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《Fog side - 1》『すべてが終焉へと向かう、そのきっかけとなったフォグの純真』




 フォグの家系はもともと“魔法使い”の血が濃かった。魔法使いから生まれた子が魔法を使えるかといえばそうとも限らない。かと思えば自分は普通の人間の血筋だと思っている家にひょっこり何の前触れもなく魔法を使いこなせる“種”を持つ子供”が産まれたりもする。


 だが何にせよ“魔法”を使えるというとは本人の意思に関わらずいずれ“魔法使い”にならねばならない──そんな掟じみた風潮がこの時代には確かにあった。


 そもそも魔法使いの役割はこの世界の秩序を平均的に保つためだと皆信じて疑わなかった。出過ぎたものは引っ込め、隠れてるものは引っ張り出す。それが本来あるべき魔法の力であり姿であるのだと。


 だからフォグもいずれは修行を経て魔法使いにならねばならないのだという義務感があった。また、それが当然のことなのだと。


 だが、フォグが十三才になった時のことだ。


 彼の姉であるサーヤはこのところ浮かない顔をしている弟が心配になり、ある晴れた午後、アーレファンの森へ散歩に行こうと持ちかけた。


 心地よい日差しの中、小鳥のさえずりだけが響いていたが二人は終始黙り込んだままだった。早くに両親を亡くしたフォグにとってサーヤは姉であり、そして同時に母親でもあった。二人きりになれば悩みを打ち明けてくれるかと思っていたサーヤであったが、弟から切り出してこないうちは無理に詮索するのはやめておこうと考えていた。複雑な年頃なのだ。


 そんな時、ぽつりとこぼしたフォグの言葉は彼女にとっても意外なものだった。


「……姉さん、僕ね、本当は魔法使いなんかになりたくないんだ」

「どうして? フォグ。あなたは他の人にはない特別な力を持っているのよ」

「そうかもしれない……でも、こんなこと言っちゃいけないことなのかもしれないけど、ねえ、姉さん、僕はそんなものなんかこれっぽっちも欲しくないんだ」

「フォグ、それはたとえ欲しいと願ったとしても誰もが得られるわけじゃない、とても凄い才能なのよ」

「そうだよね……。そうかもしれない。でも、時々思うんだ。きっとみんなはさ、生きていく上で何かしら特別な力が欲しくて仕方ないんだろうね。でもね姉さん、そのせいでみんな“特別じゃないもの”からは目を背け過ぎているんじゃないかって、そうも思うんだ」


 フォグの豊かな黒髪がふわりと風に揺れる。


「本当はそっちの方がずっとずっと大切なことなのにね」


 サーヤは言葉に詰まった。それは“特別なもの”を持っている弟だからこそハッキリ見えるものなのであろうか。


「でも私たち人間には“光”が必要だわ。あなたはその光を照らし出せる数少ない人物になれるかもしれないのよ」


 そう言った時、サーヤはフォグと共に不思議な光景を目にした。


 それは一羽の小鳥が歌うのを他の鳥やリスや鹿といった動物たちがうっとりと聞き入っている姿だった。


「見て、フォグ。あの小さなブラック・バードみたいにあなたはみんなにとっての憧れであり、平和への道を示す希望にならなきゃ」


「そうかな。……ぼくにはあのブラック・バード、なんだかみんなを見下してるように見えるよ」


 フォグは姉の困った顔を見て心が痛んだ。


「でも、ありがとう。姉さん。姉さんは僕を元気付けようとして散歩に誘ってくれたんだろ? 凄く嬉しいよ」


 フォグの愛嬌ある笑顔を目の当たりにしてサーヤはにこりと微笑み、照れ臭そうに自分の足もとに視線を落とした。


 弟はすべてお見通しだ。これも彼の持つ魔法の力なのだろうか? サーヤはそう考えたが軽く首を振った。


──違う。これこそ弟の言っている、“特別じゃない力”だ。お互いを思いやる心というものは決して“特別な力”なんかじゃない。逆にそれを魔法というのであれば、人間という生き物はきっと誰もが魔法使いなのだ。


「そうだ、ねえ、サーヤ? 明日、友達を連れてきてもいい? とても大切な友達なんだ」


 そう言ってフォグが連れてきた“友達”はとても愛くるしい顔立ちの女の子で名をアナと言った。


 姉の前では見せることのないはしゃぎっぷりやちょっと斜に構えた感じの弟のを見てサーヤは理解した。フォグはアナに恋しているのだと。そして、どうやらフォグもそれを隠すようでもないらしい。


 サーヤは自慢の手料理を夕食に披露し、食後にはマンゴーと桃をたっぷり使ったケーキまで焼いてくれた。それは毎年どちらかの誕生日にしか作らない特別なケーキだった。


 そういった意味合いのケーキだったからサーヤが目配せをした時さすがにフォグも照れを隠せなかった。


「姉さん、昨日も森で、話したんだけど……アナも、聞いてほしい」


 デザートを食べ終える頃、フォグは少し固い口調で話し出すとキッパリこう言っ切った。


「昨日も一晩中考えたんだ。僕はやっぱり魔法使いにはならないよ」


 フォークを操る二人の手が止まった。


「僕に世界をどうこうするなんて器量があるなんてさ、とても思えないよ。たとえ、あったにしろ、僕は普通に勉強して、働いて、その…… 結婚して、家庭を持ちたいんだ。食後にマンゴーのケーキが出てくるようなね」


 サーヤは少し考え、フォグに言った。


「本当に……それで、いいの?」

「“それでいい”んじゃない。“それ”が僕の望みなんだ。週末には芝居を見たり、公園へ行ったり。仕事から帰ったら、ああ、疲れたとか愚痴をこぼしながら風呂に入る。それっていけないことなのかい? 望んじゃ駄目なことなのかい?」


 話し出しこそサーヤを見ていたものの、言い終える頃にはフォグの視線はアナに捧げられていた。いくら自分が母親代わりを演じてみてもフォグは両親のいる家庭を知らない。周りで見かけるそんなごく普通の生活がどれ程か羨ましく“特別”に見えたことだろう。


 そしてそれはサーヤとて同じ気持ちだった。


「じゃあ、寺院テンプルには行かなくていいのね」


 アナが言った寺院とはここからずっと北の山岳にあるフォート=サガン寺院のことである。そこでは《大魔法使い》の称号を持つズブロッカというおきなが“種”のある子供たちを修行させており、これまでも名のある魔法使いを幾人も世に送り出した聖堂であった。


「それはダメよ」

 サーヤはフォークを置いて若い二人を見つめた。

「姉さん……」

「ズブロッカ様はあなたの力を見込んで声をかけてくださったのよ。その足でちゃんと出向いて……」


 サーヤは息を吸った。

「きちんと自分でお断りの言葉を告げてらっしゃい」

 フォグとアナは固く手を握り合った。

「お姉さん……」

「弟がこんなだからね。私も服やアクセサリーについて語り合いたい妹が欲しかったとこ」







 そしてその二週間後、その姉は未来の“妹”になるであろうはずのアナをかばうようにして共に死んでいた。


 それはフォグが魔法を封印するために向かった、《大魔法使い》ズブロッカの住むフォート=サガンの寺院で過ごしているわずか数日の間の出来事であったという。


 その大規模なマーケット火災は反王宮派である地下組織テロリストたちによる行動であったことが後に判明したがここで詳しく触れるのはやめておくことにしよう。


 なぜならそれはどこにでも起こりうる“単なる事件”でしかないのだから。

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