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雨宿り。

作者: 松田葉子

僕は、雨が降っていても傘を差さない。

手が塞がるのが嫌だし、普段は通れる道も、傘が邪魔で通れなくなることもあるからだ。

濡れること自体は別に嫌じゃない。

雨は、むしろ好きなのだ。

自分自身と向き合わせてくれるきっかけを、いつも雨粒と共にもたらしてくれるからだ。


その日はたまたま、LINEの返信をする為に、いつもは通り過ぎる喫茶店の軒先で雨宿りをさせてもらっていた。

LINEの返信を終え、さぁ行くかと顔を上げたと同時に、喫茶店の扉が開いた。

扉に取り付けてあるベルが、カランコロンと音を響かせた。

扉の方を向くと、そこの喫茶店のスタッフなのだろう、白いYシャツに黒いパンツ、その上から茶色いエプロンを着けた女性が立っていた。

軽くウェーブがかかった黒髪のセミロングを顔のサイドに束ねて垂らしていた。

少し不安そうな顔で彼女は僕に話しかけた。

「あ、あの、傘、良かったら使ってください。雨の日はいつも、傘差してないみたいだから・・・。」

いつもって・・・。

喫茶店の中から、僕が通るのを彼女は見ていたのか。

雨の日は、確かに傘を差さないのは僕くらいのものだから、どうしても目立ってしまうのだろうか。

そんなことを数秒の間に思った。

傘は嫌いだし、別に良いですって断るつもりだったのに、僕は何故だか

「ありがとう、じゃあ借りるね。」

と答えていた。

しまったと思いつつ、もう言ってしまったんだからと、彼女から傘を借りた。

「明日返しに来ますね。」

と一言付け加え、その場を後にした。

翌日も、雨が降っていた。


傘を返した後に濡れていくと、また傘を借りることになりそうだ。

ホントに面倒だが、借りた傘を持ち、もう片方の手で自分の傘を差し、喫茶店に出向いた。

喫茶店の扉を開けると同時に、カランコロンとベルも鳴った。

「いらっしゃいませ。」

彼女は僕に気付くと、笑顔で迎えてくれた。

店内にはお客さんは一人もいないみたいだ。

「今日は傘、差してきたんですね。」

窓際のテーブル席に着いた僕に、彼女はそう声をかけた。

「差さなかったら、貴女はまた貸してくれるだろうから。」

「ふふ、そうですね。あ、ご注文は何になさいますか?」

「う~ん、そうだなぁ・・・。じゃあアールグレイを。」

「はい、かしこまりました。」

彼女は一礼して、カウンターにいるマスターらしき初老の男性に

「アールグレイのご注文頂きました。」

と声をかけた。

暫くしてアールグレイの入ったティーポット、カップとソーサー、ミルクが入った小さめのビーカー、砂糖の入った小皿、ティースプーンを、彼女は僕の目の前に置いてくれた。

置いてくれたのを見届けてから、僕は彼女に打ち明けた。

「僕、傘って嫌いなんだよね。だからいつも差さないんだ。」

そう言ってから、出されたアールグレイを一口飲んだ。

・・・美味しい。

「!私、ご迷惑なこと、しましたね・・・。ごめんなさい・・・。」

「いや、僕も断れば良かったんだけど、何故か受け取ってしまってね。でも、貴女が傘を貸してくれなかったら、ここの紅茶が美味しいことに気付かないままだったよ。ここの喫茶店、気になってたんだけど、なかなか入るきっかけがなくて。それを貴女が作ってくれた。ありがとう。」

「そうだったんですね。紅茶、お気に召して頂けて嬉しいです。また、来てくれますか?」

「勿論。貴女に会いに、ね。」

彼女は顔を真っ赤にし、

「失礼しますっ。」

とカウンター脇の奥へと下がっていった。

・・・社交辞令のつもりだったんだが・・・あの様子は・・・。

少し戸惑っていると、マスターが声をかけてきた。

「あの子、いつも貴方のこと気にしてるみたいなんです。」

「やっぱ雨の日に傘差してないと、目立ちますかね。」

「いや、雨の日以外でも気にしていて、貴方を見掛けない日があると心配するんです。いつも大体、同じくらいの時間帯にここの前を通り過ぎるでしょう?」

「そうですね・・・。休みの日でも通りますね。通らない日は家でもやれる仕事をしているんですよ。」

「そうでしたか。良かったら、ホントにあの子に会いに、ここに来てください。」

「はぁ・・・。」

その場では気のない返事をしたが、僕に興味を持っているという彼女が、どんな女性なのか興味を持ち、それ以来家でやれる仕事を喫茶店ですることにした。


自分の仕事の合間に、彼女の仕事ぶりを見てみる。

彼女の接客はとても丁寧で、どの層のお客さんにも好かれている。

笑顔もとても素敵だ。

「あの、私のことたまにジーっと見てますよね?恥ずかしいので、止めてください・・・。」

お盆を胸の前に抱き抱えて、困ったような顔で彼女はそう言ってきた。

「何でよ、君だって僕のこと見てたんだろ?」

彼女の顔はすぐ赤くなる。

そんなだから、からかうと余計に面白い。

真っ赤になった彼女を見て可愛いと、もっと困らせてやりたいと思う。

雨が彼女と出会わせてくれたのだろう、そう思うようになった頃、僕は彼女をデートに誘った。


公園のベンチに並んで腰掛ける僕ら。

僕が見慣れてる彼女の格好はパンツスタイルだから、今日みたいにワンピースを着ている彼女は新鮮だ。

とても可愛い。

そんな彼女は体を固くして、ずっとだんまり。

「あの、君の緊張がこっちにも伝わってくるんですけど・・・。」

「いや、だって、いつも眺めてただけの人と、デートだなんてっ。」

彼女は下を向きながらそう答えた。

「だいぶ進展したよね。もっと進展させる?」

「え?!」

彼女が顔を上げると、雨がポツポツと降ってきた。

「あ、雨が降ってきましたね。傘かさ・・・。」

彼女はバッグから折り畳み傘を出し、広げ、僕も入るように差してくれた。

「あ、傘、嫌ですか?」

彼女は恐る恐る聞いてきた。

さっきよりも彼女との距離が近くなる。

ふむ。

「傘も、悪くないかも。」

彼女の手から傘を取って代わりに差し、もう片方の手を彼女の腰に回し、自分の方にグッと寄せた。

「え?!あ、あの!近いです!!」

彼女はまた下を向いた。

おまけに目までつむってる。

「嫌なの?」

「い、嫌じゃないです・・・けど!」

そう言うと同時に、彼女は顔を上げた。

目線が丁度僕の唇に。

動きが止まる彼女。

「目、閉じて。」

彼女はゆっくり目を閉じた。

この顔も可愛いなと思いながら、僕は彼女にキスをした。

雨が僕らを近付けた。

Twitterのツイートで挙げていたものを改めて書き起こしました。

文字制限がある為に書ききれなかったとこも書き加えてみました。

お時間ある方は、良かったら、両方読み比べてみてください(笑)

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