2-1 魔女と『正義』と復讐と ―講義―
或る旅の途中。
私とレナはジジイの家を出て、森を抜けて山の裾野に出た。目の前にそびえる山は土の色が強く、あまり草木が生えていなさそう。
そんな訳で、いったん森に戻って焚き木と保存食を確保することにした。
キャンプの準備を積むと言っても、どうせ今日中には町に出られるはずだからそんなに多くなくてもいい。まあ2人で2日分あれば大丈夫だろう。
一角獣の背中にに荷物を積んでいる間、レナは一角獣のことをじっと見ていた。
「この子、あの時の?」
「ああ、そっか。契約の時見てたんだった。そう。この子は私の中では一番の新入り。まあ、ちょうどよかったわね。あまり荷を持たせるような子は今までいなかったから。グリフォンだと翼が邪魔でうまく荷を積めないしね」
レナは不思議そうな顔をしている。
「名前、無いんです?」
レナの目は無邪気にこっちを見ていた。名前、名前か。
「……考えたこともなかった。言われてみれば、あまり名前を付けたりする召喚士は見ないし」
「どうしてですか?」
「そうねぇ。まあ一体しかいなかったら名前も必要ないわけだし、私にしてもそれぞれ種が違うわけだし……」
そもそもあまり声で呼びかけたりもしない。指示を出す時は魔力に乗せて伝えるものだ。
でも、レナはあまり納得いっていないようだ。
「なんだか、もったいないです」
もったいない? 変わった感性だ。なんでもいいけど。
「それならレナが付ける?」
一角獣がレナの方を見る。少しうれしそうなところを見ると、実は名前が欲しかったのかもしれない。
「良いんですか?」
「もちろん。あなたは直接呼び出せるわけじゃないけど、私の魔力を介してあなたの魔力もこの子たちの中に入ってるの。だから、この子たちはあなたの召喚獣でもあるのよ」
レナはちょっと考えてからぼそっと呟いた。
「ユニコ」
「え?」
「一角獣ですから。ユニコ」
こだわるわりに安直なネーミング。
「ダメ……ですか?」
「いや、いいんじゃない?」
その名前はなんとなくレナっぽい気がするし、一角獣ことユニコも嫌そうではない。この分だと、他の召喚獣も名前をあげると喜ぶのかもしれないな。
「まあほかの子はまた呼んだ時にということで。……名前で思い出したけど、あなた自分の名前はどうするの?」
レナは首をかしげている。
「本名をみだりに教えるのはよくないって前言ったよね? だから、通り名を使った方が良いんじゃないかなって」
そう言うとまた悩むようなそぶり。でも一角獣の時より難航してそうだ。
「別に二つ名でもいいんだけどね、『ひよっ子』さん」
レナはまたいやそうな顔をした。やっぱりあまり好きじゃないんだろうな。まあ事実としても、ひよっ子って面と向かって言われるのは私だっていやだ。
「……考えます」
「あ、最初のうちは自分の名前に似たものがいいわよ。反応しやすいし」
レナはまたしばらくうーんと唸る。さっきよりも長い。
「……思いつかない」
しばらく荷造りの手を止めて考えても思いつかなかったようだ。
「考えて、もらえませんか? エレノラ」
「ん? そうねぇ」
私も少し考える。レナっぽくて、似たような名前……。
「レミ、とか」
ぱっと出た名前をつぶやく。深い意味は無い……。ただ、似てるから出てきただけだ。
「ありがとうございます」
レナもなんだか嬉しそうだ。まあ気に入ってもらえたらそれでいいか。
「それじゃあ改めて、よろしくね、レミ」
「はい、エレノラ」
そういいあって、2人してくすくすと笑いあった。そんな感じで荷造りを続けた。
*****
さて、話を山のすそ野に戻そう。このあたりはやはり草木も少なく、動いてるものは蛇か鳥くらいのものだった。ただ、まだそれほど高い場所ではないので、道はまだそれほど荒れておらず、また広いので森よりは歩きやすくはあった。
「そういえば、エレノラ少ないですね、荷物」
レナが道すがら聞いてきた。レナの方は少しナップサックが重そうだ。何が入っているんだろう。
「まあそうね。私の場合ある程度のものならカード化できるし、必要なものは現地調達する方だから」
長旅に大荷物は似合わない。旅上手は荷物が少なくなっていくものなのだ。
「こういうところは、どうしてたんです?」
少し勾配が上がってきて、レナの息が上がり出した。
「話しながらだと疲れるわよ。……まあ、蛇を食べたこともあるけど、普段は飛んでくわね。杖とかグリフォンで」
「じゃあ、何で、歩いて、るんですか? 私たち」
恨めしそうにそういうレナの息はかなり上がってきている。汗だくだ。そんなに暑いならローブ脱げばいいのに。
「大事なことよ、魔法使いになるには。……ちょっと休みましょうか」
ちょうどいい感じに座りやすそうな岩が見えてきたので、そこに腰かけることにした。
*****
ユニコを近くに休ませ、私たちは並んで岩に座った。ついでにそこら辺にあった石を取って、軽く上に投げて取る。
「例えば、この石を壊すなら、あなたはどうする」
そう言って軽くレナに投げる。レナは受け取って、石に吐息をかける。石はぴしりとヒビが入り、破片も出さずに2つに割れた。
「流石ね」
まさか言葉すら出さないとは思わなかったけど。しかし綺麗に割ってもらえたのは好都合だ。
「それじゃあ今度はその2つをくっつけてみて」
レナは少し戸惑った顔をした後、ぎゅっと石を握って目をつむった。
「くっついて」
一瞬手の中が輝く。レナは目を開けて手を開こうとするが、開かない。
「どうやらくっついたみたいね。あなたの手ごと」
微笑みを向けて、困った顔をしているレナの手に私の手を重ねる。
「元のままに、自然のままに。《vasciat vasciato, allemen allemenamo.》」
レナの手を掴んで詠唱をして、緑の光が消えた頃に一緒に離す。レナの手は綺麗に離れた。石も割れる前に戻したのはオマケ。
「ね。どうしてうまく戻せなかったと思う?」
「……分からなかったです。戻し方が」
その言葉に頷く。誰だって、割れていた石が元に戻るところを見た人はいない。
「大事なのはイメージよ。石じゃなくても、2つのものが1つにくっつくもののイメージはある?」
レナはあらぬ方向を考えて、少し考える風だ。
「水、とか、泥、とか」
「いいわ。そのイメージを石に伝えるの。なるべく過程をイメージして」
レナはまた石をぎゅっと握って、目を閉じた。
「どろどろから、もどって」
レナはまた眼を開けて、手を開く。今度は問題なく石だけくっついている。ただ、少し手の形に変わっているけど。
それでもレナは嬉しそうにこっちを見てくる。まあ、細かいことには目をつぶろう。
「レナの魔力量や浸透度は確かにすごい。でも、魔法はイメージを広げられないとできることは限られ。だから、横着しないで、世界の色んなことを知らなきゃね」
そう言いながら頭を撫でてあげた。特にレナは世界のこと、この世界のことをまだよく知らないはずだ。
「それに、身体と魔力の使い方も。ちゃんと魔力を体に回せば、それだけで疲れもマシになるし、魔力の操作にも慣れられるし、とってもお得でしょ?」
レナの魔力の出て行きやすさは異常なほどだ。早くコントロールを学んでもらわないと、また事故が起きてしまう。
「なんだか、エレノラ、お師匠様みたいです」
「……えー!?」
思いがけない言葉をかけられて、レナの方をまじまじと見てしまう。あのジジィと私が似てるですって!?
心底嫌な顔をしているだろう私を見て、レナはふふっと笑った。
「いえ、あの、いろいろ教えて、ありがとうございます」
その笑顔につられて私も頬がゆるむ。
「まあ、あなたの召喚獣である前に先輩だからね。困ったことがあったら何でも聞いてね。……そうだ、歩くのはいや?」
レナは視線を伏せた。まあ疲れるし、仕方なかろう。
「それなら、自分で飛ぶなら私は止めないわ。丁度いい杖もあるしね」
言われて気付いたのか、杖を持ち直してこっちに構える。けど、すぐにへにゃってなった。
「……どうやって飛ぶんですか?」
答えずににっこりと笑い返した。それで、レナも何かを察したようだ。一つ深呼吸をして、杖を立てて詠唱を始めた。
「その翼は天使の翼 、神の力はあまねく物に降りかかる。小さき者にも力を与え、その使いの翼を与う」
一気にレナから漏れ出た青い光は杖の上の方に集まり、やがて大きな白い翼へと姿を変える。
レナが両手を広げたよりも大きそうなその両翼は、やがて羽ばたき出し空を飛んだ。
飛んだは飛んだが、杖は立ったまま飛び、レナはその羽ばたきに合わせて上下する杖に必死にくっついていた。
「レナー! 早く降りてきた方がいいんじゃなーい」
時折下がりながらもだんだんと上に行っているレナに声をかける。
「これ、どうすれば、いいんですか!?」
レナは叫び返してきた。
「そんなの魔法をかけたあなたにしか分からないわよ! 降りろって念じるか、魔法かけなおせばいいんじゃない!?」
レナはまた叫んだ。
「何でもいいから、早く降りて!」
と、杖の翼はぱっと消えて、レナが落ちてきた。私はハーピーを呼び出して、受け止めさせる。
地上に降りたところでハーピーを戻す。
「あ……」
レナはちょっとふらふらしている。まああんなに上下してたら酔うよね。
「翼を生やす発想は悪くないけど、ちょっと大げさすぎたね」
レナはついにその場にぺたりと座り込んで小さく、でもちょっと長いため息をついた。
「名前……付けれなかった」
「え、ああ。まあまた今度ね」
そんなに付けたかったのか。
少し休んで回復してきたらしい所で、レナは上目遣いでこっちを見てきた。
「エレノラなら、どうするんですか?」
「私? 私は……ちょっとズルだけど、普段はこれを使ってる」
私は胸からカードを取り出し、魔力を込めて杖に戻した。上の方に魔法陣の書かれた球が付いた特別製だ。
ひらりとそれに座るように動かしながら魔力を込める。すると球が黒緑に輝いて杖が浮き始める。そうやって浮いた杖に私は座るだけだ。
「便利なもんでしょ? 飛行の魔術が刻まれてるから、魔力を込めればこうやって飛べるわけ。ちょっと高かったけどね」
レナはぼーっとこっちを見て、それから少しムッとした。
「……ずるいです」
そのへんをすこし飛び回ってから、またレナの前に戻って飛ぶのをやめた。
「言ったでしょ? ズルだって。まあ、魔法で飛ぶなら……」
私は少し考えてから詠唱を始める。
「変動と安定を《qomutar vasciato uni solemeno》」
今度は杖全体が緑に光り出し、持っている私ごと、ふわりとゆっくり浮き始める。持ち続けるのも疲れるので、杖を横にしてそこに座った。
「どう? まあ、魔法使いならこれくらいはね?」
レナはまたぼーっとこっちを見ていたかと思うと、また一呼吸おいて、詠唱した。
「ふるえて」
さっきよりも短い。それでもレナの杖も全体が蒼く輝き、そしてゆっくりと浮き出した。やがて杖は横向きに空中で止まり、レナは杖の上に座った。ちょっと驚いたけど、きっとこの子はイメージさえできれば何でもできるだろう。
それはもしかしたら、一度見た魔法を再現出来る、ということなのかもしれない。
「流石ね。それじゃあ動いてみて」
「うご、く」
レナはぽかんとした後、杖の上で反動をつけて杖を動かそうとするが、杖が動く気配は全くない。
……考えすぎかな。私はレナの方まで飛んで、頭を撫でてあげた。
「さ、そろそろ行きましょうか。日が落ちる前に峡谷を抜けましょう。
レナは不満足そうな顔をしながらも杖から降りた。
「いい? まりょ」
「魔力を意識しながら、ですよね」
レナはこちらを見てにやりと笑った。
「お師匠様も、よく言ってました」
生意気なところもあるじゃない。ま、かたっ苦しいのより全然ましだけど。
「それじゃあ行きますよ、わが弟子」
「はい、私のメイド長」
私たちは向き合って、そして笑いあった。見た目や喋り方でおとなしめな娘だと思ってたけど、まだ言葉がうまくないだけで本当はもっと楽しい娘なんだろう。
*****
私たちはある程度上った後、山道を避けて山を下り、渓谷を歩いていた。レナははじめ下ばっかり見て付いてきたが、上り坂が終わることにはだいぶ余裕が出てきたようだった。
「そういえば、私、魔女、なんですよね」
渓谷に入った頃には特に苦もなさそうで、レナは私に話しかけてきた。
「もちろん。新人とはいえ、文句なしに、あなたは魔女よ」
「魔法使いは、違うのですか?」
あれ、その話も知らないのか。
「お師匠に聞いてない?」
レナは首をフルフルと振った。あのジジイは……まあ常識を教えるっていうのが一番難しいのかもしれない。説明してあげましょう。
「魔女っていうのはね、魔力を開いた人のことをいうの。たとえ全く魔法や魔術を使わない人でも、魔女の儀式を受けていれば『魔女』になる。だから、あなたはまごうことなき魔女」
レナの方にぴしりと指を向ける。そして指を空に向けて話を続ける。
「でも、専門に使う技によってそこから3種類に分かれるの。1つ目は召喚を扱う召喚士。まあ私はそうね。2つ目は魔力を込めて魔術を発動させる魔法陣を作る魔術師。あの地下室を見る限り、あなたのお師匠が魔術師。そして3つめが、詠唱で魔法を扱う魔法使い。お師匠が言うにはレナは魔術師には向いていないらしいから、とりあえず魔法使いを目指したほうがいいんじゃないかな」
まあこんなところだろう。何か疑問がないかレナの方を見ると、ちょっと何か考えている風だ。やがて口を開いた。
「召喚士は、ダメなんですか?」
「ダメじゃないけど……召喚士でも基本的な魔法は使えた方がいいから、あまり始めから目指すものじゃないかな」
私にしたって、最初は魔法使いになろうとしたのだ。……才能ないからやめたけど。