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幼女転生  作者: デブリ
七章・黄昏編
136/203

第九十話 『賭博激闘録ローズ 二』

 

 丁半賭博エリアに足を踏み入れ、まずはどこのテーブルで勝負をするか選んでいく。

 今現在、丁半を行っているテーブルは全部で五つあり、どこもなかなかの盛り上がりを見せている。別段、どこで勝負に挑もうと問題はないのだが……。

 ディーラーこと壺振り師が美人のところの方がプレイしていて華やかだろう。


 他のエリアでもそうだが、どこもディーラーは女オンリーだ。

 男は一人もいない。

 加えて、全エリアのディーラーは全員が人間で、獣人や翼人は皆無だった。


「ん……?」

 

 また魔動感が反応した。

 微弱かつ一瞬だったとはいえ、確かに魔力波動を感じ取れた。

 そちらの方を向くと、今まさに壺振り師の美熟女が壺を開け、声高に結果を報せていた。ゲームの参加者たちはそれぞれが一喜一憂し、獣人オッサン共が敗者からチップを回収し、勝者にはチップを差し出している。


「…………」

「レオンちゃん、どこでするか決まった?」

「そこにしましょう」


 俺はなんだか少し気になって、見つめていたテーブルに足を進めた。

 ちょうど今し方のゲームを機にオッサン三人組が離席したので、俺とベルはそこに腰掛ける。尚、ユーハは椅子に座らず俺の後ろに立っている。

 席は壺振り師の熟女に最も近い。熟女は黒ストに包まれた腿が半ば露出したタイトなミニスカ姿で、やけにエロティックだ。淡い紫の髪はバレッタでアップスタイルに纏め上げられ、たぶん後ろから見たらうなじがエロいはず。

 客寄せのためだろうか。


 丁半賭博のテーブルは少々特殊で、U字型をしている。

 参加者たちは間の空白地帯を挟んで向かい合うようにして座り、U字型テーブルの底辺部にディーラーがいる。

 間の空白地帯は金の勘定役であるオッサン共が行き来するためのスペースだ。


「おーおーなんだ、ガキが参戦かー、おい!」

「ハハッ、こりゃ面白くなりそうだなッ」

「まだ十にも満たねえようなガキじゃねえか」

「いや、つーか隣のオッサンなんだおい、あれ化粧してねえか……?」

「おいガキ、オレらの邪魔だけはすんじゃねえぞ」


 既にテーブルに着いている参加者のオッサンたちから様々な反応をされる。

 とりあえず俺は雰囲気に呑まれないように微笑みを浮かべて受け流し、ディーラーの美熟女に顔を向けた。


「両替お願いします」

「アタシもお願いするわぁ」

 

 俺とベルはそれぞれ1万ジェラをテーブルに置いた。

 ゲームにはカジノ専用のチップしか使用できず、そのチップはどこのテーブルでも両替してもらうことができる。だが、フロア中央にある両替所では現金からチップへの両替はできず、チップから現金の両替しかしてもらえない。


「畏まりました。ふふ、これは可愛らしいお客さんね」 


 ディーラーは四十路ほどの無駄に色香が漂う妖艶な熟女で、俺に微笑みかけてから、獣人のオッサンに目を遣った。

 オッサンは俺たちの前までやってくると、無愛想に訊ねてくる。


「賭札はどのように替えましょう?」

「1000を五枚と、500を十枚でお願いします」

「アタシも同じでお願いするわぁ」


 俺とベルはそれぞれ十五枚のチップを受け取った。

 チップは五百円玉くらいの大きさの金属製でやけに軽く、色付きだ。

 赤いチップが500ジェラ相当、緑のチップが1000ジェラ相当だ。

 これらのチップを現金にする場合、95%の割合で替えられる。

 5%分はカジノの取り分だ。

 つまりこれも寺銭の一つであり、入場料とこの換金率がカジノの主な収入といえよう。


「では、次の勝負に参ります。よろしいですか?」

「おうツィーリエ早くしてくれっ」


 熟女ディーラーの声に、やけに場慣れした感じのオッサンが急かすようにテーブルを叩いた。

 しかし、美熟女ツィーリエは急ぐ様子を見せず、俺たち参加者(全部で十八人)の顔を軽く見回した後、サイコロ二つと小さな器を手に取った。俗に壺と呼ばれる小さな器は編みかごみたいなもので、隙間は皆無。サイコロも特に何の変哲もないものだ。


「では入ります」


 美熟女は右手の壺、左手の指に挟んだサイコロ二つを俺たちに見せつけるようにして二、三度ほど交差させた後、そう言った。

 直後、壺の中にサイコロを投げ入れたかと思いきや、木製のテーブルに置かれた小さな畳っぽい台座上に、目にも留まらぬ速さで壺を伏せた。そして右手を壺から引っ込めると、「さあ張った張ったっ」と闊達な声を張り上げた。


「俺は丁に2000賭けるぜ」

「いや、さっき丁だったから次は半だっ」

「さっき大負けしてあと1000しかないんだ……頼む丁こい……」

「半だな、半に5000」


 オッサン共はどんどん賭けていく。

 テーブルには座席に平行な横線が引かれており、線の向こう側が丁、手前が半で、その二つのエリアにチップを置くことでどちらに賭けるかを明示する。その賭金エリアの手前に、更にもう一本横線が引かれていて、こちらは手持ちのチップと半エリアとの境界だ。

 一度でも丁か半に賭けたチップにはもう二度と触れることが許されず、違反すると黒服のオッサンたちに連行される。


「アタシは丁にしようかしら」

「では私は半にします」


 俺はベルとは別々に賭けることにした。

 どちらもまずは様子見ということで、最低賭金の500チップを一枚ずつおいた。

 これで最悪、どちらであっても俺たち二人の収支はプラマイゼロになる。

 ちなみに、本当は予め両替しておかなくても、ここで現金を置くこともできる。

 勝負後の精算で勝手にチップに替えてくれるのだ。


「丁方いませんか丁方っ」


 熟女は丁の側にもっと賭ける奴はいないか煽っている。

 客は勝った場合、必ず賭金の倍額がもらえるようになっているので、カジノ側としては丁方と半方の賭金が釣り合うようにしておきたいのだ。

 そうすれば場のチップだけが動き、不足分をカジノ側が負担しなくて済む。


「では、出揃いました……勝負っ」


 ディーラーの熟女ツィーリエは安置していた壺に再び触れ、一息に真上に上げて開陳した。

 テーブルに一瞬の緊張が走ると同時、熟女が結果を声高に知らせる。


「五六の半っ」


 サイコロの目はそれぞれ五と六を示している。

 その和は十一なので奇数――つまり二では割れない半端な数だから、半だ。


「やったわね、ローズちゃん」

「まあ、幸先はいいですね」


 理論上、勝率は二分の一だから、初っぱなから当たっても何らおかしくはない。

 こんなことなら1000くらい賭けておけば良かったな。


「だーっ、クソ負けた!」

「やっぱ半だったぜっ」

「あぁ……最後の金が……」

「よし、5000いただきだ」


 声を上げて喜ぶ奴、落ち込む奴、舌打ちする奴、特に何の感慨も見せない奴、客たちの反応は様々だ。そんな中、獣人の黒服たちがU字型テーブルの間に入ってきて、各人に精算を行っていく。

 俺はディーラーに最も近いから精算は最後になり、五百チップが二枚差し出される。


「おめでとう、可愛らしいお客さん」

 

 500チップ二枚を見つめていると、ディーラーの熟女が微笑みかけてきた。

 ツィーリエさんの服は肩から腕まで丸見えのストラップレスドレス風なので、色気が凄い。胸もある方だから谷間も窺え、密着型の服により胸から腰のボディラインがよく分かる。

 他のテーブルの女ディーラーたちも似たような格好の姉ちゃんばかりだが、この熟女独特の色気は他のディーラーにはない。


「では、次の勝負に参ります。よろしいですか?」


 テーブルから一人離れて、新たに二人が参戦してきた。

 そこで熟女ディーラーが声を掛けて全員を見回し、異論がないことが知れるとゲーム開始となる。

 先ほどと同様の手順で壺を振り、丁半どちらに賭けるかを決めていく。


 今度は丁にしてみた。

 賭金は少し思い切ってみて1000にする。

 ベルは半に500を賭けていた。


 その後、熟女が「半方いませんか半方っ」と声を上げて、場の賭金の調整を図った後、開陳となる。

 

「三五の丁っ」

「あ、また当たった」

「ついてるわね、レオンちゃん」


 1000チップが一枚追加されて戻ってくる。

 良い調子だ。


 一ゲームには精算時間も含めてだいたい五分くらい掛かる。

 二ゲームでの収入は単純に考えれば1500ジェラになるが、換金レートが九割五分なので1425ジェラだ。約十分でそれだけ稼げたと思えば、かなり割が良い。

 が、そうそう上手くはいかないのが人生ってやつだ。

 

 次の三ゲーム目、俺は再び丁に1000チップを一枚賭けてみた。

 結果は一四の半であり、負けだ。

 

「うーん、まあこんなもんですかね」

「どんな賭戯も勝って負けてを繰り返すものよ。落ち込まずいきましょう」


 俺はベルの励ましに頷き、その後もゲームを続けていく。

 

 四ゲーム目、俺は半に500チップを一枚賭けた。

 結果は二三の半で、勝ち。

 五ゲーム目、俺は丁に500チップを一枚賭けた。

 結果は一六の半で、負け。

 六ゲーム目、俺は丁に1000チップを一枚掛けた。


「ハッハッハッ、丁に一発勝負だ!」

「おぉっ、お前いくのか、いっちまうのか!?」

「一気に5万かよ……根性あんなぁ」


 他の参加者のオッサンが賭金の上限額――黒い1万チップを五枚一気に賭けていた。それに触発されてか、他の参加者も銘々に丁だったり半だったりに5000や1万などの高額を賭けていく。 

 

「半方いませんか半方っ」


 ディーラーが煽るように、今回は半方の方が丁方より2、3万分ほど多い。

 もしこれで結果が丁だったら、その数万の差額を埋めるために胴元側が丁方に金を払うことになる。


 熟女に煽られて、半に賭けた奴が二人、追加でチップを置いた。

 それでも結局は丁と半の差額は埋まらず、もう誰もチップを追加ベットする気配がなくなった。

 

「では、出揃いました……勝負っ」


 と言って、壺振り師ツィーリエが安置していた壺に触れた。

 その瞬間、俺は微かな魔力波動を察知する。

 思わず目を見開いて間近にいる美熟女を見つめてしまうが、彼女は先ほどまでと何ら変わらぬ様子で、編みかごを上げてサイコロを露わにする。


「一五の丁っ」


 サイコロもこれまでと特に変わったことはなく、畳っぽい台座の上で無機質に鎮座している。


「よぉしっ、当たった!」

「やるなあいつ」

「クッソ、おれも丁賭けすりゃ良かった」


 オッサン共が何やら言い合う中、黒服共が精算を始める。

 

「やったわね、レオンちゃん」

「ええ……そうですね」


 俺はベルに応じながらも、美熟女を凝視してしまう。

 あまりに微弱かつ一瞬の魔力波動だったので、一度目は気のせいかと思い過ごし、二度目は疑念が強くなってこのテーブルに着いてみたが、三度目で確信した。

 これは〈霊引ルゥ・ラトア〉の魔力波動だ。


 魔動感を得て早四年、俺はこの第六感が感じ取る"何か"の特性を大まかにだが掴めている。普段から俺や婆さんが魔力波動と称するこの"何か"は〈魔球壁フィス・アルア〉で遮断できることから、まず間違いなく魔力に類するものだ。以前に婆さんが言っていたとおり、おそらくは魔力を活性させたときに生じる余波のようなものだと俺も推測している。

 この余波――魔力波動には個人個人で特有のパターンがあり、〈火矢ロ・アフィ〉だろうと〈水弾ト・クア〉だろうと、少なからず一種の癖が現れる。

 語弊を承知で言えば、魔力のDNAとでもいうべき共通点を感じ取れるのだ。

 だから俺はリーゼやサラなど、慣れ親しんだ人の魔力波動ならどんな魔法のものでも「あ、これはリーゼだな」などと分かってしまう。もちろん、既に記憶してしまっているからでもあるが、仮にリーゼが新魔法を行使したとしても、リーゼの魔力波動だと一発で判別できる自信がある。


 それと同様に、魔力波動には個人個人の特有パターンだけでなく、魔法ごとにも特有のパターンが現れる。例えば〈火矢ロ・アフィ〉をリーゼが行使した場合とサラが行使した場合、どちらの魔力波動も別のものだと判断できる。

 だが、一部似通っているようにも感じられるのだ。それはクレアやセイディたちの〈火矢ロ・アフィ〉の場合でも変わらない。


 おそらくだが、魔力波動は個人の癖と各魔法ごとの特徴が絡み合ってできている。町中を歩いていると、たまに〈火矢ロ・アフィ〉や〈水弾ト・クア〉などの初級魔法の魔力波動を感じ取れる。直接行使しているところを見てもいないし、詠唱だって聞いていないのに、魔力波動だけでどんな魔法を使ったのかだいたい分かってしまうのだ。

 つまり俺は、例え初対面の人の魔力波動だろうと、そこからどんな魔法が行使されるのかが分かるようになった。以前に聞いた話では、婆さんはほぼ完璧に判別可能らしい。

 無論、感じ慣れていない魔法の魔力波動だった場合は俺も婆さんも分からないが、俺はともかく婆さんに感じ慣れていない魔力波動などないだろう。


 まあ、ともかくだ。

 先ほど一瞬だけ感じた魔力波動には〈霊引ルゥ・ラトア〉特有のパターンを感じた。魔力波動を感じた方向にはディーラーの美熟女ツィーリエがいて、もちろん彼女の向こう側にも客や黒服など様々な人が見られるが……。

 一度目や二度目を鑑みれば、今のは十中八九、ツィーリエが放った魔力波動だ。


「では、次の勝負に参ります。よろしいですか?」


 混乱しかける俺を余所に、次のゲームが開始された。

 美熟女ツィーリエが壺を振り、安置して、賭けの募集が始まる。


「よっしゃ、俺も5万いくぜ! 半だっ!」

「おいおいマジかよ、攻めるねぇ……おれは丁だな」

「半に1000だ」

「丁に5000」


 野郎共は盛り上がりながらどんどん賭けていく。

 俺は……逡巡した末、丁に1000を賭けた。

 何はともあれ、まだ七ゲーム目だし、様子見だ。


「丁方いませんか丁方っ」


 今度は半方が多くなったので、丁にもっと賭ける奴はいないかディーラーが煽る。ぽつぽつと追加ベットされ、もう誰も賭けないことが分かると、美女は壺に手を掛けた。


「では、出揃いました……勝負っ」


 また魔力波動を感じた。

 やはり相当に微弱で一瞬だが、確かに先ほど感じたものと同じ魔力波動で、〈霊引ルゥ・ラトア〉特有のパターンがあった。

 その後、壺に隠れていたサイコロの目が露わになる。

 

「三五の丁っ」


 俺は更なる混乱に陥った。


「あぁクソッ、畜生負けた!」

「ははっ、残念だったなぁ」

「よし、勝てたか」


 俺は野郎共の感想を無視して、二つのサイコロをじっと見つめる。

 どちらも特に何の変哲もないサイコロだ。

 それらが乗る畳っぽい小さな台座もこれといって不自然な様子もなく、壺として用いられている編みかごも同様だ。ディーラーである美熟女も一ゲーム目から変わらぬ表情で、黒服たちの精算が終わるのを待っている。


「…………」


 どういうことだ?

 ちょっと待て、落ち着いて考えろ。

 

 先ほど魔力波動を感じた際、5万を賭けた客は勝った。

 その結果、胴元側が支払うことになるチップが多くなった。

 つまり胴元側が損をした。

 今し方も魔力波動を感じたが、今回5万を賭けた客は負けた。

 その結果、胴元側は余剰のチップを手に入れた。

 つまり胴元側が得をした。


「また勝てたわね、レオンちゃん!」

「…………」

「レオンちゃん?」

「え、あぁ、そうですね、なかなか運が良いです」


 ベルと適当に話しながらも、先ほどの魔力波動とその勝負結果について、俺の脳は半ば勝手に思考していく。

 その最中、黒服から緑の1000チップを二枚差し出され、俺はそいつを呆然と見つめた。七ゲーム目を終えたところでの結果は、四勝三敗で2500の勝ちだ。


 調子は良い。良いのだが……。

 さっきの〈霊引ルゥ・ラトア〉の魔力波動は何なんだ?

 イカサマが行われている可能性は浮上したが、まだ何とも言えん状況だし、そもそも〈霊引ルゥ・ラトア〉でどうやってイカサマするんだ?

 方法に検討はつくが、それでサイコロの目を操作しきれるとは思えない。


 ……………………ダメだ、分からん。


「では、次の勝負に参ります。よろしいですか?」


 その声を聞いて、ひとまず強引に思考を打ち切った。

 まだ〈霊引ルゥ・ラトア〉の魔力波動について考察するには情報が足りない。

 とりあえずゲームに集中し、また魔動感が反応したらその都度考えていこう。


 そうして、俺は丁半賭博を続けていった。




 ♀   ♀   ♀




 日暮れ頃、賭場をあとにした。

 ずっと屋内にいたせいか、妙に外の空気が美味しく感じる。

 解放感もあって、俺は大きく伸びをした。


「ローズちゃん、賭博は時の運だから、落ち込むことないわよ」

「うむ、所詮は運なのだ。運も実力のうちなどという言葉はあるが、あれは間違っておる。運など己では如何様にもできぬものなのだ、決してローズの実力不足ではない」


 茜が紫紺に変じて間もない空の下、オッサン二人は俺を励ましてくれる。

 

 丁半賭博を四十三回プレイした結果、俺の戦績は二十勝二十三敗で、3000ジェラ負けた。結局、最初に換金した1万ジェラ分のチップでしか遣り繰りしなかったので、最後に換金して入場料と合わせれば、3850ジェラの損失となった。

 カジノを出る際には必ず全てのチップを換金しなければならないのだ。

 これで残り資金は22890ジェラだ。


「私はべつに落ち込んではいませんよ。結構楽しかったですし、その遊戯代が4000ジェラだと思えば、納得できなくもありません」

「そう? でもなんだか、賭戯中は暗い顔していることが多かったわ」

「それは……ちょっと考え事をしていたんです。あとで少し相談したいことがあるので、付き合ってもらっていいですか?」

「もちろんよ」


 ベルは快く頷いてくれる。

 ユーハも首肯を返してはくれたが、俺に物問いたげな眼差しを向けてくる。


「ユーハさん、どうかしましたか?」

「うむ……ローズは賭場で席を立つ際、壺振り師の者に明日も同じ時間におるのかと訊ねておったな。ということは、明日も賭場を訪れるつもりなのだろうか……?」

「もちろん、そのつもりですけど」


 眼帯のオッサンは渋い顔を見せた。

 ユーハは俺が今日負けたことに反省して、明日はもう行かないという旨の言葉を期待していたのかもしれない。イヴは助けたいと思っているのだろうが、俺が博徒と化すことの方が嫌なのだろう。

 逆の立場なら、俺だって嫌だと思う。


「大丈夫ですよ、ユーハさん。私、賭博というものについて、だいたい実感できました。それでやっぱり、賭け事はしない方がいいとも思いました」

「左様であるか……? だが、明日も参るのであろう?」

「はい。可能な限り、イヴさんは助けてあげたいので」


 ユーハは何を思ったのか納得した顔になって、もうそれ以上は何も言わなかった。

 正直な心情では、先ほどベルに言ったとおり、賭博はなかなか楽しかった。

 だが、それ以上に危険だ。幾度となく雰囲気に呑まれて一気に1万ジェラくらい賭けたくなったし、勝ったときの嬉しさは一種の中毒になりそうな高揚感がある。

 それに何より、十中八九イカサマは存在しているのだ。


「今日の夕食は何がいい、ローズちゃん? 少し高いものでも大丈夫よ」


 俺がトータルで負けた一方、ベルは勝っていた。

 二十四勝十九敗で、1500ジェラ分の儲けを出した。

 それでも換金レートと入場料を差し引けば、結局は925ジェラの儲けにしかならなかったが。

 

 俺たちは酒場へと赴き、適当に色々と注文した。

 賭場でのことを主な話題として食を進め、最後はデザートも頼んだ。といっても、アップルパイに牛乳という、デザートというよりはおやつの類いだが。今日は頭を使ったし、この後も酷使する予定なので、糖分はしっかり補給しておく。

 それにどうにも、転生してからこっち、甘いものがやけに美味しく感じるのだ。

 前世のお菓子に比べれば、この世界のものは数段グレードが劣るはずだが、それでもかなり旨い。まだ幼女だからか、あるいは女の身体だからかは不明だが、とにかく俺は甘いものが好きだ。

 前世でも好きだったが、今では前世以上の好物となっている。


「あー……なんだか眠たくなってきました……」


 宿に帰り、思わずベッドにダイブして横たわっていると、眠気を催してしまう。

 今日は賭場という慣れない場所を訪れ、ギャンブルに勤しんだせいか、無意識のうちに疲れが溜まっていたのだろう。


「あらローズちゃん、もう寝ちゃう? 何か相談したいことがあるようだったけれど」

「……いえ、まだ寝ません」


 俺は上体を起こして、ベッドの上に女っぽく足を崩して座った。

 ベルも隣のベッドの縁に腰を下ろして、ユーハは姿勢良く椅子に腰掛ける。

 

「あの、少しベルさんとユーハさんの意見を聞いてみたいことがあるんですけど……その前に二人とも、今日の丁半賭博で何か気になることとか、ありませんでしたか?」


 オッサン二人は顔を見合わせた後、まずはベルが口を開いた。


「そうねぇ……特にこれといってなかったかしら。強いて言えば、思ったより椅子の座り心地が良かったことくらいね」

「某も特に気になる点はなかった。ただ、警備要員と思しき黒服の獣人たちはそれなりの練度の者たちだろうとは思ったが」

「そうですか」


 どちらも俺の期待していた答えではなかった。

 しかし、それはそれでいい。

 ユーハは未だしもベルが何も気付かなかったということは、イカサマは完璧だったということなのだ。


「それで、ローズちゃんは何か気になることでもあったのかしら?」

「ええ。実は度々、私の魔動感が反応していまして。どうにもあの壺振り師のオバサンが魔法を使っていたみたいです」

「なに……?」


 ユーハが左眼を細めて、訝しげに呟いた。

 ベルも化粧されたオカマ面に疑問の色を見せる。


「魔法はおそらく〈霊引ルゥ・ラトア〉です。白竜島で飛んだとき、ユーハさんとベルさんに使った闇属性の中級魔法ですね」

「でも、ちょっと待って。あの美人さん、詠唱も何もしていなかったわよね? まさかローズちゃんみたいに詠唱もなく使っていたってこと?」

「そのようです」


 俄には信じられないのか、ベルは「あらまぁ……」と声を漏らして驚いている。

 だが、それも無理なきことだろう。

 詠唱省略ができる魔法士は数が少なく、一国でも数人レベルの希少さだとされている。それがこんな港町の賭場でディーラーをしており、しかも相手はこれまた希少な魔女だ。

 

「してローズ、それが如何した? よもや密かにローズを傷つけておったのか」

「いえいえ、違いますよ。たぶんですけど、〈霊引ルゥ・ラトア〉を駆使してイカサマしてたんだと思います」

「イカサマ?」


 ベルが興味深げに反応したので、俺はとりあえず自説を展開してみることにする。誰かに話した方が考えも纏まりやすいし、不明点も洗い出せる。


「これは私なりに考えてみた方法ですけど……きっとサイコロの一つに蓄魔石の欠片が組み込まれていたんだと思います。〈霊引ルゥ・ラトア〉は魔力を有するものを引き寄せる魔法ですから、人だけでなく魔石にも反応します。壺越しにサイコロを操って、丁か半か結果を操っていたのでしょう」

「でも……そんなこと可能なのかしら? そう聞くとイカサマもできそうな気がするけれど、言うは易し行うは難しよ」

「もし私が〈霊引ルゥ・ラトア〉を利用したイカサマを仕込むとしたら、こうします」


 と前置きして、あの状況から推測してみたイカサマの概要を説明する。


 まず、サイコロに内蔵する蓄魔石の欠片は、辺の直下に仕込む。

 例えば一と三の面の間にある辺の下だ。もちろん、自然放魔に備えて魔力充填できるように、サイコロの素材は通魔性の高いものを使用する。

 すると、どうなるか。

 真上から〈霊引ルゥ・ラトア〉を行使した場合、サイコロは真上に浮き上がるが、その際に魔石の欠片を仕込んだ辺が真上を向くことになる。

 〈霊引ルゥ・ラトア〉をサイコロの自重と釣り合うくらいの弱さで行使すれば、サイコロはほんの僅かに浮かび上がりつつ宙で回転して一と三の境界が上を向く。あとは魔法を解けば、一か三――つまり奇数の面が上になって落ち着くことになる。サイコロの面の直下に魔石を仕込まないのは、いつも同じ数字になる愚を避けるためだ。

 〈霊引ルゥ・ラトア〉による出目操作の存在は通常なら感知されないが、傾向からイカサマを疑われる懸念を考慮し、一か三というランダム性があった方が秘匿性はより増すことになる。


「ちょっと待って、でもその方法だと、二つのサイコロに魔石を仕込むことはできないわよね?」

「はい」


 さすがベル、早くも俺の話を理解しつつある。


「仮に両方とも魔石サイコロにしてしまうと、出目を完全に操作できなくなります。例えば一方を三か五が出るサイコロにして、もう一方を二か四が出るサイコロにしたとします。両方とも〈霊引ルゥ・ラトア〉で操作した場合、必ず丁が出てしまいますから、半に操作することができません」

「そうね。でも、それじゃあ一つしかサイコロの出目は操作できないことになるわよね? その場合、どちらのサイコロの出目も予め分かっていなくちゃいけないことになるわ」


 結果が丁か半かを操作しきるには、壺内のサイコロの出目を完全に把握しておく必要がある。でなければ、〈霊引ルゥ・ラトア〉を使用した出目操作は成り立たない。


「ベルさん、サイコロを任意の目になるように壺を振ることって、可能だと思いますか?」

「んー、まあ、不可能ではないのでしょうね……たぶん。嘘か本当か、ルーレットでは回転盤の任意の場所に玉を入れられる人もいるって話だし」

「仮にあのツィーリエって人が毎回毎回、サイコロが任意の目になるよう振っていたとすれば、イカサマは可能です」


 通常、丁半賭博でイカサマは不可能とされている。

 なにせディーラーが壺を振った後に、客がベットするからだ。

 事前に丁か半か狙った方を出せるとしても、客の意思までは操れない。

 それとなく誘導するのがせいぜいだろう。

 なので任意の出目が出せるとしても、本来なら無意味なのだ。


「胴元側がイカサマをする動機については、今更言うまでもないでしょう。客の賭金が丁半どちらかに大きく傾いた場合、その傾いた側の結果になれば、胴元側は負けた側の賭金で賄えない分を負担することになります。ですが逆に、賭金がより少ない方を勝たせることができれば、儲けを出すことができます」

「それに、お客さんの中に胴元側の人を紛れ込ませておけば、お客さんからお金をむしり取れるわね」


 ベルは完全に話を理解しているようだが、ユーハは先ほどから真剣な顔をしつつも口は開かない。どうにも話についていくだけで精一杯っぽい。

 まあ、割と難しい話だから無理もないだろう。


「四十三回中、〈霊引ルゥ・ラトア〉は九回使っていました。どれも全て、丁半どちらかに賭金が2万以上は傾いた場合でした。その際の出目も覚えています」

 

 一回目は一五の丁。

 二回目は三五の丁。

 三回目は一二の半。

 四回目は五ゾロの丁。

 五回目は五六の半。

 六回目は一ゾロの丁。

 七回目は四五の半。

 八回目は二五の半。

 九回目は一六の半。


「良く覚えているわね」

「記憶力はいい方なので……まあ、それはともかく。この結果を見る限り、おそらくは一と五の面の間に魔石を仕込んでいたはずです。もちろん、賭金が2万以上は傾いた場合でも、〈霊引ルゥ・ラトア〉を使用していない場合はありました。それに〈霊引ルゥ・ラトア〉の使用有無にかかわらず、賭金が多い側が勝っているときもありました」

「きっと怪しまれないように、適度に勝って適度に負けているのでしょうね。客に扮した胴元側の人が多く賭けて負けたとしても、胴元側には何の損失にもならないのだし」


 ベルは納得したように頷いている。

 俺としても半ば確信してはいたが、ベルの理解が得られたのなら、たぶんこの推理で合っている。

 ユーハは眉間に皺を寄せて何やら考え込んでいるようだったが、おもむろに口を開いた。


「ふむ……すまぬローズ、某は些か混乱しておる。細かな理屈は置いておくとして、つまりあの壺振り師は思い通りに丁か半を出せるのであろうか?」

「おそらくは、そうです」

「……なんということだ。それではもはや運でも何でもなく、完全なるイカサマではないか」

 

 左眼に義憤の炎を滾らせて、ユーハは妙に迫力ある声を漏らしている。

 その気持ちは分からないでもないが、しかし俺は感心の方が強い。


「確かにイカサマですが、実際は露見しなければイカサマになり得ません。これはまず見破れない完璧なイカサマといえます。着実に確実に胴元側が稼げますし、サイコロを割らない限り立証もできません」


 魔動感がなければ、絶対に気付けなかった。

 任意の出目にできる壺振り師の腕前あってこそだが、もはや完全犯罪だろう。

 客側にまで胴元側の者が紛れ込み、適度に負けてさえいるので、統計的にも不自然な点はない。出目の偏りは〈霊引ルゥ・ラトア〉使用時にしか生じないので、魔動感がなければ不自然にすら思えないはずだ。


「さて、話は理解できたかと思います。そこで本題の相談なのですが――」

「否、皆まで申すでない、ローズ。然様な悪事を働く不届き者の罪を摘発したいのであろう。無論、某は全力で手を貸す所存である」

「え……ユーハさん、何言ってるんですか?」

「む……?」


 俺とユーハは互いに意外そうな顔を見つめ合った。

 いやまあ、言われてみれば、ユーハの考えは至極真っ当だとは思うけどさ。


「このイカサマを逆手にとって、どうにか勝てないものか、相談したいんです」

「い、否……待たれよ、ローズ……つまり、ローズはこう申すのか? そのイカサマを見逃し、あまつさえ某らはそれに便乗して不当に金を稼ごうと……?」


 そう言われると、なんか悪事を働くみたいで後ろめたくなってくるな。

 というか、ユーハもベルもそんな悲しそうな目で私を見ないでっ。


「ローズちゃん、気持ちは分かるけれど、そんなことしちゃダメよっ。卑怯な手を使う相手に、同じく卑怯な手を使っちゃ、ローズちゃんの心が穢れてしまうわ! まだ引き返せるのよっ、思いついても実行しなければ大丈夫だから!」

「いえ、あの……」

「ベル殿の申す通りである。いくら相手が不届き者の犯罪者とはいえ、節度は弁えるべきである」


 ユーハは真面目だから未だしも、ベルまで反対するとは……。

 ここは何とか説得しなければ。


「ユーハさん、ベルさん、聞いてください。相手は卑怯なイカサマを駆使してお金を稼いでいる連中です。そんな悪逆非道な連中を懲らしめてやる意味でも、誰かが痛い目に合わせなくちゃいけないんです」

「無論、承知しておる。故にこそ、某らがその罪を暴いて――」

「いえ、きっと真正面から告発したところで、しらを切られるだけです。胴元はこの町の有力者ですから。何の後ろ盾もない私たちは確実に命を狙われるでしょうし、そうなればイヴさんを助けることだってできなくなります」


 オッサン二人は渋い顔を見せ、互いに顔を見合わせた。

 二人共、俺のことを考えてくれているが故に、俺の身を危険に晒すような事態は何より避けるはずだ。

 それにイヴのことだってある。


「私は現実が見えているつもりです。事を公にしたところで、きっと揉み消されて終わりです。それに魔動感の存在を明かすことにもなるでしょうから、私は絶対に狙われます」

「……ううむ」

「ですからせめて、相手が絶対の自信を誇る賭博で懲らしめてやりたいんです。上手く逆手にとって稼げた場合、そのお金は必ずイヴさんのために使います。ユーハさん、ベルさん、協力してください」


 俺は頭を下げた。

 まだ具体的な方法は思いつかないが、俺が企んでいるのはイカサマを利用したイカサマだ。いくら相手が卑怯者とはいえ、それでは同じ穴の狢だろう。

 だが、これは正当なる権利といえる。

 イカサマしていいのは、イカサマされる覚悟のある奴だけだ。 

 こちらは既にイカサマされているのだから、報復する道理はあるし、相手も文句は言えまい。


 今日、実際に賭場へ行ってみて分かったが、このままだと間違いなくイヴを購入できる額にまでは増やせない。希望があるとすれば、おそらくは解明できたであろうイカサマを逆手にとって、どうにか確実に一攫千金を狙うという方法だけだ。

 これは絶好のチャンスといえる。


「……そうね、イカサマを指摘したとしても、どうせしらを切られるのがオチよね」

「ベル殿」

「アタシはね、必ずしも正しいことが正しいのだとは思っていないわ。正しいことをして殺されてしまう人はたくさんいて、この世の中はそういう不条理がまかり通っている。だからって悪いことをしていい訳ではないけれど、自分の身の安全を優先するのは間違っていないわ」


 ベルは俺を温かな眼差しで見つめてくると、しみじみとした声で言った。


「ローズちゃんはアタシが思っている以上に、大人な子ね……」

「いえ、そんなことありません。まだまだ未熟なので、これからも色々教えてください」

「ええ、もちろんよ」


 穏やかなオカマフェイスで頷いた後、ベルはユーハにそれを向けた。


「ねえユーハちゃん、いいんじゃないかしら? ローズちゃんは、きちんと分かっているわ。それに何より、危険な目には合わせられないもの」

「…………うむ、そうであるな、危険は冒せぬか。ならばせめて、ローズの申すとおり胴元を痛い目に合わせ……そしてもう二度とイカサマができぬよう、とくと思い知らせてやらねばなるまい」


 ユーハは渋々ながらも納得し、その正義感を良い方向へと向けている。

 

「二人とも、ありがとうございます。早速ですけど、一緒に考えてください。私にはどうすれば逆手にとれるか、策が思いつけません」


 三人寄れば文殊の知恵という。

 魔法に関してはベルもユーハも素人だが、俺より人生経験は豊富だから、きっと何か妙案を思いついてくれるはずだ。

 それでもし上手くイカサマ返しができれば、卑怯なカジノ側へ損失という名の報復を与えられ、俺たちは金を稼ぐことができる。

 まさに一石二鳥だろう。

 イヴを救うためにも、俺自身のためにも、ここは自分の力で金を工面しなければならないことは忘れていない。ベルとユーハとの仲は人脈という俺の力だし、二人に協力してもらうことは何の問題もない。

 問題があるとすれば、そもそもカジノで金を稼ぐという苦労知らずな方法なのだが……まあ、イカサマされて頭を悩ませているのだから、苦労はしている。

 結果的に金の大切さを誤認せず、魔石や魔剣を売らずにイヴを助けられれば、モーマンタイなのだ。


 よし、俺はやるぞ。

 魔的に卑劣なイカサマを逆手にとって一攫千金だ!

 

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