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幼女転生  作者: デブリ
二章・道中編
24/203

第十六話 『旅支度と奴隷商』


 話し合いが一段落すると、黒翼のオッサンが厳めしく告げた。


「では、今日は必要物資の補充を済ませるぞ。半日で終わるだろうから、残った時間は休息にあてろ。明朝、ここクイーソを発ってリリオへ向かう」


 なかなかの過密スケジュールだ。

 昨日都市に入ったばかりなのに、明日の朝にはもう出るとか。

 ……いや、本来なら俺がいなければ今日の朝にでも発っていたのかもしれない。


「あの、訊いてもいいですか?」

「なんだ」


 ふと疑問に思ったことがあったので挙手してみた。

 オーバンがバリトンボイスと共に子供受けの悪そうな面を向けてくる。


「私はプローン皇国という国へ行くんですよね?」

「そうだ、君は皇国で保護されることになる。何も心配することはない」

「いえ、心配はしてないんですけど……私を連れて行くってことは、オーバンさんたちも皇国へ一緒に行く……というか、帰るんですか?」


 オーバンたちがオールディア帝国へやってきたのは魔弓杖の供給を阻害するという任務故だ。そこに俺というイレギュラーが発生した場合、彼らは仕事を放棄して一緒に帰るのだろうか? それとも誰か一人だけ俺に同行させるとか、そういうことになるのだろうか?


「それはリリオの町へ行くまで、まだ分からない」

「……分からない?」


 オッサンのいわおめいたつらが重苦しかったので、俺は幼女らしくやや舌足らずなロリボイスで小首を傾げてやった。たぶん可愛らしく映ったはずだ。これでオッサンの父性が刺激され、少しは厳めしさも軟化するだろう。

 というか、先ほどはさすがに幼女らしからぬ言動を見せすぎた。俺はこれからも知性を隠すようなことはしないつもりだが、あまり行き過ぎると不信感を持たれるだろう。ここらでさりげなく幼女っぽく振る舞って、プラマイ補正をしておいた方がいい。


 と思っての行動だったんだが、オーバンの硬い面差しは崩れない。代わりにフラヴィが癒やされたように表情を緩めた。

 なかなか思い通りにはいかないものだな。

 オッサンは数瞬ほど瞑目して黙り込んだ後、俺の疑問に答えてくれた。


「分からないというのは、俺では判断を下せないという意味だ。俺より偉い人が決めることだからな」

「えーっと……それはつまり、もしかしたらここにいる四人以外の人と一緒に、皇国へ行く可能性もある……ということですか?」

「そういうことだ」


 それは……なんか嫌だな。

 べつにオーバンとロックはどうでもいいが、エリアーヌとフラヴィとは一緒にいたい。やっぱり旅するなら、むさい野郎共より美女&美少女と一緒の方がいいからな。まあ、そのリリオって町で新たな美女と出会う可能性はないでもないが。


「質問はもうないか?」

「あ、はい、一応は。また訊きたいことがあれば、訊いていいですか?」

「もちろんだ」


 オーバンはお堅そうなオッサンだが、悪い奴ではない。ないと思いたい。

 でもオーバンのカラスっぽい黒翼はなんか不気味で怖いんだよな……


「んじゃま、さっさと買い出しに行こうぜ。今日の午後はゆっくりしたいしな」

「そういえばロックさんは昨日、何をしていたんですか?」

「ん? あぁ、まあ、アレだ。隊ちょ――旦那と大人の話をしつつ、知り合いに会いに行ったり、ちょろっと魔物を狩ってきただけだ」


 ロックは悪ガキみたいな顔に似合う軽い調子で答える。

 どうして魔物を……と思ったが、そういえば昨日この都市に入る際、ロックたちは猟兵として通門した。その身分が偽りというか仮であることは今更だが、たぶん名目上の仕事だけでも果たしたのだろう。都市を出るときにも、何か証明証みたいなものを提示する必要があるのかもしれない。

 なんか都市ってのは面倒そうだな。

 いや、あるいはこれも戦争の影響かもしれない。グレイバ王国との戦争はもう終わったらしいが、まだ終結して一年も経っていないらしいし、今の時期は警備が厳重になっている可能性は十分にある。


「ふぁ……なんでもいいから、早く行きましょ。せっかくベッドで寝れるんだから、アタシ今日はゆっくり寝たいわ」


 フラヴィが欠伸をしながら怠そうな声を漏らす。疲れが溜まっているのかもしれない。


 とりあえず、そんなこんなで俺は今日もまた町中へ繰り出した。




 ♀   ♀   ♀




 今日は商業区にある店舗を巡って買い物していく。

 昨日と変わらず人が多く、商店街的な区画だからか、結構賑わっている。青い空には疎らに白雲が漂い、なかなか良好な天気だ。昨日は昼過ぎの町探検の際に一時的な豪雨が降ったが、フラヴィのおかげで降り始める前に避難できたので難を凌げた。やはり猫っぽい獣人は空気の変化に敏感なんだろうか。


 さて、旅に必要な物資というやつは意外に多い。

 だが一人旅なら未だしも、エリアーヌたちは四人だ。四人がそれぞれ分担して持てば(といっても馬鞍に括り付けるんだが)、単純に一人旅装備×4より少なく済む。鍋とか四つもいらないしな。


 ただ、食料は四人分+幼女分が必要なので、買い込む必要があった。

 オーバン曰く、クイーソからリリオまでは二十日ほどかかるらしい。途中で幾つか町があるので、とりあえず予備も含めて十日分×五人分を買っていく。俺は幼女とはいえ、たくさん食べるからな。エリアーヌたちと同じ量でお願いした。


「ローズちゃんは何か嫌いな食べ物は……って、すみません、分からないですよね」

「昨日も今朝も何でも食べられたので大丈夫です。それに、嫌いなものがあっても頑張って食べます」


 そう、俺はこのロリボディを大事に育てていくんだ。

 好き嫌いして栄養が偏り、健康と成長に問題が出ては大事だ。


 そんなことを思いつつ、次の店を目指して通りを歩いてく。

 ちなみに買った荷物は全てロックが持っている。こういうことは野郎の仕事だからな、しっかりやれよ若造。


「そうですか。偉いですね」


 もうエリアーヌは幼女相手だろうと敬語で話してくる。

 まあ、彼女は丁寧語がデフォっぽいので、もちろん俺に敬意を払っているわけではないようだが。今だって俺の頭撫でてるし。


「ほんとに偉いわね。どっかのロックは未だに好き嫌いしてるのに」

「ほっとけ。そういうラヴィだって、チーズ嫌いだろうが。お前今朝なんてローズちゃんに押しつけやがって」

「べつに食べられないほど嫌いってわけじゃないわよ。ただ、好んでは食べないだけ」

「よーっし、んじゃチーズいっぱい買おうぜ。物持ちいいし旨いし安いしで、チーズは旅に欠かせないしな! 三食全部メインはチーズにし――ょグァ!?」

「うっさいわよ、馬鹿ロック」


 フラヴィがロックの脇腹に肘打ちを喰らわせた。小柄なのになかなか威力のありそうな一撃だった。さすがは他国へ工作活動しに来るだけの猫耳ツインテ美少女だ。


「身体はデカくても、中身はほんとガキのまんまね。こんなんが親だと思うと子供が不憫だわ」

「――え、ロックさんってお子さんいるんですか?」


 こんなDQN顔に子供がいるとは意外だ。

 あ、いや……そうでもないのか? この世界の文化レベルからして、十代での結婚とかは普通にありそうだ。前世でも十代で子供がいるなんて、それほど珍しくもなかったし。


「いくつくらいの子なんですか?」

「……ぁぎ、よ、四歳の息子、と……ぅ、二歳の娘」

「へぇ、そうなんですか。というか、ロックさんは何歳なんですか?」

「う、ぅぐ……お、オレは二十三だ……」

「オーバンさんは?」


 痛みに呻くロックをスルーしてオッサンに訊ねる。すると「四十五だ」とダンディな声が返ってきたので、今度は隣のエリアーヌを見上げてみた。


「私は十九です」


 ほう、だったら今が一番華のある綺麗な時期とも言えるな。

 まあエリアーヌなら三十になっても美人だとは思うが。


「フラヴィさんは?」

「二十二よ」


 フラヴィに目を向けると、猫耳ツイテ美少女は素っ気なく答える。

 だが俺は我がロリイヤーの性能を疑った。


「え? 十二ですか?」

「二十二歳よ」


 お、おかしい……どういうことだってばよ……。

 フラヴィはどう見ても十代半ばくらいにしか見えない。頑張っても、せいぜい十六歳だろうか。身長はぎりぎり百五十レンテあるかないかほどで、全体的に細身だ(特に胸部が)。顔立ちも少女然としている。

 たしかに性格や眼差しの落ち着きようは大人びていると言えなくもないが……

 

「十二って……ぶははっ! おまっ、ラヴィ、二十代にもなって十二ってヤバすぎだろマジで! いい加減その髪型やめた方が良いってぜった――ぃてぇッ!?」

「……うっさいわね、馬鹿ロック」


 爆笑するロックの鳩尾に、目にも止まらぬ裏拳が打ち込まれた。

 フラヴィの表情は相変わらず気怠そうだが、眉根に盛大な縦皺ができている。だが俺の魔眼は苛立ちと同等の悲嘆を美少女の表情から読み取った。


「いい? ローズちゃん。人を見た目で判断しちゃダメよ。偏見や先入観に惑わされてはいけないの。分かる? つまり、よく考えず『この人はこうだ』って思うと、いつか痛い目を見るわ。この馬鹿みたいに」


 フラヴィは俺の肩に手を置いて優しく、でも有無を言わさぬ声で言い聞かせてくる。とりあえず肩が痛いので放してくださいフラヴィさん。


「わ、わかりました。気をつけます」


 俺は真顔で頷きながらも、ショックを隠せなかった。

 まさかフラヴィが美少女ではなくエセ美少女だったとは……。

 でも、まだ二十二歳だ。BBAじゃない。逆に考えれば、二十二歳で十五歳っぽい容姿というのは貧乳同様に希少価値がある。

 それに猫耳だぞ? ツインテだぞ?

 うむ、何も問題ない。むしろ俺的にはギャップ効果によって好感度が上がった。

 これでフラヴィはローズルートに入れるよっ、やったね!


「手を繋いでもいいですか?」

「ん、いいわよ」


 俺は喜々としてフラヴィと手を繋いだ。

 前世のクズニートでは到底叶わなかったお願いも、このロリボディならば朝飯前だ。フラヴィの手はエリアーヌより小さく細いが、非力さは感じられない。むしろエリアーヌ同様に手のひらや指は少し硬い。

  

 手を繋ぐという行為は――人の温もりってやつは、なかなか癖になる。

 長年引きこもって他人との接触を断っていた俺には新鮮で心地良い。特にフラヴィは一番背が低いから繋ぎやすく、猫耳ツインテ美少女ということもあって条件的に最良だった。


「……宿ではどうかと思ったけど、やっぱりまだまだ子供ね」


 というフラヴィの呟きが周囲の喧噪に紛れて聞こえてきたが、俺は気にせず美少女の温もりを堪能し続ける。 


「そういえば、今更な質問なんですけど」

「ん、どうかした?」

「リリオという町へは馬に乗って街道を進んでいくんですよね? でも、地上から行くよりも空から行った方が速いんじゃないですか?」


 この世界には翼人がいて、彼ら有翼人種は人ひとりを抱えて飛ぶことくらいはできるようだ。だから町から町への移動手段として、翼人タクシーとか翼人航空とか、そういうのがあってもおかしくない気がする。


「そうね、地上をちまちま進むより、翼人に抱えられて移動した方が遙かに速いわ」


 やはりというべきか、フラヴィは俺の問いに首肯を返した。


「じゃあ、どうしてわざわざ地上から行くんですか?」

「町中での移動ならともかく、町から町への移動を翼人に頼るのは目立つからね」


 フラヴィ曰く、よほど小さな町でもない限り、大抵の町には翼人タクシー会社があるそうだ。大きな町だと町中を移動するだけでも大変だし、老人なんかだと尚更だ。だから町の上空を翼人タクシーが飛び回り、専用の停留所や路上でタクシーを求める客を探して回ったりしているらしい。

 問題の町から町への移動だが、これは町中の移動に比べて格段に利用料金が高いそうで、地上を行く乗合馬車の方が幾分も安いようだ。


 高額な理由は色々あって複雑らしいが、最も単純な理由は人件費が掛かるからだろう。翼人は一人で客一人しか運べず、荷物持ち役の翼人も必要で、空にだって魔物はいるから護衛役も必要になる。

 しかし地上の乗合馬車は労働力が馬や調教された魔物であり、護衛役は必要だが、一度に多くの人や物を運べる。要は前世と同様で、いくら空路が整えられたところで、地上を行くトラック輸送や貨物列車の方がコストが低いので多用されるのだ。だから町から町への翼人タクシーは急を要する場合や金持ちが利用するもので、下手に利用すると良くも悪くも目立ってしまう。


「あまりお金も掛けられないし、目立っちゃうのは一番困るからね。だから時間が掛かっても隠密性を第一に……って、ちょっとローズちゃんには難しかったかしら?」

「いえ、そんなことはありません。ところで、変なことを訊くかもしれませんけど、空飛ぶ乗り物とかってないんですか?」


 この世界の文明レベルからすると、航空機の類いがあるようには思えない。しかし万が一ということもあったので、念のため訊ねてみた。

 すると、俺と美少女とのイチャラブトークに若造が割り込んでくる。


「おっ、さすがお目が高いなローズちゃん。空を飛ぶ船もあるっちゃあるぜ」

「え、あるんですか!?」

「まあ、といっても飛空船は世界に三隻しかねえんだけどな。オレも実際に見たことはねえし……」


 なんだそりゃ、どういうこった。

 と思って詳細を聞き出してみると、どうにも飛空船なるものは現代の技術では製造できない代物らしい。正確には最重要パーツである浮遊機関が《聖魔遺物》と呼ばれる古代魔法文明期に作られた代物で、現代技術ではそれを複製すらできないそうだ。

 世界に存在する三隻の飛空船も大昔から残っている超貴重な骨董品らしく、浮遊双島で二隻、エイモル教の総本山であるイクライプス教国で一隻所有しているとか。だからエノーメ大陸に住まう一般人などは縁もゆかりもないものなんだと。


「あー、オレもいつか乗ってみてえなぁ」


 ロックは浪漫溢れる遠い眼差しで空を見上げている。

 その男心は俺も分かるぜ、若造。


 などと、そんな感じに雑談しながら、俺は異世界における買い物を満喫していく。




 ♀   ♀   ♀




 ショッピングは順調に行われていき、日が中天に昇るまでには余裕で終わりそうだった。

 そんなときだ、とある一軒の店を発見したのは。

 まず外観からして異常だった。一言で表すれば、江戸時代の遊郭めいていた。張見世のように一階の壁が鉄格子状になっていて、その内側の小部屋に女がいる。

 十代後半くらいで、なかなかの美人だ。


 俺は初め、娼館かと思った。

 が、すぐに違うと思い直す。異世界とはいえ、さすがに娼館がこんな表通りにあるとは考えにくい。それに、格子の内側にいるなかなかの美女は表情が硬く、暗い。格子前に何人かいる野郎共に対しても特に何かを伝えようとするわけでもなく、ただ床に座り込んで視線を落としている。

 一方で、小綺麗な身形のハゲオヤジが店の前で威勢良く声を張り上げ、集客していた。


「……フラヴィさん、あれは奴隷ですか?」


 繋いでいる手を軽く引きながら、フラヴィに問いかけた。

 すると猫耳美少女は俺の視線を追い、苦々しそうに頷く。


「ま、そうね。ほら、あんまり見ない方がいいわよ」

「………………」


 この世界には普通に奴隷が存在する。奴隷がいるということは、それを買ったり売ったりする輩がいるということである。つまり需要と供給が成り立ち、それを容認する社会的システムが存在しているのだ。

 それについては今更という感じはする。つい三日前まで俺自身が奴隷だったのだし、この世界にはこの世界のルールがある。奴隷という制度に対する嫌悪感は相変わらずだが、積極的にどうこう言うつもりはなく、関わるつもりもない。

 俺一人が声高に「奴隷反対!」と叫んだところで世界は変わらない。

 しかし、俺には助けると約束した幼女がいるのだ。


『うそつき。かならずたすけるって、いってたのに』


 今朝方に見た夢が思い出される。

 俺は今こうして服を着て、朝食だってもりもり食べて、プローン皇国という異国へ向かおうとしている。おそらく俺は彼の地で魔女というある種の特別待遇を受け、大して不自由しない生活が送れるようになるだろう。

 そうして次第にレオナのことを忘れていき、俺は約束を反故にする。

 

 それは絶対にダメだ。


 俺は良くも悪くも、もう二度と人間ってやつを軽視しないと決めている。レオナには必ず助けると言ったのだから、助けなければならない。それ以前の問題として、俺に名前という大切なものをくれた優しいレオナが、変態貴族に犯され調教され一生性奴隷人生を送ることなど、可能性の問題であっても断じて許せることではない。


「あのっ」


 俺は再びフラヴィの手を引いて、今度は立ち止まった。必然的に彼女も足を止め、エリアーヌやロック、オーバンも歩みを止めて振り返る。

 往来の真ん中で立ち往生したことで、通行人が鬱陶しそうな目を向けながら避けていくが、俺は気にせず口を開いた。


「あそこに寄って、レオナのことを訊いてみてもいいですか?」


 俺が指差した先に四人が目を向ける。

 そして再び俺に視線を戻すと、四人が四人とも顔を曇らせた。


「ローズちゃん」


 エリアーヌが屈み込んで、俺と目線を合わせてきた。


「昨日も言ったと思いますが、そのレオナちゃんという子は、ノビオ――本名をカルミネというのですが、奴に攫われてしまったんです。なので、いくらレオナちゃんが奴隷だからといって、奴隷商館を探してもその子はいないんです。きっと今頃、奴に…………ッ」


 エリアーヌは痛ましそうに俺へと言い聞かせながらも、最後の方は歯を食いしばり、憎々しそうに呻いた。


「どうしていないって言い切れるんですか? たしかに、まだレオナが攫われてからそう日は経っていません。それにノビ――カルミネがこの都市に来て、レオナを既に売却している可能性は限りなく低いでしょう。でも、だからといって、無視することはできませんっ」


 俺たちはセミリア山地の北側にいるが、ノビオだかカルミネだかのスーパーイケメン誘拐犯は別の方角へと逃げているかもしれない。レオナを見付けられる可能性は限りなくゼロに近い。

 だが、ゼロじゃない。ならば訊いてみる価値はある。


「ローズちゃん……」


 エリアーヌは悲しげに、しかし慈愛に満ちた眼差しで俺を見つめてくる。


「ま、訊いてみればいいじゃない。それでローズちゃんの気も済むでしょうし」

「……そうですね」


 フラヴィの言葉に頷き、エリアーヌは何を思ったのか、俺を抱きかかえて立ち上がった。膝頭に昨日ぶりの感触(フラヴィのとはまた違う感触)。だが今はレオナのことが気がかりで、霊峰を堪能する気分ではない。

 俺たちが奴隷商館へと近づいていくと、先ほどは喧噪に紛れてよく聞き取れなかったハゲオヤジの声がしっかりと響いてきた。


「さあさあ、興味が無くても一度は寄って見てってくれっ。今日のオススメはこの娘だ。見ての通り種族は人間、歳は十八でもちろん処女! 顔立ちはこの通り上等だし、病気もなく健康そのもの。今ならたったの40万リシアだっ!」


 ハゲオヤジは威勢良く張見世の女を売ろうと叫んでいる。

 奴隷が40万リシアというのは高いのか安いのかよく分からない。

 少し考えてみるか。


 昨日の昼食ピザっぽいパンが30リシアだったので、一日の食費を大雑把に100リシアとしてみる。この世界の一年が何日なのかは不明だが、とりあえず前世の太陽暦で計算すると、一年で36500リシアになる。

 つまり、約十一年分の食費で年頃の女の奴隷(そこそこ美人でしかも処女)が一人、買えることになる。


 安いと言わざるを得ない。


 リシアという通貨は前世の円の十倍か、それより少し高いくらいの価値を有していると思われる。なので前世で例えるのなら、そこそこ良い新車一台と生娘の奴隷が同等の価値を持っていることになる。たぶん処女じゃなかったら、更に安くなるだろう。まさに中古車一台分くらいか。あるいは条件次第では、廃車同然の捨て値で買えるかもしれない。


 つまり、この世界における奴隷の価値とはそんなものなのだ。あるいは都市の物価が高いだけで、市壁のない町や村ではもっと安いのかもしれないが……それでも人間一人の値段が食費十一年分というのは破格な気がする。しかも三食全て外食で十一年年分だから、たぶん自炊すればもっと安くなる。

 まあ、購入後の生活費も必要なのだろうが、車だって維持費は掛かるし、そう思えばやはり激安だ。前世の俺なら、まず間違いなく引きニートから脱して労働に励み、金を貯めて買っているレベルだ。そして毎晩欠かさずベッドの上でドライビングタイムを満喫している。

 

 俺たちは入り口のドアから中に入った。

 内部はさながらペットショップの様相を呈していて、人の入った檻が二段重ねになっており、それらがずらりと並んでいる。店内の右半分が野郎エリア、左半分が女性エリアと分けられていた。更に両エリアは種族別にも分かれているようだが、人間と獣人と翼人くらいしかいない。

 どいつもこいつも丈の短い貫頭衣を着ており、生気の薄い者が多い。


「いらっしゃいませ」


 入店した俺たちのもとに、一人の男が駆け寄ってきた。二十代後半くらいの野郎で、奴隷という下劣な品を扱っている割りに優しげな顔立ちをしている。


「本日はどのような者をお探しでしょうか? 種族、性別、年齢はもちろん、その他の細かなご要望までお聞かせ頂ければ、条件に該当する者をすぐにでも連れてまいりますが」


 口早にそう述べてきて、少々気圧される。

 だがそんな俺に反して、エリアーヌは至極冷静な素振りで応じた。


「人間で女、年齢はだいたい四歳前後で、茶髪の子はいませんか。ただし、ここ三日以内に売られてきた子です」


 ん? 人間?

 と疑問に思ったところで気が付いた。

 そういえばエリアーヌたちはレオナが竜人ハーフだと知らない。馬上で目覚めて間もなくレオナのことを話したせいか、当然のように既に知っているものと思い込んでいた。


「三日以内ですか? もしや、奴隷に堕ちた者の買い戻しをご希望なのでしょ――」

「あの、レオナは人間じゃなくて、人間と竜人の混血です」


 口を挟むと、エリアーヌたちも店員も変な顔で俺を見つめてきた。


「え、あ、あの、なんですか……?」

「……ローズちゃん、それ本当なの?」


 フラヴィが美女に抱えられた俺を見上げて問うてきた。その表情や声音からは半信半疑だという思いが伝わってくる。やはり竜人ハーフというのは珍しいのだろう。


「本当です。髪に埋もれてましたけど、ちゃんと角がありました。力も凄く強かったですし、レオナ本人も父親が竜人だと言っていました」

「――――」


 エリアーヌたち四人は絶句して顔を見合わせている。

 だが逆に店員の野郎は興味深そうに「ほう」と声を漏らした。


「人間と竜人の混血……半竜人ですか……生憎と私はお目に掛かったことすらありませんが、もし本当にいるのなら相当な値になるでしょうね。それ以前に、おそらく市場には出回らないでしょう。竜人族はその能力からして、同族に対する仲間意識が非常に強いと聞きます。もし本当にいるのなら、たとえ混血児とはいえ、大っぴらには売れません」


 つまり、この店にはいないということか。

 いたとしても、一見の客にはそう簡単に教えないと。


 俺たちは早々に店を出た。

 そして再び石畳の上を歩いて本来のショッピングの続きをしていくことになる。道中、やはりというべきか、エリアーヌに質問された。


「ローズちゃん、もう一度だけ訊くけど、本当にレオナちゃんは竜人との混血児なのね?」

「はい、だからこそカルミネはレオナを攫ったんです。珍しいので売れば大金になりますから」

「角は髪に埋もれていて、尻尾はなかったのよね? 背中に竜鱗もなかった?」


 竜鱗、だと……?

 獣人に尻尾から頭にかけて毛が生えているようなものなのか?

 レオナはハーフだからか、無毛――もとい無鱗だったが。

 そういえばフラヴィも背中に毛はなかったな。


「は、はい。見た目は普通の、人間の女の子と変わりませんでした」

「…………そう。ありがとう」


 俺たちの話を聞いていた他の三人は先ほどからずっと思案顔で黙している。


「どう思う?」


 しかし、まずフラヴィが沈黙を破ったことで、四人は町の喧噪に紛れながら声を交わし始める。


「帝国が竜人との混血児だと気付かず奴隷にしたってのは……角は未発達で見えなくて、尻尾も竜鱗もなかったってんなら、あり得そうな話だわな」

「じゃあ、ヴァジムがやられた件は?」

「そりゃお前……偶然、か?」

「偶然にしては、あまりに不自然よ。どっちも普通は起こり得ないことなのに。エリーとオーバンはどう思う?」

「ヴァジムさんが襲われたのは半年も前のことです。セミリアの工場を襲撃する計画を立てたのもこちらへ来てからですし、私は偶然だと思いますが……」

「そうだな、偶然だろう。だが、気にはなる。あまり深く考える必要はないと思うが、気に留めておく程度はしておいた方が良いだろう」


 何やら四人とも訝しげな顔でよく分からない会話を繰り広げている。

 俺が幼女で部外者だと暗に言われているようで、こういうのはなんか嫌だ。


「あの、何の話ですか?」

「ローズちゃんは気にしなくても大丈夫よ。それより……残念だったわね、レオナちゃんがいなくて」


 抱きかかえられたまま、エリアーヌに優しく誤魔化された。

 とはいえ、それも仕方のないことだろう。

 強く訴えれば色々と教えてくれると思うが、そういうのもあまりどうかと思う。いくら俺がプリティーな幼女でも、毎度毎度なんでもかんでも『教えてくれ』と言われてはエリアーヌたちも鬱陶しく感じるはずだ。

 彼女らにはあまり嫌われたくないからな。この世界にもネットがあれば、せめて常識系のことくらいは自分で調べられるのだが……


 いや、それよりもレオナのことだ。

 結局、俺の名付け親たる心優しい幼女は見つからなかった。もとからあまり期待していなかったとはいえ、落胆せずにはいられない。それに『普通は市場に出回らない』という情報も俺を打ちのめした。大っぴらに売られないということは、それだけ見付けにくいということだ。


 レオナの捜索は思ったより難航しそうだ。

 変態貴族に買われる前になんとかしたいのだが……

 そもそもの話、今の俺は無一文だ。金がなければレオナを買い戻せないし、非力な幼女では力尽くで奪還することも適わない。


 つまり、まず俺がすべきことは金を貯めるか、強くなることだ。

 幸いにも俺は魔女で、幼女でも魔法が使えるらしいので、まずは強くなろう。強くなって、レオナを発見したら力尽くで取り戻す。そのときに金が工面できれば買い戻す。できれば穏便にいきたいからな。

 

 よし、これでいこう。

 明日にもこの町を出るらしいし、今度から訪れる町の奴隷商館には必ず赴いてレオナを探す。そして道中なんかは時間が有り余るだろうし、そのときにエリアーヌたちから魔法を教えてもらう。

 これが今の俺にできる精一杯だ。


 できることを確実にこなしていこう。

 焦って冷静さを失ってはいけない。

 殊更に考えすぎて暗くなってもいけない。

 安易に絶望せず、僅かな希望でもそれを道しるべにして、着実に前へ進んでいくのだ。


 俺はエリアーヌに下ろしてもらうように伝え、自分の足で石畳の上に立ち、歩き始めながら美女を見上げた。


「お気遣いありがとうございます、エリアーヌさん。でも、私は大丈夫ですから心配しないでください。それよりもお願いしたいことがあるんです」

「なんですか?」

「強くなりたいので、私に魔法を教えてください」


 エリアーヌを見上げてはっきりとそう口にすると、美女は軽く目を見張った。

 

「あと、プローン皇国のあるフォリエ大陸では、いま私が話している言葉――エノーメ語は通じませんよね? だから言葉も教えてください。あと文字も。それと常識とか歴史とか……色々と教えてくださいっ」

「いいわよ」


 返答は別方向からやってきた。フラヴィはやはり覇気の薄い表情をしてはいるが、口元に小さく笑みを浮かべている。


「元から教えるつもりだったしね。だからアタシたちからすれば、ローズちゃんにやる気があるのは嬉しいことだわ」

「そうですね。その方が教え甲斐があるというものです」


 と女性二人が答える一方で、ロックは「ほぉー」と感心したような声を漏らす。


「勉強したいとか変わってんなぁ、ローズちゃんは。魔法は結構面白いからいいとしても、言葉なんて覚えるの超大変で面倒なんだぜ? まあ一度覚えれば、あとは便利でいいんだけどな」

「こら馬鹿ロック、ローズちゃんに変なこと吹き込むんじゃないわよ」

「へいへい」


 ふと、俺の頭がぎこちない手つきで撫でられた。あまりに突然だったので、振り向きながら見上げる。

 するとオーバンが昭和の頑固ジジイを思わせる厳つい面のまま小さく頷いた。


「学ぶ意志があるのは良いことだ。魔法も言葉も、普通はそう学べるものではない。機会は逃さず、しっかりと励むんだ」

「は、はい……」


 あー、ビックリした。何事かと思っただろ。

 オーバンに悪気はないんだろうが、不意打ちみたいに撫でないでくれ。


「さて、それじゃあさっさと買うもの買って、宿に戻りましょ」


 そうして俺たちは明朝からの道中で必要なものを買いそろえていった。


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