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幼女転生  作者: デブリ
八章・渡航編
168/203

第百十二話 『身から出た縁 三』


 ディエゴとか呼ばれていたオッサン、そしてライムが入室してくる。

 獣人二人に続いて、姉とは対照的に独特の平静さを窺わせる翼人の日焼け少女と角刈マッチョなオネエも姿を見せた。


「ラ、ラララライムッ!? ディエゴおどれ何しとんじゃっ!?」

「見ての通り、三人とも目が覚めたから連れてきたんだよ。まったく……廊下にまで大声が響いてきてたよ」


 急な乱入とはいえテンパりまくるオヤジに、息子ディエゴはやる気のなさそうな声で、しかし呆れたように頭を振る。

 その隙にライムとソーニャとベルの三人が俺たちの方に歩み寄ってきた。


「いやぁ、なんかよく分かんないんだけど、ローズ大丈夫? あのおじさんが言うにはアタイのせいでなんか大変なことになってるって聞いたけど」

「まあ、半分は自業自得みたいなものですから……それより三人とも大丈夫ですか? 怪我とかしてないですか?」

「買い物してたらいきなり襲われて気絶させられたッスけど、怪我はないッスね。いったい何なんスか、なんかこの頼りなさそうなおじさんが言うには、あの人姉さんの叔父さんらしいッスけど」

「ごめんなさいローズちゃん……アタシがついていながら、むざむざ攫われるなんて……」


 見た感じ、三人とも怪我はなさそうだし元気そうだ。

 いや、念のため特級治癒魔法を掛けておいた方がいいか。

 

「むっ、お……おどれ儂の可愛い孫になに触れとんじゃボケェ!」

「いえ、治癒魔法をかけているのですが」

「そんなもんとっくにうちのモンにかけさせとるわ! 儂の愛を舐めとんのか!?」


 ちょっ、おま、唾飛ばすな!

 どんだけハッスルしてんだ、このオヤジ。


「おじさんがアタイの祖父ちゃんなの?」

「ラ、ララ、ラララライ、ライィィ……ム……」


 なに急に歌い始めてんだ、こいつ。


「きっ、聞いたかケルッコォ!? いま儂のこと祖父ちゃんって呼んでくれたぞぉ!」

「ライムはジャマルさんが祖父だと知らなかったんですか?」

「うん、母ちゃんが祖父ちゃんはクソだって言ってたから、いるのは知ってたけど会ったことなかったんだよね」

「聞いたかい父さん? 姉さんがクソだってさ」

「お……お、おぉぉぉおぉ……」


 いい歳したオヤジが興奮も露わに小躍りし出したかと思えば、背中を丸めて絶望面を晒し始めた。

 もう帰っていいッスか?


「ライムちゃん、初めまして。オレは君の大叔父にあたるケルッコだ。突然で悪いけど、ちょっと質問に答えてもらってもいいかな?」

「うーん、まだよく分かんないけど、とりあえずいいよ」

「いやいや姉さん、まずはこっちから色々聞かないと! この人がケリー母さんの父親なら、なんで孫の姉さんを気絶させて無理矢理連れてくるような真似したんスか!?」

「お、おぉっ、そうだった! さすがソーニャ頭いいなっ!」


 状況を理解していないからか、たぶんしていても、ライムは平常運転だ。

 姉は妹に促され、一人勝手に消沈する祖父(自称)に説明を求めた。

 しかしジャマルは「おぉ……ケリー……」と涙声で呟きながら両手で顔面を覆って俯き、ソファに腰掛けて悲嘆に暮れている。


「叔父さんが説明しないなら、僕がするけど?」

「……いや、オレがしよう」


 そうしてケルッコが状況を説明し始めた。

 簡単に纏めると、こんな感じになる。



 やはり事の発端は入港直後にライムが口を滑らせたことにあった。

 港のオッサン役人はライム、引いては彼女の家族が入港した際、上に報告する義務があったらしい。だが、ライムから以前乗っていた船に起きた惨劇とその結末をオッサンが聞いただけならば未だしも、魔女集団の話も聞いてしまった。

 特に俺という赤毛に青目の魔幼女がいるのを見て、役人のオッサンはすぐ上に報告したそうだ。やはり推測通り、俺は賭場の一件で港の連中に人相が知れ渡っていたらしい。

 まあともかく、問題は報告の段階で起きたという。

 ジャマルやケルッコやディエゴなどのムンベール族――もとい町の元締めに話が伝わる前の段階で、情報が漏れたのだ。ライムがジャマルの孫であることはムンベール組の連中にとって公然の秘密だったが、最近入ったばかりの若い連中は知らなかった。

 なぜ大っぴらに二人の関係が知られていないかといえば、ライムの母親ケリーがジャマルと縁を切って家を出たというデリケートな問題故らしい。

 組の若手共は手柄欲しさに暴走し、俺という敵を脅すために仲間を人質にとることにして、魔女ではないライムとソーニャを狙った。昨日の時点でライムの入港や彼女の家族が亡くなった話などはジャマルにも届いていたが、ライムとの接触を図りかねていたという。おれとその仲間の魔女たちと行動を共にしていたのだから、迂闊に近づけなかったのだ。

 昨夜の夕食時にはライムとソーニャとベルは留守番だったが、アシュリンが一緒だったから警戒し、ライムが俺たちと別行動をする機を窺っていたらしい。しかし、今日の昼前に若い連中が突撃して俺に矢文を寄越し、その旨を意気揚々と組長たちに報告した。事後報告ってやつだな。

 馬鹿な若手共の末路までは不明だが、激怒するジャマルに反してケルッコはこれを良い機会と捉え、そのまま俺をこの場に招いてライムとの関係や真意を問い質すことにしたようだ。生憎とライムたちは気絶していたので、俺が来る前に彼女らと話をすることはできず、今に至るというわけだ。



「……なんか複雑すぎてよく分かんないけど、なんでローズが敵なの?」

「ライムちゃん、この小娘はオレを脅して大金を巻き上げてきたんだ」

「元はといえばケルッコさんの賭場がイカサマをしてきたからです。私は奴隷に堕ちていたイヴを助けるために、悪事を働く輩から仕方なく脅し取ったに過ぎません」


 野郎は俺を悪者に仕立てようとしてきたが、そうはさせん。

 元はといえば全てケルッコとツィーリエが悪い。

 俺は美女を救うために正当なる権利を行使しただけの正義の魔幼女だ。

 そういうことにしておきたい。


「ローズも悪いといえば悪いッスけど、イカサマされて、しかもイヴを助けるためなら仕方ないッスね。そもそもイカサマしてたんなら、それをネタに揺すられても文句は言えないッスよ」

「うーん……うんっ、そうだっ、ソーニャの言うとおりだっ、たぶん! 悪いことしたら罰が下るって父ちゃんも言ってたしね!」


 ライムは小難しい顔で少し唸っていたが、俺を正義と認めてくれた。

 やはり正義は勝つ。


「だ、だがライムちゃん、その小娘は危険だ。その証拠に名前を使い分けているだろう? オレたちにはレオンと名乗り、ライムちゃんにはローズと名乗っている」

「え? でもローズは本名だよ? ローズの家族もみんなローズって呼んでるし」

「常識的に考えれば、危ないことするときは偽名で通すッスよね」


 ライムは当然の態で言い返し、ソニアは冷静な意見を言い添えている。

 ふはは、どうだケルッコよ、姪孫てっそんが仇敵の味方をする気分は。

 正義は勝つ。

 なぜならば、勝った側が正義だからだ。

 

「し、しかしな、ライムちゃん――」

「もういいじゃん、大叔父さん。全部色々あって難しくなってるだけで、誰も悪くないんだよ。そういうことでいいじゃん。ローズがお金返せばそれで終わりってことでさ」


 ライムも襲われて気絶させられたってのに、全然気にしている様子はなく、陽気に笑っている。暢気なのか器が広いのか馬鹿なのかは計りがたいが、とにかくこの流れには乗るべきだ。


「ミリアさん、お金を渡してください」

「……そうね」


 もう演技の必要性を感じていないのか、ミリアは素で頷いた。

 そしてケルッコに歩み寄って鞄を差し出すが、野郎は受け取ろうとしない。


「ケルッコ……そいつを受け取れぃ」

「兄者……?」

「ライムが言うなら、もういいんじゃ。ライムが無事なら、もういいんじゃ」


 ジャマルが燃え尽きたような態で、しみじみと呟いた。

 孫に甘いジジ馬鹿だったのか、意外と話の分かるオヤジだ。


「だが、まだこいつらの素性が――」


 それに比べてケルッコの野郎は、まったく。


「分かっとるわい……のぉ、小娘。儂の可愛い可愛い孫娘に免じて、全て水に流したる。代わりにもう二度とライムとこの町にゃあ近付くな、次は問答無用で殺しに掛かるからの」

「この町には近づきませんけど、ライムには近づきますよ。というか、一緒に北ポンデーロ大陸まで行くんですから」

「あほ抜かせぃ、ライムはもう海にゃあ出さん」

「ん……?」


 ライムは虚を突かれたようにパチクリと瞬きしている。

 

「なに言ってんの祖父ちゃん? アタイは海出るよ? ローズたちと一緒に北ポンデーロ大陸行くよ」

「ライム……女は海に出るもんじゃないんじゃ。海は危険なんじゃ、それは分かっとろう?」

「もちろん分かってるよ、父ちゃんも母ちゃんも海の魔物のせいで死んじゃったし……でも海には出るよ。父ちゃんの船だってあるし、アタイもソーニャも海が好きなんだ」


 孫を案ずる祖父そのものなジャマルに対し、孫本人は悄然としながらも迷いなく答えた。ソーニャもその隣でうんうんと頷いている。


「海が好きなら、海を一望できるこの町で暮らせばええじゃろ」

「やだよ、だってアタイの家はドラゼン号だし、航海するのが仕事なんだ」

「ドラゼン号……ドラゼン号じゃと……ふざけおって……」


 ジャマルは孫に向けていた優しい眼差しから一転して、視線だけで人を殺せるほどの眼光で虚空を睨んだ。


「あの男、ケリーを守ると抜かしおったくせに死なせおってからに……やはり女は海に出るもんじゃねえんじゃ、女の船乗りなんぞ断じて認めんぞ……」

「祖父ちゃん? どしたの、なにブツブツ言ってんの?」

「ライム、女は船乗りなんぞすべきじゃねえんじゃ。女はおかで元気な子を産んで育て、家庭を守り夫を支えるもんなんじゃ、それが一番幸せなんじゃ」

「は……?」


 唖然とするライムに、ジャマルは穏やかな顔で、しかし有無を言わせぬ力強い声で話を続ける。

 無論、蚊帳の外の俺たちはそれをただ聞いていることしかできない。


「ケリーにもそう言うたんじゃが、あやつは言うことを聞かず飛び出していきおった。その結果がこれじゃ、儂の言うとおりにしとれば死なんかったもんを……ライム、もう船乗りなんぞ辞めて、おかで女らしく普通に暮らせぃ。結婚相手は儂が見繕ったる。うむ、若手共に良い気骨の奴が何人かおるからの」

「……なに言ってんの祖父ちゃん?」

「なんも心配せんでええ、全て儂に任せとけぃ。もちろんそこの腹違いの妹の面倒も見てやるからの」

「いや、あのさ、べつにアタイら何も困ってないし。そもそもアタイらは海で――」

「海に出るなんぞ許さんぞっ! 断じて許さん! 女はおかで女の務めを果たしとけばええんじゃっ!」


 オヤジがいきなりキレた。

 立ち上がってライムに詰め寄り、彼女の両肩を鷲掴んで、頑固ジジイの面でドスの利いた声を響かせる。


「ライム、良いの!?」

「良くないよっ、ホントなに言ってんの祖父ちゃん!? 意味分かんないよっ、べつに祖父ちゃんに許してもらわなくてもいいし!」

「海は男の出るもんじゃっ、女にゃあ女に相応しい生き方があるんじゃ!」

「男とか女とかなんだよそんなん知らないよ! アタイは自分に相応しい生き方を知ってるんだっ、勝手なこと言わないでよ! というか痛い肩痛いっ、放してよ放せ祖父ちゃん!」


 抵抗するライムだが、太い腕に掴まれて抜け出せないでいる。

 が、そこに二つの手が伸びた。

 ディエゴがジャマルの左腕を、ミリアが右腕を掴んだ。

 その行動にツィーリエと爺さんが魔力波動を放ち始めたので、俺は咄嗟にソファから腰を上げて断唱波でレジストした。ツィーリエには視線を向け、爺さんには左手を向けて威圧すると、不可視の攻防を察したベルが俺の側で身構えてくれる。

 

「父さん、もう止めなよ」

「痛がっているわ、放してあげなさい」


 ジャマルの迫力は相当なものなのに、オッサンも美女も全く臆した風もなく告げている。大熊オヤジは尚もライムの肩を押さえたまま二人を睨み、息子に視線を固定した。


「なんのつもりじゃ、ディエゴ」

「そうやって押しつけるから、姉さんは出て行ったんだよ。姉さんの娘のライムちゃんなら、何をどうしたところで、姉さんみたいに出て行くと思うけど?」

「そうはならんっ、そうはさせん!」

「本当に勝手だね……そのくせ僕が未だに独身でも、ここまで強引にうるさくは言わないよね?」

「だからなんじゃっ、今はおどれのことなど関係ないわ!」


 煩わしげに両手を振って二人の手を振り払うと、ライムはその隙にミリアの背中に逃げ隠れた。


「ライム、女にゃあ女の生き方があるんじゃ。海は女の生きる場所じゃねえんじゃ」

「そ、そんなことないよっ、母ちゃんだって海で生きてた! それに海にだって魚人の女はいっぱいいるじゃんっ!」

「まんま同じ屁理屈抜かしおって……ケリーそっくりじゃな。まあええわい、そのうち儂が正しいと気付くじゃろう。とにかく今は儂の言うとおりにしとけばええんじゃ」


 ジャマルはミリアの後ろにデカい手をぬっと伸ばすが、孫は捕まらなかった。

 ミリアが野太い腕を掴み、オヤジの鋭い眼光を見上げて口を開いた。

 

「止めさない」

「なんじゃ小娘、どかんかい」

「ライムは十五歳よ。もう一人前の大人だし、選択の自由は彼女にあるわ。貴方が祖父だとしても、彼女に生き方を強要することはできない」

「口を挟まれる謂われはねえのぉ、小娘。こりゃあ身内の問題じゃっ、おどれは引っ込んどれ!」


 室内の緊張度は最高潮に達している。

 ツィーリエと爺さんはミリアを注視していて、いつ魔法を放とうとしてもおかしくない。迂闊に動けず、状況が混沌とし始めてベストな結果に終わる未来がまるで見えない。

 だというのに、ミリアは当初から変わらず泰然とした風体で、毅然とジャマルと目を合わせている。


「彼女はアタシたちの大切な友人よ、口を出す権利はあるわ。そもそも端から聞いていれば、男だ女だと頭の硬いことを並べ立てて……ライムは貴方の孫であって、人形でも奴隷でもないのよ」

「小娘が、好き勝手言いよってからに……もうおどれらにゃあ用はねえんじゃ。おうケルッコ、早うこいつら摘まみ出さんかい」


 憤怒で滾った声にケルッコが応じるよりも先に、ライムが動いた。

 臨戦態勢にある俺の左手を引っ掴み、ミリアの手も掴むと、如何にも不機嫌そうな顔で素っ気なく言う。


「もう行こみんな、やっぱり母ちゃんの言うとおり祖父ちゃんはクソだったよ」

「ライムちゃん、兄者もオレもまだ話は終わってないんだ。オレは兄者と違って、そっちの魔女をこのまま帰す気なんてないしな」


 ケルッコの丸っこい身体がドアの前に立ち塞がった。

 いかんな……もう色々と行き詰まりすぎてる。


「ライムッ、祖父ちゃんの言うことを聞かんかい!」

「だぁーもーっ、うるさい祖父ちゃんのクソバカッ! アタイはもう十五なんだ! 自分の生き方は自分で決めるんだっ!」

「ケリーの二の舞になりたいんかライ――ぶっ!?」


 ライムに詰め寄ろうとしていたビッグオヤジがいきなり吹っ飛んだ。

 壁に激突して白目を剥き、ピクピク痙攣しつつも完全にノックダウンしている。

 俺たち全員の視線が一斉に細身のオッサンに集中した。


「はぁ……まったく、本当にどうしようもない人だね。叔父さん、そこどいてあげなよ」

「ディ、ディエゴ、お前、いきなり何を……」

「どいてあげなよ、叔父さん」


 ディエゴの目は虚だった。不自然なまでに気怠げで落ち着き払った相貌で、色のない声を静かに響かせていた。倍近い体格の父親をブン殴って一発KOしてみせたことといい、このオッサン……なんかヤバい。


「ライムちゃん」

「え、あ……うん?」

「と、ローズちゃんでいいのかな? 父さんは僕が説得しておくから、今日はもう帰っていいよ。でもたぶん、明日父さんと一緒に君たちの船を訪ねるから、よろしくね」


 俺を出迎えた当初と変わず、面倒臭そうな感じで平静に宣ってやがる。

 ……読めない。真意が分からない。

 こいつ、いったいどういうつもりなんだ。

 ちらりと横目にミリアの様子を窺ってみると、彼女は先ほどまでのように落ち着き払った様子でディエゴやケルッコ、床で伸びているジャマルを見遣っている。


「えーっと……うん? おぉっ、ありがと叔父さん! 叔父さんは祖父ちゃんと違っていい人だねっ!」

「さあ、それはどうなのかな。ほら叔父さん、早くどいてあげなよ。また明日も会えるんだから、べつにいいでしょ?」

「……あ、あぁ」


 ケルッコはぎこちなく頷き、扉の前からメタボな身体を移動させる。

 野郎の甥を見る眼差しには得体の知れなさが込められていて、腫れ物にでも対するような応じ方だった。当のディエゴは扉を開けると、廊下に出るよう促してきたので、俺たちは困惑しながらも退室する。

 護衛のつもりなのか、ツィーリエまでついてきた。


「今日は色々とごめんね」


 全員無言なまま廊下を歩き、玄関から外に出て門前にまでやって来ると、ディエゴがそう言った。

 俺は目の前の男を判じかねながらも、とりあえず訊ねてみる。


「あの、どうして、私たちに味方してくれたんですか……?」

「僕としては、君たちに味方したつもりなんてないんだけどね」


 でもディエゴはジャマルの息子なんだし、結果的に俺たちに利する行動は不自然すぎる。俺たちに味方したつもりがないのなら、姪のライムのためを思っての行動でもないということだ。つまり自分自身のためとなるが、その理由が不透明すぎて怪しい。

 という俺の疑念を読み取ったのか、野郎は首筋を揉みながら軽く苦笑を浮かべた。


「そうだね……強いて言うなら、僕は姉が嫌いなんだ。正直、死んでくれて嬉しいくらいなんだよ」

「え……?」


 ライムがぽかんとした顔で叔父を見上げた。

 しかし野郎は頓着することなく、苦笑を歪めて昏い笑みを零した。


「父さんと叔父さんが何をしようが僕には関係ないし、本当にどーでもいい。どーでもいい……と思いたいけど、やっぱり気に入らないんだよね。だから姉さんの形見とか町にいて欲しくないし、というか邪魔だし」

「……………………」

「あぁ、べつにライムちゃんが嫌いってわけじゃないんだよ? でもライムちゃんを見てると、姉さん思い出して気分が悪くなるんだよね。だからこの町に腰を落ち着けられると迷惑で、ライムちゃんが遠くに行ってくれるのなら応援したいんだよ」


 そう言って細身のオッサンは笑顔を浮かべているが、なんだか底知れなくて不気味だった。ある意味こういう奴はジャマルやケルッコより厄介だ。

 深くは関わらない方が賢明だろう。


「そ、そうですか。いずれにせよ、今日は助かりました。ありがとうございます。では私たちはこれで失礼させてもらいますね」

「あ、ちょっと待って」


 そそくさと背中を向けて退散しようと思ったのに、呼び止められた。

 振り返ると、ディエゴはツィーリエの肩を押して俺の前に立たせてくる。


「握手して」

「は、はい……?」 


 突然のことに美熟女が戸惑っている。

 俺もだ。

 しかしディエゴは真意の読めない微笑みを浮かべたまま、当然の如く宣う。


「二人とも、前は殺し合い寸前にまで対立したんでしょ? だから、まずは二人の間だけでも、ここらで和解しておこう」

「……旦那様が、そう仰るのでしたら」


 渋々といった態でツィーリエが右手を差し出してきた。

 が、すぐに気付いて引っ込め、代わりに左手で握手の構えを見せる。


「まあ、そうですね、私としても和解したく思――」


 俺はやや警戒しつつも、そんな素振りは見せないでツィーリエの綺麗な手を握ろうとした。その直前、横から手が伸びてきて、握手に至らず止まってしまう。


「ミリアさん?」

「…………」


 ミリアは端正な面持ちを怖いくらい引き締め、ディエゴとツィーリエの二人を凝視している。アメジストめいた紫の瞳は透徹した光を湛え、そこに映る二人を見透かそうとでもしているようだ。

 

「……いえ、邪魔してごめんなさい」


 ツィーリエが手を引きかけたとき、ミリアは俺の腕から手を放した。そして何事もなかったかのように、相変らず綺麗な立ち姿で俺の隣に立ったまま無表情に瞑目する。

 魔法を警戒したにしては不自然な待っただったが、とりあえず今はいい。

 和解は今回の一件におけるベストリザルトそのものだ。

 

「ツィーリエさん、以前はすみませんでした」

「こちらこそ、申し訳ありませんでした、ローズさん」


 俺はにこやかに、ツィーリエは感情を覗かせず事務的な口調で言い、互いに手を握り合った。ややもせず握手を解くと、ディエゴが笑みを深くして頷く。


「うん、これでローズちゃんたちとツィーリエさんの間に、もうわだかまりはないね。それじゃあ、今日はこの辺にしておこうか。ローズちゃん、明日はこちらから船を訪ねるから、待っててね」

「はい」

「安心していいよ、父さんと叔父さんは説得しておくから。明日はまあ、今の君とツィーリエさんみたいな和解の場になるだろうね」


 当然の未来のようにディエゴは気軽に言っている。

 何を根拠にそんなことを……とは思うが、こいつなら何とかするのだろう。

 今回はラッキーだと思って納得しておこう。


「それでは、また」


 俺は最後にそう告げて、ムンベール邸から五人一緒に去って行く。

 ライムはディエゴに何も言わぬまま、小難しい顔をしているだけだった。

 ソーニャとベルはそんな彼女を心配そうに見つめ、なぜかミリアは思案げな表情を見せていた。


 不安はあるが、一応五千万ジェラは置いてきた。

 それで向こうも納得……してくれないだろうなぁ……。




 ♀   ♀   ♀




 晩課の鐘の音が町中に響いて間もなく。

 すっかり日が暮れた頃にみんなは帰ってきた。

 珍しくルティが満足げな笑みを浮かべ、なぜかセイディはほくほく顔で、ウェイン以外のみんなも楽しい気晴らしの余韻が感じられる様子だった。

 そんな良い雰囲気を壊すことを悪いと思いながらも、俺は早々に今回の一件をみんなに話した。


「なんだとぉー!?」


 すると案の定というべきか、まず反応したのはリーゼだった。


「なんでローズ勝手に行っちゃうの!? 敵と戦うならあたしと一緒だって言ったじゃんっ!」

「いえ、単に話し合いに行っただけですから。それに状況的にみんなと接触するのは不味いと思ったんですよ」


 船室に響く不満げな声を宥めるように、俺はゆったりとした口調でそう答えたが……。


「じゃあなんか適当に魔法使ってゼフィに気付いてもらえば良かったじゃん! そしたら変に思ってあたしたち船に戻って来たのにぃっ!」


 ……おおう、リーゼにしては頭が冴えている。

 確かに言われてみれば、その通りかもしれんな。

 ゼフィラも魔動感はあるんだし、俺が〈幻彩之理メト・シィル〉か何かを断続的に行使すれば、ゼフィラは少なからず不審に思うだろう。

 魔力波動は行使する魔法の等級(威力)と行使者の魔法適性が高ければ高いほど、そして込める魔力量が多ければ多いほど、より強力なものになる。魔力は耐魔性のある物以外は基本的に透過するので、全力で魔力を込めれば町のどこにいようと、ゼフィラなら感じ取って気付いてくれたかもしれない。


「ゼフィ、お姉ちゃんが移動したこと、気付いてた?」

「無論だ。これほど馬鹿でかい反応が動けば気が付くに決まっておる」

「それじゃあどうして教えてくれなかったのぉ?」


 悠々と壁際のソファに腰掛け、酒瓶でらっぱ飲みをする銀髪美少女にトレイシーが問い掛けた。


「散歩にでも繰り出したのだと思ったのだ。同行者が一人だけだったのでな、船の留守を預かっておる者はおった。ならばいちいちお主らに伝えてやるまでもないと判断した」

「今回は仕方がなかったにしても、一応合図か何かは決めておいた方が良いでしょうね。そのあたりのことは後で二人で話し合ってもらえる?」


 クレアが俺とゼフィラの二人を見て言うと、リーゼが激しく何度も頷いている。

 当のゼフィラは鷹揚に首肯しながら俺を横目に見遣ってきた。


「そうだの、今後なにかあれば妾に報せるのだぞ小童。特に今回のように面白そうなことならば必ずだ」

「……まあ、了解です」

「それより今は今後どうするかよ。そのライムの祖父さんだか叔父さんだかが明日ここに来るんでしょ? どうする? 無視して今夜中に出港しちゃう?」


 美天使が至極最もな意見を口にした。

 魔石灯の明かりに満ちた船室リビング内には粗方の面子が揃っている。

 ユーハとベルとイヴ(とついでにアシュリン)は外で警戒態勢をとっており、ウェインは帰って早々、寝室に引き籠もってしまった。


「でもまだ食料なんかの補給はできてないッスよ」

「それに魚人さんたちも急な出港に応じてくれるかどうか……」


 ソーニャが冷静に、メルが不安げにそれぞれ意見を口にする。

 護衛のオッチャンたちの件は未だしも、食糧問題は重要だ。

 次に目指す港町プラインはチュアリーから北東に約半月ほどの位置にある。もちろん、風魔法ブーストを使った場合でだ。陸沿いに行くから途中で当然幾つか港町はあるが、それらはプラインやチュアリーほど外部に開かれた町ではない。

 本来、この南ポンデーロ大陸中部から南部は獣人たちの縄張り意識が強い土地であり、他種族には閉鎖的だ。プラインやチュアリーは大陸北部からの寄港地として外部に特別開かれた町であって、他の多くの町は基本的に排他的な漁港なのだ。

 定期船のような馴染みのある船なら入港して町にも入れるだろうが、他種族が入り混じった女ばかりが乗る奇特な船を、獣人の町が寄港を許してくれるとは考えにくい。


「一応明日も話し合うだけというか、ライムの叔父さんがお祖父さんと大叔父さんを説得して、その報告に来る程度だとは聞いてますけど……」

「それが油断させるための罠だとは限らないよねぇ」

「ユーリもいるし、この船に来られると危ないんだから、早く出発した方がいいと思うわ。ライムはべつにお祖父ちゃんや叔父さんたちと仲良くしたいわけじゃないんでしょ?」


 サラはゼフィラの隣に座って、膝の上で微睡む幼竜を撫でながら、どこか焦ったように口早に言っている。たぶん彼女の場合は見知らぬ野郎共が現在の生活空間にやって来る恐怖心もあるのだろう。

 

「うん……祖父ちゃんたちって言っても、今日初めて会ったばっかだし、叔父さんはアタイのこと嫌いみたいだし……ごめん、みんな……アタイのせいで変なことになっちゃって」

 

 いつもの元気っぷりは鳴りを潜め、ライムが申し訳なさそうな顔を俯けた。

 そんな船乗り少女の袖を掴み、ルティが首を横に振る。


「ライムのせいじゃない」

「そーだっ、そのジャマルとかケルッコとかいう奴が悪いんだ!」

「孫娘を心配する気持ちは、分からなくもないけれど……」


 リーゼが敵意を見せつつ断言する一方、クレアは悩ましげに呟いている。

 そんな感じにみんなが色々と意見を言い合う中、


「ミリアさんは彼らのこと、どう思いました?」


 クレアがこれまで口を閉じていた彼女に問いを投げた。


「アタシは……待ち構えてみるのがいいと思うわ。どうにもディエゴというライムの叔父とは利害が一致しているようだし」

「いやでも、それすら演技かもよ? こっちを油断させて、堂々と船に乗り込んで一気に制圧とか」

「そんな迂遠な真似をするくらいなら、今日してきていたはずよ。向こうはこっちを某国の間者だと疑っているようだし、余程のことがない限り迂闊な真似はしてこないわ」


 ミリアは冷静にセイディの指摘に応じているが……。

 なんかムンベール邸の帰路からこっち、この元姫様は様子がおかしい。

 一見すれば何ともないし、どこがどうおかしいのかも判然としないが、なんとなくそう感じる。リーゼたちが相手なら互いに良く知り合ってるから思考や心情も敏感に察せられるが、ミリアとの付き合いはまだ短く浅いから、読み切れん。

 最近は前世の呪いが解呪できた反面、俺の観察眼もすっかり錆び付いてきたから、親しい人以外の機微を察するのが困難になっている。


「そうね……どうせ今も監視されているだろうし、出港しようとすれば何をしてくるか分からないものね」

「私もミリアさんの意見に賛成です。向こうからすれば、この船は敵地のはずなのに、わざわざ出向いてくると言ってきたわけですし」


 頷くクレアに続いて俺も発言すると、トレイシーが相変らず気の抜けた声で言った。


「明日はそのムンベールの人たちが来るのを全員で待ち構えて、話を聞いてみるのがいいんじゃないかなぁ。ライムの叔父さんが本当にお祖父さんを説得してくれているのなら、問題はないしねぇ。もし荒事になるとしても、全員揃っていた方が動きやすいしぃ」

「そーだっ、みんなで戦うんだ! ライムのお祖父ちゃんでも酷いことするんなら敵なんだ! やられる前にやってやるんだっ!」

「いやいや、アンタは少し落ち着きなさいって。まだ完全に敵って決まったわけじゃ…………ん? あっ!?」


 一人やる気満々のリーゼを宥めていた美天使だが、ふと眉根を寄せたかと思えば、驚きの声を上げた。

 見る限り、どうにもヤバげな事実に気付いたという感じだが……。


「お、お姉様っ、今日アタシら滅茶苦茶勝っちゃいましたけど大丈夫でしょうか!?」

「……そういえば、そうだったわね」

「ん? 何の話ですか?」


 セイディの言動に納得した様子のクレアに訊ねてみる。

 すると大和撫子的な美女はやや気まずげに長い睫毛を伏せた。


「今日、私たちが賭場に行ったことはローズにも話していた通りだけれど……実はかなり勝ってしまってね」

「それは具体的に、どの程度ですか?」

「五千万ジェラ以上よ!」

「五千万!? いま五千万ジェラって言ったッスか!?」


 クレアの代わりにサラが興奮も露わに答えると、ソーニャが目ン玉飛び出す勢いで瞠目している。

 それより……いかんな。

 俺の耳はちょっくら調子がおかしいようで、五千万ジェラとか聞こえてしまった。


「す、すみません、もう一度お願いします。何万ジェラですか?」

「だから五千万ジェラ以上よっ、ルティが凄かったのよ!」

「…………は?」

「五千万? 賭場ってそんなに儲かるものなの?」


 俺は唖然とした声しか漏らせなかった。

 さすがのミリアも非常識な額であることを理解しているようで、驚きつつも誰にともなく訊ねている。


「いえ、普通はせいぜい数百万ジェラが限度なのでしょうけれど……」

「いやもう凄かったわよっ、この子ちょっとヤバいわよマジで! 博才どころの話じゃないって、強運っていうか豪運よっ、未来でも予知してんじゃないかと思ったわよっ!」

「ぼく、すごい」

「凄いってか凄すぎよっ、いくら魔女だからって神様に祝福されすぎってかアンタが賭博神よ!」


 セイディは賭場でのことでも思い出したのか、やにわにハイテンションで語りながらルティに抱きついている。当のルティも満更ではないようで、初めて見る得意気な笑みで胸を張っている。

 普段はぼーっとしているルティのその様子は非常に愛らしいが、今はそれどころではない。


「……え、あの、でもそんなに、どうやって?」

「ルーレットよっ、賭金上限が最高のテーブルで全員で上限まで賭けまくったのよ! 最初は一番賭金の少ないテーブルでやってたんだけどなんかこの子の賭けたとこだけ毎回毎回当たるもんだからこれはイケるんじゃないかと思ってテーブル移してやってみたら案の定でもう凄――」


 エキサイトした天使は瞳を金貨のように輝かせて、早口に詳細まで勝手に説明してくれた。長ったらしいので、要約すると以下の通りだ。


 ルーレットにはベット額の上下限に応じて、テーブルが分けられている。

 この世界のルーレットも基本は前世とそう変わらないが、数字は零から四十八までの計四十九ある。ルーレットは賭ける場所ごとに倍率が異なり、最低二倍から四十八倍と幅広いが、場所ごとに上下限ベット額が異なる。

 ルティは一点賭けの最高倍率である四十八倍を五連続で当ててみせたという。

 1/48の確率で、五連続だ。

 丁半賭博やじゃんけんで五連勝とは次元が違う。

 戦慄したセイディは分かれて遊んでいた他の八人を急いで集め、ちょうど誰もいなかった上下限最高額のルーレットテーブルに向かった。

 ルーレットは誰がどこに賭けたのかを識別する都合上、ルーレット専用の色分けされたチップを使用するため、一テーブル八人までしか遊べない。イヴとトレイシー以外の、セイディ、ルティ、リーゼ、サラ、メル、クレア、ウェイン、ゼフィラの八人でテーブルに着いた。そしてルティが賭けたところに全員で最高額をベットしまくった結果、最終的に十回連続で的中して五千万ジェラ以上を稼いだ。

 が、その異常事態を前にしてディーラーが失神したらしく、敢え無く終了となったらしい。


「一回負けたけど一点賭けで勝率九割以上よ!? 観客も滅茶苦茶集まってきて大騒ぎになったわよ!」

「最高級の燻製肉、アシュリンの分まで買ってきた! 明日いっぱい船まで届けてくれるんだっ! ローズほらこれっ、すごい美味しいよ!」


 リーゼは肩に提げたままの真新しいショルダーバッグからスライスされた燻製肉を取り出し、自分で咥えつつ俺にも差し出してきた。


「最高級の石鹸と香水買ってきたわよ! ローズもあとで一緒に試してみましょっ! ほらこれっ、入れ物まで綺麗で可愛いわ!」


 サラは脇に置いていた真新しいトートバッグから硝子の小瓶を取り出し、蓋を開けて芳香豊かなそれを差し出してきた。


「最高級のリュート買ってきた。ぼく、いっぱい練習して、上手に弾けるようになる」


 ルティは足下に置いていた一抱えもあるケースから弦楽器を取り出し、嬉しそうに構えて適当に音を慣らしてみせた。


「ふむ、これこそ本物の酒というものだ」


 ゼフィラはソファでふんぞり返りながら、間違いなく最高級の酒をらっぱ飲みして満足げに頷いている。


「……………………」


 俺は燻製肉を咥えて香水瓶を持ちながら呆然とクレアに目を向けた。

 彼女も先ほどようやく間の悪さに気付いたのか、子供たちと違って懊悩を美貌に表出させている。


「せっかく五千万ジェラを渡してきたのに、こっちは五千万以上も賭場で儲けていたなんて」


 言うな、ミリア。

 頭が痛くなる。


「あっ、そっか、ローズがした賭場でのことを謝るためにお金渡したのに、魔女ってバレてる私たちが荒稼ぎしちゃ……」

「ん? なんかダメなのメル?」


 顔面ブルーレイ状態に陥るメルに、むしゃむしゃと最高級燻製肉を貪っていたリーゼが小首を傾げる。

 先ほど今回の一件を説明するにあたり、リーゼとサラとルティにも俺が賭場でケルッコから金を脅し取った件は教えてあるが、リーゼは気付けていないらしい。

 

「そのケルッコとかいう奴は間違いなくアタシらが魔法でイカサマしたんじゃないかと疑うわねコンチクショウッ!」


 ヤケクソになっているセイディが喜びながら悔やんでいる。

 せめて喜ぶか悔やむかどっちかにしろ。


「これ以上、事を荒立てないために、明日全額返しましょうか……?」

「なんでクレアっ、あたしたちイカサマなんてしてないじゃん!」

「いやぁ、でもルティカちゃんの豪運はイカサマみたいなもんだったからねぇ」


 豪運どころか超運の持ち主ルティは最高級品らしいリュートを見つめて嬉しそうに微笑んでいる。

 楽器に興味があったとは意外だが、今はそれどころではない。


「……これ明日絶対なにか言われますよ」


 ディエゴがジャマルとケルッコを説得するとか言ってたけど、ホントに出来るのか? ジャマルは俺たちへの恨み辛みが燃え尽きた代わりにライムに固執していたが、反面ケルッコは姪孫への想いより俺への恨み辛みが積もっている様子だった。

 俺とミリアが五千万ジェラを渡しても、リーゼたちが五千万ジェラ以上儲けてきちゃったので、結局ケルッコ側が赤字だ。

 金そのものが問題なら再び五千万ジェラを引き渡せば解決するだろうが、野郎は俺が脅し取ったことそれ自体に屈辱を感じ、恨んでいたはず。

 要はプライドや面子といった話なのだ。

 ルーレットという賭戯では客側がイカサマするなど絶対的に不可能だが、ケルッコはまず間違いなく疑ってくる。今回ルティが発揮した運は紛う事なき天然の幸運だが、代償として不運も発揮されるらしい。

 世の中上手くできてんな、クソッタレ。


「やっぱり逃げた方がいいわよ」

「ダメだよサラ姉っ、まだお肉届いてないもん! それにイカサマだってしてないんだから堂々としてればいいんだっ!」

「逃げてもきっと追い掛けてくるよね……? やっぱりきちんと話し合って納得してもらわないとダメなのかな……?」

「妾はどちらでも構わぬぞ。いずれにせよ面白いことになりそうだしの」

 

 俺としても悩みどころではある。

 メルの言うとおり逃げても追い掛けてくるだろうから、ゼフィラの言うとおりいずれにせよ面倒なことになるのだ。


「私は明日もきちんと会って、話し合った方がいいと思います。ライムだって、できればお祖父さんとは互いに納得した形でお別れしたいですよね?」

「……まあ、そりゃ、どっちかっていえばね」

「無視して急いで出港するより、きちんと話し合った方が危険も少ないでしょうね」


 ライムを横目にちらりと見てから、クレアはみんなに言い聞かせるようにそう告げた。

 もし仮に今夜中に出港するとしても、まず間違いなく妨害されるし、追手が掛かって危険だ。明日ジャマルたちと相対するとしてもリスクは同程度だが、こちらは和解というリターンを得られる可能性がある。

 だったら、きちんと話し合って、気持ちよく出港する方がいいだろう。


「アタシもその方がいいと思います、お姉様」

「そうだねぇ、ワタシもその方が良いと思うよぉ」


 と年長者たちが賛成したことで、ジャマルたちの訪問を待ち構えることが決まった。


「わたしは、やっぱり出発しちゃった方がいいと思うけど……」


 サラは不満そうだったが、最後には納得してくれた。

 とはいえ、まだ俺たちに対する遠慮は抜けきっていないのか、以前までならもっと強く反対していたと思うのに、割とあっさり頷いていた。

 ここ最近の様子を見る限りではだいぶ打ち解けられている感じだが、やはりまだ心底から気を許せてはいないのかもしれない。

 完全に馴染んでくれるのが先か、記憶が戻ってくれるのが先か……。

 

「フフ、しかしまさか小童が間諜と疑われるとはの。強ち間違っておらぬあたり、なかなかに面白い展開だ」

「え? なんですかゼフィラさん。なんでそうなるんですか」


 話し合いが終わって、みんなは外に出たり別室に荷物を置きに行ったりと解散する中、俺はゼフィラを睨んだ。

 この鬼ババア、意味分からんこと抜かすだけなら未だしも、俺が悪者みたいに言いやがって。


「なぜの……フフ、それは自分に訊ねてみればよかろう」

「……なんですかもう、本当に意味分かんないですよ」

「ゼフィラさん」


 意味不明すぎて呆れてきたので、俺はもう取り合わず外に出ることにした。

 すると入れ替わるようにミリアがゼフィラに話しかけていた。


「少し相談したいことがあるんですけど」


 という言葉が聞こえて微妙に気になりはしたが、俺は扉を開けて星空の下に出た。室内の暖かさから一転、寒風で思わず身体が震える。

 本来ならば、今日もみんなで宿に泊まる予定だったのに、例の一件のせいで台無しだ。俺はもちろん、リーゼたちも賭場で目立ちすぎて、大金を持つ女連中ということで狙われて危険だからだ。

 一応、賭場を出た後も擦り寄ってきた浅ましい野郎共はクレアやトレイシーが威嚇して追っ払ったらしいが、危険であることに変わりはない。

 今夜は気が抜けないだろうな。


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