを残して消えていた。たぶん水壁でかなりの威力が削がれていたのだろう。

 だがそんなことはどうでもいい。


「え、あれ……?」


 フラヴィは違和感に気付いたのだろう。ゆっくりと手を肩口に持っていき、ツインとなっていた右テールに触れようとする。

 が、指先は虚しく空を切った。五十レンテはあった綺麗な青灰色の髪房の一つが、十レンテほどになっていた。しかも毛先がチリチリと焦げている。

 俺の火矢が、フラヴィの右テールを吹き飛ばしたからだ。


 俺の火矢が、猫耳ツインテ美少女を殺してしまったのだ。


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[一言] 今のところ最新話まで基本魔法しか出てきてないけどこれから先他の魔法も出てきたりするのかな???
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