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幼女転生  作者: デブリ
七章・黄昏編
149/203

第九十九話 『狩猟温泉生活 前』★


 サースナは割と小規模な町だった。

 小高い山の中腹に位置し、きちんと市壁もそびえ立ってはいるが、全体的にこぢんまりとしている。

 早朝にクルブニーを出発した俺たちは昼飯時に何事もなく到着した。


「この町、温泉があるんですね!」

「みたいねっ。温泉はお肌に良いっていうし、しばらくは毎日通えそうだわ!」


 町の通りの只中で、俺とベルは喜びを分かち合った。

 まあ、正しく分かち合えてはいないのだろうが。


 先ほど町の上空から煙――もとい湯気の立ち上っている一帯が見えた。

 昼食のために露店に寄りつつ、店主のオッチャンに情報収集してみたところ、それは温泉らしかった。北ポンデーロ大陸には有名な温泉街があるというし、ここ魔大陸東部は北ポンデーロ大陸の影響下にある。

 きっと温泉を愛する人々がこの町を作ったのだろう。

 グッジョブと言っておこう。


「温泉はともかく、この町周辺の地形を見るに、目的のキングブルはおらぬように思えるのだが……」

「そうですね。キングブルは温暖な平原に比較的多く生息すると聞きます。サースナ周辺は温暖とは言い難いですし、平原というよりは湿原に近い感じです。それに標高は低いとはいえ高地ですから、この辺りには……いるのでしょうか?」


 真面目なユーハとイヴの二人は今後のことを懸念してくれている。

 俺としてもキングブルがいなさそうで、アインさんにどういうこっちゃと問い詰めたい気持ちはある。が、別にペナルティも何もないらしいので、気楽にやっていける。

 日の出ているうちは町の外でキングブル探しを行い、町に帰ってきたら温かな飯と温泉。

 最高かよ。


 何はともあれ、まず俺たちは宿屋を探すことにした。

 露店のオッチャン曰く、この町には普通の宿と温泉宿があるらしい。といっても温泉宿は二軒しかないようで、そもそもこの町の源泉はそう多くないそうだ。

 温泉宿とは別に、町の二ヶ所に共同浴場が建てられているらしく、町の周辺には露天風呂が点在しているとか。

 

「温泉宿と普通の宿、どちらにします? 宿代を考えれば、普通の宿の方がだいぶ安いそうですけど……」

「そうねぇ、ひとまずは普通の宿にしておきましょうか。宿に泊まらなくても温泉だけ利用することもできるそうだし、そこの湯が気に入ったら移ればいいと思うわ。ローズちゃんの言うとおり、お金のことを考えると普通の宿屋さんの方がいいわ」


 温泉宿の温泉は個人経営なので割高だが、共同浴場の方は町が運営しているので比較的安い。まずは町の温泉を巡ってみて、様子を見てみるのが無難だろう。


 ちなみに、この町の滞在費用にベルの金を使わせるつもりは毛頭ない。

 アインさんの指示とはいえ、俺の事情に付き合わせているからね。チュアリーで入手した汚い金はまだ100万ジェラ以上残っているので、これで賄う予定だ。

 三節毎あたり一人6万ジェラの出費と考えても、余裕で足りる。多少の贅沢もできるし、キングブル探しのついでに色々魔物を狩る予定なので、常時収入も期待できる。とはいえ、節約するに越したことはないので、無駄使いはせず堅実にいくよ。


「少しだけ変な匂いがしますね」


 町の散策も兼ねて宿探しをしていると、イヴが軽く鼻を押さえた。


「温泉特有の匂いですよね。でも……思ったより匂いませんよね」


 もっと硫黄とか何とか、町全体が独特の匂いに溢れているかと思ったが、そうでもない。意識して嗅いでみると微かに匂う程度だ。泉質によって色々変わってくるらしいし、前世の常識が通用するとも限らないから、別段おかしくはないのだろう。

 

 町の所感を話題に雑談しつつ、何軒か宿を見定めた後、小綺麗なところにチェックインした。宿代は食事なしで一人あたり1300ジェラだった。

 明日合流予定のジークハルトたちのことを考えて、今のうちに隣り合った三人部屋を二つ押さえておいた。今日の宿泊人数は四人だが、三人部屋を二部屋とったので、今日の分は計7800ジェラとなった。

 

「それにしても、鬼人って凄いですよね。魔眼があって、相識感みたいなものもあって、耳もいいですし、更に空まで飛べるっていうんですから、凄すぎです」


 着替えなどの荷物を宿に置いて、次は情報収集のために猟兵協会へ向かう。

 その道中、俺は昨日のことを思い出して、三人に鬼人の話題を振ってみた。


「そうですね。鬼人族は謎の多い種族とされていましたから、私も驚きました」

「アタシ、鬼人ってもっと得体の知れない種族だと思ってたけど、あんなに可愛らしいとは思わなかったわ」

「そもそも、どうして鬼人族のことって全然知られてないんでしょう? どの本にも詳しくは書かれてなかったですし、噂は色々あるようですけど、どれもあやふやですよね」


 鬼人の存在自体は周知されているのに、実際に会ったことのある人や詳しい実態を知る人は全然いなかった。婆さんはきっと知っていたんだろうけど、あまり話したがらないようだったし……何か理由でもあるのだろうか。


「以前、風の噂で鬼人族は不老にして不死の種族という眉唾な話を耳にしたことがある。ゼフィラ殿の様子を見ていると、それも強ち間違いではないのかもしれぬと思えるが……どうなのだろうか」

「折を見て本人に訊いてみましょう。まあ、素直に答えてくれるとは思えませんけど……」


 ちなみに、ジークハルトとルティカはゼフィラに抱えて飛んでもらい、明日の朝方に合流する手筈となっている。あの銀髪美少女に成人男性と幼女の二人を抱えられるキャパがあるとは思えないが――そもそも翼すら生えていないわけだが、ジークハルト曰く問題ないらしい。

 ただ、ゼフィラ本人は面倒臭そうにしていたが。

 にしても、やはり鬼人ってのはよく分からん種族だな。


「あ、そこの露店に卵が売ってるわよ。温泉卵ですって、ちょっと食べてみない?」

 

 ベルが道端の露店を指差し、提案してきた。さっきの露店で昼食は済ませたが、せっかくなので俺もユーハもイヴも賛同する。

 

「……あと、ちょっとだ」


 ふと一人呟きながら、青々とした空を見上げる。

 とりあえず、今年いっぱいまでだ。

 今いるオッサン二人と翼人美女、そして明日から加わる隻腕野郎と魔幼女と銀髪美少女、そして俺を入れた計七人で一期弱の間やっていく。

 そうすれば、館に戻れる。

 婆さんに褒めてもらい、元気なアルセリアを見て、クレアに叱ってもらって、セイディにお尻ペンペンされて、リーゼとサラに怒られながらも抱きつかれて、メルに抱きついて、アシュリンを撫でてやる。オルガが持ち帰った火竜の卵も孵っているはずだから、未だ見ぬ幼竜も可愛がってやろう。

 そしてその後はレオナ捜索の旅へと出掛けるのだ。


 それまでは、このプチ温泉街で猟兵温泉ライフと洒落込もう。

 美幼女と美少女と美女が一緒だから、きっと楽しくなるはずだ。

 鬼人という存在は気になるが、まあ大丈夫だろう。


 こうして、猟兵と温泉の日々が始まった。




 ♀   ♀   ♀




 地平線は稜線に取って代わり、悠々と広がる大地にわた雲の影が横切る。

 これまでの日々でも大自然の偉容は見飽きるほど見てきたが、人気のない草原の只中を歩いていると、自然の雄大さを嫌でも実感する。その度に、この世界という一つの巨大な生物にとって、俺一人の存在などはミジンコと同レベルの小ささなのだと教えられる。

 しばしば才能ある魔女だともてはやされてはいるが、所詮はちっぽけな一人の人間なのだ。


「あぁ……人って小さく弱い生き物ですよね……」

「いきなりなんだ小童、妙に悟った声でらしく呟きおって。本当におかしな奴だの」


 馬上でゆったり揺られていると、フーデッドローブの鬼人から紅い瞳を向けられる。だが俺は特に頓着せず、ボーッと景色を眺めていく。


「キングブル、いないわねぇ」

「目的の魔物以外はおるようだが。何かこちらに向かってきておるな……」

「たぶんコカトリスでしょう。ルティ、またお前が狩るか?」

「うん、ぼく、狩る」


 みんなの注目する方にぼんやりと視線を向けると、黒っぽい何かがこちらに近づいてくる。俺たちは馬を止め、その接近を待ち構えることになった。

 次第にはっきりと姿形が見えてきて、そいつらが鶏とトカゲを足して二で割ったような、奇妙な生物であると分かった。この辺りではメジャーな魔物コカトリスさんだ。五匹仲良く獲物こちらに向かって駆けてくる。


「ローズちゃん、万が一のときは援護頼む」

「はい」


 ルティとジークを乗せた馬が俺たちの前に出た。

 そして魔幼女だけ地面に降り立つと〈土壁ルォ・スー〉の魔力波動を放ち、足下の地面を一リーギスほど隆起させて、視線を高くしてコカトリス五匹と向かい合う。癖っ毛の長髪を微風になびかせながら、魔幼女が小さな手を向けた。

 その頃にはイヴが上空から降下してきて、抜剣した状態で低空から様子を見守る。


挿絵(By みてみん)


「……………………」


 眠気にも似た穏やかな心地を振り払い、念のため俺も注意しておく。

 まあ、心配はいらないと思うけど。


「ん」


 まずルティは下級魔法〈岩弾ト・スート〉を放った。

 コカトリスは二本足で尻尾が長く、全長は二リーギス前後の俊敏な魔物だ。

 まだ優に百リーギスは向こうにいる似非鶏に、ルティは五、六発連射する。どれも狙いは正確だったが、素早く回避されたので命中したのは一発だけだった。


 五匹が四匹になっても、連中は臆した様子も見せず突っ込んでくる。だがルティに動じた様子は全くなく、むしろ予想通りといった風体で更なる魔力波動を放つ。

 今度は中級魔法〈砂刃イレ・サード〉だ。

 間を置いて計三発を繰り出すが、端から見ると狙いは適当だ。

 コカトリスたちは一刃目を横にやり過ごし、その後うち一匹が迫る二刃目をジャンプして躱した。奴らに空は飛べないが、一応翼はあるので三リーギスくらいは跳躍できる。しかし着地したところを三刃目に襲われ、呆気なくスライスされた。


「あと、三匹」


 どことなく楽しそうに言いながら、ルティは続けて魔力を練る。

 先頭を走っていた似非鶏が突然バランスを崩した。

 かと思うと、奴を中心とした五リーギス四方の地面が一瞬で陥落し、その分だけ小石や土塊が盛大に浮き上がる。魔物は身体の半分が沈んだところで健気に翼を羽ばたかせ始めるも、その周囲に浮いた大地の欠片が一斉に奴へと襲いかかった。

 もはや土埃で見えないが、無数の天然凶器に全身を蹂躙されて埋葬され、既に息絶えただろう。地面が崩壊し浮遊し襲撃するまで、ものの一秒程度しか掛かっていない。

 土属性特級魔法の〈地壊圧レスプ・ジォ〉だ。


「あと、二匹」

 

 ルティと似非鶏との距離は残り四十リーギスほどだ。

 今度は先ほどよりも幾分か弱い魔力波動を振りまき、中級魔法の〈荒砂撃イプス・サード〉を行使した。

 荒れ狂う砂の奔流が右手から放たれる。モロに喰らえばやすりをかけられたように全身を削磨され、魔法力如何では数秒で骨すら塵と化す。

 十分に収束されたそれは一匹の身体を捕らえ、喧しい悲鳴を上げながら左右上方に回避しようとするコカトリスをルティは上手く捕捉し続ける。


 しかし、その隙にもう一匹が距離を詰めてきた。

 ルティはそいつに左手を向け、更なる魔力波動を放つ。同時行使された上級魔法は大地から天を突くように現象するも、そこは既に似非鶏が走り去った後だった。

 右手の〈荒砂撃イプス・サード〉の収束が大きく拡がり乱れつつも、再度放たれた〈石槍スラ・ロー〉は見事に標的の身体を貫く。そこで矮躯からの魔力波動を途切れさせると、既に動いているコカトリスはいなかった。

 二十リーギスほどの位置に、串刺しにされて絶命した凄惨な死体と、血と砂に塗れた奇形の死体があるだけだ。


「終わった」


 魔物共の惨状を見回し、満足げに呟く魔幼女。

 彼我距離が十リーギスを切ったら〈風血爪ルゲ・ディラ〉で瞬殺する予定だったが、やはり俺の出る幕はなかったな。


「ジーク、お姉ちゃん、ぼく、一人で、できた」


 自作した高台から草地に降り立ち、微かに口元を緩めるルティ。


「さすがだな、良くやった」

「お見事です」

「うん」


 ぱっと見では普段と表情に変化はないが、たぶん喜んでいる……はずだ。

 何分まだ付き合いが短いので、判別し難い。


「だが、いつも言っている通り、あまり油断はするなよ。倒せるのならすぐに倒してしまった方がいい」

「でも、それだと、つまらない」 

「つまらなくても、安全が第一だ。最後の一匹、一度狙いを外しただろ? 一度の失敗が死に繋がることもあるんだ」


 ジークの言うとおり、ルティは油断しているというか、狩猟を楽しんでいる。

 本当は〈砂刃イレ・サード〉のところで全匹仕留められたはずなのに、そうしなかった。どころか一刃目と二刃目でコカトリスの動きを誘導し、三刃目で仕留めていた。それだけできるならあの時点で全キルできたのに、そうせずに接近を許し、わざわざ特級と中級と上級の魔法を使い、一匹ずつ別々の魔法で片付けた。

 

「まあ、いいじゃないですか、ジークさん。色んな魔法を使って魔物を狩るのって、楽しいんですよ。一人のときなら未だしも、今回はみんながいたわけですし」

「うん、だから、安心」

「ああ、分かってるさ。俺も小うるさく言いたいわけじゃない。ただ、油断する癖が付くといけないからな」

 

 ジークの言葉に、俺と同乗しているユーハが「……うむ」と同意している。

 たしかに癖になったらまずいね。

 

「相変わらず過保護だの、お主は。一度くらい足をすくわせて窮地に立たせた方が、度々言い聞かせるより余程効果があるだろうに」

「その一度で死ぬかもしれないだろ。不死の鬼人と一緒にするな」


 ゼフィラは馬の手綱を握りながら肩を竦めている。その傍らでは飛んでいたイヴが地に足を着け、特に誰へ向けるでもなく報告する。


「やはりこの辺りにキングブルはいないようです」

「そのようなことより、もうとうに昼飯の時間を過ぎておる。小娘よ、ここらで休息に適した場はあったか?」

「ここから北東へ少し行ったところに、良い岩場がありました」

「ならばそこへ行くぞ」


 ゼフィラは一人勝手に北東の方へと馬を進めていく。

 誰も反対はしなかったので、俺たちもその後を追った。

 馬は四頭レンタルしており、俺とユーハ、ジークとルティ、ゼフィラ、ベルがそれぞれ乗っている。ちなみに、さっきルティが倒したコカトリスたちは燃やさない。

 キングブルをおびき寄せるために、敢えて放置しておく。

 燃やすのも面倒臭いしね。




 ♀   ♀   ♀




 移動中はみんなと雑談しつつも、俺は暇を持てあまして広大な草原を漫然と眺めていく。サースナの町はやや高地にあり、今いる場所もまだ少し高いせいか、ここより低地に広がる丘陵や森、川などを広々と見渡せる。

 それら自然の景色を見ていると、とりとめもないことが思い浮かんでは消え、馬上の揺れが眠気を誘う。

 

 サースナの町を拠点に狩猟温泉ライフを始めて、早十日。

 特に何事もない毎日に、俺は気が抜けていた。こうして町の外にいる今も、緊張感すらなくリラックスして景色を楽しめるし、あくびも漏れる。

 これはもうスローライフと言ってもいい。

 だからこそ、さっきは世界の雄大さと人のちっぽけさなどに思いを馳せてしまっていた。魔物は弱いし、キングブルはいないし、空気は上手いし、天気もいい。

 サースナ周辺は少々肌寒く、最近は十五度くらいの気温が続いているので、陽光の温かさが非常に心地良く感じられるのだ。


「うぅむ……ベル殿、今のところをもう一度頼む」

「ええ、いいわよ。あぁそれとね、ユーハちゃんはもう少し舌を使った発音を意識してみた方がいいわね」


 最近、ユーハはベルから北ポンデーロ語を学んでいる。

 ここ魔大陸東部は北ポンデーロ語圏で、サースナでも北ポンデーロ語が主流だ。それにルティカだけエノーメ語が使えないので、彼女にはイヴが優しく教えている。やたらと暇な時間が多いため、言語学習には最適だ。

 ジークはネイテ語を話せるから、俺もたまに野郎を練習相手にネイテ語の習熟に励んでいる。


 しばらくして目的のポイントに到着した。

 無骨な塊が地面から生えるように台地状に突き出しており、高さは五リーギスほどか。〈石槍スラ・ロー〉の応用で杭を作り、そこに馬の手綱を括り付け、俺たちは岩に上った。

 ほぼ真っ平らな天辺に腰を落ち着けて、少し遅めの昼食にする。


「小童、夢に出てきた神という話、本当なのであろうな?」

「……またその話ですか?」


 具沢山のバケットサンドを頬張っていると、フードの奥から胡乱な紅眼に睨まれる。だが俺は特に怯まず、面倒に思いつつも応対した。


「その神とやらの話を詳しく聞かせよ。容貌やら特徴を説明するのだ」

「もう何度も言ってきましたけど、よく覚えてないんですよ」

「お主の言う神とやら、興味深くはあるが、どうにも解せぬ。お主ほど異質な存在ならばあるいはと思っておったが……やはり妄想の類いなのであろう? でなくば、何のためにキングブルを十頭狩れなどと命じられるのだ」


 疑う気持ちは分かるが、妄想とは言えない。

 かといってアインさんのことを正直に話すわけにもいかない。

 

「でも、抗魔病のことは正しかったんですから、今回も何か理由があると思うんです」

「鬼人族なら抗魔病くらい誰でも知っておるわ。つまりだ、お主の言う神とやらは鬼人なのではないのかの? 夢だと思っておるようだが実は現実で、あるいはお主が嘘を吐いておるか……妾は後者だと思っておるのだがの」

「…………」


 ちなみに、この前聞いたところによると、ゼフィラも抗魔病のことは知っていた。試しに症状や治療法を聞き出してみるとアインさんや白竜島で得た情報と同様だった。だから真竜肝という治療法は確かなはずで、今頃アルセリアは元気に日々を送れているはずだ。


 それを確信できたことは収穫だったが……。

 この銀髪美少女、他のみんなと違って色々突っ込んでくるから困る。


「お主、実はどこぞの鬼人から密命か何かを受けておるのではないか? 妾と出会ったときの反応を見るに、その相手をお主が鬼人だと知らぬだけで」

「夢だし姿は覚えてないって言ってるじゃないですか。そもそも、なんで鬼人が密命を出すんですか?」


 という俺の質問を意味深な微笑みで華麗にスルーし、ゼフィラは問いを投げてくる。


「その神とやら、そこの小僧のように眼帯をしておらんかったか?」

「え……?」

「ふむ……違うか、《黎明の調べ》ならあるいはと思ったが……」


 何か思い当たる節でもあるのか、フードの向こうで目を伏せて小さく唸る。

 ゼフィラは神という存在を信じていないらしいので、疑う気持ちは分からないでもないが、もう勘弁して欲しいね。 


「そのくらいにしておけ、ゼフィラ。正直、俺としても夢に聖神アーレが出てきたというのは信じがたいが、ローズちゃんは魔女だ。抗魔病とやらの話は本当だったんだし、それならば信じないわけにはいかないだろう」

「そうですね、何の意味もなく聖神が夢枕に立つとは思えませんし」


 ジークとイヴの二人は俺の話を信じてくれている……と思う。

 それはそれで心苦しいな。でもアインさんやその神の存在は他言しちゃいけない約束なので、夢と言い張る他ない。


「神様、どうでもいい。みんなで、魔物狩り、楽しい」


 全然楽しそうには見えない様子でルティが言い、真隣に座る俺に目を向けてきた。相変わらず感情の色に乏しい顔だ。


「お姉ちゃん、楽しい?」

「ええ、そうですね。ルティと一緒だから楽しいです」


 ルティは「うん」と頷いて、バケットサンドを小さな口ではむはむと食べる。

 大変可愛らしい。癒されるね。


「二人ともすっかり仲良くなったようだな」

「お姉ちゃん、魔法、すごく上手。魔物狩り、一緒にすると、楽しい」

「そうか、良かったな」


 ジークは安心したように微笑みを見せ、幼女の頭を撫でる。

 そうしながら野郎はルティの頭越しに俺を意味ありげに見つめてきたので、軽く笑みを返しておいた。


 実はジークたちがサースナに到着した当初、俺は野郎から強くお願いをされていた。ルティと仲良くして欲しい、と。

 この魔幼女は素性からして普通ではないし、性格も少し変わっている。

 これまで各地を転々としてきたため、同年代の子どころか、ジークとゼフィラ以外と仲良くなった経験があまりないようなので、ジークは心配していたのだ。

 無論、俺としては野郎からお願いされずとも仲良くするつもりだったので快く了承し、今がある。


「お姉ちゃん、次、一緒に狩る」

「そうですね、一緒に特級魔法で攻撃しましょう」

「うん。そうすれば、瞬殺」 


 七歳の幼女が瞬殺とか口走っても、普通は冗談にしか聞こえないだろう。

 だがルティの場合は本当に瞬殺できるだけの力がある。


 ルティの魔法力はたぶんリーゼやサラより上だろう。

 六歳の頃には適性のある土属性の特級魔法を無詠唱で使えていたという話だ。

 更には先ほども見たとおり、上級魔法と中級魔法の同時行使も一応できる。他属性の魔法に関しては習得も無詠唱もまちまちだが、当時のリーゼとサラよりは幾分も進んでいる。

 これが本物の天才ってやつだろう。


 端から見ていると実感できることだが、この歳で特級魔法を詠唱もせずにぶっ放せる幼女というのは相当に危なっかしい。それだけなら未だしも、ルティは魔法で魔物をぶっ殺すことに躊躇いを覚えるどころか楽しみを見出しているし、何より出会った当初は顔色一つ変えずにイヴを攻撃していた。

 正直、ちょっと怖いし、不安だ。

 教育を間違えると、倫理観の欠如したとんでもない魔女になる危険性を孕んでいる。ジークもその点は憂慮していた。


 こうして改めて考えてみると、婆さんたちの教育はしっかりしていたな。

 リーゼもサラも年齢に見合わない力を持ってはいるが、きちんと弁えていた。

 まだ分からないが、ルティも館の一員になる可能性は高いので、俺がしっかり導いてやらないとな。


「仲睦まじくするのは良いが、特に何事も起こらぬのは頂けぬ。小童の側におれば何か面白いことでもあるかと思ったが……退屈だの」

「なに言ってるのよゼフィラちゃんっ、こうして可愛らしい女の子たちが仲良く触れ合うのを見ているだけで退屈なんて吹き飛んじゃうじゃない!」

「何事もなく、平和であるのは良いことである」

「平和、平和の……まあこのような平和は嫌いではないが、無聊な日々は好まぬ」


 ゼフィラは気怠げな吐息を零し、首を回している。

 気温は低いめだが良く晴れた空は清々しく、緩やかに流れるわた雲が最近の日々を象徴しているようだ。


「私は好きですけどね、こういう毎日」

「ふむ、どいつもこいつも無為な日常を好むか。持てる者だからこその感性だの……」


 やけに空虚な声でそう呟くと、ゼフィラは顔は動かさず、紅い瞳だけをジークに向けた。しかし視線はすぐに外れ、しばし逡巡するような間を置いてから、彼女は溜息と共に言った。


「やはり昼間から動くのは億劫だ……妾は明日以降、宿で寝ておる。あぁ、夕食と風呂は共にするのでな、町に戻ってきたらきちんと呼びに来るのだぞ」

「ゼフィ、お留守番?」

「そうだ、お主らはせいぜい魔物狩りを楽しめば良い」

「そしてお前は惰眠を貪り、ただ飯を食らって、優雅に温泉か?」


 ジークが責めるように指摘すると、ゼフィラは面倒臭そうにふらふらと手を振った。


「この町まで二人も抱えて飛んでやったはずだがの。数万分の働きはしておるはずだ」

「飛び心地は最悪だったけどな」

「まあ、これまで通り何かあれば知恵くらいは貸してやろう。厄介事が起きた際は呼ぶが良い。むしろ必ず呼ぶのだ、無聊は慰めねばならぬ」

「……ま、いいだろう」


 いいのかよ、働かざる者食うべからずだってのに。

 と、元クズニートのくせに一丁前に思ったが、ゼフィラは食客みたいなものだ。なにせウソかホントか不老不死らしく、最盛期の頃から三千年にわたって生き続けているそうな。だから婆さんより物知りだろうし、実際に抗魔病のことは知っていた。

 まあ、俄には信じがたい話なので、俺もまだ完全に信じているわけではないが。


「ゼフィ、一緒がいい」

「つい先日まで、お主とジークハルトの二人で魔物狩りしておっただろうに」

「みんな、一緒がいい」

「ジークハルトと違い、妾に我が侭が通じぬ事は知っておろう、小娘。どうしてもと望むのならば、見事妾を説得してみせよ」

「説得……」

 

 ルティは呆けたように口を半開にし、二度ほど瞬きをした後、小首を傾げた。


「おばあちゃん、だから、疲れた?」

「ほう……小娘、妾を婆と呼んだな。たしか以前、再び呼べば容赦せぬと言ったはずだがの?」

「容赦、しない、ぼく、どうなる?」

「そうだの、腕の一本でも引きちぎってやろうか。お主の大好きなジークハルトとお揃いになるぞ」

「ん、お揃い……」

「いや、それもありかもしれぬといった反応はやめよ」


 ゼフィラはフードの向こうから呆れたような笑みを覗かせ、ルティに近づいてその手から昼食を奪い取った。


「あ、ぼくの」

「今回はこれで勘弁してやろう。次はないと思うが良い、小娘」


 ルティの前にしゃがみ込んで、これ見よがしにかぶりつくゼフィラ。

 良い機会だから、少し訊いてみることにした。


「そういえば、ゼフィラさんって不老不死っていう割りに、普通に飲み食いしてますよね?」

「別段、飲まず食わずでも問題はない。気分で食っておるだけだ。フフ、どうだ小娘、必要とせぬ者に必要なものを奪われる心地は?」


 この銀髪美少女、本当に三千年以上も生きてんのか?

 相手は七歳児だぞ。


「お前……やめろよ、大人げない」

「痛みを伴わねば人は何ら学習せぬ。ジークハルトよ、これは教育なのだぞ」

「たかだか婆呼ばわりされただけだろ。強ち間違いでもあるまい」

「お主の目は節穴か? 妾のどこが婆だというのだ」


 ゼフィラはフードを取り払い、昼下がりの陽光の下に類い希なる美貌を露わにする。死人のように生白い肌が目に眩しい。だが当の本人もなんだか眩しそうに目を細めており、それを見てイヴが気遣うように言った。


「ゼフィラさん、先日は肌が弱いと言っていましたが、大丈夫なのですか?」

「む? そんなことも言ったかの……なに、問題はない」


 とか言いつつ、整いすぎて畏れを抱くほどの美少女顔を不快そうに歪めている。

 そしてややもしないうちに、小さく唸りながらフードを被り直した。


「……むぅ、やはり直射はいつまで経っても慣れぬな。いやそれよりジークハルトよ、妾が婆であるとの物言い、訂正せよ」

「はいはい、訂正するから、それルティに返せ」


 ジークは食べかけのバケットサンドを奪い返し、ルティに渡した。ゼフィラも特に抵抗はしなかったので、元から怒っていたわけではないのだろう。

 よく分からん美少女だ。

 いや、ルティの言うとおり、婆さんか?


「なんだ小童、言いたいことがあれば言ってみるが良い」

「え、えーっと……ゼフィラさんって、人の血を吸ったりします?」


 誤魔化すために、前々から訊いてみたかったことを口にしてみた。

 既にジークとルティには確かめたことだが、どちらからも変な反応をされた。

 だから今回も、訝しげな眼差しをフードの奥から向けられるのは予想通りの反応といえるのだが……。


「ふむ、お主どうにも分からぬな。妾を試しておるのかの? あるいは無知を装っておるのか?」

「え、どういうことですか?」 

「まあ、どうでも良いか、なるようになるだろうしの。妾が人の血を吸うかどうかという話だが……フフ、さてどうだろうの? お主で試してやろうか?」


 わざとらしくにやりと笑い、ゼフィラは白く健康的な歯列を垣間見せる。

 特に犬歯は尖っていないが……。

 白とも黒ともつかない反応なので、試すのは不味い。

 

「い、いえ、遠慮しておきます」

「ま、それが賢明だの。妾とて血の味は好むところではない」


 ……どうとでも解釈できる言葉なので、判断が付かない。

 ゼフィラは翼を生やして飛ぶらしいが、ルティ曰く、その翼は血でできているそうだ。背中から血の翼を生やし、青年と幼女を軽々と抱えて難なく飛行するという。更にゼフィラは夜でなければ飛べないと言っていたらしい。


 紅い瞳、真っ白い肌、陽光を厭い、夜でなければ意味不明な飛行ができず、不老不死。もしかしなくても鬼人の鬼って、実は吸血鬼の鬼だったという可能性は高い。

 しかし、ジークもルティも血を吸われたことはないというし、誰かの血を吸うという話にも全く心当たりはないようだった。陽光を浴びても特にダメージを受けている様子はなく、ただ眩しそうにしていただけだ。そもそもいくら異世界だからって、前世の空想上の存在である吸血鬼が実在するとは思えない。

 獣人や翼人も前世では空想されていたが、吸血鬼の設定はそれらと比べて数段複雑だ。魔法があって、亜人もいる、まさに異世界っぽい異世界とはいえ、さすがに吸血鬼というフィクションが都合良く存在するほど、この世界は安っぽくはないはずだ。

 ……ないよね?

 

「こうも天気の悪い日は、酒場にでも籠もって酒を飲んでいたいの。ジークハルトよ、先の詫びとして明日からは美酒を用意して出掛けるのだぞ」

「寝言は寝て言え、無駄飯食らい」


 ゼフィラの戯言を軽くあしらい、ジークハルトは欠伸を噛み殺している。

 上体を倒して仰向けになり、ゼフィラと違って温かな日差しに心地よさげに目を閉じる。


「良い天気だな……本当に」


 しみじみと呟き、深く長い吐息を零している。

 食事を終えたルティが真似して野郎の隣に寝転び、イヴが気を利かせて幼女を膝枕してあげていた。そこに図々しくもジークが便乗して美女の膝枕を堪能し始め、イヴもイヴで満更でもなく受け止めている。

 それを見たベルが自分の逞しい太股を叩きながら喜々として俺の名を呼ぶが、さすがに遠慮しておいた。ユーハは俺たちを横目に雄大な自然を穏やかな面持ちで静かに眺めており、ゼフィラは俺と同じくみんなの様子を見回している。

 そのせいか、目が合ってしまったので、とりあえず微笑んでおく。

 

「ふむ……たまにはこうした時間も一興かの」


 ぽつりと呟かれた言葉には微かな笑みが乗っていた。


 俺はぼんやりと空を見上げて、このゆったりとした時間の流れに身を委ねる。

 なんだか館での日々を思い起こさせるような、穏やかで心地良い雰囲気があった。目下の懸念事項は鬼人に関することだが、ゼフィラ本人からは何らの悪意も感じられない。

 なら、もうそれでいい。

 変に気張らず、リラックスしてやっていこう。

 まだこの日々は六節以上もあることだしね。

 

 そんな感じに、俺はキングブル狩りという名のピクニックを堪能していった……。


 

挿絵情報

企画:Shintek 様

イラスト:ふみー 様 pixiv(https://www.pixiv.net/users/197012)

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