間話 『襲撃者たち』
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プローン皇国の皇都フレイズを発って、半年。
エリアーヌたちは順調に工作活動を続けていた。
六節ほどの旅路を経て、オールディア帝国入りして間もなく。
オーバンを筆頭とした四人の男女は、まず間者たちと合流した。帝国内だけに限らず、世界各国には皇国の息の掛かった間者――諜報や秘密工作を行う人員が少なからず存在する。事前の連絡通り、約束の場所で落ち合った彼らは破壊目標の場所や状況の説明を受けた。
そうして、オーバン、ロック、エリアーヌ、フラヴィの四人は帝国内に存在する魔弓杖製造工場の破壊工作を次々と行っていった。
エリアーヌたちは軍部から駆り出された魔法士の工作部隊であり、同じように活動する部隊は帝国各地に幾つも潜り込んでいる。他の工作部隊と密に連携を取りながら、潜在的な敵性国家に対し、内側から打撃を与えていく。
プローン皇国の直接的な敵国はフォリエ大陸の西部に存在する三国で構成されるスタグノー連合だが、オールディア帝国は彼の連合に魔弓杖を供給している。魔法適性の低い魔法士だけでなく、ただの農夫でも強力な攻撃を可能にする魔法具は脅威的だ。
スタグノー連合への魔弓杖供給を絶たなければ――せめて数だけでも減らさなければ、プローン皇国はそう遠くない将来、押し負ける。魔弓杖を積んだ輸送船を襲撃するのはもちろんのこと、製造を絶つことも必要だった。
エリアーヌたちの作戦行動は驚くほど順調だった。
ヴァジムという優秀な戦士が欠けたことで難航すると思われていたが、代替要員のロックでも十分に上手くいっていた。事前の入念な調査と少数精鋭による奇襲も功を奏していたのか、約九節の間に四つの工場を潰した。
四回目の破壊活動後、帝国内に置かれた作戦指揮所から指令が下り、エリアーヌたちはセミリア山地という僻地にある製造工場へと向かった。
「なあ、クソ暑くねえかぁ?」
鬱蒼と木々や草花が生い茂る森の中に、軽妙な響きの声が小さく上がった。
「帝国が暑いのは今更でしょ」
「いや、そうだけどよ……森ってジメジメして湿気が凄いだろ? 昼間なんて蒸し風呂かよって暑さだったし」
フラヴィの素っ気ない反応に、ロックは呻くように愚痴を垂れる。
「つーか、この覆面が全て悪い。あーもう嫌だ、脱ぎたい……」
二人のやり取りを横目に見ていたエリアーヌは、覆面の内側で小さく溜息を吐いた。ロックの言葉通り、顔を隠すための装備品が不快指数を際限なく引き上げていることは確かだ。しかし、言葉にされると余計に暑さを意識してしまい、これからに備えて集中できない。
「ロックさん、私語は慎んで下さい。今はもう作戦行動中です」
「そうよ、さっさとその気持ち悪い口を閉じなさい。いい歳して子供みたいにボヤいてんじゃないわよ」
「へいへい」
女性二人から苦言を呈され、ロックは怠そうに二度頷いた。
別段、エリアーヌはロックの言動がそれほど煩わしかったわけではない。行動開始直前になると、ロックが何かと口を開いてはフラヴィが注意する様子はいつものことだ。それが彼なりに緊張を解そうとしてのことだと、エリアーヌもいい加減理解している。だからこそ隊長であるオーバンはロックの言動に目を瞑っている。
とはいえ、皇国出身者にとって帝国の気候がなかなかに堪えるのは事実だ。
もしヴァジムが不慮の襲撃を受けることなく帝国入りしていたなら、彼は熱暑など柳に風と受け流していただろうが、ロックはエリアーヌと同じく皇国で生まれ、皇国で育った。さすがのエリアーヌも暑苦しさを助長する言葉は聞きたくなかった。
「そろそろ行動を開始するぞ」
オーバンの放った一言に、エリアーヌは表情を引き締めた。というより、反射的に身が引き締まり、思考が切り替わった。
四人が四人とも覆面をしているせいで、互いに表情は確認できない。これまでの作戦でも覆面をしてきたので、いつも気怠げなフラヴィがエリアーヌと同様の反応をしたのかは不明だし、ロックも然りだ。オーバンは普段通り厳めしい表情をしているのだろうが。
覆面だけでなく、四人は服装までほとんど同じだ。全身は夜闇に溶けるような黒一色で、装飾性の皆無な長袖長ズボン。腰にはそれぞれの得物とポーチがあるだけで、身軽さが重視されている。
「事前の打ち合わせ通り、俺とフラヴィ、ロックとエリアーヌのペアでいく。準備はいいな?」
その言葉に三人はそれぞれ頷きながら了解を返し、二人一組になって移動を開始した。
■ ■ ■
セミリア山地の工場――通称セミリア工場への襲撃は東と西の両側から同時に行われる。そのため、エリアーヌはロックと共に木々や草々の間を縫い、西側へと移動していた。
「なあ、エリアーヌちゃん。今回の作戦、ほんとに俺たちだけで大丈夫だと思うか?」
数歩先を行くロックから問いかけられ、エリアーヌはやや逡巡してから応じた。
「大丈夫でしょう。今回は都市内ではありませんし、ここの警備はそれほど厳重ではありません」
「ま、そうなんだけどな……」
ロックは静かな声で、呟くように同意を示した。
これまでは例外なく他の工作部隊と協力して破壊工作に臨んでいたが、今回は違った。事前の調査によって判明したセミリア工場の様子から、今回の作戦はエリアーヌたち四人だけでの決行となっていた。
「にしても、なんでこんな僻地にあるのかね。秘匿性ってやつを考えれば納得できないこともないんだけど」
「……ロックさん、お気遣いは無用です。私は適度に緊張しているだけですから、これ以上解さないでください」
ロックが無駄話をするのは自分のためなのだと、半年も行動を共にしていればエリアーヌにも理解できた。野鳥や虫々の夜鳴きで森は少々喧しいとはいえ、声が響いて敵に気付かれないとも限らない。獣人の聴力は人間より遥かに優れている。
「んじゃ、気遣いなしの話だけど……このへんって、魔物いなくないか? いや真剣に」
このセミリア山地――正確にはセミリア工場周辺にだけは魔物がいない。全くいないわけではないが、余所と比べて明らかに少ない。それは誰かが定期的に狩っていることを意味している。
「このへんの魔物って、猟兵協会じゃ七級前後のやつが多いって話だろ? こんな深い森で魔物共を定期的に狩るってのは、そう簡単なことじゃねえ」
「それは昨日も話したことですよね?」
「いや、そうだけど、オレが言いたいのは油断禁物ってこったよ。これまでは市壁の内側で建物ん中を突っ切って逃げてきたわけだけど、今回は違う。人にばっか気を取られて、魔物に足下すくわれるのも馬鹿らしいだろ?」
エリアーヌはこの半年で、ロックという男がどんな人間なのかを良く理解している。普段こそ軽薄そうな振る舞いが目立つが、作戦行動時は心配性なまでに思慮深く慎重になる。
エリアーヌは男を嫌悪しているが、もはやロックのことは男として見ていなかった。彼は男である前に仲間なのだと、エリアーヌは自分に言い聞かせていた。だからこそ、こうして二人きりでも問題なく行動できている。
「分かっていますよ、ロックさん」
落ち着いた声を返したエリアーヌをロックはちらりと振り返り、微かに笑んで見せた。
「そろそろ切り替えていくか、アン」
「そうですね、ゼオ」
二人は互いを任務中に使用する別名で呼び合い、頷いた。
それからは黙して、目標地点まで静かに歩みを進めていく。
エリアーヌは歩きながらも周囲を警戒する。ロックの言うとおり、魔物には気をつけなければならないし、ないとは思うが夜間警備の兵とひょっこり出くわさないとも限らない。
今日の紅月はかなり細々としているので普段よりは仄暗いが、反して小さな黄月は相も変わらず丸々と爛々と輝いている。辛うじて夜目が利く薄闇の中、迷いそうになる森を上下左右に気を払いつつ足を進ませる。
しばらく歩くと、森の開けた場所にどっしりと居をかまえるセミリア工場が見えた。二階建てで幅広のその建物は、一見すると魔弓杖という凶悪な武器を製造しているようには見えない。ただの大きな倉庫のようである。
事前情報によると、セミリア工場は最終的な組み立てを担当する工場ということだった。魔弓杖の製造工場は六種あり、各部品の製造を行う部品工場が四種とそれらを集めて完成品にする組み立て工場、そして全てを一所で行う独立工場がある。
これまでのエリアーヌたちは部品工場ばかり狙ってきた。魔弓杖は魔法具であり、魔法具の製造は魔工技師が行う。魔工技師の集う部品工場を狙う方が根本的な打撃を与えることに繋がるため、効果的だった。しかしだからといって、組み立て工場も放ってはおけない。
セミリア工場が僻地にあるのは、その存在を秘匿するためなのは明白だ。実際、各部品の輸送は複数の大手商館に協力させ、通常の積荷と区別が付かないようにしている。
なだらかな起伏と深い森林地帯の続く広大なセミリア山地の一角は、帝国東部の南北を繋ぐ通商路の一つでもある。道なき道に逸れてセミリア工場に寄り道し、部品を受け渡すと共に完成品を受け取り、再び街道に出て山地を抜ける。その密かな輸送作業と、こんな僻地にあるはずがないという先入観が、これまで皇国の目を欺いてきた。
「アン、準備はいいか?」
「はい」
エリアーヌは月光に照らし出されるセミリア工場に目を向けたまま、屹然と頷いた。工場の周囲にはエリアーヌから見えるだけで二人の歩哨が椅子に腰掛けて雑談している。実に緊張感のない光景だった。
ロックは左手首に着けているバングルに目を落とす。小さな貴石が嵌め込まれたそれは《聖魔遺物》特有の流線的な造形をしており、全身黒一色の味気ない格好の中で少し浮いている。
バングルにロックが魔力を通すと、貴石が一定の間隔で青く点滅した。今度はすぐに赤く点滅し、それだけで距離を隔てた無言の合図が成立する。対となったバングルを任意に点滅させられる《聖魔遺物》は隠密的な作戦行動に有用だが、同時に非常に高価な貴重品でもある。
「あっちも準備完了だってよ。んじゃま、作戦通り始めますか」
「了解です」
小声で、しかし凛と応えてエリアーヌは右の掌を身体の前に突き出した。
革手袋に包まれた右手の先には工場前で駄弁る二人の男の姿がある。まずは障害となる人員から排除せねばならないが、仕留め損ねることなく確実に、一瞬で息の根を止める必要がある。
翠眼を敵意に染めて体内の魔力を整調し、エリアーヌは場違いなまでに滑らかな口調で詠い上げた。
「捧げるは冷血、求むるは熱血、我に無慈悲なる至風を与えよ。
切り裂き尽くせ王威の風刃、世に遍く強者を滅尽せよ――〈風血爪〉」
唱え切ると同時に、エリアーヌは右手を握り締める。すると、椅子に座っていた男二人が唐突に盛大な血飛沫を上げ、裂けた。悲鳴を上げる間もなく、肉体は不可視の刃たちによって骨まで綺麗に切断され、血だまりを作った。
そこに先ほど舞い上がった鮮血が血雨となって降り注ぎ、静かに雨音を立てる。岩をも切り裂く風刃の前には肉体など紙屑同然であり、彼らが肩に掛けていた魔弓杖も寸断されてしまっていた。
あまりに残虐的すぎる一方的な殺人を前に、しかしエリアーヌもロックも動揺しない。するはずもない。彼女らの任務は殺人と破壊が主なのだから。
ロックがバングルで素早く無音のやり取りを行う。
それからすぐに、二人はどちらからともなく走り出した。身を潜めていた茂みから音もなく飛び出て、工場へと駆けていく。
初撃でほぼ無音で夜間警備を排除し、それはオーバンたちの方も同様だった。まずは順調に事が運んでいる……とエリアーヌが思った矢先、周囲一帯の森に甲高い音が響き渡った。
「――気付かれたか!?」
ロックが呻くように低く漏らして、双眸を細めた。
笛の音と思しき高音は工場内部から聞こえてくる。
エリアーヌは信じがたい思いで満ち満ちていた。風魔法による人体裂断に物音はほとんど立たなかったはずだし、仕留めた二人がいた近くに窓はなかった。工場内にいる者からは見られたはずがなく、音を聞かれたはずもない。
「ッ……こうなったら全力でいくっきゃないか!」
ロックは足を止めず、舌打ちしてから吹っ切るように叫んだ。エリアーヌは返事をする代わりに強く地を蹴り疾走する。
気付かれたからといって、すごすごと撤退するわけにはいかなかった。ここで一度退いてしまえば警備が厳重になり、再度の奇襲は困難を極めることになる。今ならばまだ敵方は混乱しており、寝起きの身体は思考鈍化と戦力低下を期待できる。
もはや攻める以外に道はない。
そうして、夜の戦いが始まった。
■ ■ ■
「ローズ!」
という幼気な悲鳴が否応なくエリアーヌの意識を引きつけた。
眼前の仇敵から、先ほど二人の女児が互いに名を呼び合っていた一方――階段上の子へと一瞬だけ視線を転じる。すると、カルミネの毒牙に掛かろうとしていたもう一人の女児が、いつの間にか階段を上って赤毛の子を突き落としていた。
エリアーヌは瞬間的に疑問を覚えた。赤毛の子――ローズは一糸纏わぬ全裸であり、彼女はノビオを攻撃した。一人はボロ切れを着てはいるが、女児三人は同じ境遇に置かれていた奴隷のはずだ。にもかかわらず、ボロ切れの子がローズを階段から突き落とした。
カルミネは全ての女性の敵であり、この世で最も死すべき卑劣漢だ。だがボロ切れの子は、カルミネを攻撃したローズを害する行為――つまり最低の変態野郎に味方する行動をとった。
それが意味するところはなんだ……と考えて、すぐに結論が導き出された。
カルミネが年端もいかない女児を騙している。
エリアーヌはカルミネに関するここ一年ほどの噂を知っている。
この変態野郎が十にも満たないような女児ばかりを犯しているという最低最悪の噂だ。それ故に指名手配され、しかし一向に捕まらないという話も耳にしていた。
だからこそ、こんな僻地で予期せず仇敵と再び相まみえた現実にエリアーヌは激昂した。あまつさえ、女児二人の側にカルミネがいた光景に危機感を覚えて、彼女らのためにも助けに入った。
しかし女の敵は女児一人の心を掌握していた。
なんたる卑劣っ、畜生にも劣る外道の変態は一秒でも早く滅殺すべし!
などと、エリアーヌの脳内が憤怒で満たされるが、しかし彼女は少なくない隙を見せてしまった。一瞬とはいえ、並の魔法士を凌駕して余りある男から目を離したのだ。
「――っ!?」
カルミネが小さな何かを投げつけてきていた。
エリアーヌは飛来するそれを反射的に躱そうとする。しかし、激情に溺れかけていた彼女は注意を怠った。故に投擲されたものをろくに確認せず、最小限の動きで躱して細剣による一撃を叩き込むという戦法をとった。
「我が威迫は痛哭の結露――〈魔弾〉」
変態野郎は間を置かず、今度は流れるような詠唱によって初級の無属性魔法が放たれる。〈魔弾〉は一小節の詠唱で行使できる極基本的かつ単純な初級魔法で、魔弓杖のように直線的な軌道をとる。カルミネの放った仄白い光弾はエリアーヌが躱そうとしている何かに向かって宙を奔る。
そこで遅まきながら、彼女は気が付いた。
「く――っ」
二つが接触した瞬間、一刹那だけ眩い光輝を発した後、カルミネの魔弾が中空で十以上に増加した。分離した白光弾は全方位に拡散し、通常の〈魔弾〉と遜色ない輝きをもって飛来する。
エリアーヌは既に本来の軌道上には身を置いていなかったが、拡散した魔法のうち、二発が彼女の身体を捉えた。
「ぁ、ぐ……っ」
被弾直前で魔力を最大限に励起させたおかげで、〈魔弾〉の威力は低減した。しかし衝撃には抗えず、派手に吹き飛んで背中から壁に激突してしまう。
致命的な隙だった。
「この身は霧となりて霞みゆき、致命の剣閃が空を斬る。
稚拙な眼光は乱れ反して彼の者自身を射貫き、その容貌すらも霞みゆく――〈幻鏡霧〉」
エリアーヌの視界は瞬く間に白い靄で埋め尽くされた。霧には幾人もの自分自身が映し出され、しかし自分の身体が全く見えず、自分がどこに立っているのか分からなくなる。奇妙な錯覚に襲われながら憎き卑劣漢の姿を探すが、当然のように影も形も見られない。
「うっ、く……柔を圧せ、剛を崩せ、殺戮の血華を我に捧げよ――〈風槌〉!」
敵の位置を予想してがむしゃらに風の槌を放って攻撃しつつ、その余波による風圧で幻影の霧をも吹き飛ばす。
エリアーヌは油断なく身構え、晴れた視界で仇敵の姿を探す。パチパチと音を立てて燃える木箱の破片と水浸しの足下、それに魔弓杖の残骸が戦闘の痕跡を物語っているが……それだけだ。先ほど階段上にいたボロ切れの女児も、隅の方で木箱の影に隠れていた女児も、カルミネ同様に消えている。
「あの男……っ!」
咄嗟に階段を駆け上がって追撃しようとしたが、階段下で倒れている赤毛の女児を見て、思い留まった。しかしエリアーヌはあまりの屈辱を抑えきれず、壁を思い切り叩く。グローブ越しに鈍い痛みが脳髄を苛むが、今の彼女には痛みなど全く気にならない。
なぜあの場面でカルミネは攻撃性の魔法ではなく幻惑魔法を行使したのか、その理由は不明だ。不明だが、あのときエリアーヌを殺せば、この地下から脱出するのが容易だったのは確かだ。
しかし、カルミネは敢えて――追撃される危険を冒してまで、幻惑魔法を使っての逃走を選んだ。情けを掛けられたか、あるいは馬鹿にされたのか……
いずれにせよ、エリアーヌにとっては命拾いしたと同時に、仇敵から見逃されたという屈辱的な事実が残った。
「…………ふぅ」
激昂状態による乱れた呼吸をなんとか鎮めて、エリアーヌは大きく深呼吸した。
今は我を失っている場合ではない。
階上からはまだ戦闘の気配が消えていない。私怨に囚われ大局を見失えば、自分だけでなく仲間の命も危機に瀕する。
それに何より、
「なぜ、魔女が奴隷に……」
様々な意味で、あり得べからざる事だ。
もはや意味不明としか言いようがないが、エリアーヌは階段下で気絶する女児を改めて見下ろし、混乱しかける思考を強引に抑え込んだ。
考えるのは後でいい。今はローズという小さな魔女の安全を確保しつつ、仲間と合流して、任務を果たすことが重要だ。
鋭く息を吐いて表情を引き締めると、とりあえず覆面を被り直す。先ほどは興奮するあまり、カルミネに自身の顔を見せつけてやるため、脱いでいたのだ。我ながら容易く頭に血が上ってしまい、己が未だ過去に囚われていることを自覚して、舌打ち混じりの溜息を溢した。
「……よし」
エリアーヌは強く己を戒めて冷静を心掛けると、本来とるべき行動をとっていった……。