第八十話 『リオヴ族殺人放火事件 二』
俺たちの宿泊場は広々としたツリーハウスだった。
そこはフェレス族の来訪者用として建てられたものらしく、ゴードンたちはここに泊まっていたようだ。
今の彼らは牢にぶち込まれているそうだが……。
「私たちはゴードンと面会してくる。君たちはここで寛いでいても良いし、少しくらいならば出歩いても構わない。だが、くれぐれも妙なことはしないように頼む」
ヤルマルは俺たち三人とノシュカにそう言い残し、休む間もなくティルテと護衛たちを連れて慌ただしげに出て行ってしまった。
時間は三日しかないし、焦っているのだろう。
一応、フェレス族からの監視役としても猫耳のオッサンが一人残っている。
リオヴ族の監視役は二人いるが、そいつらは中に入らず、玄関先でその任を果たしている。
「これからどうしましょうか?」
「ゴードン殿の無実を証明するため、某らにできることをしよう」
ユーハは左眼にやる気を滾らせ、至極真面目な口調で即答してきた。
「といっても、私たちにできることって、何でしょう? 下手に動いて何かしてしまうと、ティルテの身が危なくなります」
「そうよねぇ、アタシたちにできることっていえば、ここで大人しくしてることが無難なのよね。もう事件から三節近く経っているのだから、今更なにか新しい証拠が出てくるとも思えないし……そもそも、本当にゴードンって人が犯人なのかどうかすら、分からないのよねぇ」
ベルは困り顔で至極もっともな意見を口にする。
その後ろではノシュカがメリーを抱いて、身体を小さく揺すりながら笑顔で幼竜と戯れている。監視役の猫耳中年(名前はモデスト)はそんなメリーをしげしげと見つめていた。
「じゃあ、やっぱり私たちもまずはゴードンさんに会いに行ってみますか? 面会させてもらえるかどうかは分からないですけど」
「うむ、それが良いとは思うのだが……しかし、そのゴードン殿の目には某ら余所者が犯人に見えるやもしれぬ」
「あ、そう言われればそうですよね」
さすがはかつて冤罪で牢獄にぶち込まれたらしい男だ。いつになく気が回っている。
もし俺が冤罪で投獄されて、檻の外に見慣れない余所者がいたら、そいつらを真犯人だと思い込むだろう。そしてそいつらが話を聞かせてくれと言ってきても、俺なら白々しく思えて話をする気になんてなれない。
「それならどうするにせよ、アタシたちは余所者らしく、少し離れた視点をもつよう心掛けて行動しましょうか。フェレス族もリオヴ族もどちらも疑わず、変な偏見に囚われないで、冷静な目で真偽を推し量っていくの」
「そうですね、第三者である私たちならではの視点っていうのはありますし」
「して、如何する? 事の真偽を計り、真犯人を捜し出すにはここでじっとしておっても始まらぬ。まずは何からいたそうか」
ユーハの意気揚々とした表情は鬱度10%を切っており、張り切っているのが良く分かる。というか真犯人を捜し出すって、どうにもこのオッサンは俺とベルとは違い、端から先入観を持ってしまっている。
まあ、RMCの担当医として、その心情は分からないでもないですけどね。
「それでは、ひとまず現場を見に行ってみましょうか? その後、夕食の席にでも族長さんたちからゴードンさんのことを聞いてみましょう」
「そうね、あとは誰かに話を聞ければ、聞いてみましょう」
どうするか方針が決まったので、ノシュカからメリーを返してもらいつつ、彼女に現場検証のことを話してみた。
「うーん……でも、今更見に行ったところで、何か分かるとは思えないけどなぁ」
「まあ、そうは思いますけど、念のためです。他にやることもないですし、郷の見物がてら行ってみたいんですけど……ダメですか?」
「ううん、もちろんいいよー、ウチも郷の中は色々見て回りたいしね」
ノシュカは軽快な頷きを返してから、猫耳中年モデストにも話を伝える。
すると野郎からは眉をひそめられたが、結局は何も言われずお許しが出た。
監視役としては、俺たちにはこのまま宿泊場で大人しくしていてもらいたいのだろう。
「では、行きますか」
五人で外に出て、モデストの旦那がリオヴ族側の監視役に話を伝える。
十代後半ほどの鬣獣人ペアは顔を見合わせ、何事かを話し始めた。
念のため、ノシュカに通訳してその会話内容を教えてもらう。
「なあ兄者、どうする? 好きにさせていいのかな?」
「族長からも言われただろう。ある程度なら自由にさせてやればいいんだよ」
「でも、こいつら余所者だぜ? 犯人かもしれないんだぜ? やっぱオレ、こいつらには郷の中、歩かせたくねえよ」
「俺も同じ気持ちだが、族長からの指示だ」
二人は立派な身体で俺たちを睥睨してくる。
案の定、こいつらは俺たち余所者を警戒しまくっているようなので、とりあえずノシュカ経由で挨拶してみた。
もちろん、警戒心を解くプリティスマイルを添えつつ、握手も求めてみる。
「初めまして、私はローズといいます。お二人の名前を教えていただけませんか?」
「あ、兄者、なんか挨拶されてるぞっ、どうする!?」
「まあ落ち着け。ここはリオヴの戦士らしく、堂々と名乗り返せばいいんだよ」
「そ、そうか、そうだよなっ! オレはボリウェンだ、ちゃんとさん付けしろよ余所者っ」
ややアホ面っぽい若造がわざとらしく威張りちらした感じに俺を見下ろしてきた。そのくせきちんと俺の手を握り返してくれる。
が、そこで隣のやや強面な若造がボリウェンの脳天をブッ叩いた。
「馬鹿野郎っ、テメなに握手に応じてんだ! それじゃ俺たちが歓迎してるみてえじゃねえかっ!」
「えぇっ!? でも兄者、余所者とはいえ女の子が手を差し出してきたんだから、握らないともったいねえよ」
「テメ余所者のガキでも見境なしか!? そんなんだからいい歳こいて童貞なんだよ! もういいからお前は黙ってろボケッ!」
いい歳こいて童貞なボリウェンはショッキングな面を見せて、見るからに落ち込んだ。そいつを余所に、今度は兄者と呼ばれた男が俺にガンを飛ばしてくる。
「俺はヌギーヌだ、くれぐれも変な真似はするなよ、余所者」
「あっ、兄者だって握手してんじゃねえかっ!」
「うっせぇぞボケ! 弟分は応じておいて俺は応じねえんじゃ、俺の器がお前より小せえと思われんだろが!」
こうして見る限り、二人の人相は似ても似つかないし、おそらく義兄弟のような間柄なのだろう。
ま、なにはともあれ、ヌギーヌとボリウェンという監視役二人は悪い奴ではなさそうだ……たぶん。
それから一応オッサン二人とも挨拶させて、獅子組の若造共に食料庫へと案内してもらうことに。
道中ではフェレス族の郷以上に警戒された様子でライオンズたちから睨まれ、針のむしろ状態だった。しかも所々にいる本物のライオンさんたちは、猫さんと違って俺たちが近くを通りかかると姿勢を低くして身構えやがる。
さすが獅子組のシマだけあって、こりゃあ最高に居心地の悪い郷だぜ。
やっぱ宿泊場で大人しくしてようかな……。
「ここが現場ですか……酷い有様ですね」
十分ほど歩いて行くと、目的地に到着した。
地上に建てられた食料庫……だった木造建築は、見るも無惨な様相を呈している。高床式の大きな屋敷めいた建物だったことが窺えるが、全て真っ黒焦げで全焼状態と言って良い。炭化した柱は倒れ、壁は焼け落ち、中は既に掃除してしまったのか、何も残っていない。
「こんなに大きな建物がこんなに焼けちゃうほど、火の勢いは強かったのかしら?」
ベルの疑問をノシュカに伝え、義兄弟に訊ねてもらった。
すると、ヌギーヌが盛大に顔をしかめて腕を組み、憮然とした口ぶりで答えてくれる。
「出火に気付いたときには、もうかなり燃えてたんだ。俺も駆けつけたから分かるが、アレは間違いなく魔法の火だった。でなけりゃ、あんな勢い良く燃えるはずがねえ」
「兄者の言うとおりだっ、ゴードンって奴が火魔法ですっげえ火を放ったんだ! オレらが魔法苦手なの分かってて、なかなか火を消せねえようにして、大事な食料を全部台無しにしたんだっ!」
チェリーボーイも兄貴分に追随するように怒りを露わにする。
俺はオッサン二人にも通訳して伝えながら、少し考えてみた。
こうして現場を見て、二人の言い分を聞いてみると、ゴードン――フェレス族を犯人扱いするのも当然のことのように思える。
ガイシャであるムンバン氏が最後に会ったのはゴードンという話だし、たしかにこの惨状は火魔法でなければ作り出せないだろう。いくらリオヴ族が魔法の苦手な連中で、出火に気付くのが少しくらい遅れたとしても、複数人で一斉に水魔法を放てば全焼まではしないはずだ。
〈炎流〉あたりの火魔法なら、火力こそ低いが手早く広範囲に満遍なく火を放てるし、魔法力の高いらしいフェレス族ならば木造家屋と食料を燃やすくらい余裕で可能なことだろう。ゴードンが魔法を使えるかどうかは知らないが、護衛として同行した連中は当然魔法士のはずだ。
そう考えれば、ゴードン以外の護衛連中もゴードン並にみんな怪しい。
「そういえば、食料庫ってこれ一つだけしかないんですか? 郷の規模から考えれば、これでも小さいように思いますけど……」
「もっといっぱいあるに決まってんだろっ! お前オレたちを馬鹿にしてんのか!?」
「いえいえ、馬鹿になんてしてないです。ただ、わざわざ床を高くして建てられていたようなので、どうせなら樹の上に作ればいいのにと思って」
「食料庫は階層ごとに幾つかあって、ここは地上区に住む連中の食料庫の一つだった。それとボリ、お前いくら相手が余所者だからって、こんなガキに怒鳴り散らすな。お前だけなら未だしも、リオヴ族の器のほどが知れるぞ」
「分かったぜ兄者っ、これからは器のデカいリオヴ男らしく接するぜ!」
器のデカさ云々はともかく、食料庫の件は少し疑問が残る。
なぜ、現場が地上階の食料庫なのか。
死体ごと食料庫を燃やした理由がリオヴ族に損害を出すこと……という推測はこの全焼状態を見れば辻褄は合う。
だが、べつに食料庫なら樹上のでも良かったはずだ。むしろ樹上の方が足場は木造だから周囲へも延焼して、被害は大きくなると思うんだが……。
仮にゴードンが犯人だとすると、計画的犯行ではなく、突発的犯行なのかもしれない。状況証拠が揃った状態で犯行に及んだことも考えれば……って、なんかこうして考えてみると、ますますゴードンが犯人だと思えてくるな。
やっぱゴードンが犯人でファイナルアンサーなのか?
「ユーハさんはどう思いますか?」
さっきから口を開かない我が護衛剣士殿に目を向けてみた。
オッサンは小難しい顔で「うーむ……」と唸りながら炭化した食料庫の残骸や周囲を見回している。
「……犯人の目的が判然とせぬな。殺害したムンバン殿の遺体を始末すべく、そして偽装工作も兼ねて食料庫に火を放ったのか。あるいは食料庫に火を放とうとしたところをムンバン殿に目撃され、証拠隠滅のため殺めたのか」
「そうねぇ、そういう考え方もできるわよね。ムンバンさんと食料庫、どちらか一方だけが目的で、片方がついで。それか両方ともが目的だったのかもしれない。死体をどうにかしようと思ったら、穴を掘って埋めるなり、色々とやりようはあるはずだし……」
「食料庫の方が主目的だとしたら、この郷に滞在しているらしいティグロ族などの方々も犯人候補になりますね」
ふむ、これもあり得るといえばあり得るな。
しかしこの場合だと、より損害を大きくできる樹上の食料庫ではない点で、微妙に辻褄が合わない。
うーん……分からんな……。
「ノシュカはどう思いますか?」
「え、ウチ? そうだね…………うん、全然分かんないねー」
困ったように、それでも暢気な感じで笑う顔もなかなかに素敵な笑顔美人さんだった。
こうして現場に来てみた意味は十分にあったとは思う。
が、結局は謎が深まっただけでさっぱり分からん。
ティグロ族などの他部族のアリバイなんかはもうリオヴ族が調べているだろうし、やはり今更俺たちが頭を捻ったところで無駄なのかもしれない。
「あのー、すみません」
不意に、聞き慣れない声のクラード語が聞こえてきた。
振り返ると、丸っこい体躯のオッサン獣人が遠慮がちな笑みを浮かべながら近づいてくる。
どっかで見た奴だな……と思ったら、集会所へ向かう道すがらに目が合ったキモオタ風の野郎だった。
「貴方は……?」
「小生はタピオと申します、突然声をお掛けして申し訳ありません。少し貴女がたとお話をしたく思いまして、はい」
俺たち余所者――主に俺に目を向けながら、物腰低く挨拶してくるオッサン。
そいつを一言で表するのなら、デブタヌキだ。
丸みのある獣耳に垂れ目、ふくよかな頬肉、太さが一定のそこそこ柔らかそうな尻尾、腹の出た運痴っぽい身体付き。
うん、タヌキだ。
タピオというキモオタ風タヌキ獣人はやや癖のある柔和な笑みを見せている。
何はともあれ、名乗られたのなら、とりあえず名乗り返しておこうか。
「私はローズといいます。それで、お話というのは?」
「あぁいえ、その、ここでは獣人以外の方は滅多に見掛けないもので、少し気になってしまいまして。ところで、そのお名前やクラード語を扱えていることから察するに、ローズさんは魔女なのでしょうか……?」
「そうですよ、そういうタピオさんも魔法士ですよね?」
本当は否定した方が良いのだろうが、もうこの郷の中では隠しても無駄だろう。
今まさに普通にクラード語で会話しちゃってるし、仕方ないね。
「えぇ、まあ、半端な未熟者ですが、一応は。あ、小生はハウテイル獣王国の使節をしているものでして、もしや同郷の方々なのかなと思い、声を掛けさせて頂いたのですが……ローズさんは我が国の魔女ではございませんよね……?」
「ハウテイル獣王国……」
「へぇ、ロア平原の人かと思ったけど、獣王国の人なんだー。あ、ウチはフェレス族のノシュカっていいます、よろしくー」
「あぁ、はい、小生はタピオです。こちらこそよろしくお願いしますノシュカさん」
少し驚いている間に、ノシュカは相変わらず気安く、オッサンはぺこぺこ頭を下げながら挨拶を済ませている。
俺は気を取り直し、タヌキ男に首を横に振りつつ言葉を返す。
「いえあの、私たちはハウテイル獣王国の者ではありません。色々あって、魔大陸から来たんです」
「ほう、魔大陸……ザオク大陸からですか。それはまた、何とも遠いところから」
タピオ何某は虚を突かれたように垂れ目を見開いて驚きを露わにする。
「ローズよ、こちらの御仁は何者であると……?」
「あ、ハウテイル獣王国の人みたいですね。使節らしいです」
ユーハはタピオが声を掛けてきたとき、さりげなく俺の斜め前に立って、ごく自然な警戒態勢を見せていた。
そういう気遣いは有り難いんだけど、ここまでしてくれなくてもいいのよ?
とは思うが、ユーハは北凛島にいた頃から護衛職だったらしいし、これも職業病の一種なのかね。
「先ほど少し小耳に挟んだのですが、なんでもローズさんたちはあの事件に少なからず関わっておられるとか……?」
半信半疑な眼差しと、恐る恐るといった口ぶりでタピオが言ってきた。
「いえ、私たちはただティルテという子を助けただけで、事件には全然関わってないです」
「あ、そうなのですか……?」
「はい、そうなのです。ところで、タピオさんっていつからこの郷にいるんですか?」
「小生ですか? そろそろ六節ほどになりますが……それがどうかしましたか?」
おぉう、なんというラッキー。
これは実に良い巡り合わせだ。
タピオは獣王国の使節らしいので、上手く関係を作れれば今後の伝手になるかもしれないし、この分なら事件のことも何か知っていそうだ。
よし、相手はキモオタっぽくて微妙に気乗りしないが、ここは仲良くしておこう。ただし相手は一国家の狗だから、あまり仲良くなりすぎると魔女という立場から勧誘とかされそうだ。
そのへんは気を付けて接しよう。
「実は少し事件のことが気になっていて、調べているんです。六節前からいたのなら、タピオさんは事件について色々知っていますよね? もしよろしければ、私たちに教えてもらえませんか?」
「あぁ、はい、小生に教えられることであれば。それでその、そちらのお二方ともご挨拶させていただきたいのですが……先ほどの言葉はエノーメ語でしょうか? 恥ずかしながら小生は扱えないものでして、はい」
請われたので、ひとまずユーハとベルを紹介しておいた。
タピオが握手を求めたので二人ともそれに応じて、俺やノシュカにも改めてといった様子で手を差し出してきた。が、ノシュカはナチュラルにスルーして放火現場を見つめている。
俺はきちんと手を取って握ってみると、如何にも文官っぽい柔らかな肉付きをした手で、ちょっと汗ばんでてキモかった。
あとで手洗おうっと。
タヌキオヤジはボリウェンとヌギーヌ、監視役の猫耳モデストにも握手を求め、南ポンデーロ語で短く挨拶していた。
それが終わると野郎はこちらに向き直ってきて、俺の腕の中で「キュェェ」と声を漏らすメリーに目を向けてくる。
「あの、ローズさん、ところでそちらの愛らしい生き物はなんでしょうか?」
「あ、えーと、これはですね、火竜の赤子です」
「は……?」
タピオは一瞬、間の抜けた面を晒した後、信じられないとでも言いたげな顔で口を開いた。
「本当なのですか?」
「ええ、まあ……」
「それは、また……おぉ、凄いですね、まさかこの目で竜を目の当たりにできるとは……」
なんか凄い勢いで、美少女フィギュアに見入るキモオタみたいにメリーが視姦される。
本当はあまり教えたくなかったんだが……道中を共にしたリオヴ族の連中には知られちゃってるからね。俺が魔女であることと同じく、隠しても無意味だろう。
「ん……? ってぅわ!?」
ふと腕に湿り気を感じたので目を向けると、我が幼竜を包んでいた布が濡れ、液体が滴り落ちている。
メリーがお漏らししたのだ。
「あ、あぁ、すみません、小生が不躾にじろじろと見てしまったせいで……」
「いえ、大丈夫ですから、気にしないでください」
ぺこぺこと頭を下げてくるタピオにそう応じながらも、俺は苦笑を禁じ得なかった。幸いにも、すぐにメリーを胸元から放したので服は濡れていない。
実は道中でも幾度か似たようなことは経験していたが、不意を突かれたので無駄に驚いてしまった。
「あらら、メリーちゃんおしっこしちゃったの? 一度戻りましょうか?」
「ええ、そうですね」
俺はベルに頷きを返してから、タピオに告げた。
「すみません、一旦私たちは泊まっているところへ戻るので、お話は次の機会に聞かせてもらっていいですか? えーっと……明日のお昼頃はどうでしょうか?」
「えぇ、はい、小生の方はいつでも大丈夫です、はい」
それから軽く話し合い、明日の昼食前にタピオの宿泊場へ俺たちが訪ねることになった。本当はこの後すぐにでも話を聞きたかったが、もう少しで日が暮れ始めるし、そうなると夕食だ。
まずは族長ヤルマルたちから捕まったゴードンたちのことを聞きたいので、明日の昼食を共にしながらゆっくりと聞き出すことにした。
ついでに親睦を深めてハウテイル獣王国への繋がりが作れれば万々歳だ。
今回の件がどうなるにせよ、常に先を見越して行動しておきたい。
タピオと別れて七人でぞろぞろと拠点まで戻り、軽くメリーの世話をする。
この子はまだ生後間もないが、幼くても竜だからか、小さな肉片を与えれば逞しく食らい付く。いつどのくらい食べさせれば良いのか分からないので、エサは小まめにあげていた。
「あ、族長戻ってきた」
夕暮れの赤い日差しが窓から差し込む頃。
ノシュカと一緒にメリーの面倒を見ていると、野郎共とティルテが姿を見せる。
族長オヤジは未だしも、ティルテの顔は沈鬱としていて、しかし焦燥感も窺え、張り詰めた様子だ。一緒にリオヴ族のオバサンたちも入ってきて、手にしていた盆を部屋に並べると、そそくさと出て行った。
「とりあえず食事にしようって族長が言ってるよ」
ティルテの様子を見ていると、とてもゴードンの様子を聞ける感じではなかった。だからまずはみんなで夕食を頂き、その後に族長ヤルマルだけを捕まえて、ゴードンの話を聞いてみた。
結果、あまりめぼしい情報は得られなかった。
曰く、こういうことらしい。
集会所で聞いたとおり、事件当日の夜、ゴードンはムンバンと酒盛りをした後、この宿泊場まで送ってもらってムンバンが戻るのを見送った。それから寝床に入って眠っていたが、外が騒がしいので起き出すと、火事が起こっていたことに気付いたそうだ。これはティルテはもちろん、他の護衛連中や息子のテオルドも同じ証言をしていたらしい。
その翌日、集会所で親分さんの隣にいたオッサン――クーバルの証言により、ゴードンに容疑が掛かり、芋蔓式にティルテを含むフェレス族の面々が疑われた。
事件があって間もなかったせいか、リオヴ族のお歴々は怒り心頭な様子で、ゴードンはすぐさま殺されかねないと感じたらしく、自分一人だけ残って他の面々は央郷トバイアスまで帰そうとしたらしい。息子と娘もいたことだし、父親としては当然の対応だろう。
が、リオヴ族はそれを許さず全員を捕まえようとしたので反抗した結果、なんとかティルテだけが逃げ延びた。そうして、パックファングに襲われていた猫耳美少女を俺たちが助ける場面に繋がるわけだ。
族長のオヤジはノシュカ経由で話してくれた後、俺たち三人の顔を見回した。
「ゴードンがティルテのことで、君たち三人に礼を言いたいそうだ。もし良ければ、明日にでも会いに行ってやって欲しい」
つまりゴードンは冷静なのだろう。
族長から集会所での顛末は聞かされたはずだし、自分が死ぬだろうことも理解させられたはずだ。
そのうえで、俺たちに礼を言いたいのだという。
俺たち余所者を疑っているにせよいないにせよ、ゴードンは娘を助けた俺たちに感謝しているのだ。
なにはともあれ、明日だ。
真犯人捜索の期限は明明後日の正午までらしいので、時間はあと二日と少しある。俺たちは自分の身の安全を第一に考えつつ、ティルテたちのためにできる限りのことをしよう。
さしあたり明日はゴードンに会いに行き、有力証言者であるクーバルにも会って話を聞きたいな。