第九十三話 『ボーナスタイム』★
店員ネンナールに見送られて退店した。
が、イヴは裸足だった。というか、手足がほとんど露出した簡素な貫頭衣しか着ておらず、それ以外には何もない。一応パンツは穿いているようだが、ブラジャーはしていないようで、微妙にポッチが浮き出ている。
これは早急に着替えなければ、翼人美女のあられもない姿を野郎共に視姦される。現に今も通りを歩く連中がちらちらとイヴを見つめている。
ネンナールは希望すれば服や靴も売ってくれたようだが、どうせなら店でちゃんとしたものを購入した方が良いと思い、ここでは買わなかったのだ。
「まずは服ですね。あと船も予約しましょう。前日予約でも大丈夫でしたよね……?」
「乗船人数に余裕があるかどうかにもよるけれど、大丈夫なはずよ。アタシたちのときより、少し料金が割り増しになるだろうけれど」
「その前に、まずは自己紹介から始めた方が良いだろうな」
俺たち三人は深緑の翼を持つ美女に注目する。
だが、彼女は俺たちを見ていなかった。
呆けたように空を見上げ、陽の光に目を細めていた。
「イヴさん?」
手に触れると、彼女は未だ戸惑った様子で俺を瞳に映し、おもむろに腰を折った。
「あの……ありがとうございます」
「とりあえず、靴屋まで歩きましょう。それまでは裸足で我慢してください」
「何から何まで、申し訳ありません」
恐縮するイヴと共に、町の通りを歩き始める。
別段、奴隷が裸足であることは珍しくとも何ともなく、今このときも通りの隅を裸足の女性が歩いている。主人の使いに出た奴隷なのか乞食なのかは知らないが、とにかく裸足だろうと目立つようなことはない。
四人でぞろぞろと歩いて行く。
が、どうにもイヴの様子がおかしく、妙な雰囲気になる。ベルとユーハがそれぞれ簡単に自己紹介と挨拶をするも、どこか上の空というか、思案げだ。
「イヴさん、以前の私はシャロンと名乗っていましたけど、本名はローズです」
「……もしかして、魔女なのですか?」
「はい。ですが男装しているのを見れば分かると思いますけど、秘密にしているので他言はしないでくださいね」
「分かりました。ところで、その、ローズさんは何者なのですか……?」
また答えにくい質問がきたな。
《黎明の調べ》の名前は出したくないし、どう答えるべきか。
「まあ、猟兵ですね。どこの国家にも属してはいません」
「それはまた、なんと言いますか……珍しいですね」
イヴはぎこちなく感想を返して、口を閉ざしてしまう。
なにやら相当に警戒されているような気がする。
まるで借りてきた猫のようだ。
いや、無理もないんだろうけどさ。
俺がイヴの立場だったら、こんな上手い話は絶対ないと思い込み、何か裏があるのではと最大限に警戒する。
ほどなくして靴屋に到着した。
サイズの合う靴を探し、イヴに好きなものを選ばせて購入する。彼女は見た目が華やかなものには目もくれず、如何にも丈夫そうで無骨なブーツを欲した。
それから通りの隅で水魔法を使い、足を洗ってあげてから穿かせた。
美女の足はカモシカもビックリな美脚で、触り心地は抜群だったよ。
「詠唱省略ができるのですか……?」
「そうですね」
と頷きつつ、ここでついでに治癒と解毒の魔法も掛けておく。
「今のは治癒魔法ですよね?」
治癒魔法は特に何の怪我がない場合でも体調や気分が良くなるので、行使されればなんとなくそれと分かる。
イヴは詠唱省略に驚いていたようだが、ちゃんと気付いた。
いや、この場合は気付かれたというべきか。
「そうですよ、ついでに解毒魔法も掛けておきました」
「ちなみに、等級は……?」
「特級ですけど……もしかして何か大きな病気とかあります?」
「い、いえ、至って健康だと自負しています。あの、ありがとうございます、本当に」
イヴの俺を見る目が明らかにおかしくなった。
まるでUMAにでも向けるような目だ。
俺も逆の立場なら全く同じ反応するね。
だから隙を見てこっそり行使したのに……。
靴を入手した俺たちは次に服屋を目指す。町の広場の方では市もやっているようだったが、店舗を構えている高級店に向かった。
なぜなら、俺は下着にはこだわる派なのだ。館のみんなは普段着はともかく、下着類は肌触りの良い高級品しか使用していなかった。そのせいか、俺もシルク系の高級素材パンツでないと落ち着かない。
今夜は一緒にベッドインしてもらう予定なので、美女に着用してもらう下着は是非とも高級品にして欲しかった。
幸い、金はある。
美女のためなら金は惜しまんぞ。
「ユーハさんはお店の前で待っててください。すみませんけど、ベルさんはリュックを買ってきてくれませんか?」
「あ、そうね、分かったわ」
服は着替えも含めて三セットは買っておいた方が良いので、着替えを入れるものが必要だ。イヴとは魔大陸に着いたら別れるだろうから、今後のことも考えればリュックは必需品だろう。
あと、下着は最低でも五セットは買わないとな。成人女性は色々あるから、替えの下着は多い方がいいだろうしね、うん。
さっきからイヴの口数は少ないし、俺以外はオッサンだし、買ってもらう側からは言い出しにくいだろうから、こういうことは俺が気付いてやらないとな。あとでそういう系の用品も買った方がいいだろう。
「イヴさんは機能性重視ですか?」
「そうですね、綺麗な服は高価ですし、すぐダメになってしまうので」
イヴの選んだ服は一応女物だが、飾りっ気のない地味なものだった。
代わりにどれも耐久性が高そうなものばかりだ。
先ほどの靴といい、どうやらこの美女は質実剛健なものを好むらしい。旅ではその方が理に適っているとはいえ、彼女からは女としての欲みたいなものが感じられない。この辺はオルガの姐御っぽいな。
「あの、肌着も安物で大丈夫ですから……」
「ダメです」
下着くらいはきちんと女っぽいものを選ばせた。
服よりランジェリーの方が高くなったが、パンツとブラジャーに勝る衣類など黒タイツくらいしか存在しないので何の問題もない。
あぁ、クレアの黒タイツ姿が恋しい。
服装を整えて、着替えをベルの買ってきたリュックに詰め込むと、今度は港へと向かう。その道中、俺はイヴの手を握って、笑顔で適当に話しかけてみる。
警戒心を解し、仲良くなるには、積極的にコミュニケーションを図っていかなければなるまい。でないと今夜一緒に寝てくれなくなりそうだ。
「イヴさんの好きな食べ物はなんですか?」
「私は……そうですね、甘いものでしょうか」
「私も甘いもの大好きですね。では嫌いな食べ物はなんですか?」
「嫌いなものは特にないですね。好き嫌いはするなと教えられて育ったので」
「私も好き嫌いはしないようにしています」
あれ、実は俺とイヴって相性良いんじゃね?
まだまだ彼女からの対応には硬さが残り、一線引かれているのも感じるので、なんとか仲良くならねば。
こういうとき、幼女の身であることが役に立つ。
「イヴさんって、オールディア帝国の出身ですよね?」
「そうですね」
「探している人って、イヴさんとどんな関係なんですか?」
「それは……」
答えあぐねるイヴの眼差しから、どことなく猜疑の念を感じ取った。
いや、猜疑というか、俺の瞳を覗き込むような視線は何かを探っているようにも感じる。よく分からんが、もしかして聞いちゃいけないことだったのか?
「あ、答えたくないのなら、無理に答えなくてもいいですよ」
「……申し訳ありません。これほど親切にして頂いているのに」
本当に申し訳なさそうに低頭する美女の態度は、やはり硬い。
シールドを張られている。
まあ、どうせ一緒の船に乗るんだし、ゆっくり警戒心を解いていけばいいか。
「あの、少しお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
ふとイヴが歩みを止め、そんなことを言ってきた。
もちろん俺の返事は決まっている。
「いいともー!」
「……その、図々しいことは百も承知なのですが、剣を買って頂けないかと思いまして」
美女は気まずそうに、こちらの顔色を窺うような素振りを見せている。
そのくせ瞳に宿る光は強くて、そのアンバランスさが少し奇妙だった。
「そういえば、イヴさんって剣も使えるんでしたね。だったら護身用としても必要ですし、買っていきましょう」
「ありがとうございます」
イヴのような美人さんが丸腰でいるのは俺としても不安だった。
彼女の頼みを聞いてやることで俺の好感度はアップするし、何も問題ない。
武器屋がどこにあるのかは分からないので、とりあえず船の予約から先に済ませることにした。港湾部に抜け出て、俺たちが乗船予定の船を目指して歩みを進めていく……その途中、またしてもイヴが足を止めた。
「みなさんは明日、出港するのですよね?」
「そうよぉ、それがどうかしたのかしら?」
「実は、私はまだ少しこの町で調べたいことがあるので、皆さんと同じ船には乗れそうにありません」
「え……?」
寝耳に水だった。
味気ない航海の日々も、美女と一緒なら華やかで楽しいものになると思って期待していたのに……というか、なんでここまで来て今それを言いますかね?
「でも、イヴさんは早く魔大陸へ渡りたいのでは……?」
「そうなのですが、私の探し人がこの町に来たということは、あるいは北ポンデーロ大陸へと渡ったのかもしれません。なので、もう少しこの町で情報を集めてみようかと思いまして」
「…………」
えぇぇぇ、何それ聞いてないよぉぉぉ?
そもそもイヴは北ポンデーロ大陸に輸送されることを恐れてなかったか?
だからこそ、幼女に頭を下げてまで買ってくれと頼んできたわけで。
いや、あのときは魔大陸へ行った可能性が高いと思っていたけど、自由になった今では念のためきちんと調べておきたい……ということだろう。
オォ、ジーザス……。
「……………………」
イヴは俺たちをじっと見つめてきている。
凛々しい眼差しだ。
この美女の顔立ちは穏やかそうだと思っていたが、こうして見るとそうでもないな。今は割とキリっとしている。
よく分からん美女だ。
まあ、とにかく……残りたいというのなら、仕方ないか。
思わず俺たちも一緒に残って、一緒に魔大陸へ行こうと提案してしまいそうになるが、ぐっと堪える。
イヴは出港日までの余暇で助けられれば助ける、というのが当初の計画だった。
これ以上彼女のことに拘れば本質を見失ってしまいかねないし、リオヴ族の少女を見捨てた意味もなくなる。
「……分かりました。非常に残念ですけど、そういうことなら仕方ないですね。では、いつ出発する船に乗りますか?」
「いえ、ローズちゃん、ここはもうイヴちゃんにお金を渡しておいた方がいいんじゃない? イヴちゃんにはイヴちゃんの予定があるのだし」
「あ、そうですね。ではユーハさん、お金を渡してください」
ケルッコから巻き上げた500万ジェラのうち、400万ジェラはイヴのために使うと決めている。残りの100万ジェラは俺たちの渡航費や必要経費にあてる。これまでの出費は全てベルの金で賄われているので、いくら聖天騎士様との約束があろうと、さすがに悪い。
というわけで、まだイヴのために使う金は優に50万ジェラ以上はある。
その金の入った革袋をユーハは懐から取り出し、美女に差し出した。
しかし、イヴはそれを受け取ろうとしない。
俺たちの顔を見回した後、なぜか恥じ入るように目を伏せ、深く頭を下げた。
「申し訳ありません。やはり皆さんとご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか」
「え、あ、それはもちろん、大丈夫ですけど……でも、情報は集めなくてもいいんですか?」
「……はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます、本当に」
俺としては喜ばしいことだが、これはどういうことだ?
すぐに意見を翻したりして、意味が分からん。
いや、あるいは俺たちから金を貰うことを心苦しく思って、同行することにしたのかもしれない。
やはりイヴは良い美女だね。
四年前も優しかったし、テレーズのキツい物言いも笑顔で受け止めていた。
礼儀正しくて謙虚な人は好きよ。
「こんにちはー」
左右に停泊中の船が多く見られる桟橋を歩き、俺たちが乗る予定の船を訪ねた。
留守番として常に船員はいるようなので、すぐに話をつけられた。
だが前日予約だからか、俺たちのときより5000ジェラ高かった。
その後、適当な人を捕まえて道を聞き、武器屋に向かった。
店内には刀剣類はもちろん、槍や槌、弓、盾など色々と置かれていて、なんだか物々しい雰囲気が漂っている。剣に関してはユーハの専門分野なので、オッサンは美女の剣選びに協力していた。
「私はこちらの樽に入っている安物で構いません」
「武具とは己の身命を預けるもの故、可能な限り金を掛けた方が良い。ローズがお主のために金を使うと決めた以上、某とて安価な粗悪品を買わせるつもりなど毛頭ない」
「あ、ありがとうございます……」
ユーハから力強く言われ、イヴは恐縮しつつも頷いていた。
「ところで、ユーハさんはローズさんとはどのようなご関係なのですか?」
「ローズは魔女なのでな。某はその護衛といったところである」
「それでは、ザオク大陸へは何をしに向かわれるのですか? 猟兵とのことでしたので、魔物を狩りに……?」
「ローズの家は彼の地にある故、今は旅の帰路である」
端から二人の会話を盗み聞きながら、俺は俺で短剣を選んでいく。
これまで猟兵協会にも行ってはいたが、腰に剣を帯びていなかった。
猟兵としてはユーハとベルが対応してくれていたし、俺が剣を持つ意味はほとんどなかったのだ。
しかしこれから魔大陸へ渡るのだし、ベルの金で買うわけでもないので、ここらで短剣くらいは持っておいて損はあるまい。
イヴが選んだのはオーソドックスな長剣で、お値段は42万ジェラだった。
俺のは1万ジェラの安物だ。
あとは剣帯と日頃の手入れに必要な品々も買う必要があったので、それらはベル先生が交渉して計1万ジェラの出費となった。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
奴隷商館を出た頃と比べて、声や表情から察せられる緊張が少しは和らいでいた。自衛できるようになって安心したのかもしれない。
腰元に剣を帯びた姿はなかなかに凛々しくて様になっている。
その後、明日の出港に備えて細々としたものを買っていった。
ショッピングが終わる頃には空はもう赤らんでおり、通りに並ぶ家々に明かりが灯り始めている。
「では、ひとまず宿に戻りましょう。それから酒場にでも行って、みんなで夕食です」
このまま食事処に直行しても良かったが、まずは宿に戻る必要がある。
なにせ部屋を男女別々に分けなきゃいかんからね。今のうちに部屋の空きがあるのかどうかを確かめておかないと、暗くなってから新しい宿を探すことになる。
俺はイヴと手を繋ぎ、夕暮れの港町を歩いて行った。
♀ ♀ ♀
夕食は豪勢にした。
聞けばイヴは一期と三節ほど奴隷の身だったらしい。
特に痩せているわけではないし、食事は必要十分な量を与えられていたようだが、せっかく娑婆に出られたのだ。肉も魚もお高いものを注文して、デザートには苺のタルトをワンホール丸ごと出してもらった。
「……美味しい」
タルトを口にして、イヴはしみじみとした声を漏らした。
お行儀良くナイフとフォークを使いこなして、もう一口、更にもう一口と食べていくにつれ、次第に頬が緩んでいく。
「あ、あの、もう一切れ頂いてもよろしいでしょうか……?」
「いいわよぉ、好きなだけ食べてちょうだい」
「ありがとうございますっ」
タルトを食べるイヴの表情は実に幸せそうだった。
たぶん本人は気付いていないと思うが、相当にだらしない顔をしている。
黙々と食べ続ける姿には少女のようなあどけなさが見え隠れしていて、今の彼女は十九歳という妙齢の美女にはとても見えない。
イヴはこれまで他人行儀な態度を貫いていたようだが、ようやく素の一面が見られた気がするよ。
結局、八切れあった苺のタルトはオッサン二人が一切れずつ、俺が二切れ、イヴが四切れを腹に収めた。ついでに、様々な果実の合わさった搾りたてのフレッシュジュースは三杯も飲んでいた。
メインディッシュはイヴも結構食べていたはずだが、デザートは別腹らしい。
甘いものが好きという話は本当だったな。尚、給仕の姉ちゃんはドリンクに林檎酒を勧めていたが、イヴは果実酒だろうと酒は飲まない人らしい。
酒の匂いがしない美女ってのは俺好みだ。
「久しぶりに人心地がつけました。もう何と感謝して良いのか……」
「いえ、大丈夫です」
お礼はベッドの上でたっぷりしてもらうからな、グヘヘヘ。
ノシュカと別れてからのここ六節くらいは美女成分が圧倒的に不足していた。
今夜は寝かさないぜ、ベイビー。
夕食を終えて、夜風にあたりながら宿へと戻る。
道中、イヴとは手を繋ぎっぱなしだった。
受付にいた宿の主人から木桶を借り、廊下でむさいオッサン共と別れて、イヴと一緒に部屋に入る。
「さて、まずは身体でも拭きましょうか」
「では私がお拭きします」
イヴは積極的だった。
これまで俺たちに施されるばかりだったから、何かしたいのだろう。
そう焦らなくてもいいんだぜ、イヴ。
夜はまだまだこれからだ。
早速、俺は水魔法と火魔法を駆使して、桶にお湯を張った。
俺は全裸に、イヴは下着姿になり、濡らしたタオルで美女が俺の身体を拭いてくれる。本当は風呂に入りたいが、桶のサイズ的に無理だ。
早く館に帰って、あの大浴場で至福のひとときを堪能したい。が、美女から甲斐甲斐しく全身を拭き拭きしてもらえる現状も、これはこれで最高だ。
「次はイヴさんの身体を拭いてあげます」
「私は大丈夫です。一人でできますので」
「遠慮しなくてもいいんですよ」
「いえ、さすがにそこまでお世話になるわけにはまいりません。既に感謝しきれないほどの恩を受けている身です。どうかお気遣いなく」
真面目くさった顔で、やんわりと拒絶される。
美女のガードは固かった。
あまり攻めすぎると、イヴも心苦しくなるだろう。
仕方がないので、なんとか背中だけは拭いてあげることになった。
お楽しみはベッドの中でだな……。
イヴも一糸纏わぬ姿となり、蝋燭の明かりのもとにその素晴らしい裸体を露わにした。
最高だ、大変結構。
胸はDカップくらいあって、色も形も芸術的だ。美天使の翼人貧乳説とかもう完全に都市伝説です本当にありがとうございました。
ヒップも形容しがたい絶妙な肉付きで、そのくせ腰や四肢はしなやかに引き締まっている。さすがは普通の美女三人分以上のお値段だっただけのことはある。
これで処女とか、なんだこれは現実かおい。もう女体は見慣れているつもりだったが、久々に自分が男の身でないことを悔やんだ。
「では、その……背中をお願いしてもよろしいでしょうか」
「お任せくださいっ」
意気揚々と頷き、俺は絞ったタオルで優しく背中を拭いていく。
サラもセイディもオルガもそうだが、翼人は背筋がしっかりしてるね。
俺はすべすべの肌を堪能した後、翼を拭くためにまずは付け根のあたりに触れてみた。
「――んっ」
イヴはなんか色っぽい声を漏らした。
翼人の弱点は既に把握済みなのだよ、抜かりはないぜ。
「あの、くっ……翼まで、拭いて頂かなくても……ぁ、ん……ッ」
「いえ、ちゃんと綺麗にします」
本当はずっと付け根を触っていたいが、怪しまれる前に止めておいた。
正直な感想としては、イヴの翼はセイディのエンジェルウィングの優美さには及ばないし、オルガのダークレッドウィングにあった格好良さもない。
だが、深緑の羽が葉のように折り重なる様は森の木々を思わせて、独特の美しさと温かみを感じる。
俺はそんな翼を丁寧に拭っていく。
「どこか痒いところとかないですか?」
「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
俺としてはノシュカくらいフレンドリーにしてくれもいいんだが、イヴは真面目そうな人だ。
この分だとあれこれと理由を挙げられて、一緒に寝てくれないかもしれない。
今日はケルッコとの対峙で疲れたから、なんとか美女の温もりに浸りたい。
そして推定Dカップな御山を制覇するのだ。
しかし、俺は焦らない。
身体的には女である俺はもう一生DTのままだが、女体は見慣れているし、触れ慣れてもいる。
がっつかず、好機を待つのだ。
そんなことを考えながら、翼を拭き終わる。
結局、イヴは俺が話しかけなければ口を開かなかった。何か考え事でもしていたのか、姿勢良く椅子に座ったまま、身じろぎひとつしなかった。
入浴代わりの身体拭きが終わり、俺はパンツとシャツを着ただけのパジャマ姿になった。が、なぜかイヴは服を着ようとしない。ただ険しい面持ちで立ったまま、服を着る俺をじっと見つめていた。
……そんなに見られると、さすがの俺もちょっと恥ずかしいぞ。
「ローズさん」
どうかしたんだろうか……と思って声を掛けようとしたとき、先手を打たれた。
イヴはやけに真剣な表情で、突っ立つ俺と向き合ってくる。
「ん、どうかしましたか?」
なぜかイヴは綺麗な立ち姿から腰を屈め、床に膝を突いた。
かと思ったら、そのまま正座して、三つ指突いて頭を下げてきた。
「――え」
俺は唖然とした。
頭が真っ白になった。
どうやってイヴにベッドを共にしてもらおうかと思案していたのに……。
まさか誘ってもいないのに美女の方からオッケーサインを頂けるとは思ってもいなかった。
なんだこれは幻覚か。
「申し訳ありませんでした」
床に額をつけかねない勢いで、頭を下げたままイヴが言った。
それは土下座だった。
三つ指だってついておらず、普通に掌全てを床につけている。
さっきのは俺の逸るパッションがもたらした幻覚だった。
そりゃそうか。
「私は貴女を――貴女がたを、疑っていました。私の方から、私を買ってくれるよう頼んだにもかかわらず、貴女がたに何かよからぬ思惑があるのかと勘ぐり、その誠意を試すようなことまでしました。本当に、申し訳ありませんでした」
「…………」
突然のことに、どう反応すればいいのか分らなかった。
なんで俺、全裸の美女から土下座で謝罪されてんだ。
意味分からん。
「実を言いますと、私は祖国から追われていても不思議ではない身なのです。これまでの旅路では、その懸念を裏付けるようなことはなかったのですが……今回の件を受け、よもやローズさんたちはオールディア帝国の関係者なのかと疑ってしまったのです」
イヴは俺の沈黙をどう受け取ったのか、聞いてもいないのに弁明を始める。
顔はずっと伏せられたままで、全身から申し訳なさが漂ってくる。
「ですが、貴女がたは私がこの町に残ると言っても、行動を共にしようとはしませんでした。ただ貴女がたからは純粋な善意しか感じず、己が浅はかさと無礼の数々を恥じ入るばかりです」
「…………」
「申し訳ありません、ローズさんからすれば、何を言っているのか判然としないかと思います。ですが、私は貴女の善意を侮辱していたのです。どうかお許しください」
芯のある静かな声に含羞の念を乗せて、イヴはただ平服していた。
いや……え? なにこれ、どうすればいいの?
とりあえず、土下座はまずいか。
美女から全裸で土下座される現状はさすがに居心地が悪すぎる。
「あの、イヴさん、顔を上げてください」
「……はい」
イヴはやや間を置いた後、おもむろに上体を起こした。
だが立ち上がろうとはせず、相変わらず正座姿勢のまま目を伏せている。
「えーっと、イヴさんが私たちを疑っていたとか、そういうのは仕方ないと思いますし、大丈夫です」
「許して頂けるのですか……?」
「許すも何も、べつに怒ってませんから」
むしろ疑われて当然だと思うしな。
驚きなのは、疑っていたことを正直に打ち明け、謝罪してきたことだ。
これはもう誠意とかそういうレベルを超越している。
イヴと再会したときも思ったが、この美女どんだけ馬鹿正直なんだよ。
「えーっと、その、イヴさんはオールディア帝国から追われてるんですか?」
「確証はありませんが、おそらくは。ただ、私の探している人が帝国に追われていることは確かだと思うので、せいぜいそのついで程度にでしょうが……」
「……今更ですけど、イヴさんって何者なんですか?」
「それは……申し訳ありません。知れば巻き込んでしまう可能性もありますので、お教えすることはできかねます」
気の毒になるくらい申し訳なさそうな顔で言われた。
そして再び土下座しようとしたので、俺はそれを慌てて止める。
しかし、こりゃ一体全体どういうこっちゃ。
ちょっと整理しよう。
イヴは――イヴの探し人は帝国から追われているようなので、その人を探すイヴも追われているかもしれない。だから彼女は、帝国で一度会っただけの俺が都合良く自分を助けてくれた状況に、通常よりも強い疑念を覚えたことだろう。
オッサンが二人いたから犯されると思ったかもしれないし、更に俺が魔女ともなれば色々と勘ぐるはずだ。が、その誤解は一応解けたようだから、そちらはいい。
問題はイヴという翼人美女の人となりだ。
「あの、イヴさんの探してる人って、犯罪者なんですか?」
「違いますっ」
思いの外、強い語調で否定されたので、少し戸惑ってしまう。
探し人は大切な人らしいし、汚名を着せられるのは我慢ならないのかもしれない。
「あの方は被害者で……仇をとろうとしているだけなのです」
「よく分からないですけど、とにかく悪人ではないと?」
「そうです。むしろ正義の人です」
うーん……でもそいつって、イヴの思い人なんだろ?
補正が掛かってそうだから、実際はなんとも言えないだろうな。
いや、あるいは前提が間違っているのかもしれん。
良い機会だから、きちんと事実確認をしておこう。
「イヴさんって、その人――ジークさんのことが好きなんですか?」
「……え?」
さも予想外なことを訊かれたと言わんばかりの表情だ。
ポカンと口を半開にして数秒ほど呆然とした後、少し困惑したように答えた。
「いえ、その、好きか嫌いかで言えば、もちろん好きですけど……」
「それは恋愛的な好きですか?」
「え、あの……もちろん違いますけど、なぜそのようなことを?」
もちろん違うらしい。
ただの否定ではなく、もちろんという副詞までついていた。
特に恥ずかしがるような素振りも見せず、普通に疑問に思っているような感じだ。
たとえ俺がそう見たいだけであったとしても、もちろんという言葉を俺は信じる。
うん、やはり思い込みで物事を判断しちゃいかんね。
「イヴさんはどうしてその人を探してるんですか?」
「それは……大切な人なので。色々と言いたいこともありますし……」
「あ、もしかして家族の方ですか」
「それに近いものだと、私は思わせて頂いています」
イヴは目の前の俺ではなく、何処かにいるジーク某に対して恐縮していた。
相変わらずよく分からないし、話したくないようなので無理には聞き出せないが、とりあえず大丈夫だろう。この翼人美女は悪人ではないはずで、ついでにもし探し人を見つけたとしても、イヴの純潔は保たれるはずだ。
ならば良し。
家族的な相手だから人物評に補正は掛かっているのだろうが、もうそれは問題ではない。そもそも、こんな全裸土下座をかます馬鹿正直な人が悪人とかあり得ない。もしそうだったら、俺は完膚無きまでに人間不信となって、今後は年端もいかない幼女すら信用しなくなるだろう。
「まあ、事情はよく分かりませんけど、状況は分かりました。さっきも言いましたけど、疑われていたことは気にしてませんから、イヴさんも気にしないでください」
「ローズさん……ありがとうございます。それと申し遅れましたが、私の本名はイヴリーナと申します。ローズさんが本名を明かして下さったときに名乗り返せず、申し訳ありませんでした」
また平服しようとしたので、いい加減立たせた。
俺は床に全裸美女を正座させ続けるほど鬼畜ではない。
「本名で呼ぶと不味いんですよね? それなら、これからもイヴさんって呼んだ方がいいですよね?」
「はい。ですが私のことは、呼び捨てにしてくださって構いません」
「……イヴ」
俺の呼び掛けに、イヴは凛々しさと穏やかさが混交した独特の表情と声音で「はい」と応じてくれた。
しかも全裸状態だろうと気にせず堂々としている。
その美しい姿を見て、俺はふと思いついた。
少々気は引けるが、これは絶好のチャンスだ。
「ところで、イヴ。少しお願いがあるんですけど、聞いてもらえますか?」
「もちろんです。ローズさんは私を300万ジェラ以上も掛けて助けてくださっただけでなく、衣類や剣、渡航費まで用立ててくださり、更には私の非礼をも快く許して頂きました。その償いと恩を少しでも返せるのであれば、私にできることでしたら何でも仰ってください」
この流れでは断れまいとは思ったが、案の定だった。
今ならきっと大抵のお願いは快く聞いてくれることだろう。
い、いかん……暴走しそうだ……。
頼んだらM字開脚とかしてくれるのだろうか?
いやいや、ダメだ、欲張るのはやめよう、ここは安全確実にいく。
「では、同じベッドで一緒に寝てください」
「私と一緒に、ですか? それは構いませんが……」
イヴはそんなことかと拍子抜けしているようだった。
しかし、俺にとっては大事なことなのだ。
最近はむさいオッサンとの日々で潤いが圧倒的に不足していたからな。
「私、こう見えて甘えん坊なので、美女と一緒でないと熟睡できないんです」
「そうでしたか。それならば、謹んでご一緒させて頂きます」
「ありがとうございます。それと言い忘れてましたけど、そのままの格好でお願いしますね。あ、私も脱ぎますから、安心してください」
「え……私も、脱ぎ……?」
イヴは訝しげに眉根を寄せて呟きながら、自分の身体を見下ろした。
ところで固まった。
蝋燭に照らされた彼女の美貌からサーッと血の気が引いて青白くなり、かと思えば今度は真っ赤になって、バッと胸元と股間を隠した。
「あ、あああの、すみませんっ、ごめんなさい! わ、私、その、ずっとローズさんに謝らねばと考えていまして……ですから、あの……このような見苦しい格好で、先ほどは……申し訳ありませんっ」
「…………」
耳まで赤くして慌てふためく様子を見るに、どうやら全裸であることを失念していたらしい。先ほどまで然り、相手が幼女だから裸そのものは大して恥ずかしくないのだろうが、イヴは全裸状態で土下座してまで真剣に謝罪した。
俺としても大胆な美女だなと思っていたが、まさか無自覚だったとは……。
「ほ、本当に申し訳ありませんっ、こんな格好でするような話ではなかったのに……えっと、あのっ、今すぐ服を着ますので!」
「いえ、ですからそのままの格好で、私と寝て欲しいんですけど」
「えぇ!?」
もの凄くテンパっていた。
さっきまでキリッとしていてたのに、今ではそんな面影など微塵もない。
だが可愛いので何の問題もない。
しばらくするとイヴは落ち着きを取り戻したが、未だに少し頬が紅潮している。
まだ全裸のまま立っているから、心許ないのだろう。
「あの、せめて肌着くらいは身に着てもよろしいでしょうか……?」
「ダメです」
俺はローズスマイル(Lサイズ)をプレゼントした。
そして反論する隙を与えぬままに俺も再び全裸になって、テーブルに置いていた光魔石を手に取り、蝋燭を消した。微かに魔力を込めて明かりを灯し、イヴの手を握ってベッドに誘って、戸惑う彼女を横たわらせる。
「えっと、その、本当にこのまま寝るのですか……?」
「もちろんです」
俺は光魔石を枕元に置いて明かりを消すと、暗闇の中でイヴに抱きついた。
直に感じる肌の温もりと柔らかさは最高の一言に尽き、俺は得も言われぬ安心感を覚えた。興奮もするが、人肌と直に触れ合ってると、無性に心が安らぐのだ。
「本当に嫌だったら、下着くらいは着けてもいいですけど……どうですか?」
「……いえ、このままで大丈夫です」
イヴは俺をそっと抱き返してくれた。
優しい手付きだ。
俺は彼女の胸元に顔を埋めて、至福の感触を味わっていく。
これは……思った以上にヤヴァイです。
全裸で寝るのが癖になりそうだ。
館に戻ったらメルとリーゼにお願いして、一度全裸で寝てもらおう。
いや、サラとクレアとセイディも誘って、みんなで全裸就寝だ。
幼女な今だからこそ実現できるパラダイスだな。
「ローズさん、ありがとうございます。いつの日か必ず、このご恩はお返しします」
「……べつにいいですよ、私が好きでしたことですから」
それに今この状態だけで、俺はもう満足だ。
オッサン共はこの至福を堪能できないのかと思うと、二人には申し訳ないけどね。まあ、今頃オッサンペアは隣室で仲良くやっているだろう。
今日は疲れていたからか、ややもしないうちに意識が微睡んできた。
まだ起きていてこの時間を楽しみたいと思う一方、このまま美女の温もりに身を任せたいとも思ってしまう。
だが結局、俺は心地良い眠気に逆らわず、イヴに抱きついたまま眠りに就いた。