旅立ち
高原特有の透き通った風に乗った薄雲の影が、太陽に焼かれている大地に映る。それと同じように、一羽の鷹の影が太陽から大地を守っていた。軽やかに初夏の風に乗るその鷹は、一度、二度と円を描いて、地上に向かうために羽を閉じる。
そうして降り立った先には、二人の少年がいた。
一人は、この鷹の主である、鳶色の瞳を持つ少年だ。
そしてもう一人は、羊飼いの杖を携えた空色の瞳を持つ少年だ。
鷹匠の少年は、自分の元へ帰って来た鷹に、餌掛けと呼ばれる厚手の手袋を差し出して、留まらせた。しかしその憂いを見せる鳶色の瞳を鷹に向けることはなく、ただ真っ直ぐにもう一人の少年を見つめていた。
そのまさに鷹のように鋭い眼光を向けられた少年は、余裕を見せる微笑みを浮かべて、鷹匠の少年に対峙している。
「本当に行くのか?」
鷹匠の少年が尋ねた。詰問するような、窺うような、厳しくも消え入りそうな問い掛けだった。
「ああ。僕には羊は一匹も懐いてくれなかったからね。キミと違って」
楽しげに手にした杖をくるくる回しながら、旅立つ少年は応えた。その空色の瞳は、まだ見ぬ世界を描いて輝いている。
そんな様子と返答に、鷹匠の少年はより一層不安になった。
二人は、親友であり、唯一の同世代であり、強い絆を持つ家族だ。こんな高原では、人は他人を信じて頼りながら生きていくしかない。だから、最も信頼出来る相手を失うことが、鷹匠の少年はどうしようもなく怖かった。
だが羊飼いの家に生まれた少年も、ここにいる訳にはいかない。生家の役割を全う出来ない以上、この少年にはここで生きていく資格がないのだ。
それなのに、旅立ちを目の前にして、この少年は少しの恐れも見せていなかった。むしろ、その空色の瞳は希望を信じて疑っていない。
「怖くないのか?」
たまらなくなって、鷹匠の少年が尋ねた。つい先日やっと大人としての役割を任されるようになった彼は、しかし未だ子供らしい臆病さが残っている。どんなことでも、変わることや挑戦することが怖くて、不安で、嫌なのだ。
そんな鷹匠の少年を前にして、旅立つ少年はきょとんと空色の瞳を丸くしていた。そして一瞬、鷹と目を合わせるとまた余裕を見せるような微笑みを見せた。
「風が僕を呼んでいるんだ。あんなに自由な友達に誘われたら、着いていくにも全力さ。ためらってなんかいられない」
旅立つ少年に応えるように、風が高原を突き抜けた。山頂から麓に向かって、旅立つ少年を促している。
旅立つ少年は、風が吹く先へと振り返り、空色の瞳を向けた。
そして旅立つ少年は、元々は羊飼いのものだった杖を振って別れの挨拶として歩き出した。
鷹匠の少年は、その後ろ姿を黙って見送る。黙る主に代わり、その手から鷹が離れて飛び立った。
鷹は、大地を焼く太陽から旅人を守り、一度、二度と円を描いて、さらに高く、風に乗って空を昇っていった。
Wind saga –颯-
夏というテーマで書いた作品です。
夏の爽やかさ、清々しさ、まぶしさ、好奇心――そんな夏のイメージを集めて吹き抜けるイメージで書きました。夏を思い出していただけたら、うれしいです。
では、あなたの夏が清々しいであることを願って。
ちなみに、わたしは夏がちょっと苦手です。