第十一話 『まったく、幼女は最高だぜ!』
気が付くと、俺は向日葵畑の只中に立っていた。
『ローズー!』
満開の向日葵に囲まれた小道の先、レオナが俺を見ている。ブンブンと音がするほど元気よく手を振って、周囲の向日葵に負けない元気で明るい笑みを浮かべている。雲一つない快晴の空から降り注ぐ日差しが、彼女の笑顔を一層輝かしく彩っている。
思わず走り出した。レオナは俺が近づいてくるのを見ると手を下ろし、嬉しそうに微笑む。俺は小さな歩幅の駆け足がもどかしく、早く早くと必死に足を動かしていくが、途中で転んでしまう。
顔を上げると、アウロラが俺を見下していた。いつの間に現れたのか、俺の足を引っかけた爪先で、嗤いながら頭を踏んでくる。
それをがむしゃらに払いのけ、立ち上がって再び走り出そうとする。
だがやはりアウロラに阻まれ、肩を押されて後ずさった。よろよろと否応なく後退していくと、途中で足が空を蹴る。
いつの間にか、今さっきまで走ってきた小道が消えて深い穴になっていた。為す術もなくバランスを崩し、底の見えない暗闇に落ちていく。
落下する直前に見えた周囲の景色は一変していて、枯れ果てた向日葵たちが長い茎を地に横たえている。曇天の下、見るも無惨な向日葵たちの側にはノエリアやフィリスたち奴隷幼女がずらりと並び、ガラス玉めいた虚な瞳で俺を見つめてくる。
アウロラは相も変わらず嘲笑を浮かべている。
レオナは悲しげな顔で目尻に涙を溜めている。
『うそつき。かならずたすけるって、いってたのに……』
失望したと言わんばかりに、軽蔑と悲哀の込められた声が俺を打ち付ける。
咄嗟に口を開こうとしたが、口どころか全身が動かず、俺はそのまま奈落に呑まれていった……。
♀ ♀ ♀
「――ッ!?」
鋭く息を吸いながら、目を覚めす。少しだけ荒れている呼吸を無意識的に鎮めつつ、少しだけ上体を起こして周囲を見回した。
向日葵畑も、レオナも、アウロラも、ノエリアやフィリスたちもいない。
宿の部屋だ。暗くて判然としないが、閉じた鎧戸から微かに漏れ入ってくる淡い光によって、なんとか分かる。
「……………………」
隣を見ると、猫耳美少女のフラヴィがいた。
身体を俺の方へ向け、背を丸めて眠っている。寝顔がとても可愛らしく、不意に青灰色の猫耳や尻尾がひくひくと動き、本当に猫のようだ。
それはいい。それはいいのだが……
「ばんなそかな……」
美少女は裸だった。
いや、正確にはパンツ一丁だった。更に言うなら、ネックレスも身に着けてはいる。USBメモリより一回り小さい程度のサファイアめいた宝石のついた、実に高そうな代物だが……そんなものはどうでもいい。
タオルケット同然の掛け布団は足下に追いやられている。薄闇の中、猫耳の美少女が下着一枚という格好で、俺の隣で寝息を立てている。ツインテールにしていた長髪は解かれ、素肌とシーツの上を清流のように流れている。
「え……?」
な、なんだ、これは。
たしか昨日は夕食を食べて、それからすぐロックに部屋までおんぶされて……
そこから記憶がない。
夢か。
いや、それじゃあさっきの夢はなんだったんだ。こっちが夢なのか?
分からん。
夢かどうか確かめるときは感覚の有無を確認する。
それが文明人の常識というやつだ。
というわけで、揉んだ。なだらかな丘陵に手を伸ばし、五指を使ってゆっくりと揉みしだく。
「な……んだ、と……っ!?」
至高の存在がそこにはあった。
断じて夢などではなかった。吸い付くような肌の感触、手のひらに当る突起の感触、指先を押し返す弾力とそれ以上の吸引力。
これが……これが秘境。服越しの感触とは雲泥の差がある。
な、なんたることだ……俺はこの感動を知らずに前世を終えたというのか?
それはもう人生の十割を損していたも同然だぞ。死んでいたも同然だぞ。
ここに生がある。命がある。喜びがある。
抗いがたい吸引力を振り切り、秘境からマイハンドを引き離した。
そして秘宝に触れる。秘められた淡い桃色の宝珠に触れる。ネックレスの青い宝石より間違いなく価値ある存在を摘んでみる。
「ん……っ」
フラヴィが小さく身じろぎした。それがまたなんともエロティックで、俺の中に潜む野獣的なまでに凶暴な探求心が鎌首をもたげる。もし俺の股間に息子がいたら、今頃はエレクトしてトリガーに指を掛けているところだ。
果敢にB地区を攻めていると、グミのような秘宝に硬化現象が起こり始めた。
すごい……なんだこれは巫山戯るなよ。俺もう魔法使いじゃなくてもいいから、思う存分身の内に宿るビーストを解き放ちたい。
しかし、俺にはもう息子がいないから、獣の力は奮えない。
それでも俺は、絶望する暇すら惜しんで秘境全域の探索に集中した。これはいつまで触っていても飽きが来ない。小ぶりながらも素晴らしい感触を誇っている。
「ん……もぅ……」
ふと、猫耳美少女の目蓋が薄く開いた。
俺は咄嗟に手の動きを止めて、目を瞑る。
「ぁにぁってるのょ、ったく……」
寝ぼけた声で言いながら、フラヴィは俺の手を秘境から引き剥がした。
うわぁぁぁああああぁぁ嫌だぁぁああぁぁぁあぁ!
俺の約束の地があぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁ!
と思ったら、全身が柔らかく温かな何かに包まれた。
薄く目を開けてみると、眼前には秘宝がましましていた。
フラヴィは手足を絡めて俺に抱きついてきている。おかげで手は動かせない。
しかし、もはや諸手など不要だった。
俺は秘境に顔を埋めた。至福だった。ここが死後の世界だと言われても、何の疑いもなく信じるだろう。天国とは無という単語を想起させるほど何もない場所ではないのだ。こここそが至福の天上世界なのだ。
世の幸福の全てが、今まさに俺の顔面を優しく受け止めている。
感動のあまり、俺は一筋の涙を流した。
それは三十年という苦難の歳月が生んだ、漢の涙だった。メタボなクズニートの醜い身体では決して味わえなかった感動が、今ここにある。
「…………あれ?」
万歳アタックとして秘宝を舐めてみようと思ったところで、ふと疑問を覚えた。
なぜ俺はこんな超絶ラッキーなイベントに遭遇できているのだろうか?
現実は非情で過酷なもののはずだ。異世界に転生したとはいえ、俺に都合良く物事は運ばない。それは奴隷生活で嫌というほど実感したことだ。
だから、調子に乗るのは不味い。少し冷静になろう。万歳アタックは死ぬ。
さすがにB地区へ口撃すればフラヴィも起きるだろうし、ここは落ち着くためにも昨日のことを思い出して、興奮を鎮めよう。
そうしよう、そうすべきだ。
「……よし」
というわけで、起きて早々だけど、ちょっくら回想に耽るとしますか。