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幼女転生  作者: デブリ
八章・渡航編
166/203

 間話 『賭博激運録ルティカ 前』★


「じゃあ行ってくるねローズっ」

「いってらっしゃい。みんな、一応気を付けて遊んできてくださいね」


 三節以上の航海を経て、港町チュアリーに到着した翌日。

 リゼットたちは久々に陸地の揺るがぬベッドを堪能して朝を迎え、宿屋の前でローズたち三人と分かれた。ローズとユーハとミリアは港に停泊中のドラゼン号に戻り、今日は留守番となる。

 昨晩は船で夜を明かしたヒルベルタとライムとソニアはローズたちと入れ替わるように、町中へ繰り出していく予定だ。


「南ポンデーロ大陸の町って、もっとなんか変わってると思ったのに、ボアとあんまり変わんない」

「魔大陸のボアも、ここチュアリーも、北ポンデーロ大陸諸国の影響が大きいからね。二つの町は姉妹のようなものだから、似ているのは当然でしょうね」


 どこか不満げなリゼットのぼやきに、手を繋いでいるクレアが微笑みながら応じた。まだ朝方なので町の空気はひんやりと冷たいが、良く晴れた空には疎らに白雲が浮かぶだけで太陽は燦々と輝いている。

 もう数刻もすれば陽が高く昇り、寒さも幾分か柔らぐだろう。


「ローズ、ほんとにお留守番でいいのかな……一緒に来ればいいのに」

「ま、あの子にも苦手なものはあるわよ」

「賭場の雰囲気、そんなに嫌な感じ?」


 セイディがリゼットの頭を軽く撫でる傍ら、ルティカがイヴリーナの手を引いて訊ねた。

 

「嫌というほどではないと思いますが、あまり好ましい雰囲気ではないですね」

「賭場は……なんていうか、独特だからね。雰囲気に呑まれて、お金いっぱい使っちゃう人もいるし、結構好き嫌いは分かれると思うよ」


 メレディスが補足するように続けて言うと、ルティカは「そっか」と頷いた。

 最近は表情も豊かになってきたとはいえ、この幼い魔女は普段からぼんやりとしていて、何を考えているのかよく分からない節が多々ある。それでも口元が小さく笑みの形になっているあたり、ルティカも期待はしているのだろう。


「でも賭場はお昼からなんだよねぇ?」

「それまでは町やお店を見て回りましょうか」

「セイディ、あとで空飛んで。この町がどんな感じか上から見てみたい」


 純白の翼を背負う彼女はリゼットの言葉に頷きながら、隣を歩く金髪紫翼の少女に目を向けた。

 

「サラはどうする? ついでに飛ぶ練習でもしてみる?」

「わたしは……いい」

「なんでサラ姉っ、前は飛べてたんだから練習すればすぐ飛べるようになるよ! だから飛ぼうよっ、飛んだ方がいいよ絶対!」


 息苦しそうに顔をしかめて首を横に振るサラ。リゼットはそんな姉へと請うように、あるいは励ますように力強く声を掛けるが……。


「べつに、特に飛びたいとは思わないし……それにやっぱりわたし、なんか目立ってない? わたしと同じような翼の人、まだこの町でも一人も見掛けないわ」


 人通りを歩きながらも、サラはすれ違う人々や上空を飛び交う翼人たちを見回している。

 六節ほど前に記憶を失った彼女だが、忘れているのは思い出だけで、知識は変わらず残っている。ザオク大陸の町々で自身と同種の翼人を見掛けたことがないという事実もまた、知識として覚えているようだ。


「みんな珍しがってるだけよ、基本サラみたいな翼の人は浮遊双島にしかいないからね。べつに何もおかしくないし、珍しがってる連中は無知なだけなんだから堂々としてりゃいいのよ」

「まあ、そうらしいことは知ってる……というか、覚えてる? けど……」

「とにかく、アンタは何も気にせず普通にしてればいいのよ。もし飛ぶ気になったら言いなさい、いつでも練習付き合ったげるからっ」


 セイディは少女の如き快活な笑みを浮かべて、サラの頭を豪快に撫でまくる。

 綺麗な金髪を乱される本人は「ちょっ、ちょっと、やめてセイディ」と恥ずかしげに言いながら逃げ出し、メルの後ろに避難した。


「相変らず姦しいの……」


 頭巾付きの外套ですっぽりと全身を覆い隠している少女が欠伸混じりに呟いた。

 彼女は頭巾の影から紅い瞳を覗かせて女たちを見遣るが、ふとその視線が横に逸れる。


「して、お主はまだ陰鬱としておるのか」

「…………」


 十人でぞろぞろと歩く中、唯一の少年は俯きがちに歩くだけで、口は開かない。まるで陽の光を厭うかのように伏せられた双眸は隈が色濃く、灰色の瞳には虚無的な光しか宿っていない。

 気が遠くなるほどの長年にわたり、無数の生死を眺めてきたゼフィラにとって、ウェインの心理状態は容易に察せられた。


「ふむ、少々教えてやろう小童。その苦しみの先に待つものは二つだけだ」

「……………………」

「過日より瑞々しき生か、全てが無となる死か。救いを求め、光へ進むか闇へ進むか、それはお主次第だが……」


 ウェインは話を聞いているのかいないのか、いずれにせよ無反応だ。

 しかしゼフィラは気にした風もなく、口元に笑みを湛え、歓談する女たちに視線を戻して続けた。


「一度でも結んだえにしは如何ともし難いものだ。意のままに断ち切れず、脆弱でありながら強固であり、刃にもなれば鎧にもなり得る。縁を希望とするか絶望とするか、全ては己次第。努々ゆめゆめそれを忘れぬことだ」

「ゼフィとウェイン、なに話してるの?」


 ルティカが後ろを振り返り、二人に声を掛けた。

 尚もウェインは口を噤んだままだが、ゼフィラは小さく欠伸しながら、ついと肩を竦めて見せる。


「なに、妾が好き勝手なことを一方的に告げておっただけだ」

「どんなこと?」

「良い縁に恵まれたお主には、語る必要のないことだ。ローズと出会えた幸運を噛み締めるが良い」

「……?」

 

 童女はついと小首を傾げるが、それ以上の追及はしなかった。

 ジークハルト亡き今、ルティカにとってゼフィラは世界で一番長く時間を共有してきた人であり、その人となりも最も理解しているつもりでいる。

 銀髪紅眼の少女めいたお婆ちゃんが、しばしば理解し難いことを口走るのは日常茶飯事であり、それがルティカから見るゼフィラだった。


「ゼフィ、今日も眠たい?」

「そういえば、なんかゼフィラはいつも欠伸してるような気がするねぇ」


 ルティカの疑問に同意するようにトレイシーもゼフィラに目を向けた。

 そのせいか他の面々もなんとはなしに鬼人の少女に注目した。


「なんだお主ら、妾が眠気に苛まれるのがそれほど珍奇というか」

「でもほんと、ゼフィラって夜は元気なのに昼間はいつも眠そうよね」

「ゼフィ、なんで? 夜でも寝てるから寝不足じゃないよね?」


 サラに続いてリゼットも疑問の声を上げた。

 クレアやトレイシーたちも同様のことを思っているようだが、さほど気になっているわけではないようで、日常の素朴な謎といった程度が窺える。

 それらを見て取ったゼフィラは僅かに逡巡する素振りを見せた後、答えた。


「ふむ……妾は陽光が苦手なのだ。日差しに晒されると酷い不快感を覚え、同時に力が抜ける」

「あの、それってゼフィラさん個人だけそうなのか、それとも鬼人はみんなそうなんですか?」

「後者だの」


 メレディスの問いに短く応じると、彼女は「そっか、だからあんな時間に……」と何やら納得したように一人呟いている。

 

「でもゼフィ、今日はあたしたちについてきてる。ゼフィも賭場楽しみなの?」

「否と答えれば嘘になるが、しかし勘違いするでないぞ。べつにお主らのように楽しみにしておるわけでもない。単に町をぶらつきたかった故、同行しておるまでだ」

「またまたー、そんなこと言ってホントは楽しみなんでしょー?」

「だから勘違いするなというに……ええいっ、気安く触るでないわ、しばくぞ小娘!」


 セイディが子供に対するような仕草で馴れ馴れしく頭を撫でてきたので、ゼフィラは乱雑に振り払った。子供扱いされることには慣れている彼女だが、さすがに鬱陶しかった。

 クレアやトレイシーたちはその遣り取りに笑みを零し、再び各々で姦しく言葉を交わし合っていく。そんな中、ゼフィラはずれた頭巾を軽く直しつつ、人知れず喜色を露わに微笑んだ。


「妾の時間も、もはや有限なのでな……代わり映えせぬ船旅の最中ならばいざ知らず、必要以上に惰眠を貪るいとまなど、ありはしないのだ」


 彼女が漏らした小さな呟きは町の喧騒に埋もれ、誰の耳にも届かなかった。




 ■   ■   ■




 賭場の開店時間まで、十人はチュアリーの町を散策していく。書店や服屋を覗いたり、市場の露店を冷やかしたり、上空から町を眺望したりと、久々の陸地を楽しんだ。途中でクレアたちが何人かの男たちに声を掛けられて、リゼットが暴走しかけたりはしたが、概ね楽しく和やかに時間は過ぎていった。


「おおーっ、ここが賭場!」


 昼食は露店のもので簡単に済ませ、十人は賭場の前までやって来た。

 リゼットは煉瓦造りの巨大施設が見せる立派な外観に感嘆の声を漏らしている。


「いい? アンタたち。中でははしゃぎすぎないよう気を付けるのよ。あんまりうるさくしてると放り出されちゃうからね」


 セイディが子供たちへ如何にも厳めしく注意すると、


「わかったーっ!」

「入っていくの男ばっかりね……」

「ぼく、うるさくしない」

「…………」


 四人が各々の反応を見せる横で、ゼフィラは外套を脱いでいる。賭場では身体を隠すように外套を羽織っていると不審がられて入場を拒否される場合があるのだ。

 子供たちへの注意とゼフィラの準備が整ったところで、十人は賭場の入口まで行き、入場料として五千ジェラを纏めて支払って、何事もなく内部に足を踏み入れた。


「広いっ、綺麗っ、なんかすごい!」

「やっぱり男ばっかり……」

「天井、硝子だ」

「…………」


 リゼットは落ち着きなくきょろきょろと賭場の有り様を見回し、サラも興味深げにしてはいるが怖じ気づいたように肩を強張らせている。ルティカはぽかんと口を開けて頭上を仰ぎ見て、ウェインは入場前と変わらず暗澹とした面持ちのまま尚も口を閉ざしている。


「まずは一通り見て回ってみる?」

「そーしよー!」

「あっ、リーゼ、走っちゃダメよ」


 クレアの言葉に頷き、静止の声も振り切ってリゼットが駆け出した。他の面々も広々とした内部を一望できる入口前から数段の階段を下り、半地下階に降り立って十人でぞろぞろと見学していく。

 

「むぅ……なぜ硝子張りなのだ、忌々しい」

「まだ開店して間もないはずですが、なかなかに盛況ですね」

「そうですね、それに子供はあまり見掛けません」


 イヴリーナとメレディスが言葉を交わしつつ周囲を見回している。

 ちょうど丁半賭博を行っている区画に入ると、不意にセイディが声を上げた。


「あ、そういえばお姉様、ローズの言ってた丁半って今はどうなってるんでしょう? たしかツィーリエでしたっけ? 人間で紫髪の四十歳くらいって話でしたよね?」

「見たところ……それらしい人は見当たらないわね。きっと露見を恐れて引退したのでしょうね」


 賑々しくも猥雑な雰囲気の中、壺振り師の女性が多数の客を相手に賭戯を行っている。男性客が多く、女性客があまり見られず、クレアたち十人は少々目立っていた。周囲の客たちから浮いているせいか、あちこちで散見される警備員と思しき全身黒服の獣人たちから視線を感じる。


「クレアセイディ、地下行ってくる!」

「ちょっとこら、勝手に動かないの」


 地下階への案内板を見たリゼットが一人で階段を下りて行ってしまう。仕方なく全員でその後を追い掛けて、闘技場のある広々とした地下空間に足を踏み入れた。

 そうして賭場の各所を巡っていき、一通りの見学を終えた十人は一度賭場の隅の方で立ち止まり、一息吐いた。


「さて、どんな賭戯があるかはみんな大体分かったわね。一人一万ジェラずつ渡すから、それで好きなように遊んできていいわよ」

「おおっ、そんなにくれるの!?」

「あ、私は結構ですので」


 リゼットが喜色を滲ませた驚きの声を上げつつ、クレアから金を受け取っている。他方、イヴリーナは慇懃に低頭し、受け取ろうとしない。


「なーに遠慮してんのよ、こういうのはみんなで楽しむもんでしょ。気にせず貰っときなさいって」

「いえ、本当に私は――」

「小娘、野暮なことを言うでないわ」


 ゼフィラの言葉もあってか、イヴリーナは逡巡しつつも手渡された金を貰い受ける。彼女とは対照的に、ゼフィラは当然のような態で賭戯の資金を懐に収めていた。


「リーゼたちはどれで遊びたい?」

「丁半っ、ローズもやったならあたしもやりたい!」

「それじゃあ、わたしも丁半で」

「ぼく、ルーレットやりたい」

「…………」


 ウェイン以外の三人が答えると、クレアはセイディたち大人に目を向けた。

 そして話し合った末、リゼットとサラにはクレアとトレイシーが付き添ってウェインも同伴させ、ルティカにはセイディが付き添うことになった。


「リーゼたちは私たちが見てるから、二人は自由に遊んできていいわよ」

「え、でも……」

「いいからいいから、今後も船旅続きでこういう機会あんまりないわよ? 二人で適当に羽を伸ばしてきなさいって」


 二人は歳も近く性格的な相性も良いことを、クレアもセイディも知っている。船上でのメレディスは子供たちに構ってばかりで、イヴリーナは魔物の警戒や夜番ばかり引き受けていたため、これまで二人が接する機会は少なかった。


「……分かりました」


 メレディスは逡巡したが、クレアとセイディの気遣いを無碍にはできず、頷いた。

 

「えっと、イヴさん、一緒に行きましょうか……?」

「……そうですね、行きましょう」


 クレアやルティカの顔を見回したイヴリーナだったが、結局はメレディスの誘いに応じた。


「ふむ、折角だ、誰が最も多く元手を増やせるか勝負といこうかの」

「お、いいわね、手加減はしないわよ」

「一位には何か賞品でもあるの? というか、一番稼げた人なら自分で色々買えるし、勝負する意味ないんじゃない?」


 セイディが意気揚々と頷く横でサラが疑問を呈すると、ゼフィラが仕方なさげに肩を竦めて見せた。

 

「無粋なこと言うでない」

「そうよサラ、こういうのは勝負すること自体に意味があんのよ。でもまあ、一応何かあった方が燃えるし、一位はみんなに何でも言うこと一つ聞いてもらえるってのでどうよ?」

「なんでも!? なんでもいいのセイディ!?」

「い、いや可能な範疇でね」


 というようなことを話し合った後、十人は一旦分かれた。

 そして各々、賭戯に臨んでいった。




 ■   ■   ■




 セイディとルティカはルーレットの区画に足を運んだ。どのテーブルにも立派な回転盤が仰々しく鎮座しており、他の賭戯と比べるとやや客数が多い。


「やろう、セイディ」

「あー、ちょっと待ちなさい。ここはテーブルごとに賭け金の上下限額が違うからね。まずは一番安いとこで肩慣らしした方がいいわよ」

「うん、じゃあ一番安いところでやる」


 普段は淡々とした口調であることの多いルティカも、今は声音に興奮が見え隠れしている。セイディは童女の手を引いて、最も低い下限額のテーブルに向かった。

 しかし、安く勝負できるテーブルは人気があるため席が埋まっていた。


「空いてない」

「うーん、べつに最低下限額のとこでなくてもいいんだけど……とりあえず軽く遊び方教えるから、席が空くまでに覚えちゃいなさい」

「わかった」


 これがリゼットなら、待ちきれず別のテーブルに直行するところだろう。

 セイディは素直に頷いた童女と手を繋いだまま、ルーレットテーブルに目を向けた。


「んじゃ簡単に説明すると、見て分かるとおり一つのテーブルには八人までしか参加できないわ。ルーレットはあの卓の区切られたところに、色分けされた賭け札を置くからね。人数が多いと色が足りなくなっちゃうし、ごっちゃになりすぎて精算に手間取るのよ」

「賭け札? あの赤とか緑の硬貨?」

「まあ、硬貨っていうかアレ木製だけどね」


 二人の見つめるテーブルではちょうど一勝負終わった後のようで、配当の精算が行われている。女性が八色の丸い賭け札を集めたり配ったりしており、客たちが一喜一憂していた。


「さて、突然ですがここで問題です」

「問題?」

「賭け札はあることを参考に色分けされています。そのあることとはいったいなんでしょうか?」

「ん…………適性属性?」

「お、正解、よく気付けたわね」


 テーブルで遣り取りされる賭け札の色は赤、青、緑、橙、白、黒、黄、紫の八色だ。これは火属性、水属性、風属性、土属性、無属性、闇属性、光属性、治癒解毒属性に由来している。


「次の勝負が始まるみたいね」


 セイディがルティカの頭を撫でていると、ディーラーの女性が回転盤上部にある十字型の棒に手を掛け、すっと音もなく回した。

 均等に四十九の穴に区切られた独特の円盤は直径およそ七十レンテほどの金属製で、各数字の穴には交互に金と銀の鍍金が施されている。

 ディーラーが内周部に小さな鉄球を指先で弾くように投げ入れると、円盤の回転する向きとは逆向きに鉄球が走り始める。

 

「ああして回す前でも回した後でもいいから、テーブルの枠内に賭け札を置くの。零から四十八までの数字に一目賭けしたり、金か銀のどちらかを選んだり、縦一列に賭けたり、色々ね。賭ける場所ごとに倍率が違ってくるけど、一番高いのは一目賭けの四十八倍ね」

「…………」

「場所ごとに賭け金の上下限が違って、あのテーブル脇の立て札に書いてあるのがそうね」


 回転盤を一心に見つめるルティカに説明していると、ディーラーの女性が「以上で締め切ります」と宣言した。

 円盤と鉄球の回転速度が徐々に落ちてきて、鉄球が五の穴に落ちた。

 着席している客が歓声を上げたり悲鳴を上げたりしている。


「あとは配当して、また次の勝負って感じね。覚えなきゃいけないのは賭ける場所の倍率と賭け金の上下限くらいね。上下限はテーブルごとで違うから、最初に軽く頭に入れておく程度でいいわよ」

「わかった。もう覚えたから、大丈夫」


 ルティカは意気揚々と頷きながらも、テーブルから目を離さない。

 配当の精算が終わると、ちょうど一人の男が席を立った。

 テーブルの周囲には観戦しているのか待っているのか、数人ほどの男が立ち見していたが、彼らに先んじてセイディがすかさず席を確保した。


「ほらルティ、座りなさい」

「うん、ありがとう」


 ルティカの着席をディーラーの女性は微笑ましく見遣り、幾ら分を賭け札に替えるか訊ねている。同席している他の七人は童女の参戦を受け、笑っていたり、胡乱げだったり、無反応だったり、様々だ。

 セイディの助言もあり、ルティカはまず2000ジェラ分を赤い賭け札に替えた。


「では、始めます」


 という言葉がディーラーの口から放たれると、他の客たちは各々テーブルの枠内に賭け札を置き始めた。

 ルティカはまだ賭けず、男たちの様子を見ながら円盤が回り始めるまで待つ。


 テーブルに刻まれた数字の並ぶ内枠には最低10ジェラから最高250ジェラまで賭けられる。

 枠外の金か銀、一から二十四と二十五から四十八、奇数か偶数などの倍率二倍枠には最低50ジェラから最高10000ジェラまでとなっている。

 縦列の三倍枠と横列の四倍枠には最低50ジェラから最高5000ジェラまで賭けることができる。

 全て最高額で賭ければ20250ジェラまでテーブルに置くことができ、それらが全て当たった場合は67000ジェラを得ることが可能となっている。


「ここにする」


 ディーラーの女性が回転盤を動かし、鉄球を投げ入れると、ルティカは十二の枠内に250ジェラを置いた。


「一目賭けは四十九分の一よ? まずは金銀とか奇数偶数で賭けてみた方がいいんじゃない?」


 とセイディは助言するも、一度テーブルの枠内に置いた賭け札はもう動かせない決まりだ。ルティカはディーラーが賭けを締め切る直前、偶数の枠に1000ジェラを置いた。


「アンタ結構豪快に賭けるわね」

「ダメだった?」

「そんなことないわよ、好きにやりなさい。でも、渡した一万ジェラがなくなったら終わりだから、注意するのよ」

「うん」


 そんなことを話しているうちに、円盤の内周をぐるぐると回っていた鉄球が数字の穴に落ちた。

 三十四の穴だ。

 と思いきや、鉄球の勢いはまだ止まっておらず、一度小さく跳ねて二つ隣の穴に収まった。

 十二の穴だ。


「おっ、凄いじゃないルティ!」

「当たった」


 片言のような淡々とした口調だが、その声音には紛れもない喜色が溢れていた。

 他の客たちも少々驚いている様子を見せつつも、相手が童女だからか、ルティカへの妬みや嫉みは感じられない。

 一勝負後の配当によって、ルティカの手元に賭け札が戻ってきた。

 勝負前は2000ジェラだったが、今では七倍以上の15750ジェラとなっている。


「幸先いいわね。まあ、初心者によくある幸運ってやつかしら」

「次も当てる」


 ルティカはディーラーの女性が回転盤を回し始めると、再び一目賭けした。今度も上限額の250ジェラを置く。続けて偶数の枠に5000ジェラを、数字の横列枠と縦列枠にそれぞれ5000ジェラを賭けた。


「ははっ、嬢ちゃん、そういう賭け方は良くねえぞ。四十んとこに一目賭けしたんなら、保険として奇数か銀に賭けたり、縦と横も別んとこにした方がいいな」

「そうよルティ、これ当たったときはデカいけど、外れたら大負けよ? というかアンタ、ホント惜しみなく賭けるわね」


 隣席に座る中年親父と後ろのセイディが助言しているうちに、賭けが締め切られた。回転盤とその中を回る鉄球が徐々に速度を落としていく。

 ルティカは一見するとボーッと呆けているような顔で、しかし本人的には真剣な気持ちで賭戯の行方を見守る。

 やがて鉄球は四十九に区分けされた穴のうちの一つに収まった。


「おおっ、また当たった!? 四十九分の一なのに凄いわね!」

「やった」


 驚くセイディや他の客に紛れて、ルティカは淡い笑みを浮かべて喜びを露わにした。さすがにディーラーの女性に動じている様子はなく、先ほどと同様に可愛らしい客へ微笑みを向けている。

 ルティカは「おめでとう」という優しい言葉と共に、またもや増えた賭け札を受け取った。今回の勝負では合計15250ジェラ賭けた結果、手元の賭け札が合計52500ジェラとなった。


「嬢ちゃんすげえツイてるなぁ。次は嬢ちゃんと同じとこに賭けてみっかな」


 などと隣席の男が言っているうちに、ディーラーの手で再び回転盤が回り始める。ルティカは鉄球が弾き入れられた直後、一の枠に250ジェラを置いた。

 すると隣席の男と対面の二人が冗談交じりに笑いながら、ルティカと同じ場所に250ジェラを置いた。その様子からは遊び半分であることが窺え、実際250ジェラ程度ならばと思っていることだろう。


「一は奇数で金だから、どうせならそこに5000ジェラずつ賭けた方がいいわよ。そこの枠は合計して10000ジェラ以内に収まるなら、分けて賭けてもいいから」


 セイディの助言に従い、ルティカは金の枠と奇数の枠にそれぞれ5000ジェラを置いた。しかし縦列と横列には一が入る場所にそれぞれ5000ジェラを賭ける。それにセイディや他の客たちは苦笑を見せるが、ルティカは気にしていなかった。


「以上で締め切ります」


 というディーラーの言葉から間もなく。二十の穴に落ちかけた鉄球が二度ほど跳ねた後、黄金に鍍金された一の穴に入った。


「うわっ、また!? アンタどんだけ運いいのよっ!?」

「おおおっ、すげえな嬢ちゃん! 三連続とかマジかよ、初めて見たぞこんなん!」


 背後のセイディと隣席の男が興奮も露わに叫び、他の客たちも驚きを隠せない様子だ。ディーラーの女性も僅かに目を見張っているが、あくまでも冷静な素振りで配当の精算を行っていく。

 当の本人は周囲の反応とは対照的に物静かで、表情に笑みこそ浮かんでいるが、それほど喜んでいるようには見えない。だがそれは見えないだけで、ローズやイヴリーナがその顔を見れば、かつてないほど喜色に溢れた笑顔だと評するだろう。


「賭け札、いっぱい」


挿絵(By みてみん)


 ルティカの手元には99250ジェラ分の赤い賭け札が山積みされている。

 その様子にディーラーの女性は少々ぎこちない笑みを浮かべた後、回転盤を回して新たな賭けを始めた。

 賭け札は回転盤が回される前にも置けて、前回まではそこそこ置かれていた。しかし、今回は誰も賭け札を動かしておらず、テーブルの枠内は閑散としていた。


「……………………」


 同席している七人の男たちは童女に注目している。

 ルティカが十五の枠に250ジェラを置くと、他の七人もこぞって同じ場所に250ジェラを置いた。続けてルティカと他の客たちは銀と奇数の枠に5000ジェラずつ、縦列枠と横列枠にも5000ジェラずつを賭けていく。テーブルの上には色とりどりの賭け札が随所で肩身を寄せ合うように積まれている。


「以上で、締め切ります」


 やや硬い声でディーラーの女性が宣言した。

 参加者以外の見学者たちも含めて、誰もが固唾を呑んで見守る中、円盤と鉄球の回転速度が落ちてくる。賑々しい賭場の一角で不自然な沈黙が流れ、鉄球の転がる音がやけに大きく響く。

 

「…………あ」


 鉄球が一つの穴に収まったとき、誰かが間の抜けた声を漏らした。それを皮切りに、同席している客たちや周囲の観客たちが驚愕に声を張り上げる。


「すっげえ! ヤッベえなおい!」

「おかげで五万も儲かっちまったよっ、あんがとな嬢ちゃん!」

「四連続って……いや、さすがに、そんな馬鹿な……」


 男たちの歓声に混じって、セイディがやや震えた声で呟きを零している。

 だがルティカはさして気にせず、今回もまた増えた賭け札を前に分かりづらい笑顔を見せている。今回の配当で合計額が14万ジェラを超えていた。

 

「次だ次っ、おれはまた嬢ちゃんに賭けるぜ!」

「これは伝説になるぞ! 五連続もイケるはずだ!」

「おい姉ちゃんなにしてんだ早く始めろよっ!」


 客に急かれて、ディーラーの女性はルティカを一瞥してから、回転盤を動かした。回り出すそれに鉄球を弾き入れる動きが先ほどまでと比べて、幾分か緊張を感じさせるのは気のせいではないだろう。

 ルティカはそんなことには気付かぬまま、喜々として賭け札をテーブルの枠内に置いた。一瞬で三十三の枠は八つの色で満ち、そこ以外にも八人全員が上限額一杯まで賭け札が出揃う。


「……い、以上で、締め切ります」


 参加者や観客はもとより、ディーラーの女性どころか黒服の警備員すらも回転盤と鉄球の行方に注目している。

 場が奇妙な一体感で統一され、期待と緊張の入り混じった空気が徐々に膨張していく。が、それは弾けることなく、ただ静寂だけが漂い続けるだけとなった。


「当たった」


 誰もが押し黙る中で、童女だけが嬉しそうな声を零している。

 それが静寂を破る切っ掛けとなり、同席している七人の男は歓声を上げ、周囲の観客たちはざわめきつつも驚愕と畏怖の念でルティカを見つめている。


「これは……イケる……最高額のとこで、みんなでやれば……っ!」


 配当の精算が行われている最中、ルティカは背後の声に振り返った。

 するとそこには笑みを強張らせて両目を見開いたセイディが震えながら突っ立っていた。


「セイディ、どうかした?」


 その問いに答えることなく、セイディはテーブル脇に積まれていた小さな木箱を手に取った。五回目の的中によってルティカの前には19万ジェラ以上の赤い賭け札が積まれている。セイディはそれらを淡々と素早く木箱に収めると、ルティカの手を引きながら一言。


「行くわよ」

「行くって、どこに?」

「みんなを集めるのよ」


 ルティカが引っ張られるままに席を立つと、同席していた男たちが興奮さめやらぬ声で何事かを叫ぶ。

 周囲で立ち見していた男たちがルティカに近づき話しかけようとするも、セイディはそれらを一顧だにせず振り切って、童女と共にそそくさとルーレットの区画から歩き去って行った。


  

挿絵情報

企画:Shintek 様

ルティカの専用PV:https://youtu.be/3Wuldr0eOoU

 

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