第七十八話 『おや、卵の様子が……?』
リオヴ族が来たその日のうちに、俺たちは央郷トバイアスを発った。
昼前までフェレス族の面々が出発準備をし、少し早い昼食を摂って間もなく、すぐに出発だった。メンバーは俺、ユーハ、ベル、ティルテ、ノシュカ、族長ヤルマル、それに護衛の猫耳野郎共が七人だ。そこにリオヴ族の男七人が加わり、計二十人の大所帯で一路リオヴ族の郷――央郷ザカリーを目指す。
「女が私たち三人だけって、なんか心許ないですね……」
巨大樹の森を川沿いに東進していく最中、ラノースの背中で揺られながら、後ろのノシュカに話しかけた。俺は手綱を握るノシュカの前に騎乗しているので、背中に彼女のクッションがあたって乗り心地が良い。
ちなみに、腹には竜の卵を抱えている。布でくるんで胴体に巻き付け、温めているのだ。いつ孵るか分からないし、生まれてすぐ俺の顔を見せないと、親だと認識してくれないかもしれないからね。
「まあ、リオヴの連中が何かしようとしてきても、みんなが守ってくれるよー」
「それは分かってますけど……その、色々慣れなくて、ちょっと不安ですね」
俺とノシュカとティルテ以外は全員がむさい野郎なのだ。
八歳児である俺は未だしも、ノシュカは十八歳の姉ちゃんだし、夜になったらマジモンの野獣と化した男共から襲われないか心配だ。いや、そんなことは起きないとは思ってるけど、可能性はあるのだから、一抹の不安はある。
なにせ十日はこのメンバーで移動するんだし、いつ男連中の本能が暴発しても不思議ではない。それに道中の排泄行為とか、これだけ野郎が多いとし辛いんだよね……。
だというのに、ノシュカは相変わらず暢気に笑っている。
「あはは、大丈夫大丈夫、ローズは強いんでしょ? ウチも魔法は使えるし、もし何かあっても何とかなるって」
「今更ですけど、ノシュカは良かったんですか? 私たちの通訳のために、一緒についてくることになって」
「ん? べつに良いよー、最初から分かってたことだからね。リオヴ族の郷まで行くことになるから、みんなやりたくなかったっていうのもあったんだろうし」
おおう……そういう理由もあったのか。
というか、族長オヤジも婆さんも全て織り込み済みで、俺たちにノシュカをあてがったのね。そりゃあ少しくらいアレな性格でも、こんな面倒な役目に自ら進んで立候補したんだから、採用するわな。
でもノシュカ、お前そんな情報を俺に明かしていいのかよ……。
「ティルテは大丈夫でしょうか? ただでさえ色々と不安でしょうし」
ラノースに単身乗って俺たちの隣を併走する猫耳美少女の様子を窺い見てみた。
彼女は憂慮の色濃く浮き出た顔で、それでも真っ直ぐに前方を見据えてラノースを駆っている。
そろそろ夕方だが、まだラノースの足は止めず、俺たちは大森林の中を進んでいく。
今は道中を共にするライオンズたちに、族長ヤルマルとティルテは、捕まった仲間の処遇を訊ねてみたそうだ。
しかし、リオヴ族のむさい野郎共は一様に知らないという。彼らはただ、逃亡したティルテを連れ戻せという命令を族長から下され、それを実行しているだけで、郷がどういう処断を下すのかは関知していないのだ。
「捕まった方たち、殺されていないといいですね」
「うん、そうだねー……でもリオヴ族は少し過激らしいから、心配だなー。ただでさえリオヴ族の方で一人死んでるらしいし、もしこっちも誰か死んじゃったりしたら、かなりヤバイ感じになっちゃいそうなんだよね」
「……戦いになるんですか?」
「なるとしても、すぐにはならないから大丈夫だと思うよ。だからわざわざ族長が出向いて、きちんと話し合おうとしてるわけだし」
ノシュカはちょっと暢気なところがあるから、信じるに信じ切れない。
まあでも、確かに族長オヤジも一緒だから、この人数でケンカをふっかけるような真似はしないだろう。そもそも戦いになると予想しているのなら、族長自らが出向いたりしないはずだ。
「でも、どうなるにしても次の五部族集会は荒れそうだなー。次の盟主決定までもう十年切ってるし、ウチらはいざこざ起こしたことを他から突かれて不利になりそう」
「盟主って、たしかカーム大森林を治める代表部族……みたいなものですよね?」
「そうだよー、森で一番偉い一族だね。今はリオヴ族で、フェレス族はここ数百年なれてないんだけど」
苦笑と表するには苦味の足りない笑みを浮かべ、ノシュカは軽く肩を竦めた。
カーム大森林は五つの獣人部族が分割統治している。
リオヴ族、フェレス族、ティグロ族、パルトゥス族、ギエント族の五部族だ。
五部族集会というのは定期的に各部族の族長が集まって開かれる会議のことで、これの開催地は《森の盟主》となっている部族の中心地――央郷となる。
《森の盟主》はカーム大森林に住まう五部族の対外的な代表者であり、《森の盟主》となった部族の族長が務めることになる。
カーム大森林は北をハウテイル獣王国、南をロア平原、東をポンディ海、西を外海に挟まれた地だ。北からはしばしば森林資源の取引や各種条約を持ちかけられ、南のロア平原に住まう獣人たちとは五部族全てが交易を行い、東西の水域からは豊富な魚介類が採れる。
もし仮に、獣王国から五部族それぞれにカーム大森林という土地に関する取引を持ちかけられ、部族間の競争意識を煽られる等して、他の部族に断りなく条約なんかを結んでしまえば大変なことになる。
それは南のロア平原との取引でも同様で、表向きは友好的でも、南方に住まう獣人部族たちもまた、カーム大森林という豊かな土地を欲しており、裏では虎視眈々と機を窺っているのだ。
だから五部族間での混乱を避けるために森の代表者を決めておき、そいつを中心に外部からの接触を纏め上げて、カーム大森林が五部族以外に荒らされないよう手を結んでいるわけだ。
しかし無論のことそれは苦肉の策であり、決して森に住まう五部族全てが仲良しこよしの良き隣人関係にあるわけではない。
「今回の件、リオヴ族の陰謀って可能性もあるんですよね? 次の盟主にフェレス族がならないよう、非難できる事件をでっちあげたって」
「うーん、でもリオヴ族からは死人が出てるっていうしなぁ……それに事情はどうあれ、現盟主であるリオヴ族が他部族といざこざ起こした時点で、リオヴ族も他から責められるだろうし、どうかなー?」
《森の盟主》は五十年ごとに、その都度決められる。
つまり五十年は森の代表者として、外部との交渉事――特にロア平原との交易を自分の部族に有利に進めることができるのだ。盟主決定には投票と試合の二つを組み合わせた方式が採られているらしく、投票は自分たち以外の四部族いずれか一つに投票し、試合は総当たりで一戦ずつ行う。
そして得票数と勝利数を合わせた数が最も多い部族が次の盟主になる。
次の盟主決定までもう十年もないらしいし、今の時期にフェレス族が厄介事を起こしたとは考えがたい。それはリオヴ族側も同様だが……両部族は仲がよろしくない。というか悪い。
利害計算抜きにフェレス族が嫌がらせをしてもおかしくないし、あるいはリオヴ族は次の《森の盟主》を諦め、とにかくフェレス族に貸しを作りたいのかもしれない。いくらでも考えられるので、現状ではどちらが犯人なのか分からない。
「ま、ローズはそういう小難しい事情とか、考えないでもいいよー? ウチもほとんど考えてないしね、面倒臭いし。そういうことは族長に任せておけば、たぶん大丈夫だから」
「ノシュカは気にならないんですか?」
「気にはなるけど、ウチが考えたところで、何がどうなるわけでもないしねー。それよりさ、もっと楽しい話をしようよ。ウチ思うんだけどさ、森にも猟兵協会っていうの作って欲しいよね、魔物いるんだし」
ノシュカはこんなときでも森の外のことに興味があるのか、そう言って色々と質問を繰り出してくる。
暢気なものだが、しかし彼女の言うことも一理くらいはある。俺たちがアレコレ考えたところで、問題が解決するわけじゃないし、そもそも俺は部外者だ。
とりあえず俺は我が身とオッサン二人に危害が及ばないことを最優先し、可能な限りティルテたちの力になってやろう。
そんなことを考えながら、俺たちは《森の盟主》の郷へと向かっていく。
♀ ♀ ♀
案の定というべきか、道中では幾度も魔物に襲われた。
しかし、仮にも成人男性が十七人いる集団だ。
リオヴ族の野郎共は全員が見るからに屈強な戦士だし、フェレス族の面々は全員が魔法士だという。
俺が手を出すまでもなく、計十四人の野郎共が襲い来る魔物を撃退していた。
「いざ示さん流砂の連理、胡乱なる者よ刮目せよ。命脈刈取れ閃なき一刃、渇いた我が威に紅き潤いを――〈砂刃〉」
あるときは猫耳の若造が土属性中級魔法の刃を放ち、巨大蜘蛛ことミストスパイダーを両断する。
「――ガァッ!」
またあるときは鬣の若造が裂帛の気合いと共に身の丈ほどの大剣を振るい、動く木ことノーブルトレントを撃砕する。
「夜露は結し、列なり、氷刃となりて中空に顕現す。蒼穹こそが我が水瓶、虚な大海は殺戮の金床。貫け斬り裂け縫い止めろ、冷厳たる刃の銀光よ奔り屠れ――〈氷槍〉」
更にあるときは猫耳のオッサンが水属性上級魔法の槍を放ち、鱗付きの熊ことスケイルベアを串刺しにする。
「――ヌゥァッ!」
またまたあるときは鬣のオッサンが長槍を振るい、三リーギス大の巨大猪ことタイラントボアを刺殺する。
魔物が出現する度に、七人の猫耳野郎と七人の鬣野郎は競い合うように魔物共をぶっ殺していく。そしてより多くの魔物を仕留めたり、明らかに活躍した方は相手方を嘲笑するような笑みを浮かべ、鼻で嗤う。
相互が燃料を投下し合うことで野郎共は奮戦し、ユーハやベルが加勢する間もなく魔物は駆逐され、道中は安全に進んでいく。
「実はあの人たち、割と仲良いんじゃないですか?」
郷を出発して七日目の夜。
焚火を囲んで野営する中、俺はオッサン二人に話しかけた。
「うむ……端から見れば、そう見えなくもない。しかし、あれは本気で互いのことを疎んでおるな」
「まあ、喧嘩するほど仲が良いとは言うけれどね。互いを無視し合うほど、憎しみ合っているわけでもないようだし」
フェレス族もリオヴ族も相互に嫌い合っているが、致命的な憎悪関係にまでは発達していないのだろう。しかし放火事件があったばかりの現状を思えば、あるいは手遅れの段階にまで達していて、一周回って端から見れば面白いことになっているだけなのかもしれない。
いずれにせよ、連中の仲が良くはないことだけは確かなようだ。
魔物を撃退するときも協力する素振りなんて全く見せないし、今だって別々に焚火を熾し、晩飯を食っている。ライオンズの中にも初級魔法程度は使える奴がいて、水や火くらいは出せるようなのだ。
飯を終えると、早々に寝ることになる。
周辺の警戒は護衛共がしてくれるので、俺たちは十分な休息をとれる。
やはり見張りもフェレス族とリオヴ族で交互に立てるという風にはならず、向こうは向こう、こちらはこちらはで常に人員を割いている。
非効率だが当人同士の問題だし、まあ仕方ない。
「この卵、いつ孵るのかな? ウチも竜見てみたいし、早く生まれてこないかなー」
卵を挟んで右隣に横たわっているノシュカが、白い殻を撫で回している。
左側にはティルテがいて、俺たち女三人は自然と寄り合って、土魔法製ベッドの上に仲良く川の字になって夜を過す。
ちなみに自称オンナは少し離れたところでユーハと一緒にいる。
「ティルテ、あんまり元気ないですね」
「家族が捕まってて、生死も分からないんだから、無理もないよ」
ノシュカは珍しくお姉さんらしい面構えで俺越しにティルテを見つめた。少女の方は既に目を閉じており、仰向けでほぼ平らな胸を上下させている。だがたまに身じろぎしたり、寝息の乱れたりするところを見るに、まだ意識はあるらしい。
俺は郷を出てからこっち、ティルテと上手く会話できていない。
そもそもノシュカを介さないと話せなかったから、そんなに仲良くはないんだが……ティルテは色々と不安で、ノシュカのように楽しくお喋りできる心境ではないだろうから、話しかけづらい。
「というか、この状況で普通に楽しく会話できてるノシュカがおかしいんですよね」
「あれー? 急におかしいって、酷いねローズは。ウチ何かしちゃった? もしかして卵触っちゃダメ?」
「いえ、卵は良いですけど……ノシュカは明るいなと思いまして」
ノシュカは俺のその言葉に、相変わらず気持ちの良い笑みを見せた。
「深刻になったからって、物事が良い方向に進むわけじゃないからねー。男たちはみんな険しい顔してるし、誰か一人くらい笑ってた方がいいよね」
「それは……無理してるわけじゃないですよね?」
「え? べつに無理なんてしてないけど?」
ま、ノシュカはそういう姉ちゃんだよな。
常識外に大きな森は深い暗闇に包まれ、今は焚火の明かりで少しは闇を払えている。それと同様に、俺たち余所者を除いた十七人の連中は殺人放火事件という問題のせいで、どこか重たい空気を漂わせているが、ノシュカのおかげで少しは和らいでいる。
……なんかレオナを思い出すな。
「明日もあるし、早く寝ちゃわないとね。というわけで、おやすみローズ」
「ええ、おやすみなさいノシュカ」
そうして、俺は猫耳獣人に挟まれた状態で眠りに就いた……はずが、肩を揺すられていることに気が付いて、微睡みから目覚めた。
「ローズローズ」
「ん……なんですか、ノシュカ……?」
どれくらい寝ていたのか、まだ意識がぼやけている。
俺は重たい目蓋を押し上げて、座っているノシュカを見上げた。
周囲を見るに森の闇はまだまだ深く、眠る前から数時間も経っていないだろう。
「なんか卵がコツコツいってるんだけど?」
「――え!?」
微睡みが吹き飛び、勢い良く上体を起こした。すぐ傍らの卵に意識を向けると、確かに殻の内側から何かを叩く音が聞こえる。
軽く卵に指先を当ててみると、小さな振動が伝わってきた。
「ねえねえ、これって生まれるのかな? 卵が割れて竜が出てくるんだよね?」
「そうですっ、生まれるんですよ!」
興奮した面持ちのノシュカに、否応なくテンションが上がってきた俺も頷きを返す。そこでようやく、いつの間にかオッサン二人が側に来ていたことに気が付いた。
「まさか、まことに生まれるというのか……?」
「白竜島では竜をたくさん食べちゃったし、なんだか複雑な気持ちだけれど、楽しみね」
ユーハとベルだけでなくティルテも起きて卵を見つめているし、他の猫耳獣人野郎も何事かと様子を見に来る。
これは……不味いんじゃなかろうか?
これだけ大勢が見ている中で誕生すれば、俺を親だと認識してくれなくなるかもしれない。竜も鳥類みたいにインプリンティングという習性があるのかどうかは不明だが、少なくとも半鳥半獣めいた魔物のアシュリンは孵化直後に見たリーゼを親だと認識している(はずだ)。
「……皆さん、すみませんが、私は卵と一緒に籠もります」
俺は毛布と卵を抱えてベッドから離れると、土属性上級魔法〈岩塁壁〉を行使した。ドーム状に形成された半径一リーギスほどの岩壁は俺と卵をすっぽりと覆い隠す。
「えー、ちょっとローズ、見せてくれないのー?」
「すみません、生まれてから見せますから」
俺は空気穴として空けておいた隙間から、ノシュカの声に応じた。
せっかくの貴重な卵だし、ここは確実性を期したいのだ。
すまんね。
こうして俺は小さな空間に卵と一緒に閉じこもった。
中は真っ暗だが、光魔法があるので何の問題もない。
あとは生まれるのを待ち、一番始めに俺を認識させるだけだ。
以前、リーゼからアシュリン誕生の瞬間の話を聞いたことがある。
アシュリンの場合は嘴打ちが始まってから、一時間もしないうちに殻を破って出てきたらしい。
たしか前世の鳥類などはもっと時間を掛けて、ゆっくりと殻から出てくるようだったが、アシュリンはアッシュグリフォンという歴とした魔物だ。奴の例から見ても、ここは異世界だし今回は竜なので、動物の常識など通用しないだろう。
果たして殻を抜け出てくるまでに、どれくらいの時間が掛かるのか……。
「…………あ」
一時間もしないうちに、卵の下――より丸みを帯びた方の先端に小さな穴が開いた。そこから覗き見える口先は薄赤いので、火竜だ。親が黒竜だったので、真火竜という可能性もあるが、たぶん違うだろう。
十中八九、普通の火竜だ。
べつに端から期待はしていなかったので、問題はない。
穴が空いたところで、少し大人しくなってしまった。
力を蓄えているのか、それとも早くも力尽きてしまったのか。
手を貸したい衝動に駆られるが、ぐっと堪えて見守り続けることにした。
それから更に……五、六時間くらいか。
寝始めたのが早かったとはいえ、そろそろ夜が明ける頃。
「お、おおおぉぉぉぉぉ……」
卵の殻を見事破り、毛布の上に幼竜が這い出てきた。
全身は薄赤く、肌が鱗状にひび割れており、頭頂から尾先までの全長は五十レンテほどだろうか。首も胴も四肢も尻尾も細く、瞳はクリッと愛らしく、小さな口から「キュェ」と声を漏らしている。
そのくせ一丁前に翼は大きく、たぶん翼開長は全長と同程度だろう。
光魔法の明かりに照らされた岩ドームの中で、俺と幼竜は見つめ合った。
それから恐る恐る指先を近づけ、触れてみた。
鱗っぽい肌をしているくせに、まだ生まれたてだからか硬度はなく、人肌のように少しプニっとしている。
幼竜は俺の手に顔をこすりつけてきて、再び「キュェェ」と鳴いた。
「あ、あ……あぁ……」
か、可愛すぎる。
なんだこいつ、なんだこの生き物は。
今ならアシュリンを飼いたいと言ったときのリーゼの気持ちが良く分かる。
あのときの俺は少し引いた立場から状況を見ていたが、今回は違う。
この幼竜は俺の子だ、俺が育てて、俺が守って、立派な竜に成長させるんだ。
そう思うと、愛しさが込み上げてきた。
この無垢な瞳に見つめられると、全てがどうでも良くなる。
ただただ愛らしく、保護欲しか湧いてこない。
とりあえず名前だな。
親なんだから名付けてやらないといけない。
いや、その前に性別確認か。
「ちょっとごめんよー」
幼竜を抱き上げて、股間を確かめてみた。
何もついていない。たぶんメスだ。
というか、思ったより重くないな。
尻尾を除けば小型犬くらいの大きさだし。
「メスか、メスなら…………どうしよう」
将来はドラゴンでドライブするつもりだから、オスなら適当にチビスケとかでも良かったんだが、メスとなると……迷うな。俺は自分の名前も決められず、レオナに名付けてもらったくらい、名前を考えるのが苦手だ。
だが今回はちゃんと自分で考えよう。
「……メリア」
熟考の末、薔薇という赤い花関連の名前ということで椿を連想し、その英語読みであるカメリアから名付けた。俺は髪、こいつは全身が赤で、名前まで関連性があるとなれば、一層の親近感が湧く。
「お前はメリア、略してメリーだ。分かったか?」
俺の腕に抱かれた幼竜は身体をもぞもぞと動かしながら、小さく鳴いた。
あぁ、やばい……可愛すぎる……癒される……。
「ローズ? ねえ、生まれたのー?」
壁の向こう側から呼び掛けられたので、そろそろ出ることにした。
インプリンティングが発動したのなら、もう十分に俺の顔は刷り込めただろう。
それから外に出ると、幼竜を見たノシュカが少女のようにはしゃいで「可愛い可愛い」と連呼していた。オッサン二人は驚きつつも、なぜか幼竜ではなく俺を慈愛の眼差しで見つめていたし、周囲の猫耳野郎共は物珍しげにしげしげとメリーを眺めていた。
ティルテも興味津々なようだったので、特別に抱かせてやると、少し戸惑いながらも小さく笑みを浮かべてくれた。
ただ、俺たち女三人以外にメリーは触らせなかった。
生まれたてなのでデリケートだし、ちやほやされすぎるとストレスになる。
周囲の連中には温かく見守ってもらうことにした。