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幼女転生  作者: デブリ
七章・黄昏編
143/203

第九十五話 『年末なにしてますか? 忙しいですか? 狩ってもらっていいですか?』

 

「ぅぷわ!?」

 

 たぶん顔面に水を掛けられて、俺の意識は一気に覚醒した。

 鼻や口から侵入した液体をむせびながら吐き出し、上体を起こす。


「……あ」


 周囲は仄明るく、ベッド脇に見覚えのある白装束姿が静かに佇んでいた。

 背丈は子供のそれで、俺より少し高い程度だ。


「えーっと、お久しぶりです……?」

「…………」


 アインさんは相変わらず愛想もクソもなく、ただ妖しい金の瞳に俺を映しているだけだ。

 とりあえず、軽く周囲を見回してみた。

 ベッドが二つあり、椅子やテーブルも見られるが、就寝前と部屋が違っている。だがそれほど大きな変化があるわけではなく、おそらくは俺たちの泊まっている宿の別室だ。


 何はともあれ、俺はベッドの上に正座した。そこでようやく全裸であることを自覚して、慌てて側にあった毛布で首から下を包む。

 相手がアインさんだと、なんか妙に気恥ずかしいな。


「…………」

「…………」


 無言で相対する。

 いくら待ってもアインさんは何も言わない。

 

「あの……?」

「…………」


 アインさんはじっと俺を見つめてくるだけだ。

 その瞳を見つめ返したところで、ふと気が付いた。

 目深く被ったフードと口元を覆うフェイスベールの間から覗く目元には、いつになく感情が表出している。顔の半分以上は隠されていても、目は口ほどにものを言うという言葉通り、俺はそこに迷いや躊躇いといった心情の表れを確かに見て取った。


「……………………」


 雰囲気的に口を開くのが躊躇われて、じっとアインさんの言葉を待つ。

 そういえば、今回は水を掛けられて起こされたな。

 今もアインさんは初級光魔法を行使し続けているので魔力波動は感じられるが、なんだか前よりも反応が鈍い。たぶん俺が魔動感にある程度慣れてしまって、以前ほど敏感に感じ取れないせいだろう。毎日電気ショックを受け続ければ、誰だって少なからず慣れるのと一緒だ。

 白竜島では聖天騎士様の魔力波動をゼロ距離から受けていたし、今回はアインさんが来るだろうと身構えてもいなかった。というか、最近はアインさんのこととか完全に忘れてたな。

 もう館に帰るまで接触はされないものと思ってたのに。


「貴様は……」


 アインさんはやはり躊躇いが見え隠れする声で、何事かを言おうとした。

 が、言葉は続かず、彼女は目を伏せた。

 そして軽く肩が上下するほど深呼吸をしてから再び金色な瞳を俺に向けてきたときには、いつもの無味乾燥としたアインさんとなっていた。


「神のお言葉を伝えます」

「あ、はい」


 俺は思わず姿勢を正した。

 淡々とした声は機械的で、あらゆる感情が排されている。


「貴様が目指しているラヴル近郊の地を訪れる前に、サースナという町に寄りなさい。そしてその町の周辺でキングブルを十頭探し出し、狩りなさい」

「え……十頭、ですか?」

「期限は今年いっぱいまでとします。それまでにキングブルを十頭狩れなかった場合……」

「狩れなかった場合……?」


 まさかまた何か変なことが起こるんじゃねだろうな?

 いや、アルセリアの抗魔病はアインさんの神の仕業ではなかった(はずだ)。

 とはいえ、やはり不安にはなる。


 そんな俺の心情を知って知らずか、アインさんは特にもったいぶることもなく、あっさりと言った。


「狩りは切り上げ、館へ戻りなさい」

「…………」

「以上です」

「……え、罰とかは何もないんですか?」

「ありません」


 えぇ……なんか怪しいんですけどぉ……。


「あの、なぜキングブルを狩らないといけないんですか?」 

「その問いに答えることはできません」

「……さいですか」


 素っ気ないアインさんの言葉に一応の相槌を打ちつつ、少し考えてみる。

 が、キングブルを十頭も狩らないといけない理由など、俺には想像もつかない。

 今は蒼水期第一節だから、期間は一期弱だ。その間に、レア魔物で滅多にいないらしいキングブルを十頭も狩れとか……無理ゲーだろ。

 無理ゲーだから、ペナルティはないのだろうか?


「もし従わなかったら?」

「神はレオナの加護を解き、貴様には神罰が下るでしょう」

「……あの、レオナって今どこにいるんですか? まだ奴隷のままなんですか?」

「その問いに答えることはできません」


 アインさんは先ほど見せた感情など微塵も感じさせず、淡々と即答した。

 

「それじゃあ、せめてアルセリアさんの容態を教えてください。一期も帰るのを先延ばしにするんですから、それくらい教えてくれてもいいですよね?」

「…………」


 なぜかこの問いにはすぐに応じないアインさん。

 双眸には微かな迷いが見て取れる……ように思う。

 最近は俺も成長して、前世からの呪いもほとんど解呪できているからか、それに比例して人の顔色を窺うことに特化した我が魔眼もその精度が落ちているのだ。

 喜ぶべきなのか、惜しむべきなのか。


「……アルセリアは、治りました」

「本当ですか!?」


 アインさんは小さく、しかし確かに顎を引いて頷き、肯定の意を返してきた。


「そうですか、治ったんですか……」 


 本当に真竜肝で良かったのか、姐御が帰った頃には手遅れになっていたんじゃないか、そもそも姐御はちゃんと館へ真竜肝を持ち帰れたのか、この一期と六節の間は色々不安だった。

 しかし……そうか、アルセリアは治ったのか、治ったんだっ!

 俺も苦労した甲斐があったよ、これでとりあえず安心できた。


「それなら、いいんです、分かりました。私はサースナという町で、今年いっぱいまでキングブルを十頭狩ればいいんですよね?」

「そうです」

「それで、もし十頭狩れた場合はそのまま館に戻ってもいいんですよね?」

「そうです」


 相変わらず良く分からないが、指示されたことは単純明快だ。

 ペナルティも特に何もないのなら、今回も従ってやってもいいとは思うが……。


「あの、キングブルはサースナという町の周辺で狩らないといけないんですか?」

「そうです。期間中は他の町に立ち入ることを禁じます。無論、ラヴル近郊にある転移盤を使用することも禁じます」


 ラヴルとリュースの館を繋ぐ転移盤は町中にはない。町から少し離れたところに荒れ果てた荒野が広がっており、そこの地下に隠されている。

 

 ともかく、やはり期間中は行動を制限されるようだ。

 そうなるとイヴと一緒に行動できなくなる。

 たぶんキングブルを十頭狩ることはできないから、俺は約一期の間もサースナで足止めを食うことになる。

 イヴは俺と一旦別れて他の町で情報を収集し、俺が動けるようになってから合流する……というのが彼女にとって最良の行動になるだろう。


 本当ならユーハだけ先に帰らせて、婆さんに話を通して欲しいものだが、ユーハは転移盤のある場所を知らない。しかも地下への入口は例によって魔動扉による開閉機構を備えているため、魔力を扱えないオッサンには場所を教えても無理だ。

 そもそもユーハが俺を置いて行くことを許容するとは思えない。


「アインさんも知っているとは思いますけど、少し事情があるんです。なので他の町への立ち入りだけは許可してください。ちゃんとキングブルは探して狩るので」

「許可できません」

「そこをなんとか」

「…………」


 沈黙を返された。

 やはりお願いしても無駄らしい。

 レオナの居所も教えてくれなかったし、この分だとイヴの探し人の居所も訊くだけ無駄だろう。


「分かりました、言うとおりにします。ところで、館に戻った後のことで、何か指示はありますか? あるのなら、今のうちに聞かせてください」

「……然るべきときが来たら、再び会いに来ます」


 そう答えるアインさんの声は無感情ではなかった。

 少々の苦味を孕み、答えるまでにも微妙に間があった。

 なんかこの人、今日は変だな。妙に人間臭い。

 まあ、アインさんも人の子だし、調子の悪い日はあるのだろう。

 女の子だから、もしかしたらあの日なのかもしれない。


「本日は以上です」


 強引に話を打ち切るように、有無を言わせぬ無機質な力の籠もった声を響かせ、アインさんは俺に片手を向けてきた。

 

「あっ、待ってください、どうせなら幻惑魔法で眠らせて――っ!?」


 嘆願は最後まで言わせてもらえず、俺は圧倒的な魔力流を浴びせられ、全身が強張った。

 魔動感の過剰反応は気持ち悪いから嫌なのに、なんでわざわざ……嫌がらせか。

 

「ぐ……ぅえっ、ふ……ぅ……」


 軽く吐きそうになったが、まだ気絶はしない。

 俺としては無駄に苦しみたくはないので、さっさと意識を失ってしまいたい。

 が、意に反して身体は耐えてしまった。

 これも耐性訓練のおかげだな。

 クソッタレ。


 もう一発放たれた。

 今度はさっきよりも強力だ。

 嘔吐を堪えることに集中していたおかげか、意識の方はもうダメだった。

 力なくベッドの上に倒れ込み、今にも吐きそうな気持ち悪さを感じつつも、全身が動かず視界が霞み、思考が鈍化していく。


「…………本当に、これで良いのでしょうか」

 

 意識が落ちる寸前、悩ましげな少女の呟きが耳朶を打った。

 が、俺にはもう思考する力は残っていなかった……。




 ♀   ♀   ♀




 翌朝。

 朝食の席で、俺は三人に軽く事情を説明した。

 今回も夢に出てきた神のお告げということにしたのは言わずもがなだ。


「つまり、ローズちゃんは今年いっぱいまで、サースナっていう町でキングブルを狩り続けるのね?」

「そうなります」


 三人とも顔を見合わせて、実に微妙な表情を見せている。

 ちなみにイヴには起床して間もなく、カーウィ諸島のことを軽く話しておいた。

 なので転移盤の存在も打ち明けはしたが、カーウィ諸島のどこかと南ポンデーロ大陸のどこかを繋いでいるとしか言っていない。

 

「というわけでなので、イヴは今年いっぱいまで他の町々で情報収集していてください」

「私としても独自に調べるつもりではいたので、それは構わないのですが……その、ローズさんの夢に出てきたという聖神様は、なぜそのようなことを?」


 イヴは快く頷いてはくれたが、どこか訝しげだ。

 だが、予想していたほどでもない。


「さあ、分からないですけど、とにかくそうしろと言われたので。カーウィ諸島の件を考えると、一応は信じていいと思っています」

「そう、ですか……聖神様が夢でお告げを……やはりローズさんのような卓越した魔女の方は特別なのでしょうか……?」


 とりあえず納得してくれたのか、イヴは頷きながらも思案げに呟いている。

 魔女は聖神アーレに祝福された存在とされているので、魔女である者の夢に神様が現れたとしても、完全否定はできない。俺の説明は、慰霊祭に出て熱心に祈るような美女には一定の信憑性を発揮するはずだ。


 俺はイヴからベルに視線を転じた。


「ベルさん、もうここまで来たら帰れたも同然ですから、これ以上は――」

「もちろんローズちゃんと一緒に行動するわよ! だって、ちゃんとお家に送り届けるって約束したものっ!」

「うむ、さすがベル殿」


 ユーハはベルの言葉に感心したように頷いている。

 俺としても今更ベルが素直に引き下がるとも思わないので、一緒したいというのなら好きにさせよう。

 まあ、本当は一期も余分に付き合わせるのも悪いので、ベルのためにもここで別れた方が良いとは思うが……。


「ローズさん、私も協力いたしましょうか? 空から探せば、キングブルも見つけやすいはずですし」

「いえ、大丈夫です、イヴはイヴのために動いてください。一つの町の周辺だけで十頭も狩るなんてきっと無理ですし、いざとなれば翼人の猟兵でも雇います」


 イヴとしてはさっさとキングブル狩りを終わらせて、《黎明の調べ》の情報を得るのもありだ。そういう利害計算をした上での発言でもあるのだろうが、彼女の提案は謹んで断った。

 いやでも、この美女は俺に恩を感じているから、本当に善意100%の申し出だったのかもしれない。

 いずれにせよ、イヴは特に食い下がることなく、素直に「そうですか、分かりました」と頷いてくれた。


「それでは、サースナという町まではご一緒するということで、よろしいですか?」

「はい、お願いします。その後の合流に関する話は追々詰めていきましょう」


 本心を言えば、美女と一緒に行動はしたいが、彼女の目的を妨げるようなことはできない。そんなことをすれば、何のためにイヴを助けたのか分からなくなる。

 しかし……またオッサン二人と一緒の日々か……。

 まあ、一人ぼっちでないだけマシだけどさ。


「では、町にある宿屋さんを回っていきましょうか」

「うむ、イヴ殿の探し人のことを調べるのであったな」

「ありがとうございます、皆さん。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」


 イヴは礼儀正しく頭を下げたが、俺はお手数だなんて思っていない。


 今回はイヴがいるので、翼人タクシーを雇う手間が省けるのだ。

 〈霊引ルゥ・ラトア〉を駆使すれば、オッサン二人を引っ張り上げながら行くことなど容易い。本当は目立つ行為は避けたいが、今回はオルガときのように特殊な状況でもないし、タクシー代はベルの財布から出るので、節約した方がいい。

 それに予約した場合の待ち時間と料金が省けるので、その分を彼女のために回してやるだけであって、全くお手数ではない。

 奴隷商館にも寄るついで程度のことだ。


 そうして、俺たちは朝食を済ませて町に繰り出した。




 ♀   ♀   ♀




 念のため、翼人タクシー営業所に行って、本来使うはずだった料金と飛行日程の確認をしてみた。行き先を目的地であるサースナとすると、出発は三日後、予定飛行日数は六日前後とのことだった。

 

「やっぱり、凄く高かったですね……」

「さすがは魔大陸といったところかしらね。イヴちゃんには感謝しなくちゃね」

「そうですね。ありがとうございます、イヴ」

「いえ、ローズさんが私のために支払って頂いた額に比べれば、礼を言われるほどのことではありません」


 ボアからサースナまでの料金は一人あたり20万ジェラだった。

 魔大陸は魔物が多いため、他大陸より町から町への移動には地上ルートが強く推奨されている。タクシー代は南ポンデーロ大陸の料金設定に比べると、だいたい二倍くらいだろうか。

 チュアリーからボアへの船賃より高いとか、ぼったくりもいいところだな。

 野良タクシーなら数万でも可能らしいが、信用できるかどうか甚だ疑問なのでリスクは冒せない。


「さて、気を取り直して調査開始です。三手に分かれて聞き込みしましょう」


 ボアの広々とした町の中には宿屋が多く存在する。

 四人でぞろぞろ行動しても無駄なので、ベルとイヴはそれぞれ単独で、俺とユーハはペアで行動することにした。

 

「アタシは酒場も回って、情報屋さんも探してくるわ。そのジークちゃんって子が《黄昏の調べ》って組織を追っているのなら、町の情報屋さんを訪ねたこともあるかもしれないからね」

「ありがとうございます、ベルさん」


 イヴの礼に、ベルは気さくに応対していた。

 情報屋とかそういう方面はベルに任せて、初心者の俺は地道に聞き込みしていった方がいいだろう。本当は社会見学も兼ねてベルに同行したいが、如何せんユーハは北ポンデーロ語が話せないので、効率を考えればこの三組に別れるのが最良だ。


「では、日暮れ頃に昨夜の酒場で落ち合いましょう」

「分かったわ」

「了解です」


 俺たちは別れて、調査を開始した。

 普通の町なら、宿屋や酒場は一定の範囲内に密集し、一つの街区を形成する。

 が、ここボアはクロクス同様に少々混沌としており、都市内のあちこちに散在している。

 

 俺とユーハの担当範囲は都市の東側一帯だ。

 ベルは北側一帯、翼人のイヴは西と南側一帯で、中央はみんなで担当する。

 

「ローズ、キングブルを狩るという件だが……」


 一軒目の宿を空振り、二軒目の宿へと向かっている途中、ユーハがそう話しかけてくる。


「ん、どうかしましたか?」

「なぜ、その神とやらは然様な命を下したのであろうか。ローズも分からぬとは先ほど聞いたが、意味も無く種や数まで指定して、魔物を狩れとは申さぬだろう」


 ユーハの言いたいことは分かる。

 わざわざアインさんが接触して指示してきたのだから、何某かの理由はあるはずなのだ。


「私も今朝から考えてはいますけど、全く検討もつきませんね。それでも、ユーハさんの言うとおり何の意味もなく指示してきたとは思えませんから、従っておくに越したことはありません」

「ローズがそれで良いのなら、問題はないのだが……」


 ユーハはまだ何か言いたげだったが、小さく頭を振って口を閉じた。

 真竜肝の件で俺の言う夢の神の信憑性は、一応とはいえ証明されているが、ユーハは未だに懐疑的なのだろう。

 まあ、逆の立場なら俺も色々と疑問に思うし、心配もする。


 ユーハは普段から無駄口を叩くようなオッサンではないので、移動中は沈黙が多い。通りを歩く人々の喧噪の中を互いに無言で歩いて行くが、特に気まずさはなかった。俺もユーハも互いのことは理解しているので、当然だ。

 こういう関係は得難いものだと分かってはいるものの、相手が中年のオッサンというのは複雑だ……。


 途中で奴隷商館に立ち寄り、半竜人のことを訊ねてみた。

 が、案の定、何の成果もなかった。


「あん? 左腕のない二十歳くらいの男客だぁ?」


 四軒目の宿屋は一階が酒場となっており、店主っぽいガチムチマッチョのオッチャンに聞き込みをする。

 オッチャンは腕を組んで軽く考え込むように目を伏せた後、ニヤリと笑った。


「そーいや、左腕のねえ若モンはいたなぁ」

「え!? 本当ですかっ!?」

「教えてやっても良いが、何か注文してけ」


 仕方なく、俺はミルク、ユーハは青汁めいた野菜ジュースを注文する。

 マッチョ野郎は太い腕でジョッキを差し出すと、約束通り教えてくれた。


「ちょうど坊主みてえに赤い髪しててな、やたらと酒癖悪かったんだよな」

「……あの、さっき僕、髪の色は群青色って言いましたよね?」

「お? そうだったか、悪い悪い、うっかりしてたわ」


 と言いつつも、オッチャンは悪びれず豪快に笑っている。

 こりゃ嵌められたな。商売上手な野郎だ。


 俺とユーハはそれぞれ注文したものを飲み干して、宿酒場をあとにした。

 その後も宿を回っていったが、全て空振りだった。




 ♀   ♀   ♀




 約束の日暮れ時まで時間が余ったので、適当に町中を散策して時間を潰してから、集合場所の酒場に向かった。

 時間的に混雑しており、カウンター席しか空いていなかったので、そちらに陣取る。どうやら俺たちが一番乗りだったらしく、少ししたらベルが来て、その後にイヴが顔を見せた。


「あ、やっぱり分かったんですか」

「はい、町の西側にあった宿酒場に十日ほど滞在していたらしく……ん、ローズさん、やっぱりとはどういう意味でしょうか?」

「イヴちゃんが嬉しそうだから、話を聞く前から分かったのよ。そうでしょ、ローズちゃん?」


 俺はベルの言葉に同意しつつ、イヴの顔を見た。

 彼女は見るからに生き生きとしており、今も口の端を小さく緩めている。

 

「そ、そうでしたか。申し訳ありません、一人ではしゃいでしまい。皆さんには協力して頂いたというのに……ありがとうございました」

「いえ、私たちのことは気にせず、喜んでください。それで、そのジークさんの行方は分かったんですか?」


 酒場内の喧しい話し声の中、俺は隣に座るイヴに訊ねる。

 ベルが来た時点で酒場は満員になっていて、ベルとユーハは立っている。酒場内のあちこちでも床に座って酒盛りする連中もいて、かなり猥雑としている。


「さすがに行方までは分かりませんでした。ただ、その宿には紅火期第五節の半ば頃までいたようです。時期的に見て、この町には第四節に到着したのでしょうし、この分ですと別の町へ向かったのだと思います」

「そうですか」


 俺はそう相槌を打ちながら、先ほど注文した夕食のステーキを頂く。

 ちなみにオッサン二人は俺とイヴの後ろに立ち、片手に盆を持って立ち食いしている。もっと早く来て、席を確保しておけば良かったな。


「でも、その宿屋の人もよく覚えていましたね。いくら片腕がないって特徴があるにしても、六節近く前のことですし」


 それに、この町は猟兵が多くいるので、魔物にやられて四肢のいずれかを失った負傷者など珍しくはない。実際、今日の活動でも片腕がない人だったり、義足の人も数人見掛けた。あまつさえ両足のない人が道端にござを敷いて座り、お椀を置いてお恵みを乞う浮浪者っぽい人もいた。こういう人たちはディーカにもいたし、南ポンデーロ大陸の町々でも目に付いた。


 ちゃんとした宿なら宿泊者の名前を名簿にでも書き込んでいるので、名前を調べれば分かることもあるだろう。だがイヴによると、これまでそのジーク某は色々な名前で各地の宿を利用していたらしい。ジークだったり、エドだったり、ノーマンだったり、トラヴィスだったり、様々だ。


「話によると、少し珍しい組み合わせの客だったので、よく覚えていると言っていました」

「珍しい組み合わせ?」


 おうむ返しに訊ねると、イヴは説明してくれた。

 どうやらジーク某は二人の同行者を引き連れていたらしい。

 一人は俺と同い年くらいの幼女で、もう一人は十二、三歳ほどの少女らしい。

 しかも少女の方は常にフード付のローブを身に纏っていたようで、妙に尊大な口調をしていたという。


「実は、その二人の同行者のことはタウレルの町やそれ以前にも耳にはしていました。ですが、ときには彼一人だけだったり、同行者が綺麗な銀髪の少女だったりと情報があやふやでしたので、皆さんにはお伝えしていませんでした」


 不確かな情報を事前に聞かされるより、捜索条件はシンプルな方が俺たちには分かり易い。そう思ってイヴも俺たちには余計な情報を伝えなかったのだろう。

 べつにそれはどうでもいい。


 問題は、幼女と少女を連れているというハーレム野郎だ。

 ジーク某は前期で二十一歳になったらしい立派な大人で、そいつは《黄昏の調べ》に属する男を探しているという話だ。大人な男が、幼女と少女を何の理由もなく危険な旅に同行させているとは思えない。

 最も高い可能性としては野郎がロリコンで、二人を日々の性欲処理用に連れ回しているというゲスい理由だ。しかし、イヴのような礼儀正しく優しい美女の大切な人がそんな変態野郎とは思えない。

 まあ、これは俺が考えたところで仕方ないか。


「ともかく、手がかりが掴めて良かったですね」

「はい。ところで、その……私は明日も行き先について調べてみたいのですが……」

「あ、大丈夫ですよ、ひとまずこの町で休憩にしましょう。ずっと船旅続きでしたし、飛行も疲れると思うので、出発は三日後でいいですよね?」

「うむ、ローズが構わぬのであれば、某は何ら問題はない」

「もちろんアタシもよ」


 オッサン二人が快く頷くと、イヴは慇懃に頭を下げた。


「ありがとうございます。ですが、ローズさんたちは明日以降は休んでいてください。さすがにこれ以上の助力は申し訳ないですし、二日もあれば一人で十分ですので」

「うーん……そうですね、そうしましょうか」


 イヴには悪いが、俺は素直に頷いておいた。

 正直、今のうちに盤石な地上で身体を休めておきたい。

 あとはイヴ自身にお任せして、彼女から助力を請われた場合にだけ応えていけばいいだろう。

 

「ところで、ベルさんの方はどうでした? 情報屋さんはいましたか?」


 立ち食いするオカマは口の中のものを嚥下すると、ゆるゆると首を左右に振った。


「いたにはいたのだけれど、特に何の情報も持ってはいなかったみたいでねぇ」

「《黄昏の調べ》についての情報もでしょうか?」


 イヴが訊ねると、ベルは申し訳なさそうに首肯した。


「ええ、どうにも小者っぽい感じの子だったから……他の酒場も探せば、もっと情報通な人が見つかるかもだけれど」


 やはりそうそう上手くはいかないらしい。

 それでもジーク某の手掛かりだけでも掴めたのだから、上々だろう。

 レオナもこんな風に探していけるのだろうか……。

 

 俺は生気に溢れた面差しの美女と並んで夕食を摂りながら、そんなことを思った。




 ♀   ♀   ♀




 それから三日後。

 結局、港町ボアでの調査は初日以外にこれといった成果が上がらずに終了した。

 俺たちはボアの南南西方面にある町サースナを目指し、飛び立って行く。


「イヴ、よろしくお願いします」

「はい。お任せください」


 俺は美女と密着し、ベルトで固定してもらって、悠々と空の旅を満喫する。

 オッサン二人はユーハがベルに抱えられるような形でベルト固定し、俺がベルに〈霊引ルゥ・ラトア〉を行使する。こうすれば、ベルにだけ常時行使するだけで良いので、魔物が襲いかかってきても同時行使で対応できる。

 無論、ベルは常にユーハの重みを感じることになるので、オッサンペアは途中で前後を交代したりする。


「イヴ、今更ですけど、重たくないですか? 長距離を飛ぶことになりますし、疲れたらすぐに言ってくださいね」

「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。これでも体力には自信がありますので」


 イヴは一人旅をしていたというし、嘘ではないだろう。

 まあ、俺の体重なんて三十メトもないはずなので、成人に比べれば幾分も軽いと思う。

 

「それにしても、緑豊かな土地が広がっていますね。上空から見る限りでは、ここが魔大陸と呼ばれる危険な土地だとは思えません」

「この大陸全てを開拓できたら、きっとたくさんの人や物が集まって、色々なものが生産されて、とても栄えるんでしょうね」


 眼下には緑豊かな大地が延々と続いている。

 魔大陸は良くも悪くも大自然に溢れているので、資源が豊富で肥沃な土地が多い。その一方で砂漠地帯やサバンナめいた荒野地帯、魔大陸北部には広大な凍原が広がっているそうで、自然の脅威も強い。

 リュースの館のあるクラジス山脈の南には広大な大平原が広がり、山脈から流れる水によって水源も豊富らしく、理想的な土地となっているという。


 だが、その辺りは高い知能を持つ魔物――ゴブリンやオークなどが魔物共を統率しているそうな。ゴブリン自体は六級の魔物だが、多種多様な魔物を調教することで連中の配下としているらしく、魔大陸でも最高に危険なエリアとして未だに開拓できていない。

 もともと魔大陸全域にはゴブリン共を頂点とした魔物王国が築かれていて、その軍勢を撥ね除けて開拓しているのが人類なのだ。こうしている今も、長い年月を掛けて追い詰められたゴブリン共は魔物共を統率し、人類の前線を押し返そうとしているらしい。

 まあ、ディーカは前線からかなり離れているので、俺はまだ一度もゴブリンを見たことはないが。

 

「たしか、今は聖伐の最中でしたね。今年いっぱいまで行われるとか」

「らしいですね」


 そういえば、オルガの姐御はちゃんと聖務を果たしているのだろうか。

 こうして誰かに抱えられて飛んでいると、白竜島での日々を思い出す。

 滞在期間は僅か十日程度だったとはいえ、オルガと過したデンジャラスな日々はたぶん一生鮮烈な記憶として残るだろう。


 しかし……聖伐か。

 改めて考えてみると、なんでアレって十年に一度しかしないんだろ? 

 政治的な理由があるとはいっても、完全中立なイクライプス教国あたりが全ての聖天騎士を投入すれば、天級魔法のオンパレードで割とあっさり魔物共を駆逐できそうな気がする。

 

 という疑問をイヴにぶつけてみた。


「私も詳しいことは知りませんが、やはり何か政治的な理由でもあるのではないでしょうか? あるいは、聖天騎士の強みは天級魔法ですから、大規模な魔法による掃討を行ってしまうと、自然環境にも大きな影響を与えてしまいます」

「荒れた土地の開拓は通常より時間が掛かって、そのくせ魔物も完全には掃討できない。それに魔物の繁殖力は異常だから、天級魔法の後始末的な作業を行っているうちに、魔物共はまた繁殖してしまう……ってことですか」


 一応、理屈としては間違っていないと思う。

 地道に魔物を狩っていって、綺麗な土地をスムーズに開拓し、徐々に前線を押し上げていった方が良い……のかもしれない。

 しかし、それはそれで迂遠な気がする。

 帰ったら婆さんに聞いてみるか。


 俺とイヴはそんな感じに雑談しつつ、サースナの町を目指していく。

 

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