第七十九話 『リオヴ族殺人放火事件 一』
メリー誕生から三日後。
フェレス族の央郷トバイアスを出発して、十一日目の昼過ぎ頃。
俺たちは目的地――リオヴ族の央郷ザカリーに到着した。
「ここの田んぼも広いですね」
「森に住む五部族はどこもお米作ってるよ。たくさん作って、ロア平原の麦とかと交換したりするからねー」
フェレス族の田園と似たような風景の中を進んでいきながら、ノシュカが説明してくれる。
ロア平原はカーム大森林の南部に広がる草原地帯で、ヴォルース族やフォルス族など幾つかの獣人部族が、カーム大森林のように分割支配しているらしい。そちらにはポンディ海から流れてくる水が少なく、気候的な問題もあって稲作には適さないので、麦作や放牧をしているとか。
フォルス族はフェレス族同様に魔法力が高く身体能力が低い部族なので割かし仲が良く、逆にヴォルース族は魔法力が低く身体能力が高いのでリオヴ族と仲が良い。
尚、ポンディ海は海という名称で呼ばれてはいるものの、その実態は超弩級の湖なので、海水と違って塩分は含まれていないそうだ。だからこそ、フェレス族もリオヴ族も川沿いに郷があり、その水を農業に利用している。
「やっぱり凄い見られてますね……というか、フェレス族のときよりも酷いような……」
「某らだけでなく、フェレス族の面々もおるからであろうな。……どうやら先日と異なり、こちらの郷では少々居心地が悪くなりそうである」
田んぼや物見台のそこかしこに獅子獣人が散見されるが、どいつもこいつも俺たちを見る目に友好的な色合いは皆無だ。女の獅子獣人もいて、彼女らは男と違って鬣はなく、尻尾を除けばフェレス族っぽい外見をしている。
しばらくすると、郷の入口に到着した。
先に報せが走っていったので、騒ぎを聞きつけた大勢のリオヴ族民たちが姿を見せている。その中にマジモンのライオンも混じっていたが、予めノシュカから聞いていたので驚きは少ない。
リオヴ族の郷はフェレス族の郷に良く似ていて、しかしこちらの生活空間は地上と樹上が半々といった感じだ。それに放し飼いとなったライオンがそこらでお昼寝したり散歩したりしているので、おっかない。
「ラノース■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■」
リオヴ族のオッサンが郷の入口から右手の方を指差しながら、フェレス族と俺たちに何事かを言った。護衛のオッサンたちに挟まれて、ラノースから降りた俺たちはそちらに向かって歩いて行く。
ノシュカ曰く、「ラノースを向こうの小屋に置いて来い。族長が集会所でお待ちだ」と言っていたそうだ。
「普通、こういうときってラノースは彼らが預かって、私たちは族長の元へ直行するものなんじゃないですか?」
「やっぱり客人に対するおもてなしは期待できないみたいねぇ」
俺たちはラノースを馬小屋めいたところに入れると、前後をライオンズに挟まれて、ぞろぞろと郷の中を移動させられる。
胸元に抱えたメリーは物々しい雰囲気のせいか、先ほどまでお昼寝していたのに、今は辺りをキョロキョロ見回している。赤子らしく首から下は布にくるんで抱いているので、端からは竜には見えないだろう。
移動中、一人だけ鬣を持たない明らかに別種の獣人を見掛けた。
全体的に丸っこいそのオッサンは俺たちのことをしげしげと眺めてきて、ふと俺と目が合った。
なんかキモオタっぽい感じの中年野郎だったので、すぐに顔ごと背けた。
「ノシュカ、あの人だけリオヴ族じゃないみたいですけど……?」
「ん? あぁ、うん。ここは《森の盟主》の央郷だからね、リオヴ族以外の人がいても不思議じゃないんじゃないかなー。森の外から色々と話をしに来る人もいるだろうし」
ノシュカもリオヴ族の郷は初めてなので興味津々なのか、子供のようにあちこちを見回している。
地上に建てられた集会所らしい建物に到着し、俺たちは全員で中に入る。
広々とした屋内にはリオヴ族の野郎共が二十人くらいいて、俺たちを出迎えもせず、奥の方に座って待ち構えていた。
「■■■■■■、ヤルマル。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■」
上座の中央で胡座を掻くライオンズの一人がドスの利いた声を放った。
見た目はヤルマルと同じ五十代くらいだが、筋肉質な肉体は巨漢と評して差し支えなく、猛々しい鬣に縁取られた面構えには得も言われぬ迫力がある。
族長というより、893の親分さんという感じだ。
「ノシュカ、これからされる会話を全部通訳してもらっていいですか?」
「うん、いいよー」
実にあっさりと軽く頷き、ノシュカは早速今し方の言葉を訳してくれた。
笑顔美人な通訳さん曰く、「久しぶりだな、ヤルマル。だが今のオレらは暢気に挨拶してる余裕がねえ。なにせ食料庫が焼け落ちて、ウチのモンが一人死んだんだからな」とあの親分的オヤジは言っていたらしい。
「久しいな、ホルザー。私もある程度の話は聞いている。だが改めて、貴様の口から状況を聞かせてもらいたい。何分こちらにとっては急なことだったのでな、少々混乱している」
フェレス族の族長ヤルマルは、おそらくリオヴ族の族長であろう巨漢ホルザーに堂々と応じる。
ヤルマルは向こうの族長に比べれば些か威厳不足だが、臆した素振りも遠慮した素振りも見せず、下座に胡座を掻いて座る。ライオンズの方には座布団めいたクッションがあるのに、こちら側には一枚もない。
やはり客人をもてなす気は皆無らしい。
族長に倣うように、猫耳護衛たちも腰を下ろし、俺も目立たないように冷たい板張りの上にそそくさと正座した。が、ホルザー親分は俺とユーハとベルに鋭い眼差しを向け、五秒ほど凝視してきた。
それからヤルマルに視線を戻し、再び口を開く。
「ハッ、いいだろう、話してやる。アレは今から二十五日前の深夜のことだ。この郷ザカリーの食料庫が突然燃え始めた、そりゃあもうすげえ勢いでだ。なんとか消火できたが、中のモンはほとんど焼けちまって、しかもムンバンの焼死体まで転がってやがった」
俺もだいたいの話は猫耳の郷や道中で聞いている。
だがここはきちんと聞いておいた方がいいだろう。
獅子組の親分さんは隣に座る三十代半ばほどのオッサンを指差し、続けて言った。
「その日、郷の夜回りをしてたウチのモン――こいつクーバルが、テメェらんとこのゴードンを見掛けたと言っていた。こいつは気になって話を聞いてみると、ゴードンはムンバンに呼ばれて、奴の家へ行く途中だと言ってやがったらしい。実際、捕まえたゴードンに訊いてみたらムンバンに呼ばれたと言ってやがる」
ゴードンとはティルテの父親だ。
ティルテの家系は代々リオヴ族との連絡や交渉の役を担っている家系らしい。
他にもティグロ族専門の家系、パルトゥス族専門の家系もあるようで、こうした家系の存在は他部族の方でも同様だそうだ。
他部族との交流では色々と問題が起こりやすいので、前任者の息子を後継者に添えていき、他部族の同役家系の後継者と信頼を深め合っていくのだ。だから今回、後継者の息子であるティルテの兄テオルドも同行し、ティルテ本人も家の役目に興味があったので無理を言ってついていったらしい。
ティルテたちは護衛の五人を合わせた八人で、定期連絡のために《森の盟主》たるリオヴ族の央郷ザカリーを訪れ、二泊三日で帰る予定だったという。
しかし帰路に就く前日の深夜、事件が起こった。
尚、焼け死んだムンバンというのは、リオヴ族の対フェレス族交流役の家系のオッサンらしく、ゴードンとは以前からの顔見知りという話だ。
「ゴードンに夜出歩いている理由を聞いたクーバルは、そこでゴードンと別れた。それからしばらく経った頃、食料庫が燃え始めて、中からはムンバンの死体が出てきた。だからゴードンたちを全員捕らえた。ま、そこの娘は逃げ延びたようだが」
ホルザーはギロリとした眼光をティルテに向けた。
猫耳美少女は身体を竦ませて、蛇に睨まれた蛙のように萎縮し、怯えた表情を覗かせる。
だがそこで猫組の親分ヤルマルが口を開いた。
「ゴードンたちは無事なのか?」
「まだ誰も殺しちゃいねえよ。そこの娘を追わせてた連中はテメェを寄越させる伝令でもあったからな。こっちはわざわざテメェが来るまで待ってやってたんだ、感謝しろヤルマル」
「…………」
ヤルマルは一度思案げに目を伏せて一呼吸挟んでから、ホルザーの力強い双眸を真っ直ぐに見据えた。
「話を聞いた限りでは、たしかにゴードンは怪しいだろう。だが、あくまでも状況証拠でしかない。彼がムンバンを殺害し、食料庫に火を放ったという証拠はない」
「ゴードンはムンバンの家で酒を飲み、帰りは宿泊場まで送ってくれたと言っていた。実際、ムンバンのとこの嫁もそう言ってるが、それからムンバンは戻らず、食料庫で火事が起こった。ゴードンはムンバンが戻っていくのを見送ったというが……これで他に誰か怪しい奴がいるってのかよ? そこの余所モンか?」
親分の目がこちらに向けられた。
ヤバイ、超怖い、アレ絶対何人か殺ってる奴の目だよ。
「彼らは今回の件に無関係だろう、ただこのティルテを助けてもらっただけだ。そちらの戦士たちにティルテと共にいた場面を見られたので、いらぬ疑いを持たれぬために同行してもらったまでのこと」
「ちょうどこの時期に、どこからともなく現れた余所モンが、一人逃げ延びたそこの娘を助けただと? ちっと都合良すぎんじゃねえのか? そこの余所モン使ってやったんだろ? なァ、ヤルマルよォ?」
「私は今回の件に一切関知していなかったし、ゴードンも同様のはずだ。あからさまに状況証拠が揃った状態で犯行に及ぶほど馬鹿ではなく、その理由もない。亡くなったムンバンの家系とは長い付き合いなのだ、築きあげた信頼を壊すような真似をするはずがない」
「馬鹿言え、なげえ付き合いだからこそ、オレらの知らねえとこで因縁の一つや二つあったはずだ。ま、正直よォ、オレだって臆病なまでに慎重なテメェが今回みてえな馬鹿なことをゴードンに指示したとも、わざわざ余所モン使ってやったとも思ってねえよ。あァ、思ってねえ。だがゴードンにムンバンを殺す理由はあった。憎悪なんてのは簡単に理性を吹っ飛ばす劇薬だ、ムンバンをぶっ殺して大嫌えなオレらリオヴ族に一泡吹かせたかったと思ってても、なんも不思議じゃねえよ」
話を聞く限り、そしてホルザーがもう俺たちに注目していないことからしても、俺たちはあまり疑われていないようだ。代わりに、ティルテの父親が犯人でファイナルアンサーと言わんばかりに疑われている。
この世界は科学技術が未発達だから、カメラ映像はもとより指紋やDNAなどの物証がない。なので有罪を証明できない代わりに無罪も証明できず、状況的に怪しい奴が犯人だとされるのは仕方のないことだ。
それでも、まだゴードンは殺されていないという。
一応、フェレス族の存在には気を払っているのだろうか……?
「ホルザー、貴様の言っていることは全て憶測に過ぎない。事件があったとき、この郷には定期連絡のためにティグロ族もパルトゥス族もギエント族も来ていたのだろう? 彼らとムンバンはそれほど交流はなかっただろうが、それでもティグロ族たちも怪しいはずだ」
「んなことたァ分かってる、だから連中も牢にこそ入れてはいねえが、まだ郷には帰してねえ。次の《森の盟主》選出までもう十年を切ってるからな、ティグロ族あたりが手回して今回のことを仕組んだ可能性は否定できねえよ。ここでオレらを争わせて、《森の盟主》に相応しくねえ行動だとか何とかイチャモンつけてきやがる腹かもしれねえからな」
「そうだ、だからこそ今回の件は慎重に事の真偽を見極め、判断を下す必要がある」
どちらも落ち着いた様子で言葉を交わし合っている。他の連中は一様に族長同士の話を聞いていて、口を挟もうとする奴は一人もいない。
親分ホルザーは筋肉質な太い腕を組むと、ヤルマルの言葉に頷きつつも「だが」と力強い声で応じた。
「こっちは《森の盟主》として甘ったれた面は見せらんねえんだよ。分かるか? あァおい? こっちは大事な食料が山ほど焼けて死人まで出てんだぞッ、ケジメつけなきゃなんねえだろうがよ!」
ドスの利いた低い声が広々とした集会所の中に響き渡った。
発言者の気後れするような容姿と相まって、チビりそうなほど迫力があり、俺は思わず呼吸を止めて全身を強張らせた。
「ヤルマル、テメェの言いてえことは分かる、よォく分かるぜ。ゴードンたちがやったっつー確たる証拠はねえ。にもかかわらず、あいつらを殺しちまっちゃあ、《森の盟主》としての器が問われる。だがよ、同じように《森の盟主》としての面ってのがあんだよ」
「…………」
「こんだけのことが起こって、如何にも犯人ですと言わんばかりの奴がいて、そいつに何の罰もねえだァ? んなこと許されるわけねえだろうがよ、テメェも族長なら分かるよなァおい。もう察しがついてると思うが、今この場を設けたのは事の真偽を見極めるためじゃねえ。今回の件で他の三部族どもに付け入る隙を与えねえために、テメェらと必要以上に事を荒立てねえために、話し合ってやろうと思って呼んだんだ」
ホルザーはそこで一度、俺たち余所者をチラ見してから、ゆっくりと腰を上げ、その立派な体躯で屹立した。
すると親分さんに付き従うように、二十人近い野郎共が一斉に立ち上がる。
「テメェらと争い合って、他の連中に付け入られたくはねえ。それはテメェも同じはずだ。だから選ばせてやる、ヤルマル。そこの娘を含めたゴードンたち八人を全員処刑されるか、ゴードン一人だけの首とそこの余所モン三人の首で手を打つか」
…………ん?
え、あれ……?
「この時期に来た余所モンが、オレらから逃げ延びた娘を助けた。端から見れば無関係に思えねえよなァ? 最も怪しいゴードンと、次に怪しいそいつら余所モン。それで手打ちにしてやってもいい。テメェらにとっても悪い話じゃねえはずだ」
全員が余所モンを見ていた。
リオヴ族の野郎共は元より、フェレス族の連中も悉くが、もれなく俺とオッサン二人に注目している。フェレス族からは未だしも、ライオンズからは物々しい雰囲気が感じられ、話を理解できていないユーハは眉をひそめて左眼を細めている。
俺は胸元で「キュェ」と鳴くメリーを抱きしめながら、身構えた。
隣のノシュカが俺たちを捕らえようと襲いかかってくる可能性は低いだろうが、他の野郎共は違う。
緊張感が漂うこの場の趨勢を握る人物――族長ヤルマルは逡巡するように瞑目していた。
「……………………」
話を聞く限り、ホルザーの提案はフェレス族にとって決して悪いものではないはずだ。
仲間が八人殺されるか、俺たち三人を差し出して仲間の死を一人に抑えるか。一人は死んでしまうが、リオヴ族の方も一人死んでいるのだから、痛み分けと思えば納得できなくはないだろう。
もしここでどちらの選択も蹴り、リオヴ族と敵対するようなことになれば、他の三部族に隙を見せることになるらしいのだ。フェレス族という全体のことを考える立場にある族長ならば、妥協するのが最善の選択だ。
「私たちにとって悪い話ではないだと? あぁ、たしかに悪い話ではないのだろうが、それはあまりに横暴が過ぎる」
だが、猫耳オヤジはおっかない親分に反抗した。
「彼らは私たちの仲間を――ティルテを助けてくれたのだ。貴様が彼らを怪しむのは当然だし、私とてまだ完全に信用しているわけではない。だが状況的にゴードンが怪しいのと同様に、状況的に彼らが無関係なのは明らかだ。仮にこの郷に彼らが侵入し悪事を為したとして、それに気が付かぬほどリオヴ族は間抜けだというのか?」
「ヤルマル、貴様誰に向かって間抜けだなどとほざいてやがる。そいつらが実際にやったかやってねえかはこの際もう関係ねえんだよ。テメェらは未だしも、余所モンは余所モンだ、白黒つけずとも灰色なら殺す」
「それが横暴だと言っているのだ。そもそもゴードンが犯人だという証拠がない以上、私は彼が殺されるのを認めはしない。それでも尚、私たちの仲間を処刑しようというのであれば、フェレス族はリオヴ族と争うことを厭いはしないぞ」
あぁ、ヤバイ、すげえよオヤジ……。
アンタいま最高に輝いてるよ。
「私たちはまだ今回の件についての詳細を知らない。まずはゴードンたちと話をし、私たちも現場を検分し、相互に状況を把握する必要がある。その後に犯人が誰なのかを絞り出してゆかねば、私たちは納得できない」
「もうアレから二十五日も経ってんだぞ? 今更だろうが」
「私の知る今回の件は全て人伝に聞いたものだ。貴様らの証言が全て本当だという確証もない。私は私の目で見て、耳で聞いて、判断を下す」
ヤルマルは胡座を掻いて座ったまま、鋭い視線を向けてくるホルザーに臆した様子を欠片も見せず応対している。
ホルザーは苛烈さの宿る瞳で、ヤルマルは泰然とした瞳で、二人の族長はしばし無言で見つめ合った。
「……いいだろう、ヤルマル。三日だけは待ってやる。その間に十分過ぎるほど状況でも何でも把握しろ。だが、それまでにゴードンがやっていないという確たる証拠が出なければ、ゴードンたちは殺すぞ」
「ゴードン一人だけならば、良いだろう。ただしゴードン以外の容疑者が挙がった場合、誰一人として殺さず十分に話し合うことを約束しろ。そして、もしゴードン一人が殺されることになったとしても、彼ら三人と他の者の処遇は十分に話し合いで決めると約束しろ」
「二つ目のだけ約束してやるが、一つ目のは約束できねえな」
「では容疑者ではなく、他の者が犯人だと証明できればという条件で、約束しろ」
「いいだろう」
僅か三日でゴードンという最高に怪しい容疑者以外の犯人を探し出し、その犯行の証拠を手に入れる。
無茶だ、できるはずがない。
つまり今この場で族長ヤルマルはゴードンという最有力候補の死を半ば容認したのだ。
「しかし、そこの三人の身柄は預からせてもらうぜ。森の民であるテメェらは未だしも、余所モンに郷の中をうろちょろされちゃ堪んねえからな」
「それは私が許可できることではないし、彼らには善意でこの郷まで同行してもらっているのだ。私たちと同様の扱いを彼らにも求める」
「んなもん無理に決まってんだろが、そいつらは牢にぶち込ませてもらう。安心しろ、約束は守る、ちゃんと話し合うまで殺しやしねえよ」
つまり話し合ってから殺すんですね、分かります。
「部下から軽く聞いているだろうが、そこの女子は魔女だ。更に詠唱もなく特級魔法すら行使するため、たとえ口を塞いで牢に入れようが、容易く抜け出すだろう」
「……なら男二人だけで勘弁してやる」
「仲間が拘束されたとあらば、この小さな魔女は黙っていまい。元々、私たちに付き合わされている身なのだ、身の危険を感じれば逃亡するはずだ」
「だから野放しにしろってのか? それこそその隙に逃亡したり、郷に何か害を為すかもしれねえだろうが」
獅子組の親分さんは俺たちを鬱陶しそうに睨み付けてきた。
随分と警戒されているようだが、致し方あるまい。しかしこちらとしても自由を奪われるのは御免被るし、正直この状況だと、もう今すぐにでも逃げ出したい。
「彼らの自由を保障した上で、監視役をつけて見張れば良かろう」
「そいつらが監視役に危害を加えて逃亡する可能性はあるだろうが」
「では……そうだな」
そこでヤルマルはホルザーより幾分かマシな強面を俺たちに向けた後、ティルテを見た。
ティルテは強面中年同士のおっかない話し合いを前に萎縮しているのか、あるいは父親の死が確定的になってショックなのか、青ざめた顔で自分の膝元を見下ろし、正座姿勢のまま固まっている。
「もし彼らが逃亡したり、リオヴ族に謂われのない危害を加えた場合、このティルテに責任を取らせよう」
「え……?」
突然自分の名前を出されて、ティルテはビクッと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。
俺はそんな彼女の様子を捉えつつも、思わず感心していた。
ティルテを盾にされれば俺たちは容易に逃げられないし、もし俺たちが逃げた場合でも、容疑者ゴードンの娘であるティルテが責任を取る=死ぬことになる。
更に十中八九ゴードンは処刑されるため、リオヴ族の体面は守られるどころかお釣りが来る。
この猫耳オヤジ……できる。
「ゴードンの娘か、いいだろう。それならば監視役だけつけて、ある程度は自由にさせてやる」
案の定、親分さんは承諾した。
ティルテは顔面ブルーレイ状態で戸惑いの表情を見せている。
すまんね、ティルテ。
それから族長二人が細々としたことを話し合った後、ひとまず解散となった。
俺たちは猫耳たちと一緒に集会所を出て、この郷での宿泊場所へと移動することに。俺は道中でオッサン二人に集会所でのことを話してやりながら、思った。
なぜあの場に俺たちを同席させ、あまつさえノシュカの通訳を見逃していたのか。ノシュカは小声で訳してくれていたとはいえ、獣人族は耳が良いし、族長二人しか話していないあの場では全員に聞こえていたはずだ。
おそらくホルザーは、俺たちがラノースを置きに行っている間に道中を共にしたライオンズから、俺だけはノシュカに通訳してもらえれば話を理解できると報されていたはずなのだ。
しかし、俺たちを殺す云々の話になっても、通訳を止めさせなかった。暴れられるリスクがあったにもかかわらずだ。
俺が幼女だから良いか……と侮られたという可能性はあり得ない。
いつ何時、俺がオッサン二人に更なる通訳をするか不明なのだから、聞かせるメリットなんてないはずだった。
では、なぜ敢えて俺の傍聴をホルザーもヤルマルも許していたのか。
確証はないが、たぶんあの場の遣り取りはほとんど表面的なものだったのだ。
双方共に端から似通った着地点を想定していて、そこへ至るまでの体面的な応酬と擦り合わせが行われていたに過ぎない。
だからこそ、ヤルマルは一度ゴードンの死を断じて認めない的な発言をしながらも、結局は犯人捜しという無理難題な希望を得ることでフェレス族の体面を保ち、ゴードン処刑の旨を呑んだ。
本当かどうかは分からない。
だがヤルマルもホルザーも五十代のオヤジで、族長という重責を担う立場にいる者だ。互いのことは良く知り合っている様子だったし、政治的な機微も理解していることだろう。
「……………………」
俺は何とも言えない心情になりながらも、話を聞いて小難しい顔を見せるオッサン二人と共に、アウェイな郷の中を歩いていった。