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幼女転生  作者: デブリ
五章・竜人編
103/203

第六十七話 『ミッション:インビジブル 前』


 それではこれより、ネイキッド・ゴースト作戦の概要を説明する。


 作戦目標はとある情報の入手。

 作戦区域は古都ラフク。

 作戦時間は深夜から夜明け前まで。

 尚、本作戦は以後、NG作戦と呼称する。

 

 まず作戦目標についてだが、入手すべき情報はただ一つ。

 竜人族の病に関する記録だけだ。

 その場で閲覧し情報を記憶するのが望ましいが、状況次第では情報媒体そのものを持ち出すことを考慮しておく必要がある。

 尚、情報の捜索に際して重要と思われるキーワードは以下の通りだ。

 『龍戦の纏』、『竜鱗』、『黒化』、『抗魔病』、『真竜肝』、『竜神』、『呪い』。


 次に作戦区域についてだが、これは少々厄介だ。

 古都ラフクという町全域に作戦目標が存在する可能性があるため、非常に広大な範囲が作戦区域となってしまう。おそらくは診療所や病院のような病気に関連する施設、あるいは竜人王の住まう宮殿のような重要施設の内部に存在するものと思われる。

 尚、本作戦は隠密性が肝となるため、作戦区域内に数多存在する竜人たちには決して我々の存在を気取られてはならない。


 作戦時間についてだが、端的に言って余裕はない。

 作戦区域内の竜人たちが寝静まった真夜中から夜明け前、時間にして六時間もないほどだ。期間は三日間を予定してはいるが、広大な作戦区域内から情報を探し出すのは困難を極めるだろう。

 尚、白昼でもNG作戦を強行することは可能だが、発見されるリスクが非常に高くなり、潜入工作員のメンタル面にも多大な悪影響を及ぼすことになると予想されるため、決行はできかねる。

 

 先述した通り、本作戦は秘密裏に行われなければならない。

 万が一発見された場合、潜入工作員は自身の生命を第一に優先して行動し、可能ならば敵を無力化して作戦を続行、不可能ならば作戦区域外への脱出を図らねばならない。

 尚、作戦名からも分かるとおり、本作戦にあらゆる装備品の持参は不可能だ。

 我々が潜入した痕跡は可能な限り残さず、潜入工作員はその身一つで作戦行動に従事し、何らかの装備が必要な場合は現地調達する必要がある。


 また、本作戦が展開中には竜種という第三勢力からの奇襲も警戒しなければならない。奴らは空陸両面から潜入工作員を狙って攻撃を仕掛けてくるが、それだけなら未だしも、奴らが作戦区域内に出現すれば竜人共に我々が潜入していることを気取られるだろう。

 もし竜種が出現した場合、混乱に乗じて尚も作戦を続行することは可能だが、その場合は作戦区域に多大な被害を及ぼすことが予想される。無辜の住民たちを傷つけたくなくば、可能な限り竜種を排除した後、速やかに作戦区域外への脱出を敢行しなければならない。


 以上でNG作戦の概要説明を終了する。

 潜入工作員はくれぐれも気を付けて行動せよ。

 健闘を祈る。


 


 ♀   ♀   ♀




 という自作自演をして、これは崇高な任務なのだと俺は自分に強く言い聞かせた。

 そう、任務、これは潜入任務だ。

 重要極まるスニーキングミッションなのだ。

 

「よし、そろそろ行くか。ローズ、準備しろ」

「了解」


 焚火の向こうにいるオルガに応答し、俺たち二人は服を脱ぎ始めた。 


 日が沈んで、数時間。

 既に世界は暗闇に染まり、頭上には眩い星海に双月が煌々とした輝きを放っている。普段ならとっくに寝ている時間だが、今夜の俺は昼寝と緊張感によって目も脳も冴え冴えとしている。


 パンツまで脱いで全裸になると、念のためきちんと服を畳んで大きな葉にくるんだ。そして同じく全裸のオルガと共に、予め掘っておいた木の根元の穴にリュックと服を入れ、土魔法で蓋をした。


「覚悟は良いな?」


 この大自然の中で一糸纏わぬ格好になっているにもかかわらず、姐御は何ら臆した様子もなく問いかけてきた。

 俺も堂々たる全裸状態でオルガと向かい合い、鋭く頷いた。


「じゃ、行くぞ」


 オルガは焚火を消し、俺を抱きかかえると、背中の翼を躍動させて飛び立った。

 全裸状態で全裸の美女にお姫様抱っこされて空を飛ぶなど、きっとこの先の人生で二度と体験できないことだろう。

 地上は暗く、上空からだとほとんど何も見えないが、遠方には微かな明かりが灯っているのが確認できる。

 俺たちはそちらへ向けて静かに飛行していく。


 移動中は何も話さない。

 既にNG作戦は始まっているのだ、無駄話をしている場合ではなかった。

 が、俺は緊張していた。全裸飛行という変態的奇行により、チキンなマイハートは普段の五割増しに激しいビートを刻んでいる。


「オ、オルガさん」

「なんだ、どうかしたか?」

「……胸触っても良いですか?」


 姐御は突然のことに俺の顔を見下ろしてきたが、軽い溜息と共に「……おう」と言って許可してくれた。

 俺は深呼吸しながら、すぐ側にある二つの塊に触れ、ゆっくりと揉んでいく。

 大きく、柔らかく、そのくせ張りがあって絶妙な弾力を秘めており、緊張で硬くなった全身を解すような優しい感触を返してくれる。

 あぁ……やはり素晴らしいよ……どこまでも癒されてしまう……。


「おいローズ、もう良いか? こっからは魔法使ってくぞ」


 気が付けば、既に古都ラフクの上空付近にいた。

 西へおよそ一メトほどの地点に点々とした明かりが見える。

 数時間前まではもっと明るかったのだろうが、さすがに真夜中ともなると篝火の数も少ない。


「あ、はい、ありがとうございます、オルガさん。おかげで緊張が解れました。もう大丈夫です、いつでもいけます」

「んじゃ、やるぞ」


 オルガは俺の言葉に頼もしい笑みを見せて応え、独り言のように小さく唱え始めた。


「醜悪たる己が見目を詰られ謗られ貶められ、惨苦耐え難く狂愚に墜つ。

 故に盲信の如く心願せり、自他共に見咎められぬ安楽の形。

 色捨て個捨て如何なる交わりとて倦厭し、あらゆる後景に調和せん。

 我が原姿は無にして透、世に在り色無く混じり融け、以て何者にも不可視と化す――〈幻彩之理メト・シィル〉」


 詠唱を終えると同時、オルガの姿が大気中へ溶け入るように薄れていき、消えた。今し方までそこにあった頼もしい笑みも、二つの膨らみとポッチも何もかもが見えなくなり、俺はさながら一人で宙に浮いているような錯覚に襲われる。

 だが零距離からオルガの魔力波動をひしひしと感じるし、体温だってきちんと伝わってくる。

 

 念のため、先ほどまで触っていたところに指先を近づけると、何もない虚空が慣れ親しんだ至高の感触を返してきた。昼間に上空から町を偵察したときにも体験していることではあるが、確認せずにはいられなかった。


「バカやってねえで、ローズも早く消えろ」

「了解です」


 俺は無詠唱で特級の幻惑魔法〈幻彩之理メト・シィル〉を行使した。

 すると、先ほどのオルガと同様に俺の身体も煙が空気中に溶け入るように消えていき、また不思議な錯覚に囚われた。

 自分の身体すら見えず、ただ視点だけが宙に浮いている状態になったようで、奇妙奇天烈すぎる感覚は夜の暗さもあって心細さと不安感を抱かせる。

 もしオルガの体温を感じていなければ、思わず叫び出していたかもしれない。


「よし、上出来だ。早速町に降りるぞ」

「お願いします」


 オルガはゆっくりと高度を下げながら、町の明かりへ近づいて行く。

 今の俺の視界を端的に例えれば、無人航空機につけたカメラの映像が最も近いだろう。まるで現実とは思えないが、きちんと風も体温も息遣いも微かな落下感も感じている。

 なんだか頭がおかしくなりそうだ。


 〈幻彩之理メト・シィル〉は行使者の身体を不可視化する魔法だ。

 前世で言うところのステルス迷彩の効果を発揮するため、行使中はあらゆる景色に溶け込むことができる。

 ただし、不可視化できるのは行使者の身体だけあり、服や剣などの装備品には効果が及ばない。例外として、通魔性の高い専用の武具や衣類ならば魔法効果が適用されるが、今回はそんな装備品を持ってきていない。だから着衣状態では魔法を使う意味がなくなるからこそ、俺もオルガも全裸状態なのだ。

 無論、透明化するわけではないから人や物に触れることはできるし、逆に触れられることもある。光に当たれば影ができ、地面を歩けば足跡が残り、体外へと流れ出る体液までは不可視化できない。


 この魔法を解除させる方法は単純だ。

 大量の魔力をぶち当ててやるだけでラグができるように不可視化がぶれ、姿が見え隠れするようになる。ただし、行使者が〈幻彩之理メト・シィル〉に注ぐ魔力量によって、ラグの程度は変化する。

 少々の魔力を当てた程度では小揺るぎもしない場合だってあるし、行使者が魔法に供給する魔力を大きく上回る量を当てれば隠蔽を完全解除させることも可能だ。更に俺の場合はもれなく魔動感が過剰反応して、上手くいけば無力化させることまでできる。

 オォマイシックスセンス……。


 とはいえ、〈幻彩之理メト・シィル〉という魔法の効果は絶大だ。

 行使者の熟練度にもよるが、オルガ並に洗練されていると一目見ただけではどこにいるのかなど全く見分けられない。つまり女のアレコレが覗き放題になるため、野郎共にとっては最高にロマン溢れる魔法だといえる。

 まあ、行使中は常に魔力を消費し続ける関係上、魔動感を持っている者は常に魔力波動を察知できるから、俺には効かんがね。


「……下ろすぞ」

「はい」

 

 何事もなくあっさりと町中への侵入に成功し、俺はひんやりとした硬い土の感触を踏みしめた。

 昼間に上空から見た限りでは町の通りの多くは石畳で舗装されていたが、今いる地点は町の片隅だ。小高い壁に囲まれた町は寝静まり、辺りに人気はなく、篝火などの光源もないので月光だけが頼りだ。


「まずは見つからずに入り込めたな」


 オルガから魔力波動が途切れた。

 素晴らしい肉体美が露わになったので、俺も集中を切って姿を見せる。

 〈幻彩之理メト・シィル〉は特級魔法ということもあり、魔力の消耗が激しい。やはりというべきか、俺は魔力が枯渇する気配さえないから常時行使していても問題ないのだが、なにぶん特級魔法だから集中力を保ち続けるのも疲れる。

 魔力はともかく、体力と気力は無駄にできない。


 しかし……やはり森や上空と違って、深夜とはいえ町中で全裸ってのは相当くるものがある。奴隷幼女の頃とは比較にならないほど羞恥心を刺激されるし、下手したら変な性癖に目覚めそうだぞ。いやマジで。


「まずは病院と思しき例の建物に行くぞ」

「了解」


 薄闇の中、囁くような小声で遣り取りし、互いに頷き合う。

 俺は全裸で落ち着かないから胸元と股間を手で隠しているというのに、オルガの姐御は相変わらず堂々としている。


 昼の偵察で、それっぽい建物が大通り沿いにあったのを確認しているので、俺とオルガは全裸状態で移動を開始した。

 目標地点の付近には篝火が多かったため、影の発生を警戒して少し離れた場所に降りていたのだ。真夜中とはいえ町に人影が全くないわけではなく、魔物の襲来を警戒してか、あるいは俺たちが接触したからか、町の外周付近に灯った篝火の近くには見張りの姿が上空から確認できた。

 竜人には相互監視システムともいえる相識感があり、それ故に仲間意識が非常に強いので、犯罪などが極端に少ないとはアルセリアから聞いているが、今日は俺たちという余所者が現れた。上空から町中を移動する明かりが幾つか見えていたので、たぶん夜警が町中を見回っているのだ。

 そいつらに発見されないよう、くれぐれも注意して行動しなければならない。




 ♀   ♀   ♀




 夜闇に紛れ、足音に注意しつつ、俺たちは町中を駆けていく。

 全裸なので顔から火が出そうなほど恥ずかしいが、我慢だ。


「止まれ」


 路地の十字路手前でオルガはそう囁いて立ち止まり、仄明るい通りの先を覗き込んだ。

 俺も彼女の足下から四つん這いになって覗き込んでみると……いた、竜人だ。

 いま俺たちがいるのは昼間にあたりを付けていた病院と思しき三階建ての建物、その裏口がある路地の先だ。


 ちなみに現在は俺もオルガも特級幻惑魔法を発動中だ。

 それでも竜人は一流の戦士揃いだというし、姿が見えなくとも気配で感付かれそうなので、路地の暗がりに身を隠して息も潜めている。

 〈幻彩之理メト・シィル〉は集中が甘いと不透明化も甘くなり、身動きすると少なからずラグが発生する。極めれば動作中でもほぼ完璧な隠蔽が可能だが、俺はまだオルガほど巧くはないので、動くと少しぶれてしまう。

 

「クソ、やっぱいるな……」

「あそこが病院だとすると、きっと警備してるんですよ」 


 忌々しげに呟くオルガに、俺も小声で応じた。

 視線の先には裏口扉の両脇に二人の竜人が地べたに座り、篝火に照らされて何やら話し合っている。

 耳を澄ませてみると、こんな会話が聞こえてきた。


「本当に驚きだよな、まさか余所者が来るだなんて」

「あぁ、それも女と子供の二人組らしいから、長老衆も驚いていたらしい。東門前で余所者と対峙したヤルモが言うにはどっちも竜降女……いや、外では魔女って言うんだったか。とにかく、魔法を使っていたらしい」

「竜を二十頭以上も殺したとか言っていたんだろ? 罰当たりな奴らだ、どうして対峙した者たちは殺してしまわなかったんだ」

「殺そうとしていたところに、長老衆のロワン様が来て応対したらしい。ここまで来たんだから相当な手練れだろうし、余所者のせいで万が一にも犠牲者は出したくなかったんだとか」

「だが、おれは殺しておいた方が良かったと思うがな。こうしてわざわざ警戒する必要もないし、これ以上竜たちを殺されることもないだろう」

「確かにそうだが、竜より仲間の方が大切だろ。戦いになって死人が出てからじゃ遅いからな」

「もちろんだ、しかしだからこそ、早々に殺しておくべきだったと思う。もし夜襲でもされてしまえば、それこそ大惨事になる。そいつら、脅してきたんだろう?」

「あぁ、だがロワン様の言葉に納得し、帰っていったそうだ。きっともう来ないだろう、来るだけ無駄だしな」

「そういえば、竜神様の呪い……だったか。やはり同胞を捨てる者を竜神様はお許しになられないんだな」

「おそらく例の余所者二人のことも、竜神様はお許しにならないだろう。だから俺たちが何かしなくとも、余所者は竜神様が罰してくださるさ」

「そうか、そうだな……おれたちは念のために警戒しておけば良いか」


 というような一連の会話を聞きながら、俺はそれをオルガにも伝えてやった。

 

 先ほど上空から見た限り、目標建築の周辺は妙に明るかった。

 病院には怪我や病気で動けない者がいるだろうし、俺たちは盛大に脅迫してしまったから、今し方の会話からも分かるとおり、竜人たちも少なからず警戒しているようだ。弱者が多く集まる施設だから、万が一、余所者に町に侵入されて人質でもとられてしまえば大事だ。

 仲間思いな竜人たちは念のためにと警備しているのだろう。

 当然、大通り側の正面入口にも人がいたし、屋上にもいたので、このままだと目的の情報がある可能性の高い病院に侵入できない。


 さて、今更の話だが、この世界にも病院はある。

 前世とは違って治癒と解毒の魔法があるため、よほどの重症や難病でない限りは一発解決できる。が、誰もが皆、等しく魔法の恩恵を受けられるわけではないので、前世のような医学も少しは発達している。

 魔法による病院は治癒院と呼ばれ、これはエイモル教会が運営していたり、各国や町が公共事業として展開している場合がほとんどだ。

 対して、魔法によらない病院はそのまま病院と呼ばれ、通常これは個人が運営している場合がほとんどらしい。病院は魔法による治療を受けられない貧民が対象なのだから、個人経営でなければむしろおかしい。


 竜人族は魔法を好まない種族だ。

 戦闘でも魔法力より身体能力を重んじているらしいし、一部の魔法力が高い者と竜降女以外は、そもそも魔法を習うことを許されていないとか。

 加えて、竜人族の掟の一つに『徒に自分や仲間に対して魔法を使ってはならない』という項目があるそうだ。攻撃性の魔法はもちろんのこと、〈風速之理メト・リィエ〉などの自己強化魔法然り、これには治癒魔法も含まれる。

 だから竜人族は命に関わるような重症の場合以外、大抵は魔法の力に頼らず、自然治癒力で怪我や病気を治すらしい。


 なぜそんな掟があるのか。

 以前アルセリアに訊いてみたところ、彼女は肩を竦めて苦笑していた。

 理由は分からないが、大昔からそういう掟があるから、ただ守られているのだそうだ。

 要は伝統や因習の類いである。いや、この場合は因循いんじゅんというべきか。

 利便性を捨ててまで大昔からの掟を守り続けるなど正直どうかとは思うが、前世でもそうした非合理的な伝統保守主義は存在していた。

 良くも悪くも、それが人ってやつであり、竜人族という種族なのだ。


 というわけで、アルセリアが言うには竜人族の郷や都に、魔法病院こと治癒院はないらしい。代わりに独自の医学によって怪我や病気を治療する前世のような病院ばかりが置かれているそうな。

 

「……どうしますか?」


 俺たちは一旦その場を離れて、完全に人気のない路地の隅にしゃがみ込み、隠蔽を解いた。


「なんとかして侵入するぞ」

「なんとかって、どうやってです? 裏口も正面も見張られてましたし、屋上にもいました」


 病院の警備員の数は全部で四人だった。

 正面に一人、裏口に二人、屋上に一人だ。なぜ裏口に二人いるのか少々疑問だが、雑談していたところを見るに、たぶん暇潰しか何かでダチ公でもやって来たのだろう。病院の両脇にはそれぞれ建物があるので、側面の窓から侵入するという手はない。

 正面と裏口側にはどちらも十以上の鎧戸が見られ、幾つかは開いていた。


「窓から入ろうにも、たぶん見張りに気付かれますよ。あの見張ってる人たち、見るからに手練れの戦士っぽいですし、たぶん気配にも敏感です」


 何か大きな物音を立てるなりして見張りを余所へ誘導してやっても良いが、なぜ物音が立ったのか、少なからず不審に思われるはずだ。

 連中は俺たちが夜襲を掛けてこないかと警戒している節があるっぽいので、見張りをどうにかするにしても、極々自然な方法でないとダメだ。


 裏口側が一人なら、まだ良かった。

 正面は大通りに面しているので篝火が多くて明るく、否応なく影ができてしまう。裏口側に篝火は一つだけだったのでまだマシだが、二人いるので感付かれる可能性はむしろ高い。

 たぶんオルガ一人ならば気配を殺して侵入できるのだろうが、今回は俺が一緒だ。俺は気配とかチンプンカンプンなので、そんなド素人が近づけば感付かれるだろう。


「そうだな、仮に外の見張りはやり過ごせても、たぶん窓が開いてるとこは病室だ。中にいるだろう連中も、部屋ん中に侵入されて気付かねえような間抜けだとも限らねえ」

「じゃあ、屋上から行きますか?」


 この町の家々はほとんど石造りなせいか、屋根は傾斜のない平屋根ばかりで、目標建築の屋上には物干し竿っぽいものもあった。

 屋上からも侵入は可能だが、篝火が焚かれて見張りも一人いた。付近の建物の屋上にもぽつぽつ火が灯って人影が見られたが、一番近いところで五十リーギス程は離れていた。


「ま、屋上の奴をサクッと片付けて、その隙に侵入するのが良いだろうな」

「でも、気絶させちゃうと相識感で感付かれますよ」

「気絶はさせねえよ、うっかり落ちてもらうのが良いだろうな」

「うっかり……?」


 小首を傾げた俺に、オルガは今しがた思いついたであろう策を説明してくれた。

 が、かなり無理のある策だった。


「いや、さすがに怪しまれますよ」

「竜人共は仲間に対して魔法は使っちゃいけねえんだろ? だったら、〈幻墜ルー・ムァフ〉も〈霊引ルゥ・ラトア〉も受けた経験はねえはずだ。そもそも竜人族以外でも魔法を受けた経験のある奴なんざ多くねえし、ふらついて滑って落ちたとでも思ってくれるだろ」

「そんな上手くいきますかね……?」

「やってみなけりゃ分かんねえよ」


 と男前に言うオルガの言葉に押し切られ、俺たちは移動することにした。

 まずは十分に人気の無い場所に移動すると、再度〈幻彩之理メト・シィル〉を纏って飛び立ち、大通りを挟んで病院のある向かい側の建物屋上に着地した。

 こちらは二階だが、見張りのいる対面の建物は三階だ。

 感付かれないか冷や汗ものだったが、大通りは幅広で二十リーギスくらいあるし、病院屋上の見張りとは実質四十リーギスほどは離れている。

 

「腹ばいで行くぞ」


 俺はオルガに言われたとおり、屋上の隅から匍匐前進で移動し、大通り側の縁に臨んだ。斜め下方には正面入口に立つ見張りの姿が見られるが、この姿勢からだと屋上の見張りは高低差でどのみち見えないだろう。

 

 オルガは予め握っていた小石を斜め上へと思い切り投げた。

 すると数秒ほど経った後、向かい側の病院(と思しき建物)屋上からコツンと微かな音が響いてきた。正面入口前の竜人も気が付いたのか、視線を上へ向けるが、すぐに足下に落とし、腰を屈めた。

 それから屋上の見張りもこちら側に歩いてきて姿を現し、槍を片手に軽く辺りを見回した後、縁から身を乗り出して下の奴に話しかける。


「何か異常はないか? いま突然物音がしたんだが」

「上から小石が落ちてきたぞ。色や形からして石材の欠片みたいだが……その辺に欠けたところはないか?」

「そんなのたくさんあるさ。もう古い建物だからな」

「そりゃあそうか」


 地上と屋上でそんな遣り取りをしている隙に、隣にいるだろう無色透明なオルガは微かな声で唱え始めた。

 

「老若問わず男女の別なく、屈強たる戦士すらも竦み上がりて萎縮せん。

 我が幻象に蒼惶せよ、其の身は虚の彼方へ果てなく墜ち行く――〈幻墜ルー・ムァフ〉」


 屋上から地上の仲間に話しかけていたオッサン竜人は不意にたたらを踏んだ。

 威力は最小限度に抑えるようだったので、たぶん軽い目眩がした程度のふらつきしか覚えていないはずだ。

 ちなみに、相手の身体に直接作用させるような魔法や現象地点を自由に設定できる魔法は、その距離が遠ければ遠いほど威力が落ちる。

 簡単に言ってしまえば、

 『魔法適性 + 込める魔力 - 距離 = 威力』

 といったところか。


 〈幻墜ルー・ムァフ〉の場合は相手の身体に直接作用させるので、相手の魔法力が高ければ高いほど、威力が落ちる。

 つまり今回の場合は、

 『オルガの魔法適性 + 込める魔力 = A』

 『距離 + オッサン竜人の魔法力 = B』

 『A - B = 威力』

 ということになるな。

 

「どうした?」

「いや、すまん、少しふらついてな」

「大丈夫か? まあ、こんな時間だし無理もないが」


 そんな言葉を交わす一方で、オルガは更に囁き声で詠い唱える。


「我が愚想は変幻にして自在なる凶変の因、志操なき我意が制するは引斥の理。

 猛射せし弓兵、逃遁せし懦夫、我は間遠にて嘲笑せし敵手を引き寄せん――〈霊引ルゥ・ラトア〉」


 屋上の端にいたオッサンは斜め下方に引っ張られるように体勢を崩し、滑り落ちた……ように見えた。

 しかしオッサンは虚空に身を躍らせながらも素早く体勢を立て直し、十リーギスほどの高さから華麗に着地して見せた。


「おい、大丈夫かっ?」

「あぁ、この程度の高さはわけないさ」

「そうじゃなくて、体調悪いようなら代わってもらえ」

「ん……いや、そうだな、何か急に身体が引っ張られたように感じた。あんな感覚は初めてだ」

「詰所に行って代わってもらって来いよ。それで今日はゆっくり休め」

「……そうだな、そうするか」


 二人が互いに意識を向け合っているとき、既に俺とオルガは虚空にいた。

 大通りを飛び越えて静かに病院の屋上へ降り立つ。すぐさま床の一部が盛り上がっている場所を見つけて近づき、オルガが取っ手を引っ張って木板を開けると、中には階段があった。


「よし、さっさと行くぞ」

「はい」


 こうして俺たちは病院と思しき建物の中へと侵入した。




 ♀   ♀   ♀




 内部は暗すぎてほとんど何も見えなかったので、オルガは無詠唱で初級光魔法を使い、光球を生み出した。といっても、かなり魔力を絞っているからか、一、二リーギス先が見えるか見えないか程度の明かりだ。

 本当ならオルガには魔力を節約してもらいたいが、俺は〈幻彩之理メト・シィル〉――特級魔法の行使中は初級魔法だろうと同時に他の魔法は使えない。

 だから先ほどもオルガに魔法を使ってもらった。

 なんだか俺、かなり役に立っていない。


「…………」

「…………」


 俺もオルガも無言で廊下を歩いて行く。

 一応、どちらも不可視化されているので、はぐれないように手を繋いでいる。


 屋内はなかなか清潔で、風通しを良くするためか、扉が開いている部屋が幾つかあった。この島、結構暑いからな。

 中を覗き込んでみると、開いた木窓から差し込む月光が室内を淡く照らし、四つ並んだベッドのうち二つが使用中であることが見て取れた。

 この世界の病院がどういったものかは知らないが、雰囲気的にまんま前世の病院っぽい。オルガに色々訊ねてみたかったが、小声とはいえ会話は危険なので、足音を殺してこそこそと歩いて行く。


 何はともあれ、作戦目標の捜索だ。

 様々な病や怪我の病状、それらの治療法は本となって保管されているはずなので、それを探す必要がある。本は日焼けや酸化、虫食いなどから守るため、窓のない部屋に保管されるのが一般的なはずだ。

 事前の話し合いで、オルガは地下に保管されている可能性が高いと言っていたので、まずは一階に下りて地下室の有無を確認してみる。


 移動中、俺は高鳴る鼓動を鎮めるのに必死だった。

 ユーハやオルガ、竜人戦士たちのいう気配のことは良く分からないが、呼吸が乱れたりすると気が付かれ易いらしい。

 精神を落ち着けて、肉体も平静な状態を保つ必要がある。


 だが心配は杞憂に終わり、何事もなく一階まで下りてきた。オルガが先導しているため、俺は基本的に慎重に歩きつつ引っ張られていくしかない。

 意外というべきか、案の定というべきか、一階階段の裏側に更に下へと続く階段があったので、そこを下りてみた。

 十数段ほどの急階段の果てには古びた木製の扉があり、オルガはドアノブを掴んだ。鍵は掛かっていないのか、ゆっくりと開いていく。

 

「……なんだ、呆気ねえな」

「…………ふぅ」


 俺とオルガはそそくさと中に入って扉を閉め、幻惑魔法を解除して一息吐いた。

 地下部屋はおよそ八畳一間ほどの広さで、大きな本棚が壁の一面にだけ並んでいる。他には何らかの薬草と思しきものが並んだ棚が見られ、部屋中央には小さなテーブルと椅子が置かれている。

 薬を調合する部屋なのかもしれない。


 オルガは椅子に腰を下ろすと、背もたれに身体を預けて長い脚を組んだ。

 やはり全裸でも気にした様子が窺えず、この状況でも緊張しているように見えない。実に頼もしいな。


「ローズ、あとは任せた」

「任されます」


 俺は気持ちを入れ替えて、とにかく本を調べてみることにした。

 背表紙を見る限り、やはり怪我や病気に関するものばかりで、まずは順番に下段の本から順に調べていく。オルガが座りながら部屋全体を煌々と照らしてくれているため、文字を読むのには差し支えない。


「……………………」


 ひたすら黙って本の中身を確かめていく。

 目次のある本は探しやすいが、ない本は一冊調べるのにも結構時間が掛かる。

 俺は竜人語をアルセリアから教えてもらってはいたが、習った言語を得意な順に並べると、エノーメ語、クラード語、フォリエ語、北ポンデーロ語、竜人語、ネイテ語となる。エノーメ語やクラード語ほど習熟しているわけではないので、どうしても解読には手間取る。

 しかもこの世界の本は手書きだから、癖字で読みづらかったり文字が潰れていたりして余計に遅くなる。


 骨折系オンリーの本だったり、毒系オンリーの本だったり、薬草系オンリーの本だったり、そういうのは飛ばしていった。

 重要ワードは『龍戦の纏』、『竜鱗』、『黒化』、『抗魔病』、『真竜肝』、『竜神』、『呪い』だ。

 しかし棚の本を半分ほど調べても、『竜鱗』くらいしかヒットしない。その場合も『竜鱗が砕かれるほどの衝撃を受けた場合は臓器や骨などを損傷している可能性があるので注意』とか、そういうことばかりだ。


「どうだ」

「……全然ないですね」

「そうか。あと半分くらい残ってんなら、もう少し早く頼む。今の調子だと夜明け前までには間に合わねえだろうからな」

 

 時計はないし双月や星も見えないが、時間は体感的にはなんとなく分かる。

 俺よりオルガの方が正確だろうから、彼女が言うなら時間がないのだろう。

 もっと急ぐ必要がある。


 それからは一心不乱に、瞬きを忘れる勢いで本に目を通していった。

 初めこそ全裸状態が気に掛かっていたが、集中しているとどうでも良くなった。

 途中からは椅子に座らされ、オルガが本の出し入れを担当してくれた。

 ちょうど上段の方が届かなくなってきたので、助かった。


 が、努力の甲斐も無く。

 最後の一冊に目を通した後、俺は思わず深く溜息を吐いた。


「…………ない、全くないです。そもそも竜戦の纏が解けないっていう症状からしてないです」

「……そうか」


 オルガは巨乳の下で腕を組みながら静かに頷き、軽く吐息を溢した。

 そして椅子の上で力尽きた俺の頭をポンポンと撫でてくる。


「ま、ないものはしょうがねえ。今日のところはこれで引き上げるぞ」

「了解……です」


 まだ気を抜くには早いので、俺も切り替えた。

 椅子を元の位置に戻して、侵入した形跡は全て消しておく。


「ところで、外へ出るときはどうしますか?」

「窓から出る。帰りなら多少不審に思われても大丈夫だろ。さっさと飛び立って町を離れる」


 というわけで、俺たちは再びステルス状態になり、地下を出た。

 気を抜かず慎重に歩みを進めていき、三階まで上がって、扉と窓の両方が開いている部屋を探した。無人の部屋はなかったが、一人しかいない部屋はあったので、そこから出ることになった。

 俺はオルガにお姫様抱っこされ、首に手を回して抱きついた。

 

 オルガは無言のまま部屋に入ると、一旦立ち止まってから急に駆けだし、そのまま窓から飛び出した。正面入口付近にいた竜人がバッと見上げてくるが、たぶん奴に俺たちの姿は見えていないはずだ。

 魔動感が反応したかと思いきや、下からの風に煽られて急上昇し、あっという間に病院から離れていく。


「そういえば、竜は来なかったですね」

「だな、運が良いといえばそうなるが……なんか嫌な予感がすんな。やっぱまた戦力集めて一気に来るんじゃねえか?」

「来るとしたら、今度は前回の倍以上で来そうですね……」


 町から十分に離れたところで〈幻彩之理メト・シィル〉を解除し、俺はオルガの肩に顎先を乗せて深く息を吐いた。

 まだ夜の暗さは健在だが、病院へ侵入する前と比べて幾分か闇が薄れており、地平線の向こうからは微かに光が漏れ出ている。

 俺たちは夜明けの空を東へ飛んでいき、拠点へと戻っていった。


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