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幼女転生  作者: デブリ
五章・竜人編
108/203

第七十二話 『卵を巡る問題』


 何はともあれ、まずは黒竜を解体することになった。

 生物ってのは死んだ瞬間から腐敗が始まるものだ。

 死体は新鮮なうちに捌き、目的のブツを摘出して冷凍保存しておかないと、せっかくの薬が台無しになってしまう。


「これが肝か?」

 

 慎重かつ丁寧に魔剣で黒竜の腹を裂き、四苦八苦して肝臓と思しき内臓を発掘した。血の海に浮かんでいるのは一リーギスほどの大きなピンク色の塊で、大小様々な血管が繋がっている。


「結構大きいですね。しかも重そうです」

「なんとかして丸ごと持って帰るぞ。まずは血管を全部切れ」


 俺は魔剣の刃でそそくさとグロテスクな作業を進めた。

 本来ならこんな生々しい作業を幼女にやらせるものではないが、魔剣は魔力の消耗が激しい。まだ帰りもあるし、この洞穴にいる今もいつ竜が襲ってくるか分かったものではない。

 頼りになる姐御の魔力は無駄にできないのだ。


 かっ捌いた黒竜の脇腹近くに〈氷盾ド・スア〉を横たえて台を作り、オルガはその上に大きな肝を引きずり出した。


「やべえ……思った以上に重てえぞ、これ。やっぱ半分くらいにしとくか。それだけでも十分だろうしな」


 まずは水属性特級魔法〈極凍結ズーリ・ルフ〉でグロい肝を凍らせ、それから魔剣で二等分した。リュックに入れておいた布で半分になった冷凍肝を包み、それを大きなリュックに詰め込んだところで、俺たちはようやく一息吐いた。


「よし、これで目的のもんは手に入ったな」

「そうですね、ようやくです。これでアルセリアさんも元気になってくれるはずです」


 ようやくと言っても、館を出発してまだ三節ほどだ。

 それに何だか、ここまで割とあっという間だった気もする。


「さて、肝は良いとして……問題はアレだ」


 二人して血で汚れた手を水魔法で洗いながら、洞穴の最奥に並んだ三つの卵に目を向ける。

 鶏卵の軽く十倍以上はある巨大卵は、しなびた葉と枝のベッドで静かに横たわっている。


「持って帰りましょう」


 俺はオルガを真っ直ぐに見上げて、力強い口調で言った。


「つっても、あんなデカい卵、持てねえぞ。リュックにはもう入らねえし、なんとか抱えて運ぶにしても一個が限界だろうな。いや、一個でもキツいか……?」

「それでも、なんとかして持って帰りましょう」


 そう、何としてでも持って帰らなければならない。

 竜の卵という超レアアイテムをみすみす逃す理由はない。

 

「きっと売れば相当な高値になるでしょうし、一個はベルさんに上げましょう。亡くなったお仲間さんたちは帰ってきませんけど、壊れた船くらいは買い直せるくらいの値になりますよね」

「ま、そうだな。なんだかんだであのオッサンには世話になったし迷惑も掛けちまった」

「それで残りの二つは私とオルガさんで頂くことにしましょう」


 卵から育てて、人を親だと認識させれば、人に従順な竜に成長するだろう。

 とはいえ、館を出て行く計画に変更はないので、旅に竜を連れていたら目立ってしまう。館でアシュリンと一緒に飼育するか、あるいは売り払って大金にするのも手だろう。

 いずれにせよ、卵は何が何でも持って帰る。

 これは決定事項だ。


 と鼻息荒く考える俺とは対照的に、オルガは冷静な素振りで首を横に振った。


「いや、オレはいらねえよ。聖天騎士が竜を殺して卵を持ち帰ってきたとなったら、面倒なことにしかならねえ」

「でも、同じ聖天騎士の竜人さんは火竜を飼ってるんですよね?」

「あのオッサンは騎士団に来る前から飼ってるからな。まあ何にせよ、オレはいらねえから……そうだな、二個とも館に持って帰れ」


 エイモル教において、竜は人類と同じく邪神に害された同類として扱われている。だから私利私欲のために竜を狩る行為は教会的にアウトだ。

 オルガが竜の卵かチビ竜を持ち帰れば、少なからず騒ぎになるのだろう。


「ひとまず今は一個だけ持ってくか。オッサンたちと合流した後、オレ一人で残りの二個も回収しに来れば良いだろ」

「そうですね、それでお願いします」


 良し、話は纏まった。

 真竜肝と竜の卵、ゲットだぜ!




 ♀   ♀   ♀




 卵の運搬は少し工夫することで何となかった。

 オルガがシャツを脱いで上半身だけ下着姿となり、俺が彼女のシャツを着る。

 当然ぶかぶかだが、その隙間に卵を入れて、更に飛行形態にドッキングする際にベルトでも卵を固定する。

 端から見れば幼女妊婦っぽい姿になった。

 そして卵より大事な冷凍真竜肝を入れたリュックは、オルガの片脚に括り付けた。

 

「一気に重くなったな」

「すみません、頑張ってください」 


 洞穴から飛び立ち、竜神山を迂回して東進していく。

 相変わらず天気は良くないが、雨が降り出しそうな様子はない。

 峻厳な山々ばかりの一帯を俺とオルガは静かに、何事もなく飛行していた。


「竜、来ないですね」

「ここら一帯の竜はさっきので全部だったんだろうな。それかオレ等に怯えて姿を見せねえだけか」


 行きと違い、帰りの空路は邪魔するものがないので、実に快適だった。

 数時間前と比べれば気持ち悪いほどだが、たぶんオルガの言うとおりなのだろう。竜は仲間思いらしいが、頭も良いという。数多の竜を一気に殲滅させられて、更にボス的存在だっただろう真竜二頭まで殺されたのだ。

 それでもまだ俺たちに襲いかかってきたら、それはもうただの蛮勇だ。


「だが油断はするなよ。気抜いたときが一番危ねえからな」

「了解です」


 ここまで来て普通の竜にあっさり殺されましたでは、あまりに情けなさ過ぎる。

 館に帰るまでが真竜狩りだ。

 警戒は怠らずに行こう。


 と思って気を張っていたのに、結局は一頭も竜を見掛けることなく、山地を抜け出た。地上は白い霧海から森の緑に取って代わり、俺たちは拠点へと戻っていく。

 少し探すのに手間取ったが、拠点はぽっかりと円状に木々が伐採されているので、労せず見つけられた。

 曇っているので太陽の位置を見分けづらいが、たぶん今は昼頃だろう。


「あら、随分と早かったわね。まさか何かあったんじゃ……って、どうしたのローズちゃんそのお腹!?」

「見たところ、五体満足で無事なようだが……」


 地上に降り立った俺たちに、ベルとユーハが駆け寄ってきて出迎えつつ、訝しげな表情を見せた。にしても、ベルの逞しい巨体で見るからに女々しい素振りで驚かれると、シュールすぎて笑えてくるな。

 今はもう化粧が落ちて顔は完全に男だし。


「ちゃんと真竜は狩ってきました。肝はリュックの中です」

「えっ、こんなに早く!? 凄いじゃない二人ともっ、でも怪我はないわよね!?」

「大丈夫です、そちらこそ竜に襲われませんでしたか?」


 飛行形態を維持していたベルトを外しながら、俺は周りの様子を見回した。

 見たところ、出発前と特に変わった様子はない……と思う。

 出発前と変わらず拠点の周辺には竜たちの死体がごろごろ転がっており、二人(とついでに一人)も見る限り無事だ。ベルのマッチョボディは生き生きとしているし、ユーハのやや鬱っぽい顔は安心したように穏やかな表情を見せているし、銀仮面の女は俺たちから少し離れたところで佇立している。

 

「火竜と地竜が何頭か来たが……ここに近づかれる前に倒しておいた。怪我もなく、某らは傷一つ負ってはおらぬ」

「もの凄くたくさんの竜が来たりとかは?」

「ふむ……全て合わせても、十頭かそこら程度だったが」

「そりゃ何よりだ、こっちは千くらいいたからな。とはいえ、オレにもローズにも傷一つねえ」


 正確にはオルガは一度翼を骨折したわけだが、既に完治している。

 わざわざ言って無駄に心配させることもないだろう。


「千って……でもオルガちゃんはさすがの余裕っぷりね。

 ところでローズちゃん、そのお腹のものは何かしら?」


 ちょうど固定ベルトを全て外し終わったので、俺は服の上から両手でお腹のものを抱えながら、ゆっくりと地面に出産おろした。

 というかこれ、滅茶苦茶重たいね。危うく落としそうだった。


「む、それは……卵か?」

「真竜の卵です」


 二人とも驚きに目を剥き、口を半開にして卵を見下ろしている。

 さすがの仮面女も卵を凝視しているようだった。


「まだ二個あったから、少し休憩したらまた採ってくる。つーわけだ、十三位、ちょっと延長してこいつらの護衛頼むわ」

「……断る」


 仮面女は白一色の面貌の向こう側から、オルガの言葉をバッサリと切り捨てた。

 本当に人情の欠片もない奴だな、こいつ。


「ローズがいるからか? ならまたローズも連れて二人で採りに行くから、オッサンたちだけでも頼む」

「そういった問題ではない。貴卿は既に目的を果たしたはずだ。私がこれ以上、貴卿の私事に付き合う道理はない」


 無感情に、淡々とした口調で仮面女は告げた。


「じゃあ、また一つ貸しにしてくれ。これでお前には貸しは二つだ、それで良いだろ」

「貸しは一つで十分だ。どうしてもと言うのであれば、私は今すぐにでも一人で帰還する」

「おいおい、ほんと頭硬すぎだろアンタ……ちょっとで良いから融通利かせろよ」


 そうだそうだっ、と言ってやりたいが相手は聖天騎士だ。

 一撃で真竜を滅殺できるだけの力をこいつも持っているはずだ。

 オルガは器のビッグな姐御でも、こいつは違うので、迂闊に批判的なことを口にすると何をされるか分からない。特にこいつは子供嫌いらしいし、今は幼女らしくか弱く息を潜めておくに限る。


「私はただでさえ融通を利かせている。これ以上、貴卿の頼みを聞くことはできない……が、しかし」


 仮面女はとりつく島もなく、青々とした氷の眼差しをオルガに向けていたが、ふと視線を逸らした。

 その先は俺――の足下にある、白く大きな卵だ。


「真竜の卵とやらと交換でならば、待っててやっても良い」

「ほう、交換条件ってわけか。だがよ、二つ採りに行くうちの一つを渡せって、それはちっと虫が良すぎねえか?」

「貴卿、多数の竜に加え、真竜まで殺したのだろう。であれば、貴卿が卵を採り行く間、待機する我々は先ほどまで以上の危険に晒される可能性が高くなる。危険に見合った報酬は必要だ」

「とか何とか言って、本当は卵自体が欲しいんだろ? 真竜の卵だもんな? かなり珍しいぜ」


 オルガはここぞとばかりに強気な言葉を繰り出した。


 話によると、魔女は魔女を産む確率が普通の女性よりも高いらしい。

 だから多くの国々の貴族は魔女との婚姻を好み、優秀な魔女の血を取り入れていくことで、魔女の出生率を上げると同時に魔法力の強化を図っているとか。

 もし真竜も魔女と同じようなものだとしたら、真竜の卵から生まれてくる竜もまた、真竜である可能性が通常よりも高い。真竜を子飼いにできるとしたら、そこらの魔法士より幾分も重宝するだろうし、売れば莫大な値になりそうだ。


「真竜の卵が欲しかったら、オレ等を全員魔大陸まで転移させろ。それならくれてやっても良い」

「…………」

「なんだ、いらねえのか?」


 さすが姐御っ、さっきと丸っきり立場が逆転してる!

 仮面女は黙してオルガと視線を合わせた後、卵をチラ見して、再びオルガを見た。


「昨日も言ったとおり、彼らを送り届けることはできない。代わりに、有用な情報を提供しよう」

「却下だ」

「貴卿にとっては今最も必要な情報だと断言しよう」

「……今のオレは情報より、こいつ等を無事に帰すことが重要なんだよ」


 誇張したのか、真実なのか。

 仮面女の言葉に一瞬だけ考え込んだ様子のオルガだったが、きっぱりと言い返す。

 すると、仮面女は静かに目を伏せ、変わらぬ口調で言った。


「ならば、卵は不要だ。今の話はなかったことにしよう」

「……ったく、クソ、しょうがねえな。その有用な情報ってのは具体的に何だ? 何に関することだ?」

「そこの彼らの、今後の安全に関することだ」


 思わぬ切り返しだったのか、オルガは表情を引き締めた。

 オッサン二人の顔を経由した後、見回していた視線を俺のところで止めた。


「ローズ、あいつに竜の卵を一個、くれてやっても良いか?」

「…………」


 俺は逡巡してしまった。

 俺たちの今後の安全とは、この島に残って帰りの船を待つことになる今後の安全ということだ。竜の――真竜の卵は希少極まるウルトラレア級アイテムだが、俺だけでなくユーハやベルの安全もかかっている。今後の三節間で、大量の竜と真竜二頭を殺してしまった影響がどのように出てくるか、分かったものではない。

 ……迷う余地なんかないか。


「身の安全には変えられません。まだ二つあるんですし、一つだけなら良いです」

「そうだな、ほんとにお前は物分かりの良いガキだぜ」


 オルガは俺の頭をわしゃわしゃと撫でてから、仮面女に向き直った。

 俺は櫛を取り出して、ぼさぼさになった髪を整えながら二人の遣り取りを見守る。


「良いだろう、その有用な情報とやらで手を打ってやる。だが、ろくでもねえ情報だったらやらねえぞ」

「間違いなく有用な情報だ。しかし、その情報に関するあらゆる問いは受け付けないことを予め言っておく」

「如何にも怪しいなおい……まあ良い、じゃあ話せ」

「貴卿が残りの卵を持ち帰ってきた後、話そう」


 というわけで、一応だが話は纏まった。

 オルガは小一時間ほど休憩してから、冷凍真竜肝を取り出した空のリュックを持って、竜神山へ単身向かっていった。




 ♀   ♀   ♀




 山々の向こうから垣間見える西の空が赤く染まり始める頃。

 オルガは二つの卵を持って拠点へと帰ってきた。

 

「やっぱ竜とは一匹も遭遇しなかったわ。あと卵のついでに黒竜の死体から色々剥ぎ取った後、燃やしといた。さすがに色々貰っておいて死体放置ってのは後味悪いしな」


 そう言われて、俺は遅まきながらに気が付いた。

 俺とオルガは黒竜を殺しただけでなく、その身体を切り刻んで肝まで頂戴したのに、死体をそのまま放置していた。せめてきちんと弔っておくべきだった。

 やはり姐御はなんだかんだでしっかりしている。


「さて、卵は採ってきた。有用な情報とやらを話してもらおうか、十三位」 

「良いだろう」


 切り株に腰掛けた仮面女は焚火を挟んだ向こう側のオルガに、微かに頷いた。

 そうして、奴は有用な情報とやらを開陳した。その内容には色々な意味で驚いたが、姐御はまず怒気の混じった疑念を露わにした。


「おい、仮面野郎……テメェ舐めてんのか?」

「…………」

「ざけんなよコラッ、なんでそれを昨日言わなかった!? だったらローズを連れて行く必要なんてなかったし、テメェだって余計なことせずに済んだだろうが!」


 焚火に照らされたオルガの顔は陰影が色濃く出ていて、なんだか妙に迫力があった。しかし、同じく赤光を受ける対面の女は、ただ白銀の仮面が無機質に光を反射しているだけだ。


「私は予め言ったはずだ。あらゆる問いは受け付けないと」

「……ッ、クソ!」


 オルガは悪態を吐きつつ、溜息混じりの舌打ちを溢した。

 姐御がそうする気持ちは分からないでもない。


 仮面女がもたらした有用な情報は二つあった。

 一つ目は、ラフクの地下にあった転移盤のことだ。

 今さっきまで、例の転移盤はどこに飛ばされるか分からず、安全かも定かではない代物だった。しかし仮面女曰く、あの転移盤の転移先は南ポンデーロ大陸中部のカーム大森林であり、安全に使用できる状態にあるらしかった。


 二つ目は今後の竜の動きについてだ。

 俺とオルガによって大量の竜と二頭の真竜が倒されたことにより、今後の白竜島は一層の警戒態勢が敷かれるらしい。今はまだ良いが、数日中に他の島々から真竜たちが集まってきて、報復行動に移るというのだ。この島の竜が他の島に住まう真竜へと連絡しに行くのだろう。

 ちなみに、真竜戦から今までで、竜は俺たちを襲って来ていない。おそらく通常の竜では束になっても太刀打ちできないと悟り、真竜の到来を待っているのだと思われる。


「いや待て、これだけは聞かせろ。テメェのその情報、何を根拠にしている? 有用な情報だってんなら、有用だと証明するための信憑性を示してみせろ」


 ソースの明らかでない情報は信用できない。

 当然の言葉だった。


「わざわざ偽の情報を告げたところで、私に得はない。貴卿の信用を失い、損になるだけだ」

「昨日言えば良かったことを今言ったせいで、既にオレの中でお前への信用は暴落してるぜ?」

「それは残念なことだ」

「……もしテメェが転移っつー便利魔法の使い手でなけりゃ、今頃はそのむかつく仮面をブン殴って粉々にしてから素顔もブン殴ってるところだぞ」

「そうか」


 オルガの怒気も何のその、仮面女はどこまでも冷淡だった。

 オッサン二人の様子を窺ってみると、ユーハは何とも複雑な表情で銀仮面を見つめ、ベルは眉根を寄せて軽く睨んでいた。

 だが二人ともオルガと違って何も言わず、ただ黙っている。


 もし昨日、仮面女が転移盤のことを打ち明けていれば、俺たちは再び宮殿の地下へと侵入していただろう。そしてオルガ以外の面々は竜という脅威のいない安全な場所で待機し、オルガは単身で真竜狩りへ赴いていたはずだ。

 しかし、仮面女は俺たちにそのことを話さなかった。昨日、こいつの前で転移盤の話をしたのに、こいつは情報を提供してくれなかった。


 その意図は何か……と考えたとき、まず浮かび上がったのは仮面女が使徒だという可能性だ。

 アインさんは俺に、真竜を狩れと言った。

 この仮面女は子供が嫌いだと言って俺をオルガに同行させる状況を作りだし、真竜狩りに強制参加させた。無論、本当に子供嫌いなだけで、俺には想像できない何か別の理由があるのかもしれない。

 だがもはや、こいつがアインさんに次ぐ使徒――ツヴァイとしか思えない。


「オルガ殿、仮面殿に思うところはあるだろうが、今は今後のことである。真竜が襲撃してくるのであろう? であれば、某らがこの島で迎えの船の到来を待つのは危険極まりないはず」

「そうね……こうなったら、やっぱりみんなで魔大陸まで送り届けて欲しいところなのだけれど……」


 ベルはチラリと仮面女を見ながら言うが、当の本人は何らの反応も返さない。

 

「やめろベル、そいつには期待するだけ無駄だ。この島――いやカーウィ諸島のどこにいようと真竜から襲われる危険があるってんなら、転移盤で移動するしかねえだろ。三節後も真竜が諦めてるとは限らねえし、こうなったら南ポンデーロ大陸から魔大陸まで帰るぞ」


 既に決定事項といった風にオルガは言うが、俺はその言い方が気になった。


「あの、もちろんオルガさんは仮面の人に送ってもらって、先に館に戻るんですよね?」

「あ? こうなったらオレも南ポンデーロ大陸から帰るに決まってんだろが」


 なに言ってんだお前、と言わんばかりに当然の口調で返された。

 しかし俺からすれば、姐御こそなに言ってんだと言いたい。


「オルガさんは先に戻るべきですよ。竜さえいなければ、私たち三人でどうとでもなります」

「うむ、その通りである。某が責任を持って、ローズを無事に館まで送り届けよう」

「アタシだって、竜はともかく、そんじょそこらの魔物相手ならいちころなんだからね!」


 オッサンペアがここぞとばかりに頼もしさアピールを始める。

 まあ、これまで二人は姐御のビッグな器に呑まれて全然活躍してこなかったからね。ここらでオンナを魅せておきたいのだろう。


「つっても、南ポンデーロ大陸は南ポンデーロ大陸で、部族間の争いがある。あそこは北部と一部地域以外は獣人たちの縄張り意識が強い。獣人以外の種族ってだけで難癖つけられて、何か面倒事に巻き込まれる可能性は高いぞ。心配でオレ一人だけ先に帰ってられるか」

「でも、聖伐だってありますし、真竜の肝は早く届けた方が良いですよ。南ポンデーロ大陸からディーカまで帰るとなると、結構な時間が掛かるはずです。その間にもお婆様とリーゼはアルセリアさんに治癒魔法を掛け続けるでしょうし、一刻も早く届けないと」


 この世界の地図がどれだけ正確なのかは分からないが、経度でいえばカーム大森林は今いる白竜島のちょうど真裏に位置しているはず。緯度もそれなりに離れているので、白竜島からクロクスまでの直線距離でいえば、たぶん五倍くらい離れていると思う。

 とはいえ南ポンデーロ大陸からは魔大陸東部が近いから、《黎明の調べ》東支部のあるラヴルに行って、リュースの館に直通の転移盤を使えば大幅なショートカットが可能だ。

 

「確かにそうだろうが、オレはクレアと約束したからな。オレが船を呼ばなくても良い状況なら、ローズの安全を優先する。急げば半年くらいで戻れるだろ」

「私のことは大丈夫ですから、早くアルセリアさんを治してあげた方が良いですよっ。満足に立ち上がれない状態ですし、一日でも早く元通りにしないと! それにあの本には余命のことも書いてありましたけど、絶対とは言い切れません。明日死んでしまう可能性だってゼロじゃないんです」

「それは、それだが……」


 オルガは渋面を見せ、苦い声を漏らした。

 彼女にとって、アルセリアは恩人だという。

 昨日、一人で先に帰ることに納得したのだって、いま俺が言った可能性を考慮した上でのはずだ。

 

「私を心配してくれるのは嬉しいですけど、大丈夫です。ただの竜なら私一人でも倒せるだけの力はありますし、ユーハさんだっています。ベルさんは商人ですから、道中のお金なんかのことだって、色々知恵を貸してくれます。オルガさんがいなくても、何も問題はありません」

「うむ、オルガ殿には聖伐もあるのだ。アルセリア殿を悲しませることはせぬ方が良い」

「ローズちゃんの言うとおり、アタシの知恵なら幾らでも貸すわ。オルガちゃんは、オルガちゃんにしかできないことをすべきよ」


 俺たち三人の言葉を受けて、オルガは軽く逡巡するように目を伏せたが、間もなく溜息を吐いた。


「……そこまで言われちゃ、帰るしかねえじゃねえか。たしかにお前等の意見の方が正しいんだろうさ」


 渋々といった様子ではあるが、オルガは納得してくれたようだった。

 だが姐御はオレの頭に手を乗せると、グリグリと撫で回しながら、不安げな瞳を向けてくる。


「でもよ、オレはお前が心配なんだよローズ。お前は……なんつーか、賢いし、落ち着いてる。そのくせオッサンと二人で真竜を狩りに行こうとするくらい行動力あるし、魔法力だって図抜けてる」

「あ、ありがとうございます」

「だが、年相応にツメの甘いとこもある。ガキのくせに大人顔負けの言動ができてるからこそ、オレが目を離したり側を離れたりするとどうなるか、逆に心配になんだよ」

「……………………」


 姐御はまさに姐御らしい度量と言動をしているが、同時に細かい所にも目が行く器量の良さもあることを俺は知っている。

 なんだかんだ言いつつ、オルガもクレア同様に、俺を心配してくれている。

 きっとクレアもオルガと同じようなことを思っていたのだろう。

 にしても、こんなにも愛されてるだなんて、俺は嬉しいよ姐御。


「ありがとうございます、オルガさん。でも大丈夫です、ちゃんとユーハさんとベルさんにも頼ります。無茶なことや危険なことはしません」

「そういうガキらしくねえとこが、妙に不安にさせるんだが……ユーハ、ベル、ローズを頼んだぞ。傷一つ負わせるな。オレもこの島に来てからはローズを守り通した、男ならできるだろ」

「うむ、任せるが良い」

「命を懸けてでもローズちゃんの卵肌には傷一つつけさせないわ! あとアタシはオンナよっ!」


 ユーハもベルも力強く頷いている。

 だがベルよ、俺には治癒魔法があるんだから、別にかすり傷くらいなら命は懸けなくても良いんだよ。お前もオンナなら肌は大切にしないとね。


「うしっ、ちゃんと三人とも無事に帰って来いよ」


 オッサン二人の反応に、オルガは未だ心配そうな様子を残しながらも、満足げそう言った。


 そんな俺たち四人の様子を、仮面女は我関せずの態で、まさに他人事のように眺めていた。

 しかし、俺はなぜか奴の双眸が得体の知れない笑みを浮かべているように感じて、なんだか気味が悪かった。

 やはりこの仮面女、俺は苦手だ。




 ♀   ♀   ♀




 今後の行動は決定したが、悠長にしている時間はあまりない。

 数日もすれば真竜たちから襲撃されるらしいので、その前にこの島を去らねば命が危うい。

 俺とオッサン二人はラフクの宮殿地下から、オルガは仮面女の魔法によって白竜島から脱出する。

 が、俺たち三人組はまず転移盤まで移動しなければならない。


「移動は明朝からだ。明日の深夜に地下へ侵入するぞ」


 と決定を下したのは姐御だ。

 オルガは仮面女の言葉を完全に信じているわけではないので、俺たちと一緒に転移盤まで行き、仮面女の言葉通りかどうか確認するらしい。

 然る後、俺たちを見送って仮面女と共に白竜島を去る……という計画になった。


「では、私は先に行っている。こちらの時間で、明後日の日の出までに来なければ、私は一人で帰還する。私の力を借りたくば、くれぐれも遅れないことだ」


 日が没し、天が夜色に覆われて間もない時間。

 仮面女はそう言い残し、真竜の卵一つと共に森の闇へと消えていった。

 

「ったく、ほんとに融通利かねえ奴だな、あいつ」 

「まったくです」


 オルガの悪態に、俺は思わず頷いてしまった。


 あの冷血銀仮面は転移の魔法を使えるらしいのに、俺たちを宮殿地下まですら送ってくれず、一人で先に行ってしまった。

 俺たちはというと、明日の朝からオルガの飛行でラフクまで連れて行ってもらう予定だ。オッサン二人は〈霊引ルゥ・ラトア〉の同時行使で引っ張り上げれば問題はない。


「ところで、この卵っていつ頃孵るんでしょう?」


 俺は焚火の前で大きな卵を抱えて座りながら、誰に向けるでもなく問いかけた。

 するとベルが女々しい仕草で顎に指先を当てて、小さく唸った。


「うーん、見ただけじゃ分からないわよねぇ。でも、鳥なんかの卵は温めないと孵化しないっていうけど、魔物の卵は寒いところに放っておいても孵るものだって聞いた覚えがあるわ。竜の卵は……温めないといけないのかしら? ねえ、オルガちゃんは何か知ってる?」

「さあな、だが放っておいて中身が死んでもアレだし、一応温めておいた方がいいんじゃねえか? 売るにしても飼うにしても、産まれてこないと意味ねえだろ」


 これ真竜の卵です、と言って信じてくれる商人はまずいまい。

 何の特徴もない巨大な鶏卵にしか見えないし、アッシュグリフォンの卵の抜け殻も白かった。アッシュグリフォンの卵よりは大きいと思うが、オルガ曰くこのサイズの魔物の卵もあるらしい。

 だからオルガの言うとおり、いずれにせよ無事に卵を孵してチビ竜を誕生させる必要がある。


 前世では、魚類はともかく鳥類の卵は温めないと――いわゆる抱卵をしないと、孵化しないようだった。竜はどうか知らないが、念のために温めておいた方が良いだろう。それと、中身が殻の内側に張り付かないように、ときどき卵を転がす必要もあったと思う。転卵ってやつだな。

 

「竜って長生きらしいですから、孵化するまでにも時間掛かりそうですね」

「ま、ローズは卵のことは気にせず、自分の安全に気を付けておけば良いさ。ローズが館に帰るまでにはさすがに生まれてるだろうしな」

「私が、帰るまでには……」


 転移先となるカーム大森林は獣人たちの縄張りなので、翼人タクシーはないはずだ。姐御にも確認したが、カーム大森林の北部にはハウテイル獣王国という国があり、そこまでは徒歩での移動になりそうだった。

 おそらく馬などは入手できないので、距離的に順調に北上できれば六節ほどで獣王国へと至れるらしい。その後、港町から船で魔大陸へ向かうことになる。

 海上では風魔法ブーストをフル活用しても六節は掛かるらしく、風魔法がなければその倍ほどの時間が掛かるようだ。魔大陸に入ってからは翼人タクシーと転移盤でひとっ飛びなので、これには十日も在れば十分だろう。

 つまり、帰路は急いでも最低一期と三節以上は掛かることになる。


 さすがにそれだけの期間があれば、卵も孵化している可能性は高い。

 という前提の元、俺は少し考えてみた。


 オルガによって真竜肝と一緒に二つの卵が持ち帰られると、リーゼなどは大喜びで売らずに飼うと主張するのは目に見えている。

 それは別に良い。竜というペットが増えるのは歓迎できることだ。

 しかし、二個とも館に持って帰って館で孵化させたら、リーゼは何が何でも竜二頭を手放さないはず。一個はベルに上げると決めているので、なし崩し的にベルへのお礼が消滅してしまう。


「…………」

「む、ローズ、如何した?」


 黙り込んだ俺を心配してか、ユーハが顔を覗き込んでくる。

 俺は逡巡した後、全員の顔を見回して、言った。


「あの、竜の卵ですけど、一個は私たちが持ってても良いですか?」

「あ? それはどういう意味で言ってんだ?」

「魔大陸までの帰路に持っていくということです」


 当然のように三人は不可解そうな表情を見せた。

 まあ、俺も逆の立場だったら、そういう反応するよ。


「なに言ってんだ、邪魔になるだけだろ」

「いえ、その……」


 俺は三人に、先ほど容易に想像できた問題を簡単に説明した。

 ベルはリーゼのことを知らないので、あの天真爛漫な幼女の性格も軽く添えておいた。

 すると、ベルはつぶらな瞳を少年しょうじょのように輝かせた。


「何その子!? 話に聞くだけで凄く可愛らしい子だって分かるわっ! っていうか、アタシもうお礼はオルガちゃんからお金貰ってるし、ローズちゃんにもしてもらったし、これ以上は受け取れないわよ!」

「ベルさん……」

 

 お前ホント珍しいくらいの善人だよ……ロリコンじゃなければ。

 まあ去勢で無害化してるから良いんだけどさ。

 

「オッサンのその言葉には敬意を表せるが、今回のことで船と仲間を失っただろ。オレが払った金も船と一緒に海に沈んだはずだ。だから貰っとけ、そうしねえとオレとローズの気もすまねえしな」

「でも、竜の卵だなんて……」

「そう遠慮すんな、なんだったらこっちの竜鱗とかの方が良いか?」


 オルガは脇に置いてあるリュックをポンポンと叩いた。

 その中には冷凍真竜肝と、卵回収のついでに黒竜から可能な限り剥ぎ取ってきた竜鱗や爪牙が入っている。

 

「ま、もし卵が孵らなかったら売れねえし、こっちの方が金に換えやすいだろ。生まれた竜がただの火竜だったら、もしかしたら黒竜の素材の方が高く売れるかもしれねえしな。どうする? 好きな方選んで良いぞ」

「いえ……せっかくだけれど、どちらもいらないわ。正直、これでも商人の端くれだから、大金には目が眩むのだけれど……でもそれを貰っちゃうと、アタシの主義に反するの。もうお礼は貰ってるんだし、この信念は曲げられないのよ!」


 おいおい、大金になるってのにマジで貰わない気か、このオカマは。

 幼女ロリへの援助は無償ってか?

 いや、無償じゃないか、今まさに俺がゴスロリ服を着ていることがベルへのお礼になってるのか。

 どんな礼だよ。


「そんなこと言わずに、貰ってください。最初にベルさんが私へ要求してきたお礼はベルさん一人へのお礼で、今回のは亡くなった皆さんへのお礼です。でも、もういないので、代わりにベルさんが受け取ってください」

「ぅ、ローズちゃん……っ、そんなこと言われちゃったら、受け取らないわけにはいかないじゃない……っ!」


 ベルは両手で顔を覆い、さめざめと泣いた。

 これまで割と平然としていたが、やはり悲しいのだろう。

 俺も悪いと思ってるよ、だからこそベルには受け取って欲しいのだ。

 

 しばらくすると泣き止んで、指先で目尻の涙を拭い、ベルは鼻をすすりながら口を開いた。


「……ごめんなさい、取り乱しちゃって。でも、卵は受け取れないわ。そのリーゼちゃんって子の楽しみを奪っちゃ可哀想だものね」

「よし、んじゃ転移するときはこのリュックごと持っていけ。ただ、帰りの路銀用として幾つかの素材分はローズとオッサンのために使ってくれ。肝の方はオレが抱えて持って帰るからよ」

「言われるまでもないわ、オルガちゃん。不自由しない旅路にして、無事にローズちゃんを送り届けるから!」


 というわけで、ベルへのお礼は黒竜の素材セットになった。

 道中では金に困らなさそうだし、金さえあれば旅なんてどうとでもなる。

 うん、良かった良かった。

 ……と、俺は安直に思えなかった。 


 ロリコンが未だ見ぬ幼狐への気遣いを発揮したせいで、我が家で飼育することになるだろう竜が二頭になってしまった。二頭となると、さすがにクレアあたりが「一頭は売ります」と言って、セイディも瞳を金貨のように輝かせてお姉様に大賛成しそうだが、我が家の末っ子はきっと譲らない。いざとなったらアシュリンに乗って逃亡してでも、幼竜をドナドナから守り抜くだろう。

 別段、それ自体は問題ではない。


 しかし、館で生まれた後に俺が帰ってきたら、幼竜は俺を格下の存在と認識するかもしれない。実際、アシュリンが生まれた後に館で暮らすことになったメルは、あの魔物畜生に舐められている。

 

 俺は館を出てレオナ捜索の旅に出るとはいえ、それはみんなで一緒にだ。もちろん《黎明の調べ》西支部のことやアシュリンの存在もあるので、全員でとはいかないだろう。

 しかし、俺はレオナを発見し、皇国にいるだろうラヴィやエリアーヌに顔を見せた後は館に帰るつもりでいる。つまり竜と暮らすことになるのだ。

 館を年単位で留守にする予定なので、竜には生後間もないうちに刷り込み処置を施しておかないと、将来的に俺の手に負えなくなる可能性が大だ。

 そんな竜が二頭もいたらどうなる? もしどちらも真竜だったら?

 ラブアンドピースな日常が一転、デンジャラスな戦場になる。


「……あの、やっぱり竜の卵も一個は一緒に持っていきたいんですけど」

「なんだローズ、ベルは黒竜の素材で良いって言ってるだろ?」

「いえ、えーっとですね……実は私、アルセリアさんから竜人やカーウィ諸島のことを教えて貰ってた頃から、ずっと竜が欲しかったんですっ。だから生まれたての頃から竜を育ててみたいんです! 私が館に帰る頃にはもう生まれてるでしょうし、私を親だとは認識してくれないと思うんです。ですから、その……卵が孵った瞬間から育ててみたいんですっ!」


 俺は未来のために今できることをした。

 さすがに二個も卵を持っていてはかさばるが、一個ならどうにかなる。

 道中で幼竜が誕生しても、町中なんかではリュックの中に入れておけば何となる……はずだ。とにかく、二頭とも俺の与り知らぬところで育てられては、後々になって大変なことになるかもしれない。

 

 俺の主張を聞いて、オルガは溜息混じりに首を左右に振った。


「妙なところで我が侭言いやがって。お前は普段から全然ガキらしくねえから、我が侭の一つくらいは聞いてやりてえが……それはさすがに無理があるだろ。どう考えても邪魔になるだけだし、竜の赤子なんて珍しいもん持ってると知られれば、面倒事にも巻き込まれるかもしれねえ。残念だが諦――」

「某は構わぬ。珍しくローズが我が侭を申しておるのだ。それを叶えてやるのが大人の務めである」

「もちろんアタシも良いわよっ。だってローズちゃん、家族のために命懸けでこんな危険な島まで来たんだもの。何か一つくらいご褒美をあげなきゃっ、そうでしょオルガちゃん!」


 予想通り、オッサン二人は俺の味方をしてくれた。

 ユーハは元々俺に甘いし、ベルはロリコンだ。


「お前等ローズに甘過ぎだろ……まあ、一緒に行動するオッサンたちが良いってんなら、オレも別に良いけどよ」


 とか何とか言っちゃって、オルガも割とあっさり許してくれるのね。

 やはり幼女ロリの魅力は偉大だ。

 もちろん、俺の人徳によるところも大きいだろうがな。


 しかし……思わず言ったことだけど、竜を育てるのはなかなか面白そうだな。

 俺を母親と慕うようにきっちりと調教して、立派な竜に育ててやろう。

 前々から翼が欲しかったところだ。

 サラには自前のがあって、リーゼにはアシュリンがいるのに、俺には空を駆ける術がなかった。

 これは将来が楽しみだ。

 そのためにも、まずは無事に卵を孵さないといけないな。


 俺は今後の旅路に対する不安を抱きつつも、竜の卵を抱きしめながら、一人でニヤニヤと笑っていた。




 ♀   ♀   ♀




 明くる早朝、俺たちはラフク目指して出発した。

 俺は〈霊引ルゥ・ラトア〉を同時行使して、オッサン二人を引き上げて固定しつつ、オルガに抱えられて飛行していく。

 ベルがリュックを、ユーハが卵を抱えているので、もしユーハを落としたら卵も終わる。専属美女騎士はもう諦めているが、専属竜の夢まで実現不可能となったら、さすがに立ち直れないかもしれない。

 ユーハ、もし卵落としたらお前でも容赦しないよ?


「竜、いませんね」


 右手に岩山の連なりを臨みながら、天竜連峰の東部から南西部へ迂回していくが、竜が一頭も現れない。その代わり、天竜連峰ではついぞ見掛けなかった有翼の魔物の群れが比較的多く見られる。

 

「もう竜はいらねえから、ちょうど良い。いや、メシの分くらいは来て欲しいが」

「竜のお肉を普通に食べてるアタシたちって、おかしいのよね? なんだかオルガちゃんたちと一緒にいると感覚が狂っていくわ」


 ベルは何をおかしな事を言ってるんだ?

 竜はメシだろ。

 大事なエネルギー源以外の何物でもない……と、そう思っていた時期が俺にもありました。なまじ俺でも竜を狩れるだけあって、この島に来てからはどうにも常識が分からなくなっていたが、ベルのおかげで正気に戻った。

 そう、ただの竜でも一頭で十二分な脅威なんだよ、普通は。


 進路上に立ち塞がる魔物共は、姐御が遠方からの先制攻撃で悉くを蹴散らし、安心安全な空の旅を続けて行く。

 ちょくちょく休憩を挟み、オルガに頑張ってもらって飛行した結果、日暮れ前にはラフク近くの森に降り立つことができた。


「ふぅ……やっぱり魔法で引き上げられて飛ぶって、なんだか変な感じね」

「…………」


 ベルは割と元気だが、ユーハは顔色が悪かった。

 それは鬱によるメンタル的なものが原因ではなく、フィジカル的な原因によるものだろう。やはりこの天級剣士は空の旅が苦手らしい。

 

「夜が深まるまで、ここで待つぞ。それまでお前等は寝とけ。オレが見張っておく」


 いつも通り、木々を伐採して警戒エリアを作ってから、オルガがそう言った。

 姐御は俺たちの転移を見送ったら、すぐにでも魔大陸へ帰れるだろうが、俺たちは転移してからが本番だ。

 ここはお言葉に甘えて、身体を休めておこう。

 その前に少し早めの夕食は摂っておいたが。

 竜はいないが、まだ数日前に持参したリュックの食料が残っているのだ。


 中級魔法の同時行使を半日ほど続けていたせいで精神的に疲れていたのか、ぐっすりと眠れた。自然と目が覚めることなく、オルガに揺すられてから起きたくらいだ。おかげで意識は明瞭だし、疲れがとれて身体が軽い。


「んじゃ、行くぞ」


 満天の星空の下を四人で飛んで行き、古都ラフクの立派な宮殿近くに降り立った。空から見た限りでは、三日前……いやもう四日前か? とにかく前回と同様に篝火が焚かれ、竜人が歩哨に立っていた。


「今回はどうしますか?」

「前回と同じ手が通用するとは思えねえし……強行突破だな。一人をサクッと片付けて、地下まで一気に行く」


 というわけで、竜人さんには申し訳ないが、荒技で行くことにした。

 俺はオルガに抱えられ、宮殿西側の木々の中で一番高い木に登ると、篝火近くに立つ竜人に狙いを定めて〈幻墜ルー・ムァフ〉を放った。

 二百リーギスは離れていたが、きちんと効いたようで、竜人の男はその場に四肢を突いて倒れまいとしている。

 そこで俺の魔動感はオルガから強烈な魔力波動を感じ取った。

 

 宮殿東側の空に不気味な黒雲が見る見るうちに形成され、星の瞬く夜に紅い光輝を発する雨が降り始めた。

 火属性覇級魔法〈紅蓮驟雨イン・ゾリク〉だ。初級の火魔法である〈火矢ロ・アフィ〉を広範囲へ無数に降らせるという魔法で、一発一発の威力は低いが上空からの攻撃に加え、その手数と範囲は脅威的だ。

 無論、アレはただの陽動なので、オルガは十分に手加減して宮殿東側の森に放っている。


 何の前触れもなく唐突に火の雨が降り出し、竜人たちの注意はそちらに引かれる。その隙にユーハが〈幻墜ルー・ムァフ〉を喰らわせた竜人に俊足で接近し、一撃で気絶させた。

 俺はオルガに抱えられて木から飛び降り、地上でベルと合流してユーハの元へと駆け寄る。


「今のうちに窓を割って入るぞ」


 既に竜人たちは相識感によって、ユーハが倒した竜人の反応が消えたことを察知しているはずだが、〈紅蓮驟雨イン・ゾリク〉の衝撃的な光景に意識を引かれているのか、今のところは誰も駆け寄ってこない。

 俺たち四人は静かに窓を割って内部へ侵入した。そこでオルガの放っていた魔力波動が途切れたので、たぶん覇級魔法への魔力供給を絶ったのだろう。

 俺たちは足音に注意しつつ駆け足になり、地下へ向かう。

 前回と同じく誰にも遭遇せず、思いの外あっさりと例の巨大な鉄扉までやって来られた。念のため竜人とのバトルを想定していたのだが……なんだか拍子抜けだ。


「これが転移盤なのね……初めて見たわ」

「……館のものとは形が違うのだな」


 オッサン二人の力で鉄扉を開け、中に入った。

 もう出る予定はないので、扉はきちんと閉めておく。

 まあ閂が外されている時点で侵入されたとは気が付くだろうが。


「まずオレが一度先に行く。すぐ戻ってくるが、警戒は怠るな」


 と言い残し、姐御は眩い黄金光に紛れて転移していった。

 自分でもどうかと思うが、オルガが側にいないと思うと、急に不安になってくるな。

 どうやら俺は無自覚のうちに相当オルガという存在に頼っていたっぽい。

 これから先、大丈夫かな俺……。


 三分ほどすると、再び転移盤が金色の光を振りまき、オルガが戻ってきた。

 今度は仮面女も一緒にだ。奴は一足先にこの転移盤を使って、南ポンデーロ大陸という安全地帯に一人で避難していたのだ。

 

「向こう側の様子も少し見てきた。あっちは今、ちょうど昼頃だ」


 オルガから軽く周辺の状況なんかを教えてもらった。

 その後すぐにリュックから冷凍真竜肝を取り出してオルガに渡し、俺はユーハとベルの後に続いて転移盤の上に乗る――その直前、


「ローズ」


 ふと名を呼ばれて振り返ると、姐御は片膝を突いて俺を優しく抱きしめてきた。

 思いがけない抱擁に虚を突かれて、少し固まってしまった。


「お前がいてくれて助かった。ありがとな。ちゃんと無事にクレアたちのもとへ帰れよ」

「オルガさん……こちらこそ、本当にお世話になりました。ありがとうございます」


 いつ竜人共に感付かれて駆けつけてくるか分からない現状、あまり悠長にしている余裕はない。が、オルガとはここでお別れすると、しばらく会えなくなる。

 聖伐は今年いっぱいまで続くらしいので、順調に帰路を進んで帰り着けば、帰り際にでもオルガは館を訪ねてくれるだろう。

 とはいえ、俺は館に戻ったらレオナ捜索の旅に出るかもしれないと、オルガには話してある。だから念のため、別れの挨拶は済ませておく。


「お前は立派な魔女になる。聖天騎士のオレが保証してやる。だが、調子に乗らず、努力は続けろ。それとこれからも家族を大事しろ」

「はい」


 オルガはゆっくりと身体を離すと、闊達な笑みを浮かべながら俺の頭をグリグリと撫でてきた。


「ま、そんだけだ。元気でな、ローズ」

「オルガさんもお元気で。今度会うときは今よりもっと強く立派になって、オルガさんを驚かせてあげます」

「ハハッ、期待しとくぜ」


 最後に、今度はこちらから軽くオルガに抱きついた。

 それを別れの挨拶として、俺は身を翻して転移盤の上に飛び乗った。


「ユーハ、ベル……ローズを頼んだぞ」

「うむ」

「もちろんよっ」


 二人のオッサンはそれぞれ意気揚々とした頼もしい返事をオルガに返した。

 それから転移盤を起動させると、眩い金色の光が生じ、あっという間に部屋中を満たしていく。光の向こうではオルガがこちらを見つめたまま見送ろうとしてくれて、少し離れた壁際には仮面女が静かに立っている。


 聖天騎士の第十三位《虚空の銀閃》。

 あの銀仮面が何者なのかは知らないが、オルガに見送られるこの状況を作ったのは奴だ。オルガしか転移させないという理由そのものには一応の理屈が通っていて納得できなくもなかったが、奴の存在そのものはどうも胡散臭い。

 あいつがいなかったら今頃は大変なことになっていただろうから、その点は感謝できるが……結局、あいつは最後まで俺を路傍の石のように無視して、声の一つも掛けてこなかった。


 ま、そんなことは良いか。

 とにかく無事に帰れる算段はついて、アルセリアも助かるのだ。

 十分な結果といえる。

 とりあえず今はオルガとの別れを惜しんで、今後の旅路のことに集中しよう。


「じゃあ、行ってきますオルガさんっ。また会いましょう!」

「おう、またな」


 こうして、俺は転移盤の放つ光に呑まれ、白竜島を後にした。

 


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