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幼女転生  作者: デブリ
六章・獣人編
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第七十七話 『猫撫テンプテーション 後』★


 ティルテの家は普通サイズだった。

 郷のどの辺りかは不明だが、周囲はキャットタワーマンションばかりで、他に似たような家々が樹上に建っている。

 家に入ると、三人の猫耳獣人が出迎えてくれた。


「ティルテのお母さんのシャニエラと、こっちは妹のトルテ、こっちは弟のトビアだね。トルテとトビアは双子で、トルテの方が一応お姉さんだね。今はローズと同じ八歳だよ」


 ノシュカの通訳のもと、俺たちは互いに挨拶を交わした。

 シャニエラさんはおっとりした感じのママンで、少し気弱そうだが、優しそうな人だ。俺たちのことを聞いているのか、何度も何度も頭を下げてきて、感謝しているらしいことが十二分に伝わってくる。その後、涙目になって抱きつくティルテを受け止め、娘の背中を優しくさすっていた。


 その様子を端から見守った後、俺は同年代の男女に視線を転じた。

 すると、隣でノシュカが思い出したように注意してくれる。


「あ、ローズ、シャニエラはともかく、この子たちはまだ今回の件のこと知らされてないみたいだよ。色々あってティルテ一人だけザカリーから戻ってきて、その途中で魔物に襲われていたところをローズたちが助けた……ってことになってるみたいだね」

「分かりました」


 なるほどね、まだガキ共は事件のことを知らないのか。

 まあ、知ってたらこんな無邪気そうに興味津々な眼差しは向けてこないか。


 さて、俺の目の前には二人の子供がいる。

 一人は俺よりやや小柄な幼女で、シャニエラそっくりの気弱そうな感じの子だ。

 そこそこ美幼女だが、まあ俺ほどではないな。

 だが猫耳効果によってキュートさにブーストが掛かっている。長い髪に着けられた工芸品めいた髪飾りが良く似合い、実に愛らしいロリだ。


 もう一人は俺と同程度の背丈のガキンチョで、見るからに活発そうな感じの奴だ。こいつの顔立ちはティルテに似ていて、将来はなかなか有望そうだが、なんか小生意気そうだな。じろじろと視姦する勢いで俺たち三人を凝視しており、特に俺に注目しているようだった。


 俺は悩むことなく、まずは猫耳幼女トルテに話しかけてみることにした。

 その矢先、なぜか急に下半身の風通しが良くなり、かなり涼しくなった。


「――――」

「■■■■、■■■■■■■■■■! ■■■■■■■■■■、■■■■!」


 いや……なぜかじゃない。

 クソガキが俺のスカートをペチコートごと捲り上げて、何事かを言いながら興味深げにじろじろ見てやがる!


「きゃぁぁぁぁぁああああっ!?」


挿絵(By みてみん)


 恥じもへったくれもなく叫んだ。

 ロリ声帯では高い声しか出ないので、否応なく黄色い声になってしまう。

 俺は両手を振り回してガキの手を振り払い、ゴスロリ服の裾を抑えながら後ずさった。


「すげーな、こんな服初めて見たぜ! 中はこうなってんのか、すげーな! って、さっきトビアは言ってたよ」


 無駄に楽しげな様子でノシュカが訳してくれるが、そんな情報どうでも良いわ!

 こ、こここのクソガキ、俺のパンツ見やがったっ!


「■■■■■、■■■■■■■、■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■」 

「おいトルテ、こいつやべえよ、変態だよ。腰布の下にそのままパンツ穿いてたぞ、やべえな余所もん。って、トビアは言ってるね」


 変態はテメェだろうがこのネコガキが!

 真正面から幼女のスカートめくってパンツ視姦した挙句に変態呼ばわりだと?

 この郷の情操教育はいったいどうなってんだ!?


「ユーハさんっ、ベルさんっ、なんで止めてくれなかったんですか!?」

「う、うむ……まさかいきなり裾を捲り上げるとは思いもよらなんでな……」

「アタシもてっきり、純真無垢な子供同士の素敵な触れあいが始まるものだとばかり……」


 オッサン二人は申し訳なさそうに言ってはいるが、あまり問題を重要視していないようだった。ベルなら怒髪天を衝く勢いでクソガキを叱ってくれると思ったのに、相手が猫耳の八歳児だからか、俺に加勢してくれる様子はない。


「ていうか、ウチもちょっとびっくりした。森の外の人は腰布の下にそのままパンツ穿くんだね」


 ノシュカは暢気に感心したような素振りを見せている。

 

 この郷の猫耳っ子たちは既に十分に観察しているので、俺にもノシュカやクソガキの言いたいことは理解できる。

 見た限りだと、だいたいの若い女はホットパンツを、三十代以上の猫耳オバサンたちは半ズボンを着用しており、場合によってはパレオのような腰布を巻いていた。実際、ティルテママのシャニエラは長い腰布を巻いていて、スリットから中に半ズボンを穿いているのが確認できる。

 おそらくフェレス族には俺たちで言うところのスカートがないのだ。だからクソガキは俺が腰布スカートの下にズボンを穿いているものと思い込んでいたのだろう。

 つまり今の一幕は文化の差異が生んだ哀しいすれ違いだと言える。


 だがな、見られた側はそんなことじゃ納得できねえんだよ。

 仮にも女のパンツをタダで見ておいて、そのくせ相手を変態呼ばわりとか、知らなかったから許されるってレベル超えてんぞ?

 

「■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■?■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■!」

「おれはトビアだ、お前ら姉ちゃん助けてくれたんだろ? 余所もんだけど良い奴らだって族長も言ってたし、ありがとな! って、トビアが言ってるよ」


 何ら悪びれた様子もなく、腹の立つ笑顔を向けてくるクソガキ。

 俺は表情を消して、無感情に挨拶を返した。


「どういたしまして。私はローズです。少しだけこの家でお世話になります。よろしくお願いします」


 頭は下げず、握手を求めて左手を差し出した。

 ノシュカの通訳を聞いた変態野郎は無警戒に手を掴んでくる。

 瞬間、俺は二種類の幻惑魔法を同時行使し、すぐさま奴の手を振り払った。


「――っ!?」


 クソガキは思わずといったように尻餅をつく。

 だが起き上がろうとせず、辺りをキョロキョロ見回すように顔を動かし、手を眼前に持っていったりしていた。

 

「■■■■■!? ■■■■■■■■!? ■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■!?」


 奴は慌てふためいたように叫びながら、助けを求めるように両手を彷徨わせている。

 

 俺が奴に行使した魔法は初級幻惑魔法〈無響鳴ズノ・レイト〉と上級幻惑魔法〈奪明弾ヴィ・ルーティ〉だ。

 前者は強烈な耳鳴りを生じさせ、後者は視覚を麻痺させる。

 本来はどちらも〈魔弾ト・アルア〉のような光弾として放つのだが、不意打ちのために零距離から喰らわせてやった。

 

 猫耳野郎トビアは姉妹と母から心配した様子で話しかけられている。

 本当は耳鳴りどころか聴覚を麻痺させることもできたが、さすがに大人げないから止めておいた。


「ありゃ、ローズもしかして魔法使った?」

「幻惑魔法ですし、かなり手加減しましたから、すぐに治りますよ。当然の報いというやつです。それとノシュカ、トビアに伝えてください。貴方は私に対して絶対にしてはいけないことをしたので、謝って欲しいと」


 こういうことはきちんと伝えておく必要がある。

 またされたらたまらんからね。


 変態なガキンチョは三分ほどで復活し、ノシュカが俺の言葉を伝える。

 すると奴は「え?」と声を漏らして邪気のない瞳に俺を映した。


「■■、■■■■■■■、■■■■■■■。■■■■■、■■■■■■!? ■■■■■■! ■■■■■■■■■■■■■■■■!? ■■■■■■■■!」

「あぁ、そうだったのか、なんだごめんな。それよりさ、今の魔法だろ!? お前すげーなっ! 何も唱えてなかったのに使えるのか!? 余所もんすげーな! って言ってるね。でもホント凄いねローズ」

 

 トビアは俺のお仕置き魔法には微塵も堪えた様子を見せず、むしろ好奇心を刺激された感じに瞳をキラキラさせている。

 こういう年相応のガキは無敵だから対処に困る……。

 ウェインが如何に扱いやすい奴だったかを実感するな。


「いえ、大したことはありません。それと、もうスカートはめくらないでください。私の方こそ、突然すみませんでした」


 尚も興奮した様子を見せる猫耳ボーイに低頭してやり、俺はようやく猫耳ガールに身体を向けた。だがトルテという名の仔猫ちゃんは弟とは対照的に、ちょっと怯えた顔で俺を見ており、目が合うとティルテの後ろにサッと隠れてしまった。

 チクショウ……クソガキのせいで本命に怯えられた……。


「何もないですけど寛いでください、ってシャニエラが言ってるよ」


 とりあえず俺たちは玄関先から奥の方へとお邪魔した。

 屋内は内装らしい内装もなく、我らがリュースの館とは比べようもないほど質素だが、生活感には溢れている。部屋はリビング兼ダイニングと寝室くらいにしか分けられておらず、家族同士でも隠し事はできなさそうな家だ。

 まあ、それだけ家族は仲良しになるんだろうが。


「あ、ねえねえ、竜の鱗とか見せてよ。あと竜と戦ったときの話も聞かせて、それと魔大陸のことも知りたいなー」


 ノシュカは居間で胡座を掻くと、尻尾をふらふらさせている。

 トビアはノシュカの隣に座り、トルテはその後ろで膝立ちになっておどおどしていた。

 俺は慈愛の心で微笑みかけてみる。が、猫耳幼女は厨房で夕食の準備をするママンとティルテのもとへ走り去ってしまった。

 

 夕食ができるまで、俺はノシュカの希望に応えて色々話してやった。

 彼女はトビアにも通訳して聞かせ、どちらも楽しそうに、興味深げに反応したり質問してきた。特にノシュカは実に面白そうな様子で頬を紅潮させ、黒竜の鱗やら牙やら見せると、トビアと同レベルにはしゃいでいた。


「いいねー、いいねー、森の外は楽しそうだねー!」

「ノシュカは森を出て旅とかしようとは思わないんですか?」


 素敵な笑顔を弾けさせる姉ちゃんに訊ねてみると、彼女は「うーん……」と愛嬌のあるしかめ面を見せた。


「出て行きたいとは思うけど、なーんか躊躇いもあるんだよねー。森の外で上手くやっていけるか不安だし、今の生活もこれはこれで捨てがたいし」

「フェレス族の人たちって、みんな一生を森で過すんですか?」

「そうだよ、だいたいはずっと森の中だね。でも森境の方は最近ハウテイル獣王国とかが色々鬱陶しいらしいから、大陸北部の国々に情報収集しに行く人もいるね。ウチも行こうかと思ったんだけど、人攫いとか危ないこともあるから、女子供はダメだって言われてさー」


 口惜しそうに言いながら、手にした鋭い牙を眺め回している。

 トビアはオッサン二人と言語を超えたコミュニケーションを図っていた。

 竜は早くも飽きたのか、あるいは奴も男だからか、ユーハの持つ流麗な刀に興味を示しているようだ。オッサンの愛刀は値段が付けられないほど超絶希少な一点物らしいし、なかなかお目の高いガキだな。


 それから夕食となり、俺たちは八人で食事を摂った。

 アットホームな環境での食事はなんだか館での日常を思い出させて、少しおセンチな気持ちになる。トビアとノシュカのおかげで終始ぎこちない空気にはならなかったが、ティルテは上の空な様子だった。

 

「トルテ」


 夕食後、俺は猫耳幼女への接触を試みてみた。

 ノシュカを間に挟んだ方が良いのだろうが、敢えて一対一でいってみる。


「……………………」


 トルテは怯えたような、気後れしたような、保護欲を掻き立てられる弱々しい眼差しで俺を見る。そしてややもしないうちに逃げ出そうとした。

 だがその前に、俺は満面の笑みを浮かべながらある物を差し出す。


「……?」


 小首を傾げる幼女に、俺は手にしていたものを頭に着けた。

 これまでリュックの中に仕舞いっぱなしだったカチューシャだ。

 興味を引かれたのか、トルテはフリル付きのそれをまじまじと見てきたので、俺は外してもう一度差し出した。

 

 トルテは恐る恐る手にとって、装着した。

 猫耳と相まって、良く似合っている。

 どうせなら俺のゴスロリ服を着た姿も見てみたいな。


「ノシュカノシュカ、通訳をお願いします」

 

 というわけで、服を交換してみようと提案してみることにした。

 するとトルテは思いの外あっさりと頷いてくれる。実は興味津々だったのか、あるいはノシュカが何か言い添えてくれたのかもしれない。


 俺たちは野郎共に見られないように寝室で着替えた。

 トルテの服はお子様用セパレート水着のようなもので、ホットパンツは未だしも、腹回りの露出はどうにも慣れない。髪飾りも借りたが、こちらはミサンガめいたカラフルな編み紐を花形に結んだもので、両の側頭部に着けるものだった。

 だがまあ、俺の方は割とどうでも良い。

 猫耳っ子の破壊力が凄まじかった。


「あ、あぁ、そんな、こんなことって……かかか可愛すぎるわ……二人とも、あぁ、ありがとうございますアーレ様、アタシもう今なら悔いなく死ねるわ……」


 ベルが両手を組んで祈り出したり、うっふんあっふん鼻息を荒くしながら悩ましげに自分を抱きしめたりしている。

 ただの変態だが、その気持ちは分からなくもない。

 俺はともかく、トルテは異次元の愛らしさを発揮している。


 猫耳とフリルカチューシャが組み合わさり、シックなゴスロリ服が矮躯を包み、スカートの裾から尻尾がふらふらと覗いていた。ついでに俺の独断で長い髪をツインテールにしてある。

 もうね、似合いすぎていて身震いがするほどだ。

 フェレス族の幼女と少女は全員ゴスロリ服を着てツインテにしていれば良いよ。


 ティルテもティルテママもノシュカも、何を言っているのかは不明だが、一様にトルテを褒めているようだった。トルテはようやく笑顔を見せてくれたし、ずっと浮かない顔をしていたティルテも軽く微笑んでいた。

 

「ねえ、ローズ、トルテがこの服欲しいって言ってるよ。ローズにはその服あげるからって」

「え……?」


 猫耳ゴスロリっ子に目を向けると、彼女は恥ずかしげにもじもじしつつも、懇願するような眼差しで俺をちらちらと見てくる。

 俺としても差し上げたいとは思うが……今のこの服装はちと心許ない。

 少し悩んだ末、俺は頷きつつ言った。


「腰布もつけてくれるのなら、べつにいいですよ。あと、上着みたいなのもあれば、頂きたいです」


 上着はダメ元だったが、シャニエラさんが腰布と共に持ってきてくれた。

 腰布は膝丈、半袖の上着は腹回りまで隠れるし、ボタンつきだ。

 問題なかったので交換することにした。


 正直、これはゴスロリ服よりも過しやすくて良い感じだ。

 腰布のスリットから中が覗き見えても、パンツじゃないから恥ずかしくないし、気分や状況に応じて上着と腰布の着脱ができる。

 やはりズボンは安心感が違うな。

 それに猫耳幼女と仲良くなれた。

 なんだかんだで俺たちはフェレス族の方々から警戒されているらしいが、同じ意匠の服を着ていれば警戒心も和らぐだろう。


 その日、俺は女性陣と共に寝室で眠りに就いた。

 もちろん竜の卵も一緒にだ。

 久々の布団は心地良く、異郷というのも忘れてぐっすりと眠った。


 尚、オッサン二人は居間で仲良く雑魚寝だ。

 



 ♀   ♀   ♀




 翌朝、猫耳人妻お手製の美味しいお米郷土料理を頂いた後、俺たちは郷内の散歩に出た。メンバーは俺とオッサン二人、ノシュカ、ティルテと双子の七人だ。

 厳密にはトビアが抱きかかえている野良猫もいるが。


「この郷ってどれくらいの人が住んでるんですか?」


 空中回廊を歩きながら、ノシュカに質問する。

 ちなみに今の俺はゴスロリ服を着たトルテと手を繋いでいる。

 我ながらコミュ力が高くなったものだとしみじみ思うよ。


「んー、どれくらいかなぁ……? 数までは分かんないけど、他の郷よりはずっと広いし、結構いるんじゃないかな。ウチも昨日までティルテたちとは喋ったこともなかったと思うし」

「え、そうだったんですか?」


 俺はてっきりノシュカとティルテの家族は以前から親交があったのだと思っていた。だってこの姉ちゃん、昨日はさも自宅で寛いでいるような感じだったしね。

 まあ、カーム大森林というある種の閉鎖的な環境で暮らしているから、同族はみんな家族みたいなものだと思っているのかもしれない。

 そもそもノシュカは馴れ馴れしい性格の姉ちゃんだしね。


 ノシュカを介して猫耳っ子たちと雑談しながら歩いていると、年若い連中ばかりの集団が話しかけてきた。どうにもティルテや双子たちの友達らしく、恐る恐るといった様子ではあったが、俺たち余所者のことをじろじろと見つめてくる。

 中には魔女もいて、クラード語で話しかけられたのでお行儀良く受け答えしておいた。


 そんな感じに郷内をうろうろしていると、どこからか微かに声が響いてきた。

 ノシュカは立ち止まって、背後を振り返り、猫耳をピクピクさせている。


「なんかウチら呼ばれてるっぽいね。族長が郷の東口まで来いって言ってるみたい」


 俺にそう伝える隣では、ティルテが弟妹に何事かを言っていた。

 二人とも不思議そうな顔をしてはいたが、最後には頷き、ティルテはノシュカに一声掛ける。


「トビアとトルテは家に帰して、ウチらだけで行くよ。リオヴ族の連中が来たっぽいからね」


 なんだ、もう来たのか。

 いや……少し遅いくらいか?

 何にせよ、あのライオンズたちとまたご対面するのか。いきなり襲いかかられたりはしないだろうが、覚悟くらいはしておいた方が良い。

 オッサン二人に事を伝えると、どっちも少し顔を引き締めていた。


 樹上に作られた生活空間を小走りで駆けて行き、俺たちは昨日入ってきた郷の入口へ向かう。

 少し息が切れてきたところで到着するが、そこはやや人混みになっていた。

 俺たちが近づくと人垣が割れて、その向こうに雄々しいたてがみを持った野郎が七人、ラノースが四頭立っているのが見えた。

 族長のオヤジと婆さんもいて、俺たち五人はその隣に立つ。


「今し方、此度の件に関するこちらと向こうの認識を確認し合っていたところじゃ。案の定、彼らはお主ら三人と我らのことを勘ぐっておる」

「それは……大丈夫なんですか?」


 婆さんと話しながらライオンズをチラ見してみると、奴らは俺たちに剣呑な眼差しを向けてきていた。

 だが力尽くで俺たちを確保しないところを見るに、理性的ではあるらしい。

 二日前に軽く戦ったとき、流血沙汰にしないで本当に良かった。


「ティルテとお主らの身柄を寄越せと申しておってな。断れぬことはないが、そうなれば何かやましいことがあるのだと思われるじゃろう」


 婆さんはクラード語で普通に話しており、この会話は向こうも聞こえているはずだ。しかし、ライオンズたちにクラード語が分からないことはあの夜に確かめたし、婆さんによるとリオヴ族にクラード語を扱える者は皆無らしい。


 リオヴ族という獣人部族はフェレス族とおよそ真逆の性質を有しているという。

 フェレス族が魔法力に秀でているのに対し、リオヴ族は身体能力に秀でている。だからリオヴ族は、獣人族の中でも魔法力が低い代わりに、特に屈強な肉体をもっている。必然的にリオヴ族は魔法より肉体に頼った戦法を好み、幾らか魔法は習得しても、クラード語を習わないお手軽法を用いているらしい。

 彼らの一族でクラード語は既に失われた言語であり、ただ詠唱とその意味だけが残っているので、誰もクラード語は扱えないとか。というより、扱えなくても問題ないと思っているのだろう。

 実際、魔法言語は扱えたところで活用できる機会は少ない。


「あの、とりあえず郷に入れてはどうですか? まずは一息吐いてもらって、じっくり話し合いを――」

「無論、そう申し出たのじゃがの。しかし彼らはお主らの身柄を確保し次第、すぐにでもザカリーまで戻る気でおる。早々にティルテを連れ戻すよう命じられておるはずじゃし、悠長にしている余裕はないのじゃろう。今、お主らが乗ってきたラノースを連れてこさせ、彼らのザカリーまでの食料を用意させておるところじゃ」


 婆さんは相変わらず冷静というか心情や思惑を窺わせない顔で、そう説明してくれた。

 連中も少しは疲れているはずなのに、何とも勇ましいことだ。


「……すまぬが、ローズよ。共にリオヴ族の郷、ザカリーまで行ってはくれぬか。族長のヤルマルとティルテ、通訳にノシュカ、あと幾人かの護衛と共にじゃ」

「…………」


 まあ、そう言われることは十分に予想の範囲内だ。

 しかし、ライオンズの本拠地まで行けば、ほぼ確実に面倒なことになるだろう。

 俺は疑り深いので、まだ婆さんたちのことは信用していない。

 これまで俺たちを歓迎したように振る舞っていたのは、俺たちを抵抗させずに央郷ザカリーまで連れて行き、ライオンズの巣窟で俺たちという容疑者を引き渡そうとするためだったのかもしれない。

 つまりザカリーに到着した瞬間、前からも後ろからも縄を掛けられるのだ。


 という可能性は捨てきれないが、さすがにそれはないだろう。

 フェレス族がそんな非道な連中とは思えないし、何よりフェレス族とリオヴ族は不仲だという。なにせ、かつての獣人王であり皆が尊崇しているご先祖様トバイアス・フェレスをクーデターによりぶっ殺したのはザカリー・リオヴというリオヴ族の奴なのだ。

 そうした歴史的な因縁は元より、フェレス族は魔法力が総じて低いリオヴ族を見下し、リオヴ族は身体的に劣っているフェレス族を物理的にも精神的にも見下し侮っている。

 今この場だけを見ても、ライオンズ七人の平均身長は百八十レンテくらいあるが、フェレス族の方はせいぜい百六十レンテあるかないかほどだ。それに猫耳ギャラリーたちがリオヴ族の野郎共に向ける視線には友好的な色合いが見られないし、その逆もまた然りだ。

 

「ユーハさん、ベルさん……」


 オッサン二人を見上げると、何も説明せずとも察しているのか、どちらも頷きを返してきた。

 昨日のうちに今後どうするかは話し合ってある。ユーハもベルも央郷ザカリーへ行っても良いと考えており、特にユーハは積極的だ。

 しかし、二人とも最後は俺の意思を尊重すると言ってくれた。

 つまり俺次第だ。


「ローズ、オネガイ」


 ティルテが片言ながらもクラード語で告げてくる。

 婆さんかノシュカにでも教わったのかは知らないが、ティルテとしてもそれほど真剣なのだろう。

 俺は力なく吐息を溢した。


 どうにも俺は女に弱い。

 リーゼのときもそうだったし、ティルテの家族と接したことで、彼女らを悲しませたくないと強く思う自分がいる。 

 正直、俺たちにとってメリットらしいメリットなんてないし、そのくせ一丁前にリスクはあるという面倒事だ。

 早くリュースの館に帰ってみんなの顔を見たいとも思うが……。

 ま、仕方がないだろう。


「分かりました、一緒にザカリーまで行きます」

 

 婆さんに色よい返事をすると、さも予想通りという顔で「うむ、恩に着る」と頷かれる。

 ティルテの家に泊まったことは効果絶大だったよ、婆さん。

 さすがに老獪だね、クソッタレ。


 まあでも、俺に全くのメリットがないわけでもない。

 この件が無事に片付けば俺はフェレス族に恩を売れるし、特に猫耳ゴスロリっ子トルテの好感度がストップ高にまで高騰すること必至だ。

 色々不安もあるが、そう思って頑張ろう。


 というわけで、俺たちはハウテイル獣王国へ行く前に、リオヴ族の中心地らしい央郷ザカリーへと向かうことになったのだった。



 

挿絵情報

企画:Shintek 様 FAN PV(https://youtu.be/NWTNZI-q20c?vq=hd720)

イラスト:ふみー 様 pixiv(https://www.pixiv.net/users/197012)

 

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