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イエロー・ベル・キャブズの厳戒態勢(High A)  作者: 枕木悠
第一章 ファーファルタウは夜の七時
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第一章⑤

 ピチカートは浮かない顔で宮殿の南の塔の六階の書庫の窓から庭園を見下ろしていた。

 庭園の黒く焦げた部分では、アメリアとヘンリエッタが抱き合っていた。アメリアは泣いているみたいだった。パレードの先頭を飛ぶことをヘンリエッタに伝えていたら意図せず涙がこぼれてしまった、という感じだろうか。

 ピチカートの前ではアメリアは涙を見せなかった。笑顔で「大丈夫です、まだ九月の終わりまでには時間がありますから」って気丈に振る舞っていた。けれど、ヘンリエッタの前では泣いている。それが少し、ピチカートには寂しかった。

 アメリアはシスタのピチカートには、涙を見せてはいけないと思っているのだろうか。

 確かにピチカートはアメリアのことを優しくも厳しく、指導している。でも、それでも、ピチカートの腕の中で泣いて欲しかった。

 もちろん、様々なことが矛盾しているって分かっているけど。

 どうしたって思ってしまうのだから仕方がない。魔女の心はプリズムだ、なんて言ったのは、確かロビンソン。

 今のピチカートは正直。

 ヘンリエッタに嫉妬している。

 私のアメリアから離れて!

 叫んでしまいそうな自分がいる。

 抱き合う二人は親友同士なのに。

 最低だ。

 そんな風に思うなんて。

 こんな気持ちになっている場合じゃないのに。

 一刻も早く、ピチカートはアメリアが空を飛べる方法を、いや、どうしてアメリアが飛べないのか。

 その原因を見つけださなくちゃいけない。

 ピチカートは窓のカーテンを閉めて書棚の方に向き直った。

 ふと、視界の横に見慣れた群青色のおさげが飛び込んできた。

「ピチカート、探したわよ、」シャーロットはぐっとピチカートに接近して小声で言ってきた。「凄く探した」

「鬼ごっこの途中だった? 記憶にないけど」

「はぐらかさないで、」シャーロットはピチカートのことを強く睨んだ。「アメリアちゃんのことよ、パレードの先頭を飛ぶのでしょう?」

 その事実を言葉で聞くと、現実を突き付けられたようで、ピチカートはドキリとしてしまった。ピチカートは冷静を装って言う。「さすが情報通のシャーロット、何でも知っているのね、素敵」

「そのことに限っては宮殿中の皆が知っていることだと思うけどとにかく、」シャーロットは早口で言って、強くピチカートの手首を掴んだ。「ピチカート、私の部屋に来て」

「なぁに、朝からセックスでもするの? んふふふっ」

「せ、セックスって、そんなわけないでしょ!」

 シャーロットは顔を真っ赤にして声を張り上げた。シャーロットは意外と初なところがある。「ピチカートとセックスなんてしないわよぉ! 水かけるわよぉ!」

 シャーロットの声は書庫に響き渡った。

 シャーロットははっとなって慌てて両手で口を塞いた。

 書庫の様々な場所から聞こえてくるのは、研究熱心な魔女のお姉さま方の咳払い。

「すいません、すいません、」シャーロットはピチカートを引っ張って魔女のお姉さま方に頭を下げながら書庫を出た。「ああ、もう、ピチカートのせいだからね、あんなこと言うんだから、もぉ」

「え、」ピチカートはニッコリと微笑み言う。「あんなことって何のこと?」

「もう、ピチカートなんて知らない、」シャーロットはおさげを揺らしてピチカートから離れて行く。「せっかくアメリアのことを助けてあげようって、色々、考えたのにっ、もぉ、知らないわ、ふん!」

「ああん、ごめん、シャーロット、機嫌を直してよ、」ピチカートはシャーロットに追いついて腕を組んで彼女の肩に頭を乗せる。「ごめん、許してよ、シャーロット、私たち、親友でしょ?」

「いいよ、許してあげる、親友だもの」シャーロットはヒステリックな表情を変えずに言う。

「ありがとう、シャーロットのそういうところが好きよ」

「はあ、誰が単純だってぇ?」

「そんなこと、言ってないでしょう?」

 二人は螺旋階段を降り、六階から五階に降りた。二人の部屋は五階のフロアにある。

「はあ、」シャーロットは大きく息を吐く。「とにかく時間がないでしょう?」

「え?」

「パレードまで、後何日? 今日が九月二十三日でしょ、」シャーロットを指折り数えながら言う。「パレードまで七日しかないわ、それまでにアメリアが空を飛んでくれなくっちゃ、どうしようもないでしょ?」

「うん、」ピチカートはシャーロットに甘えるように猫撫で声を出した。「どうしようもないわよね」

「だからね、」シャーロットは部屋の扉に鍵を差し込み回して押し開けて中に入った。「だから私、色々考えてね、」

「ああ、どうしましょう!」ピチカートはシャーロットの部屋に入るなり、しゃがみ込み、両手で顔を覆った。

 シャーロットはあまり驚かなかった。普段のピチカートは冷静で、気丈、それから威厳がある。滅多なことでは狼狽えない。しかし、シャーロットがあまり驚かなかったのは、ピチカートの冷静さ、気丈さ、威厳も、それらはわざと作られた代物、演技、技術、ということをシャーロットが知っているからだ。ピチカートがこんな状態になってしまったことは過去に何回もある。それは決まってシャーロットの前だった。親友のシャーロットの前だと安心してしまって、というのは変かもしれないけれど、ピチカートの本当が外に出て来て暴れ回るのだ。

「時間がないわ、あと一週間しか時間がない! 私はアメリアに秘密を打ち明けられてから、必死にアメリアが空を飛べる方法を調べてきた、でも見つけられなかった、全く有効な資料には出会えなかった、全然、ヒントになるようなことも見つからなかった、私はもうここにある全ての文献を探ったし、アメリアのことを悟られないように様々な魔女たちにも会って話を聞いた、でもそうして導かれる結論は魔女が空を飛べないなんてことはありえないってこと、でもアメリアは魔女なのよ、黄色い魔女、下手くそで小さいけれど、風も編めるし、火も編めるし、水だって編めるし、光だって編める、アメリアは間違いなく魔女なのよ、でも魔女が空を飛べないなんてありえないのよ、つまり、どういうことかっていうとね、私は完全に行き詰っているの! ああっ、シャーロット、どうしましょう!」

「ピチカート、」シャーロットはピチカートの肩に手を置く。「少し落ち着きなさいな、頭を冷やしたいならいつでも言って」

「ええ、お願い、シャーロット、」ピチカートは正座をして五指を口の前で組んで言った。「頭を冷やして、とびっきり冷たいのをお願い」

「え、いいの?」

「やっぱり嫌ぁ、水になんて濡れたくないわよぉ、もぉ!」ピチカートは絨毯に覆われた床を叩いた。

「もぉ、どっちよ」シャーロットは煌めかせていた群青色から光を抜いた。

「シャーロットの水って乱暴で冷たくって嫌い、ホント、ヘティには同情する、あの娘、強い娘よね、よくシャーロットのシスタでいられるわよね、私は絶対無理、もしかしてヘティって、ドM?」

「なんか、凄く、酷いこと言われた気がするなぁ」

「あ、シャーロット、前に話したかな、んふふっ、」ピチカートは瞳を潤ませながら、笑った。「アメリアったら宮殿に来る前はドラゴンの世話をしていたのよ、ドラゴン使いなのよ、アメリア、ドラゴンの背中に乗って空を飛べるの、凄いでしょう? それを思ったらアメリアが箒に乗って空を飛べないなんて些細なことだと思わない? ドラゴンに乗って空を飛べる方がよっぽどすごいことだわ、そうよ、パレードはドラゴンに乗って飛べばいいんだわっ、どぉ、名案じゃない?」

「ピチカート、落ち着いて、らしくないわよ、らしくない」

 シャーロットはそう言いながらポケットから銀色の紙で包まれたチョコレートを取り出した。「ペパー・ミント・チョコレート、少し食べて落ち着きなさい、本当は水で頭を冷やしてあげたいけど、私もシスタを持って少し大人になったの、むやみやたらに水を編んじゃいけないって」

 ピチカートはチョコレートを齧った。「……ありがと」

「落ち着いたかしら?」

 ピチカートは目を閉じて深呼吸をした。「うん、ありがと、ミントのフレーバで少し頭がすっとした、気がする」

「こっちに来て、」シャーロットはベッドに座り、その隣にピチカートを誘う。「そんなところに座ってないでさ」

「うん、」ピチカートはシャーロットの隣に座る。「お招きに預かりますわ」

「アメリアってドラゴン使いだったのね、凄いじゃない、でもアメリアだったら、なんでだろう、なぜか、おかしくないって思う、なんでだろう?」

「そうでしょ? アメリアって、どこかミステリアスな部分があるからね、やっぱり伝説のクアドロフェニアだからかな」

 クアドロフェニア。

 クアドロフェニアの存在は伝説、というだけあって、文献にもほとんどその姿を見せなかった。ピチカート自身もアメリアと出会って、初めてクアドロフェニア、という言葉を知ったのだ。宮殿に仕える魔女のほとんども、それはピチカートと一緒だったと思う。三つの属性を保有するトリコロール・イレギュラは一般的に知られているけれど、その存在だってほとんど伝説なのだ。現在、王都にトリコロールの魔女は確認されていない。世界にもいないかもしれない。尚更、四つの属性を持つアメリアの存在は奇跡であり、伝説なのだ。

 だから。

 記録の中からクアドロフェニアについて探し出すこと自体、間違っているのかもしれない。

 神がピチカートに下したトライアル、とも思えた。

 神が女王陛下と結託し。

 クアドロフェニアについて、これから生涯を掛けて観察し、詳細に記録せよと試練を下されたようにも思えた。

 なんて意地悪で、なんて過酷な試練なのだろう!

 ピチカートは頭が痛かった。

 額に手をやる。

 とても、熱っぽい。

 水には濡れたくない。

 アイスクリームが食べたい。

「……一人だと思わないでよ、私がいるでしょ、ピチカート」

「え?」

「私だけじゃなくて、信頼できる仲間もいるじゃない、皆の力を合わせれば、ええ、なんとかなるかもしれないわ」

 シャーロットはピチカートの手を触って絡める。すぐには離れないように強く握る。三年間の友情は熱い。シャーロットは自分で強く握っておきながら、ピチカートの優しい微笑みを見て照れている。

 ピチカートはシャーロットの頬に軽くキスをした。

「なっ、何して、」シャーロットの顔は真っ赤になった。声は裏返っていた。「……き、キス、したの?」

「んふふっ、」ピチカートは唇の前に指を立てて片目を瞑った。「ヘティには内緒よ」

「い、言わないよ、それに、別に私とヘンリエッタは、……ああ、もう!」シャーロットは左右の群青色のおさげを揺らしながら立ち上がった。「と、とにかく、今夜、会同よ!」


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