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幼女転生  作者: デブリ
七章・黄昏編
134/203

第八十八話 『美女の運命も金次第 後』

 

 案内された小部屋にはローテーブルと三人掛けのソファが二つあった。

 俺たちは片側に腰掛け、対面には店員のオッサンとイヴが座る。

 ややもしないうちにティーセットが出てきて、イヴ以外の四人の前に紅茶が並んだ。


 俺は店員――ネンナールの存在が少々邪魔だったが、気にせずイヴに話しかけてみる。


「えっと……お久しぶりです、イヴさん」

 

 だが何を言えばいいのか分からず、とりあえず無難に挨拶をしてみた。


「はい、お久しぶりです、シャロンさん。いえ、レオンさんと呼ぶべきなのでしょうか?」

「まあ、そうですね、そちらでお願いします」

「分かりました、レオンさん」


 イヴはすっかり落ち着きを取り戻し、優しく微笑みながら俺の言葉に応じてくれる。

 やはり綺麗な人だ。しかも十九歳という妙齢だし、処女でもあるらしい。森を思わせる色合いの両翼、そして穏やさと凛々しさの混在した相貌は見ているだけで落ち着く。

 素晴らしい美女だな。

 

「たしか、イヴさんって人を探していましたよね? なのにどうして、その……奴隷に?」

「それは……色々ありまして、不本意ながら奴隷にされてしまいました」

「こちらの奴隷は南ポンデーロ大陸南部の港町タウレルの奴隷商から仕入れたものでして、彼女が奴隷に堕ちた経緯は一応把握しております。なんでも町の有力者の館に無断で侵入し、館の主を傷つけ逃亡しようとしたのです。その罪により、被害者の方は賠償金を求めたのですが彼女には支払えず、その身を売ることで金を工面させられたと聞いております」


 なんだそりゃ。

 実はこの美女、結構物騒な人だったのか?

 イヴ本人は殊更否定しようとしていないし、おそらく事実なのだろう。

 四年半前も今も、不法侵入と暴行事件を起こすような人には到底見えないのだが……まあ、人の内面なんて見た目から推し量れるほど単純なもんじゃないか。


 どうしよう……もう帰りたくなってきた。

 二度と会わないだろうと思っていた美女と四年半ぶりに再会したから、なんか運命的なものを感じて少し話してみたくなったのだが、あまり話が弾みそうにない。

 というか、俺とイヴは元々そんなに仲良くもないし、ただの顔見知り程度の関係だ。


「ところで、レオンさんはなぜこの町に? ザオク大陸へと渡るつもりなのですか?」

「え、あぁ、そうですね」


 肯定すると、イヴは意気の灯った瞳で俺を見つめながら更に問いを重ねてくる。


「では、この建物を訪れているということは、奴隷を求めているのですよね?」

「いえ、ちょっと私も人を探しているので、その人がいないか確認しに来ただけなんです。さっきの部屋へは成り行きで行っただけでして……」

「……そうだったのですか」


 どことなく残念そうに相槌を打ってくるイヴ。

 この辺でさっさと引き上げようかな……と思って腰を上げかけたとき、


「レオンさん、お願いします。私を買って頂けませんか」

「え?」


 突然、イヴが立ち上がって頭を下げてきて、俺は動くに動けなくなってしまった。

 その隙に彼女は腰を折ったまま更に言葉を重ねてくる。


「私が人を探していることはレオンさんもご存じの通りです。タウレルの町で罪を犯したのはその人の行方を調べるための一環で、その結果、ここチュアリーへ向かったことが分かりました。この町を訪れたとなれば、まず間違いなくザオク大陸へと渡ったはずです」

「だから、イヴさんもザオク大陸へ行きたいと……?」

「はい。私はリリオでレオンさんと会う前から人を探し、ずっとその行方を追っていました。あと少しで追いつけそうなのです。しかし、このままでは私は北ポンデーロ大陸へと連れて行かれ、もし彼の地で奴隷から脱してザオク大陸に渡れたとしても、その頃には完全に行方を見失ってしまっていることでしょう。どうかお願いします、今の私が頼れるのはもうレオンさんだけなのです」

「…………」


 こんな一度会っただけの幼女に頭を下げなければいけないほど、イヴは切羽詰まっているらしい。

 俺は反応に窮して彼女の綺麗な後頭部を見つめてしまう。

 すると、これまで黙っていたネンナールがここぞとばかりに口を開いた。


「如何でしょう、お客様。どうやら彼女とはお知り合いのようですし、ここでの偶然の再会を祝しまして、本来は350万ジェラのところを特別に330万ジェラにまけさせて頂きます」

「…………」


 まあ、そりゃあ売り込んでくるわな。

 イヴが奴隷に堕ちた経緯を考えると、彼女は売りづらいはずだ。

 元犯罪者という点は大きなマイナスになるだろうし、彼女は奴隷として躾られていないし、そのくせ剣術は達者だという。

 何も知らずに買っていれば、まんまと空飛んで逃げられるのがオチだろう。

 だからこそ先ほどネンナールは何も説明しなかったし、俺とイヴが知り合いだと分かると、後で交渉の弱みとならないようにか、早々に自ら打ち明けてきた。

 やはり商人って奴はなかなかに狡猾だな。


 さて、問題はイヴをどうするかだ。

 今の俺に彼女の力になってやることは……可能といえば可能だ。

 このまま見捨てておくのも気が引けるし、助けてやりたいとは思うが……。


「顔を上げてください、イヴさん。少し訊きたいんですけど、イヴさんが追っている人って、たしか男性でしたよね?」

「はい、そうです。覚えていてくれたのですか」

「まあ、記憶力はいい方なので。それで、その人ってイヴさんにとってどんな人なんですか?」

「……私にとって、大切な人です」


 イヴは姿勢良く立ったまま、どこか遠い目をして呟くように答えた。

 十九歳にもなって未だに処女であること然り、四年以上も探し続けていること然り、まず間違いなく探し人は彼女の思い人に違いない。

 たしかジークという名前の隻腕の男だっけか。


 正直、俺の全く知らない野郎に熱烈な恋をする乙女など、実にどうでもいい。

 そりゃあさ、もしサラやリーゼが野郎に恋をしていて応援して欲しいと言われたら、俺は発狂するほど嫌々ながらも渋々応援するよ。姉妹として育った二人には幸せになって欲しいし、嫌われたくもないからね。

 でもイヴとは二人ほど親しいわけでもないし、他人の恋を応援してやる義理もなければ道理もない。


「その大切な人というのは、どれくらい大切なんですか?」 

「私自身の命よりも大切な人です」


 義理も道理もないのだが……イヴには少なからず共感できてしまう。

 何年も大切な人を探し続けて、その行方を追いかけて、いま彼女はようやく見つけられそうなのだ。

 魔大陸東部は北部や西部と同様にまだ未開拓だし、魔海域のせいで大きな港も一つしかないから、出入り口が一つだけのある種の閉鎖地帯といえる。

 なので、上手く探せば見つけられる可能性は高い。もたもたしていると魔大陸から他の地へ渡ってしまうかもしれないし、悠長にしている時間はないだろう。


 もしイヴが俺で、ジーク某がレオナだと考えたら、どうだ?

 きっと俺は、相手がクソ生意気なクソガキだろうと、そいつしか頼れなければ頭を下げて懇願すると思う。だからイヴの気持ちは良く理解できているつもりだし、助けてやりたいとも思う。


 とはいえ、今回はリーゼのときと違い、多額の金を必要とする。

 美女でなければ何人分もの奴隷いのちが買えるほどの大金を、他人も同然の美女のために使うとなると、それ相応の見返りがなければ割に合わない。


「もし……もし私がイヴさんを買い取って、一緒に魔大陸まで行ったとします。そして無事イヴさんの探し人を見つけたら、大切なその人と一緒にいたいと思いますよね?」

「……そうですね、思います」

「その人が他の大陸へ渡ったとなれば、追いかけますよね?」

「はい」


 イヴは即答した。

 だからこそ、俺は問わねばならない。


「そのどちらの場合でも、イヴさんは私に対する見返りとして、何ができて何をしてくれますか?」

「いつか必ず、私の購入金額の倍額をレオンさんにお支払いします」

「ですが、事情はどうあれ貴女は罪を犯して奴隷になった人です。その言葉に信憑性がないことは分かっていますよね?」

「……はい」

「私が貴女を購入した場合、貴女は私の奴隷ということになります。ですがイヴさんはきっと私の奴隷として仕える気なんてなくて、その人のために動き続けますよね?」

「それは…………っ、はい、その通りです」


 普通、ここは嘘でも俺に仕えると言うべき場面なんだが……。

 うん、正直な人だな。

 苦々しそうに頷く美女を見ていると、つい仏心を発揮しそうになってしまう。

 だが、甘い顔は見せない。


「となると、私が貴女を買う理由はありませんよね?」

「……はい」


 不器用な人だ。

 あるいは、正直に答えることで俺に好印象を与えようとしているのかもしれない。だったらその作戦は見事に成功していることになるが、たぶんこの美女はそういう腹芸ができる人ではない……ように思う。

 いや、俺がそう思いたいだけかもしれないが。


「……………………」


 イヴは綺麗に揃えた膝に、頭を下げるように視線を落としている。

 俺はその姿から目を逸らさず、腰を上げた。


「帰ります」


 一度も紅茶に口を付けることなく、俺は退室していった。


 


 ♀   ♀   ♀




 店員のネンナールは如何にも残念そうにして見せながらも、更なる奴隷回覧を勧めてきた。

 しかし俺はきっぱりと断って、店をあとにした。


「……ローズちゃん、大丈夫?」


 改めて港へ向かって通りを歩いていると、ベルが心配した様子で声を掛けてくる。


「私は大丈夫です、ありがとうございます。それより、さっきの私どう思いました?」

「立派だったわ」

「うむ、見捨てるのもまた勇気である」


 やはり二人とも大人だった。

 もしかしたら、本心では俺を冷たい奴だと思っているのかもしれないが……それはないだろう。ベルもユーハも善人とはいえ、お金や奴隷についての認識は俺以上に深いはずだ。


「アタシ、もしローズちゃんがあそこで魔石か魔剣を売って彼女を買うって言っていたら、止めていたわ。知り合いを助けてあげたいって気持ちは美しいものだし、素晴らしいとは思うのだけれど……でも、アタシはローズちゃんに勘違いして欲しくはないの」

「勘違いって、どんなです?」


 なんとなく、どんなことを言われるのか想像はついた。

 だが、俺はきちんと聞いておきたかった。


「お金っていうのは、ローズちゃんが思っている以上に恐ろしいものなの。人はお金のためなら簡単に人を殺せちゃうし、どんな惨いことでもやってのけるわ」

「…………」

「お金の力はとても強くて、人や国、世界だって好き勝手にできる力がある。誰かを傷つけることも、助けることも、お金さえあれば誰にでもできる。だからこそ、ローズちゃんにはお金に対する見方を正しくもって欲しいの」


 ベルは相変わらずのカマ口調だが、表情にも声にも遊びがない。

 いつになく真剣であることが窺えた。


「べつにアタシはね、奴隷を買うことに反対しているわけでもないし、お金で人を助けることがいけないことだなんて、全然思わないわ。でも、お金で助けられる人っていうのは、お金が原因で困ったことになっている人でもあるの。……アタシはそんなお金に、しばしば呑み込まれそうになるわ」


 金とは力であり、幸福であり、不幸であり、救いであり、災いだ。

 ときに金がその者の全てとなることもある。

 なぜなら、金さえあれば、欲求の大半を満たすことができるからだ。食欲も、性欲も、物欲も、支配欲も、権力欲も、金は多くの欲望を叶える手段と成り得るし、逆に金がなければ多くの欲望を叶えられないどころか、日々の生活にすら困窮する。極論、金がなければ生きていくことすらできなくなるのだ。

 だからこそ、人は金の魅力に抗えず、しばしば金に人生を狂わされる。

 

「お金さえあれば、大抵のことはなんでもできる。だから、お金に固執する人はたくさんいるわ。もちろん、それが間違っているだなんて言えないけれど、正しいとも決して言えない。お金はとても大切なものだからこそ、その本質を見誤って、付き合い方を間違えると、人はお金の奴隷になってしまうの」

「……お金の、奴隷」

「アタシね、ローズちゃんがイヴちゃんを買って助けてあげること自体は、むしろ賛成なの。でも、それをするためのお金は、ローズちゃんがお家から持ってきたものを売ってできたお金になる。何の苦労もしないで簡単に大金を手にして、そのお金で人を救ってしまったら――人の命を買ってしまったら、きっと色々と勘違いしちゃう。頭では分かっていても、きっと意識していないところで、お金に対する見方が歪んだものになってしまうわ」


 ベルは不安げな表情を見せ、傍らを歩く俺を見下ろしてきた。

 案ずる気持ちも、言いたいことも、よく分かるし共感もできる。

 俺が大人ならベルもあれこれ言わなかっただろうが、俺はまだ幼女だから心配なのだろう。

 その不安は強ち間違っていない。


 前世において、俺はクズニートだった。

 親の金で日々を生き、あまつさえゲームや漫画などを買って、一度も働くことなく死んだ。だから、お金の大切さを分かっていない。頭では十二分に理解しているつもりだが、きっと俺は精神年齢に見合った認識を持てていない。

 身に沁みて、実感できてはいないからだ。


 この世界では猟兵として、みんなと一緒に金を稼いだ経験はある。

 だが、俺は俺一人が生きていけるだけの金を稼いだことはない。

 多くの猟兵たちのように、日々汗水垂らして生きるために活動しているわけではなかった。幼女らしく、社会勉強の一環としての仕事しか、まだ知らない。


「ありがとうございます、ベルさん。とても勉強になるお話でした」

「少し難しい話だったかもしれないけれど、ローズちゃんなら分かってくれると思ったわ」


 ベルは安心したようにオカマスマイルを浮かべ、俺の頭を軽く撫でてきた。

 ユーハはそんな俺とベルを見て「うむ」と一人頷いている。


 ベルもユーハも、イヴが俺にきちんとギブに対するテイクをすると約束していれば、あるいは意見も違っただろう。たとえ俺が魔石か魔剣を売ってイヴを買うと言っても、忠告くらいはするだろうが、反対はしなかったと思う。


 だが、イヴは俺が買い取っても、俺の奴隷になる気はないと、愚直ながらも答えてしまった。もちろん俺は彼女を自分の奴隷にする気など毛頭なかったが、何事にも筋というものはある。

 自腹を切ってまで他人を無償で助ける行為は、善行でも偽善でも独善でもなく、ただの自己犠牲だ。だからオッサン二人は、ただ不当な取引になるだけの話を同情心に流されずしっかり断った俺を、褒めたのだ。 

 

「さて。気を取り直して、ザオク大陸行の船を予約しに行きましょうか」


 ベルは暗い雰囲気を弾き飛ばすようにパンッと両の掌を打ち合わせた。

 俺たちは町中を見物しつつも、寄り道はせずに港を目指して歩いて行く。


 宿の主人に聞いた通り、港には白い天幕が張ってあり、そこに掲示板が立っていた。掲示板にはチョークで魔大陸行の船の情報が数多く記されている。

 ここで希望する船にあたりをつけ、詳細と予約は船着き場に停まっている船へ直接出向き、手続きするというわけだ。


 俺たちは護衛のしっかりとした条件のところに幾つか候補を絞り、順番に回っていくことにした。詳しく話を聞いたり、船体の状態を確かめたりしながら候補の船を確認し終えて、最後に三人で話し合って決めた。

 

「船賃は一人12万ジェラ……思ったより安かったですね」

「イクライプス教国のおかげね。本来はこの倍額くらいするんじゃないかしら」


 どうやら教国が魔大陸へ向かう船を支援し、本来の船賃の何割かを負担しているようだった。

 魔大陸の近海は魔物が強くて危険なので、通常価格だと相応に高くなってしまう。そうなると魔大陸へ行こうとする人が少なくなり、開拓がなかなか進まない。

 なので魔大陸に人を集めるため、魔大陸行きの船は安く設定されていた。


 12万ジェラはおおよそ8万グルエなので、三人で24万グルエとなり、クレドからチュアリーまでの船賃より安い。相場は一人あたり8~10万ジェラほどで、安いところだと5万ジェラも掛からないようだった。

 俺たちは安全重視のため、護衛のしっかりした船を選んでおいたから、今回は少し高めだ。


 船の予約を済ませた後、俺たちは適当な露店で昼飯――冷めたコロッケサンドのようなものを買い、港の船たちが一望できる石段の隅にたむろって、昼食をパクついていく。

 やはり揚げ物は揚げたてじゃないと味が落ちるな。


「出港は六日後ということであったな。それまでは如何する? ローズは何かやりたいことや見たいものはあるだろうか」

「はい、あります」

 

 俺は即座に頷きを返した。

 奴隷商館と船選びのせいで、今はもうお天道様が空高くまで昇っている。

 

「あら、何か面白いものでもあったかしら?」

「私、賭場に行ってみたいんです」

「……賭場、であるか?」


 ユーハは困ったように眉間に皺を寄せ、似たような表情のベルと顔を見合わせている。

 

「なぜ、賭場などに参りたいのだ?」

「どんなところか興味があるので。時間もありますし、良い機会ですから、一度くらい行ってみたいんです」


 この世界でギャンブルは酒と同じくらい馴染み深いものだ。

 特に猟兵などの粗忽な連中は、日々の稼ぎの大半を酒場・娼館・賭場の野郎的三大聖地で消費するそうな。


 ディーカにも当然のように賭場はあったが、クレアたちが行かせてくれなかった。我が家の大人たちはギャンブルが嫌いなのだ。身内だけでお遊びとしてするなら未だしも、町の賭場に繰り出して博打はするなと教えられてきた。セイディすらも賭け事だけはするなと言っていたくらいだ。まあ、あのエセ天使は昔に大損こいたことで泣くほど後悔したかららしいが……。


「もしかして、ローズちゃん……イヴちゃんのこと、諦めていないの?」


 さすがベル、なかなかに鋭い奴だ。

 俺のことを良く理解しているとも言えるが。


「諦めていないわけではありませんが、諦めているわけでもありません。この六日の間にできる限りのことをして、自分の力でお金を稼いでみようと思います。それで手に入れたお金でなら、ベルさんもイヴさんを買うことに反対はしないですよね?」

「まあ、それは、そうだけれど……」


 俺の正直な心情としては、イヴを助けてやりたいと思っている。

 レオナ捜索を志す俺にとって、彼女は他人とは思えないし、放ってもおけない。

 だが、俺は彼女を安易に助けられる自分、あるいは現実に、疑問を覚えていた。

 それはベルの言うとおり、俺の金で助けるわけではないからだ。


 魔石も魔剣も、婆さん――引いては家族みんなのもので、俺のものではない。

 それを売ってできた金も本来は俺のものではなく、謂わば"親の金"と言っても過言ではない。もし今回買おうとしているものが食べ物や衣服などの必要物資なら未だしも、俺が"親の金"で買おうとしているのは人だ。

 前世において、クズニートだった俺は"親の金"でゲームや漫画を買っていたが、さすがに車までは買ってもらってなかった。

 しかも人は車と違い、意志と命があるものだ。

 

 イヴは助けたいとは思うよ。

 しかし、それは俺の信条を曲げてでも――クズニート精神を許容してでも、叶えたい思いではない。

 だから自分で稼ぐ。

 自分で稼いだ金なら、その金の価値は誰よりも自分が一番よく分かっている。もし上手く金を稼げて、いざイヴを買おうという段階になっても、やっぱりもったいないから止めようと思うかもしれないが……。

 それならそれで何の問題もない。

 この世界で金の価値を勉強できたと喜べばいい。

 俺がイヴを買おうとしているのは純粋な善意からの行動であり、もともと何の義務も責任もないのだ。


「金策故に、賭場であるか……しかし、賭場で儲けることは難しいと聞く」

「そうね。あくどいところは当然のようにイカサマするのが賭場ってところだし」


 二人とも難色を示している。

 当然の反応だろう。


「私も賭場はどうかと思っています。ですが、出港までの時間で一攫千金を狙うには、賭け事しかありません。猟兵協会で賭け金を稼ぐ時間も考慮すれば、尚更です」

「……本気なのね、ローズちゃん」

「もちろんです」


 俺はベルの顔を真っ直ぐに見上げ、力強く頷いて見せた。


 まあ、そもそも俺は賭け事が嫌いだ。

 俺だってギャンブルの危うさは理解しているつもりだし、そう簡単に都合良く利益を出せるとも思っていない。

 だが、可能性はあるのだ。

 もしそれで金を稼げなくても、世間の厳しさを知る勉強になったと思えばいい。

 イヴに関しても諦めがつくし、少なくとも俺は後悔しない。


「……………………」


 ベルは食べかけのコロッケサンドもどきを片手に、しばし黙考するように沈黙する。それからユーハの顔を見て、どこか重々しく頷き返されたことを確認すると、俺に向き直ってきた。


「いいわ、ローズちゃん。好きにやってごらんなさい。これも社会勉強よ」

「はい、頑張ってやってみます」


 たぶんベルもユーハも、俺の行動が徒労に終わると確信している。それでも二人は大人として、幼女に現実の厳しさを知ってもらおうとでも思っているのだろう。

 このオッサンたちは優しいからな。

 良くも悪くも、俺のためを思って行動してくれる。


「では、まずは猟兵協会に行きましょう。賭け事をするにしても、元手がなければ始まりません」


 こうして、とりあえず俺は金策に乗り出した。

 まず間違いなく、最終的にイヴを買えるだけの金は稼げないだろうが……。

 それでも可能性としてはレオナが見つかるかどうかという話と同程度だろう。

 だからこそ、どれだけ望み薄だろうと諦めるわけにはいかない。

 

 諦めたら、そこで人生終了ですからね。

 俺は俺にできる精一杯をやってみるよ。


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