表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼女転生  作者: デブリ
五章・竜人編
101/203

第六十六話 『求めよ、さらば与えられん』


 結局、朝までに十一頭の竜を狩った。

 この島にどれだけの竜が生息しているのかは不明だが、一日と経たないうちに計二十二頭の竜を狩ったことになる。

 魔法の使えない戦士なら既に死んでいる数だろう。

 俺もオルガという頼もしい姐御がいなければ朝日は拝めなかっただろうし、精神的な余裕など皆無だったはずだ。


「あのクソトカゲ共……結局全然寝れなかったじゃねえかよ……」

「……ですね」


 疲れた顔を突き合わせながら、朝食を摂っていく。

 朝から地竜の肉にかぶりつき、リュックからの食料を細々とつまんでエネルギー補充に努める。

 

「ローズ、魔力はあとどんだけある?」

「私は……たぶんまだまだ余裕です。今まで一度も魔力切れしたことないですし」

「そりゃ何よりだ、オレもまだ余裕だしな。だが、魔力切れは死を意味すると思っとけ。こんな状況じゃ十分に魔力も回復できねえしな」


 オルガは肩を竦めながらも、真剣な眼差しで言い、地竜肉にかぶりつく。

 地竜肉は火竜肉よりは脂が乗っていて旨い。


 今日は雲一つない快晴で、日が出て間もない空は濁り無く澄んでいた。

 朝の静謐な空気には緑の匂いが混じり、羽虫がブンブンと鬱陶しく飛んでいる。

 寝不足のせいか、普段はスルーできる虫がやけに気に掛かる。

 

「うしっ、今日中に竜人たちと接触するぞ」

「はい、頑張りましょう」


 朝食後、出すものを出し、出発となった。

 日が昇ってくると暑くなるので、涼しいうちに飛んでおいた方が良い。

 まあ、俺はオルガの真下にくっついてるから、そんなに暑くないんだけどね。


「ローズ、今のうちにお前は寝とけ。眠れなくても目閉じて身体休めとけ」

「それはいいですけど、竜が来たら教えてくださいね。いざというときのために、オルガさんには魔力を温存していてもらいたいですし」

「おう、教えてやるから、休んどけ」


 俺はお言葉に甘えて目を閉じ、仮眠をとることにした。

 昨夜はあの襲撃以来まともに眠れなかったので、少しでも体力を回復させておきたい。それに魔法の行使には集中力を要することもあり、寝不足は集中力を大いに低下させる。

 睡眠は重要だ。俺はまだ幼女だしね。


 何はともあれ、そこで俺の意識は一旦途切れた……。


「おい、ローズ」


 肩を叩かれながら呼び掛けられ、俺はハッと息を呑んで目蓋を押し上げた。


「竜ですか!?」

「いや、町だ。たぶんアレだろ、ラフクってのは」


 オルガの指差した先に目を向けると、大きな町が見えた。

 既に樹海は脱しており、振り返ると地平線近くに濃緑の一帯が確認できる。いま飛んでいるあたりは木々の少ない草原の上空で、町は大きな川沿いに広がっている。遠目では分かりづらいが、何やら立派な建物も見て取れた。


「きっとアレですね、かなり大きそうな町ですし。ここから見る限りだとクロクスくらいありそうですね」

「よっし、んじゃ近づくぞ」

「お願いします」


 と言いながら太陽の位置を確かめると、目を閉じる前から結構昇っていた。

 だいたい……二時間くらいか?

 なんだかんだで熟睡してたな。

 姐御の女性的な柔らかさには安眠効果がある。

 さすがはファーストクラスだ。


「そういえば、竜って一度も襲って来なかったんですか?」

「おう、来なかったな。どういう訳だか分からねえが……たぶん山から離れたからだろうな。あの天竜連峰ってとこ、竜の住処だったんだろ?」

「アルセリアさんからはそうらしいとは聞いてます。でも竜は色々なところに棲んでいるらしいですから、油断はできません」


 天竜連峰ほどではないにしろ、今でも左右の遠方には大小様々な山は見られる。

 だが、やはりあの険しそうな山々の連なりが竜たちの主な住処だったのだろう。

 無論あそこ以外にも生息してはいるはずだが、今朝出発してから一度も襲われていない現状を鑑みれば、数は少ないはずだ。


「ま、それか昨日の夜みてえに、また戦力集めて襲ってくる気なのかもな。嵐の前の静けさってやつだ」

「それは勘弁して欲しいですね……」


 オルガは冗談めかして笑いながら言っているが、もう昨夜のようなことは御免だ。できればさっきの説が的中していて欲しい。


 それでも警戒は怠らず、俺たちはラフクと思しき町へと一直線に飛んで行った。




 ♀   ♀   ♀




「オルガさん、変じゃないですよね?」


 傍らに横たわる大河の透き通った清流で身体の汚れを落とし、身だしなみを整えた。ゴスロリ服も軽く洗って、肩口まで伸びた髪は櫛で梳かし、フリルつきのカチューシャまで装着した。

 ちなみに櫛は誕生日にプレゼントされたものを持ってきた。


「ま、その格好自体は変じゃねえが……向こうからすっと、そんな小綺麗な身形じゃ逆に怪しく見えねえか?」

「確かにそうかもしれません。でも、見るからに無害そうな子供を連れていた方が第一印象は良いはずです。それに一応はここまで来ているわけですし、少し考えれば只者ではないと伝わるでしょう」


 胡乱な目を向けてくるオルガに、俺は苦笑しながら答えた。

 俺の予想では最終的に脅迫交渉になるはずだから、迂闊に手を出せばただでは済まないという雰囲気は自衛のために必要だ。

 航海中の話し合いでそうした想定もしていたので、オルガにもきちんと意味は伝わったのか、呆れたように吐息している。


「ホント賢しい奴だよ、お前は」

「可愛げがないとは自分でも思います」

「いや、一周回って可愛いもんだ。こんな格好してると尚更にな」


 オルガは闊達な笑みを見せ、整えた髪が崩れない程度に軽くぽんぽんと頭を撫でてきた。


 現在、俺たちは大きな川の畔にいる。

 先ほど上空から例の町の様子を観察してみた限り、やはり目的地の古都ラフクらしいことが分かった。石造りの家々が広々と建ち並び、町の北側には神殿めいた一際巨大で立派な石造建築が見られた。

 アルセリアによると古都ラフクには《竜人王》が住んでいるらしいので、たぶんアレが宮殿なのだろう。


 というわけで、俺とオルガは町から少し離れた場所に降り、準備をしていた。

 幸い、川周辺には林が広がっているので、竜人たちにもまだ気付かれていないはずだ。


「うし、準備ができたなら行くぞ」

「はい」


 俺とオルガは互いに頷き合い、歩き出した。

 町を訪ねる際は空から行けば無駄に驚かれるので、歩いて正面から堂々と訪問するつもりだ。このまま川に沿って下流へと歩いて行けば、町に到着するだろう。


 川沿いは林道になっていて、踏み固められた地面からはしばしば人が通っていることが分かる。周囲に人気はないが、誰か来そうだったら身を隠した方が良い。

 俺たちが話を聞きたい相手は町でそれなりに権力を持っていて、かつ博識な竜人が望ましいからな。


 東西に流れる川の北側に隣接するように、ラフクと思しき大きな町は広がっている。しばらく穏やかな川のせせらぎをBGMに木々の間を歩いていくと林が途切れ、小高い石垣が見えてきた。

 魔物対策のためか、四、五リーギスほどの壁が立ちはだかっており、大きな門は閉じられている。が、石垣の上に設置された物見台には二人の人影が見え、遠目にもそいつらが何やら慌てふためいているのが分かった。

 うち一人が石垣の向こうへ消えていった直後、法螺貝笛を思わせる低音で間延びした音が大きく響き渡り、残った一人は槍を手にして物見台から飛び降りてくる。


 俺とオルガは門の三十リーギスほど手前で立ち止まった。

 それとほぼ同時に、門が少しだけ開いて、次々と槍やら剣やら巨槌やらを手にした男たちが出てくる。どいつもこいつも立派な双角が生えており、昨日今日で散々見掛けた竜と似たような尻尾が見られ、その数は二十ほどだろうか。

 角と鱗の色合いは様々で、赤い奴もいれば、青や橙、アルセリアのような緑に、白い奴まで見られる。アルセリアの話によると、竜人族の角と鱗の色合いは適性属性と同じらしい。

 

「貴様等、何者だっ!?」


 まだ何もしていないのに、一人のオッサン竜人が放った大音声には明らかな敵意が込められていた。

 

「あいつ、なんて言ったんだ?」


 隣のオルガに訊かれて通訳すると、オルガは一つ頷いて、竜人集団に向き直った。


「私はミランダ、こちらはシャロン! 竜人族の者に訊ねたきことがあり、ザオク大陸よりこの地へ参った! 危害を加えるつもりはない、少し話をさせてもらいたい!」


 オルガはまずエノーメ語で名乗りと目的を告げた。

 しかし竜人連中は眉をしかめて武器を構え直し、今にも襲いかかってきそうな雰囲気を漂わせている。


「おいローズ、今のを竜人語で伝えろ」

「了解です」


 頷き、俺は淡々とした口調でオルガの言ったことをそのまま大声で彼らに伝えた。オルガの勇ましさを真似ても良かったが、幼女がやっても迫力は皆無なので、通訳は通訳らしく感情は見せずにいく。


 竜人たちは驚いたように、あるいは訝しげに隣り合った者と顔を見合わせるが、先頭に立つオッサン竜人は特に動揺した様子は見せていない。


「我らが貴様等の話に応じることはない! く我らが都から、そして島から立ち去れ! さもなければ、我等は貴様等を殺すっ!」


 どっしりとしたオッサンの声により、他の竜人たちも動揺を押さえ込み、武器を構えて俺たちを睨み付けてくる。

 オルガにオッサンの言葉を伝えると、彼女は「やっぱりか……」と舌打ち混じりに溢した。俺もオルガと同じ気持ちだ。

 やはり竜人たちに親切心はなく、穏便かつ平和的に事が運びそうな気配など絶無だ。とはいえ、この展開はまだ予想の範疇ではある。


 俺たちはこうしている今も、いつ竜に襲撃されるか分からないリスクを負っている。竜人たちからすれば、俺たちという存在はわざわいの種だ。

 竜は竜人を敵だと見なしてはいないが、味方だとも思っていない。つまり今ここで竜が現れれば、竜は町の安全など考えず、ただ俺たちを葬り去ろうと暴れることになる。竜人族のホームタウンにおいて、俺たち他種族の余所者は厄介者以外の何者でもないのだ。

 それに加えて、竜人族は元々排他的な種族でもある。


「そちらの事情は理解しているつもりだ! 故に、貴方がたの都から離れた場所で、私の話を聞いてもらいたい!」


 オルガは軽く息を吸うと、またしても凛々しい口調で竜人たちへとエノーメ語で告げた。

 俺はそれを可能な限り正確に通訳して、臨戦態勢にある連中へと伝えてやる。


「断るっ! 我等に貴様等の話を聞く義理はない! 早々に立ち去れっ!」

「私の知人の竜人に関する話だ! 私は貴方がたと同じ竜人を助けたく思い、この地へ参ったのだ! それでも義理がないと申すか!?」

「ない! 貴様の知人とやら、はるばる我らが都を訪れるほど、貴様と親しいのだろう!? つまりそやつは我等と、我等が住まうべきこの地を捨て、貴様等と友誼を結んだ未熟で半端な裏切り者だ!」


 未熟で半端とは言葉通りの意味だろう。

 このカーウィ諸島から外界へ出て行くには船を使うしかないが、無事に航海して余所の地へ行ける者は限られてくる。

 それは成人の儀に失敗した者たちと、彼らを率いる大人たちだ。成人になれなかった者たちは鍛え直すために魔大陸へと渡るわけだが、これは大変不名誉なこととされている。一族を抜ける者の大半はこの魔大陸修行に行く者ばかりで、アルセリアもそうだったと言っていた。

 とはいえ、そもそも一族を抜ける者など滅多にいないらしいが。


「それに本人が訪れるなら未だしも、貴様等を寄越した時点で我等への害心が透けて見えるわ!」


 竜人のオッサンは槍を構えたまま、怒りの形相を見せて叫んだ。

 そのとき、竜人武装集団が守る門が僅かに開き、一人の老人が人垣を縫って前に出てきた。


御爺おじい様っ、なぜこのような場所へ!?」


 先頭のオッサンは俺たちから視線を逸らさず、驚いた声を上げる。

 その隣に進み出てきた見た目六十歳ほどの老竜人は穏やかな口調で応じた。


「ちと近くを散歩しておったのでな。お前さんは血の気が多い故、儂があやつらの相手をしよう。なに、あれだけの大声だったからの、話は聞いておった」

「危険です、下がっていてくださいっ!」

「ほっほっ、その台詞は一度でも儂を負かしてからでなければ、説得力がないの」


 好々爺(こうこうや)っぽい老竜人はオッサンの肩を気安く叩き、一歩前に出てきた。

 俺は聞こえてきた二人の会話をオルガにリアルタイムで通訳していたので、オルガはオッサンから爺さんに目を向け直し、口を開いた。


「私の名はミランダ! ご老人っ、どうか私の話を聞いてもらいたい!」

「主らの知人である竜人のことだそうだの。今この場で、その話とやらを簡潔に言うてくれぬか」


 爺さんの声音には敵意も親しみもなく、清流のように穏やかでフラットだ。

 

「私の知人であり恩人でもあるアルセリアという竜人が、未知の病と思しきものを患った! 竜戦の纏が三十日以上も解けず、そのうえ竜鱗が黒く変色し始め、本人はかなり弱っている! 高位の治癒あるいは解毒の魔法でも効果はなかった故、同じ竜人族ならば治療法を知っていると思い、無礼を承知で参った! 何か知っていることがあれば教えてもらいたいっ!」


 オルガの言葉を通訳して伝えると、老竜人は「ふむ」とでも言うように目を伏せる。その背後や隣に立つ武装竜人たちは何やら困惑したようにざわついている。


「では、知っていることを教えようかの」

「――え」


 先ほどと変わらぬ様子で爺さんから告げられた言葉に、俺は思わず声を漏らした。しかしすぐに通訳してオルガにも教えると、彼女もさすがに意外だったのか、目を丸くしている。


「……………………」


 まさかの展開だ。

 いや、あるいは早く俺たちを追い払いたいのかもしれない。

 何にせよ、事情などどうでも良い。

 これでアルセリアが助かる……と思いかけたとき、水色の双角を生やした爺さんは言った。


「それは竜神様の呪いじゃよ」

「…………呪い?」


 オルガは眉をひそめ、訝しげに問い返した。


「そう、呪いじゃ。我らとの不朽の絆を断ち切り、一族と故郷を捨てた不届き者に対し、竜神様が罰を与えたのじゃ。我ら竜人族はこの島々で仲間たちと共に生き、死ぬ定め。そのアルセリアという者、知っておるぞ。うむ、良く覚えておる」

「え……?」

「竜神様の加護を受けた竜降女であったにもかかわらず、仲間を見捨てて成人の儀に失敗した挙句、ザオクの地にて行方を眩ませた者じゃろう。当時は結構な騒ぎになったものじゃわい。じゃが……そうか、やはり竜神様はお許しになられなかったようじゃな」


 爺さんはさも当然だと言わんばかりにうんうんと頷いている。

 オルガは俺の通訳を聞いて歯を食いしばり、拳を握り締めながらも、依然として冷静な口調で言った。


「その呪い、抗魔病という病ではないのか?」

「……否、病ではなく、呪いじゃ」


 俺の魔眼では爺さんの表情が微かに驚愕を露わにしたように見えた。

 が、数瞬ほどで、先ほどまでと変わらぬ様子で言葉を返してきた。


「では、その呪いを解く方法は?」

「ない。竜神様の呪いを解くことなど、誰にもできぬ。故に主ら、早々に立ち去るが良い。でなくば我ら一族の全力をもって、主らをあやめることになろう」


 爺さんは垂れ目気味な双眸に力を込めて、俺たちをじっと見つめてきた。

 その静かな立ち姿からは何やら言いしれぬ気迫を感じ、武装した竜人たちが殊更に武器を構え直して威嚇してくる。

 俺は思わず身を硬くしながら、隣のオルガを見上げ、小声で話しかけた。


「ど、どうしますか、オルガさん……?」

「こうなったら素直に退いてやっても良いが……あのジジイ、何か知ってそうな気がすんだよな。最後に脅しておくぞ」


 気は進まなかったが、俺はその提案に頷いた。

 解決法はないと言われたが、実は知っている可能性は捨てきれないのだ。

 もし真竜肝で治るという話が本当だった場合、竜神の眷属という竜種を敬っている竜人族が、真竜狩りを推奨するようなことを言うはずはない。

 駄目元だろうと、脅迫すればゲロってくれるかもしれない。

 アインさんの言葉は一応信じているが、裏付けは欲しい。


「ローズ、打ち合わせ通りいくぞ」

「はい」


 オルガはおもむろに腕を組むと、無詠唱で火属性上級魔法〈従炎之理メト・ミィレ〉を行使した。身体の左右後方の虚空に紅蓮の炎が現れ、オルガの傲然とした姿に彩りを加える。


 〈従炎之理メト・ミィレ〉は火炎を自在に操る魔法だ。

 身体の周囲に待機させた炎で攻撃も防御も意のままに行えるため、即応性が非常に高い。更に、待機中の炎で周囲の炎に接触すれば、その炎も制御下における。これはたとえ他の魔法士の火魔法だろうと火竜のファイアブレスであろうと変わらない。

 しかし、その利便性に反して燃費は悪く、自前の炎以外を操るには相応の魔力が必要であり、特に他の魔法士の火魔法はそこに注がれた相手の魔力を優に上回る魔力供給を要求される。そして何よりコントロールが馬鹿みたいに難しいため、上級魔法のくせに巧く扱うには特級魔法かそれ以上の集中力が必要だ。

 だがそんな短所を差し引いても〈従炎之理メト・ミィレ〉はかなり有用な魔法といえる。こうして戦意を見せつけるにはもってこいだし、特に詠唱の省略や短縮のできない魔法士にとってはこの上なく便利だろう。


「……っ」


 竜人たちはオルガの威勢に息を呑んでいる。

 俺も続けて腕を組むと、〈従炎之理メト・ミィレ〉を使って威嚇してやる。


「良く聞けっ、竜人族の戦士たちよ!」


 オルガは更に腰の剣を音高く抜き放った。

 片手でぶらりと構えるとエノーメ語で敵意を込めた叫びを上げ、俺もロリボイスで精一杯強気に通訳する。


「私たちがこうして、五体満足でこの場に立っている意味が分からぬ訳ではあるまい! ここへ来るまで、私たち二人は二十頭以上の竜に襲いかかられたが、その悉くを返り討ちにしてきたっ! そして見ての通り私は翼人の魔女であり、覇級魔法とて行使できる魔法力をもつ! その気になれば貴方がたの都を上空から一方的に焼き払うこととてできるのだぞ!」


 門前で武器を構える竜人たちが敵意に表情を歪め、腰を落とし、全員が全身竜鱗状態へと移行した。赤、青、緑、橙など、連中が様々な色彩の竜燐を纏う光景は場違いにも華やかで美しい。だが、今にも襲いかかってきそうな戦意と憎悪を滾らせ、こちらを睨んできている。

 それでも爺さんだけは相変わらずで、竜戦の纏も使わず穏やかともいえる表情のまま、無手で身構えることなく佇立していた。


「無論っ、数多の竜たちを都へ誘導することとて可能だ! そのうえで、今一度告げる! 竜神の呪いを解く方法を教えよ!」


 これまで見てきた中で、今のオルガは最も凛々しく、怖かった。

 彼女の威迫は竜人連中にも嫌と言うほど伝わっているだろう。

 これで何も吐かなかったら、本当に治療法は知らないことになる……はずだ。


「こちらも今一度告げようかの。竜神様の呪いを解くことなど、誰にもできぬ」

「嘘偽りは許さないぞっ!」

「嘘ではない」


 爺さんは見た目の割りに力強い瞳で真っ直ぐオルガを見つめ、のんびりと首を左右に振った。

 オルガと爺さんはしばし無言で睨み合う。

 途中で爺さんの隣のオッサンが踏み出しかけたが、爺さんがオルガから目を逸らすことなく、腕を上げて制止させた。

 

「……良いだろうっ、信じよう! この度の無礼は詫びるっ、申し訳なかった! 貴方がたの言うとおり、疾く去ることにしようっ!」

「そうしてもらえるかの」


 爺さんはどこまでもポーカーフェイスを保ったまま、そう言って頷いた。

 オルガが炎と剣を収めたので俺も消火すると、彼女は俺を右手で小脇に抱え上げ、両翼を羽ばたかせ始める。ただし警戒は解かず、見せつけるように左手を竜人たちへ突き出したまま、上昇していく。

 しばらくは背中を見せずに羽ばたきでゆっくりと後退していると、門の内側に大量の人だかりができているのが見えた。


 俺たちは十分に高空へ上がり、地上から攻撃されないだろうことを確認すると、町に背中を向けて一気に飛び去っていった。




 ♀   ♀   ♀




 町から南東の方へ飛行し、大河を越えて、しばらく。

 標高五百リーギスもないであろう小山の麓付近に俺たちは降り立った。

 尚、移動中は風竜にも火竜にも襲われず、姿も見掛けなかった。


「あー、クソ……」


 オルガは溜息と共に、適当な木の根元にドカッと腰を下ろした。

 昨日の樹海ほどではないが、辺りは木々が乱立した森になっており、しかし鬱蒼とした下生えは見られない。


「ダメでしたね」


 俺は土魔法で椅子を作り、そこに腰掛けた。が、スカートの生地が寄って尻がごわごわしたので、ちゃんと裾を押さえながら座り直した。

 面倒くせえ。


「竜神の呪い……か。あのジイさんが何者かは分からねえが、なんか偉そうだったな」

「ですね。それに、たぶん百七十年以上は生きているでしょうから、知識もそれなりだった……はずです」


 アルセリアに聞いたところによると、竜人は十代半ばほどまでは他種族と変わらぬ速度で成長するらしい。それからは成長が遅くなり、三十歳で二十歳ほどの見た目になるそうだ。更に三十歳から百七十歳前後までの間でゆっくりと五十歳ほどの外見年齢まで老いていき、そこからは人間のように普通に老いていくんだとか。

 あの爺さんは六十歳ほどだったから、百七十年は生きているはずだった。


「でもあの人、オルガさんが名乗ったとき、自分は名乗りませんでしたね」

「オレ等には名乗る必要もないって意思表示だったんだろうよ。しかし……結局治療法も何も分からず仕舞いか」


 オルガは頭をガシガシと掻き、木の幹に後頭部をぶつけた。

 彼女の言うとおり、確かに治療法は聞き出せなかった。

 だが、俺にとっては収穫がなかったわけでもない。

 むしろ大きな意味があった。


 あの爺さんは脅されても尚、竜神様の呪いだと言い張った。

 仮にそれが本当だとすれば、色々と納得がいく。

 

 アインさんの神は聖神アーレでも邪神オデューンでもないと言っていた。

 その神はなぜか竜人ハーフであるレオナを俺に探させようとしていた。

 そして、愚かな俺への罰として竜人であるアルセリアをあの状態にした。

 ……おそらく、アインさんの神は竜神だ。

 そう考えると、自らの眷属である真竜を狩らせようとしている点は少々矛盾していることになるが……相手は神だ。竜種のことなど実際は何とも思っていないのかもしれないし、何か理由があるのかもしれない。


「それでも、竜神の呪いって情報は得られました。自分で言うのもなんですけど、やっぱり真竜の肝が効きそうじゃないですか? 竜って竜神の眷属ってことになってますし、その肝なら呪いにも効きそうです」


 俺はさりげなく真竜狩りを促してみた。

 こうなったら、やはり真竜を狩る方向で動くしかないのだ。

 それには翼人であり精強な魔女でもあるオルガの協力は必要不可欠である。


「真竜の肝ねぇ……ま、確かにあり得ねえって話でもないのかもな。竜神の呪いって点は信じがたいが、エイモル教にも邪神の呪いって言われてる不治の病はあるからな。そう考えると、あのジイさんの話にも一応の信憑性はでてくるし、ローズの説も一理ある」

「……あの、邪神の呪いって、なんですか? そんなのあるんですか?」


 思いがけず関連性のありそうな話を聞かされ、俺は少し気に掛かった。

 オルガは「あぁ」と頷くと、片膝を立ててワイルドに座った格好で説明してくれた。


「ローズも魔女が少ない理由は知ってるだろ? 大昔、最盛期の頃、聖邪神戦争で邪神オデューンが人類の半分――つまり女共から魔力を奪いとった。だが聖神アーレが対抗し、一部の女に加護を授けたことで魔女が生まれた。お前と同じ名前のローズ・ストレイスは一番最初に加護を授けられたとされてるから、聖女扱いされて有名だ。ここまではいいよな?」

「もちろんです。だからエイモル教では、魔女は祝福された子として保護されるんですよね」

「そうだ。だが、魔女とは対照的に、邪神の力を強く受けて生まれてくる女もいる。こいつは魔女よりも数が少ねえし、その存在も公にはなってねえ。なにせ邪神に呪われた子だからな、聖神アーレの威光に関わる話なもんで、教会にとっちゃ良くねえ話だ」

「その、呪いの症状というのは……?」


 思わず少しだけ前のめりになって訊ねると、オルガは苦笑して肩を竦めて見せた。


「オレたち魔女とは逆だ、極端に魔力が少ねえんだよ。ほとんどの女は、魔力切れを起こしても気絶することはねえってのは知ってるよな?」

「はい。逆に男は魔力を使いすぎると、個人差こそあれ身体が怠くなったりして、仕舞いには気絶してしまうとか」

「そうだ。女が身体的な影響を受けねえのは、聖神アーレが全ての女にそういう加護を与えているからだとされている。邪神に魔力奪われてんだから、その加護がなきゃ女は生まれたときからずっと気絶しっぱなしってことになるからな。だが、邪神に呪われた子ってのは、この全ての女が持っている加護がねえ。というより、加護を無効化してあまりあるほど、邪神の影響を強く受けてるって言った方が良いか」

「それじゃあ……つまり、その呪われた子はずっと意識がないんですか?」

「いや、そこまでじゃねえよ。ただ、満足に身体を動かせねえから、ほとんど寝たきり状態だってことは聞いたな。起きていられる時間も一日のうちそんなに長くねえらしいし、寿命も二十歳かそこら程度って話だ」


 初耳な話で、なんだか俺は割と衝撃を受けていた。

 聖神に祝福された子がいれば、邪神に呪われた子もいる。

 少し考えればあり得そうな話だったが、オルガから話を聞くまで考えもしなかった。


「でも、そんなこと初耳です。いくら魔女より数が少ないからって、噂になったりとかしないんですか?」

「さっきも言ったろ、今の話は教会の見解ではあるが、聖神アーレの威光云々もあってそれを公開してはいねえんだよ。なにせ神級の治癒解毒魔法でも治らねえらしい不治の病だし、邪神の力を邪教徒共に信じさせて増長させるだけだからな。だから実際には、ただ生まれ付き病弱な女がいるだけってことになってる。治癒や解毒の魔法ってのは金さえあれば誰でも受けられるが、覇級以上、ましてや天級以上にもなると、貴族でさえ受けるのが難しいからな」


 だから、呪われた子の存在も、呪い自体の存在も、噂にすらなっていない。

 この世界に住まう人々の大多数は平民だから、呪われた子の多くも平民のはずだ。平民には覇級以上の治癒解毒の魔法はまず受けられないから、魔法で治ると信じているのだろう。

 

「教会じゃこの呪われた子はそのまま呪子のろいごって呼ばれてる。さっきは治癒解毒の魔法じゃ治らねえとは言ったが、呪子にも一応治癒魔法は効くらしいんだよな」

「……どういうことですか?」

「治癒魔法を掛けてやると、一時的にだが微妙に体調が安定するらしい。天級なんかの高位の治癒魔法を掛けてやったら、元気とはまではいかねえが、少しの間は楽に過ごせるようにはなったって話がある。ま、その後はまた元の体調に戻っちまうそうで、それでもまた治癒魔法を掛ければ一時的に楽にはなるらしい」


 オルガはそこで気怠そうに一息吐いて、俺の顔を見ながら続けた。


「でだ、そこでアリアの話に戻るんだが……実はバアさんとオレで話し合ったとき、邪神か竜神の呪いなんじゃねえかって説は出てたんだよな」

「え、そうだったんですか!?」

「あぁ、だが結局は違うだろってことでバアさんもオレもその可能性は切り捨てた。アリアの場合、治癒も解毒も天級のを掛けてやったのに、呪子みてえに一時的に楽になるとか、そういう効能は何もなかっただろ? 邪神の呪いに効果があっても、竜神の呪いには効果がねえ……ってのは、なんかおかしいと思ってよ」


 婆さんとオルガの判断が間違っていたとは言えまい。

 俺にだって邪神と竜神、どちらが強大な神かは想像に易い。

 なにせ一方は魔物という怪物を世界に解き放ち、約三千年にわたって全人類の半数に影響を与え続けているのだ。

 無論、真竜が存在していることから、竜神も聖神のように加護を与えてはいるのだろうが、竜種と人類では総数が桁外れだし、何より聖神は《大神槍スラ・ド・トーレ》という超破壊を為せる力を持っている。


「それなら、オルガさんはあのお爺さんの話は信じていないんですか?」

「ま、半信半疑ってところだな。竜人族のジイさんから竜神の呪いだって言われば、やっぱりそうなのかもしれねえ……とは思うが、どうにも信じ切れねえ。あのジイさんがさっさとオレ等を追っ払いたくてデタラメ言ってた可能性は十分ある」


 オルガはそこで口を閉ざし、思案げに目を伏せて何やら黙考を始める。

 少し混乱してきたので、俺も考えてみる。

 

 アインさんは抗魔病を治す方法はただ一つだけだと言っていた。

 それが真竜の肝を食べさせるということだ。竜人の爺さんは病ではなく竜神様の呪いだと言い、それを解くことは誰にもできないと言った。

 おそらくアインさんの神は竜神で、アルセリアがああなったのは怒った神が下した俺への罰だ。

 竜人族は竜種を敬っている――というか触らぬ神に祟りなし的に畏れているので、その竜を殺して内臓を食うことなどしないはずであり、結果として真竜肝という治療法を知らなくても無理はないと考えられる。

 あるいは知っていたとしても、それを余所者の俺たちに教える行為は彼らの矜持あるいは信仰に背くはずだ。つまり、この思考でいくと一応筋は通っているし、老竜人の発言は強ち嘘でないことになる。


「あのジイさん、特に驚いた様子は見せてなかったよな?」

「――ふぇっ、何がですか?」


 黙考中、不意にオルガから話しかけられて、俺は膝元に落としていた視線を慌てて上げた。


「だから、アリアの症状を伝えたとき、他の連中は少なからず、こう……疑心だったり困惑だったり、そういう反応を見せてただろ? なのにあの爺さんは妙に落ち着いてやがった。まあ、二百年弱も生きてりゃ肝が太くなるって言えばそれまでだが……竜神の呪いだと断言もしやがったし、たぶんあの場にいた中で、少なくとも爺さんだけは前例を知ってた可能性が高い」

「それは……そうかもですね。同じ竜人のことですから、過去に同じような人がいてもおかしくはないでしょうし。でも、それがどうしたんですか?」

「普通、奇病ってのは記録に残すもんだ。つまり文献か何かが残ってるってことになる。そいつを手に入れられりゃ、詳しい病状だったり治療法だったりが分かるかもしれねえだろ」


 オルガは勇ましく立ち上がり、腰に片手を当てて、何やらやる気に満ちた顔をしている。


「それはそうでしょうけど……でも、仮に記録が残っていたとしても、そんなの手に入れられないですよ。もう私たち脅迫までしちゃいましたし、今更交渉なんて無理ですよ」

「分かってる、もう奴らと話すつもりはねえよ。フリザンテのときといい、さっきといい、どうせ連中はオレたちの頼みなんざ聞いちゃくれねえさ。だったら、欲しいものはテメェの力で手に入れれば良い」

「え……?」


 疑問の声を上げた俺にオルガはゆっくり近づいてくると、俺の肩に手を乗せてきた。

 

「ローズは幻惑魔法も特級まで使えたよな?」

「そりゃあ、まあ、使えますけど……って、まさか、オルガさん……?」


 オルガが何を言わんとしているのか察して、俺は思わず眉をひそめながら彼女を見上げた。


「聖書にも書いてあることだ。求めよ、さらば与えられんってな」


 座る俺を見下ろす聖天騎士様は中性的な凛々しい相貌をにやりと歪めた。




 ♀   ♀   ♀




「本当にやるんですか……?」


 昼過ぎ頃。

 先ほど襲いかかってきた火竜の肉を胃に収めながら、俺は何度目とも知れない問いを投げた。姐御は咀嚼していた焼き肉を嚥下すると、新たな焼き肉塊の木串を手に取り、答えた。


「いい加減覚悟を決めろ。お前の言う真竜の肝も可能性はあるが、その前に調べられることは調べた方が良いだろ」

「それは、そうですけど……でも、だって、色々危険ですよ?」

「んなこと百も承知だっての。まあ、本来ならオレ一人で行きてえところだが……生憎とオレは竜人語が分からねえ。だから嫌でも同行してもらうぜ、ローズがいなけりゃ意味ねえからな」


 肉塊にかぶりつき、来たる作戦に向けてエネルギーを補給するオルガ。

 正直なところ、俺を頼りにしてくれるのは嬉しいし、力になってやりたいとも思うが……さすがに事が事なので、躊躇わずにはいられない。


「……でも、前例に関する資料なんて、そもそもあるかないかすら分からないですよね? それをあんな広い町から探し出すなんて、無茶もいいところですよ」

「だが、望みはある。せっかくここまで来たんだ、できることはしておきてえだろ? だからこそ、はるばるこんな島まで来たんだ」

「…………」

「島にいられる期間は三節だけっつても、時間はある。真竜を探して狩るのにも、そんなに時間は掛からねえだろうしな」


 真竜は竜の希少種であり、極少数しか生息していないと聞く。

 故にその発見には時間が掛かりそうだが……アテなら一応ある。

 この島に来た当初も目にしたとおり、白竜島には天竜連峰という特に峻厳な山間部があり、そこに竜神山という霊峰が存在する。アルセリアから聞いた話によれば、真竜が生息しているのは竜神山だと思われる。

 しかし確証はないし、竜神山は見た限り優に標高三千リーギス以上はあるだろうビッグマウンテンだったので、範囲が絞れても発見には時間を要するはずだ。

 天竜連峰は遠目で見た限り、前世の中国あたりで見られるような険しい岩山の連なりで、薄く霧がかってもいて、まるで仙人でも住んでいそうな秘境っぽい場所だった。それによしんば発見できても、あっさり討伐できるとも思えない。


「お前が真竜に拘ってるのは分かるが、結局はどっちも駄目元なんだ」


 黙って手元の肉に視線を落とす俺を見て何を思ったのか、オルガは頭をポンポンと撫でてきた。


「ラフクに潜入して探したからって前例や治療法が分かるとは限らねえし、真竜の肝を食わせたからって治るとも限らねえ。だったらまずは治療法探しをして、それで分からなければ真竜狩りだ。もし治療法が真竜の肝だったら確信をもって事に当たれるし、無理してでも治療法を探る価値はあるんだよ」

「いえ、それは分かっています。オルガさんの言っていることは正論ですし、私もそれ自体に異論はありません」


 俺だってアインさんの話を完全に信用しているわけではないから、治療法探しは必要だと思っている。

 可能な限り治療法を探してから、最後の手段として真竜狩りを行う。

 だから、別にそれは良いのだ。


「でも……その、さすがに無茶苦茶ですよ! もし発見されたらどうするんですか!?」

「そんときは逃げるしかねえわな」

「そうじゃなくてですねっ、その……恥ずかしくないんですか!?」

「仕方ねえだろ。それに、オレがお前の歳の頃には普通にやってたぞ」


 姐御と一緒にはしないで欲しい。

 オルガは幼少期の頃の経験と持ち前の性格もあって抵抗感は少ないのかも知れないが、俺はこれでも常識人で文明人だ。

 さすがにキツいものがある。


「……百歩譲って潜入するとしても、竜はどうするんですか? 私たちがラフクに行けば、竜もラフクに来ちゃいますよ」

「問題はそれなんだが……ま、来ねえことを祈るしかねえだろ。今日は朝から二頭しか襲ってきてねえし、竜は夜行性ってわけでもねえんだろ? 昨日はかなり襲われたが、今のこの調子ならたぶん大丈夫だろ」


 俺は味気ない焼き肉を食べながら、思考を巡らせた。


 オルガの言葉は楽観的だが、竜に関しては俺たちにはどうすることもできない。

 そういう意味では彼女の発言は仕方ないだろうし、そもそもオルガはもう決行する気でいる。もはや俺の説得など届かないことは、ここ数時間ほど散々言い続けてきた諫言を一蹴され続けていることからも明らかだ。

 ならば、もう折れるしかないだろう。

 

「かなり不安ですけど……分かりました。オルガさんの言っていることは間違ってないですし、私も覚悟を決めます」

「おう、やっと納得したか。ま、気楽にいけ、これも良い経験だと思ってよ。もちろん遊び半分でやられても困るが」

 

 そう、全てはアルセリアのためだ。

 そのためならば多少の危険は冒すし、多大な羞恥だって我慢してやる。

 躊躇っている状況ではないのだ。

 できることがあるのなら、やるべきだ。

 でなければ苦労してここまで来た意味が半減する。


「分かってますよ、アルセリアさんのためですからね」


 オルガは俺の言葉を聞いて「よっし」と力強く頷き、俺の頭をガシガシと撫で回してきた。


「んじゃ、メシ食ったら一旦偵察にいくぞ。その後は少しでも寝て夜に備えておく。昨日はろくに寝れなかったし、今日は徹夜になるからな」


 こうして、俺とオルガは古都ラフクへの潜入調査――ネイキッド・ゴースト作戦を決行することになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=886121889&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ