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幼女転生  作者: デブリ
七章・黄昏編
133/203

第八十七話 『美女の運命も金次第 前』★

 

 航海三日目。

 船上での日々は退屈なものだ。

 周りは海と空ばかりで、せいぜい東にカーム大森林の緑が水平線からちょろっと覗き出ているくらいだ。景色を楽しもうにもすぐに見飽きてしまう。

 味気ない航海による無聊を慰められるのは本と魔法の練習、そして言語学習くらいだ。


「あら、ローズちゃん、ネイテ語も少しは分かるのね」

「まあ、少しですけどね。姉のような人から教えてもらってました」

「さすがローズちゃんねっ、エノーメ語と北ポンデーロ語、竜人語にクラード語、それにフォリエ語も話せるんでしょ? これでネイテ語まで話せるようになれれば、もう大抵の国では言葉に困ることはないわね!」


 ベルはエノーメ語と北ポンデーロ語、それにネイテ語を話せる。

 良い機会なので、俺はこのロリコン教師から言葉を教えてもらう。

 

「お礼にベルさんにはフォリエ語を教えましょうか? 私もそんなに上手ではないですけど……」

「あら本当!? それじゃあ一緒に勉強しましょ!」


 右頬の前で両手を合わせ、ウィンクする三十過ぎの角刈マッチョ。

 普通にキモいが、もう見慣れてしまった……。


 航海十日目。

 その日の俺は船尾甲板に腰掛け、燦々と降り注ぐ日差しの下で読書をしつつ、今日も今日とて風魔法を使い続ける。これはこれで集中力の訓練になるので、目的地までの日々をただ無為に過すようなことにはならない。

 子供のうちに色々と知識を身に着け、魔法にも熟達しておきたいからね。


「相変わらず凄い風だ……真にローズの才能は非凡極まるな」

「まあ、これくらいは他の魔法士でもできますよ。難しいのは継続して行使し続けることですけど、私の魔力は底なしですし」


 船上とはいえ、他にも乗船している連中は当然いるし、海面からトビウオのように魔物が飛び出してくる可能性は常に存在する。

 身体的にか弱い幼女であるところの俺を一人にしないため、ユーハはなるべく俺の側に張り付いていた。正直、少し鬱陶しく思うときもあるが、俺の身を案じてくれていると思えば嬉しくもあるので、好きにさせている。

 このオッサンはなかなかに過保護なのだ。


「以前、マリリン殿がローズほど魔力の多い者は他に知らぬと申しておった。やはりローズは何か特別なのやもしれぬ」

「でも、魔法は特級までしか使えませんから……」

「ライギでは魔力――霊力の多い術士は重宝されておった。たとえ高位の術が扱えずとも、継続して術を行使し続けられれば、こうした航海などに役立つ」


 中級風魔法〈颶風流リート・ドィウ〉は初級風魔法〈風波ルプ・リー〉の強化版だ。

 〈風波ルプ・リー〉は風速十リーギス程度がせいぜいだが、〈颶風流リート・ドィウ〉は全力で行使すれば風速三十リーギス以上は出る。

 まさに順風満帆すぎる航海が可能になる便利魔法だ。

 婆さん曰く、並の魔法士なら十五分も行使し続ければ魔力切れになるらしい。

 俺の場合は終日でも全く問題にはならない。


「そういえば、サンナでは魔力のことを霊力って呼ぶんでしたっけ」

「うむ。魔法は祈術、魔力は霊力、詠唱は祝詞、魔法士は祈術士、魔女は巫女と呼ばれておった。彼の地においては魔法――祈術は祝詞により神へ希い、其の御業を再現するものとされ、霊力は祝詞と共に捧げる神への供物とされておったな」


 魔法の原理が不確かな以上、その考えは強ち間違いではないのかもしれない。

 そもそも、魔力=霊力という等式は俺にとって納得できない話ではない。


 俺は転生したとき、奴隷だった。

 つまり転生する前の段階においては、この身体は魔力のない凡百の幼女として扱われていたことになる。だが、今の俺はこうして魔法を使えている。

 転生する際、俺がこの身体に霊体として憑依したと仮定すると、霊力=魔力という説は筋が通る。


 問題は、元々この身体に入っていた幼女霊がどうなったのかという点だ。

 俺が憑依したことで追い出してしまった可能性が濃厚なので、もしそうなら俺は人殺しも同然ということになる。

 ……故意じゃないから許して欲しい。この身体の本来の持ち主のためにも、俺は自分を大切に、精一杯人生を生きていこう。


「出航前、船長殿の話では六節は掛かるという話であったが、この分ならば三節程度で着きそうだ」

「といっても、チュアリーまでだと結局は六節くらい掛かりそうですけどね」


 この船はチュアリー行だが、途中でチュアリーの北東にあるプラインという港町に寄港する。食糧問題とかあるし、プラインが目的地な人もいるからだ。

 プラインまでの想定航海日数は順調に進んで一期くらいらしく、プラインからチュアリーまでは七節半ほどだそうだ。

 帆船の航行速度は風――つまり天候に左右されるので、下手すればチュアリーまで合計して一年掛かってしまう場合もあるとか。


 奴隷にオールを漕がせることで推進力をアップさせる櫂船かいせんもあるようだが、こちらは料金が高いらしい。

 それに心情的にも、居心地が悪そうで乗りたくはない。

 しかし、この船は大丈夫だ。針路さえしっかり管理してくれていれば、俺の風魔法ブーストにより通常の倍以上の速力を得られている。奴隷力を駆使した櫂船よりも速く、クリーンな力で航海できるのだ。

 俺が男なら自分は魔法士だと船長に申告し、風魔法ブーストをしてやる代償として渡航費をタダにできただろう。

 魔女の希少さは色々面倒だよ、本当に。


 風魔法を行使しながら、南ポンデーロ語の勉強に勤しんでいると、船員たちの会話が聞こえてきた。


「これ、なんかおかしくねえか? 昼間はほとんどずっと、滅茶苦茶いい風が吹きまくってんだぜ?」

「おれらの日々の行いがいいからだな。神が祝福してくれてるんだよ」


 人の苦労も知らないで……。

 神じゃなくて薔薇の祝福だっての。




 ♀   ♀   ♀


 


 航海は順調に進んでいった。

 途中で幾度となく魔物には襲われたが、全て護衛たちが撃退してのけた。

 護衛には魚人はもちろん、翼人に魔法士までいるので、ルーチンワークのようにサクサク片付けていた。

 やはり端から見ていると、戦闘に魔法の貢献は大きいようだった。


「んーっ、やっぱりおかは良いですねー」


 プラインには二十六日目に到着した。


「しかし、近頃は潮の香りばかりだった故、大森林の緑の香りが恋しく思える」

「そうねぇ、港町だから海の匂いばかりだし……でも揺れない地面はやっぱりいいものね」


 物資の補充や船員たちの休息のため、三日間停泊することになった。

 乗客達は変わらず船内に泊まっても良いそうだったが、せっかくなので宿をとってそちらに泊まった。

 

 港町プラインはクレドより幾分か大きな町で、そこそこ活気もある。

 一応、この町はハイベール族という獣人部族の領地のようだった。ポンディ海以南の沿岸部にある港町はどこも獣人部族が町の代表者として君臨しているっぽい。

 

 停泊期間中、俺たちは町を散策したりして時間を潰した。

 もうハウテイル獣王国のことは気にしなくても良かったので、堂々と往来を歩き、酒場で米料理を満喫した。

 奴隷商館にはもちろん行ったが、やはりレオナはいなかった。


 陸地の心地よさを堪能すると、俺たちは再び船上の人となった。

 プラインにはドライフルーツが売っていたので、大量に購入してある。

 これでおやつには困らない。


「…………」


 出港して三日後。

 黙々と風魔法を使いながら読書による南ポンデーロ語の習得、そしてオカマ教師によるネイテ語の習得に励んでいく。

 が、どうにも集中できないでいた。

 その理由は自覚している。

 アインさんのことについて、色々考えてしまうのだ。


 時期的にそろそろコンタクトがあってもいいはずなのに、あの神の使徒を自称する魔人(たぶん)は未だに姿を見せない。

 真竜狩り後の指示は特になかったので、てっきり狩り終わった頃に再び接触してくるのだと思っていた。あるいは俺が館へ戻って、アルセリアの安否を確認した後で現れるのかもしれないが……なんだろう、少し違和感を覚えるんだよな。


 俺は既に魔大陸から離れて旅をしているのだから、レオナ捜索には好都合なはずだ。これまでのアインさんを思えば、俺が魔大陸へ戻ることを許さず、このままレオナを探すか皇国へ行くようにとの指示があってもいいはずだ。

 だが、今のところそれはない。

 船上だから訪ねられない可能性も考慮して、プラインに滞在中は少し覚悟を決めていたのに、結局接触はなかった。


 いや、もちろんね、あの人が現れないに越したことはないよ。

 神の使徒だか何だか知らないが、そんなものに俺の人生を振り回されたくはないのだ。アルセリアの件では真竜肝という解決法を教えてもらえて助かったとはいえ、それでもやはり俺の行動に関して口出しして欲しくはない。本当にレオナに加護を与えているかどうかも不明だし、目的も分からないから信用もし難い。

 もう二度と現れない……ということはたぶんないだろうから、心構えくらいはしておいた方が良いだろう。

 

 そんなことをつらつらと考えながらも、船は着々と進んでいく。




 ♀   ♀   ♀




 プラインを出港して、十六日後。

 俺たちの乗る船は目的地である港町チュアリーに到着した。


「船員らも乗客らも、凄い騒ぎであったな。無理なきこととは思うが……」

「そうね、こんなに早く到着するなんて普通はないらしいし。まさかローズちゃんみたいな可愛い子のおかげだなんて、誰も思っていないでしょうね」


 プラインでもそうだったが、やはり俺たちの船の航行速度は異常らしかった。

 奇跡だのなんだのと騒いでいて、事情を知る俺たちからすれば苦笑を禁じ得ない。


「それにしても、思ったより大きな港町ですね。しかも結構栄えてます」


 俺は桟橋を歩きながら、周りを見回してみた。視界に入るのは大型船ばかりで、町の方には背の高い建物も多く見られるし、人も多い。

 しかし、それも当然といえば当然のことかもしれない。魔大陸東部へ向かうにはチュアリーを経由するのが最も安全かつ理に適っているらしいのだ。

 こうして見る限り出入りする船は多そうだし、町を利用する人が増えればそれだけ栄えるのは至極自然だろう。


「……あ」

「ふむ、奴隷か……凄い数である」


 桟橋エリアから出て陸地を踏みしめようとしたとき、奴隷の大集団を発見した。

 首輪と足枷を嵌められ、それらを鎖で連結されてぞろぞろと歩かされている。

 軽く見た限り十代から四十代ほどの男女で構成されており、人数は優に三百を超えるだろう。貫頭衣だけを身に纏った見窄らしい人々に生気は薄く、誰もが薄汚れて、肉付きの良い奴は一人もいない。

 奴隷集団はひときわ大きな二隻の巨船の腹に収められていった。


「きっと魔大陸へ連れて行かれる奴隷たちね。魔大陸には奴隷が多いって聞くけど、そのあたりどうなのかしら、ユーハちゃん?」

「うむ、エノーメ大陸よりは多い方だろうと思う。荒れ地の開墾はもとより農作業には多くの人手が必要であるし、ザオク大陸は余所より魔物の危険が大きい故、畑の不寝番は欠かせぬ。それに猟兵は世界中から集って参るが、猟兵には男が多い故、奴隷娼――あいや、ともかく、多いと思う」


 ユーハは傍らの俺を左眼でチラ見し、ベルへの返答を強引に締めくくった。

 幼女として気遣ってくれるのは嬉しいけど、俺も魔大陸の現実は知ってるよ。


 オッサンの説明通り、どんな土地だろうと開墾には多くの人手が必要だ。

 魔大陸には肥沃な地が多く、未開エリアもまだまだある。低コストで土地を耕し、農場や鉱山、引いては町そのものを機能させていくには他大陸から大量に奴隷を連れ込んで、そいつらを活用するのが一番だ。特に鉱山はその傾向が強いな。

 俺たちのホームタウンであるディーカでも、町の周辺には農地が広がっていたが、農奴たちは壁の内側に住居を持つ権利がなかった。

 魔大陸の魔物は強く、数も多いので、余所の地より死亡率は格段に高い。だから猟兵だろうと奴隷だろうと多くの人が魔大陸では日々亡くなり、その数以上に日々人が魔大陸に流入している。

 

 奴隷はともかくとして、猟兵が増えると問題になるのが治安だ。

 猟兵の大半は野郎であり、命を資本にして日々を生きていることもあり、欲望に忠実な粗忽者が多い。だから魔大陸には娼館が数多く存在し、余所の地より格安で利用できるようにして、治安を保っている。

 娼館は年頃の女奴隷を大量に必要とするため、魔大陸には若い女の奴隷も多く連れて行かれる。娼婦としての適齢期が過ぎれば男たちに混じって農業や鉱山業など様々な仕事に従事させられ、奴隷同士で結婚させて新たな労働力どれいを生み出させる。


 他にも挙げればキリがないが、とにかく魔大陸という地は奴隷なくしては回らない土地なのだ。いや、回るには回るだろうけど、現行の社会制度においては奴隷が必要不可欠だ。

 だから今しがた見掛けた奴隷集団は特別おかしな光景でも何でもなく、むしろ当然あるべき現実だろう。


「とりあえず、宿屋へ行きましょう。まずは船旅の疲れを癒して、それから船探しです」

「あ、待ってローズちゃん、その前に両替しなくっちゃ。プラインでは獣王国のグルエが主流通貨だったらそのまま使えたけれど、この町ではたぶん無理ね」

「そういえば、周りから聞こえてくる声は北ポンデーロ語が多いですね」

「きっとこの町は北ポンデーロ大陸の国々の影響を強く受けているから、グルエは使いづらいと思うわ。宿へ行く前に両替商を探して、この町の主流通貨に交換してもらいましょう」


 両替か……面倒臭いな。


 魔大陸東部は北ポンデーロ大陸の影響が強く、主流となっている言語も北ポンデーロ語だという。必然的に魔大陸東部への玄関口ともいえるこの港町では北ポンデーロ大陸の国々の影響が強いはずだ。

 チュアリーにもプライン同様に町の代表となっているムンベール族という獣人部族がいるらしいが、チュアリーは魔大陸東部への要所だ。なのでイクライプス教国の影響も強いそうで、多くの国々の荒くれ者たちが訪れるこの町の治安維持に一役買っているとか。


 何はともあれ、俺たちはさっさと行動することにした。

 もう昼過ぎなので、今日はなるべく早く宿に入ってゆっくりしたい。

 巨人共がうろつく港湾部をそそくさと抜け、町中との境界エリアで両替商を探す。こういうことは不慣れなので、今回はみんなの金庫番ベルに任せておこう。


 両替商と一口に言っても数が多く、店舗を構えて大々的にやっているところもあれば、道端にござを敷いてやっているところもある。

 まず俺たちは幾つかの両替商を回って両替レートや手数料を調べていった。

 そして最終的に屋根付きの露店で両替をした。

 どうやらチュアリーの主流――もとい標準通貨は魔大陸全土の共通通貨であるジェラらしい。10グルエはおおよそ15ジェラという両替レートで、手数料として両替額の2%をとられた。


「色々勉強になりました。さすがベルさんですね」

「ありがとう、ローズちゃん。でも、今回は色々なところを回って調べてから両替したけれど、本当はいちいちそんなことをしなくてもいいのよ。ちゃんとしたお店を構えている両替商だったらある程度は信用できるし、両替率も平均的で損をすることはないわ」

「ベルさんはいつも今回みたいに調べてから両替してるんですか?」

「そうね、新しい町だとその過程で色々と情報も集められるし。今回は手っ取り早く済ませても良かったのだけれど、ローズちゃんの社会勉強も兼ねてね。もしかして、あまり興味なかったかしら?」

「いいえ、そんなことありません。お金は大切ですからね。とても興味深かったです」


 ベルは俺のことを良く理解しているな。

 常日頃から様々なことに興味を示していた甲斐があった。

 俺にはまだまだ知らないことが多いので、社会勉強は積極的に行っていきたい。


 その後、俺たちは適当に宿をとって一休みし、酒場に繰り出して少し豪華な夕食を堪能した。船上ではどうしても保存食が多くなってしまうから、航海中は味気ない食事ばかりだった。

 プラインでも思ったが、やはり三大欲求の一つである食は大事だね。

 久々に食後のデザートまで味わえて、その日はベッドでぐっすりと眠れたよ。




 ♀   ♀   ♀




 翌日。

 俺たちは朝食を済ませた後、町の散策がてらに港湾部へ向かうことにした。

 もうここまで来れば魔大陸行の船なんて腐るほどあるだろうから、どうせすぐに見つかる。というか、宿の主人曰く専用の掲示板があるらしい。魔大陸行の船は数が多いので一括管理し、乗客がニーズに合わせて利用し易くなっているそうな。

 

 今回だけに限らず、船といっても種々様々で、船体の大小や護衛の強弱などでどこも条件が異なっている。魔大陸近海の魔物は他の海域よりも強く危険なので、安全面には最大限の注意を払う必要があるのは当然だ。

 しかし、より大型の頑丈な船、より屈強な護衛、より快適な船旅生活を求めるほど船賃が上がっていくのは語るべくもない。まあ、そのあたりは十分な安全マージンがとれているだろう船を探して、予約すれば良い。

 金はあるのだし、焦ることはない。


 そんな感じにのんびりと構え、港まで敢えて遠回りしてチュアリーの町を散策していく。クロクスのように町並みに統一感はあまりなく、港町ではクレドやプライン以上に大きく、クロクスに匹敵する広さがあるようだ。

 通りを行き交う人種は人間と獣人が半々ほどで、たまに翼人が地上を歩いているが、大抵彼らは町の上空を飛び交っている。

 やはりというべきか、一目見て猟兵だと分かる者が多く、町の雰囲気はクロクスやディーカなど魔大陸の町に似通っていて、そこはかとない懐かしさを覚える。

 まあ、エノーメ語を話している奴は全然見掛けないけどね。


「なんかアレ、ここからでも随分と立派な建物ですね」

「そうねぇ、きっとこの町の有力者か豪商のお家なんでしょうね」


 町の中心部あたりには遠目でも豪邸と分かる館が建っていた。

 我らがリュースの館よりも一回り大きいようだが、近くまで行ってみないとなんとも言えない。


「あ、まずはここに寄っていきましょう」


 奴隷商館を発見した。

 銀ピカな看板にデカデカと「アブダント奴隷商会直営販売所」と書かれていたのですぐ目に付いた。周囲の建物の中でも一際大きな館っぽい外観を有しており、羽振りの良さが窺える。

 

「ローズちゃんは本当に優しいのね、いつでもお友達のことを想っているなんて!」

「いえ、そんなことはないです……」


 正直、奴隷商館でレオナが見つかるとは思っていない。

 それでも今の俺にできることはやっておかなければ、俺は自分で自分が許せないのだ。レオナのためというより、自分のためという部分が大きい。


 何はともあれ、入店した。

 店内はかなりの広さを誇り、檻に入れられた奴隷がペットショップさながらにずらりと並んでいた。まだ朝方だが客入りは良いようで、町中と変わらず猟兵連中が多く見られる。


「大規模な店舗のようであるな」

「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました」


 身形の良い中年のオッサン店員が話しかけてきた。

 といっても、俺ではなく主にベルにだが。


「私は当商会のネンナールと申す者です。本日はどのような奴隷をお探しでいらっしゃったのでしょうか」

「半竜人の女の子はいますか?」

「は、半竜人、でございますか……?」


 虚を突かれたようにオッサンは目を丸くしつつも、すぐに回復して答えた。


「いえ、誠に申し訳ございませんが、竜人は扱っておりません」

「そうですか。ではこれで」

「あ、あぁっ、お待ちくださいお客様!」


 三人であっさりと背を向けて立ち去ろうとしたが、店員に引き留められた。

 レオナがいなければ奴隷商館などにこれ以上の用はないのに……。

 店員は揉み手をしながら、ユーハ、俺、ベルをさっと眺め回し、営業スマイルを浮かべて言った。


「その、お察ししますに、どうやらお客様は高貴な身分の御方とお見受けします」

「は……?」


 店員ネンナールは主にベルを見ている。

 そして今度は俺に目を向け、さも感服したように頭を下げてきた。


「お客様はまだ随分とお若く見受けられますが、ご来店されて早々に平然と半竜人をお求めになられておりました。加えて、これだけの奴隷たちを前にしても実に堂々としたご様子です」

「…………」

「稀にご身分を秘してご来店なさるお客様もいらっしゃるのです。何分、この町の治安も良いとは申せませんから、警戒なされても無理はございません。お客様のように可憐なお嬢様は何かと目を付けられやすいですし」


 オッサンはしたり顔で頷いている。

 俺の男装って、実は全く意味ないんじゃないのか……?

 にしても、俺たちが貴族に見えるって、なに言ってんだこいつ。

 と、一瞬そう思いかけたが、しかし振る舞いによってはそう勘違いしてもおかしくはないだろう。


 ベルは鍛えられた巨体に珍妙な化粧を施し、立ち姿一つとっても挙措が女々しく、如何にもな変人だ。

 俺は男装した幼女であり、店員とのテンプレな応酬が面倒だったから適当に半竜人の有無だけ聞いて立ち去ろうとした。

 ユーハは帯刀した精悍な顔立ちの中年で、立ち居振る舞いは見る者が見れば洗練された達人のそれだと気が付くだろう。


 変人と男装幼女と剣士の組み合わせ、そして先ほどの遣り取りから、店員のオッサンは俺を令嬢、ベルをその父親、ユーハを護衛とでも認識したのだろう。ベルは元貴族らしいし、ユーハは実際に俺の護衛なので、強ち間違ってはいない。

 

「当店では半竜人という希有な奴隷こそ扱っておりませんが、十分に質の良い者たちを取りそろえております」

「あらぁ、そうかしら? あまりそうは見えないのだけれど」


 店員ネンナールは俺たちに一歩近づいてくると、先ほどよりも小さな声で恭しくベルに答えた。


「いえ、この場に陳列されている商品はそれなりのものばかりでして……店内をご覧頂ければお分かりかと思いますが、当店のお客様は猟兵たちが多く、彼らの大半はザオク大陸へ出港するまでの暇潰しとして、見目麗しい女奴隷を見物する目的で訪れています。あまり良い商品を店内に並べておきますと、購入意欲のない方々ばかりを集めてしまうことになり、他のお客様方にご迷惑が掛かってしまいます。ですから本当に良質な商品は、誠に僭越ながら私共の方でお客様をお選びし、その方々にのみご紹介させて頂いております」


 つまり俺たちはこいつのお眼鏡に適ったと。

 商人ってのは何かと深読みしそうだし、今回は見事に見誤っているようだが。


「アタシたちを認めてくれたことは嬉しいのだけれど、半竜人の女の子以外に興味はなくてねぇ」

「そう仰らず、是非一度ご覧になってください。きっとお客様のお眼鏡に適う奴隷が見つかるはずです」

「……ベルさん、せっかくですから見ていきましょう」

「あら、そう? レオンちゃんがそう言うなら……」

「ささ、こちらです、どうぞ」


 俺たちはオッサン店員の案内のもと、店の奥へと進んでいく。

 正直、奴隷にはあまり興味はないし、見ていると昔を思い出すから長居したい場所ではない。

 だが今回は良い機会でもある。

 奴隷商館でこんな賓客扱いされることは滅多にないだろうし、後学のために社会見学をしておいた方がいいだろう。

 

「こちらの部屋におりますのが、当店自慢の奴隷たちとなっております」


 店内奥にある扉をくぐり、少し廊下を歩いた先の一室に入った。

 大部屋の中には先ほどよりも一回り大きな檻が並び、そこに入れられているのはどれも女性ばかりだ。

 刑務所や拘置所を彷彿とさせる部屋といえる。


「先ほどお客様は半竜人の女の子と申しておりましたので、まずは女たちの方からご案内いたします。どうぞ、ご自由にご覧になってください」

 

 先ほどは男女がエリア別に別れているだけだったが、どうやら高級奴隷は部屋事に分けられているらしい。どうせ見るなら男より女の方がいいから好都合だ。

 何はともあれ、俺たちは軽く見て回ってみることにした。

 

 檻の中に入っている女性たちは誰もが若々しい。

 下は俺と同い年ほどの幼女から、上はせいぜい三十歳ほどまでであり、例外なく相当に容姿が整っている。先ほど見た奴隷たちよりも血色はいいし、不健康なまでに痩せてもいないし、貫頭衣ではあるが服も身体も綺麗なものだ。

 

「……あ」

「……あらぁ」

「……む」


 俺たちは三人同時に一つの檻の前で立ち止まった。

 すると後をついてきていたオッサンがここぞとばかりに檻の前に立つ。


「さすがはお客様、御目が高い。■■■■、■■■■■■■■」


 店員が南ポンデーロ語で奴隷に何やら命令すると、中にいた獣人美少女は恐る恐る立ち上がり、鉄格子の直近に立った。


「こちらはカーム大森林に住まうリオヴ族の少女です。他種族の血の混じっていない純血ですし、もちろん処女です」


 鉄格子のすぐ向こう側には猫耳少女がいて、年頃はティルテと同じくらいだろうか。最初はフェレス族かと思って足を止めたが、尻尾の先に房があるからリオヴ族だ。かなりの美少女で、少し怯えた様子で身体を硬くしている。


「この子は……森から攫ってきたんですか?」

「もちろんでございます」

「――っ」


 い、いかん、思わず特級魔法をぶっ放しそうになった。

 ユーハも左手で鞘を握り、柄に右手がいきそうになっている。

 さりげなくその手を握って義理堅い剣士を落ち着かせる。

 しかし……今この場に親分さんがいたら、この店員は瞬殺されてただろうな。


「この子、幾らなんですか?」

「こちらは450万ジェラとなっております」


 高い。

 やはり由緒正しき純血の獣人部族は高価だ。

 普通の美人(処女)が三人は余裕で買える値段だろう。


「レオンちゃん……」

「大丈夫です、ベルさん。分かっています」


 ベルが俺の肩に優しく手を乗せてきたので、頷きを返して安心させた。

 このオカマは、俺が同情心を発揮して目の前の獣人美少女を買い取ろうと言い出さないか、危惧しているのだろう。


 無論、俺とて彼女を買い取りカーム大森林まで送ってやりたいという思いはある。魔石か魔剣を売れば金は工面できるので、買い取ること自体は可能なのだ。

 だが、相手が直接的な知り合いなら未だしも、リオヴ族というだけでは助けてやれない。

 

 今ここで彼女を助けてやるとすれば、送り届けるためにカーム大森林まで引き返すことになる。そうなれば館に戻るのが遅れ、引いてはレオナ捜索に出発するのも遅れる。誰彼構わず助けていては、俺自身の目的を果たすことができなくなる。

 四年前にリーゼを助けたのが良い例だ。


 魔物に襲われているところを助けるなど、その場限りの人助けなら問題はないが、今回のようなケースは問題がありすぎる。

 俺の目的は人助けではなく、レオナ助けだ。

 そこを履き違えちゃいけない。

 カーム大森林のときは俺たち余所者の存在が状況に大きく影響すると言われたから、罪悪感もあって関わった。

 しかし、今回は違う。

 目の前の美少女は不幸だと思うし、同情もするが、死ぬわけではない。

 美少女だれかを助けるのに理由はいらないとはいえ、助けない理由はあるのだ。


 いや……まあね、これがもしフェレス族の美少女だったら、たぶん俺は魔石を売り払ってでも助けてたよ。フェレス族は俺のソウルトライブだからね。


「…………」


 俺は無言でリオヴ族の少女を見つめた後、歩みを再開した。

 正直、あまり気分は良くない。

 こういう気持ちになるから、奴隷の店に入るのは気乗りしないんだよな。


 他の檻に収まっている女性たちも見目麗しく、目の保養にはなる。しかしどうにも昔のことを思い出してしまうし、気の毒にも思えてしまって、直視し難い。

 だが、この感傷めいた気持ちは俺の弱さだ。

 こういう現実があるのだといい加減受け止めて、その上で奴隷制を認めず、しっかり世界と向き合っていくのが大人な強さだろう。

 

 というわけで、俺は目を逸らさず、檻の中にいる女性たちを一人一人眺めていく。

 目が合うとウインクしてくれる美人さんや、何の反応も返さない死んだ魚の目をした美人さん、俺たちに声を掛けてきて自分を売り込もうとする美人さん、眠っていたところを店員に怒鳴り起こされて怯える美人さんなど、色々な美人がいる。

 まあ、色々といっても全員が並以上に見目麗しいことに変わりはないけどね。


「ん……?」


 とある檻の前で、俺は思わず足を止めてしまった。

 中にいるのはやはり美人さんで、俺たちが立ち止まったことで俯きがちな顔を上げ、静かな眼差しで見つめ返してくる。

 年頃は二十歳ほどだろうか。他の奴隷たちと比べて胡桃色の瞳に宿る光は強く、確かな意志が感じられた。折りたたまれたと両翼と綺麗なセミロングヘアは深閑とした森を思わせる深緑色で、見ていると気持ちが落ち着く色合いをしている。

 一見すると生真面目そうな凛々しい美女だが、穏やかな笑みが似合いそうな、優しい顔立ちなのが窺えた。

 

「レオンちゃん、この子がどうかしたの?」

「いえ、その……私にもよく分からないんですけど、なんとなく……」 

「さすがお客様、やはり確かな目をお持ちのご様子。おいお前、こちらに来なさい」


 店員ネンナールは檻の前に立ち、中の美人さんに下知した。

 すると彼女は溜息を吐きながらゆっくりと立ち上がり、鉄格子のすぐ内側で直立する。


「こちらの奴隷はなかなかに教養を備えた者でして、十九歳ながら三言語を扱えます。エノーメ語が最も堪能で、ネイテ語と北ポンデーロ語は少々ぎこちないですが、日常会話に支障はありません。剣術は相当な腕前なので護衛兼通訳として非常に有用ですし、ご覧の通り顔立ちも身体付きも上々で、もちろん処女であることは確認済みです」


 熱心に説明する店員だが、当の翼人美女は身じろぎひとつせず泰然としている。

 立ち姿が綺麗で、背筋も四肢もすらりと伸び、出るところは出ている均整の取れた身体付きだ。セミロングの髪に癖はなく、十分に手入れさせられているのか、肌と同様に艶めいている。

 俺が専属騎士にするなら、こういう感じの翼人美女が理想的だな。


「近々、こちらの奴隷は北ポンデーロ大陸へ輸送する予定なので――」

「――なにっ!?」


 ふと美女が驚いたように声を上げた。

 それを受けて、オッサン店員は腰に下げていた馬鞭ばべんめいた小さな棒を手に取り、格子の隙間から美女の肩にそいつを叩きつけた。

 と思ったら、美女は軽くバックステップして躱して見せ、再び口を開く。


「北ポンデーロ大陸へ輸送するとはどういうことですっ、それはいつの話なのですか!?」

「えぇい、お前は私が許可するまで黙っていろっ! ……申し訳ございませんお客様、このようにまだ少々躾はなっておりませんが、ご覧頂けましたとおり身体能力は高いです」


 転んでもただでは起きないようで、無様を晒したことも気にせず売り込んでくる。

 一方、美女は何やら口元に手を当てて、険しい面持ちで黙考し始めていた。

 

「……………………」


 あー……なんだろ。

 なんかこの美女どっかで見た覚えがある……ような気がするんだよな。

 だからさっきは思わず足を止めてしまったのだと思うし。


「先ほど申し上げかけたことですが、近々こちらの奴隷は北ポンデーロ大陸へ輸送する予定なのです。きちんと躾れば、実力も外見も貴族様の奴隷として決して恥ずかしくない者になると自負しておりますので、私どもといたしましてはこの大陸で売るには少々惜しい奴隷だと認識しております。ですが……さすがはお客様です。まだお若くあられるのに、一目見ただけでこちらの奴隷の真価を見抜かれるとは」


 九割方はお世辞だろうが、褒められて悪い気はしない。

 じゃなくて、この美女のことだ。

 やはりどうにも記憶に引っかかるような気がするんだが……気のせいか?


「こちらの奴隷は北ポンデーロ大陸へ連れていき、競売にでも掛ければ400万ジェラはいくでしょう。ですが現在はまだ躾がなっておりませんし、輸送前ということで、350万ジェラにて販売いた――」

「――あっ、イヴさん!」


 いきなり叫んだ俺をオッサン共は何事かといった様子で見てくるが、檻の中の美人さんだけは違った。不意を突かれたような驚愕と困惑がごっちゃになった表情は少し間が抜けていて、呆然と俺を凝視してくる。

 

「なぜ、私の名を……」

「イヴ? お客様、それはこちらの奴隷のことでしょうか?」


 俺はオッサンを無視して鉄格子に近づき、まじまじと美女の顔を見つめた。

 やはりそうだ、イヴだ。

 あの頃はまだ美少女で、今はもう立派な美女だからなかなか気付けなかったが、間違いない。俺は俺の頭を撫でてくれた美少女の顔は決して忘れないのだ。


「イヴさん、私です、ロ――じゃなくて、シャロンです」

「シャロン?」

「四年ほど前、オールディア帝国のリリオで会いましたよね? 私は宿にいて、イヴさんが受付するときに応対しましたし、第二皇女様の慰霊祭でも一緒しました」

「リリオ……慰霊祭…………あ、宿の女の子。なぜ、こんなところに……?」


 未だに驚き惑った様子が抜けきらない顔で訊ねてくる翼人美女。

 だが、それはこちらの台詞だった。

 なんでこんな少々特殊な町の奴隷商館で檻の中に入ってんだよ、訳が分からん。

 イヴの右手の甲には奴隷の証が刻まれており、あんなもの四年前はなかった。

 俺は俺の頭を撫でてくれた美少女の手は決して忘れないのだ。


「どうやらこちらの奴隷とお客様はお知り合いのご様子。差し支えなければ、どういったご関係かお聞きしてもよろしいでしょうか」

「えーっと……顔見知りです」

「あらぁ、そうだったのレオンちゃん?」

「はい、会ったのはもう四年以上も前のことですけど」


 店員のオッサンはなるほどと頷き、如何にも柔和な笑みを浮かべた。


「それでしたら、少しお話いたしますか? こちらの奴隷と共に、別室の方へご案内させて頂きますが」

「……では、お願いします」 


 そこはかとなく店員の意図は透けて見えていたが、イヴのことはかなり気になった。

 なので提案に乗って、俺たちは檻から出された美女と共に大部屋を出て行った。

 

 

七章のローズ

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵情報

企画:Shintek 様

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